ネタ帳 作:????
キノの旅『軋轢の生まれない国』
『軋轢の生まれない国』
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「ねえキノ、今向かってる国はどんな国なんだい」
キノと呼ばれた運転手は重くなっている首を持ち上げ、口を開いた。
「人から聞いた話だと『軋轢の生まれない国』だって」
「軋轢の生まれない国? そんなの無理だよ。人は争う生き物だからね」
木も枯れ果てた荒野の中、岩陰にモトラド(注・二輪車。空を飛ばないものだけを指す)が一台と人間が一人いた。
座り込んでいる人は黒くて裾の長いベストの上に麻布を纏っていた。少しでも涼むために襟を大きく開けている。腰を太いベルトで締めて、麻布から見える右腿にはリヴォルバータイプのハンド・パースエイダー(パースエイダーは銃器。この場合は拳銃)がホルスターに収まっている。座っている最中なので邪魔になるのか、固定するための紐を緩めている。
隣には飛行帽のような、前だけに鍔が付いている帽子が脱ぎ捨ててある。
「まったく、どこに国があるっていうんだい?」
「いや、まったく。エルメス、水って残ってたっけ」
キノは体力が回復したのか立ち上がり、エルメスと呼ばれたモトラドの後部についているバッグからなめし革の水筒を取り出し呷る。
「……ぬるい」
熱気が地面に反射し、暖まった空気の中放置された水はぬるかった。
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「まさか、こんなところにあるとはね」
「ほんとにそうだよ。聞いた話と違いすぎる!」
「まあこんな」
荒野を突き進み、森林地帯に踏み入ってまもなく人工物と思われる建築物が現れた。
近くにエルメスを止めて扉をノックする。
「すみません、誰か居ませんか?」
しかし、声も帰ってくることはなくキノはエルメスを見て首を振る。
「あーあ、ここもだめかぁ。しょうがないから帰ろうよ」
「ここで待ってみよう。家は丁寧に管理されているし、もしかしたらいま出かけてるだけなのかもしれない」
キノは扉から離れ、少し離れた岩に腰掛けると家の全景が見えた。
手入れのされた花壇、扉の前に設けられたラウンジに置いてある小物は埃が被っていない。間違いなく放置されている家ではなく、おそらく現在進行形で使用されている家だろう。
キノがいつ帰ってくるのかと扉を見ていると、扉のノブが軽く下がり人が出てきた。
「……旅人さんですか?」
男はハンチング帽を深々と被り、森の中だからか気温が高いにも関わらず長袖の服を着ている。再利用しているのか、服の各所に縫合痕が残っている。
「はい。実は『軋轢の生まれない国』があると聞いてやってきたんです」
「そうだよ! 探してもなかったんだ」
軋轢の生まれない国という単語を聞くと男は眼を伏せ、表情を暗くして口を開く。
「ああ、そんな国もあった。だけど今はないよ」
「ない? それはどういうことなんでしょうか?」
「……入ってくれ」
男は逡巡した後、扉を開いてキノを招き入れる。
「コーヒーでも入れてこよう。待っていてくれ」
家の中は広く、清潔感があった。本棚には様々な本が置かれている。部屋の壁に設置されている戸棚の上には収まりきらなかった本が置かれている。中央に設置されたテーブルに備え付けられている椅子は1つだ。
キノは一つだけ設置されている椅子に座り、男を待つ。
しばらくすると、カップとソーサーを2つとコーヒーポットを1つ持って男は現れた。
「この前行商人が来てね。コーヒー豆をくれたんだ。」
「行商人が訪れるんですか」
「たまにね」
男がコーヒーに口を付け、キノもコーヒーを味わう。
「それで、国の話か。ここには確かに国があった。だが滅んでしまったんだ」
「それはどうして……」
「なに、簡単なことだよ。人間が争わない訳がない。昔から決まって人は他者から奪うことで生きてきた存在だ」
「つまり……軋轢が生まれてしまった」
「そういうことだ」
男は本棚に近寄り、一冊の本を取り出す。よく見るとそれは本ではなく、アルバムのようだ。
「この写真は?」
「昔、そう数年前に写真家が国に訪れたときに撮ってくれたものだ。幸せそうな顔だろう」
人々の顔には笑顔があふれている。
2ページ、3ページとめくっていく内に、キノは自分の頭の中にわだかまりが出来ていくのを感じた。
「彼は1ヶ月国に滞在した。しかし、唐突に私たちに別れを告げると、今まで撮った写真をその場において出て行った」
「なるほど。その人が国に訪れた理由は聞きましたか?」
「なんと言っていたか。たしか、笑顔があふれている国があると聞いたから、だったかな」
「笑顔があふれている国、ですか」
男の手にあるカップが空になる。机の上のポットからおかわりを注ぎ、戸棚に体重を預ける。
「国の、他の方々はどうしたんですか?」
「この森のどこかに住んでるよ」
「ここに?」
