“夜叉姫”斑鳩   作:マルル

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第五十九話 最強の魔導士

 二日目の朝。

 ナツは独断でハッピーと共に、ゼレフとインベルが率いる西軍百万の中へ飛び込んだ。兵士たちをものともせずに蹴散らすと、ナツはゼレフに相対する。

 ナツはイグニールが残した最後の力を解放してゼレフを圧倒するが、そこで思わぬ真実を告げられることとなる。

 

「僕の名はゼレフ・ドラグニル。君の兄だ」

 

 困惑するナツに、ゼレフは淡々と過去を語っていく。

 今から四百年ほど昔、ゼレフの両親と弟であるナツはドラゴンの炎に焼かれて死んだ。

 ゼレフはナツを蘇らせる研究の末、ゼレフ書の悪魔(エーテリアス)という生命体の構築に成功する。それこそがエーテリアス・ナツ・ドラグニル。ENDの正体だった。

 その後、ゼレフはナツをイグニールに預けることになる。イグニールは仲間のドラゴンたちとともに滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)を育て、アクノロギアを倒すために自らを魂竜の術で魔導士の体内封じ、未来に行く計画を練っていた。ゼレフもアクノロギアを倒すことに賛同する。また、ナツが強くなることでゼレフを殺してくれるかも知れないという期待をこめての選択だった。

 そして、アンナという星霊魔導士がエクリプスの扉を開き、ドラゴンが育てた五人の滅竜魔導士、ナツ、ガジル、ウェンディ、スティング、ローグが未来に送られる。そしてレイラが扉を開き、ナツたちはこの時代で目を覚ました。

 

「僕はね、ずっと君を待っていたんだ。だけど四百年は長すぎた。いろいろあったんだよ。いくつもの時代の終わりを見てきた。人の生死の重さが分からなくなってきた。メイビスに出会った。そして別れた。僕は……」

「黙れ……。そんな話信じられるかよ!!!」

 

 ナツはイグニールの力の全てを右腕に込め、全力でゼレフに殴りかかる。

 

「君はゼレフ書の悪魔だ。僕を殺せば君も死ぬ」

「それがどうした! オレは迷わねえ! そう決めた! おまえを倒すためにオレはここにいるんだ!!」

「これが僕を止める最後のチャンスだ」

 

 ゼレフは嬉しそうに涙を浮かべ、ナツの拳を受け入れようとした。

 

「ナツ──!!」

 

 しかし、ハッピーが後ろからナツを引き留める。

 

「ハッピー、何してんだ降ろせ!!」

「オイラはやだよ。ナツぅ……」

「降ろせ! イグニールの力が消えちまう! 今を逃したら二度とゼレフは倒せねえ!!」

「ナツはオイラの友達なんだ! ナツは違うの!!?」

「────」

 

 涙を流して叫ぶハッピーに、ナツはそれ以上何も言うことは出来なかった。ナツの右腕に宿った力が消失していく。

 

「絶対に連れて帰るから! ギルドに!!」

 

 ハッピーはナツの服を力一杯握りしめ、空を飛んでギルドへと引き返す。

 ゼレフはそれを黙って見送った。ナツにより刻まれた傷が消えていく。

 そのゼレフに、命令によって手を出さずに後ろで控えていたインベルが声をかける。

 

「陛下……」

「僕を止められる者は誰もいなくなった。もうなんの迷いもないよ。兵を進軍させよう。標的は妖精の尻尾(フェアリーテイル)妖精の心臓(フェアリーハート)という絶対的な力を手に入れる」

「はっ!」

「それと新しい服を頼めるかい?」

 

 ゼレフは凄惨な笑みを浮かべると、後ろのインベルに振り返る。

 

「皇帝にふさわしい服を」

 

 

 

 

 

 *******

 

 

 

 

 

 フィオーレ北部。

 鬼面の巨躯が歩む先、魔導士たちは次々に倒れていく。この者の名はブラッドマン。死神の名を冠する12の一人であった。歩くだけで死をまき散らすその様は、まさに死神の名に相応しい。この猛威に抗える者は一人として存在しない。そのはずだった。

 目の前に、ある男が現われるまでは。

 

