ランス異伝《ゼス激闘編》   作:さすらいの陰陽師

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第一部 第二章

 Mランドを出発し、レッドの街を通過する。レッドの街は全体が赤レンガで出来た個性のある街だ。蘭と鈴女が「面白い建物ね(でござる)」と言ってキョロキョロ街を見回していたが、ここには伝統工芸のしゃもじとセルさんの教会ぐらいしかないので、さっさと通り抜ける。

 レッドの街を抜けてしばらく進むと、今度はラジールの街に着く。ラジールの街にはマリアの秘密工場があるが、今は特にマリアをこます必要は無いので、通過する。

 カンラの街に着いたところで、さすがに足に限界が来た。今夜はここで宿をとることにする。

「おい、おやじ」

 ランスが宿の受付で部屋を二部屋予約する旨を伝える。

 その時、カウンターのすぐ近くにあった階段から、薄緑色のローブを着た見知った顔の女が降りてきた。長い真緑の髪の毛に、濃紺の三角帽子とマントを身につけている。ランスはすぐにこの女のことに気付いた。

「おっ、お前、志津香じゃないか」

 志津香と呼ばれた女は、ランスを見て露骨に嫌な顔をした。

「うっ、ランス……。嫌な奴に会ったわ……」

「おう、お前もここに泊まっていたのか、どうだ、今夜俺様の部屋に来んか?」

「いっ……、行くわけないでしょ!」

 志津香は顔を真っ赤にして言った。

「ほう、じゃあ、一緒に飯でも食わんか?」

「…………嫌」

 そう言って、志津香は出て行ってしまった。

「あの魔法使いの子ですか? 何やらこの近くの洞窟で武者修行をしているみたいですよ。ええ、ここ数日はいるんじゃないですか」

 宿の主人はそう言った。

 蘭は、彼女のことが少し気になったが、ランスのことだからこんなことをいちいち気にしていても始まらない、と思い、気にしないことにした。

 夕食を食べている時に、ランスが「明日は俺様の地元、アイスの街を通るぞ」と言った。JAPANでもよく使われている、世色癌を作っているハピネス製薬の本社もあるという。あまり興味はないが。

 

 翌日、カンラの街を出発して、アイスの街に到着した。ランスは、アイスの街でキースギルドに立ち寄った。

「よう」

 ランスがキースにそう挨拶すると、キースは驚いて立ち上がった。そしてランスの方に駆け寄ってきた。

「おお、ランス。久しぶりだな。JAPANでは大活躍していたみたいじゃないか」

 そう言って、キースはランスの肩を叩く。

「フン、この俺様なら当然のことだな」

 キースとは、ランスが所属している冒険者ギルドのボスで、口周りから顎にかけて髭を生やしたスキンヘッドのちょい悪おやじだ。いつも派手な毛皮のガウンをまとっていて、光りもののアクセサリーを沢山身に付けている。

「それで今日は何をしに来たんだ?」

「ゼスの情報が聞きたい」

 ランスがそう言うと、キースは少し戸惑った。

「ゼス……、いや、特に何も情報は入っていないが……」

「そうか、それならいい。邪魔したな」

 ランスがそう言って外に出ようとすると、キースが思い出したようにポンと手を叩いた。

「そうだ、ゼスに行くなら海を渡って行くんだろう。今、海には恐ろしい怪物が出てるって話だぜ。気を付けろよ」

 怪物……? ランスはキースに聞く。

「それはどんな怪物だ?」

「俺もよくは知らねえが、クラーケンっていう怪物らしい。そいつのせいで、海を渡れねえってんで、ゼスへの定期便も出てないみたいだぞ」

「そうか。まあ、どんな怪物だろうと俺様たちには関係ない。倒して進むだけだからな」

 ランスのこの言葉を聞いて、キースはにんまりと笑った。

「そう言うと思ってたぜ。実はクラーケン退治の依頼がうちに来てたんだ。他にこんな依頼を受ける奴はいねえから、あんたらが戻ってきてくれて助かったぜ。漁協には船を出してくれるように、俺の方から話つけておくから、安心して行ってくんな」

「うむ」

 ランスはキースギルドを出て、港町ジフテリアへと向かった。

 

 港町ジフテリアからは、川中島行きの定期船が出ている。川中島は、自由都市地帯からゼスへ行くための中継点であるが、大陸最大の宗教団体・AL教の本部もここにある。毎日、大勢の信者たちが川中島に礼拝に訪れるが、今は恐ろしい怪物が出ているため、信者たちの姿もまばらで、ジフテリアの町も寂れた様相を呈していた。

