首都高のシンデレラ   作:囃子とも

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一章 追撃のテイルガンナー

 346プロダクション本社ビルから、車で数分。倉庫街に立派とは言えない店舗を構える、内藤自動車。

 従業員二名の小さな自動車整備工場は、346プロダクションの社用車の整備等の面倒を見ている。

 しかし、社用車のみならず、アイドル達の愛車のメンテナンスや売買も行う事も良く有る事。346プロダクション全般が、内藤自動車のお得意様だったりするのである。

 お得意様の営業車であるプロボックスを、慣れた手付きでオイル交換する一人の女性。

「……完了っと」

 得意げに呟きながら、汗と煤にまみれた頬を、軍手をはめた手の甲で拭った。

 

 原田美世、20歳。内藤自動車の従業員でありながら、346プロダクションに所属するアイドルでもある。

 346プロダクションに入社して、早5年。現在所属しているメンバーの中でも、かなりの古株になる。

 アイドルらしく可愛らしい容姿に加えて、出る所は出てるナイスバディ。担当プロデューサー曰く、もっと売れてもおかしく無い、と断言する逸材なのだが。

 

 正直な所、売れ筋のアイドルと言えるか微妙である。

 レースクイーンやモデルの仕事など、一定量の仕事はしているが、それ以上に芸能活動に打ち込まないのだ。むしろ、芸能活動より自動車整備のアルバイトの方が、よっぽど熱の入ったものになっている。

 車屋の従業員としては正しいが、アイドルとしては非常に間違っていると言える。

 

「おっし。そんなら、そのままシャワー浴びて、納車と一緒に上がりで良いぞ」

 内藤自動車の店主である内藤健二は、美世にそう言った。

「え~? 納車と一緒に上がりだと、そのままレッスンになっちゃうよ?」

 不満げに、美世は口を尖らせた。

「お前のプロデューサーが、そうさせろってよ。そうでなきゃ、多分サボるって勘ぐってるぜ?」

 内藤の方には、プロデューサーからの根回しが既に届いていたようだ。

「……ちぇ」

 観念した様に、美世は軍手を脱ぎ捨て、奥の休憩室へ向かう。

「……のぞかないで下さいよ?」

「悪いが、俺は幸子ちゃん一筋だ」

「……変態」

 店主に向かって暴言を吐いてから、美世はシャワー室へ消えて行った。

 

 内藤自動車の社長、内藤健二。40手前の独身で、無精ひげを蓄えたおっさん。クルマバカを地で行き、そのまま車屋を開業した生粋の車好きである。そして、美世と同じ事務所の売れっ子アイドル、輿水幸子の熱狂的なファンでもある。

 美世は上京した15歳の時から、この内藤自動車でアルバイトしており、内藤は自動車整備のイロハを叩き込んだ師匠になる。

 ロリコンの疑いがあるが、メカニックの腕は超一流なのだ。

 

 汗と埃にまみれた体を、熱めのシャワーで流す。

(……アイドルは続けるつもり。だけど、あたし自身はアイドルって柄じゃないんだよなぁ……)

 鏡に写る美世の顔は、少々憂鬱な色を浮かべていた。

 仕事着の入ったボストンバッグと領収書を持って、美世はプロボックスに乗り込んだ。

「じゃ、行ってきます」

「おう。それと、明日はオフらしいし、店も休みだ。夜は空けとけよ」

 内藤は、タバコをくわえた口をニヤリとさせた。

「……良いですよ。あたしもそのつもりでしたから」

 美世の口元は、笑みを作る。憂いを見せていた表情は、少しだけキリッと引き締まった。

 

 346プロダクションと、デカールの貼られたプロボックスを見送って、内藤は根元まで吸ったタバコを、灰皿に投げ入れた。

「……さてと。次は、東郷さんのパンテーラか……」

 次の段取りで独り言を呟いていると、内藤の携帯電話から着信音が鳴り響いた。

「……ほー」

 画面に表示される相手の名前を見て、内藤の目付きは変わっていた。

 