「我が体から出る魔障粒子をものともせんとは。何者だ」

魔女の罪(クリムソルシエール)。それだけ覚えておきな」

 

 言って、エリックはブラッドマンに飛びかかる。

 ブラッドマンはそれを避けようともせずに見つめている。

 

「生憎、我が体は魔障粒子そのもの。故に死神。貴様に触れることなど──がっ!!」

「あ? なんか言ったか」

 

 エリックはブラッドマンの言葉も聞かず、次々に拳を繰り出した。

 

「バカな! 我が攻撃を受けることなど──!!」

 

 ブラッドマンはその連撃にさらされて、困惑もあらわに声を荒げる。それもそのはず。ブラッドマンは先程自身で口にしたように、体が魔障粒子で出来ている。故に、あらゆる攻撃は粒子の集合体でしかないブラッドマンを捉えることができないはずだった。

 

「貴様、その身に纏う力は!!」

「聞こえてんだぜ。てめえのその体も、同じ属性なら殴れるってなあ!!」

 

 同じ瘴気を纏っていれば、ブラッドマンの体を実体として捉えることが出来る。その弱点を当然、心が読めるエリックは知っている。

 

「侮るな! 我は死神! 命の審判者なり!! 骸に魂を喰われるがいい!!」

 

 ブラッドマンが無数の骸を召喚する。骸は周囲一帯を埋め尽くし、エリックの魂を喰らわんと襲いかかる。すぐにエリックの肉体は骸の中に埋もれた。

 

「うぜえ!!」

「バカな!」

 

 しかし、エリックはすぐに骸の中から姿を現した。エリックを包んだ骸は、ぐずぐずに溶けて地に転がる。

 

「死をもたらす骸が逆にやられた? いや、そもそも骸に囲われて傷一つないとは……。貴様、何者なのだ!!?」

「だから魔女の罪だって言ってんだろ。つっても、てめえが聞きてえのはそうじゃねえか」

 

 エリックはにやりと笑い、その身に宿す力をあらわにする。右半身からは毒がしたたり、足下の骸を溶かしていく。左半身からは瘴気が立ち上り、ブラッドマンが発する瘴気と混ざり合う。その両腕には鱗が浮かび、異形の腕へと変貌した。

 

「貴様、まさか毒と瘴気の滅竜魔導士……」

「正解だ。そして、スレイヤー系の魔導士は同じ属性に強い耐性を持つ。この意味、分かるだろ」

 

 ブラッドマンは瘴気の固まり。故に瘴気による以外の攻撃は持ち得ない。本来、あらゆる攻撃を無効化し、あらゆる魔導士を死に至らしめるブラッドマンは無敵に近い。しかし、エリックを前にしたとき、その力はあまりに無力なものへと成り下がる。

 

「まだだ! その身に受けよ、冥界より噴き出る九鬼の呪法。天下五剣・鬼丸!!」

 

 瘴気による攻撃も、物理的な力を高めた上で放つものであれば通じるはず。そう考えて放たれた斬撃はしかし、いともたやすく避けられた。

 

「聞こえてんだよ」

「────!!」

 

 ブラッドマンが攻撃を受けた衝撃のあまり、気がつくことができなかったエリックのもう一つの力。心の声を聞く魔法。思考を読まれたブラッドマンに攻撃をあてることなど不可能だった。

 

「あばよ。相手が悪かったな」

「認めぬ! 認めぬぞ! こんな人間!!」

「毒障竜の砕牙!!」

 

 エリックの拳がブラッドマンを打ち砕く。ブラッドマンの体を構成していた粒子は霧散し、空気中に溶けていく。周囲を覆っていた骸も消え失せた。

 戦いは終わり、今度はアルバレス兵を押し返すため、エリックはそのまま歩みを進めようとした。そのとき、後方から気味の悪い力がエリックを絡め取ろうと伸びてくる。

 

「ただでは死なぬ! 道連れじゃあああ!!」

 

 ブラッドマンは最期の力で黄泉への扉を開いた。エリックの肉体をその中へと引き込んで命を奪わんと欲しているのだ。しかし、

 