「……思ったよりひどい状況みたいね」

 蘭が、辺りの様子を見渡して言った。

「ああ、船が出せなきゃ港町なんて何の価値も無いからな」

 ランスが腕組みをしながら言う。

「早く怪物をやっつけて、いつもどおり船が出せるようにしてあげましょう」

「うむ」

 ランス達が漁協に着くと、漁師たちは皆昼間から酒に溺れていた。

「うっ……、酒くさい……」

 蘭が鼻をつまんだ。

「おい、貴様」

 ランスが、手近にいた酔っ払い漁師の胸ぐらを掴んで、無理やり立ち上がらせた。

「うい~っ……、なんだいあんた?」

「俺様は、ランス様だ。ここの頭はどこだ?」

 そう言うと、酔っ払いは急に正気に返って、身なりを正して、ランスを迎え入れた。

「おっ、おおっ、あんたが、あのランスさんか。話は聞いてるよ。怪物をやっつけてくれるんだって?」

 漁師は酒に強い。どうやら酔っ払っていたように見えたのは、酒代を節約するために、無理やり酔っ払おうとした成果らしい。

「漁労長は奥だよ。早く行ってやってくんな。いやー、良かった。みんな船が出したくてウズウズしてたんだ」

 ランス達は奥に進んで、漁協の長に会った。漁協の長は色黒でしわくちゃの気難しそうな老人だった。とはいえ、筋肉質で体付きは良く、さすがは現役で漁をしている漁師といったところだ。

「あんたがランスさんか。話は聞いてるよ」

「おう、俺様がランス様だ。怪物のことは俺様に任せておけ」

 ランスが力強く、胸に拳を当てて見栄を切った。が、漁協の長である老人は疑わしげにランス達4人を順番に値踏みするような目で見回した。

「なんだ、女の子たちばっかりじゃないか。船は出せないよ。こっちも死人は出したくないからな」

「な……、なんだと!!」

 ランスは目を逆三角形にして、漁協の長を睨みつけた。

「睨んでもダメダメ。あんたは強そうだけど、他はてんで弱そうだもん。ってか、あんたたち何、大道芸人? 売名目的で来たんでしょ? うちはそういうの間に合ってるから、帰ってくれない?」

「こ……、このジジィ!!」

 ランスは固く握りこぶしを作って、今にも振り下ろさんばかりにぶるぶると震えている。蘭とシィルがランスにしがみついて、それを必死に止めた。

「なんだい? 文句あんのかい? うちは元々冒険者ギルドなんて信じてなかったけどね。まさか、あんたらみたいなのを寄越すとは思わなかったよ。文句言いたいのはこっちだよ。ほら、もうさっさと帰ってくんな」

「ムキーーーッ!!」

 興奮しているランスを抑えながら、蘭が口を開いた。

「あ、あの、私たちこう見えても、それぞれが特殊なスキルを持った優秀な冒険者なんです。どうか、話だけでも聞いていただけませんか?」

「あ? 話聞くだけならいいよ。なんだい? 言ってみな」

 ランスが少し落ち着いたので、蘭とシィルが抑える手を離した。ランスは服装の乱れを直し、蘭は襟を正した。

「場合によっては私たちでも怪物を何とか出来るかもしれません。怪物の特徴を教えていただけませんか?」

「ああ、いいよ」と言って、老人は怪物について語り始めた。

「奴の名前はクラーケン。巨大なイカの怪物だよ。大きさは二十メートルぐらいはあるかねえ。航海してると海の中から突然現れて、船に絡みついてくるんだ。どんな優秀な航海士も奴に出会ったら最後、船は沈められて、乗組員は全員、帰らぬ人になっちまう」

 それを聞いて、蘭はゴクリと唾を飲み込んだ。ていうか、無理じゃない? と思った。

「がははは! なんだ、お前たちはそんな雑魚に恐怖していたのか? 俺様は魔人殺しのランス様だぞ。そんな大きめのイカマンなど俺様の敵ではない!!」

 ランスが偉そうに言う。

「あーあー、分かった分かった。あんたらが法螺吹きなのは分かったから、さっさと帰ってくれ」

 もうランスと話すのが嫌になったのか、老人が厄介払いをするように手の平の裏をランスたちに向けて上下に振って言った。

 

