ツインテール。
それはただの髪型でありながら、全ての異世界を恐怖に陥れた元凶……すなわち災いの元となった特別なもの。
その昔、人々の中にある心の輝きとされる
アルティメギルは数多の世界から属性力を奪い去り、残されたのは夢も希望も、人々から失われた灰色の世界。だけど、その全ての世界には属性力を守ろうとする戦士が現れ、アルティメギルと戦った。
ツインテールの戦士。
ツインテール属性を力の源として、アルティメギルと戦って世界を守ろうとした戦士はそう言われていた。
足掻き、足掻いて足掻いて最後まで戦い抜いた戦士もいるが、大半は途中で心が折れアルティメギルに属性力を奪われてしまうのだ。世界を守る、ツインテールの戦士でさえもが。
だけど、三ヶ月ほど前にアルティメギルは壊滅した。一人のツインテールの戦士がその首魁を倒したからだ。
見事だった。
赤いツインテールをはためかせ、金色の装備で戦う年端もいかない少女がやってくれた。全ての異世界はアルティメギルの恐怖に怯えることはなくなった!
だけど、私の世界に属性力が戻ることはなかった。
どうしてなの?
空中に浮かび上がったモニターを見て私は応援した。だって、少女が勝ってくれればこの世界の属性力が戻ると信じていたから。でも、何も変わらなかった。
どうすればいいの? ツインテール属性を、全ての属性力を取り返して、輝きある世界に戻すためにはどうしたらいいの?
頭の中で自問自答を繰り返す。
そして最後に私は呟く。
「助けて……助けてよ……。誰か助けてよ……」
頬に当たる爽やかな風で、私は我に帰る。
少し前のことを思い出していた。異世界に来ると必ずこうなってしまう。もう何度同じことを繰り返しているかわからない。やめなきゃいけないとわかっているのに、どうも難しい。
ビルの屋上から眼下に広がる町を見る。
綺麗な町、綺麗な世界だ。人々は活気に溢れ、町の至る所から笑い声が聞こえてくる。平和な世界とはなんて素晴らしいんだろう。
属性力もたくさん感じる。
「ツインテールの溢れる世界……」
この世界を守った戦士のおかげだろう。町を行き交う人々の誰もがツインテール属性をその身に宿しているのを感じる。
なんて素晴らしい世界だろう。
ツインテールが好きな私にとって、この世界はまさに天国のような場所だ。いろいろな異世界を渡って来たけれど、ここは別格。ツインテールの戦士がアルティメギルを追い返した世界はここまで属性力が素晴らしいのか……!
さて、充分に堪能した後は私の目的を達成させてもらおうかな。
そう、これは全て私の世界のため。私の世界に再び属性力を溢れさせるため。だから、ね?
「――テイルホワイト、あなたが守った世界の属性力。私にもらえますか」
一際強い風が吹き、金色のツインテールがなびいた。
◇
華やかな店が並び、若者が集う町の路地裏で、一人の少女が膝に手をつき呼吸を整えていた。
栗色の髪の毛を持ち、綺麗な青い目は日本人離れしている。肌は白く、まつ毛も長いが路地裏を走っていたせいか砂埃が少々ついていた。
手に持ったスマートフォンを操作し、歯を噛み締める。
「急がないといけないのに……!」
スマートフォンの画面に表示されているのはツインテール属性を示すエンブレムだった。
◇
全国高校サッカー選手杯といえば甲子園と並び、夏に注目される大会の一つだ。
世間ではもちろんのことだけど、とりわけ私たちの高校である園葉高校は全国常連の強豪校ということもあり、学校をあげてサッカー部の応援に熱を入れている。
今年のサッカー部は例年に比べて期待値が低いとされていたけど、大会が始まってからその評価はぐるりと返された。
県の予選を軽く突破して、全国大会へ駒を進めると一回戦、二回戦、三回戦と危なげなく勝ち進んでなんと今は準決勝!