「だから、全部聞こえてんだよ。その気色の悪い怨嗟の声も」

 

 エリックは振り返りもせずに背後から伸びてくる力を躱し、森の奥へと進んでいく。

 

「おのれ! おのれええええええええ!!」

 

 ブラッドマンはその手の届かぬ背中を目にしながら、森の中ひとりで消滅した。

 

 

 

 

 

 *******

 

 

 

 

 

 フィオーレ南部、ハルジオン港。

 

「アイスメイク・タイタンフィート!」

「天神の北風(ボレアス)!」

「こいつら以外とやるぞ!」

 

 リオンの造形魔法が、シェリアの滅神魔法が、次々にアルバレス兵を倒していく。

 現在、ハルジオンの街の前では、街を占拠したアルバレス軍とそれを解放するために集まった人魚の踵(マーメイドヒール)蛇姫の鱗(ラミアスケイル)の連合軍が戦っていた。

 連合軍の魔導士たちが兵力差を覆さんと奮戦する中で、一際異彩を放っているのはカグラであった。

 

「止めろ! 止めろおお!!」

 

 アルバレス兵の絶叫が轟く中、カグラの二刀の小太刀が煌めいた。その小太刀を一振りするごとに、鎌鼬が幾人ものアルバレス兵を地に沈める。その足は止まることなく、アルバレス軍の陣を斬り破り、奥へ奥へと入っていく。当然、そうなればカグラの周りは敵で囲まれる。

 

「囲め! 囲んで数で圧殺しろ!!」

「おお!!」

「すさまじい練度だ。先頭は斬られる恐怖を抱えていように」

 

 アルバレス兵の練度に感心しつつ、カグラの口調に焦りは微塵もない。押しつぶさんと迫るアルバレス兵に、カグラは圏座のひとつを展開する。

 

浮力圏(ふりょくけん)高ノ座(こうのざ)

「か、体が!!」

 

 カグラを囲んだ大量のアルバレス兵の体が、近づいた途端に空中へと浮かび上がる。自由を奪われ、どうにか動こうと空中でもがく兵士たちの中心で、カグラは二刀の小太刀を構えて体を捻った。

 

乱旋風(らんせんぷう)鎌鼬(かまいたち)!」

 

 回転しながら全方位へ放たれる剣撃の嵐。兵士たちは切り刻まれると、ようやく浮力圏から解放されて地に落ちる。周囲はまさに死屍累々。戦闘が始まってまだ間もないというのに、カグラが斬り伏せた兵士は数百にのぼる。対してカグラには傷一つなく、息の乱れも一切ない。

 そんな連合軍の奮戦を、ワールは遠く街中から眺めていた。その視界に連合軍の魔導士たちを幾人かとらえてにやりと笑う。

 

「ロックオン。まとめて吹っ飛びな!!」

 

 ワールはミサイルをいくつか生成すると、戦場へ向けて発射した。放たれたミサイルは狙い違わず着弾し、魔導士たちを言葉通りに吹き飛ばず。兵力差を考えれば、この攻撃だけで連合軍が受けた損害は計り知れない。

 

「次々ィィィ!!」

 

 ワールはどんどんとミサイルを生成、発射して飛ばしていく。

 街中からの攻撃を止める術もなく、このままではワールの遠距離攻撃を前に、連合軍は一方的に負けてしまうだろう。

 

「させん!」

 

 だが、そんなことはカグラが許さない。初撃こそ通してしまったが、二撃目からはワールのミサイルを漏らすことなく、鎌鼬をもって空中で切り落とした。当然、変わらず兵士を斬りながらである。

 

「このまま街中の砲撃手を斬りに行くべきか。少し待つべきか」

 

 カグラは小さく呟いた。

 ジェラールたちがハルジオンに向かっていることは事前の連絡で知っていた。勢力差を考えれば、制圧力の高いカグラが街中に行くと、その分残った魔導士たちに負担が行く。であれば、ジェラールたちが戦線に参加してから砲撃手を斬りに行くという選択も有りだろう。

 

(いや、私がいなくともリオンが纏めてくれる。ジェラールたちの到着がいつ頃になるのかも分からん。ここは仲間を信頼して行くべきだ)