 蘭はランスを漁協の外に連れ出して言った。

「ねえ、カンラの街に戻って、あの魔法使いの女の子に協力を頼んでみない? 彼女、強いんでしょ?」

「何? 志津香をか? 必要ないだろ? ちょっと大きめのイカマン程度」

 ランスは眉を顰めて言った。

「二十メートルはちょっと大きめの範疇に入らないわよ。それに、魔法攻撃が出来る人が少しでも多い方がいいわ。きっとイカには鈴女ちゃんの手裏剣攻撃も効かないし……」

 その時、シィルも珍しく意見を述べた。

「あの……、ランス様。マリアさんも誘ってみてはいかがでしょう? きっと力になると思います」

「よし分かった。お前たちがそこまで言うなら、カンラの町とラジールの街に行って、志津香とマリアを呼んでくるぞ」

 そう言ってランス達は早速、ジフテリアを出発した。

 

 とりあえず、ジフテリアの町からカンラの街へ向かう。街道を歩いて、アイスの街を通過する頃には、もう日は暮れかけ辺りは薄暗くなっていた。今は季節的には暖かい時期だが、日が暮れると少し肌寒い。さらに歩き続け、カンラの街の宿に到着した頃には、もう真っ暗になっていた。

「はぁ……、疲れた」

 蘭がため息をついて、ロビーのソファーに腰を下ろした。鈴女とシィルも蘭にならって座った。ランスはカウンターにチェックインの手続きをしに行った。と思ったら、ランスが戻ってきて、猫にするようにシィルの首根っこを掴んで立ち上がらせた。

「おい」

 ランスが呼ぶと、シィルは苦笑いを浮かべて「はい?」と返事をした。

「なぜ、俺様がチェックインの手続きをしている」

「はい」

「はい、じゃない。よく考えたらチェックインの手続きなど奴隷の仕事ではないのか?」

「えーっと……」

 シィルは首を傾げて、可愛げのあるポーズを取った。

「えーっと、じゃない! 俺様はここで座って待ってるから、早く行って来い!」

「は……はい~!」

 返事をすると、シィルは駆け足でカウンターに向かった。

「ふう……、しょうがない奴隷だ……」

 ランスはソファーに深く腰を下ろして、足を組んで言った。蘭はそんなランスをじっと見ていた。シィルとランスとの出会い、シィルがランスの奴隷になった経緯、そんなことはシィルから聞いていた。でも、ランスがシィルのことを女性としてどう思っているのか、それは分からなかった。多分、特別な好意を持っているんだろうとは予想がつくが。

「ねぇ、ランス……」

 蘭が、ランスを呼んだ。

「ん? なんだ?」

 ランスが首を動かして、蘭の方を見る。

「あの……、シィルちゃんのことは……」

 聞こうとした時、ちょうど玄関のドアがバタンと音を立てて開いて、濃紺の三角帽子に、緑髪の見覚えのある女性が入って来た。

彼女は、ランス達の姿を見て、びっくりしたような顔をした。

「あら……、あんた達まだいたの?」

 嫌がっているような、喜んでいるような微妙な声調でそう言う。

「おう、志津香、帰って来たか。いや、朝からジフテリアの町まで行って戻ってきたところなんだがな」

 志津香は「はぁ」と気の抜けたような返事をした。

「海にちょっと大きめのイカマンのような怪物が出るらしくてゼスに行けんのだ。協力してくれ」

「は?」

 志津香はランスの言っていることがよく分からない様子だ。眉間に皺を寄せて、ランスの顔を見る。

「何言ってるの? ちょっと大きめのイカマン? そんなんあんた達でやっつけりゃいいでしょ」

 ランスが口をへの字に結んで、首を横に振る。

「それがな、そうもいかんのだ。どうやらえらい強いイカマンらしい」

「えらい強いイカマン? イカマンなんて強くてもたかが知れてるでしょ。大王イカマンなの?」

「いんや、大王イカマンじゃあない」

 ランスはまたも否定する。

「あんたが何を言ってるのかよく分からないわ」

 そこへ、シィルが戻ってきた。

「あ、志津香さん」

 志津香がシィルを見て、にっこりと笑う。

「あ、シィルちゃん。元気だった?」

「はい、志津香さんも元気そうで何よりです」

 志津香はふと、視線を蘭と鈴女の方にやった。

「そういえば、今日は別の娘も連れてるのね。これからみんなで食堂に行きましょうか? 一緒に食事でもしながら話がしたいわ。ランスの言っていることも要領を得ないし……」

