“夜叉姫”斑鳩   作:マルル

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第二十四話 闇を払う絆

 斑鳩が剣を振う。幾筋もの剣閃の網目を事前に察知していたコブラはくぐり抜ける。避けきれなかった剣閃がコブラの体に傷を作った。巻き込まれた木々が斬り倒され、葉が舞い上がる。視界は不良。斑鳩は天之水分を広げてコブラの居場所を探知する。

 

(かかったな)

 

 その瞬間、コブラは斑鳩めがけて毒を飛ばした。隙をつくらないよう、瞬時に飛ばしたために威力は非常に弱い。しかし、探知のために広げた天之水分にその攻撃を流すほどの効果はない。

 

「ちっ!」

 

 斑鳩は舌打ちとともに退いて毒を躱す。

 

「毒竜の――」

「しまっ!」

「咆哮!」

 

 退いて斑鳩の剣嵐がやんだ隙に、滅竜魔法を発動させる。吐き出された竜の息吹はウィルスを含む。体に染みこめば徐々に体の自由を奪われ命を落とすことになるだろう。

 

「無月流、迦楼羅炎!」

 

 斑鳩はその剣に炎を灯して振う。放たれた豪炎は毒の息吹を焼いていく。炎と毒は拮抗し、やがて互いに消滅した。

 視界の開けた先、コブラが真っ直ぐ斑鳩に走り込んでいた。拮抗する毒と火炎の中を無理に進んだコブラには傷が増えている。彼我の差はすでに埋まり、コブラが斑鳩の目前にまで来ている。

 

「毒竜双牙!」

 

 両腕を交差させるように振う。腕の動きとともに、毒が斑鳩に射出される。

 

「無月流、天之水分・激浪」

 

 即座に広域探知を解除し、操る魔力流を間合いに限定する。超速で振われる剣に掻き回されて、コブラと斑鳩のあいだには激しい魔力乱流が発生した。毒は乱流に阻まれ、斑鳩に届かずに霧散した。霧散した毒も斑鳩に届かないように流された。

 

「とらえましたよ」

 

 コブラの攻撃は失敗に終わり、無防備に斑鳩の眼前に立つ。この距離では剣閃がコブラに届くまでのタイムラグがない。距離をとってなお、避けきれないコブラではもはや躱すことは不可能。

 

「甘えよ」

 

 斑鳩が剣を振ろうとしたところに、コブラはさらに踏み込んだ。本来ならば、そのまま斬り捨てられるだけの愚行。しかし、この状況に完全には当てはまらない。滅竜魔導士は他の魔導士と比べて非常にタフだ。前に踏み込めば、一刀を耐えしのぎ、追撃が来る前に一撃を入れられる。骨を切らせて肉を断つといわんばかりの所行。しかし、毒は肉から骨を腐らせる。

 前に踏み込んだコブラを見た瞬間、それを悟った斑鳩は攻撃をやめて後退した。コブラも斑鳩が後退を決めたのを聴き、同時に後退。斑鳩の剣を避けられる安全圏まで距離をとった。

 

「毒の滅竜魔法に聴く魔法。ほんと、厄介どすなぁ」

「てめえの魔剣もな」

 

 互いの距離が離れたことで戦闘が中断され、それぞれ悪態をつく。

 無傷の斑鳩に対して、コブラは幾筋かの切傷と軽度の火傷を負っている。斑鳩の方が有利に戦いを進めているが、コブラの毒という特殊性は一度でも攻撃を食らえば逆転されかねない危険性をはらんでいる。

 斑鳩が戦況を分析する中で、コブラが口元を釣り上げた。その様子を視界に捉えた斑鳩は怪訝に眉を顰めた。

 

「……何か?」

「お前の魔剣。夜叉閃空、天之水分、迦楼羅炎。多彩で厄介なことこの上ねえ。だがよ――」

「――?」

「もう一個の技は出さなくていいのかよ?」

 