 

 カグラはそう方針を固めると、アルバレス軍の陣を突破するべく足を速める。

 ワールはその姿を視界に捉えながら、特徴的な笑い声をあげた。

 

「アヒャヒャ、ありゃ兵隊じゃ止めらんねえなぁ。だが、ディマリアが興味を持っちまったみてえだから、心配ねえか」

 

 そう言うワールの視線の先で、猛威を奮うカグラに近づく影がある。

 カグラも接近するその気配に気がつき小太刀を出した。ディマリアの剣とカグラの小太刀が音を立ててぶつかった。

 

「おおっ、いい反応速度だ」

 

 ディマリアは剣を防いだカグラを見て、その表情に笑みを浮かべる。

 対して、防いだカグラは表情ひとつ変えずに口を開いた。

 

「そういう貴様は些か鈍いな」

「────がっ!」

 

 カグラがそう口にしたとき、ディマリアの胴体に赤い筋が入り、そこから血が滴り落ちる。カグラはディマリアの剣を防いだその瞬間、すでにもう片方の小太刀で反撃していたのだ。そのカウンターにディマリアは全く反応できなかった。

 一方、ディマリアに対して先手をとった形となるカグラだったが、その表情は晴れない。

 

(完全にとったと思ったが、傷が思ったよりも浅い。内包する魔力量は私の遙か上か)

 

 がら空きの胴体を斬ったのだ。本来なら、その一撃で倒れてしかるべしだろう。その防御力の高さから、相手の保有する魔力量を推し量る。

 とはいえ浅いという言葉の前に、思ったよりも、という言葉がつく。この一撃で倒せはしなかったがあと何撃か。十も斬れば倒せるだろう。

 そうふむカグラの前で、ディマリアは傷を見つめて体を小刻みに震わせていた。

 

「私を、斬った……?」

 

 その姿はあまりにも隙だらけ。それを見逃すカグラではない。

 

(なんだか知らんが、これで決める)

 

 カグラがディマリアに小太刀を繰り出し、その身を切り裂くその寸前。ディマリアがカチカチと歯を鳴らす。

 その瞬間、カグラの眼前からディマリアの姿がかき消える。

 

「何!?」

 

 すぐに空間系の魔法を使われたのでは、という考えに至ったカグラは咄嗟に斥力圏を発動し、前方にディマリアが見当たらないことを確認してすぐさま振り返る。思った通り、ディマリアはカグラの後方に移動していた。

 

(やはり空間系か?)

 

 カグラがそう考えて警戒していると、ディマリアが薄い笑みを浮かべて口を開く。

 

「ちょっと遊ぶだけにしようと思ったが、やめだ。とことんいじめてあげる」

 

 瞬間、カグラを悪寒が襲う。否、戦場全体で連合軍の魔導士たちは皆、這い寄る悪寒に身を縮る。ディマリアがその身に宿る魔力を剥き出しにしたのだ。

 

(戦場が凍り付く圧倒的な魔力。こいつが噂のスプリガン12……)

 

 カグラが知らず息を呑む。この時、決してカグラは油断などしていなかった。むしろ、ディマリアの一挙手一投足を注視していた。だというのに、気がついたときにはカグラの衣服は破かれて、はらはらと地面に落ちていく。

 

「いつの間に!?」

「前髪がランディと同じだ。いじめがいがありそ」

 

 ディマリアがその表情に、僅かに嗜虐心を浮かび上がらせる。

 

(何をされたか全くわからん。空間系か? それとも別の何かなのか?)

