1
七月二十八日、昼。
「もぉ!レイもナナシもつまんない!」
トコトコトコ、と。小さな歩幅で道を進む、学園都市には不釣り合いな金髪少女。先程まで木原遊楽の研究所にいたのだが、どうやらつまんなくなって脱走したらしかった。
「私だってお散歩したいもーん」
頬を少し膨らましながら歩く彼女は、とある場所を目指していた。
「……着いたぁっ!!レイ達が構ってくれないから先生に遊んでもらおー!!」
辿り着いた先は……昨日までクレハが暮らしていた孤児院。レイ達が訪れた頃よりも、野次馬はだいぶ減っている。その為、クレハの小さな身長でも孤児院の様子が伺う事が出来た。
「黄色い紐がいっぱい……警備員もたくさんいる……」
状況を詳しく把握することはさすがに難しかった。だが、何か大変なことが起きているという事は受け止められた。小さい女の子の胸に、フツフツと込み上げてくるモノがあった。
不安、不安、不安。
表情が一気に暗くなる。夜中に部屋の電気を消した時のように。一秒前まで明るかった顔が、突如として不安に駆られる。
「先生!?」
走り出そうとした時だった。
「お嬢ちゃん、ちょっとお待ち」
不意に後ろから声をかけられ、足を止める。振り返るとそこには、夏だというのにも関わらず分厚い生地の長袖長ズボンという季節外れな服装をした身長160cm後半ほどの少年が立っていた。
「あなた……誰?」
「僕は、君の先生の居場所を知ってるよ」
「え!?先生どこ!?先生は大丈夫なの!?」
少年は優しい笑みを浮かべ、
「大丈夫だよ。先生は生きてるよ」
とても安心感のある声でそう言った。続けて彼は呟く。
「僕について来て。先生が避難している場所へ案内してあげるから」
ここで。
幼いながらも、クレハの心の中は葛藤していた。昔、先生に言われた言葉を思い出す。
『どんな事があろうと、知らない人にはついて行ってはいけません!』
小さい頃、皆が皆言われたであろう当たり前過ぎる言いつけ。クレハは考えた。だが、何かが起きているこの事態に、冷静な判断は出来なかった。
「うん!先生の所へ連れてって!」
子供は、残酷にも無知だ。先生の言いつけよりも、先生の安否をとってしまう。
「分かった。連れていくね」
クレハの小さな手を取り、孤児院からゆっくりと離れて行く。
そんな少年の名は、
暗部『アクセル』の構成員の一人。
2
クレハが狙われている。
レイはそう考えいた。
ずっと考えていた。
何故、昨日訪れた孤児院が今日になって襲撃された?
これは、『自分が関わった』からかもしれない。それが一番可能性が高い。
そうなると、今回の犯人も自然と浮かび上がってくる。
自分を襲撃した暗部の仲間。
復讐をしにきたんだろう。仲間を殺された仇として、自分を苦しめようと考えているのだろう。そう考えると、ピースが綺麗に埋まっていく。そして、次の狙いは恐らくクレハだろう。
「……昨日一日、監視されていたんだろうな」
研究所から飛び出してから数分後。レイは朝に来た孤児院の前に立っていた。もう野次馬はほとんどおらず、数人の警備員達が現場検証をしに残っているだけである。
「……ここにはいないか……。となると、
ビルの間を駆け抜け、人気のない狭い路地裏に辿り着く。そしてレイは、近くに落ちている空き缶や手に収まる程度の石を計四つ集め、一辺1m程度の四角形になる様に綺麗に配置した。
「……こんなんで魔力を消費したくはないが……仕方が無い」
四角形の真ん中に立ち、両手のひらを一気に地面に付ける。屈んだ状態でレイは唱えた。
「『我が血を持って命ずる。我にその
ブワッ、と。レイの視界に、学園都市全体を上空から撮影したかのような光景が広がる。そしてそれは段々とある一点を目指し下へと下がっいく。鷹が獲物を目掛けて一直線に降下していく時は、こんな風に見えるんだろうな、レイは思う。そして、とある廃工場に囚われている金髪少女の姿と、高校生くらいの少年の姿を最後に確認し、術式は破壊される。
自分を中心に展開していた術式に弾き飛ばされ、近くの壁にレイは叩きつけられた。
「……ってぇ。けど、分かったぞ」
この探索術式の名は、『第三の眼』。
レイが自身の血で施した刻印に囲まれた範囲内にいる対象を見つけ出す事が出来る便利な魔術である。血の刻印は、レイが学園都市を訪れた際に既に東西南北に刻んであった。そして、その刻印と、レイが用意した空き缶や石を重ねる事によって展開した術式に学園都市の光景が映し出される、という仕組みだ。最終的には対象者を見つけ出すのが目的な魔術なので、最後には対象者の今の状況をボンヤリとだが見ることが可能できる。
だが、便利性と比例して利用する魔力も相当なもので、何回も連発できないのが難点である。レイも必要以上の魔力を込めてしまった為、最後に身体が吹き飛ばされた。
「……待ってろよ。今いくぞ」
身体がボロボロになりつつも、レイは再び走り出す。
守り抜くと決めた、少女の元へ向かって。