1
七月二十七日。
早朝。
「……、」
炭の燃え切った後のような髪の色をした少年は、行きつけの公園のベンチに腰をかけていた。
「昨晩はどうでしたか?と、ミサ……っとと」
ぼーっと、流れる雲を眺めるレイの視界を妨げるように顔を覗き込む少女がいた。
「……お前か。まぁ。くだらない依頼だった。と言っておこうか」
「くだらない依頼!?か弱い女の子を護衛するのが『くだらない依頼』って言いましたか今!?」
「……なんだ。知ってたのかよ。ならもっと早く依頼内容を知れたってのに」
「え、今の私の話はスルーですか?『くだらない依頼』のくだりは無視なんですか!?」
「……朝っぱらから大きな声出すなよ。気が散る」
もーっ!一体なんなんですか!?私の話も少しは聞いてくださいよ!!と、プンスカ顔を膨らませながらレイを睨みつけるミサカ第一○七七四号、通称ナナシ。黒いパーカーに身を包む彼女は、どの
「取り敢えず、見つかったんですか、護衛する女の子?」
「……これが見つけたように見えるか?まだ捜索すら初めてない」
「え、何してるんですか。見つけてもいないのにこんな所で道草食ってていいんですか??」
「……お前、今日は何かとつっかかってくるな」
「いやだって、ようやく仕事が始まるんですよ!今までの観光気分は終わりです!テキパキいきましょう!テキパキ。オンオフハッキリすることは大事ですよ!」
そんなことを言いながら、ナナシはレイの手を勢いよく引っ張り立ち上がらせた。あまり感情を表に出さない彼だが、誰が見ても分かるくらいのとてつもなく面倒臭そうな顔をしている。
「……分かった。分かったから手を離せ。痛い」
「……はっ!私いつの間にレイさんの手に……きゃっ」
顔を赤らめる彼女。そんな少女を「何だこいつ」という目で見つめる少年。
「……はぁ。予定が少し早まったが、捜索するとするか」
「はい!そうしましょう!善は急げですよ!」
そう言って、テクテクと公園出口に向かって歩き始めるナナシ。
「……おい、どっかあてがあるのか?」
呼び止められた彼女はその場で立ち止まり、レイの方を振り返り、一言。
「あてというかなんというか……あの女の子のいる孤児院に向かうんですよー?」
……。……。……。
「……はぁ」
深いため息の後に、
「何で居場所を知っているのにも関わらずさっきの質問をしたんだ!!??」
さすがのレイも、思わず声を上げた。
「すいません、からかったらどうなるのか、気になったもので」
てへ、と舌を出すナナシ。
最初から捜索なんてする必要は無かった。
時間短縮は出来たがこの会話自体が無駄だからプラマイゼロだな、と心の底から思ったレイであった。
2
廃校舎。
机や椅子が乱雑に置かれている、荒れ果てた教室。
「……明島が死んだ」
そんな教室の中に、三つの影が見えた。
「昼間っから集めんじゃねぇよ眠いんだよこっちは……」
「仲間が一人死んだってのに集まる意味が無いって?よーく言えたもんだねぇ
暗部『アクセル』のリーダー格が、音恋という少年に視線を送った。
「あぁ、そうだな。悲しいよ……今すぐにでも仇をとってやりたい……」
拳を強く握りしめる音が静かな教室に伝わる。
「ではでは。次は音恋が排除しに行ってくれるのかなぁ?」
「そうだな、次は僕が行こう。明島の仇をとってくる」
力強い声でそう言うと、音恋は教室を後にしようとした。その時、
「おい音恋。お前、勝算あんのかぁ?」
高い声が少年の背中を貫いた。
「何の情報も無しに突っ込んだら、明島と同じ目にあうぜ?」
黒髪ツインテールの少女はニタニタしながら、戦場に赴こうとする少年を見据える。
「確かに名織ちゃんの言う通りだねぇ。情報無しで戦った明島が死んだ。このままだと彼の二の舞になってしまう。焦る必要はないかもねぇ。ちょっと時間をおいて、もう少しだけ情報収集した方が……」