「いいですね、行きましょう。私も志津香さんとお話がしたいです」

 シィルが嬉しそうに言った。そんなシィルにランスが後ろからゲンコツを一つ落とした。「お前が決めるな!」

「きゃっ……、ランス様、ごめんなさい」

「ふぅ、本当に子供なんだから」

 そんな二人の様子を見て、志津香が呆れ顔で言った。

 

 食堂は宿の一階にある。木目の壁に、木のテーブル、掃除のしっかりと行き届いた、なかなか雰囲気の良いレストランだ。

ランス達と志津香は卓に着き、薄いメニューをパラパラとめくった。

「食事代はもちろんあんたの奢りよね?」

 志津香が、メニューに目をやりながら言った。

「は? なぜそうなるのだ?」

 ランスが不服そうに言う。

「私みたいな可愛い女の子と一緒にご飯が食べれるんだからそれぐらいしてもいいんじゃない?」

「俺様は毎日可愛い女の子と一緒にご飯を食べているぞ」

 志津香が、顔を上げて、シィルと、蘭と、鈴女を順番に見た。

「……そのようね」

 そして、再びメニューに目をやった。

「私はぷにゅるんにするわ」

「俺様はまふまふだ」

「それじゃあ私は、うはぁんにします」

 志津香とランスとシィルは、注文が決まった。蘭は頭を抱えている。「やっぱり大陸の料理ってよく分からないわ……」

「鈴女は忍びステーキにするでござる。にんにん」

 鈴女も注文が決まった。あとは蘭だけだ。

「じゃあ、私もシィルちゃんと同じうはぁんにする。うん」

 蘭もよく分からない決意を持って、注文を決めた。

「ウェイターさん?」志津香が呼ぶと、ハニーのウェイターが注文を聞きに来た。志津香が注文を伝えて、ハニーのウェイターは奥に入って行った。

「で……?」

 志津香がランスの方を見てそう言った。

「ん?」

 ランスが志津香を見て言った。

「この娘たちは誰なの? いい加減、紹介しなさいよ」

「ああ、こいつらは俺様の供だ。JAPANから連れてきた」

「連れてきた……、ってあんた、相変わらず無茶するわね。家の人は心配してないの?」

「知らん」

「知らん、って……」

 ランスが志津香に追求されているのを見て、蘭と鈴女が口を開いた。

「あ、あの……、私、自分で付いて来たんです。大陸に来てみたくて……」

「にゃははは。鈴女もそうでござるよ。心配する人もいないでござる」

「あら? 言葉通じるじゃない」

 志津香はどうやら、JAPANの人間と話すのが初めてだったらしい。言葉が通じることが意外だったらしく、驚いていた。

「それにしても、大陸に来たいだけだったら、よりによってこの男と一緒に来なくてもいいじゃない。あなたたち、この男がどういう奴か分かってるの? 騙されちゃ駄目よ」

 志津香のこの言葉を聞いて、蘭がちょっとむっとした。

「騙されるって、どういうことですか?」

 蘭が鋭い口調で尋ねた。

「この男はね、女と見るやすぐに手を出す鬼畜なの。今までにこの男の毒牙にかかって泣かされた女の数は、両手両足じゃ数え切れないほどよ。あなたたちもそうなる前に、この男とは早く手を切って、離れた方がいいわ」

 その言葉を聞いたとき、蘭はカチンときて分別を忘れた。そして、立ち上がって反論をし始めた。

「そんなことない! ランスはそんな人じゃないわ! ランスは確かに女好きで、浮気者だけど、……すごく優しくって、勇敢で……。私も最初は何度も泣いたけど……、でも、ランスがいてくれなかったら、私絶対、もっと最悪なことになってた! ランスがいてくれたから、私は今こうしていられるの! 私、今、幸せよ……。あなただってそうじゃないの? ランスにひどいことされたかもしれないけど、ランスがいたおかげで良かったこともあるんじゃないの……?」

 蘭はすごい剣幕で志津香を責め立てたかと思えば、話が終わる頃には、嗚咽して泣き出してしまっていた。志津香はばつが悪そうな顔をしていたが、蘭のこの行動に一番驚いていたのは、実はランスだった。

「お……、おい……」

 ランスが蘭のことを心配して、声をかける。

「……っ、……すん」

 蘭は、まだ俯いて涙を流している。

「わ……、悪い、お前たち、先に食べててくれ」

 シィルと志津香は無言で頷いた。鈴女は心配そうな顔で蘭を見ていた。

 ランスは、蘭を連れて、食堂を出た。ロビーを横切り、カウンターのすぐ横の階段を上り、鍵を使って客室のドアを開けた。泣いている蘭をベッドに座らせ、ランス自身もその傍らに寄り添って座る。