キノは席から立ち、窓から外を眺める。家の裏手には畑があり、柵には農具が立てかけられている。
「農業もやっているんですか」
「昔は農業なんて、と思っていたんだがな。ここに移り住んで人と接しなくなってから考えが変わった」
「……そうですか。ここにある本はすべて国に関する本ですか?」
「ああ、読んでくれて構わないよ。」
「……では」
.3
「あ、キノ! 話はどうだったの?」
陽が傾き始めた夕暮れ、キノは男性の家から出てきた。
手には話の途中、鞄から取り出した水筒。
「うん、昔は少し離れたところに国があったんだって」
「そうなの? でもここまでなかったよね」
キノは水筒を鞄の中にしまい、センタースタンドから車体を下ろしてエルメスに乗り込んだ。
「昔は良かった、なんて言葉があるけど本当に昔はよかったのかな」
バイクを発進させて来た道とは反対の方向へ向かう。
「それでさ、キノ。ここにあった国はどんな国だったんだい?」
「ここにあった国はね、話に聞いたとおり軋轢の生まれない国だったらしいんだ」
「え、それホントだったの?」
「うん。昔、行商が荒野を経由して荷物を運んでいたところ荒野の中に森を見つけたらしいんだ。そこを経由地にすることで更に遠くまで荷物を運ぶ計画を立てていたらしいんだけどね」
「あ、知ってる! ハブってやつだね」
「…………」
キノはエルメスを見て少し考えた後、前方を見て話を続ける。
「それでね、当時の行商は一行の中での喧嘩や諍いが無く、とても平和的な集団だったらしい。家族のような関係だったらしいよ」
「家族で行商をするっていうのは聞いたことがあるけど行商をしていて家族になるって言うのはなかなか聞かないね」
「そうなんだ。それで、森を経由地にしたんだけど、他の行商も使い始めて、それから喧嘩が絶えなかった」
「まあ、家族の中に知らない他人が入ってきたら少しピリピリする」
「時に喧嘩が殺しに発展したようだ。それから行商の中での取り決めが決まり、次第に規模が大きくなって国になった。取り決めの内容は『軋轢が生まれた行商は今後使用禁止』だってさ」
「あちゃー、ソレはさすがに酷いね。軋轢と言ってもいろいろあるし全部ダメ! ってなるとどうしようもないよね」
前輪が跳ねる。衝撃がキノに伝わり、エルメスを停車させる。
「ここだ」
荒野の一角。廃材が周りを覆うように転がっており、中にはテントを張る際に地面に敷くマットもある。
キノは辺り一帯を見渡した後、近くの廃材を一カ所に集めて火をつける。
「よしっ、ここが今日の寝床だ」
「『スミス都に行く』?」
「……住めば都?」
「そうだ! 住めば都」
火が落ち着く。キノはエルメスの車両後部についているバッグの中から携帯食料と先ほど水を補給した水筒を取り出し、近くの岩に座り込む。
「話を続けるね。行商たちはここに荷物を集め出し、ここから出荷出来るようにした。そうする内に規模は大きくなった。訪れた旅人が国と間違えるくらいにはね」
「わお、すごいね」
「僕はあの家でアルバムを見せてもらった、数冊にも及ぶアルバムを。すべて旅の途中に訪れた写真家が撮ったものらしい」
「アルバム一冊が大体20枚だからええっと……」
「この際数は関係ないよ。写真家が撮った、そして、その写真家は一月立つと国を離れたというのが問題なんだ。僕は初め、アルバムの中の写真を見て違和感を抱いた」
「ちょっと待ってね予想する。……そうだ! 皆笑ってたんでしょ?」
「そうだね。皆笑っていた」
携帯食料を開け、口に含んだ後水筒を手に取り口の中に水を流し入れる。
「僕もすべてのアルバムを見るまで気がつかなかったんだけどね。みんな笑い顔が一緒なんだ」
「なんで? 笑い顔って普通同じでしょ?」
「僕もそう思う。でも、最初の写真と最後の写真、同じだったらどうする?」
「……? それって普通なんじゃないの?」
食べ終わった携帯食料の入っていた袋をバッグにしまい、水筒の中身を再び呷る。
「人は感情を喜怒哀楽の四方向で表せる生き物じゃないと僕は思ってる。たとえば」
近くの木の棒を手に取り、地面に円を書く。草の生えていない地面は固かったが、付いた跡が戻ることはない。
「ここに円があるだろう? これを4方向に別けるとして木の棒は一本。どれかしかおけないけど、人間は木の棒が2本も3本も4本もあるんだ」
「喜だけじゃなくて怒が混ざったり哀や楽が混ざることもある。全部載せも行けちゃうってことだね!」
「そうだ。でも、写真の笑顔にはどの感情も当てはまらなくて、ただ……そう、仮面をつけているかのような表情だった。写真家も一ヶ月すると気がついたんだろう。いや、もっと早く気がついていたのかもしれない。」
「それでそれで? ママンの喧嘩?」
「我慢の限界。ここに来る前、エルメスが言ったとおり人は争う生き物だったってことだよ。その頃森の面積が減ってきた。行商は土地を争い国は分裂したって事だよ」
「どうすればよかったんだろうね」
「さあ」