約二年振りの投稿になりますIS-Apcrypha。
リハビリも兼ねた感じで上手く書けているか自信がありませんが、ご査収くださいませ。
六月も終わりに差し掛かった土曜日の夜。突然部屋を訪れたシャルによってもたらされたのは外出のお誘い。
「ねえリィン。明日、さ。用事がなかったら僕とお出かけしてくれませんか?」
もとい、デートのお誘いか。まあ、今では俺の彼女の一人となったシャルの小さなお願いに付き合うのは吝かではないのだが。
「今度ある臨海学校で必要だからさ、水着を買いに行きたいなって思って。ダメ、かな?」
「水着か。いいぞ」
「ホント。ありがとう、リィン!」
水着を買いに行きたいというシャルに、一日付き合う積もりで行けると伝えれば、シャルがふわりと抱きついて来た。
タッグマッチトーナメントが終わり、自身の身の振り方に方向性を見つけて直ぐに告白され、俺がそれを受け入れて以来、シャルのスキンシップが増えた。とは言え、手を繋いだり、今の様に抱きつく程度だが。
「それでさ。その、レゾナンスの前で待ち合わせでも、いいかな?」
「いいぞ」
スキンシップ自体は程度の差はあれ、普段一夏達と行うそれとさほど変わらない。夜に関して言えばもう少々ハードだが……。そちらは余談か。
ともかく、今回シャルが望んだ寮から一緒に行くのではなく待ち合わせて買い物に、と言う事は、シャルもデート気分を味わいたいのだろう。
「うん、ありがとう! わがまま言ってごめんね」
「この位はわがままの内にも入らないさ。それじゃ、明日だな」
待ち合わせする程度はわがままとは言えないだろう。一日買い物に付き合って、お互いに溜まってる最近のストレスを解消するにも丁度いいしな。
「あのねリィン。大好き、だよ」
部屋のドアを開けた所でシャルが振り向きざまにそんな事を言いながら、背伸びをして俺の頬にキスをしてきた。
「……俺もだよ、シャル」
シャルが廊下に出る前に、お返しでシャルの唇に軽くキスを送る。
「ん……。えへへ。お休み、リィン」
「ああ、お休み、シャル」
ふわりと柔らかい笑顔を見せたシャルを見送り、今日やるべき事を済ませて早々に寝る事にした。
翌朝。普段より少しだけ早めに起きて朝の鍛錬を一通り。ついでに一夏と共に千夏や箒、他の任意参加者達への基礎訓練も行う。しかしほんの一時間程の訓練で息が上がるとはみんな体力が無いな。まだまだ甘い、か。任意で参加してる静寐達も含めて、もう少しスタミナを付けられるメニューに変えるべきだろうと一夏と話し合ってから鍛錬を終わらせる。一夏曰く、食事も変えさせた方がいいかもとの事だが、その辺は好みの問題もあるから強制出来ないし、提案程度だよねとも。
鍛錬を終わらせて軽く汗を流した後に朝食を摂り、外出用の服に着替える。学園の制服は面倒事を回避しやすくする最も簡単な示威行為だが、流石に今日は私服だ。……こちらの流行り廃りには疎いので、一夏と優衣、そして鈴の三人に見繕って貰った物だが。まあ良いだろう。今後の為にも、今日の買い物ついでに書店でその手の雑誌でも買ってみるとしよう。デートだし、シャルに相談するのも良いかもしれないな。しかし……。
「一人で乗るモノレールも、たまには良いな」
待ち合わせの時間も近くなり、普段は最低でも二、三人で乗るモノレールに一人乗り込む。マルチデバイスに繋いだヘッドホンで取り込んであるこちらに来て買い集めた音楽を聞きながら、ふと顔を上げて車窓に見えた海とその先の陸地という景色に思わずそんな呟きを漏らしてしまう。そしてマルチデバイスで読んでいた電子書籍に目を戻す。束さんに読んでおけと言われた技術書だが、こちらの科学技術やISとその関連技術全般についてまだ疎い俺には難しくも為になり、またISの操縦の糧となる貴重な情報源ともなっている。
そうしている内にレゾナンスのある駅までもう数駅。IS学園がある人工島と本土を結ぶ橋を渡り、陸地に差し掛かって景色が変わる。導力鉄道の車窓も良かったが、こちらの世界の、人工物の中を走り抜ける車窓もまた、見ていて飽きない物がある。
そんな事を考えていたらいつの間にか目的の駅に着いた。さて、時間より早く着いたけど、シャルは先に来ているのか、俺の方が先なのか。
「……」
などと気楽に考えていた数分前の俺、反省しろ。なぜ急がなかった。なんて言っても詮無い事は思わないが、一夏や優衣達でもそうなのに、シャルみたいに綺麗な子がナンパに合わないわけは無いだろう……。
「あの、待ち合わせてるから」
「良いから行こうぜ。君みたいな子を待たせるヤツなんて放っておいてさ」