 

 ディマリアの圧倒的な魔力。得体の知れない魔法。

 それらを前にして、カグラはかつてない焦燥を感じざるを得なかった。

 

 

 

 

 

 *******

 

 

 

 

 

 フィオーレ東部。

 斑鳩とゴッドセレナが対峙する。

 最初に仕掛けたのはゴッドセレナだった。

 

「冥土の土産に見せてやるよ。オレの力を! ──煉獄竜の炎熱地獄!!」

 

 ゴッドセレナは左腕に炎を纏い、それを斑鳩めがけて解き放つ。攻撃の規模で言えば、斑鳩どころか周囲のハイベリオンたちを焼き尽くして余りある。

 八竜のゴッドセレナ。その正体は体内に八つの竜の魔水晶(ラクリマ)を宿した滅竜魔導士。当然、炎だけではなく、水や大地などの属性を持った滅竜魔法を同時に使うことができる。

 

「どうした! このまま焼かれるつもりかよ!!」

 

 ゴッドセレナは迫る炎を前にしても、動きを見せない斑鳩に叫びをあげる。

 では、なぜ斑鳩は動かなかったのか。簡単に言えば、斑鳩にまともに戦う気などは全くなかったのだ。これは戦争であり、勝たなければならない戦いだ。後ろには最強の魔導士と名高いオーガストも控えている。

 

(予想通り、うちを侮っての大技。その場に足を止めてはる)

 

 斑鳩はその炎を目前にして、ようやく神刀の力を解放した。

 

接収(テイクオーバー)・ゴッドソウル」

 

 斑鳩の姿が神の力を宿して変容していく。

 神刀に月の魔力が流れ込み、紫色に輝いた。斑鳩はゴッドソウルの制御を磨いたことで、月がなくとも己の魔力で月の雫(ムーンドリップ)を生成出来るようになっていた。とはいえ、月の力を借りた方が質も量も圧倒的に上ではあるのだが。

 

「無月流、夜叉閃空」

 

 紫光の斬撃が放たれる。その力に触れた炎はただの魔力となって消失した。

 

「──は?」

 

 ゴッドセレナの呆けた表情。

 油断していたゴッドセレナにその神速の魔剣を避けることは叶わない。戦の権能によって必殺の威力を持ったその斬撃が、ゴッドセレナを切り裂いた。

 

 

 

 

 

 *******

 

 

 

 

 

 ブランディッシュは目が覚めた瞬間、がばりと勢いよく体を起こす。

 

「ここは!?」

 

 見知らぬ部屋の光景に慌てて周囲を確認していると、すぐ隣から声をかけられた。

 

「良かった。目が覚めたんだね」

「ルーシィ……。なんで……?」

 

 ブランディッシュが眠っていたベッドの隣では、ルーシィが椅子に腰を降ろしている。その後ろには見知らぬ老婆が壁にもたれかかっていた。

 ブランディッシュがオーガストと話していたときはまだ出撃準備をしていた頃だ。それから眠りによって意識が断たたれているため、予想だにしていない状況に困惑せずにはいられない。そして、腕の違和感に視線を落とせば、ブランディッシュの両腕は拘束されていた。

 

「手錠?」

「そう、魔封石のね。簡潔に言うと、今アンタは捕虜になってるのよ」

「捕虜……」

「といっても、分からないだろうから一通り経緯を説明するね」

 

 そうして、ルーシィの口から、第一陣からブランディッシュが運び込まれるまでの経緯。そして現在、東、北、南で戦いが起こっていることを聞かされた。

 

「アジィールが負けた……。皇帝が敵を侮るなって言ってた意味、少し分かったわ」

 

 ブランディッシュは驚き、僅かに感心したように呟いた。

 そうしていると、ルーシィが再び口を開く。

 

「一応、アンタがなんで眠らされていたのかは合格の人から聞き出して知ってる。戦争に反対してくれたんだってね」

「マリンが……」

「うん。ちなみに、彼は拘束して牢に入れてるわ。捕まえてからは危害を加えたりしていないから安心して」

「そう……。後、言っておくと私は別に戦争に反対した訳じゃないわ。オーガストにこの戦争の意味を聞いただけ」

「それでも、私たちの側に立って考えてくれたんでしょ? 私はそれだけで嬉しいよ」

 

 そう言って綺麗な笑顔を浮かべるルーシィに、ブランディッシュは一瞬見とれてしまう。それから気恥ずかしさに顔を逸らすと、視線を拘束されている手元に落とす。

 

「ほんとお人好しね。バカみたい」

「あはは……」

 

 ブランディッシュの言葉に苦笑を浮かべるルーシィ。

 ブランディッシュはそのまましばし瞑目して考えにふける。そして、再びまぶたを開くとルーシィに言った。

 

