インフィニット・ストラトス Apocrypha   作:茜。

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前回の投稿から四ヶ月以上もの時間、大変お待たせいたしました。
タッグマッチトーナメント決勝戦です。


異変~コアネットワークでの邂逅と黒の希望~

 策を一切弄さない、純粋なぶつかり合い。

「やはり剣の腕ではお前に勝てそうにないな、リィン・シュバルツァー」

 緋皇とプラズマブレードによる斬り合いはラウラの剣が全て受け流され続ける事で全く勝負にならない。

「AICを使えば、俺の動きを止める事は出来ると思うんだがな」

「いや、それはつまらん。純粋にこの力と力で勝負を付けたいのだ。だが、そうだな。これなら!」

 剣と剣。それは勝負にならない。そこで近接射撃に移行するラウラは、右肩のリボルヴァーカノンで弾幕を張りつつ後退し、有効射程まで下がったところで左肩のレールカノンを撃ち放つと同時、四本のワイヤーブレードをリィンの左右やや後方に向けて突撃させた。

 猛烈な弾幕と音速の砲弾、そして避け辛いワイヤーブレード。しかしリィンは事も無げに弾幕を下がって避けながら音速の砲弾を斬り割き、その余波でワイヤーブレードの軌道を変える事で後方へ更に下がり、追撃に備える。

「……呆れた物だ。まさか音速の砲弾を二度も斬り割かれるとはな。本当に人間か、お前?」

「レーザーでも切り払えるんだ。レールカノンも不可能じゃないだろう?」

 そんなリィンのなんでもないといった言い様に、ラウラは思わず吹き出してしまう。確かに()を切れるなら()など容易い、と。

「……くくっ! 確かに光速すら切り払えるなら、音速程度は遅く感じるのだろうな」

 その間も剣閃と砲弾の応酬は続く。そして一夏とシャルもまた、銃撃の応酬を行っていた。こちらは機動射撃戦だ。

「相変わらずどんな距離でも対応してくるんだね、ステラ」

「全距離対応って謳ってますからー。まあ、凍牙無かったらちょっと詰んでるかな。やっぱシャルの射撃、小狡いわ」

「僕も全距離で、射撃戦なら得意だからね。そこ!」

 マシンガン、ショットガン、バズーカ、ミサイル、エネルギー弾。次々と入れ替わり放たれ、吹き荒れる銃砲弾の嵐は、地味にリィンやラウラの元まで届いている。互いのパートナーへの牽制と狙撃までも入り交じる射撃戦。

「ステラ! 先程からこちらにまで銃弾が飛んでくるんだが!」

「シャル。そろそろステラの手癖の悪さをなんとかしてくれ」

 当然、そちら側からの苦情も入るわけで、一夏もシャルもその苦情に苦笑いしつつ銃撃を続けながら、一歩一歩位置を変えていく。一夏はリィンを、シャルがラウラを攻撃出来る位置へ。そして……。

「ならこうすればいいよね!」

「がぁっ!」

 唐突なイグニッションブーストによってラウラに急接近したシャルは、愛機リヴァイブ・カスタムの左腕に取り付けられた盾を外し、最高の武器、灰龍の鱗殻(グレースケイル)を繰り出し、ラウラを弾き飛ばす!

 その横では、一夏とリィンによる見事な剣劇が繰り広げられているが、シャルは一顧だにせず、飛んでいったラウラを追いかけて追撃をかける。グレースケイルによる連続攻撃だ。

「これで、止め!」

「むぅ……っぐ! なんだ、これは……! ああぁぁぁっ! やめ、や、やだ、こんなのわたしは望んでない、やめろぉおおっ!」

 この様に熾烈で苛烈な接戦が繰り広げられていた決勝戦は、しかし唐突に終焉を迎えた。

 否、無理矢理にも終わらせる必要に迫られた。なぜなら、固定形IS装備としては最大クラスの瞬間火力を持つ多連装式パイルバンカーであるグレースケイルによるシャルの猛攻にどうにか耐えていたラウラのシュバルツェア・レーゲンに異変が起きたからだ。断続的にパイルを撃ち込まれ機体が破損し、シールドエネルギーが枯渇しかけたレーゲンが、不意にその重厚な黒い鎧を思わせる姿を崩し、パイルの連打、その最初の一撃以降は表情を顰めて呻く程度で悲鳴一つ上げなかったラウラが苦悶の表情を浮かべ、悲鳴を上げる。それと同時にレーゲンは残った機体を融解させ、泥の様に蠢きながらラウラをその身の内に取り込み、元の面影を一切残さない、全く異形の物体へと変貌していった。

 やがて粘土の様に形を変え続けたレーゲンの変化が終わるとその姿は、かつてIS競技の世界大会(モンド・グロッソ)で二度の世界覇者となった織斑千冬の愛機であった第一世代IS《暮桜(くれざくら)》。そう、黒いナニかはその世界で最も有名な桜の名を冠する(IS)と全く同じ姿、そして装備を持っていた。

「誰か、たすけ……!」

 一夏とリィン、シャルの三人がラウラへと手を伸ばすなか、無情にも粘土が完全に閉じる寸前、その胸元近くで悲鳴を上げていたラウラがただ一言だけ、しかし言い切れなかった助けてという言葉。直後、管制室の山田真耶から通信が入り、待避を勧告される。だが……。