全国大会に進んでからは私たちサッカー部以外の生徒も、東京の国立競技場に足を運んで応援している。今までスタジアムで観戦したことなかったけど、見ているとこれがなかなか面白い。何よりゴールを入れれば勝ちという単純なルールが凄くいいと思う。
ただ、私の周りで観戦している生徒たちは試合開始直後のテンションと比べるとかなり沈んでいた。まあ、当然と言えば当然かな……。
スタジアムにある電光掲示板に目を向ける。後半の四十三分。スコアは二対一で相手にリードを許している展開だった。
相手の高校がボールを持つ時間が長くなってる今、園葉高校がここから逆転勝利を収めるのは至難だろう。
ただ、諦めずに応援している人もいる。
「ちょっとー! せっかく応援に来てるんだから勝ってよー! アディショナルタイムもあるでしょー! そ・の・ばーっ‼︎」
隣に座っていた志乃は立ち上がり、手をメガホン代わりにして園葉高校を鼓舞していた。ところでアディショナルタイムってなんだっけ。
周りの皆が意気消沈の中、一人だけ立ち上がり応援する志乃はかなり目立つ。何人かの部員にも聞こえたようでチラチラとこちらに視線を向ける人もいた。
「ほら奏も! せっかく準決勝まで来たなら優勝みたいでしょ⁉︎」
「まあ、そうだけど……」
「なら奏も……あ! チャンスだよ!」
志乃に促されピッチに目を向けると、園葉高校が一気に相手のゴールへ攻め込んでいく場面だった。
その中で特に目立っていたのはある一人の選手。相手を交わし、味方へ正確なパスを出し、再びボールを自分の元へ収めるとそのままドリブルで攻め込み――最後はゴールを決めた。
その瞬間、スタジアムは大いに盛り上がる。
「同点だー!」
思わず立ち上がり、皆でハイタッチして喜んでいるとゴールを決めた選手が私たち生徒が応援するスタンドの前まで来て大きくガッツポーズを決めた。そしてスタンドはさらに盛り上がる。
皆が盛り上がる中、私とその選手の目が合うと、彼は白い歯を出してこちらへ向かって親指を立てグッドサインをしてきた。私は目を逸らしつつとりあえず小さく手を振っておく。
「嵐さすがだねー」
「このまま逆転あるかな」
「さすがに延長戦でしょー」
周りと話している志乃は気づいていなかったらしい。
まったく、ゴールを決めたのはすごいけどまだ試合は終わってないんだから。これで気が抜けてすぐに失点なんてことにならなければいいけど……。
◇
試合終了後、私と志乃は学校が出したバスに乗り園葉高校へと帰ってきた。
そこで解散となり、私たちは久しぶりに『喫茶パターバット』に訪れた。コーヒーとケーキを注文すると、志乃は背もたれに深く体を預け口を開く。
「まさかあの後負けちゃうなんてねえ……」
「まあ、油断してたみたいだし」
園葉高校は、結局準決勝で敗退した。
嵐がゴールを決めたすぐ後、残り時間一分もないというのに相手校にゴールを決められてしまったのだ。まさか私が思った通りのことになるなんて……。
「みんな悔しそうだったね」
「三年間の集大成だもんね。ああいうの見ると高校で部活入らなかったの後悔するかも」
「だから私とバスケ入ろうって誘ったのにー。おかげで私まで入り損ねちゃったよ」
「志乃が私に合わせる必要ないでしょ」
中学で嵐と破局した後、落ち込んでた私を思って志乃は部活に入らず近くに居ることを選んでくれた。私ってば、今考えると志乃にもの凄い迷惑を……。
頭を抱えていると注文したコーヒーとケーキが運ばれてきた。
パターバット自慢のブレンドコーヒーとショートケーキ。普通ケーキを食べるなら紅茶ではないかと思うけど……そこはまあいいでしょ。
私と志乃は揃ってケーキを食し、愉悦に浸る。
忙しい受験勉強の合間のこうした息抜きは何よりも大切だと思う。夏休みだというのに毎日勉強の日々で私は疲れ切っているのだ。
「そういえば、今日でもう半年だよね」
「ああ、そうだね」
志乃が言う半年。それは私たちの親友である二人の少女が旅立ってから、ということを意味する。
「アルティメギルは倒したみたいだけど、元気にやってるといいね」
「そうそう! 紅音がいきなり出てきてビックリしちゃったよ!」
紅音、というのは以前私たちの世界に迷い込んだテイルレッドに志乃がつけた名前だ。
エレメリアンのせいか、生身でゲートを潜ってきたせいか記憶が無くなっており、そうして志乃が記憶が戻るまでの間ということで考えた。
ただ、紅音ことテイルレッドの正体は観束総二という男子高校生。酷いハプニングで期せずして正体を知るに至ったわけだけど……それを知っているのは未だ私だけだ。