「うるさいッッ!!!!」
少年の怒号が飛ぶ。
「あいつを……明島を殺したヤツを放っておくのか……?少しでも生かしておいていいのか……?僕は嫌だね。今すぐにでも殺してやる。殺してやりたい」
「いやだから、放っておくって言っても、ちょっとの間だけで、しかも確実に仕留める為の情報収集期間であってね」
説明しても無駄だった。『アクセル』のリーダー、
一度これと決めたことを曲げることはない。
そんな性格を知っていた彼等は力尽くで止めようとはしなかった。
「はぁ。何であの子はあんなに頑固で、あんなにも仲間思いなんだか」
「あんたの采配ミスだろうが。暗部『アクセル』に仲間思いなヤツなんていらない。邪魔になるだけだ」
「全く名織ちゃんは……。君はもー少し他人を大事に思ってもいいんだよ?」
「考えるだけ時間の無駄だ」
「なんでこう、極端な子しかいないかなぁこの暗部は……」
ため息をつきながら、赤傘は倒れている机に座り込む。
「補充要員の候補でも絞っておくかぁ」
3
孤児院。
一般的幼稚園や保育園と同じぐらいの大きさだろうか。最近建てられたのか、壁や窓に古い汚れなどが一切無い。外で遊ぶ用の遊具も塗装が綺麗に施されている。
「……ここか」
目的の場所についたレイとナナシは、とりあえず来客者用の玄関の方へと向かった。
「どのようなご用件でしょうか?」
玄関に入ると、エプロンをつけた二十代半ばの若い女性がすぐさまやってきた。
「すいません。先日お電話させて頂きました、『木原遊楽』の使いの者です」
ナナシはレイの前に出て、用件を簡単に説明する。そして、身分証明書の為にナナシの学生証と、木原遊楽の免許証を提示した。
女性はその二つを手にとって確認すると、二人を孤児院の中へと案内する。
女性の後ろに付いて奥へと進んで行く。案内された部屋は、来客用の個室だった。
「ここで少々お待ち下さい」
そう言うと、女性はゆっくりお辞儀をし、部屋から出て行く。
「……前から連絡していたんだな」
「ええ。この場所にいる事はもう掴めていたので。遊楽さんが前からアポを取っていました」
「……にしても、静かだな」
「確かにそうですね。ここは約二十人近くの孤児を預かっていると聞きましたが、やけに静かですね……。みんなでどこかにお散歩にでも行ってるんですかね?」
「……その可能性が濃いな」
と、そんな話をしていると、ダッダッダッダッ!!という廊下を走る音が聞こえ始める。それはこちらの方へ向かって段々と大きくなり始め、
ガチャッ。
部屋の扉が勢い良く開く。
「こんにちはっ!私、クレハ!クレハ=トリオール!よろしくねっ!!」
突然目の前に、見た目八歳程度の美少女が現れた。
「ちょっとクレハ!廊下は走っちゃいけないっていつも言ってるでしょ!」
続けて、先程とは違う女性が部屋に入ってくる。
「すいません!クレハがご無礼を……。私、この孤児院の院長を務めてる
((黒髪ロングの丸眼鏡))
レイとナナシが初めに受けた第一印象はどうやら同じだった。先程案内してくれた女性同様、見た目はとても若々しい。
「ど、どうも。私はナナシと言います!どうぞよろしくお願いします……と、ミサ……ゴホン」
「……レイ=テレストカです」
「レイにナナシね!覚えた覚えたぁっ!」
目の前の美少女は嫌味の一切感じられないキラッキラな笑顔で二人の名前を呼んだ。
正直、写真で見るよりも遥かに美しい、とレイは素直に思った。
月のように輝く金色の髪は背中まで伸びており、汚れの一切を見せていない。宝石のようなエメラルド色の瞳は曇りなくキラキラと光っている。
そう、実物で見ても、やはり感じてしまった。
まるで、絵本に登場するお姫様のようだと。
「なあに見惚れてるんですか」
「……そんなことはない」
「けっ。小っちゃい女の子の方が好きなんですねぇー」
「……あ?」