身長はそこそこ、見栄えもそこそこ。日本人の平均的なややイケメンなどと呼ばれる人種。だが明らかに染めているとわかる生え際が黒髪のくすんだ金髪とその後先を考えない言動が、この男が所謂チャラい男に分類されるだろうと思わせる。
「待たせて済まないシャル。申し訳ないが彼女を待たせていたのが俺なんだ。悪いがそこまでにして貰おう」
「んだよ、テメエ」
シャルに待たせた事を詫びながら、シャルの手を掴んでる男に声を掛けると、彼は俺を睨み付けながら恫喝する様な声音で返してくる。
「その子の恋人だよ。悪いがその手を離して貰おうか。シャル、遅れて悪かった。行こうか」
「リィン遅いよー。あの、本当に離してください」
「うるせえな! 後から来て調子乗ってんじゃねぇよ!」
しかも、恋人関係だとあからさまにわかる言葉を交わしても男は諦めず、シャルの腕を掴んだまま俺に向かって蹴りを入れてきた。仕方なしにその素人丸出しの蹴りを片手で掴み、シャルの腕を掴んでいる手を軽く掴んで離させる。俺としては軽く掴んだ程度だが、男は蹲り、痛そうに腕を擦っているがまあ、自業自得と納得して貰おう。
「いで、いでで!」
「決まった相手が居る女性に無理を聞かせようとしたんだ。痛み程度は甘んじて受けるといい。さて。行こうか、シャル」
「うん!」
未だに蹲っている男に一言だけ告げ、シャルに声を掛ければ嬉しそうに左腕に抱きついてくる。
「ま、待てよ! 先に声かけたの俺だぞ、ふざけんな!」
「ふざけているのはそちらだろう」
が、一度その手を離してもらい、シャルを庇いながら男に向き合うと、立ち上がった男は小さな折りたたみナイフを手に距離を詰めてくる。
「テメエ!」
ただ真っ直ぐ、どこを狙うでも無く飛び掛かってくる男の、ナイフを持つ右の腕を取り、脚を払いつつ大けがをしない程度に地面に叩き付ける。
「アグッ……」
「痛いだろう。これに懲りたら相手が居る女性に声を掛けるような真似はやめるんだな。それにこのご時世、運が悪ければ警察沙汰にもなるぞ」
うつ伏せで呻き身動ぎする男にそう声だけ掛け、シャルの腰を抱いて離れる。これ以上は相手にするのも面倒だ。
「助けてくれてありがとう。やっぱりリィンは僕の王子様だよ」
「王子なんて柄じゃないんだけどな。でも、シャルがそう言うなら、そうなんだろうな」
俺の肩近くに頭を預けながら呟くシャルに、王子はどちらかと言えば一夏やユーシスの役回りの様な気がすると思いつつも、シャルがコロコロと笑っている事を否定する必要も無いので思うままにさせる。
「蹴られてたけど痛くない?」
「あの程度はな。それより、シャルの方こそ大丈夫か?」
そんな甘えるままのシャルに痛みは無いと答えながら、ナンパなどに遇ったことは大丈夫かと問いかける。人によってはそれで気分を悪くする事もあるらしいと聞いているから心配になる。だが。
「うん。僕は平気だよ。……確かにね、ちょっと気味悪い人だったよ。だけど、リィンがちゃんと僕を助けてくれたから」
「そうか」
そうだよ、と言いながら抱きついてくるシャルを、それまでより少しだけ強く抱き寄せる。
そしてレゾナンスへ辿り着いた瞬間、気が滅入った。
「やっぱり、混んでるな」
俺の呟きに、苦笑い気味にシャルが返事を返してくれるが、IS学園入学までの間、休日の商業施設を使ったことがなかったのだ。平日は訓練、座学、休暇の繰り返しで、特に織斑の操縦適性発覚以後は、迂闊に商業施設などには行けなかったからな。スパイ行脚でな……。
「まあ、休日のここはね。一夏達が言うには、平日なら空いてるんじゃないかってことだけど……」
「平日に来るのはまあ、無理か」
「でしょ?」
とは言え、今日はシャルのお願いを聞く日だ。買い物に行かないという選択肢もなければ、それ以後一日二人で過ごすことも当たり前の事。覚悟を決めて行こう。
「まずは、先に買う物を買うか?」
「そうしよっか。あとはお昼とかも含めてのんびりしよ? ダメかな?」
「いや、それでいいぞ」
水着は女性にとっての夏の必須装備、らしいしな。
「水着。すごいなぁ。ねえリィン。選んでって言ったら、イヤ?」
「あまりセンスがないんだが、それでも良いか? まずはシャルがいくつか候補を選んでくれ。その中から似合いそうなのを選ぶ、でどうだ?」
「うん。それでいいよ。じゃ、一緒に行こ?」
二人で何気ない話をしながら着いた水着売り場は……女性用99パーセント、男性用1パーセントと見えるほど、売り場面積が圧倒的だった。男性用はバリエーションさえ少ないのが見ただけでわかる。まあ俺の物は別にいい、まずはシャルの水着だ。水着の海、と言える売り場に二人で分け入り、シャルはあれかなこれかな、と色とりどり形さまざまな水着を手に取っては戻していき、やがて三着の水着を俺に見せてきた。