 コブラは卑しく口元を歪めていった。その言葉に斑鳩はぴくりと反応を示す。

 

「それを使えば、すぐに決着つくかもしれねえぜ?」

「……ほんと、心を読むなんて卑しいお人どす」

 

 波打つ心を押し隠して平静を保つ。しかし、心の声を聴くコブラを相手に内心を隠すことなど不可能。コブラはさらに煽り立てるように笑みを深めた。

 

「それとも、自分自身から目を逸らすヘタレには無理か?」

「いい加減に――」

 

 苛立ちは思考を狭め、頭を固くする。なぜ、唐突にコブラは斑鳩を煽り始めたのか。斑鳩はそれに思い至ることができなかった。戦いの始まりから姿を隠していたために、この戦場にいるもう一匹を失念していた。コブラと行動をともにしていた毒蛇を。

 斑鳩が苛立ちと共に、剣を振ったその瞬間。

 

「――蛇!?」

 

 背後の藪からキュベリオスが飛び出した。

 コブラを視界に入れていたために、毒を流せるように天之水分を間合いの広さに限定していたこと。煽り立てられ、意識がコブラに集中しきっていたこと。剣を既に振ってしまったことが合わさり、キュベリオスの奇襲は完全に成功した。

 

「しまっ――」

 

 斑鳩が対応するよりも早く、キュベリオスの毒牙が突きたった。

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 青鷺はカグラの手をとって転移を繰り返す。もはや、レーサーの方は目にも入れず、ひたすらに斑鳩とコブラから離れていった。

 

「無駄だ。オレからは逃れられねえ」

 

 どれほどの転移を繰り返してもレーサーを引き離すことができない。転移と転移の狭間の時間で追いついてくる。レーサーの魔法は相手の体感速度を下げる魔法。だが、追いすがって来る様子から本来の速さも相当なものだと思われる。

 

「そろそろいいだろう」

「……わかった」

 

 カグラの合図で転移後、再転移をせずに二手に分かれた。

 

「追いかけっこは終わりか?」

 

 二手に別れたの見て、迷うことなくレーサーは青鷺に狙いを定めた。走りを止めた転移の術者を倒すことがレーサーにとっては重要なのだ。即座に進路を青鷺に変えて走る。

 

「……ぐ」

 

 すぐに追いついたレーサーの拳が青鷺の腹に突きたった。体感速度を下げられ、青鷺は転移のタイミングをつかめなかった。青鷺は呻きをあげて吹き飛ぶ。

 レーサーは反転、青鷺に向かったレーサーに追いすがろうと接近していたカグラに正面から突進した。カグラは重力魔法を展開。レーサーはのしかかるような重みに速度を鈍らせる。カグラは剣を振る。しかし、レーサーを斬ることなく空振りした。がら空きの銅にレーサーの蹴りが入る。

 

「がっ……!」

「こっちだ」

「――!」

 

 痛みに意識をそらした瞬間に背後に回ったレーサーが追撃に拳を振う。カグラの顔面をとらえ、衝撃にカグラはよろめいた。その隙に、レーサーは刀を持つ右手を蹴り上げる。そのまま刀はカグラの手を離れて飛んでいく。

 

「……よくも!」

 

 レーサーとカグラの間に青鷺が転移で割り込んだ。抜いた短刀で斬りつける。それをレーサーはたやすくくぐり抜ける。

 

「遅えなあ!」

 

 レーサーの次々と繰り出される両拳が青鷺の体を打ち据えていく。その中で短刀も吹き飛ばされた。痛みをこらえて青鷺が拳を突き出す。それを躱して青鷺の背後に移動して蹴り飛ばした。頭の揺れがおさまったカグラは青鷺の背後に回ったことでさらした背に拳を突き出す。

 

「甘えよ」

「くそ!」

 

 体を捻ってレーサーは拳を躱すと、そのまま回し蹴りを放ってカグラを蹴り飛ばす。

 

