奏と志乃が中学生の時から通っている近所の喫茶店。 普段のお客さんは少ないがそのレトロな雰囲気と独特の味のする珈琲が癖となり、足を運ぶ常連は多い。
〈ビクトリースクエア〉
奏達の住む県では一番の大きさを誇るイベント会場。 初めてエレメリアンとテイルホワイトが現れた場所という事もあり、今では特にイベントがなくても人が集まるようになっている。人がたくさん集まる場所なだけあり、エレメリアンの出現率も高い。
〈私立園葉高校〉
奏に志乃、そして嵐の通っている高校。 学力は平均的だが野球部とサッカー部に入るために全国から入学希望者が集まる事で有名。 その他文化祭である''そのは祭''も有名。 全校生徒は役600人であり、奏達は2年3組に所属している。 地下にはフレーヌが作り上げた広大な基地が広がっており、テイルホワイトの協力者のみ存在を知っている。
演出なのか、それともただの偶然なのか……。
通路を塞いでいる影に怯えていると入口で渡されたペンライトの光が消えてしまった。
「あ、あう……」
恐怖のあまり、いつの間にか声も出てしまった。
わかっている、これが文化祭のお化け屋敷だという事も、あの人影がお客さんを驚かせるための仕掛け、もしくはお化け役の人であるという事も。
でも……怖いものは怖いの!!
私の声が聞こえてしまったのか、通路の影は少し動いたような気がする。
そう感じた直後、急に顔にライトが当てられ思わず手で顔を隠した。
「あ、伊志嶺じゃねえか」
よく聞き覚えのある声がした。
「え?」
私にライトを当てた、通路の真ん中に佇んでいた人物はどんどん私に近づいてくる。
ある程度まで近づいてくると、なんとなく相手の顔がぼんやりと見えてきた。
「あれ、嵐?」
「やっぱ伊志嶺か」
なんとなく声で想像はついていたけど、通路を塞いでいた黒い影は嵐だったようだ。
なんだか急に情けなくなってきた気がする。私は嵐にあれだけビビっていたのか……。
「で、なんで通路の真ん中にずっと居たの? びっくりしたんだけど……」
「いや、このペンライトを机の下に落としちまってそれ取ろうとしてたんだ。 ……そうか、さっき悲鳴あげてた女子は鍵崎だったのか」
「え、なんでわかったの」
キモいんですけど……そこまでは思ってない。
「このお化け屋敷はペアで入るのがお約束だけど伊志嶺は一人みたいだし、さっき走ってった奴がペアなら鍵崎しかいないだろ?」
まさか、私には友達が志乃しかいないとか思ってるんじゃないでしょうね。
自分で言うのもなんだけどこれでも結構社交性はあるから友達はまあまあいるんですけど。
「悲鳴あげて走ってきた鍵崎にビビって俺と一緒に入った奴もびっくりして走っていっちまって……その二人の悲鳴にビビってペンライト落っことしちゃったんだよ」
「へー」
なるほど。
そのペンライトを探している間に私が嵐に追いついてしまったって事みたいだ。
「それでさ……どうせなら一緒に出口まで行かないか?」
「え、なんで?」
「そりゃまあ、伊志嶺は暗いのとかお化け屋敷とか苦手だってのは鍵崎に聞いた事あったし」
志乃は知ってた癖にこのお化け屋敷に私を誘ったの……。 しかも私より怖がって先に言っちゃうし……これは後でお説教が必要になりそうだ。
一人は確かに怖いけど……嵐に頼るのはなんか悔しいな……。
「うんうん、私一人でも平ひゃあ!?」
突然太ももあたりに冷たい何かがあたりまた変な声が出てしまった。
女子高生の太もも目掛けての仕掛け作るなんて、なかなかセクハラじみた事してるなオカルト部って!
「あの、伊志嶺」
「ん? ……あ、ごめん!」
驚いた拍子に前にいた嵐にしがみついていた事に気付き慌てて離れる。
「い、いや良いんだ。 早く出ちまおう!」
「う、うん」
前を歩く嵐の背中をみる。
なんだろうこの感じ……前にもあったような。
胸がドキドキして張り裂けそうなこの感じ………これってまさか……!
「不整脈?」
やばい、まだ人生これからなのに病気にかかっちゃうなんて…………そんなわけないか。
まあ、中学の頃の私がこの状況を知ったら羨ましがってただろうな。 今じゃ全く何も感じないけどね!
