“夜叉姫”斑鳩   作:マルル

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第四十九話 二属性

「こいつはオレがもらう」

「なに!?」

 

 シルバーがグレイに体当たりをすると、そのまま一緒にどこかへと転移していった。

 二人が消えたことに気をとられた隙をついてテンペスターが竜巻を起こす。

 

「鉄にんなもん効くかよ」

 

 ナツ、ジュビア、ルーシィが竜巻に巻き上げられたが、ガジルは全身を鉄と化し、竜巻をものともせずに突っ切った。そのまま鉄竜棍をテンペスターに叩き込むが、かばうように前に出たトラフザーに阻まれる。

 そして、動きを止めたガジルを狙って動くキース。ナツが蹴りを叩き込むが霧状化して逃れてしまう。

 

「おまえの相手はオレや火の玉ァ!!」

「またお前か!」

 

 そのナツにジャッカルが襲いかかった。ナツはジャッカルの拳を左腕で受け止めると、逆に右の拳で殴り飛ばした。

 その間にキースはガジルに再接近するが、ここはジュビアの水に阻まれ後退する。

 

「聞こえてたぜ。てめえの声」

「む」

 

 そして、いつの間にか回り込んでいたエリックがテンペスターに蹴りを見舞う。

 月の雫(ムーンドリップ)によってブレインのかけた精神プロテクトが解除されたようで、アレグリア解除後からは問題なく心の声を聞けるようになっていた。したがって、テンペスターの攻撃を察知していたエリックは竜巻を逆に利用し、視界から消えると回り込んだのだ。

 しかし、テンペスターはエリックの蹴りを素手で受け止めた。

 

「毒竜か。残念だが、悪魔に毒は通じない」

「──チッ、知ってるぜ。そんなこたぁ」

 

 テンペスターの言うとおり、悪魔にとって毒物はむしろ好物であるから意味はない。

 だが、エリックには毒の属性が通じなくともまだ滅竜魔導士としての高い身体能力と聞く魔法による先読みがある。

 エリックはテンペスターが伸ばしてきた手を躱して距離をとる。

 

(とはいえ、少し厳しいか。まだ向こうはエーテリアスフォームも出しちゃいねえ)

 

 ジュビアはともかく、ナツには雷炎竜が、ガジルには鉄影竜が奥の手として隠されていることは聞こえている。

 

(オレも何か考えなくちゃいけねえな)

 

 エリックはそう心の中で呟いて、にやりと笑った。

 

 

 

 

 

 *******

 

 

 

 

 

 “絶対零度”のシルバー。

 本名をシルバー・フルバスターといい、グレイの実の父親である。

 今、彼はグレイとの戦いを終えて地面に横たわっていた。自らをデリオラと名乗り、グレイと戦ったのだ。

 

「気付かねえとでも思ってたのかよ! アンタ、オレの親父なんだろ! こんな所で何してんだよ!!」

「……お前に殺されるのを待っていた。オレはお前の父、だった。だがもう人間じゃねえ。悪魔でもねえ。死人だ。十七年前にとっくに死んでいるんだ」

 

 グレイの記憶にあるとおり、シルバーは十七年前にゼレフ書の悪魔であるデリオラの襲撃を受けて死んでいる。そこを九鬼門の一人であるキースに拾われたのだ。

 キースは何百もの死体を使って、死人をどこまで本物の生きた人間に近づかせるかの実験を行っていた。シルバーもそのうちの一人に過ぎなかったが、ある一念をもってここまで生き続けた。

 

「全ては、オレの家族を奪った悪魔どもに復讐するために……」

 

 復讐心。その一念でもって十七年間、死体でありながら現世にしがみ続けた。

 だが、とシルバーは続ける。あるとき、フィオーレ中に放送されていた大魔闘演舞の映像を見てグレイの生存を知ったのだと。

 

「その時、気付いちまったんだ。オレの手は汚れすぎている。お前のために、(ミカ)の為に戦う資格なんかなかったんだと……」

 