いろいろあって元の世界へ帰っていった総二だけど、何ヶ月か前にいきなり空中にモニターが現れテイルレッドが戦っている様子が中継された。
パワーアップしたテイルレッドはアルティメギルの首領を倒し、アルティメギルという組織は消えてなくなったに違いない。
アルティメギルを壊滅させちゃうなんて、さすがは総二。ツインテールバカは伊達じゃないね。
「二人はアルティメギルが壊滅したの知ってるのかなあ?」
もしどこかの異世界にいるのなら、私たちと同じように宙に浮かんだモニターでテイルレッドの活躍を見ているかもしれないけど……。まさか何も知らずに旅を続けていたりはしないよね?
最後の一口を口に運ぶと、残ったコーヒーをちまちま飲みながら志乃と会話を弾ませた。
私がテイルホワイトを引退してから約半年。私は普通の女子高生となり、今は受験勉強に忙しい毎日だ。だけど、その普通の日々がなんだかすごく楽しく感じる。
「あ、もうこんな時間だね」
志乃が呟き、スマホを見てみるといつのまにか十七時を回っていた。この時期は日が長くて夕方になったのもわかりづらいんだよね。
「奏は今日一人だっけ? 私がいなくて平気?」
「なにその心配。むしろ一人でのんびりできると思ってるんだけど」
「あはは。文化祭のお化け屋敷じゃ凄い怖がってたからさー」
し、知られていたのか……。だけど家とお化け屋敷とでは全然違うし大丈夫だろう、さすがにね。
「よし、それじゃあ帰ろう!」
「あ、私はもう少しゆっくりしてくよ。家に帰ったらすぐに受験勉強しなきゃいけなくなる……。だから少しでもここで時間稼ぎしとく」
「あはは……。それじゃあまた今度ね。また連絡するからー!」
「うん、また」
志乃は財布から千円取り出して、私に渡すとパターバットから出て行った。カランといういつもと変わらない音が鳴る。お釣りは……次会う時に渡せばいいかな。
さて、私は今日の夜ご飯どうしようか。このままパターバットで食べていくにさすがに時間が早すぎるし……こんなことならお母さんにご飯の作り置きでも頼んでおくんだった。
店員さんを呼んで空になったカップを下げてもらい、もう一杯だけ同じコーヒーを注文する。
お父さんとお母さんは今日の夜ご飯はなに食べるんだろう。旅行先で有名なのは確か……ウニやイクラだったか。スマホでウニと検索すると美味しそうなウニが画面いっぱいに表示された。むむ、受験勉強あるからと断らずに私もついていけばよかった……。
は、まずいまずい。私は受験生の身、ただでさえ去年はエレメリアンのせいで勉強があまり手につかなかったのに、今からのんびりと旅行なんてするわけにはいかないよね。
「''ペルセウス座流星群がまもなくピークに''、''双子座の運勢が最高''、''話題の邦画がノミネート''、''新たなエネルギーの可能性を探る''、''快進撃を続けた園葉高校散る''」
画像を閉じてヤフォーのトップページに戻りニュース一覧に目を通した。私たちの高校が敗退したことも早速記事になっていた。
「ん?」
何気なくページを更新すると、気になる記事が速報扱いで掲載されていた。全国高校サッカー選手杯の記事のすぐ上に書かれたそれは。
「''意識を失う人が続出、環境省は熱中症考えにくいと説明''……なにこの記事」
記事をタップして全文表示する。
それを読むと、どうやら東京の新宿区で道端で意識を失う人が続出しているらしい。そういえば、昼間にいたサッカースタジアムは新宿だった気がする。
さらに記事を進めていくと、環境省のコメントや保健所のコメントなどが載せられており、大事件扱いされていることがわかる。さらに下へスクロールしていくと、様々なコメントが投稿されていた。
『原因不明ってマジやばくね?』『これテロでは?』『逃げろ逃げろーww』『もう終わりだよこの国』『ツイン……まさかねえ』『まーた怪物が現れてしまったのか』
その他にも茶化すようなコメントや真面目に考察するコメントが千件以上も投稿されている。
気になるコメントはいくつかあるが、特に気になるのはツインテールやエレメリアンに関するコメントだ。
そういえば私が初めてエレメリアンを目撃した時、ツインテール属性を奪われた人たちは意識を失っていた。原因が不明っていうのもエレメリアンが属性力を奪ったからだとすれば辻褄は合うけど……。
「アルティメギルは壊滅してるし……」
いや、よく考えたらアルティメギルが壊滅したからといってエレメリアンが全て消えて無くなるものなのだろうか。
アルティメギルの残党がこの世界にやってきた?