「身の程も知らずにオレたちに喧嘩を売るからこうなる。オレたちは六魔将軍だぜ? 少し調子に乗りすぎたな」

 

 地に這いつくばるカグラと青鷺に冷徹に言い放つ。その言葉に青鷺がそろそろと立ち上がった。

 

「……闇ギルドのくせに偉そうに」

「なんだと?」

「……そうでしょ。いつも隠れてこそこそなにかを企む日陰者。あまり、調子に乗らないでほしいな」

 

 青鷺は挑発するように不敵に口元を釣り上げた。レーサーは表情を変えないものの、額に青筋をたてる。

 

「……速さにこだわっておいて、使う魔法は速いように見せるだけの狡い魔法。六魔将軍が聞いて呆れる」

「――死にたいのならそう言え、小娘ェ!」

 

 レーサーは力強く大地を蹴る。ただ真っ直ぐに、怒りのままに青鷺に突進する。

 同時、青鷺は前進する。さらに、転移を使用した。それは、レーサーを避けるためのものではない。むしろ逆。青鷺が現れたのはレーサーの眼前だった。

 

「ぐおお!」

「うぐ……!」

 

 レーサーの速さは本来よりも速く感じる。故に、レーサーの進む座標と同じ場所に転移しようとすれば、青鷺が現れるのはレーサーの目の前だ。

 正面から勢いよくぶつかった二人は衝撃にのけぞった。脳も揺れ、まともに状況が見えない中で、青鷺は歯を食いしばって手を前に伸ばす。意地で伸ばされた指先に何かが触れた感触がしたその瞬間。青鷺は転移を発動。転移先は可能な限りの上空。

 

「な、何が……。空?」

 

 青鷺に指先で触れられたレーサーは一緒に上空へと飛ばされた。突然変わった視界に困惑するのも束の間。青鷺の転移によるものだと理解する。だが、理解したところでどうしようもない。推進力なくして進むことはない。青鷺共々ただ、落下を待つだけだ。

 そう、戦っている相手が青鷺一人だけだったなら。

 

「こ、これは……! 体が引き寄せられて……!」

 

 共に空に投げ出されたはずの青鷺を置き去りに、レーサーだけが異常に加速しながら地面に落ちていく。視線を落とす。落下点にはカグラが立っている。

 

「これで、終わりだ」

 

 弾き飛ばされた剣の代わりに腰に差してあった鞘を、レーサーを指すように真っ直ぐに構える。どれだけ体感速度を狂わせられようと、落ちてくる相手を突くのならば外しようもない。

 

「ば、ばかなああああ――――!」

 

 絶叫するレーサーの腹部に吸い込まれるように、カグラの手に持つ鞘が撃つ。レーサーは血反吐を吐いて白目をむいた。体を痙攣させながら、掲げられた鞘に覆い被さるようにのしかかるレーサーを鞘を一振りして投げ飛ばすと、遅れて落ちてきた青鷺を受け止める。

 

「……ナイス」

「お前こそ、よくやった」

 

 青鷺はカグラの腕から飛び降りてレーサーを見る。地面に体を横たえて完全に気を失っている。二人は顔を見合わせて拳を合わせた。

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

「ちょ、ちょっと! どうしちゃったのよ!」

「星霊魔導士ィ!」

 

 鬼の形相で襲いかかってくるヒビキから困惑しながら逃げ惑う。エンジェルはルーシィが姿を現してすぐにどこかへ消えた。ヒビキの飛ばしてくる光のパネルから避けるように身を隠すと、腰のホルダーから鍵を一つ取り出す。

 

「悪いけど、正気じゃないみたいだし。怪我しても怒んないでよね。開け人馬宮の扉、サジタリウス!」

 

 現れた馬の着ぐるみを着たような男は草陰から手に持つ弓でヒビキを狙撃した。矢はヒビキの足に刺さり、ヒビキは僅かに呻いて膝をつく。

 