 そういって、シルバーは震える両手に視線を落とした。

 シルバーにあったのは復讐という一念のみ。冥府の門に従っているふりをするために、活動に組して多くの人間を傷つけた。評議院の壊滅をさせる作戦も黙って見送った。ああ、なんとも罪深いのであろうか。

 

「だから死ぬつもりだったと……?」

「もう死人だ。終わるつもりだった。お前に全てを託して」

「勝手なことを! オレはなにも託されちゃ……!」

 

 そこで、グレイは先程までの戦いを振り返った。納得のいくような設定を作ってまで己をデリオラと称し、グレイの前に立ちはだかったシルバーの姿を。

 

「ひどいことを言ったな。痛めつけもした。すまなかった……」

 

 全ては、グレイに悪夢を乗り越えさせるため。

 

「オレのことは忘れていい。もう、とっくに死んだ人間だ」

「それでも、オレの親父だ」

「違う。息子を殴る父親などいるものか……」

 

 シルバーの目から、堪えていた涙が溢れ出す。体を震わせて立ちすくむグレイに、とどめを刺せと語りかけた。

 グレイは氷の剣を作り出すが、それを握りしめたまま動けない。

 

「迷うな! オレはフェイス計画にも手を貸した! 元評議員も殺した! お前たちの敵だ!!」

「……ああ」

 

 グレイはシルバーに歩み寄ると、氷の剣を振り上げる。

 

「たとえ血の繋がった父親でも、ギルドの敵なら関係ねえんだ! そうやってオレたちは家族(ギルド)を守ってきた!!」

「それが人間だ」

「オレは────それでもアンタを殺せねえ!!」

 

 グレイは泣き崩れ、手に持つ剣を取り落とした。

 そんなグレイをシルバーが優しく抱きしめる。

 

「それも人間だ。どのみちオレの体はそう長くはもたない」

「親父……」

「いい男になったな、グレイ。おまえはオレたちの誇りだ」

 

 そう言って、シルバーはグレイを優しく抱きしめ続ける。終わりを迎えるその時まで。

 

 

 

 

「あなたに人間同士の絆を切ることなんて出来ない!」

 

 ジュビアはキースからシルバーの真実を聞かされた。シルバーから念話でキースを倒してくれと頼まれた。

 所詮キースに動かされているだけのシルバーは、キースが倒されれば死んでしまう。

 それを理解していながら、苦しみながらもジュビアは決断した。

 

「油断した! 我が人間の魔にやられるなど!!」

「グレイ様の想いも、お父様の想いもきっと届く!!」

 

 ジュビアはやられたふりをしてキースの中に潜り込み、水と化して体内で暴れ回る。

 

「たとえ形が消えようと、想いはずっと心に残る! それが人間の愛の力だって信じているから!!」

 

 そして、キースの体は耐えきれずに破裂した。残骸がぱらぱらと地面に落ちる。

 ジュビアは罪悪感に苛まれて涙を流す。そこに、シルバーから再び念話で語りかけられた。

 

『それでいい、ありがとう。嬢ちゃんのおかげでやっと成仏できる。フェイスの起動も阻止できた』

「ジュビアは……」

『何も言うな。グレイを頼むぞ』

「はい……」

 

 ジュビアは両目を覆い、震えながらもシルバーの言葉に頷いた。

 

 

 

 

「親父……。もうゆっくり休んでくれ」

 

 シルバーはキースの呪法から解放され、その肉体を崩していく。やがて、光の粒子となって天へと昇っていった。

 シルバーの最後の念がグレイへと伝わってくる。

 

『あとはお前に託す。オレがなぜ氷の滅悪魔法を習得したのか。それはENDが炎の悪魔だからだ。この力、(オレ)から(おまえ)へ──』

 

 グレイの右腕に黒い紋様が浮かび上がった。これこそ、滅悪魔法の力の源。

 それを目にして、グレイはぐっと右の拳を握りしめた。

 

「──氷の滅悪魔導士(デビルスレイヤー)として、オレがENDを倒す」

 

 

 

 