「ねえ、あんたたちのマスターと話をさせて。提案があるの」

「提案?」

 

 そう言って首を傾げるルーシィを、ブランディッシュが真剣な瞳で真っ直ぐ見つめた。

 

 

 

 妖精の尻尾のギルドではウォーレンが作り出したレーダーによってフィオーレ領の地図がモニターに映し出され、その地図上に12と思われる魔力反応が示されている。

 

「北部の12の反応がひとつ消えた! さっそく誰かがやってくれたみてえだ!!」

「すげえ! まだ正午にもなってねえぜ!」

「この調子なら勝てるんじゃねえか!!」

 

 北部の反応、ブラッドマンの敗北を観測した妖精の尻尾のメンバーたちは歓声をあげて喜んだ。主力は南北の援軍に向かってギルドには残っていないが、メンバーの多くはギルドで戦況を観測し、来たるべき決戦に備えている。

 そこへやってきたブランディッシュがレーダーを見上げて口を開いた。

 

「驚いた。また一人12がやられたのね」

「どわ! 12!!」

「目が覚めたのか!?」

 

 いつの間にかいたブランディッシュに、ギルドのメンバーたちは驚いて後ずさる。それとは対照的に、マカロフがブランディッシュに歩み寄った。

 

「どうやら目が覚めたようじゃの」

「ええ、おかげさまで」

「それはよかった。それで、できればアルバレスの情報を何か教えてくれれば助かるのじゃが」

「それはできない。私はアルバレスの人間。簡単に祖国を裏切ることはできない。だから貴方たちの味方にはならない」

 

 マカロフの言葉にブランディッシュは首を横に振った。マカロフも分かっていたのか、特に動揺もなく溜息をひとつ吐く。しかし、ブランディッシュはそこに「ただ……」と付け加えて言葉を続ける。

 

「貴方たちに助けられたのは事実だし、ルーシィには借りがある」

「え?」

 

 ブランディッシュに視線を向けられて、ルーシィがなんのことかと首を捻る。ブランディッシュはマカロフに視線を戻すと言葉を続けた。

 

「だから一つだけ提案。私がオーガストと交渉をしてあげる」

「────!」

 

 マカロフが驚いて目を見開く。そのやりとりを聞いていたメンバーたちもその言葉にざわついた。

 その中、ブランディッシュはさらに言葉を続けていく。

 

「オーガストは私が小さい頃から知ってる仲。交渉次第では退いてくれるかもしれない」

「それはありがたい申し出じゃが……。聞いた話では、お主はオーガストに眠らされたのでは?」

「ええ、そうね。でもオーガストは無理矢理話を打ち切った。何か聞かれるとまずいことがあったはずなのよ。それを知るためにも私自身、オーガストと話はしたいし、それ次第では交渉の余地もあると思うの」

 

 そう言って、ブランディッシュは眠らされる寸前に見たオーガストの表情を思い出す。最初は怒っているのかと思ったが、あれは悲しみの表情だったと今は思う。

 なぜオーガストは盲目的に陛下を信奉するのか。この戦争の意義は何なのか。改めて問い質さなければならなければならないと直感している。

 

「なるほどの……じゃが……」

 

 マカロフは言葉に迷いを滲ませる。どの程度信じて良いのかわからないのだ。最悪、12を一人解き放つことにもなり得る。

 ルーシィはその迷いを読み取って口を開いた。

 

「マスター、あたしは信じる」

「ルーシィ……」

 

 その言葉に続いてもう一人、賛同の声をあげた男がいた。

 

「オレもいいと思うぜ、マスター」

「メストもか……」

 

 ルーシィに続いて賛同を示したのはメストであった。メストは嬉しそうに見てくるルーシィに肩を竦めてみせる。

 

(まあ、カラコールではあんな話を聞いちまったらな)

 

 そう思い、メストが内心苦笑していると、少し考え込むように黙っていたマカロフが口を開いた。

 

「分かった。どうかよろしく頼む」

 

 こうしてブランディッシュは東へ交渉に赴くことになり、同行者にはルーシィとメストがつくこととなった。

 

 

 