その後も嵐に前を歩いてもらい、どんどん進んでいく。
前を歩く嵐に反応し、お化け屋敷の仕掛けが作動するおかげで嵐と会った後はあまり怖くなくなってきた。
それにしても、いつもすました顔してる嵐が声をあげて驚く様子はなんとも言えない面白さがある。
「お、外の光が見えてきたな」
「出口!」
廊下の明るい光が見えてきたところで嵐を追い越し、猛ダッシュする。
ああ、やっとこの恐怖から逃れられるところで思うと涙が出てきそう……。 正直言うと下っ端エレメリアンと闘うよりもこのお化け屋敷のほうが怖かった。
最初はコンニャクなんかが出てくるからどうなのかとも思ったけど、後半になるにつれて本当に学園祭のクオリティとは思えない出来だった。
県外から足を運ぶ人もいるのもなんとなく納得……はできないけど好きな人は好きなんだろう。
出口と書かれた看板の真下にあるドアを開けようと取手に手をかけ、勢いよく開けると━━━━たくさんの目と、目があった。
「いいいいいいいいいいやああああああああああああああ!!!」
今まで出した事のない悲鳴が教室内……いや学校中に木霊した。
ドアの向こうは廊下ではなく音楽準備室だったらしい。
最高に出来がいい特殊メイクをしたゾンビの集団がそこにはいた。
◇
人が多い中庭を駆け抜ける小さな影があった。
綺麗で明るい茶髪の髪の毛はこの人混みの中でもよく目立つ。
「おお、これがタコ焼きというものですね!? 一度食べて見たかったんです!!」
目に入るもの全てに目を輝かせる彼女は異世界から自分の世界を守ろうとした戦士を探しこの世界へと降り立った天才科学者フレーヌだ。
自分の世界で経験した事のない文化祭という行事を彼女は誰よりも楽しみ、年相応にはしゃいでいた。
「楽しそうね、フレーヌ」
「く、黒羽さん! 来てくれたんですね!」
声のしたほうに振り返ると、奏と孝喜を一緒に尾行した時の格好をした黒羽がいた。 ただし今日はサングラスはかけていない。
「気晴らしにね。 私もこんな事したことも来たこともなかったから気になったのよ」
前に見せた部下が敗れたことを実感し酷く落ち込んでいた時の顔ではなく、いつもの黒羽だ。
「それにしても、テイルホワイトのお店はたくさんあるのになんでテイルシャドウのお店は全くないのかしらね。 売り上げを少し貰おうとしてたんだけど……」
「その事をテレビで話してたからだと思いますけど」
フレーヌが言う通り、以前黒羽はインタビューを受けた時にテイルシャドウグッズの売り上げを請求した事があった。
そうすると、元々あまり作られていなかったテイルシャドウグッズは一気に姿を消してしまったため今ではかなり高額で取引されているとか。
(そういえば、個人取り引きの現場にも駆けつけるって言ってたような……)
そうする事で僅かながら収入を得ている黒羽は普段は一人で、気が向いたり緊急の用事があると基地へ顔を出す程度となっていた。
「ま、ただの育成機関の行事だしあんまし面白いとも思わないけどね」
「両手いっぱいに持っているそれはなんでしょうか……」
何故か両手にタコ焼きを持っている黒羽はフレーヌの言葉には返答せず、一つ、また一つと食べていく。
「そういえば、今テイルホワイトの劇をやってるみたいなんですけど一緒に行ってみませんか?」
ベンチに座り、タコ焼きを全て食べ終えたところで文化祭のパンフレットを見てフレーヌが提案する。
「そうね。 もしテイルシャドウが出ていたら出演料を貰わないといけないし」
「いや、劇自体は無料ですしおそらくテイルシャドウも出ないかと……」
フレーヌの言葉には耳を傾けず、黒羽は出演料を貰う事だけを考え、体育館へ向けて歩き出す。
フレーヌは少しため息をつくと、走って彼女を追いかけていった。
◇
オカルト部の気合の入りようはすごかった。
おかげで中庭の静かなところにあるベンチに腰掛けたまま、私は全く動けない。
怖かったの一言に尽きる。
「おまたせー♪」