「シュバルツァー君、デュノア君、緒方さん! 緊急事態と確認しましました。三人とも早く待避してください」

「えっと、もう無理っぽいです。アイツ、僕達をターゲットにしちゃってますから彼女は僕達が対処します。それよりも観客達のアリーナからの避難を先に!」

 間に合わなかった助け。間に合わないと悟り一度飛び退った三人に対し、静止する黒い暮桜はその輪郭だけを織斑千冬に似せた頭部をぐるりと、人体構造を無視して一週させて周囲を見渡した後、見掛けだけが織斑千冬の容貌に似たその無表情な貌で一夏達三人を睥睨する。それだけで、逃げる機会を失ってると悟り、一夏は真耶に待避は無理だと伝え、安全の確保を頼む。

「……はい、わかりました。三人とも、お気を付けて」

「先生ごめんなさい。……それよりも、あれって雪片、だよね」

「うん。暮桜、だよね。黒い暮桜。でもラウラがどうして……まさか!」

「優衣の前情報通り、なんだろ。原因がなんであれ、何らかの要因で発動したVTシステム。そのトレース元はブリュンヒルデ……織斑千冬と暮桜だ。来るぞ!」

 そして一拍。油断なく様子を伺っていた一夏達に向け、無音且つ拍子を見せない挙動で動き出した黒い暮桜はまずシャルに対してその手に持った雪片を振り下ろす。が、その雪片は空を切る。一夏が咄嗟に、シャルのリヴァイブを突き飛ばしたのだ。しかし黒い暮桜は空を切った雪片を強引に一夏に向けて斬り上げると、その斬撃を展開された盾形態の緋鋼で受け止め……きれず、その膂力と加速された斬撃の重さで緋鋼毎一夏が吹き飛ばされた。一瞬の滞空と思考の停滞に、一夏は黒い暮桜の追撃を認識するも防御に移れない。辛うじて二枚の叢雲をアリーナの地面に突き刺す形で展開するも、二枚では足止めにもならず。しかしそこで出来た一瞬の隙にリィンが緋皇を振り下ろし雪片を地面に叩き付ける事で勢いを殺す。黒い暮桜も大きな隙を見せた事で一度後退し、再度静止し、次の攻撃を待つ。

「……全部の動きが繋がってる。流石千冬姉のコピーだわ。荒が目立っても機械だから隙が見つけにくい」

「むかつくな。それに、あの動きでは閉じ込められてるラウラの負担も大きい。どうにか一撃だけでも叩き込んで、あの装甲を斬り割ければいいんだが……」

「隙が無ければ、作ればいい。違う、リィン? シャル、行くよ。合わせて」

 その間に一夏は右腕に五月雨改を接合する形で展開し、更に叢雲を被せる様に展開。左手には烈空を持ち、前に飛び出して機動戦に持ち込む。その僅か後方にはシャルが続き、数多の銃火器を使った中距離での射撃支援を始める。

「任せて!」

 五月雨改で黒い暮桜の足下に撃ち牽制しながら、烈空で雪片と打ち合う一夏。大きく移動しようとする黒い暮桜に、シャルがアサルトカノン(ガルム)ショットガン(レイン・オブ・サタディ)を撃ち込み、動きを制限する。正面と右を一夏が、左から後方をシャルが押さえ込みつつ、リィンが必殺の一撃を入れるタイミングを作るため、付かず離れず、そして黒い暮桜を動かさぬよう立ち回る二人。やがて被弾を顧みず一夏に対して突撃の構えを見せた黒い暮桜に、リィンが一瞬で距離を詰める。

「一対多は苦手みたいだな。……通ってくれよ、疾風!」

 そして一撃。斬り上げる形で繰り出された疾風の一撃に、縦一文字に斬り割かれた黒い暮桜の前面装甲の裂け目から、ラウラがリィンに向けて倒れ込む様に零れ落ちてくる。開かれ、リィンを見つめるラウラの目は虹彩異色(ヘテロクロミア)。生来の紅い瞳と、普段は眼帯に隠されている、越界の瞳(ヴォーダン・オージェ)により後天的に変化した金の瞳。

 リィンとラウラの目線が絡み合い、ラウラがリィンの腕の中に潜り込んだ瞬間、二人の意識は急速に現実世界から引き離され、光が溢れる世界へと移された。

 

「待たせたな、ラウラ」

「リィン、シュバルツァー」

 互いに隠す物など何も無い世界。ぼやけてはいるがISもISスーツも、ましてや制服などの衣類も着ていない二人は、しかし特に気にした様子も無く、ただお互いに目線を合わせ、ただ名前を呼び合う。

「お前の声が聞こえたから助けに来たぞ、ラウラ。お前を閉じ込めた黒いモノ、暮桜擬きも切り崩した。もう、自由になれるはずだ」

 そして事も無げに助けに来たというリィンに、ラウラは単純に疑問を口にするが、リィンはそれを出来るからと、気負いも無く答える。

「なぜ、わたしを?」

「なぜって、俺達はクラスメートだろ? クラスメートが助けを求めるなら、それが多少の無理と無茶で助けられるなら、助ける。それだけだよ」

 しかしラウラにはわからない。これまでに様々な騒動を起こした自分を、危険を冒してまで態々助けるのかが。

「だがわたしはお前達に」

「それがどうした。俺はラウラを助けたいと思った。お前が悪いやつだなんて最初から思ってない。それに助けられる方法があって、可能性も見えた。だから助けに来た。なにか問題があるか?」

