「よし、それじゃあ、入ろっか」
「帰らせてくれないか」
ドアに手をかけながら俺の方を振り返り、そう言ってくる光。それに対して俺は即座に反対する。なにがどうして、出会ってすぐの……しかも女の子の家に行かないといけないのか。罰ゲームか、罰ゲームなのか。俺がなにをしたというのか。
「却下!」
光は無慈悲にも俺の願いを切り捨てる。
「なんでだよっ!」
「ここまできて帰らせるわけないでしょっ!」
「いや、帰らせてくれよっ」
不毛な争いだ。片方は帰りたいといい、もう片方はそれを却下する。それを繰り返す……これほどまでに不毛な口喧嘩がこの世にあるだろうか。少なくとも、俺は聞いたことがない。
「影君はわがままだよっ」
「光が自分勝手なだけだろうがっ!」
「あ〜もうっ、うっさいわね! 光っ、なんだかわからないけど、家の前で騒がないでくれる?」
俺が光と言い争いをしていると、バンッとドアが開かれて黒髪ショートヘアーの女の人がいた。見るからに年上で、顔は声音でもわかるように怒りの表情をしていた。
「あ、かなちゃん。 ただいま〜」
「おかえり、光。 じゃないわよ……今何時だと思ってるの? こんな時間までどこでなにをし…て……」
光のことを咎めていた女の人は、俺がいる事に気づいたのか、何故かいきなり静かになる。目を軽く見開き、頬を少し引き攣らせている。何事だろうか。
「ね、ねぇ光。 私には貴女の隣に貴女と同い年くらいの男の子が見えるんだけど……私だけかしら?」
「ううん? この子はあたしの学校の友達だけど?」
どうやら光の中では俺はもう既に友達認定されてるようだ。だがまぁ、今はツッコまないでいよう。
「……こんばんは、いつも光がお世話になってます」
「へ……?」
こういうのを、言葉で表すと猫を被るというのかもしれない。さっきとは打って変わって礼儀正しく喋る女の人に対して、俺はそう感じた。流石に誤魔化すのは無理だと思うが……この切り替えの速さは凄いと素直に賞賛してあげたくなった。ここは知らないフリをして流してあげるのが吉だろう。
「こんばん……」
「かなちゃん、誤魔化すのはもう遅いと思うよ?」
……光〜!! せっかく誤魔化そうとしてるのに、わざわざ火に油を注ぐようなことしちゃだめだろ!? 空気読めよっ!
「さ、さて……なんの話かしら、ほほほ……光、ちょっと来てもらってもいいかしら〜」
「え……ちょ、かなちゃんなに!? ひ、引っ張らないでよ〜!」
光は女の人に首根っこを掴まれ、そのまま家の中へと連行されていった。連行されていく直後、助けてくれと言わんばかりの顔をされたが、顔を逸らして無視する。自分一人で頑張ってくれ。
☆
「すみません……ほんとすみません、えっと……取り敢えずどうぞ」
「なにがあった……」
やっと解放されたらしい光がドアから出てきたが、そこ目には光が宿ってなく、なにかに怯えているようだった。いったいあの女の人になにされたのやら……。
「どうぞって……やっぱり入らなきゃダメか? っていうか、あの人誰だよ」
「あの人は櫻田奏……あたしのお姉ちゃんです」
「姉……か、そういえば王族には沢山の兄弟姉妹がいるって聞いたな」
「はい……それからお姉ちゃんには許可は得たので、是非よっていって欲しいと……」
……許可が出ているのはある程度予想していたので、お邪魔することはこの際いいとしても、その前に……今の光はすごく話しずらい。話し方も少し丁寧になってるし、なによりその死んでる目をやめてほしい。
というわけで……
「目を覚ませ」
「痛いっ!?」
俺は軽く光の脳天にチョップをかましてみることにした。
「え、なに!? ここはどこ!? あたしは誰!?」
「ここはお前の家で、お前は櫻田光だ」
「知ってるよっ!」
「なら聞くなよ」
どうやら元に戻ったらしい。叩くと直るとか、一昔前のテレビみたいな奴だな……なんてことを思いながらため息を吐く。このため息は光に対して……というよりも、これから王族の家に入るということに対してだ。光だけならなんとかなったが、やっぱり緊張してしまうのだ。
「影君?」
「っ……ん? どうかしたか?」
「どうかしたってわけじゃないけど……ほら、行くよ〜?」
「お、おう……」
人の気も知らないで……なんてことを思いながら、光の背中を軽く睨む。そんなことをしても、緊張は少しも安らぐことはないのだが、これくらいしても罰は当たらないだろう。
「たっだいま〜!」
ガチャリとドアを開けて家の中に入っていく光。それに続いて俺も中に入っていく。
「お、お邪魔します」
……色んなことを説明するのも大変なので、取り敢えず最初に結果だけ伝えることにする。 玄関はとても静まり返っていた。靴がたくさん置いてあるところを見ると、人はいるようだが……やはりシーンとしていた。
「なぁ……光」
「なに?」
「光の家はいつもこんなに静かなのか?」
「全く違うよ」
「だろうな……じゃあ、なんでこんなに静かなんだ?」
「知らないよっ!」
光もこんなに静かなのか異常だと判断したようだ。一体何があったのか、俺にはさっぱりわからないが……やっぱりここまで静かだと違和感を感じる。
「さっき家の中に入った時に光がなにかしたんじゃないのか?」
「なにもしてないよ!?」
「ふ〜……ん?」
ふと玄関をまっすぐ進んだ奥の曲がり角に誰かがいた。俺が見ているとさっと隠れてしまう……なので俺は見て見ぬふりをしながらそっと見た。
するとそこには……赤い髪でサングラスとマスクをした怪しい人がいた。
……めっちゃ怪しい……、なにあの怪しさ。明らかに怪しい。
あの怪しい人には出来れば関わりたくないと思いながら、たぶん関わることになるんだろうなぁ……と憂鬱に思いながら、またため息をついた。
ため息をつくと幸せが逃げるというけれど……これ以上逃げることはまず無いだろう、うん。