「…………」

 ランスは無言で、蘭の背中をさすった。蘭はじきに泣き止んで、消え入りそうな声でランスに言った。

「ランス……、ありがと……」

 ランスは何も言わず、蘭を抱きしめた。

 

 ランスと蘭が食堂に戻ると、他の者は既に食事を終えていた。女三人で楽しそうに話をしていたが、こちらを気にして静かになった。ランスと蘭は席に着いて、冷めてしまった「まふまふ」と、「うはぁん」を口にする。蘭の頬に残る涙の跡を見て、志津香の胸が少し傷んだ。

「あの……、ランス様……」

 シィルが沈黙を破った。

「なんだ?」

 ランスが視線を動かしもせず聞く。

「志津香さん……、協力してくれるそうです。良かったですね……」

「そうか」

 興味なさげに返事をした。

 

 食事を終え、女の子たちはランスの言葉を待つ。なんだか、いつものランスとは雰囲気が違うことを感じて、皆緊張していた。

「ふぅ、うまい飯だったな。俺様の好みにジャストマッチングだ」

「……」

 ランスが何か言っても、皆ピリピリとして黙っている。ランスもさすがに、場の妙な緊張感に気付いた。そして言った。

「なんだ、お前たち。なんで黙ってるんだ? そうか。さてはお前たち、今日は誰が俺様に抱かれるのかと、そればかり考えて気が気じゃないんだろう。残念だったな。今日は俺様は一人で寝る。お前たちは志津香の部屋も使って、女の子同士で楽しくパジャマパーティーでもしているといい。がはは、今日は歩きすぎて疲れた。俺様はもう寝るぞ。じゃあな」

 ランスはそう言って、席を立って食堂を出て行ってしまった。後に残された女の子たちは、テーブルに座ったまま、話をし始めた。まず、志津香が蘭に謝罪をした。

「ごめんなさい……。あなたの気持ちを考えていなかったわ」

「ううん……。志津香さんも、私のことを思って言ってくれたことだから……」

 蘭はそう言って、笑顔を見せた。

 続けて、志津香がシィルに言う。

「ねぇ……、なんかランスってちょっと雰囲気変わったんじゃない……?」

「そ……、そうでしょうか……?」

 シィルは慌ててそう言った。実際のところ、シィルも少しランスが変わったことを感じていた。しかし、いつもランスと一緒にいるシィルにとっては、ランスが時間や経験を経るごとに変わっていくのは当然のことであるし、今に始まったことではないため、それほど気にはしていなかった。自分以外の女の子を連れて旅をするのも、今回が初めてという訳ではない。むしろ、頻繁にあることである。ただ、蘭と出会ってからのランスは、ちょっと今までと違う、ということは薄々ながら感じていた。

「ううん……。気のせいね、きっと。アイツがそんなに簡単に変わるはずがないわ」

 シィルが黙っていると、志津香はそう吐き捨てるように言った。

「とにかく、今日はアイツの邪魔も入らないみたいだし、部屋でお酒でも飲みながら、女の子同士で楽しく過ごしましょう。私も新しく知り合った娘達と仲良くしたいし」

 志津香が提案した。

「うん」

「にんにん」

 蘭と鈴女も、その提案に賛成した。シィルはにっこりと笑って、

「それじゃ、私お酒買ってきます」と言った。

 

 ランスの部屋の隣でうるさくすると大変なことになるわよ、と志津香が言うので、四人はパジャマに着替えた後に、志津香の部屋に集まった。志津香の部屋には、ベッドや洋服や日用品などが一通り置かれていた。しばらく生活するのには困らない程度に、物が置かれていた。