 それもリィンに一言で切って捨てられる。ただ、悪くないと。そして助けられるなら、無茶の一つでもすると。それが当たり前だと。

「……。リィン・シュバルツァー。あなたは、バカなの?」

 そんなリィンに、ラウラは素直に思った事を口にする。本当に、バカだな、と。尤も、それはリィンも多少は自覚している事である。今までに色々な仲間達に言われた事も少なくない。

「さあ、どうだろうな。確かにバカかも知れない。ステラ達にもたまに言われる。それでも、たとえバカだとしても、助けたいと思った相手を見捨てるなんて事はしたくないな」

「……強いんだね、リィンは」

 だが、バカで悪いのかと。頭のいい、お利口さんだけで世界が回るはずが無いのは士官学院、そして内戦を通じて痛い程理解している。その中で自分の正義と想いを貫く意味も理解している。

「俺が強い? それはないな。確かに多くの戦場を歩いてきた。数多くの戦いに身を投じた。殺し合いすらして来た。それでも、未だ届かない背中を幾つも見る。未だに自分の弱さに絶望する事もある。強い弱いだなんてのは一つの尺度で、人の一面でしかない。俺もまだ、弱いところが多いよ」

 リィン自身は誰かに負けない様鍛えているが、強いなどとは思っていない。ラウラが言うそれは、ただ経験の差だと思っている。

「ううん。強いよ。心が。わたしは、こんなにも弱いのに」

「それをいうなら、ラウラも強いと思うぞ。こんなモノに飲まれてなお、弱い自分に気付いて、自分を保っている。今、こうして俺と会話している。十分に強いだろう」

 それでもラウラは、リィンは強いと感じている。技量、力量のみならず、その精神面も。ただリィンから見ればラウラも同じだ。自分の弱さを認められるのもまた、強さの一つだからだ。

「そんなこと、ないよ。虚勢を張らないと、恐い。いつでも、足が震えてる。部隊の皆に迷惑をかけない様に。わたしは、強くなんかない」

「そうか。それなら、俺が、俺達が支えてやる。お前が一人で立てるように。一人で立って、前に向かって歩けるように」

 ラウラは、今でこそ代表候補生としてドイツのIS競技組織に出向しているが、その所属は今もドイツ軍であり、少佐の官位を持つ司令部直属のIS特殊部隊の部隊長。そんな彼女の素の性格は、その身分に反して気弱な少女のそれと変わらない。だからこそリィンは、それを知ってなお、彼女と共にあると誓う。

「わたしを?」

 リィンは一夏がラウラの素に気付いている事を知っている。優衣も気付いている。気付いていない他のメンバーも、その程度の事は問題にならない。だから支えると、不安気な表情をするラウラに伝える。

「俺だけじゃない。ステラも優衣も鈴も。エマとフィーも、簪やシャル、セシリア、レナ。本音や静寐にテレサ。それに清香達だって、きっと支えてくれる」

「でもわたし、みんなに怪我させてる。オルコットと凰にシャンティ、それに二年のランプレディの四人に至っては殺そうとまでした。なのに!」

 だがラウラはIS学園に編入して以来してきた好意を気にしている。特に、ケガを負わせた四人に。あの戦闘の時に持った殺意は、偽物では無いから。

「死んでなければ、生きてれば大丈夫だ。大体、殺されそうになった程度で折れるような可愛い気のあるヤツらじゃない。そんな半端な鍛え方もしていないしな。だから、謝ろう。俺も一緒に謝ってやるから。な?」

 それもただ、謝れば良いというリィン。実際、あの四人や武術部所属の者は実戦さながらの訓練をしているため、実のところケガは日常茶飯事だったりする上、代表候補生など一部の上位者は戦争を意識した訓練をしている。これは、戦争を戦い抜いたリィンや一夏達が居て、ISが現状ではただの兵器だという認識があるからこそ、その様に行われているのだ。ケガをしたさせた程度、謝って治療して終わりである。

「謝る?」

「ああ。悪いことをしたら、謝る。個人同士の諍い程度ならば、それでも許されないなんてことは、あまりないだろ」

 その上でラウラが悪いと感じているならば、鈴やセシリア達に本音を話して謝れば全て収まると、そう告げる。

「許して、くれるかな」

「許してくれるさ。言い訳する必要もない。みんな、何かを抱えてる。俺も、そしてお前もその一人だ。どうしてあんな事をしたのか説明して、真剣に謝れば、ちゃんと受け止めて、許してくれるよ」

「……うん!」

 事実、鈴達はあの戦闘で負ったケガ自体はさして気にしていない。気にしているのはなぜあの様な事をしたのか、それだけ。そう告げればラウラは花が開く様な笑みを浮かべて頷く。その笑顔を見たリィンは思わず息を呑む。

「ラウラ、笑うと可愛いな。俺はラウラの笑顔、好きだぞ。今の、笑ってるラウラは凄く可愛い」

「……か、かわいい!?」

 ラウラの笑顔は、例えるなら向日葵。普段見せる無表情から一点して、大輪の花を思わせる温かい笑顔。

「ああ。ここから出たら、みんなで笑い合えるようにしよう。ラウラの可愛い笑顔を、みんなにも見せてあげよう」

「う、うん!」

 そのラウラの笑顔に意識を持って行かれたリィンだが、直ぐに自身も笑みを浮かべるとラウラに手を差し出す。ここから出よう、と。

「さあ、行こう」

「わかった、リィン!」

 繋がれた手と手。小さなラウラの手を包み込む様に緩く握るリィンに、ラウラも擦り寄る様に近付くと、リィンは彼女を抱きしめる。

 そして白い世界が崩れ始める。

 