 PM11:50。

 都会の夜は明るい。眠らない街とは良く言ったもの。

 銀座、六本木、赤坂等々。煌びやかなネオンの光が人々を誘う。

 内藤自動車のガレージ内。使い込まれた蛍光灯が、二台のマシンと二人の人間を照らしていた。

「……久々に出撃しますか」

 美世は、FRP製のボンネットを閉じて、ボンネットピンを閉める。

 日産純正のスーパーレッドに身を染めた、BCNR33スカイラインGT-R。美世が手塩にかけて育てた、自慢の愛機だ。

「……」

 右手で我が子をあやすように、右フェンダーをそっと撫でる。無機物の集合体でしかない自動車と、心を通わせるように。

 

 カート時代から続けている、美世独特のおまじないだ。

 美世にとって、愛車は我が子と同じ存在なのだろう。

 レカロ製のセミバケットシートに体を滑り込ませる。キーを捻って、メインスイッチオン、イグニッションオン。

 セルモーターのノイズが鳴った直後。

 RB26の力強いエキゾーストが、雄叫びを上げる。

 サベルト製の4点式ハーネスで、がっちりと体を固定する。自分自身が、車の部品の一部になる様に。

(頼んだよ……相棒)

 美世の目は、鋭く研ぎ澄まされていた。

 

 内藤は、その様子を見つめる。それは、若かりし日の自分と姿を被らせていた。

(……あの頃もそうだったよな。憧れのアマさんに、昼はメカでしごかれ、夜は走りでしごかれる。コイツの趣味は、アイドルには向いてないよなぁ……)

 付き合いの長い従業員に内心で茶化しつつ、内藤は愛機のイグニンション捻る。

 セルモーターが回り、エンジンに火が入る。ロータリー特有のバラついたアイドリングが、工場に響く。

 ソリッドの赤に染まったFC3S。内藤が免許を取って、最初に買った自慢の愛車。

 20年以上もの間、共に走り続けている。もはや、内藤自身の体の一部と言っても過言では無い。

 何を喋っても、直列6気筒とロータリーの轟音にかき消される。美世と内藤は、アイコンタクトを取る。

 出撃準備完了。二台のマシンは深夜の舞踏会場へと向かうのだった。

 

 日付が変わり、0:42。

 平日の深夜は、タクシーと長距離トラック程度。昼間の渋滞が嘘の様に空いている。

 谷町JCTから首都高速環状線に乗り、外回りを法定速度でクルージング。路面のわだちや継ぎ目のギャップを拾っては、車体が小さく跳ねる。締め上げられたサスペンションは、巡航速度では少し硬い。

 9号線に乗り湾岸方面へ向かう。100km程度の速度は、美世にとってはクルージングに過ぎない。デジタル表示の追加メーターで、マシンのコンディションを確認。

(水温……81、油温……94、油圧……4kgちょっと。うん……絶好調)

 5速、2000rpm。RB26は、まだその牙を隠している。

 

 原田美世は、346プロダクションのアイドルであり、内藤自動車のメカニックである。

 そして、首都高の走り屋の一人でもある。

 自らの手で仕上げたR33スカイラインGT-Rで、隙を見つけて夜な夜な走りに繰り出す。美世が、もっとも熱を入れているのが、改造車で公道をぶっ飛ばす事である。

 アイドルどころか、社会人としても失格の行為だが、彼女を止める事は誰も出来ない。

 首都高速辰巳JCTから、二台は湾岸線へ。川崎方面へ向かう下り線に、2台は流れ込む。

(……行くよ!!)

 美世は蹴っ飛ばす様にクラッチを切り、右足を連動させてアクセルを煽って、エンジン回転を合わせる。5速から3速へギアを叩き込まれると、タコメーターは5000rpmを指している。

 フルスロットルと同時に、加速Gが体をバケットシートに押し付ける。ステンレス製のマフラーから放たれる直6エンジンの咆哮が、美世の背筋をゾクゾクと震えさせる。

「さいっ……こー」

 改良を重ねたRB26のエキゾーストに体中を包み込まれると、美世の脳みそからアドレナリンが溢れ出していた。

 