一着は首で交差し上下がリングで留まった変わった形のオレンジ色の水着、もう一着はごく普通のビキニと呼ばれる形の黄色い水着、最後はビキニにショートパンツやシャツを合わせた、確かタンキニと呼ばれるタイプの青色基調の水着だった。これなら……。
「そのオレンジの方がシャルに似合ってる。黄色では淡すぎて、青はタイプ自体がイメージと違うな」
「そっか。じゃあ、これにするね」
オレンジが良いと伝えれば嬉しげに試着室に入っていき、衣擦れの音が聞こえてきた。そんな瞬間、右脇を肘で打たれる。
気配を消した一夏と優衣、鈴の三人が真横にいた。
「いいの選べた?」
「……い!? 一夏。それに優衣に鈴達も。お前達もここで買い物か」
一夏に耳打ちされたのはシャルの水着のこと。そして今になって彼女達も水着を買いに来ていたことを悟り、自身の迂闊さを少し呪う。まあ、一夏達がこのまま着いてくるようなことはしないとわかっているから少しだが。
「うん。まあ僕達はデートの邪魔しちゃ悪いからすぐに消えるけどね」
「センス鍛えたいなら、シャルと相談するのも良いけど、メッセで送ったお店のスタッフさんと相談したり、雑誌を参考にするといいと思うよ」
「リィン、元々のセンスだってそんなに悪くないんだから、こっちに合わせればなんとかなると思うわよ」
センス。服に関しては、鈴の言うとおり、こちらのスタイルや流行廃りがまだはっきりとしていないだけとは言える。
「……そうか。ありがとう」
「どういたしましてー。じゃあね」
彼女達のアドバイスに素直に礼を言えば、順に右頬にキスを送られた。
そして一夏達が通路に身を隠すと同時、オレンジの水着を身に纏ったシャルがカーテンを開けて出てくる。少しだけ膨らんだ頬が、彼女が少し不機嫌なのがわかる。
「……リーイーン? どうしてそんなキスマークが付いてるのかなぁ?」
「……一夏達とすれ違った。拭う前にシャルが着替え終わってしまった。済まない」
「まあ、声聞こえてたし怒ってないけど。もう、一夏達のバカァ!」
一夏達が居たのも、何をしていたのかも、今どの辺りに居るのかも、彼女はわかってるからマナー違反とわかりつつ、彼女は声を荒げた。
その後、会計時に見知らぬ女性が未会計の水着をねじ込んでくると言うトラブルがあったものの、常駐する警備員によって取り押さえられて何事も無く水着購入は終了。
「日本にもまだああいう人居るんだねぇ」
「日本では薄れてきていると言われてるが、まだその風潮自体がなくなったわけじゃない。女性権利団体もそれなりに幅をきかせているしな」
「……そっか」
女権団体は政治団体が多くまだ相当数あり、また状況的に排除が出来ないでいるらしい。水際対策として、女性用品売り場や飲食店などに警備員を常駐して、女性が男性に対して支払を強要したり、冤罪を押し付けないようにしているが、根本解決には至っていない。
当の女性達にすら嫌悪されている女権団体がなくならないのは何故か。設立以前より強い権利を持っていた者が中心となって設立されたからと言われている。特に女性が中心となり、女性の権利を掲げた政治家やNPOなどが女権団体へと発展していることが多いらしい。
シャルとショップ巡りをし、何着か購入。シャルにもプレゼントするために女性向けのショップにも入り、少し遅めの昼食。
「一杯買っちゃったね。でもいいの? あんなに沢山、買ってくれて」
「給料は貰っているからな。貯めてばかりで使わないのは勿体ない……とよく言われる」
「あー。なんか納得」
など喋りながらのんびりしていると、またも請求書が手元に一枚置かれる。厄日か。まあ、本人はレジで呼び止められて、文句を言いながらも自分で払って行ったのだが……歪だな。まるでエレボニアとクロスベルのようだ。あちらは今、どうなっているんだろうか。
俺達はどうするべきなんだろう。このまま地球に居るだけでいいのだろうか。それとも……
「……リィン?」
考え込んでいた。心配そうな顔をしたシャルに覗き込まれて我に返る。
「済まない。ちょっと考え事をしてしまった。次、どこか行きたいところはあるか?」
「二階にあったジュエリーショップ。今放って置かれた分だよ」
「わかった。本当に済まなかった」
そうして購入したブレスレットを愛おしそうに触るシャルを横目に、あちらこちらへ寄り道しつつ、夕方にはIS学園へと帰り、シャルとの休日は終わった。
約一年ほど全く書けない時期がありまして。
最近どうにかポチポチと思い出したかのようにチョコチョコとあれこれ書いております。
主治医曰く、気が乗ったなら書いた方が良いけど無理はするなとのことで、次話、またお時間空いてしまうと思いますが、気長にお待ちくださいますよう、お願いします。