 

 *******

 

 

 

 

 

 キースを倒した直後、ジュビアは倒れた。キースの体内に入ったことで魔障粒子に侵されたのだ。

 しかし、キースとシルバーが倒れたことで残る悪魔は三体となった。

 悪魔たちはエーテリアスフォームを解放し、ナツとガジルも雷炎竜に鉄影竜と二属性を解放した。しかし、その中で一人取り残された者がいる。

 

「ゴロロン」

「ぐっ、くそ!」

 

 エリックはテンペスターの雷撃を喰らって膝をつく。体が痺れ、動きを止めた隙をついてテンペスターが接近した。

 

「どどん」

「がっ!」

 

 テンペスターが触れると、とてつもない衝撃がエリックを襲って吹き飛ばされた。そのままエリックは地に転がった。視界の端にはエーテリアスフォームとなった悪魔たちと互角に戦うナツとガジルが映る。今、この場で一番足を引っ張っているのはエリックだろう。

 二属性を解放したナツたちで互角なのだ。先読みをしても身体能力が違いすぎる。

 未来ローグの時のように、その実力差を埋めることができるのが毒竜の強みでもあるが、悪魔が相手ではそれもできない。できて、やられるまでの時間を引き延ばすぐらいだろう。

 

「相性が悪かったな」

 

 テンペスターが歩み寄りながら口を開いた。

 

「あの二人のような力はないのか。ならばここで諦めろ」

「──く、くく」

「なんだ?」

 

 とどめを刺そうとしたとき、唐突にエリックが笑い出す。テンペスターは警戒して足を止めた。

 

「ああ、認めるぜ。オレにはヤツらのような力はねえ。オレじゃお前には勝てねえ。──今はな」

「何が言いたい」

「全て、オレの掌のうちってことさ」

 

 そう言って、エリックは空気を吸い込みだした。

 テンペスターははっとして周囲を見渡す。そこは、つい先程ひとつの戦いを終えた場所。

 

「水の魔導士、キースの死骸! ならば、空気中に漂うのは──!! 貴様、我を誘導していたのか!!」

「思考を聞けるってのは、何も先読みだけじゃねえんだぜ」

 

 キースの体内には魔障粒子が満たされていた。それが、ジュビアによって破裂させられたことで今は空気中に飛び散っている。

 エリックはそれを吸い込み、二つ目の属性を得ようとしているのだ。だが、エリックは吸い込んでいる途中に血を吐きだす。

 テンペスターはそれを目にして落ち着きを取り戻した。

 

「我としたことが取り乱してしまった。無茶だったな。魔障粒子はエーテルナノを破壊するもの。同化など出来るはずがない。もはやとどめを刺すまでもないな」

「本当にそうかい?」

 

 エリックは血を吐いたことにも構わず吸い込み続ける。

 呆れたようにテンペスターはエリックから視線を外した。いつまでも愚か者の相手などしていられない。トラフザーはともかくジャッカルはピンチだ。すぐにでも手を貸しにいかなければならない。

 テンペスターは身を翻し、その場を後にしようとした瞬間、後方でエリックの魔力が変質した。

 

「バカな。本当に……」

 

 テンペスターが驚きとともに振り返る。

 そこでは毒と瘴気が立ち上っていた。その光景は悪魔のテンペスターをして、禍々しいと評しざるを得ないものだった。

 

「──オレにとっちゃ、始めから勝ちの決まった賭けだった。あいつらが雷竜のためにてめえの血を欲しがっていたことは聞こえていた。人間にワクチンがつくれんなら毒竜(オレ)の血が適応できないはずがねえ」

 

 エリックは立ち上がり、笑みを浮かべながらテンペスターを見る。

 

「モード毒障竜、ってとこか」

 

 瞬間、テンペスターが地を蹴った。

 

「だが、瘴気も元は我らの属性。毒同様我らには──きクァ!!」

 

 エリックの拳が、テンペスターの顎を打ち抜く。

 

「分かってるさ。瘴気も効かねえ。相性は変わらず悪いまま。だがよ」

 

