ランス異伝《ゼス激闘編》   作:さすらいの陰陽師

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第一部 完

 可愛らしい鳥の鳴き声が聞こえる。木窓から眩しい朝の太陽が差し込む。今日は、風も優しく、航海日和のいい天気だ。鈴女はいつものことだが、シィルも既に起きており、着替えも済ませていた。

「おはよう」

 蘭は伸びをして、欠伸をしながら言う。鈴女とシィルも「おはよう」と返した。

 朝起きて、蘭はまずシィルに謝った。

「シィルちゃん、ごめんね。昨日ちょっと言い過ぎた。私ちょっと苛々してたみたい」

「ううん、いいんです。蘭さんが言ってること、私も女として理解出来るから……」

 シィルは浮かぬ表情で言った。彼女も表には出さないがランスのことで悩んでいたりするのだろう。

 蘭は寝間着から陰陽服に着替えて、式札をいつもより多めに用意し、今日、おそらくあるであろう戦闘に備える。鈴女とシィルも、心なしかいつもより緊張している様子だった。

 一階に降りると、ランスが腕を組んでロビーで待っていた。志津香とマリアはその後ろで雑談を楽しんでいた。

「おう、来たか」

「うん」

 チェックアウトを済ませて、港町ジフテリアへと向かう。途中、アイスの街を通過した。空気は乾いていた。大陸の気候のことはよく分からないが、JAPANより幾分、温暖で乾燥しているようだった。

 クラーケン。ジフテリアの街の漁労長が言っていた、二十メートルを超えるという巨大なイカの怪物である。そいつを倒さないと、目的地であるゼスには行けない。なぜゼスに行く必要があるのか。それは分からないが、ランスがそこへ向かっている。たとえ理由が分からなくても、ランスが行く所に蘭は付いて行く。そして、ランスに危険が迫れば、命をかけてでも守ろうとするだろう。現に、ジフテリアからゼスへと渡る今日の航海は、命懸けなのである。いくらランス達とはいえ、海の上で、揺れる船に乗って、巨大な怪物を相手にすることは楽なことではない。それに、相手はイカの怪物である。イカのような軟体動物であれば、ランスの剣による攻撃は、ほとんど通用しないと考えるべきだ。

 

 ジフテリアに着いた。時間は、ちょうど正午というところだ。すぐに、漁協に向かった。

 漁協の事務所に着くと、前に酔っ払っていたあの漁師がまた酔っ払っていた。ふらふらになるほど酔っていたが、ランス達を見ると、すぐに酔いは覚めて、ぴしっと真っ直ぐに立って敬礼のような仕草をした。

「いや、旦那たち。今度こそやってくれるんだろ?」

「うむ」

 ランスは彼に通されて、漁協の奥。漁労長のいる部屋に入った。

「なんだ、あんたら! また来たのか!」

 漁労長は、ランス達を見て、開口一番そう言った。

「おう、俺様たちが怪物退治に来てやったぞ」

 ランスは腕を組んで威張って言う。漁労長はそれを見て、呆れたようにため息をつく。

「あのさ……、何度も言ってるけど、うちは死人出したくないんだよ。頼むから帰ってくれよ」

「なんだと、このクソ親父! 貴様が死ね!」

 ランスはそう言って、カオスをこの老人に振り下ろそうとした。シィルと蘭がランスに飛び付いて、必死で止めた。

 蘭が、ランスを抑えながら、老人に言う。

「あの……、お爺さん、私たち本当に強いんです。今から証拠をお見せしますから、一緒に外に出てください」

 

 漁労長は、蘭にそう促されて、事務所の外に出た。事務所の外は、一面の海。眼前には、大きな砂浜があった。その砂浜の上に立って、蘭は海の方をじっと見ている。漁労長は、その蘭を、訝しげな目で見ている。こんな女に、何が出来るものか、という目だ。

 蘭は、懐から、式札を数枚取り出した。それを左手の指先で軽く持ち、右手で印を結んだ。そして、ぼそぼそと呪文を唱え始める。すぐに光が蘭を包み、式札は白い光の刃となって、海の方へ飛んでいった。そして、海面にものすごいスピードで着水し、瞬間ドンという大きな音と共に、三メートルはありそうな水柱を上げた。そして、プシャーっと飛沫を上げ、水柱はかき消えていった。

