内藤自動車のガレージで、美世は愛車のエンジンオイルを変えている。
「……」
作業を進めながら、横目でパープルのスープラを少しだけ見る。
首都高で長らくトップを走り続けたマシンに、自らの手で仕上げた愛機が何処まで通用するのか。そして、自分のテクニックが、どれ程のレベルなのか。
美世の顔に浮かぶのは、確かな自信なのか。或いは、まだ見ぬ強敵への不安なのか。
(……JZA70スープラとBCNR33スカイラインGT-R。
車両のポテンシャルで言えば、明らかにGT-Rが有利だけど……。それは、健さん達が全盛期の頃から解りきっていた事。
歴戦の猛者なら、GT-Rを相手にする事なんて慣れてる筈……)
右手でドレンボルトを取りつける。手で絞めつけた後、メガネレンチで適切なトルクで増し締めをする。
RB26のオイルパンの材質は、アルミの鋳造。ネジ山を痛めやすい為に、オイル交換一つとっても手順が有るのだ。
(あたしのやる事は一つ……。この子を信じて、自分の走りをする)
メカニックとして。走り屋として。美世は自身のプライドを賭ける。
「……おーい」
呼びかけられ、ハッとしながら美世は振り返る。
「……ったく。集中するのも良いけど、仕事はやれよ?」
内藤は、美世にそう注意を促す。なにせ、今整備しているのは、マイカーだ。
「……すいませーん」
拗ねた様に、心のこもっていない謝罪をした。
「それにしてもよ。何時に無く、気合入ってるじゃねぇか」
「相手は、元四天王の一人ですから。緒方さんが本気で来るのなら……こっちも本気で走らないと」
そう語る美世の目付きは、真剣だ。
「……その心意気やよし」
美世を見つめる内藤の表情も、引き締まっていた。
そして、夜。時計は11時を指していた。
緒方は、内藤自動車にタクシーで乗り付ける。待ち構えるのは、美世と内藤。
「こんばんわ」
笑みを見せる緒方。ノーブランドのジーンズとジャケットを華麗に着こなす様は、流石は元トップモデルだ。
「こんばんは、緒方さん」
社交辞令程度に、美世は挨拶をした。
「おう。キッチリ仕上げといたぞ」
内藤は、普段と変わらず淡々とした様子だ。
「ねえ、内藤。あなた、私のスープラの隣に乗ってくれる?」
緒方は内藤にそう提案した。
「何でだよ……」
内藤は、その案件には不服そうだ。
「美世ちゃんの走りとか車の事とか、解説して欲しいのよ。
しっかり見極めるなら、解説者が必要じゃない?」
「マジかよ……。四十路寸前のおばさんの助手せ……」
台詞を言い終わる前に、緒方がつま先で、スネを蹴りつけた。ゴツン、と鈍い音が聞こえると同時に、内藤は黙り込むしかなかった。
「……何か言ったかしら?」
ニコニコしながら問い詰める緒方だが、後ろには黒いモヤモヤが漂う。
「イイエナンデモゴザイマセン……」
引きつった顔で、内藤はそう言うしかなかった。なお、緒方の容姿で実年齢を当てるのは不可能なレベルである。
20歳の美世と並んでも、緒方の方が少し年上に見える程度の容姿だ。
「……今のは健さんが悪いよね」
美世は、ばっさりと切り捨てた。
「……そういう訳だから、あなたの走りを後ろから見極めさせて貰うわ」
緒方の目付きは、打って変った様に、鋭くなっていた。
「……解りました」
美世の顔付きも、ぐっと引き締まった。
深夜の首都高と言う舞踏会場。真夜中のシンデレラが乗るのは、魔女の用意した馬車ではない。
獰猛な力を誇る鉄馬を、自ら手なずけるのだ。直列6気筒のエキゾーストノートは、己の牙を見せつけるかの様に雄叫びを上げる。
RB26と1JZ。どちらも、ツインカムの直列6気筒のターボエンジン。
メーカーは異なるが、日本のチューニング界を支えてきた名機である。
首都高速2号線から、一ノ橋JCTへ。C1外回りに合流。
先行するR33GT-Rは、ハザードを三回光らす。ペースを上げる合図だ。
(……行くよ)
3速にギアを入れて、アクセルをじわりと踏み込む。
デジタルのブースト計は、1.2kgを表示。加速Gで、体をバケットシートに押し付けられる。