 エリックの拳が次々にテンペスターの顔面に叩き込まれていく。逃げようと動いても、反撃しようと動いても、全て封じられ一方的に殴られる。その様はさながらサンドバックのようだ。

 二属性を得た事による魔力増加。それに伴い、エリックの身体能力も増加している。

 

「オレが欲しかったのはてめえを上回る身体能力だ。先読みできる相手に、身体能力で上回られたら終わりだぜ」

「ぐぃ、ぐぃばばあああ!!」

「何言ってるかわかんねえよ」

 

 エリックが左手でテンペスターの頭をつかみ、地面に叩きつけた。

 顔面を重点的に狙ったことで歯や顎は割れ、テンペスターはもはやまともに言葉を発することも出来ない。

 

「相性の悪さは力で埋める。あばよ悪魔」

 

 エリックがテンペスターを押さえつけたまま右の拳を振り上げた。魔力が拳に集まっていく。

 そして、エリックは思いきり振り下ろした。

 

「毒障竜の砕牙!!」

 

 拳はテンペスターを打ち、衝撃で大地が割れる。その圧倒的な威力を前に、テンペスターは息絶えた。

 

「もう、力でねえな……」

 

 エリックは力なく背中から地面に倒れ込む。初めてのモード変化ということもありエリックの体が馴れていない。しばらくは体を動かせそうになかった。

 

「まあ、向こうはあのガキどもに任せときゃ良いだろ」

 

 その直後、ナツが雷炎竜の力でジャッカルを撃破。

 ガジルも毒の海である天地晦冥を前にトラフザーに苦戦するが、レビィの参戦もあってなんとか倒すことに成功した。

 これで、この場にいた五体の悪魔は全て倒れたのだった。

 

 

 

 

 

 *******

 

 

 

 

 

 元議長の死体が超古文書を操作し、フェイス発動の手続きを進めていく。

 

「結局、私の死者の命令(マクロ)を使うことになりましたわね」

 

 セイラが元議長を見ながら呟いた。キースの死体操術はアレグリア解除によって力を弱めた月の雫(ムーンドリップ)には耐え抜いたが、結局本人が倒されたことで解除された。

 そのため、今はセイラが死者の命令で元議長の死体を操っているのだ。

 そして今、フェイスを起動させる直前まで迫っていた。

 

「よくやってくれたセイラ」

「いいえ、私の力など微々たるものです。ですがこれで──」

 

 瞬間、暗黒の魔力がセイラの胸を撃ち抜いた。

 

「──え?」

 

 セイラの体が崩れ落ちる。セイラは血を吐きながら体を小刻みに震わせた。死の淵にいながら、意識だけは保っている。

 

「セイラ!? 何者だ!!」

 

 倒れたセイラに気をとられるのも束の間、キョウカは襲撃者に視線を向ける。

 そこには、白髪に軍服のような服を纏った大男がいた。

 

「ブレイン? いや、違う……貴様まさか!?」

「雑兵に用はねえ」

 

 ゼロは笑うとキョウカの足下から暗黒の魔力を噴出させる。

 キョウカはその魔力にのまれるが、呻きつつもその攻撃に耐え抜いた。しかし、耐え抜いたキョウカの目前にゼロが来ている。

 

「思ったより頑丈じゃねえか」

「が、あああああああああああ!!」

 

 ゼロに地面に叩きつけられ、さらに暗黒の魔力がぶつけられた。

 全身がばらばらになったかのような激痛を意識を飛ばすことも出来ずに味わい続ける。

 いつまでも続く、聞く者の精神を蝕むかのようなキョウカの絶叫。セイラはそれを胸に風穴を開けたまま、体を動かすことも出来ずに聞き続けていた。

 

 

 

 

 

「僕の悪夢も効くようになったみたいだね」

 