「悪いわね。散らかってて。人が来るなんて思わなかったから……」

 志津香は出しっぱなしになっていた下着や靴下を片付けながら言った。

「ううん、そんなことないです」

「鈴女の部屋よりはずっと綺麗でござるよ。にんにん」

 志津香が片付けを終えると、シィルがグラスを人数分用意して、買って来たお酒のボトルを開けて全員に注いだ。

「カンパーイ!」

 そうして、女の子達同士のパーティーが始まった。

「ねぇ、聞きたいんだけど、あの男のどこが良いの?」

 開口一番、志津香が蘭に聞いた。女の子同士が集うと、やはり話題は男のことになるらしい。それがたとえ、ランスのような男のことであっても。

「え? だって……、強いし、優しいじゃないですか」

 蘭が応えて言った。

「優しい? あの男が? 百歩譲って強いのは認めるけど、優しいのはないわ」

「そんなことないです。ランスは態度には出さないけど、いつも私のこと気にしてくれてるし。すごく大切にしてくれてる……」

 蘭はそう答えた。この時、シィルが蘭の後半の言葉に、口には出さなかったが、少しの不安と、苛立ちの感情を覚えた。

「はぁ……。こりゃ、よく洗脳されてるわね」

 蘭は志津香にそう言われても、怒る気にはならなかった。むしろ、志津香のはっきりとした物言いに、心地良さを感じた。洗脳……。確かに、自分はランスに洗脳されているかもしれない。でも、相手を好きになるということ、恋というものが、そういうものだとしたならば、それでも良いのではないかと感じた。

 今度は、志津香が鈴女の方を見て尋ねた。

「それで、あなたは何でランスに付いてきたの?」

 鈴女は答えた。

「それは、ランスに付いてると楽しいことが一杯あるからでござるな」

「楽しいこと……、あるかしら……?」

 志津香が、目を細めて視線を宙空に漂わせ、何やら回想に浸るような表情をした。

「無いわ……」

 鈴女が苦笑いをして言った。

「まあ、いいではござらんか。鈴女にとっては、JAPANから大陸に来て色々珍しい物を見られるだけでも楽しいでござるよ」

「そういうもんかしら」

 志津香は納得したようだった。

 その後、志津香はシィルのそばに寄り、「シィルちゃんも大変ね」というようなことを一言二言交わした。そして、再び、蘭の方を見て言った。

「あなたは、ちょっと重症みたいね」

「な……、なんですか……?」

 蘭は、志津香の言葉に悪意を感じたわけでは無かったが、ちょっと嫌なことを言われたような気がした。

「ううん……、でも、よく考えた方がいいわよ」

 蘭は、またむっとした。でも、さっき食堂でしたみたいに、怒る気にはなれなかった。

 ふいに、早雲のことを思い出した。早雲と付き合っていた時は、周りからこんなふうに言われることは絶対に無かった。周囲の者は、皆、早雲のことを褒め、素晴らしい、羨ましい、いつ結婚するのですか、などと言った。蘭はそれに対して、謙遜をしたり、お礼なんかを言って対応をしていたのだが、いつの頃からか、そのことに妙なつまらなさを感じていたりした。確かに、早雲は素晴らしい人だし、良家の家柄同士の結婚だし、羨ましがられるのも、悪い気分ではなかった。でも、何か大切なものが欠落しているような気持ちをいつも抱いていた。その気持ちを埋めようとして、早雲にいろいろと意地悪を言ったり、甘えてみたりしたけれど、ついには、埋めることは出来なかった。

「さて、そろそろお開きにしましょうか」

 志津香が手を叩きながら言った。蘭はほろ酔い気分になりながら、ランスのことを考えたり、JAPANのことを話したり、志津香に大陸のことを聞いたり、それなりに楽しい時間を過ごしていたが、時間はとうに三時を回っていた。もう寝ないと、明日が辛い。

 あくびをしながら自室に戻る。シィルは、志津香と一緒に寝ると言って、志津香の部屋に残った。

 ドアを開け、部屋の明かりを点ける必要もなく、ベッドに横になる。目覚まし時計をセットして、布団にくるまった。壁の向こうから、ランスの寝息が聞こえた。この壁の向こうにランスがいるんだと思うと、温かい気持ちがした。ランスの寝息を聞きながら眠りにつくのも、悪くない気がした。

 

 目が覚めると、時計の針は十時を回っていた。「寝坊した!」と思った。悪い癖だが、目覚まし時計が鳴っても、全然起きれなかった。鈴女は当然、もう部屋の中にいなかった。蘭は、急いで顔を洗って、服を着替えると、部屋を出て一階に下りた。