 漁労長は、目を見開いて、その様子を見ていた。無理もない。彼が見たこともない、JAPANの異法だ。

「どうですか?」蘭が聞く。

「う……うん、すごいね」

 漁労長は声を震わしながらそう言った。

 そこへ追い打ちをかけるように、魔想志津香が前へ進み出る。そして、海に向けて右の手の平をかざす。

「面白いものを見せてくれてありがとう。お礼に、私も大陸の魔法を見せてあげる」

 そう言うと、志津香は集中し、手の平の先に気を集める。白い……、白いエネルギーが志津香の手にみるみるうちに溜まっていく。そして、次の瞬間一気にそれが開放される。

「白色破壊光線!」

 放たれた光線は、地平線の向こうへと飛んでいき、海の彼方で水柱を立てた。その水柱がどれほどの高さがあるかは、計り知れない。

「ふう」

 ちょっと疲れたように、志津香が息をついた。

「久しぶりに使ったからね。たまには使わないと鈍っちゃうから」

「志津香さん……、すごい……」

 蘭は遠くに上がった水柱を見ながら、そう呟いた。

 

 漁労長は、船を出すのを快諾してくれた。彼だって、船を出したくない訳ではない。出来ることなら、すぐにでもクラーケンを退治して、いつも通り漁に出られるようにしたかった。ただ、死人は出したくなかったのだ。だが、ランスパーティの力を見て、これなら安心だと思ったのだろう。いや、そこまで思ったかどうかは分からないが、少なくとも賭けてみる価値はあると思ったようだ。漁労長は、すぐに船を出すことを承知してくれた。船を操舵するのは、彼自身だ。彼も命がけなのだ。

「んじゃ、行くぞ!」

 漁労長が一声かけると、船は大海に向けて出港した。その先には、まだ見ぬ巨大な怪物、クラーケンが待ち受けている。

 

 船は小一時間ほど海を波立てて走り、ジフテリアと川中島のちょうど中間あたりの沖合に出た。この辺りまで来ると波は高く、それほど小さい訳ではないランス達が乗っている船も、ごうんごうんとよく揺れるようになってくる。

 蘭は、船に乗るのは初めてだったが、緊張のためか、それほど船酔いはしていなかった。他の皆も、それは同じのようだ。皆、いつ襲って来るか分からない怪物を警戒して、じっと海面を凝視している。ただ一人、ランスだけが、この戦闘で一番役に立たなさそうな彼だけが、王様のように船長席に座って、傲然と地平線の彼方を見つめていた。

 だが、そんなことは誰も気にしていないようだった。なぜなら、どうせこの戦闘で彼は役に立たないからだ。むしろ、やる気を出されて、ランスアタックなど放たれたらかなわない。軟体の敵に効果がないどころか、船に衝撃を与えて、沈めてしまうことも有り得る。それだけは絶対に避けないと。蘭は、そう心に誓った。

 

 バシャーン!!!

 

 突如、船の舳先がぐわあっと浮いた。そのまま沈められるのではないかと思うほどの浮き方だった。舳先の下に、件の怪物がいることは明らかだった。

(間に合わない!)

 蘭は、式神を出して、舳先の下にいる怪物に攻撃をしようとしたが、呪文を唱えているような余裕は無かった。

 

 ドーン!!!

 

 爆発音がした。そして、舳先が元の位置に戻った。どうやら、怪物が離脱したようだ。

「間に合ったようね」

 志津香が、後ろでそう呟いた。どうやら、さっきの攻撃を繰り出したのは、志津香だったらしい。

「火爆破。大陸の魔法も、なかなか便利でしょう?」

 蘭は、素直に「すごい」と思った。なんで、ランスの友達はみんなこんなに凄いんだろう。志津香が凄いのに、なぜかランスが凄いような気がした。

「さっきの魔法、今のうちに出しておきなさい。すぐに来るわよ」

 志津香がそう言った。蘭は、黙って頷き、すぐに式札を出して、右手で印を結んだ。そして呪文を唱える。

 怪物は本当にすぐに来た。今度は、船尾が持ち上がる。前からの攻撃は失敗したので、今度は後ろから攻撃して沈めようという腹のようだ。

 そうはいかない! 蘭は、ちょうど出した白い精霊を、船尾にいる怪物に向かわせる。ここからは見えないが、白い精霊は、怪物に接触すると、手を光の刃に変えて攻撃する。高熱の魔法の刃なので、軟体の怪物相手にも効くはずだ。

 

 ズバシャッ!!!