私を置いて一人で逃げた志乃が手にアイスクリームを持ってこちらに近づいてきた。
どうやら志乃はあのトラップに引っかからなかったらしく、私がした怖い思いはしていないみたいだ。
なんで志乃だけ……妬ましい!あ……アイス美味しい。
「そういえば奏、ツインテール好きになったって言ってたのにツインテールにしないの?」
突然志乃はアイスを食べるのをやめ、思い出したように話し出す。
そういえば、ノームギルディとの闘いの中でそんな事を言ってたっけ。
「それは私がテイルホワイトの時だけ」
「ツインテール属性って結構いい加減なんだね……」
まあ、テイルホワイトの時のツインテールが好きっていう気持ちは本物だしそこは甘めでいいかな。
私自身は、自分がツインテールにするなら、本気で好きになってからだって考えてる。
「奏はさ、エレメリアン倒したら何かしたいとか考えてるの?」
ここで夢を語ったらとてつもなく嫌な予感がするだけに、あまり言いたくはないけど……。
まあ、そもそも私に夢なんてないのだ。
「まずは普通の女子高生に戻りたいなって。 今も嫌で闘ってるわけじゃないけど、部活は今さら入るのもあれだから……やっぱり放課後にカラオケ行ったりだとか、バイトしたりだとかそういうことしたいかな」
それである程度は勉強もして、高校を卒業したら大学にいって……安定した仕事につきたいかな。
「奏、女優になればいいんじゃないの? お母さんもそうだったんだし」
「私は別に興味ないんだよね」
小さい頃にもよく言われたことだ。
パーティーに行き、会う人たちほとんどから将来女優になるだとか言われ続けてきた。
有名になるという点じゃ、まあ確かになってるけど……。
「でもさっきの演技よかったよ!」
役はあまり納得はいかなかったけどやるからにはしっかりやりたかった……これもお母さんに影響されているんだろうか。
「簡単に女優になんてなれないよ。 それに私みたいなやる気のない人がなったら一生懸命なろうとしてる人に申し訳ないし」
今までもこうやって生活してきた。
お母さんの名前を出すことで特別視されたくないため、志乃のような親友にしか私のお母さんが元女優だったという事を話していない。
「普通が一番だって、エレメリアンと闘って気づいたの。 それはこれまでも、今も、これからも変わらない事だよ」
ま、今は全然普通じゃないからまずは普通の状態に戻るまでの努力がいるけどね。
「そっか、そうだよね! 奏が女優になったら私といる時間も減っちゃうし」
笑顔で放った志乃を直視できなくなり、思わず私は手元のアイスへ視線を向けた。
何だろう、この感じ。少し照れくさい。
「あれ? なんで校内にトカゲが……」
目をそらした先に小さなトカゲがいた。私が声を出すと逃げてしまったけど。
ていうかあのトカゲ、しばらくこっちを見てたような……そんなわけないよね。 ただのトカゲだもんね、うん。
生物部とかから逃げ出したんだろうね、きっと。
「え、何!?」
ベンチから立ち上がり、次に向かう場所を決めようとすると急にテイルブレスが可視化、間も無くフレーヌの焦った声が聞こえてきた。
『奏さん、エレメリアンが劇に乱入しています! 先に黒羽さんがステージに上がりましたけどもうメチャクチャなんで助けてくださぁい!』
「え、黒羽来てるんだ! 誘っといてよかったね!」
「うん! いや、じゃなくて」
すぐに向かうといっても、一年に一度の大行事なだけあって人はいっぱいだし何処で変身したらいいのか。
「ねえ、君。 それってどこ製の玩具? 通信までできるやつあるんだねえ」
しかも私とフレーヌの通信が聞かれてしまったらしく、私と志乃の周りにワラワラと人が集まってきた。
玩具と思っているだけマシっちゃマシだけど。
「え、えとこれは……。 あー!! テイルホワイトだ!!」
目一杯大きな声を出し、テイルホワイトの名を叫ぶと周りにいた人達全て指差した方へ視線を向ける。
(テイルオン!)