「ペースを上げたわね……」
緒方も、ギアを4速に落として、スープラのアクセルをじっくりと踏み込む。
1JZ-GTEに2JZの腰下を組み合わせ、3リッターまで排気量を上げる、通称1.5J仕様のエンジン。更に、HKS製のT51Sと言うビッグシングルタービンを組み合わせる。
ブースト1.7キロで700馬力を発生するハイパワーを、80スープラ用のゲドラグ6速を介して、リア二本のタイヤを蹴とばす。
下手な踏み方をすれば、簡単にホイールスピンを起こしてコンクリートの壁とディープキスする所だ。
しかし、路面に余すことなくパワーを伝える辺りは、ハイパワーFRの乗り方を心得ている。
二台のマシンが、高速のクレイジーランデブーを開始した。
「……彼女のR33は、どんな仕様なの?」
「GT2530ツインに、カムは250の252だ。ピークパワーよりも、レスポンスを重視してセッティングして有るから、C1とかサーキットは走りやすい筈だ。
ただ、軽量化してないからクソ重たいのが欠点だな。それでも、300キロオーバーも狙えるから、全体の仕上がりは相当ハイレベルだ」
緒方の質問に、内藤はそう評した。裏を返せば、美世のチューニングセンスの高さを認めているとも言えよう。
「……そう」
緒方は、R33の丸二灯のテールを睨みつけた。
「……一般車の抜き方も上手いわね。間合いの取り方も丁寧だし、スパッと横に出て、一気に前に出る。
ステアリング操作も、急激じゃないわ」
「……霞ジャンプと逆バンクで、面白い技が見せるぜ」
内藤は得意気な顔で、緒方に言い付けた。
霞が関トンネルの手前には大きなギャップが有り、200kmオーバーで進入すると車が一瞬浮き上がるのだ。そのギャップをクリアしながら、フルブレーキングで霞が関トンネルの、カントの無いコーナーに飛び込む。
霞ジャンプと逆バンクと呼ばれ、首都高速環状線で最大の難所と言われる。
度胸とテクニック。そして、マシンの仕上がり。全てが揃わなければ、攻める事の出来ない、デンジャラスなスポットだ。
谷町JCTを通り越し、緩い右コーナーに差し掛かる。
(……難所の霞ジャンプ)
4速全開のまま、美世は左足をブレーキペダルに伸ばす。軽くペダルをダブって、ブレーキラインの油圧を上げておく。
プレブレーキと言われるレーシングテクニックで、サーキット等でハードブレーキングする際に、多用されるテクニックだ。
右コーナーをクリアし、ジャンピングスポットに飛び込む。
僅かにアクセルを緩めて、左足でブレーキの動力をコントロール。
エキゾーストが途切れないまま、R33のブレーキランプが点滅する。
「……っ!!」
一瞬浮いた様な感覚から、ドン、と四輪のサスペンションがフルバンプする。
ここで、美世は左足をクラッチペダルにスイッチ。同時に、右足でブレーキペダルを踏み抜いた。
対抗ピストンの純正ブレンボに装着されるニスモのスポーツパッドが、ローターを挟み込む。
鉄製のローターの表面は摩擦熱で真っ赤に焼けて、発火寸前の温度まで上昇。ABSの制御のお蔭で、タイヤは転がり続ける。重量のある巨体を、一気に140キロまで減速させる。
右足のかかとでアクセルを使い、エンジン回転を合わせて、リズミカルに3速にシフトダウン。きっちりと、ヒールアンドトゥを使いこなす。
ジワリと左にステアリングを切り、再び左足をブレーキペダルにスイッチ。ブレーキペダルを踏み込んで、フロントに荷重を乗せる。
トンネルに反響するエキゾーストは途切れない。だが、ブレーキランプはチカチカと点滅を繰り返す。
それが、何を意味するのか。この二人に、解らない筈が無い。
「……左足ブレーキ!?」
緒方は、思わず口走った。
「面白い攻略方法だろ。
車が浮き上がる瞬間と、曲がり込むコーナーで左足ブレーキを使って、4輪の荷重をコントロールしてんだ。
C1で左足ブレーキを使うのは、世界中でもあいつ一人だ」
内藤はそう解説した。
特徴的なレーシングテクニックを使い、C1を攻略する。美世独特の走り方に、緒方は驚きを隠せない。