「よし!」

「ルーシィさん、あれを」

 

 ひとまず、ヒビキをたいしたダメージを与えることなく無力化したことに喜ぶルーシィ。そこに、サジタリウスが木々の奥を指し示した。

 

「あれは……、エンジェル!」

「見つかっちゃったゾ」

 

 高い枝に腰をかけ、こちらを見下ろすエンジェル。ルーシィは即座にサジタリウスに弓で射るように命令する。エンジェルは矢を躱して枝から降りながら金の鍵をとりだした。

 

「星霊魔導士!?」

「開け双子宮の扉、ジェミニ」

「「ピーリピーリ」」

 

 現れた星霊はすぐにルーシィに変身した。

 

「あ、あたし!?」

「ふふん」

 

 驚いているルーシィをよそに、ルーシィに変身したジェミニはルーシィに向けて指をさす。

 

「サジタリウス、やっちゃって」

「……え?」

 

 命令に従うように、サジタリウスはルーシィに向かって弓を向ける。呆然とするルーシィにそのまま矢を番えて射る。

 

「そ、それがしは……」

 

 矢を射たサジタリウス本人も驚いたように顔を青ざめさせている。至近距離でありながら、急所を避けて肩に射られた矢はせめてもの抵抗の証か。

 

「サジタリウスを操った?」

 

 ルーシィの姿をとった相手の星霊に、不本意ながらも命令に従ってしまったサジタリウス。ルーシィは操っているのだと結論した。

 

「サジタリウス強制閉門!」

「申し訳ないですからしてもしもし……」

「あれ、帰しちゃっていいの?」

「どういう――!?」

 

 くすりと笑うエンジェルに眉を寄せるルーシィ。そこに、さきほど足を射られたはずのヒビキが襲いかかってきた。

 

「あ、あぐ……」

「星霊魔導士ィ……!」

 

 馬乗りに首を絞められて息ができない。

 

「アハハ! 君の星霊は私がもらってあげるゾ。だから、安心して――!?」

 

 哄笑するエンジェルの声が唐突に途切れる。同時に、ヒビキが吹き飛ばされてルーシィが開放された。

 

「ご無事ですか、ルーシィさん」

 

 呼吸にあえぐルーシィを背にヒビキからかばうように一人の男が立ちはだかった。

 

「い、一夜、さん?」

「イエス、あなたのための一夜でぇす」

「あ、そうですか……」

 

 筋骨隆々になったその姿から一瞬誰かと思ったが、こんなことを言う奴は一人しか居ない。

 

「あとは私に任せてと言いたいところですが、生憎私も限界が……」

 

 言い淀む一夜の体はぼろぼろだ。痛み止めの香りで誤魔化して、力の香りで無理矢理ドーピングしているだけだ。そんな姿になりながらも立ち上がる一夜の姿を見て、ルーシィも覚悟を決めた。

 

「よし! あたしがエンジェルを倒す。だからその間、ヒビキをおさえておいて!」

「よろしいので?」

「星霊魔導士どうし、決着付けてくる!」

 

 意気高々に吠えるルーシィ。それに、一夜は「ご武運を」と伝えるとヒビキにのしかかって押さえつけた。

 

「離せ、僕は星霊魔導士を……」

「星霊魔導士への恨みから闇に堕ちたのか……。ならば」

 

 一夜の体の下で必死に抵抗していたヒビキの力が弱まる。一夜が痛み止めの香りを嗅がせたのだ。

 

「あの戦いをよく、見ておきなさい」

「う、うあ……」

 

 地に這う二人の視線の先、エンジェルとルーシィが相対している。

 

「一夜があそこまでしぶといなんて想定外だゾ。それにしても、一人で私を倒そうだなんてなめすぎだゾ」

「あたしはあたしの星霊たちを信じてる。開け獅子宮の扉、ロキ!」

「王子様参上」

 

 現れたのはスーツ姿の金髪の男。腕を組み、真っ直ぐにエンジェルを見据える。

 