「お帰り、ラウラ」

「うん。ただいま、リィン」

 そう、二人が言葉を交わした瞬間、白い空間での意識の共有は切れ、現実世界で抱き合う二人が目線を合わせて言葉を交わす。お帰りとただいま。まるで旧知の仲。そんな微笑みながら挨拶を交わすリィンとラウラを、一夏とシャルが微笑ましく見つめる中、ラウラが目を閉じ、リィンに凭れれかかる様に身体から力を抜き、意識を閉じた。避難が済んだアリーナは静まりかえり、一夏とシャル、リィンの三人が見守る中、ラウラは小さな寝息を立てていた。そんなラウラを抱えたリィンは彼女を救護室へ連れて行くためにアリーナを去り、一夏とシャルもそれに続く。

 

 こうして、学年別タッグマッチトーナメント一年生の部決勝は波乱の内に試合中止として終了し、同時に、後にVT事件と呼ばれる騒動の表だった部分が終結した。

 

 そして……。

 

 決勝戦の終了から数時間。夜も更け始めた頃、アリーナ棟の救護室内に二人の人影があった。

 一人はベッドに横たわり寝息を立てるラウラ・ボーデヴィヒ。そしてもう一人は、ベッドの脇で椅子に座りラウラを見つめる織斑千冬。

「ぅう、ん……」

「起きたか、ラウラ・ボーデヴィヒ」

 日はとうに沈み、試合も中止となり、事件が終了してから既に数時間。その間、一向に目覚めなかったラウラが僅かな呻き声と共に目を開き、まだ周囲の状況を見えていないラウラに千冬が声をかける。

「教か……織斑、先生」

「なんだ?」

 その千冬の終えに反応したラウラは、声が聞こえた方に顔を傾ける。

「わたしを、責めないのですか?」

「お前は何か、責められるようなことをしたのか?」

 そして何も言わない千冬にただ一つだけ聞く。何も聞かないのかと。だが千冬は本当に何も気にしていないかの様に、ラウラの質問に質問で返すと、ラウラは狼狽えながらリィンの名を出す。しかし……。

「その、リィン達のことを……」

「ふん。あいつ達を見くびるな、小娘。あの連中は、お前が仕掛けたあんな程度のことをいちいち気にするような可愛げのある連中じゃないさ」

 千冬は知っている。リィンや一夏、鈴音達がその程度の事を気にする物では無いと。多少負傷する可能性がある程度の戦いなど、普段から行っているのを承知している。それを伝えればラウラは目を見開き僅かに呟く。

「リィンと同じ事を……」

 あの白い空間でリィンが言った事だと。それを千冬も知っている事に僅かな驚きを覚える。そんなラウラを見て千冬は苦笑いと共に僅かな愚痴を零す。

「山田先生曰く、私は随分とシュバルツァーや緒方姉妹達一行に感化されているらしいからな。山田先生こそ人のことは言えない癖に……と、まあ、それはいい」

 一夏や束と本当の意味で再会したあの日以来、千冬は意図せず一夏に、リィンに、その周囲に感化され、以前と比べて穏やかになっている。また真耶の場合はリィンに対する好意も含むので千冬以上に影響を受けているのだが。

 閑話休題。

 千冬は伝えるべき事を伝えるために苦笑いを収め、目付きを改めてラウラを見つめる。合わせる様にラウラの表情も改まる。

「ここからが本題だ。これは本来、機密事項なんだが、当事者であるお前に伝えておくべきことと判断している。口外はしないように」

 そして伝えられる事情。自身と、自分のISに起こった事。その重大性。更に関係各所に対する処置。それを聞いたラウラは息を呑む。

「まずお前の専用機。シュヴァルツェア・レーゲンにはヴァルキリー・トレースシステムが搭載されていた。シュバルツァーとデュノア、緒方姉が協同して破壊した機体から回収され、現在、IS学園技術部で詳細を解析中だ。また、この件についてはドイツ政府及びドイツ軍と関連研究施設、そしてシュバルツェア・レーゲンの開発元であるBMWトロイメライ社に対しての緊急査察が検討されている」

「査察……。それにヴァルキリートレースシステム、ですか」

 ヴァルキリートレースシステム。

 最初期の発想自体は単純に、モンド・グロッソに参加した優秀な選手達の操縦技術を反映した操縦補助システムとして考案されながら、最終的には操縦者の技術レベルに関係なく、特定選手の技術と動きそのものをそのままトレースしてISを自動操縦するシステムとなり、その負荷に耐えられずテストパイロット達が次々と再起不能に陥ったため、開発を凍結、アラスカ条約その他で研究及び開発を全面的に禁止された禁断の技術。

 そんな禁断のシステムがシュバルツェア・レーゲンに極秘裏に搭載されていた。

「ああ。その様子では知らなかったようだな」

「はい。まさか、禁止されたシステムがわたしのレーゲンになんて」

 しかしラウラはその様な事実は知らず、当然、VTシステムのコアはレーゲンのシステム最奥部に隠されていたため、ラウラでは整備に於いてその断片すら見つける事が出来なかった。