いや、それは無いと思いたい。だって彼女は「
「お待たせしました」
「あ、はい。ありがとうございます」
二杯目のコーヒーを飲みながら考えをまとめる。
エレメリアンである可能性は低いものの、絶対にないとは言い切れない。エレメリアンだとするのなら私は……戦いに行くべきだ。ただ、今の私にはエレメリアンがどこにいるのかも、いる場所がわかってもそこがもしもブラジルだったとしたら行く術がない。
どうしたものかと考え、窓の外の景色を見ようと視線を移す。
「ん……んんっ⁉︎」
思わず、口に含んだコーヒーを吹き出しそうになる。
外の景色を見ようとしていた私の目に入ってきたのは、顔と体を限界までガラスに密着させこちらを凝視する外国人の女性だった。
いや、やばい人……なのだろうか。
すぐに視線を外し、見なかったことにしてスマホを操作するフリをする。気づかれないよう横目で様子を伺うと、女性は窓から身を離しスタスタと店の入り口側へと歩いていく。
カラン。
店の入り口から入ってきた。周りを見渡し、こちらに気づくと、迷いなく私の方へ向かってくる。
通り過ぎて欲しい、そう願ったが私が座っている席は店の一番奥だ。こちらに歩いてくるのはこの席に用がある場合だけだと察して、冷や汗をかく。そしてついに、外国人の女性は私のテーブルに到達する。
「ここ、座ってもいいよね?」
明らかに私に向かって話しかけている。気の強い人ならここから徹底的に無視することもできるだろうけど、私にそんな勇気はない。
「は、はい……」
なるべく目を合わせないよう返事をすると、女性はすぐに先ほどまで志乃が座っていた席へ腰を下ろす。
「話、聞いてくれるよね?」
そういえばこの外国人女性、日本語ペラペラだ。
なんだか一年以上前のことを思い出す。あの時もこのパターバットでの出来事だった。いや、なんだか嫌な予感。
「あの……まず質問いいですか?」
小さく手をあげて口を開く。もちろん目は合わせていない。
「いいよ。ただ敬語はやめて。私はきみと同い年なんだよ」
「はあ……。じゃあ聞くけど、えっと……」
「私はリアルだよ」
「えっと、リアル。あなたってきっと……ていうか絶対異世界から来たんじゃない?」
ここで初めて、私はリアルに目を向ける。
全てを見据えているように思わせる大きな青色の瞳に小さい鼻、薄いピンク色の唇。どこを見ても端麗な顔立ちをしている。ウェーブがかった栗色の髪の毛は腰のあたりまで伸ばされており、枝毛の一本も見当たらない。私から見たらどこをどう見ても羨ましくなる容姿をしている。
リアルは私の質問を聞いて一瞬驚いたような表情を見せたが、すぐに神妙な顔つきに戻った。
「なるほどね。やっぱりきみで間違いないみたい。よくわかったじゃない? かなりこの世界に溶け込んでたと思うけどね」
「まあ、初めてじゃないし」
「そうだよね」
あともう一つ言うと、世界の人はあそこまでガラスにべったりとくっついて店の中の人をガン見したりはしない。
「きみ、この世界をアルティメギルから守ったんだよね?」
「まあ、そうかな」
「ツインテール、好きなんだよね?」
「それはどうかな……」
「え、ええっ⁉︎」
まあ嫌いではないけど、好きかと言われると……。まあ私の中のツインテール属性が大きいのなら、奥底では好きなのかもしれないけど。
「ま、まあいいよ。それで、私の話だけどね。この世界はね、大きな危機に晒されているの」
なんとなく、察しはついていた。だけどニュースを見て、そうではないと信じたかった。でも、前の彼女と同じように目の前で異世界から来たリアルという女性がそういうのなら……覚悟しなければならないだろう。