「へえ、獅子宮のレオか」

「ロキは強いんだから! それに、いつもあたしの言うことなんて聞かずに出てきたり帰ったり。操ることなんてできないわよ!」

「ふふ、照れるな」

「ホントは言うこと聞いて欲しいんだけどね……」

 

 顔を赤らめるロキをルーシィが半目で見る。ルーシィの声が聞こえなかったのか、ロキは相変わらず得意げだ。

 

「ふうん、自分の実力不足を逆手にとるんだ。見直したゾ」

「なんか、そう言われると複雑……」

「でも、大切なのは星霊同士の相関図。開け白羊宮の扉、アリエス」

 

 現れた星霊にルーシィは目を丸くする。

 

「な、なんでアンタがカレンの星霊を……」

「私が殺したんだもの。これはその時の戦利品だゾ」

 

 そう言ってエンジェルはぞんざいにアリエスの頭をぽんぽんと叩く。アリエスは縮こまり、ロキは複雑そうに顔を歪める。

 

「折角会えたのにこんなのって……」

「見くびらないでくれ、ルーシィ。例えかつての友だとしても、所有者が違えば敵同士。主の為に戦うのが星霊」

 

 言って、ロキは一歩前に出る。アリエスもまた、覚悟を決めてロキを見据える。

 

「それが僕たちの誇りだ!」

 

 アリエスとロキがぶつかり合う。アリエスが羊毛で妨害し、ロキがくぐり抜けて光の拳をたたき込む。そんな戦いを見ていてルーシィは心が痛んだ。

 

「あっれぇ? やるんだ。ま、これはこれで面白いからよしとするゾ」

 

 エンジェルは少し意外そうにしたものの、何事でもないかのように見ている。やがて、戦況がロキに傾くのを見て、エンジェルはジェミニを消して銀の鍵を取り出した。

 

「さすがに戦闘用星霊のレオ相手じゃ分が悪いか。開け彫刻具座の扉、カエルム」

 

 機械型の球形の星霊は砲台の形をとる。ロキとアリエスがともに射線に入ったその瞬間、アリエスもろとも魔力砲が貫いた。

 

「がっ」「いぎっ」

「アハハ! うまくいったゾ」

「味方の星霊ごと……」

 

 ロキとアリエスは負傷が酷く、強制的に星霊界へと引き戻される。

 

「信じらんない……」

「何が? どうせ星霊なんて死なないんだしいいじゃない」

「でも痛みだってあるんだ。感情だってあるんだ。あんたそれでも星霊魔導士なの!? 開け金牛宮の扉、タウロス!」

 

 悲しみと怒りに体を震わせながらルーシィは叫んだ。エンジェルは心一つ動かされた風もなく、ジェミニを呼び出す。ルーシィに再び変身したジェミニは剣に変形したカエルムを手に取る。

 

「MO――!」

「えい!」

「タウロス!」

 

 ジェミニの前に、タウロスは為す術もなくカエルムに切り裂かれた。すると、ルーシィの足が突然力を失って倒れ込む。

 

「あれ? あたし……」

「たいして魔力もないくせに、星霊をばんばん使うからだゾ。ジェミニ」

 

 エンジェルに命令されて、タウロスを斬ったジェミニはそのままルーシィを蹴り飛ばす。魔力がなくて抵抗もできないルーシィは蹴る蹴る蹴る。

 

「あはははは! いい気味!」

 

 一方的になぶられ続けるルーシィの姿に大笑いするエンジェル。それをなぶられながらも、ルーシィは睨み付けた。

 

「なに、その目? むかつくゾ」

「アリエスを開放して。あの子、前の所有者にいじめられてて――きゃああああ!」

 

 ジェミニに肩を斬られて痛みに絶叫を上げる。

 

「人にものを頼むときはなんて言うのかな?」

 