 ロビーには誰もおらず、食堂に行くと、当然のことながら、皆もう揃っていた。朝食も終えたようで、飲み物を飲みながら、雑談に興じていた。

「ごめんなさい! 寝坊しちゃった」

 蘭は、そう言って頭を下げて謝った。

「別にいいぞ。今日はラジールに行って、戻ってくるだけだからな」

 ランスはそう言ってくれたが、蘭は自分の寝坊癖が恥ずかしくてしょうがなかった。特に、志津香の前でだけは、自分の駄目なところを見せたくなかった。

「鈴女は起こそうと思ったけど、ランスが起こさなくていいと言ったでござる」

 蘭は顔を真っ赤にしながら、一人で朝食を食べた。食べている間も、全然落ち着かなかった。

 蘭の食事が終わると、一行は、ラジールに向けて出発した。ラジールは歩いてもそんなに遠くない。話しながら歩いていたら、すぐに着いてしまった。

 秘密工場は、ラジールの街外れにあった。小さな工場であったが、中には所狭しと機械が並んでいて、稼動音がすごかった。工場の中を見回したけれど、マリアの姿は見当たらなかった。研究者風の女の子がいたので、ちょっと呼んで聞いてみた。

「マリア所長なら、ついさっき出て行ったばかりですよ」

「どこへ行った?」

「さあ……。分かりません」

 彼女によると、マリアは必要な時に出て行って、すぐに帰ってくることもあれば、数日経っても帰ってこないこともあるらしい。蘭は責任を感じて、

「ごめんなさい。私がちゃんと早く起きてれば……」と謝った。

 ランスが蘭の頭にゲンコツを落とした。

「謝るな。お前のせいじゃない」

 蘭は少し驚いたが、すぐに何だか嬉しくなった。「いたーい」と口では言ってみるものの、全然痛くはなくて、むしろ温かみを感じた。やっと、シィルと対等になれたような気がした。

 シィルはそれを見て、えも言えぬ不安を感じたが、頭を振ってかき消した。志津香が眉を顰めた。

 

 とりあえず、どこかに行ってしまったというマリアを探すことにする。まだそんなに遠くには行っていないはずだ。街の中で誰かに聞けば分かるかもしれない。

 研究所を出て、最初に見つけた若い男に声をかけた。耳にピアスなんかを付けた、チャラチャラした男だ。

「おい」

「はい」

 若い男は、呼びかけると意外にも良い返事をした。

「マリアはどこだ?」

「マリア?」

「青い髪の毛に赤いリボン、眼鏡をかけた作業着の女だ」

 そう特徴を伝えると、この男はすぐに分かったらしく、ぽんと手を叩いた。

「この研究所の所長をしてるあの娘ですね。彼女なら、街の方へ行きましたよ。多分、魔池(マッチ)を買いに行ったんじゃないですか」

 男に魔池屋の場所を教えてもらい、そこに向かった。魔池屋は、街の中心のほど近くにあった。街の中心には円形の広場と、AL教団の教会がある。銀行や、役所などもあり、その一角に魔池屋があった。石造りの白い強固そうな建物だ。丸太を組んで作ったドアを開け、中に入った。マリアがいた。

「あっ、ランス」

 マリアはすぐにランス達に気付いた。驚いて、手に持っていた魔池を落っことしそうになる。

「いつ大陸に帰って来たの? JAPANにいると思ってた」

「ああ、つい三日ぐらい前に帰って来たばかりだ」

 ランスが言うと、マリアは嬉しそうな顔をした。

「嬉しいよ。私に会いに来てくれたの?」

 

 狭い魔池屋の店内で立ち話をしているのも何なので、近くの食堂に移動した。時間も丁度お昼時だ。日当たりの良い、カントリー調の明るい店で、店内は多くのお客で賑わっていた。

「何よ。志津香もいるじゃない」

 卓に付くと、マリアが志津香を見つけて言った。

「不本意だけどね」

 志津香はウェイターからメニューを受け取りながら、そう答えた。

「あら、知らない娘も連れてる。いつものことだけど」

 マリアが蘭と鈴女を見てそう言った。蘭と鈴女はマリアと目が合って、自己紹介を始めた。

「初めまして。私、南条蘭といいます。JAPANから来ました」

「にょほほ。鈴女でござるよ。JAPANの忍者でござる」

 マリアはさすがに博学なようで、JAPANの人間と言葉が通じることに驚きもせず、自らも自己紹介をして返した。

「私はマリア=カスタード。研究者をしているの。よろしくね」

 マリアはニコッと笑った。蘭と鈴女も笑顔を返す。

「それで本題だがな……」

 ランスは、マリアにゼスに行きたいこと、海に怪物が出てゼスに行けないこと、怪物退治に協力してほしいこと、を語り始めた。

 