「ニュースで意識不明の人が多くいるっていうのを見た。やっぱり、ツインテール属性が?」
「ええ、話が早くて助かるよ」
「なら急がなきゃ!」
「ちょ、ちょっと⁉︎」
エレメリアンのせいだとわかったのならこんなところでのんびりしている場合じゃない。
すぐに会計を済ませてパターバットから飛び出ると、私は自宅に向かって走り出した。後ろからリアルがついて来れているかどうかなども気にしていられない。
ほんの五分ほどで自宅につき、自分の部屋へ。リュックをベッドに放り出し、机の引き出しに入れてあった馴染みの白い腕輪を掴むとすぐに外へ飛び出す。
どうやらしっかりついて来てくれていたようでリアルが外で待っていてくれた。だいぶ息が上がり、膝に手をついている。
「ちょ、ちょっと……話は……まだ終わって……」
「はやく! 私はどこに行けばいいの⁉︎」
「え、ええと……一応この転移装置を使って……」
「はやく使って!」
「話が……まだ残って……」
「そんなの現地に行ってからでいいから!」
リアルは取り出したテレビのリモコンと同じぐらいの大きさの端末を操作する。するとその瞬間、あたり一面に眩い光が放たれ――私の目の前は真っ白になった。
◇
リアルが行った転移は、私が長いこと体験してきた空間跳躍カタパルトとはまた違い、転移するまでに少しの時間を要した。
真っ白だった世界は霧が晴れるように徐々に周りの景色を移していき、全てが鮮明になった時、私は自分がいる場所を即座に認識する。
「ここは、国立競技場……」
私とリアルが立っているのは国立競技場のピッチのど真ん中だった。
アスファルトの上とは違う、天然芝の感触が靴を履いていてもなんとなく伝わってくる。嵐たちはこの場所でサッカーをしていたのか。
選手でもない私が神聖な場所にローファーで立ち入っていることに負い目を感じつつ、周りを伺う。しかし、エレメリアンの姿は見当たらない。
「スタンドを見てみてよ」
リアルに促され、昼間に私たちがいたスタンドへ目を向けて、私は絶句した。
――スタンドで応援していたであろう人たち全員が、意識を失い倒れている。
エレメリアンと戦っていた時でさえ、ここまで大勢の人間から属性力を奪われたことはなかった。
おそらく彼らたちは私たちが見た試合の次に予定されていたもう一試合の観戦中、エレメリアンに襲われてしまったのだろう。
さらにピッチの端から端まで見渡すも、サッカー部員や審判の人たちは見つからなかった。どうやら彼らはエレメリアンが襲撃する前に逃げることができたらしい。
奥歯を噛み締め、自然と白い腕輪を持つ手に力が入る。
「私がニュースを読んですぐにここに飛んでくれば……ここまでのことにはならなかっただろうに……!」
「落ち着きなよ。たしかに彼らはツインテール属性を失っているけど、きみならすぐに取り戻せる。それにきみ一人じゃどこに行けばいいかわからなかったでしょ?」
「そ、それはそうかもしれないけど!」
「あれ、でもエレメリアンは」
私たちがいるピッチを見回しても、意識を失った人たちがいるスタンドにも、エレメリアンらしきものは見つからない。
選手が入場する際に使用するゲートに目を光らしていると……。
「危ないっ!」
「ふぇっ⁉︎」
突然、リアルは私を弾き飛ばす。
それとほぼ同時、私たちが立っていたところに何かが降ってくるとピッチに激突。その勢いで芝は捲れ上がり、私とリアルはさらに吹き飛ばされた。
「ごめんね。痛くなかった?」
「大丈夫、ありがと。それよりもあれって……」