「恐らく、黒兎部隊(シュバルツェア・ハーゼ)以外の何者かの手によって、極秘裏にシュバルツェア・レーゲンに搭載されたと考えられる。それが、あの試合の中で追い詰められたお前の精神状態と、その時の蓄積された機体ダメージをトリガーにして起動したのだろうと推測されている」

 勿論ラウラが部隊長を務めるシュバルツェア・ハーゼにVTシステムを仕掛ける理由など無いため、システムに細工をしたのはそれ以外の組織となる。メーカー、軍の研究所、軍そのもの、そして政府。いずれにせよ、ドイツの関係各所に対する査察は避けられない。

「それは、わたしが弱かったから、ですね」

 そしてVTシステムが起動する条件。ただし推測でしか無いそれを千冬が述べた瞬間、ラウラは顔を伏せ、小さく自分のせいだと呟くが、千冬はそんなラウラの顔を上げさせ、目を見つめながらも、ラウラの呟きには肯定も否定もしない。

「さて、それはどうかな」

「わたし、は……」

 そして千冬がラウラの名をフルネームで呼ぶと、一瞬呆けながらもラウラが返答する。

「ラウラ・ボーデヴィヒ!」

「……っ! は、はい!」

 何を思ったか敬礼までしているラウラに、またも苦笑いを浮かべながらただ一言だけ問いかける千冬。

「一度だけ聞こう。お前は、誰だ?」

 その問いに僅かに逡巡し、それでも自分は自分であると、自身の名を言うラウラ。

 そんなラウラに、満足げな笑みを浮かべてそれで良いと告げる千冬。

「わたしは……。わたしは、ラウラ、ボーデヴィヒです」

「そうだ。お前はラウラ・ボーデヴィヒだ。お前はお前にしかなれん。お前は私にはなれん。そして私も、私以外になることなど出来ない」

 そうして、自分の胸に手を当て、自身に言い聞かせる様に「わたし」と繰り返すラウラに、千冬は時間はかかるが自分を見つけろと言い聞かせれば、ラウラも笑顔で答えた。

「わたしは、わたし。うん、わたしは、わたしです」

「そうだ。時間はたっぷりあるんだ。お前になれよ。ラウラ・ボーデヴィヒ」

「……はい!」

 その笑顔を見て千冬は更に笑みを深め、その笑顔が可愛いと言えば、明らかに慌て、狼狽えるラウラは噛みながらも何かを弁明し、その姿が余程可愛かったのか千冬が吹き出しつつもリィンには不思議と女を惹き付ける何かがあると言い、自分も等と爆弾発言までする。

「うむ、笑えば可愛いではないか」

「はひゅ!? きょ、きょうかんまで、リィンとおにゃじことをいわないでくだしゃい!」

「ふふっ。なんだ。お前までリィンのヤツにやられたのか。アレには気を付けろ。アレの一挙一動、全てが女にとって抗いにくい猛毒だからな。かく言う私自身、妹がアレの女でなければ危うかったからな」

 そう言った千冬の発言にふとラウラは、千冬には織斑千夏と、行方不明になった織斑一夏という双子の男の子、つまり弟が二人だけだったはずと疑問に思い口に出す。

「はい。……ん? 妹? 教官に? 教官には弟が二人、だったはずでは?」

 それに関して、千冬は笑みを浮かべたまま、ステラの正体が行方不明になった一夏だと暴露する。詳しくは本人に聞けと言いながら、嘘は言っていないと断言。ラウラも不思議そうにしつつ、千冬がそんな事で自分を騙す意味もないと思い至り、ステラ達と話そうと決心する。

「人払いしてあるから言えるが、実は緒方ステラ・バレスタインは私の弟、織斑一夏がとある事情で女になった姿だ。お前にこのことを伝えるのも、一夏自身に許可を得ている。これ以上の詳しい事は一夏本人から聞くといい。千夏はこのことを一切知らないがな」

「そ、そうなんですか。そんなことも、あるのですね。わかりました。ステラ達と、また話す事にします」

「ああ、そうするといい」

 その後、千冬と共に医務室を後にしたラウラは、そのまま一夏の元へ趣き、一夏やリィン達と様々な事を話し合い、これまで以上に親睦を深める事になった。

 

 

 そしてその日の夜。男子用に開放された大浴場にて面倒な事態が発生するのだが、余りに馬鹿馬鹿しい事柄のため、翌日の後始末だけを記す。

 それは一夜明けての教室。

 

 シャルがシャルロットとして教室に現れた事で一時騒然とするも、それ以上に前日の夜、千夏がシャルロットを襲い、リィンがそれを鎮圧した事件が取り沙汰された事が騒動の元となった。

「……千夏。お前はまだ懲りないようだな」

「うふふふふ。さあ織斑。昨晩の件、なぜあの様な事をなさったのか、詳しく教えて頂けますわね?」

 その様な事態、事件に、セシリアと箒は怒りを隠さず千夏に詰め寄る。特に満面の笑みを浮かべるセシリアが放つ怒気は表情に反して凄まじく、千夏も完全に及び腰に。

「ほ、箒。それにオルコットも待て。意味がわかんねえよ! な、なあ緒方、助けてくれ!」

 セシリアと箒、二人の怒気に曝され、混乱の中で偶然目に入った一夏に助けを求めるも、一夏は当然の如く取り合わず、目線すら合わせない。

「いやだね。お前の事情なんざ知らねーし。つか、人の声に耳傾けないヤツなんざ勝手に自爆してろってんだ」

 一夏のみならずクラスの大半に見捨てられ冷たい視線を浴びる千夏はクラスの後ろへ逃げて行くも、教室後ろのドアがバタンと轟音を上げて開き、そこから優衣と簪、エマとレナを引き摺ったままの鈴が、怒気と殺意を隠さず踏み込んでくる。