 マクベスはうつろな表情で悪夢に捕われている二体の悪魔を見下ろして呟いた。

 キョウカとセイラがゼロに襲われているのは現実のことではない。あくまでマクベスが見せている幻影だ。

 悪夢はブレインが仕掛けた精神プロテクトの影響で、エリックの聞く魔法同様に封じられていたが、月の雫のおかげで使えるようになっていた。

 

「危ないな。フェイスが起動される寸前だった」

 

 マクベスは超古文書のモニターを調べ、フェイス一斉起動の手続きが終わる寸前だったことに気がついて冷や汗を流す。だが、ぎりぎりだが間に合った。後は冥府の門を倒すだけである。

 そう思い、悪夢に捕われている二体の悪魔を始末しようとして、そこで手を止めた。

 マクベスの脳裏に浮かぶのはアレグリア。まだ何か奥の手を残しているかもしれない。そう思い、念のために片方は捕らえてエリックに心の声を聞いてもらおうと考えた。

 

「そうだな、こっちの方が偉そうだったか」

 

 マクベスはキョウカを連れて行くことに決めると、セイラの衣服をねじ曲げて締め上げる。悪夢に捕われて無防備なセイラはなすがままだ。締め上げられて少しの間はピクピクと動いていたが、やがてゴキゴキと骨が砕ける音がすると微動だにしなくなった。その様はまるでミイラかさなぎのようだった。

 

「じゃあ、こっちも四肢だけは拘束して──ッツ!!」

 

 続いてキョウカの処理をしようとしたとき、背後に気配を感じて振り返る。

 そして目にしたのはマクベスを貫かんと目前まで迫っていた荊であった。とっさに反射で曲げるが、曲げきれずに脇腹をえぐるように切り裂かれた。

 

「困るな、人間。計画の邪魔をされては」

「ぐっ……」

 

 マクベスの前に冥王マルド・ギールが姿を現す。

 マクベスは脇腹をおさえて蹲った。傷は深く、血がどくどくと湧き出てくる。

 冥王は倒れているキョウカに目をやった。

 

「こんなでも九鬼門はキョウカしか残っていないのだよ。虫けらを殲滅するためにも、殺されては困る」

 

 地面から突き出てきた荊が蹲るマクベスを襲う。

 なんとか歪めて凌ぐが時間の問題だろう。どんどんと荊は増殖し、空間を埋め尽くさんばかりであった。いずれは押しつぶされて終わりだろう。

 

(いや、それまで僕の意識が持つか……)

 

 時間とともに血が抜ける。同時に意識が薄れていく。このままでは魔法を維持できなくなってしまう。

 圧倒的窮地に陥ったとき、冥王の荊が切り払われた。

 

「マクベス、逃げるゾ!!」

「ソラノ……」

 

 そこに空から下降してきたソラノが突入し、マクベスを抱えると遠くへ離脱した。

 冥王はそれに目もくれず、斬撃が飛んできた方向に視線を向ける。

 

「この力、月の力か……」

 

 斬撃はいともたやすく冥王の荊を切り裂いた。加えて荊を斬られたときに感じた、心奥から恐怖を掘り起こされるような感覚。それは冥王獣を墜とされた直前にも感じたもの。

 

「貴様か?」

 

 斬撃が飛んできた方向から、二刀を手にした少女剣士が駆けてくる。その後方には小柄な少女が控えていた。

 少女剣士は向かってくる荊を避け、その二刀から斬撃を飛ばしてきた。

 冥王はそれを避けるが、斬撃から月の力は感じなかった。

 

「違う。ならばどこに──」

 

 瞬間、冥王は後方に気配を感じた。この恐怖感、間違いなく月の力だ。

 

「しまった、転移か……!」

 

 首だけで振り返った視界の端に、紫色の輝きを放つ剣の切っ先を向ける女剣士を捉えた。

 完全に虚をつかれた。冥王といえどこれでは躱せない。

 

「もらった!」

 

 斑鳩はカグラと青鷺と連携し、完全に冥王の虚をついた。間違いなく討ち取れるはずだった。

 しかし、斑鳩は横合いから襲撃を受けて殴り飛ばされる。かろうじて防いだが、おかげで好機を逃してしまった。

 体勢を整えるためにも一度斑鳩たちは集合して冥王から距離をとる。

 そして、斑鳩たちは突然現れた襲撃者の姿をその目にした。

 