 内藤は、美世の動きをじっくり見ながら、5速から3速にシフトダウン。5500rpmにタコメーターが跳ね上がる。

「おーおー……。初っ端から飛ばすねぇ」

 R33の丸4灯のテールランプを拝みながら、そう呟いた。

 そして、前に倣ってアクセル全開。タコメーターとスピードメーターが、平行して上っていく。

 フルチューンの13B-REWを、強引に換装したFC3Sは、湾岸で長年一線級を走り続けてきた。

 歴戦の猛者が駆るマシンは、R33の加速力に勝るとも劣らない。

 

 時速100kmのクルージングから、流れる景色は一変する。

(……これだよ。この感覚……)

 美世の視線の先に見えるは、道路を照らす街灯と、先を行く一般車両の赤いランプ達。

 3速、8000rpm。素早く4速にシフトアップ。一気に200km近くまで速度が跳ね上がる。

 僅かでもステアリング操作をミスすれば、人も車も粉々の残骸になる。狂ったような暴走行為でしか味わえないスリルが、全身の細胞を漲らせる。

 

 美世は、スピードと言う麻薬にどっぷりと浸かっていた。

 

 

 法定速度で巡航する一般車両を、縫う様に追い抜いて行くR33とFC。超高速のレーンチェンジを繰り返し、アクセルを床まで抜みつける。

「結構煮詰めてるが……まだまだだな」

 内藤はFCのノーズを、美世のR33のテールに滑り込ませ、ロックオン。スリップストリームに入った。

 フルチューンとは言え2ローターの13Bでは、RB26の絶対的なパワーに敵う訳が無い。

 埋められない馬力の差は、前走車の後ろにぴったりと張り付いて、空気抵抗を減らす走法。スリップストリームと呼ばれる、レーシングテクニックを駆使する事だ。

 内藤は長年湾岸を走ってきたが、この技で何台ものハイパワーマシンを仕留めてきた。

 

 一度張り付いたら、撃墜するまで離れない。

 何時しか内藤のFCに付いた異名は“追撃のテイルガンナー”。首都高で修羅場を潜り抜けてきたベテランの走り屋は、相手が弟子でも一切容赦しない。

 

 HIDに交換したFCのヘッドライトで、パッシングを繰り返す。

 GT-Rのルームミラーに、5000ケルビンの青白い光が反射する。

(健さん、眩しいって!!)

 美世は視線を細める。しかし、内藤は執拗に煽り倒す。

 二台の車間は、50cm程度。この距離で美世が少しでも減速すれば、即追突。二台諸共あの世に葬られるだろう。

 この距離で走れるのは、互いに信頼があるからに違いない。

 4速8000rpm。速度は220kmを越え、5速にシフトアップ。

 R33のマフラーから、アフターファイヤーが噴き出て、FCのバンパーにかすめる。

「……ほれほれ。そのデカいケツを、突っついてやろうか?」

 セクハラっぽく聞こえる内藤の台詞だが、あくまで車が対象だ。

「もー……」

 美世は口を尖らせた。後ろから散々煽られれば、誰だって不機嫌にはなる。

(前に見た動画に、確かこういう技が有ったんだよね~♪)

 左手をワイパースイッチに手を伸ばし、ウォッシャースイッチをオン。高速域で、ウインドウォッシャーを出せば、その水滴は後方に弾け飛ぶ。水しぶきで後方の車の視界を遮る、通称ウォッシャー攻撃。

 どれ程の効果が有るかは不明だが、嫌がらせ程度にはなる。

「古い手だな……」

 呆れながら、内藤はワイパースイッチをオン。フロントウインドーに降りかかった水滴を、ワイパーで拭った。

 5速、6500rpm。240km。湾岸線に合流し、1分足らずで有明JCTを通過した。2台は東京湾トンネルに入る。

「遊びはここまでだぜ……」

 内藤は、ブーストコントローラーのダイアルを2ノッチ捻って、更にブーストを上げる。

 自身の手でくみ上げた、13B-REW。ブリッジポート加工にT78-34Dのビッグシングルタービンの組み合わせ。ブースト1.2キロで、530馬力を発揮する、フルチューンのロケットロータリー。

 ついに本領を発揮したFC3Sは、更に加速する。左車線にレーンチェンジし、R33を一気にまくる。

 ミラーから光が消え、ロータリーのエキゾーストノートが左から耳に飛び込む。

(……やっぱり……速い)