「こんのアホ千夏ぅっ! 優衣達から聞いたわ! なに好感度ゼロの癖にそんな意味のないお約束踏んでるわけよ、あんたはぁっ! 挽肉にするわよ!」

「ちょっと鈴、ストップストップ。流石にここでIS起動したらまずいからマジ落ち着けーっ!」

「ていうかなんでISを展開してないのにこんな力強いんです!? 私達四人で引っ張ってるのに止まらないなんて、リン、力強すぎです!」

 さすがにそんな鈴をそのままに出来ない優衣達は、引き摺られながらも止めようと奮戦するが、ついに鈴の右腕に量子展開の様子が見られると優衣が慌てて腕に抱きついてISの展開を止めさせ、レナも反対側の腕を抱きしめる。

「と、とりあえず鈴。あれになにかするなら、ステラから武器(おもちゃ)借りてやろうよ。ね?」

「鈴さん本当に落ち着いてください。ISなんかで殴ったらあの人死んじゃいますし、そんな事に使ったら甲龍が可哀想ですから、せめてステラさんの持ってる遊具(武器)で我慢してください!」

 そして簪とエマが鈴の前に回り込んで、静かな口調でに鈴を宥めると、少しだけ落ち着いたのか、鈴は大きく息を吐いて歩みを止める……が。

「いいのよ。てか、アホ千夏なんてこの世から消えればいいんだ!」

 吠えた。千夏に向かって、教室中が震える程の大声で吠える。

「ちょ、お前らなに物騒な事口走ってんだよ! てかマジ待って、考え直せ!」

「うっさい黙れアホ千夏!」

 前門の鈴達に後門のセシリア達。千夏に逃げ場は無い。そんな中、所用で遅れて来たラウラが、教室の異様な雰囲気に気付きリィンへと問いかける。

「あの、これはなにごとですか、リィン」

「ラウラか」

「はい。ラウラです。それでその、この状態は一体? 山田先生もいらっしゃるのに、止めていませんし」

 心底不思議そうな顔付きで問いかけるラウラに、リィンは苦笑いで返し、ラウラの疑問を聞き、それに答える。

「昨日の夜、織斑がシャルに少々やらかしてくれてな。現場は俺が押さえたんだが、今、その件について改めて織斑が個人裁判にかけられてるってとこだ。真耶先生も事情を知ってるから、認められてる、というか先生が裁判長役だ」

「はあ。何があったんでしょうか」

 前日に起こった余りにもアホらしい事件。完全な被害者であったシャルにとっては災難だったが、加害者である千夏を鎮圧したリィンにとってはため息すら出ない事件。

「当事者以外には本当に下らない事だけど、まあ、すぐにわかるよ」

「そうですか」

 そして当の千夏は、ついには自身が危害を加えたシャルにまで助けを求めた。鈴では無いが、本当にアホである。そんな千夏に対してシャルは冷めた目を向け扱き下ろす。何を被害者ぶっているのかこの犯罪者は、と。

「な、なあ、シャルル!」

「なあに、織斑? 君さ、昨日の夜、僕にあんなことしたくせに助け求めてくるんだ。ふうん。すごいね、君って。本当、最っ低」

 しかし千夏は自身には罪が無いと信じている。私的に早めた事で入浴時間が偶然一緒になり、偶然彼女の正体を知り、男子の入浴時間にそんな姿でいるのは自分を誘っているのだと感じた。最後は完全に勘違いであり、シャルが千夏を誘うなど有り得ないのだが……。

「……ホントに俺の何が悪いんだよ! 偶然風呂が一緒になっちまっただけだろ! 大体、俺はお前が女だったなんて知らなかったんだぞ! そもそも女だってんならなんであの時間に風呂に入ってたんだよ」

 自身の告白が罪の自供となっているなど思っていない千夏に、判断を付けた真耶が一夏とフィーに対して彼の捕縛を命令する。この命令に二人は袖裏に仕込んでいる鋼糸を放ち千夏を雁字搦めにした。

「織斑君の自供を確認、と。入浴順を決めた上で、勝手に早くに入って起こした事件ですから、今回の件は偶然では言い訳に出来ません。判決は有罪とします。ステラさん、フィーさん。織斑君を拘束してください」

Jawohl(了解), せんせー。織斑千夏の捕縛行動を開始します」

「Aye ma'am, 真耶せんせー。てわけでまあ、神妙にお縄についてね、ダメ斑」

 柔軟性の高い、しかし金属製故に重量が見た目以上にある鋼糸を二重に巻かれた千夏はその重さに倒れるなどはしないものの、呻き声を上げ、そして鋼糸をIS用装備と勘違いして文句を言う。