 

 身が切れる音がした。それとともに、再び怪物が離脱する。再び船尾は元の位置に戻る。怪物は大きな波を立てながら、船を離れていく。

「逃がさないわよ!」

 マリアが、新型のチューリップを構えた。そして引き金を引く。ドン!! このサイズの銃身にはありえない、大砲のような音がした。空気が震えて、鼓膜が痺れた。怪物に命中して、巨大な火柱を上げた。怪物はのたうち回って、海面から飛び跳ねた。

 ものすごい大きさだった。二十メートルなんてものではない。その二倍はあるのではないかという大きさだった。太陽がその巨体を照らして、こちらに大きな影を作った。その瞬間、背後に、巨大なエネルギーが凝縮していくのを感じた。

「白色……」

 背筋がゾッとする。目の前の空に浮かぶ、あの巨体など、大したことが無いと思えるような、恐ろしいほど膨大なエネルギー。

「破壊光線!!!」

 瞬間、白い光線が、怪物の体を貫通し、太陽にまで到達するのではないかと思うほど彼方まで伸びていった。光線は、怪物の全身の組織を伝うように、まんべんなく広がっていき、そして、最後には、爆発した。怪物は、プスプスという音を立てながら、バシャーンと大きな水飛沫を上げて着水すると、海底深くに沈んでいった。

 しばらく、海面をじっと見ていた。怪物が、また上がって来るのではないかと。

しかし、いつまで待っても、怪物は上がってこなかった。死体は確認していないが、とりあえず、倒したということにしていいのではないか、と漁労長が言った。蘭たちは、飛び上がって、ハイタッチをしたりして、歓声を上げた。

 

「志津香さん、すごいです!」

 蘭が、志津香の手を取って言う。

「ま、こんなもんかしらね。あなたも十分すごいわよ」

 志津香はクールに髪をかきあげてから言った。

「俺様の出番が無かったな」

 そこへ、ランスが割り込んできた。

「こんな船の上でランスアタックなんて使われたらかなわないからね」

 志津香がそう言った。蘭は、やっぱりそれを心配していたのは私だけじゃなかったのか、と思った。

「ふふふ、ところでな。あの怪物がちゃんと死んだかどうか知りたくないか?」

 ランスが、不敵な笑みを浮かべた。

 

「あの怪物は……、死んだ」

 カオスが言った。

 どうやら、あの怪物は、魔人の使徒だったようだ。どんな魔人かは、カオスも知らないようだった。

「全く新しい……、未知の魔人かもしれん」

 カオスが真剣な顔をして言う。

 いずれにせよ、魔人が使徒を使って、人間の海上の交通を封鎖する。普通ではない事態だ、と思った。ランスがゼスに急いでいる理由も、これに関連しているのかもしれない。

 

 とにかく、ランス達一行は、ゼスの港町テープに到着した。辺りはもう、真っ暗だった。灯台の明かりが、遠くに見えた。空気は、少し湿っていた。雨が降るかもしれない。

 早めに宿を探して、漁労長とともに夕食を摂った。

「いやー、本当に助かりました。有難うございました」

 漁労長は、何度も何度も頭を下げて、そう礼を言っていた。ランスはその都度、「うむ」「うむ」と言って、偉そうに頷いていた。こいつは何もしていないんだけれど。

 その日は身体がたくさん潮風に当たって、じめじめして気持ち悪かったので、早めにシャワーを浴びて布団に入った。目を瞑ったあと、あの船の上での戦闘がまざまざと思い出されてきた。ぐわあっと船を持ち上げられた感覚が蘇ってきた。本当に、死ななくて良かった。

 志津香さん。あの人は凄い。マリアさん。この人も凄い。シィルちゃんも凄いし、鈴女ちゃんも凄い。ランスの友達は、みんな本当に凄い人達ばかりだ。これからも、こんな凄い人達と出会っていくんだろうか。

 そう考えると、怖いような、ワクワクするような、不思議な気持ちになった。

 


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