 肩をすくめるエンジェル。ルーシィは傷口をおさえ、痛みに苦しみながらも絞り出すように声を出す。

 

「お願い、します……。ロキと一緒にいさせてあげたいの。それができるのはあたしたち

 星霊魔導士だけなんだ……」

「ただで?」

「なんでもあげる……。鍵以外ならあたしの何でも……」

「じゃあ、命ね」

 

 エンジェルの冷酷な宣告にただルーシィは俯いて涙を流した。死ぬのは恐い。だけどもう、それ以外に道がない。ジェミニがルーシィの前に立ち、カエルムの剣を振り上げた。そのまま振り下ろしてしまえばルーシィの命は終わる。

 

「ジェミニ?」

 

 ジェミニは剣を振り上げたまま、動きを止めた。

 

「きれいな声が、頭の中に響くんだ……」

 

 ジェミニの能力は、人間の容姿、思考、能力を完璧にコピーすること。ルーシィに変身している今、ジェミニの頭の中にルーシィの思いが流れ込んでくる。幼い頃から星霊とともに過ごし、誰よりも星霊を愛する少女の思いが。

 

「できないよ。ルーシィは心から愛しているんだ、僕たちを……」

 

 ジェミニは歯を食いしばって涙を流した。もう、ルーシィに剣を向けることはできない。心が屈した。

 

「消えろォ! この役立たずが!」

 

 エンジェルは怒りのままにジェミニを強制的に帰らせた。そこに、ゆらゆらとヒビキが近づいてくる。

 

「ヒビキ……」

 

 ルーシィは悲しそうにその名を呟いた。ヒビキの後ろに目を向ければ、一夜が力尽きたのか伏せっている。体も力の香りの効果が切れてもとの体型に戻っていた。

 

「アハハ! やっと一夜は力尽きたか! そのまま殺されてしまえ! アハ、アハハハ――!」

 

 ジェミニに裏切られたことへの鬱憤を晴らすかのようにエンジェルは大きく笑った。味方だった男の手で殺されるのを見るのはさぞ愉快だろうと期待するのとは裏腹に、ヒビキは優しくルーシィの頭に触れる。

 

「じっとして。――“古文書”が、一度だけ超魔法の知識を与える」

「なっ!」

 

 ルーシィに知らない知識が、魔力が、力が流れ込んでくる。その力を送り込んでいるヒビキの姿にもはや闇は残っていなかった。

 

(ありがとう。一夜さんの言葉と、君と星霊との絆が僕から闇を取り払った。君なら、この魔法が……)

「頼んだ、ルーシィ」

「――――、――。――――――」

 

 己の全てをルーシィに託したヒビキはそのまま倒れ込んだ。ルーシィは聞いたこともない呪文を唱え出す。

 

「おのれェ! カエルムやるよ!」

 

 自らカエルムを手にとってルーシィへの攻撃を試みるエンジェル。それを囲むように数多の光球が現れた。

 

「な、なによこれ! ちょっ――」

「全天八十八星、光る」

 

 ルーシィの紡ぐ呪文が完成する。そして、本来なら知る由もなかった超魔法の名を唱える。

 

 

「――ウラノ・メトリア」

 

 

「きゃああああああ!」

 

 エンジェルを囲む光球が、温かな光とともに弾けた。夜空に浮かぶ星々がごとき光景を描き、エンジェルは光の奔流の中に沈んだ。

 

「あれ?」

 

 後にはきょとんとするルーシィと、倒れながら笑みを浮かべるヒビキだけが残った。

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 カグラと青鷺は草木をかき分けて進む。レーサーを撃破した二人は斑鳩と合流するために動いていた。

 斑鳩の実力は二人のよく知るところだ。その信頼は厚い。だというのに、この時は理由もなく不安がよぎっていた。

 

「斑鳩ど――」

 

 そして、辿り着いた先に見た光景は、苦しげに地に膝をつけて呻く斑鳩とそれを見下ろすコブラの姿だった。

 

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