「……お前は」

「間に合ったか」

 

 それは、斑鳩たちにもよく見覚えがある者だった。

 

「人間どものギルドの頂点にいた者。さすがに良き悪魔へと転生した、ジエンマ」

 

 冥王はその男をジエンマと呼んだ。

 かつて剣咬の虎のマスターであり、大魔闘演舞後にミネルバを暴行した際に逃亡して以来行方不明となっていた者の名である。

 

「捕まって悪魔にされていたのか」

「されていた? 違うぞ、自ら望んでこの力を手に入れたのだ。全ては最強へと至るため」

 

 カグラの呟きに、ジエンマは否と答えた。

 ジエンマにとって強さこそが最上位。そこに根底から存在を変えられた事への忌避感はない。

 

「九鬼門を遙かに凌ぐ力を持つ悪魔。我が新しき下僕だ」

「下僕? この天下に轟く我が力を下僕と申すか」

 

 冥王の発言にジエンマは不服を唱える。そして、ジエンマは青鷺に視線を向けると地を蹴った。

 

「冥王、小娘どもを片付けたら次はうぬの番ぞ!!」

 

 ジエンマは青鷺を最初の標的に定めて急速接近。

 青鷺はそれを迎え撃つように二人の前に出た。

 

「あの時、我の邪魔をしたのは貴様だな!!」

「サギはん!!」

「……こいつは任せて。二人はあいつに集中」

 

 青鷺がそう言うと、影狼が地面から飛び出てジエンマに体当たりをした。同時に、青鷺とジエンマはどこかへと消えてしまう。

 

「引き離されたか。──丁度良い」

 

 冥王は足で蹴ってキョウカを起こす。

 キョウカはマクベスがこの場を離れたことですでに悪夢から解放されている。よって、蹴られたことで眠りから目を覚ました。

 

「此方は、一体……」

「いつまで寝ぼけている。戦いだ」

「マルド・ギール様!!」

 

 目前の冥王に気がついてキョウカは慌てて立ち上がった。

 キョウカの意識は混乱の極地にあった。なぜ眠っていたのかも分からないし眠る前後の記憶もない。さらに悪夢で見せられた光景も混ざり合って頭の中はぐちゃぐちゃだ。

 しかし、向かい合う二人の女剣士を目にして気を入れた。混乱は全てどこかへやって、目の前の敵だけに集中する。そのため、一緒にいたセイラについても気にすることが出来なかった。

 

「マルド・ギールは一刀のほうを相手しよう。貴様は二刀の方の相手をせよ」

「はっ!」

 

 冥王の指示に頷き、キョウカはカグラを睨んだ。

 その会話は二人にも聞こえている。

 

「カグラはん」

「お任せを、すぐに片付けて助太刀に参ります」

 

 カグラは斑鳩にしっかりと頷いた。

 正直、冥王の力は格が違う。目の前にしてそれがよく痛感できる。

 戦う相手は定まり、いざ戦いを始めようとしたときであった。

 

「────! なんどすかこの声は!!」

 

 遙か遠くから雄叫びが聞こえてくる。

 斑鳩だけでなく、カグラ、キョウカ、冥王までも、目の前の相手から意識を逸らしてしまった。逸らさざるを得ないほどの圧倒的な魔力が近づいてきたのだ。

 

「さすがに想定外だ。ヤツが来るとは……」

 

 冥王の頬を汗が一滴伝う。

 

「強大な魔につられてきたか、それともゼレフを追ってきたのか。──アクノロギア」

 

 最強の黒竜が、決戦の地へと飛来した。




 毒障竜かドラゴンフォースかで迷った。

○こぼれ話
 ジェラールは三対一の影響で、エルザは拷問の影響でそれぞれダメージが大きかったのでアレグリア解除後はナツとエリックに無理矢理置いて行かれた。

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