「ふーんだっ」
ぷいっ、とそっぽを向くナナシ。なんの事やらさっぱり分からないレイは、とりあえず来客用のソファへと腰掛ける。それにつられ、ナナシ、華神とクレハもソファに座る。
「この度はわざわざいらっしゃってくださり、本当にありがとうございます!」
華神は深々と頭を下げる。
「いえいえ。そこそこ近くだったのでそんなに時間はかかりませんでしたよ」
「それでもお手数をおかけしてしまい本当に頭が上がりませんっ!」
本当に頭が上がっていなかった。こちらとしては早くその頭を上げて話を進めたい気持ちで山々だったが、まぁ好意としてやってくれているので愛想笑いを浮かべながら「ははは、そんな大丈夫ですから!頭を上げてください!」と、軽い調子で進めた。
「今回はどうしてクレハをお引き取りに?」
「と、すいません。この話を進める前に、ちょっとだけその子を席から外してもらえないでしょうか?」
最初は不思議そうな顔をしたが、ナナシが渋い顔を浮かべると何かを察したのか、クレハに部屋から出て行くように指示した。
「やだやだ!私もここにいる!話聞く!」
「ちょっとだけ!ちょっとだけでいいから向こうで遊んでてくれないかなぁクレハ!」
「やだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだ!!!!!!」
「仕方がないですねぇ……こうなったら……!」
嫌な予感がした。
とてもひんやりした視線を送る少女が一人。
さすがのレイも身体がビクッと震えた。
「レイさん。ちょっとその子を頼めますか?」
「……俺に子守をしろと?」
「出来ますよねぇ?」
「……何でそんな事しなきゃいけないんだ」
「え?嬉しいんですよね?本当は嬉しいんですよね?大好きな小さい女の子と遊べるのが本当は心の底から嬉しいんですよね?分かってますよレイさん。さっきその子が出てきた時、めちゃくちゃ見惚れてましたもんね。ずーっと見つめてましたもんね。足の爪から頭のてっぺんまでじっと下から上へと眺めてましたもんね。知ってますよ。見てましたもん。軽蔑の目で見てましたもん。そうですよね。私と初めて会った時はちらっと見てちらっと目線を逸らしましたもんね。それだけでしたよね。ああ悲しかったなぁ。思い出しちゃったなぁ。いやーな思い出甦えっちゃったなぁ。ねぇ。どう責任とってくれるんですか?ねぇ。悲しいんですよ私は。こう見えても感情はあるんですよ。私だって色々考えたり思ったりしてるわけなんですよ?そこらへん分かってほしいなぁ。分かってくれないかなぁ。だからですね。私が言いたい事って言うのはですね……って聞いてますか?ねぇ、聞いてますかレイさ……ってあれ。いない……とミサカは心に溜まった鬱憤を晴らしてみます……あっ……」
「隣にいたお兄さんならさっきとても青ざめた顔でクレハとお外へと遊びに行きましたよ?」
「後で覚えてろよ、とミサカは決意を胸にします」
4
「ねぇ、あのお姉ちゃんどうしちゃったの?」
「……とうとうネジが飛んだらしい。お前はああなってはダメだぞ」
久し振りに恐怖を感じたレイはすぐさまクレハの手を取り、外へとダッシュしたのであった。そして今、彼等は直径約3mの正方形の形をした砂場にいる。
「ねぇねぇ。クレハとお山作ろうよ!」
「……はぁ?山を作るだと?お前、今から山を作るのにどれだけの術式を組み込まなきゃいけないと思ってるんだ?」
「……??レイは何を言ってるの?私ちんぷんかんぷん」
「……だから、定義されている山を作るにはな、まずあの術式を……?何だそれは?」
「砂のお山」
「……、」
「ほら。固まってないで!砂集めて!このお山を大きくするの!」
「……不覚。まさか子供の戯言をまともに受け取ってしまうとは……」
レイは一瞬だけ頭を抱え、すぐに立ち直ると、クレハの言った通りに砂を集めて山を作り始める。