 一瞬だけ左のサイドウインドーから、FC3Sの影を見る。

(流石に元四天王の一人、追撃のテイルガンナーの異名は伊達じゃないなぁ……)

 美世は、無意識の内に苦笑いを作っていた。

 

 トンネルを抜け、緩い左コーナーに差し掛かる。

 FC3Sのテールが、少しずつ離れていくが、美世は焦る気は無い。

(……まだまだ。……チャンスはあるから)

 5速7000rpm。時速250kmを越えた。

 迫りくる一般車のテールランプを次々に避けながら、美世はFC3Sのテールを追いかけ続ける。

 2台は大井JCTを通過。250kmでレーンチェンジを繰り返す中、一般車の流れがここで途絶えた。

(……オールクリア)

 内藤の視界に広がるのは、三車線の直線のみ。相棒のスロットルを踏み抜いて、FC3Sに鞭をくれる。

 

 そして、美世の視界に入る車両は、内藤のFC3Sのみ。

(よし……スリップに入れる)

 さっきのお返しとばかりに、今度は美世がFC3Sの後方に車体を潜り込ませた。

 デジタル表示の追加メーターを、美世はチラリと見る。

(……水温96……油温127。…………行ける)

 MOMO製のステアリングに取りつけたミサイルスイッチに、美世は親指を伸ばした。

 スクランブルブースト。ボタンを押してる間は、過給圧を1.6kgまで上げる。パワーを上げて、勝負をかける。

「……ッ!!」

 限界まで高めた過給圧で、燃焼室に空気を送り込む。更なる加速Gで、美世の体はバケットシートに押し付けられた。

 

 600馬力以上を絞り出すRB26のパワーに任せて、空気の壁を無理やり押し返す。

 7500rpm、280km。FC3Sのテールに、R33のノーズが迫りくる。

 7700rpm、290km。美世はステアリングを指二本分だけ、右に傾ける。

 スリップストリームから出た瞬間、空気の壁がR33のボディを、ドン、と叩いた。

 

「……行ける!!」

 美世は叫んだ。同時に、R33がFC3Sを抜きにかかる。

 

 2台が並んだまま、スピードメーターは300kmを指している。

 だが、R33のコクピットに、警告を教えるアラームが鳴り響いた。

「……!?」

 追加メーターのモニターが、赤く点灯している。

(……水温116の油温145!?)

 急激なパワーをかけたGT-Rのエンジンは、一気にオーバーヒートしていた。一時的にパワーを上げた代償が重く伸し掛かる。

「……ダメかぁ」

 ポツリと呟いて、美世はゆっくりとアクセルを戻す。並走していたFC3Sは、嘲笑う様にR33を置き去りにしていく。

 バシュン、とブローオフバルブが鳴ると同時に、R33は空気の壁に押されて失速していった。

 

 湾岸線下り方面、大井パーキングエリア。

 周囲に停車しているのは長距離輸送のトラックが2台だけで、R33とFC3Sは明らかに浮いてる。

「……むー」

 美世は、ボンネットを開けて、熱気の冷めないエンジンルームを覗き込む。その表情は、かなり険しい顔を見せていた。

「まだまだって事だな」

 内藤は、からかう様に美世にそう言った。

「もうちょっとで、抜けそうだったのに……。だけど、あれ以上踏んでたら、ガスケットが飛んじゃうし……」

「ブーストどれ位かけたんだよ?」

「……1.6キロ」

「…………そりゃ、そうなるわ」

 内藤は呆れながら、美世に告げた。

「エアコンとっちまえよ」

「……そこまでしないです。街乗り出来ないもん」

「ま、熱対策はチューニングカーの宿命みたいなもんだ。次の課題だな」

「……はーい。せんせー」

 美世は不満げにそう答えた。

 

 その後、2台は湾岸線を下り、川崎線から横羽線上りへ。150km前後の高速クルーズを満喫しながら、都内へと戻るのだった。

 

 翌日。AM9:03。

 結局3時過ぎまで起きていた美世は、携帯電話の着信で叩き起こされた。

(……ん~?)