素早く変身を完了すると、高く跳躍し一応自分の姿を見せておく。
その場にいる人達に手を振ると、直ぐに体育館の屋根へと飛び移り二階の窓から中へと入った。
私たちの二つ後にテイルホワイトの劇がやる予定だったし、時間からしておそらく今はそれをやっているのだろう。でも、フレーヌはエレメリアンが出たって言ってたのに中で劇を見ている人達は全くパニックになっていない。
客席にエレメリアンはいないようでステージへと目を向ける。
「この世界はなんて嘆かわしい世界なんでしょう!?」
エレメリアンはステージの上にいた。
テイルシャドウもいるし、アレがエレメリアンに違いないんだろうけど何故こんなに静かなんだろう。
『恐らく、劇の内容だと思っているのでしょう。 黒羽さんがステージに上がった時多少ざわつきましたけど直ぐに静かになりましたし……』
劇をやっている途中にエレメリアンが出てきても直ぐに本物だとは思えないのかな。……普通わかりそうなもんだけど。
二階の柵を乗り越え、私もステージの上へと降り立った。
静かだったお客さん達はざわざわし始める。
「テイルホワイトだ!」
「うっそ! テイルホワイトが二人出る劇なの!?」
「でもよくできてるよなあ……」
「でもツインテールの色が違くね?」
あれ?
どうやら私の登場も劇の内容だと思っているらしい。だが、それは劇を見にきているお客さん達の話で、元々テイルホワイトを演じていた子や舞台袖で見ている子達は私達が本物だと気づいているようだ。
シャドウと相槌を交わし、私はステージ上にいるエレメリアンと対峙する。
「今度はなんの属性力が狙いなわけ? キャットギルディ!!」
自信を持って、ドヤ顔で、これが目の前のエレメリアンの名前であろうと叫んだ。
「く……この私を汚らわしい猫などと一緒にするなど……!!」
あれ、どうやら違ったらしい。
顔を見ただけだと完全に猫のはずだが、そうなるとネコ科の別の生き物なんだろうか。
「違うわホワイト。 あいつはキャットギルディじゃなく、ケットシギルディよ」
ケットシ……見た目は完全に猫モチーフなんだけど、黒羽が言うなら猫ではないのだろう。
完全にわけがわからなくなったところへフレーヌから通信が入り、解説がはじまった。
『ケット・シーと呼ばれる猫の妖精ですね』
なるほど、''猫''だけど''猫'じゃないってかなりややこしい。
フレーヌの解説のおかげで目の前のエレメリアンが妖精と呼ばれる幻の生き物がモチーフだとわかることができた。
ということは、正真正銘聖の五界のエレメリアン!
「それで、隣にいるあなたは? 私は見たことないけど」
テイルシャドウがケットシギルディの近くにいるエレメリアンへ声をかける。
「い、いや、俺は劇に出演していただけで……」
どうやら無関係らしい。
「ふふふ、私にはわかりますよテイルホワイトよ。 あなたが本物だということがね!」
どうやら私をステージの上にいるテイルホワイト役の子と比べて答えたらしい。
「そんなの、属性力を感じられるあんた達なら直ぐにわかるに決まってるじゃん」
「ふふふ、そんなもの必要ありません。 見てごらんなさい! その娘とあなたの胸を!!」
何故かエレメリアンの言葉に従い、テイルホワイト役の子の胸をみた後に自分の胸をみてみる。
うーん、少し彼女の方が大きいか大きくないかくらいだろうけどそこまで違いは感じられない! 私と彼女の胸を見ただけではどちらが本物かなんてわからないなっ!
「セクハラもいいとこ……て、エレメリアン自体がそんなもんだし今更だわね」
とりあえずテイルホワイト役の子とエレメリアン役の子を舞台袖へと移動してもらったところでお客さん達は私達が本物だとは感づき始めたらしく騒然とし始める。
「ふふふ、私は一人ではありません! 戦闘員達、カモオオォォォォォン!!」
腕を高々と上げ、ケットシギルディが叫ぶとステージの両端からモケモケ達が現れた。
そして出てきたモケモケ皆が自分の体に手をかける。
「モケモケ━━━━!!」
「モケ━━━━!!」
「モッケケ━━━━!!」
なんとモケモケ達は皆が自分の全身タイツのような物を破ると、中から全く変わらない同じモケモケが現れた。マトリョーシカかな?
「戦闘員は劇に紛れ込むために上から戦闘員の衣装を着ていたみたいね」
黒羽はかなり真面目な顔をして解説してるけどはたしてそんなことする必要はあったのだろうか。
「さあて、手柄をあげますよ!!」
咄嗟にアバランチクローを装備し迎撃する構えを取る。
シャドウも同じようにノクスアッシュを手に持つと素早く一閃し、まわりにいたモケモケを何体か吹き飛ばす。
「カメラで撮るならお金取るわよ!!」
お客さんに向けた言葉だろうが誰もがテイルシャドウに向けてカメラを構えていない事に、彼女は気づいていないようだ。
今日は施設の説明です。
今まで説明していなかったですね…。