(こんな普通の少女に、世界を揺るがすだけの力が備わっているなんてな……。見た目は普通ではないがな)
着ている服は花柄のワンピースと、至ってシンプルな物だったが、やはり、クレハが着るとどこか上品な感じがしてやまない。そんな彼女が世界を変える……揺るがす力があるとはどうしても思えなかった。昨日、レイは遊楽から何故クレハを護衛して欲しいのかを聞いた。そう、それが理由だった。今、彼女の潜在能力に気づいているのは極小数だが、この情報が他に渡って、クレハが攫われれば大変な事になる。そうなるのを防ぐために、今回はレイを護衛につけたのだという。
「……お前、どこから来たんだ?」
「……覚えてないの。私、気づいたらここにいた」
(記憶喪失……)
「気づいたらね、なほ先生と一緒にいた。みんなと一緒にいた。みんなと一緒に笑ってた」
「……、」
これ以上は聞かない事にした。
どこか、自分に重ねてしまったから。
気づいたら、ここにいた。
気づいたら、生きる為に必死になっていた。
気づいたら、戦っていた。
気づいたら、槍を振っていた。
気づいたら、傭兵になっていた。
そう。レイだって同じだった。
「おーい。レイさーん。話終わりましたよー。帰りますよー」
ナナシの声が孤児院の玄関先の方から聞こえてきた。
「あ、クレハちゃんも一緒に帰るよー!」
「はーい!」
砂場をすぐに離れ、ナナシの方へと走って行くクレハ。レイもその後を追い、華神の隣までやって来た。
「……あいつ、やけに素直だな。普通はもっとこう、抵抗するもんじゃないのか」
「そうですね。最初はとても嫌がってました。でも、何度も言い聞かせ、やっと承諾してくれました。あの子の意思を一番尊重したいですから」
「……そうだったんですね」
「ナナシさんから話は聞きました。あの子が狙われていると。あの子が、世界を変えてしまう存在かもしれないと」
「……なるほど。だからあいつはクレハに席を……」
聞ききたくないだろうな。まだ小さい自分が、世界を揺るがす存在だなんて。信じたくもないし、どうしたらいいかの正常な判断なんて出来るはずがないよな。
「……俺が全力で守ります。その為に俺は
「あの子を……クレハを、頼みます」
孤児院から出て行くレイ達を、華神はずっと手を振って見送っていた。
「はぁ。クレハも行っちゃったかぁ」
「もうこれでこの孤児院にいる子供はいなくなっちゃいましたね」
「寂しくはないよ。むしろ喜ばしいことよ」
この孤児院は、つい二ヶ月前まで約二十人近くの孤児を預かっていたが、ここ最近引き取り手がどんどん決まっていき、みんなここを離れていった。最後に残ったのがクレハであった。そんなクレハも、木原遊楽が引き取った。なので、ここの孤児院はもう、誰もいない。
「どれ!今度はあの子達がいつ帰ってきてもいいように、お片づけしますか!」
「華神先生、その言い方だと引き取り先でよからぬ事があってここに突っ返されて帰ってくるみたいな言い方に聞こえて物騒なんですが」
「違う違う違う!!いつか大人になって、ここを思いだして訪ねて来る時の為に綺麗にしておくの!変なこと言わないでよね!もう!」
と、華神が孤児院の中に入ろうとした時だった。
ぶじゅりッ。
気持ち悪い音が耳に届いた。
「え……何今の?」
慌てて振り返る。
華神は驚愕する。
そこにあったのは、首から上が無い状態のまま力無く立ち尽くす人間の体。
その下に転がる、首から上のモノ。
それは、ついさっきまで喋っていた女性のモノだった。
「いやあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!??????」
心拍数が跳ね上がった。
息が苦しくなった。
足が竦んで転んだ。
そして。
「ちょっとうるさいよ。黙って死んで」
血の雨が、孤児院に降り注いだ。