「な、何だよこれ! 糸、なのに重ぃ……。くそ、外せよ、この! 許可がないISの展開は認められてないだろうが!」

 だが鋼糸は個人用の携帯装備であり、的外れな文句は真耶によって即座に否定され、一夏とフィーもそれに追随する。犯罪者は拘束するのみと。

「織斑君。それはISの装備ではなく、持ち込み申請済みの個人装備ですので、二人にはなんの罰則もありませんよ?」

「せんせーの言う通り、これは僕とフィーの個人装備だよ。ま、細く見えても金属製だからね。重いのも当たり前だよ」

「ダメ斑の目って犯罪者のそれに近いし、せんせーが許可してくれたから、自衛のために拘束させてもらったよ」

 見たまま。しかし一応と真耶に報告したフィーに、真耶は丁寧に礼を言い、労う。

「とりあえず拘束完了したよ、せんせー」

「はい。お疲れ様です、フィーさん」

 その真耶の言葉に頷いたフィーは、そのまま一夏に顔を向け、鋼糸を替えたいという。織斑千夏を拘束した鋼糸なんて二度と使いたくないと目で訴えて。そこは一夏も同意で、IS用と同時に人間用の各種装備も作っている開発部装備課に鋼糸の発注を決める一夏。そしてフィーに話しかけながら同時進行で緋鋼の拡張領域に格納しているスポーツチャンバラ用の様々な刀剣類を幾つも取り出し、シャルと鈴や、その周りに居るさゆか達へ次々と渡していく。

「ん。……ねえステラ。あんなの縛ったからこの鋼糸、取り替えたいんだけど」

「それは装備課に言っておくよ。勿体ないけど僕も換えたいしさ。それと、はい、シャル。これ使って。それなら絶対に死なないから。他にも沢山あるからさ、他のみんなも適当なの使っていいよー! 鈴も叩きのめすならこれ使って。これなら死にたくても死ねないから」

 長剣型を受け取ったシャルがその刀を構えながら礼を言い、薙刀型を受け取った鈴は目を瞑って溜め息を吐きながら構え、目を開くと千夏目がけて一閃。軟質性素材とは思えない音と共に千夏を宙に浮かせる。そこからはシャルやさゆか達も混ぜた滅多打ちが始まった。

「うん。ありがとう、ステラ」

「……しょうがないからこれで我慢するわ。それで、このアホを地獄へ叩き込むわ!」

「ま、まて鈴音! ぐげぇっ!」

 鋼糸に巻かれて身動きが取れない千夏が長剣で、小太刀で、短刀で、薙刀で、棒で、杖でと……。様々な得物が当たる度に千夏が呻き声を上げるが誰もが無視を決め込んでいる。その様をみて騒ぎに加わっていない静寐と本音が一夏の横で見たままの感想を言えば、一夏が冷たい目線で当の千夏を見ながら、彼を見捨てる言葉を、忘れきれない過去の恨みも込めて言い放つ。

「なんか、修羅場よね」

「ねー。おりむーってば違う意味でモテモテさんだからねー」

「頭良いくせに優柔不断。情欲丸出しのくせに純情ぶってさ。ふざけんなっての。今までだって傍若無人に振る舞ってたんだから、勝手に何かしでかして、勝手に潰れてればいいんだ」

 そんな一夏の言葉を本音が汲み取り、恨み? と問えば静寐がそれに同調し、一夏も否定しない。

「……うわぁ。すーちゃんすごい事言ってるよー。てゆーかそれって、恨みから来てるっぽい?」

「そうだと思うよ。一夏の話は、正直聞くに堪えなかったもの」

「まあね。本音も静寐も、僕の事はもうわかってるだろ? あれが元兄だってのは認めたくない。千冬姉すら見捨てかけてるのに、僕が助ける義理なんてあると思う?」

 一夏の過去。それを知る本音と静寐も、しかし今の惨状をを見ると多少は目を背けたくはなる。だが……。

「うん」

「でも、ね……」

 一夏自身はアレでも大したことでは無いと思っている。かつて自分が、そして千夏が気に入らないと思った者達にしてきたことからすれば、軟質性の棒きれで殴られるだけの状況は罰にすらならないと。

「アイツは昔からそう。善人ぶって、いい顔みせて、弱み握っていたぶって。なのに不利になると開き直って有耶無耶にする。今までやってきた事のツケが返ってるだけだよ。そんなヤツ、ただ血が繋がってるってだけで助けなきゃなんて、思わない」

 過去より千夏は人の顔色を見て強者に取り入る事が大変上手く、また逆に弱者を見つれば隙を見つけて虐めや脅しを行っていた。それに比べてリィンは真逆で、最初はお互いに問題がある相手とも、最悪でも不干渉へと持って行くのだ。そんな彼が、彼の矜持を持って関係を持つ女性を囲う事に、一夏やフィーなど当事者達は問題ないと思い、今もって彼に侍っているのだから。

「リィンはその点凄いよ。例え敵対する相手とだって最低限わかり合おうとする。僕達との事だって、その職務や職責もあるけど、それを抜いても互いに好意を抱いてる人、関係を持った人、全員にきちんと責任を持とうとして、その為の努力をしてる。それも、貴族の務めっていうだけじゃない。リィン自身の務めとして。だから、リィンがハーレムを持っても気にしない」

「まあ、確かに一夏の言う通りよね。私も受け入れてくれて、優しくしてくれてるし、厳しく接してもくれる」

「だよねー。それにおりむーのことは、いっちゃんがそれでいいって思ったなら、それでいいんじゃないかなぁ」

 そんな一夏の考えに、ステラだけでなく一夏としての過去も知る本音と静寐が、その考えで間違ってはいないという。自分達も同じなのだからと。それにたいして僅かな疑問を持った一夏の問いかけにも肯定で返す。