空から落ちて来たそれは、私が何度も目にしたこともある忌々しき光輪。属性力を奪うために、エレメリアンが使っていたものだった。深く地面にめり込み、その周りの芝もだいぶ荒れてしまっていた。
「上だよ!」
リアルにつられて上空を見る。
陽が傾き、夕焼けに染まった空の中、黒い人影が浮かんでいるのがかろうじて見えた。かなり上空にいるらしく、肉眼ではどんなエレメリアンなのかいまいちよくわからなかった。なんとなくわかるのはそこまで身長は高くないであろうこと、翼を広げて宙に浮いていることくらいだ。
白い腕輪を右手に装着し、いつでも変身できるよう備えておく。ただ、相手がずっと上空にいるのでは、変身しても私が出来ることは限られてしまう。だが、それが杞憂だったことにすぐに気がつく。
「お、降りて来た……?」
「気をつけて。すぐに戦えるよう準備しておいた方がいいよ」
空がだんだんと暗くなっていくと同時に、上空のエレメリアンはだんだんと降下してくる。
電光掲示板とほとんど同じ高度にまで降りて来たみたいだけど、照明がついていないせいで、まだエレメリアンの全容を確かめることはできなかった。
さらに降下を続け、エレメリアンは両足を地面にしっかりとつけ着地し、こちらをジッと見据えてきた。
「――なっ⁉︎」
衝撃が走る。
私たちに光輪を投げつけたのはエレメリアンであり、この世界の何人ものツインテール属性を奪ったのはエレメリアンだろうと、当然のように思っていた。それ以外は考えたこともなかった。
だからこそ、信じられないし信じたくはない。
今、私たちの目の前に立っているのが――ツインテールの少女であるということに。
「ま、まさか……ツインテールの戦士⁉︎」
その容姿を見た瞬間、私は確信した。
胸が隠れるほどの長さの紫色のケープ。その下には全体的に紺色と所々に白色と銀色が散りばめられているトップス。下は流れるようなアシンメトリーのスカートで、全体的に大人びた印象を与える。例えるなら、スカートは短いけどフラメンコダンサーの衣装が近いだろうか。
腕には手首までの白い手ぶろ、その手にはステッキのようなものが握られている。足元へと目を向けると膝下あたりまでの白いブーツを履いていた。
そして、なんといっても目を引くのはまるで満月を直視しているかのように、金色に輝くツインテールだ。流星をイメージしたかのような髪留めが、その輝くツインテールをより引き立てている。
「ていうかこの娘……」
前に立つ戦士と横に立つリアルを交互に見て疑問は確信に変わる。
髪型こそ違うが間違いない。
リアルと前の戦士は――同じ顔をしている。
「急いでたからまだ話してなかったね……」
「リアル?」
「この世界に迫ってる脅威ってのはエレメリアンのことじゃないよ」
苦虫を噛み潰したような顔で、リアルは淡々と話し始めた。
「脅威ってのは……今、私らの目の前にいるツインテール戦士のことだよ。私の出身の世界を守っていたツインテールの戦士――そして私の双子の妹だよ」
「はあ⁉︎」
衝撃の事実に思わず声を荒げてしまった。
ツインテールの戦士が属性力を奪っていることだけでもかなりの衝撃であるし信じたくもないのに、その戦士がまさかリアルの双子の妹だとは。リアルと同じ顔をしているのはそういうことだったのか。
ただ、意味がわからない。どうして世界を守るはずの戦士がツインテール属性を奪うこととなっているのか。
「間違ってないよね、妹? いえ、リアルミーティア!」
リアルの言葉を聞いて妹……いや、ツインテールの戦士・リアルミーティアはようやく表情を変えて口角を上げた。