 寝ぼけた脳を無理やり叩き起こして、ディスプレイを見る。

 表示されていたのは、事務所、という文字。

「……はい……原田ですぅ。……あ~……ちひろさんですかぁ……」

 半分寝ている状態での応対だった。

「はい……? あたしを訪ねてきている人が居るんですか?」

 そう言われ、美世の脳みそはようやく覚醒した。

「……解りました。一度事務所に向かいます」

 伝える事だけ伝えて、寝間着から洗いざらしのデニムパンツと、無地のTシャツに着替える。

 

 顔を洗っている時、眼の下の隈が酷かったのと、すっぴんだという事に気が付く。化粧をする時間が惜しいので、大きめのサングラスを着けて、お気に入りのジャケットを羽織り家を出た。

 美世のアパートから、346プロダクションの事務所まで5分もかからない。

 大通りを避けて、裏道をやかましいGT-Rで通り抜けて、事務所の駐車場に車を停める。でかい排気音のお蔭で、誰が来たかは簡単に解るのだとか。

 

 正面玄関からすぐに曲がって、応接室に直接乗り込んだ。

 サングラスを外してから、ドアを開ける。

「……おはようございます」

 事務員の千川ちひろと担当プロデューサー。そして、サングラスをかけた謎の美女が、ソファーに座って待ち構えて居た。

「おはよう、美世ちゃん」

 最初に声をかけてきたのは、ちひろだった。

「すまないな、休みの日なのに起こして。どうしても、こちらの方が美世に会いたいって事だったからな」

 担当プロデューサーは、呼び出した訳をそれとなく説明した。

「……こちらの方は?」

 美世と、謎の美女は視線を合わせた。

「初めまして、原田美世さん。あなたの事は、内藤から良く聞いてるわ」

 美女はサングラスを外しながら、ソファーから立ち上がった。

「…………」

「…………」

 プロデューサーもちひろも。思わず見とれて、押し黙っていた。

 その素顔は、美しいだけでなく、周囲の空気を一変させるほどのオーラを持ち合わせている。

「ファッションデザイナーの、緒方明子です」

 そう名乗り、彼女は名刺を差し出した。

「改めて、ご紹介に預かりました。原田美世です」

 美世は左手で名刺を受取ってから、右手を差し出す。

 緒方は、クスリと笑みを見せてから、その手を握り返す。がっちりと握手をした。

 

 手を合わせた瞬間に、美世は感じ取った。

(……只者じゃない)

 美世の直感は、緒方と言う女性にある確信を抱いた。ましてや、内藤から話を聞いていると言われれば、その筋の人間に間違いは無い。

(……この人、首都高の走り屋。しかも、相当に走り込んでる……)

 自然と、美世の顔は強張っていた。

 対照的に緒方は、笑みを崩さないままだった。そして、プロデューサーとちひろに向けて、こう言った。

「すいません。少し、二人でお話ししたいので、席を外していただけますか?」

「……え、ええ。解りました」

 押し切られる様に、プロデューサーとちひろは、退室していった。

 

「ごめんなさいね。突然、押しかける形になっちゃって。一昨日、フランスから戻って来たばかりなのよ」

 クスリと笑みを見せながら、緒方はそう言った。

「えっと……。健さんに話を聞いてるって事は、緒方さんも首都高の走り屋ですか?」

 美世は、ずばりと確信に踏み込んだ。

「元だけどね。内藤とは、良く走ってたわ。

 今じゃ仕事の都合で日本に居ないから、出来ないけれどね……」

「そうなんですか。でも、どうしてあたしに会いたいと思ったんですか?」

「……そうね。簡単に言っちゃえば、興味が沸いたからかしらね。

アイドルと走り屋を両方やってる人なんて、まず居ないじゃない。まして、現役の首都高ランナーなんて、数える程度しか居ない中でね……」

 緒方の言葉は、少し嘆きも含まれている。美世はそう思えて仕方なかった。

「……それに、これでもヨーロッパのアパレル業界じゃ、それなりに名前は売れているのよ。日本に戻って来たのも、次に発表する新作を着てくれるモデルを探すって名目なんだから」

「という事は……?

 うちの事務所から、新しいモデルの候補を選ぶんですか?」

「その通り。

 ただし……条件付きでね」

 緒方の目付きが、少しだけ鋭くなった。

「……条件ですか」

 美世も、表情がキリッと引き締まった。

 

 

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