「そうかな?」

「うん。そうだよー」

「そうね」

 そこへ遅れてきた千冬が教室の惨状を見て直ぐ近くに居た真耶と一夏に状況を問いかける。しかし……。 

「……山田先生、緒方姉。一体何があった。一年の代表候補生に企業専属全員がここに居るのもそうだが、あの騒ぎは一体何事なんだ」

 二人は顔を見合わせると説明したくないな、と意見を共にし、いくつかの動画再生ウィンドウを立ち上げながら察して欲しいと懇願する。

「えっと、そのぉ……」

「昨日今日で起こった、関係する記録映像を提出しますので、それで判断して下さい。正直、言葉で説明するのはいやです。ていうか、察して、千冬姉?」

 当然、千冬はいきなり立ち上がった幾つもの動画ウィンドウと未だ続く千夏への暴行に若干困惑しながらも、もう一度真耶に問いかける。

「いや、この状況でいきなり察しろと言われても困るぞ一夏。あー、それでは山田先生?」

 しかし問われた真耶と一夏も、今回の事は何度も言葉にしたくないと言えば、千冬も諦め、ため息を吐きながらも動画を全部見る事にする。

「わたしもその、言葉で説明するのは難しいというかなんというか。ねえ、一夏君」

「ですね。あれは言葉で説明するのはためらわれるというか、感情に流されて暴走しそうになるから。内容的に」

「はあ……。わかった。いいだろう。このウィンドウの動画を全部見せろ。それで判断する」

 

 そして十数分。動画を見た千冬が出した判決も真耶同様に有罪であり、織斑千夏は教師公認の下、クラスのほぼ全員プラス、事情を知る一年生代表候補生及び企業専属全員からスポーツチャンバラ用武器での滅多打ちとなった。なぜその様な物が緋鋼の拡張領域に入っているかは謎だが……。

 ともかく、スポーツチャンバラ用武器は軟質素材製の武器であるため、教室に居たほぼ全員に滅多打ちにされ、そのあまりの打撃数に痛みで呻いてはいるが、打撲痕すらないため授業を休む事も出来ない。誰一人として哀れむ者は居ないが。

 

 

 

 その日の深夜。ドイツの山深い森の中にあった、査察対象となっていなかったとあるIS関連研究所が一つ、この世界から跡形も無く消え去った。

 ひっそりと、世間には知られる事も無く。




VTシステムが起動した時の観客席の一角で起きた馬鹿騒ぎ。

 シャルのリヴァイブによる猛攻から始まったシュバルツェア・レーゲンの異変。
 それが変化を終えた時、千夏は即座に自身の姉の愛機であった暮桜とその唯一の武器、雪片だと見抜き、席を立って白式を起動し、アリーナ内へ飛び立とうとする。箒もそんな千夏にエールを送るが……。
「……な、何だよアレ。あれは千冬姉の。暮桜に雪片じゃねえかよ。あのドイツ野郎、許せねえ!」
「面妖な。千夏。あの偽物を成敗するなら容赦はするな」
「おう!」
 箒のエールに答えた瞬間、白式を起動する直前にセシリアの手刀と鈴の拳骨が千夏の頭に叩き込まれる。
「おう、じゃありませんわ、このおバカ様! 織斑のすることは他にありますでしょう」
「ねえバカ千夏。あんた何考えてんの? どう見ても緊急事態。あたし達専用機持ちや代表候補生は観客の避難誘導するに決まってるでしょ!」
 想像以上に痛い二人の攻撃に、しかし千夏的には一方的に暴力を振るわれたと感じ、姉の偽物の対処をするのは弟の自分だと言い切る。しかし鈴が言う様に、専用機持ちや代表候補生、企業専属操縦者達には一般生徒以上の義務がついて回っている。
「ちょっと待て。だってアレは千冬姉の偽物なんだぞ! 俺以外の誰がやるって言うんだよ!」
 今回の場合は当然、危険回避のためのアリーナからの避難、その誘導義務である。
 更に言えば現場にステラとリィンとシャルの三名が既に居る以上、下手な増援は混乱を招くだけであると簪に諭される。
「織斑五月蠅い。グダグダ言ってないであの場はステラ達に任せるのが一番。あなたの出番じゃ無い。混乱するだけ」
「管制室から通達来ました。各員ブロック毎に分かれて誘導に当たれ、だそうです」
「なら、とりあえず織斑はこの後ろのドアに行って、Aブロックの生徒達をシェルターに誘導。後のみんなも別れるよ」
「そうですね。篠ノ乃さんは早くシェルターに向かってください。さあみなさん、行きますよ!」
 こうしてエマの号令で各ブロックの生徒をシェルターへ誘導することになり、およそ十分後、Aブロックで多少の混乱が有ったものの避難は完了。
 VIP達も教員の手で避難がなされ、更に十数分の後、暮桜の偽物が泥の様に崩れたことでラウラが救出され、危機的状況は解除となった。

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本編内に入れるとテンポ悪くなるのでここに。
テンプレだと千夏が無理矢理突っ込んで、黒暮桜の雪片一閃食らって即退場になるのでしょうが、ウチの子達がそれを許すわけないので出番無しになりました。

私の構成力の問題ですが、今話でシャルの再転入まで一気に進めてしまいました。
次回は閑話で横浜デート(但し一夏xラウラ+シャル+α)話になります。
前半に仮想戦記要素がそこそこ入りますがまあ、余り突っ込まないでくださいね。

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