 いざ出発する段になったとき。ブランディッシュの耳にふと、ギルド内の会話が聞こえてきた。

 

「交渉って言ってもよ。オーガストってのがいるのは東部なんだろ?」

「四天王が守ってるとこだし、案外負けてたりしてな」

 

 ブランディッシュは呆れたように溜息をつくと、その会話をしているところに振り返って声をかけた。

 

「オーガストは12の中でも別格。勝てるとすれば同じく最強の魔導士として12で双璧を為すアイリーンだけ。何人か12を倒したからって、思い上がらないことね」

「そ、そんなになのか……」

 

 ブランディッシュにそう言われた魔導士たちは、その真剣な口調から薄ら寒いものを感じて身を震わせる。そして、そう口にしたブランディッシュ自身、その力を思い出して身震いせずにはいられなかった。

 

 

 

 

 

 *******

 

 

 

 

 

「がっ、か、はあっ……」

 

 血濡れのゴッドセレナが膝を地に着けた。左肩から右の腰にかけて、大きな傷を負っている。

 しかし、斑鳩はその光景を驚きとともに見つめていた。

 

(傷が、浅い……)

 

 斑鳩は戦争においてまで、相手の命を気遣うような優しさは持ち得ていない。相手が一方的な侵略者で、かつ強大な魔導士であればなおさら手加減などあり得ない。だというのに、必殺を確信した剣を受けておいて意識すら保っているのはどういうことだ。

 斑鳩は夜叉閃空がゴッドセレナを切り裂かんとしたその寸前のことを思い出す。あれは一瞬のことであったが、障壁のようなものが確かにゴッドセレナを守ったのだ。

 

「はあ、はあ……、あんたの仕業か。オーガスト」

「左様」

 

 ゴッドセレナの言葉に後ろに控えていた老人が頷き、ゴッドセレナの横まで歩み出てくる。

 オーガストは身の丈を超えるほどの杖をつくと、真っ直ぐに斑鳩へと視線を据えた。

 

「この女は私がやろう」

「待て、オーガスト。オレはまだ──」

「これは命令だ。お主では勝目は無い」

「……くそっ」

 

 オーガストの容赦ない言葉に、ゴッドセレナは地面に拳を打ち付けた。

 その光景を目にしながら、油断なく斑鳩は剣を構えていた。オーガストはゴッドセレナと言葉を交している間も、斑鳩から目を離すことはなかった。その視線から送られる威圧感たるや、三十年近い人生の中でも最大だ。

 

「お主はこの女以外の相手をせよ。必要ならばジェイコブにも手伝ってもらえ」

「いらねえよ」

 

 ゴッドセレナはよろよろと立ち上がり、視線をハイベリオンたちに移す。

 

「させまへん」

 

 そのゴッドセレナを斑鳩が狙った。ゴッドセレナの傷は深い。例えオーガストの邪魔が入っても、もう一撃入れば倒せるはずだ。

 そうして斑鳩が刀を振おうとしたその瞬間、オーガストがもう一度杖で地面をつく。

 

「それはこちらの台詞だ」

 

 その瞬間、斑鳩の姿がただの人間へと戻ってしまう。

 

「そんな!?」

 

 斑鳩の瞳が驚愕に見開かれた。斑鳩はゴッドソウルを解いていない。勝手に解かれたのだ。

 オーガストは古今東西、あらゆる魔法を修めたといわれている。まさか、封印の類の魔法でも使ったのだろうか。斑鳩が再びゴッドソウルをしようとしても、できる気配が全くない。

 

「ゴッドソウルを封じれば、手負いのゴッドセレナでも十分であろうが。念のためだ」

 

 人に戻された斑鳩とは対照的に、オーガストの姿が変じていく。髪は逆立ち、肌は赤く染まり、その上に黄色い紋様が浮かび上がる。

 

「私手ずから、殺してくれよう」

 

 オーガストの規格外な魔力が露になる。

 その力に正面から晒されて、斑鳩はその重圧に冷や汗が止まらない。それでも無理矢理に口の端を釣り上げて、己の心を叱咤する。

 

「望むところどす」

 

 斑鳩に、かつてない壁が立ちはだかる。


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