「うん、いいわよ」

 マリアは快く承諾してくれた。

「ちょうど、開発したばかりの新型チューリップ5号をテストしたいと思っていたところだし。そんな大きな怪物相手だったら最高の研究対象だわ」

「ははは」

 マリアの言葉に、皆大笑いしたが、蘭は心の中で「この人、ちょっと怖い……」と思った。

 

 マリアをパーティに加えて、ラジールの街を出発した。街道を西へ真っ直ぐ進むと、カンラの街が見えてきた。時間はもう黄昏時だ。今夜もまた、カンラの街の宿に宿泊する。ここに泊まるのは、もう三度目だ。蘭は、この宿を仰ぎ見ながら、ここのことは一生忘れないだろう、と思った。ランスの優しさを感じた宿だ。

「それじゃ私、鍵をもらってきます!」

 シィルがカウンターに駆けて行った。

「どっこいしょっと」

 ランスが掛け声をかけてロビーのソファーに座った。あまりにも深く腰を下ろしたため、ソファーがギッという音を立てた。志津香とマリアは、立ち話に興じていた。「カスタム」という単語が頻繁に出て来ていた。鈴女を見たら、彼女もこっちに気付いて、目が合った。にっこりと笑いかけた。鈴女もにこっと笑った。ランスが何やら、真剣な表情をして考え込んでいる様子だった。

「ランス、何考えてるの?」

 蘭が、ランスに声をかけた。ランスは蘭をチラッと見て言った。

「いや……、今日は誰を抱こうかと思ってな……」

「またそれ……」

 蘭は脱力して肩を落とした。

「なんだ、抱いて欲しいのか?」

「別に……」

「素直じゃないな」

 蘭は目を細めてランスを見た。軽蔑の意を含んだ目だ。

「あんたに恋人と言われて騙された私が馬鹿だったわ……」

「……」

 ランスは黙った。

 

 シィルが鍵を受け取って戻って来ると、皆それぞれの部屋に入って行った。ランスが一人部屋、志津香とマリアが相部屋、シィルと蘭と鈴女がもう一つの相部屋だ。長旅でくたびれた服を脱ぎ、洗濯をする。部屋に干して、ポルトガルで買った新しい洋服に着替えた。シィルが水色のワンピース、蘭が紺のワンピース、鈴女は、黒と赤の映える紅葉の描かれた和柄の浴衣だ。

「蘭さん洋服も似合ってます。鈴女さんも浴衣可愛い」

 シィルが蘭と鈴女を褒めた。

「そ……、そうかしら……」

 蘭が照れて、赤くなった。

「シィルどのも良く似合っているでござるよ」

 鈴女がシィルに言った。

「う……うん。シィルちゃんもよく似合ってる」

「えへへ」

 シィルは嬉しそうに笑った。

「……」

 蘭は、急に真剣な顔になって、黙り込んだ。そして、シィルに向けて言った。

「ねぇ……」

「え?」

「ランスのこと……、どう思ってるの?」

「……」

 シィルも辛そうな顔をして口を噤んだ。

「好きなんでしょ? 他の女とえっちして、嫌じゃないの?」

 シィルは俯いて、泣きそうになった。

「なんか、あんたがあいつに避妊の魔法をかけてるって……。そのおかげで私は妊娠しなかったけど、それって、女性に対する酷い屈辱よ。私は絶対許せないわ。私は絶対ランスを直してみせる」

「うう……」

 シィルはそのまま、泣き崩れてしまった。

 

 夜が更け、外からふくろうの鳴き声が聞こえてくるようになった。あの後、シィルが泣き止んでから、三人で食事をして、外を散歩してから、部屋に戻ってきた。外は真っ暗だったが、夜空がきれいで、皆で星座の教え合いなどをして楽しんだ。夜空を見ながら、早雲が今どこでどうしてるんだろうと、考えたりもした。もし、同じタイミングで、同じ夜空を見ていたら素敵だと思った。

 ランスは来なかった。志津香さんかマリアさんとえっちなことでもしているのかと思ったが、気にしないことにした。もし、見に行って本当にやってたら、ケンカになっちゃうから。

「あの、ドスケベ……、鬼畜……」

 と、一人呟きつつ、眠りに着いた。

「……」

 しばらくして、蘭がむくりと起き上がった。荷物カバンから、和紙の束を取り出して、式札を折り始めた。明日は、激しい戦闘になるかもしれない。シィルと鈴女の寝息が聞こえる中、ランプの薄明が、静かに彼女を照らしていた。

 

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