二台は、霞が関トンネルを抜け三宅坂JCTを通過。皇居の横を通り過ぎる、テクニカルなセクションに入る。
スープラは、R33に少しづつ離されていく。
「……彼女、何か競技でもやってたの?」
「カートを5年やってたらしい。左足が器用なのは、そのお蔭だろうな。
それに、仕事が休みの時はサーキットも走ってる」
「なるほどね……。確かに、あの荷重のコントロールの仕方は、普通の運転では身に付かない筈よ」
緒方は舌を巻いた。
「……ま、このスープラとC1の相性は最悪だからな。
美世もマージンを残して走ってるが……今日ばかりは相手が悪いな」
内藤には解っていた。
環状線では、緒方のスープラは乗りにくい。言い換えれば、相性の悪いコースでも、緒方はついて行っているのだ。
「……湾岸か横羽に入ればこっちの物よ……」
緒方は、不敵な笑みで、R33のテールランプを睨みつける。
江戸橋JCTを真っ直ぐに通り越し、4速で抜ける緩やかな右コーナーをクリア。ブレーキングから、3速にシフトダウン。箱崎インターの左コーナーを、アウトからインをなめて立ち上がる。
ブラインドコーナーの先は見えない為、立ち上がりはインベタでクリアする。
本来コーナリングは、アウトインアウトのライン取りが一番理想とされるが、それはあくまでサーキットという条件での話だ。
加速体勢に入った所で一般車が居たとすれば、フルブレーキングしながら避けなければならない。下手すれば、一般車に追突して多重事故。皆揃って火葬場に直行と言う事も十分に有り得る。
ストリートを攻める時は、マージンを取って走る必要が有る。つまり、いざと言う時の為の、逃げの一手を確保しておかなければならない。
インベタで立ち上がるラインだと、必然的にクリッピングポイントが、コーナーの奥をなめる格好になる。
脱出速度と逃げの一手を両立する、首都高ならではの常套手段だ。
更に速度を乗せ、箱崎JCTの左側の合流点から、首都高速9号線へ。俗称、新環状線。C1よりもスピードが乗る、高速コーナーが連続する。
200キロ近いスピードで、ブラインドコーナーをクリアしつつ、一般車両を抜き去る技量が求められる。
(一般車は少ない……。ロングホイールベースのR33は、高速域のスタビリティが優れているんだよ!!)
新環状エリアは、美世とR33が一番得意とする高速コーナーエリアだ。
しかし、ミラーに反射する、青白いヘッドライトは、一定の間合いを保っている。
(……突かず離れず。こういうのが、一番不気味なんだよね……)
美世の背筋に、冷たい汗が流れ始めていた。
(……きっと、辰巳を過ぎてから、湾岸線で仕掛けてくる。湾岸でGT-Rと互角に勝負できる、唯一の70スープラ。
シャドウアイズは、そう呼ばれてたらしいし……)
そう勘ぐっていた。
「綺麗な走りね……」
霞が関のトンネルを抜けてから、無言だった緒方が舌を巻いた。
「一応、基本の走り方とラインは教えたが、その先はあいつが自力で応用したよ。
伊達に、レース経験はつんでねぇってこったな」
内藤の言葉を聞き、緒方は何を思うのか。冷たい瞳のまま、口元はニヤリと歪めたままだ。
(……シャドウアイズの由来。アイツはそれを知らねぇからな……)
内藤は、先行するR33の影を見つめる。
辰巳JCTから、湾岸線下りへなだれ込む。
右コーナーを3速でクリア。立ち上がって、4速フラットアウト。
(……ブースト1.2……水温97……油温122か)
横目でコンディションを確認。
再び前を見つめると、水銀灯が列を成す長く広いアスファルトが、美世の視界に広がる。
ここまでハイペースを保ってきたRB26は、水温油温とも上がっている。このまま踏み続ければ、オーバーヒートは免れられないが。
「……ごめんね。今日だけは、踏ん張って……」
祈る様に、美世は呟いた。
GT-Rが5速に入る頃に、スープラは6速にシフトアップ。
(……ここからが本番よ)
湾岸のストレート区間に入ると、緒方のスープラは本領を発揮する。
JZA80用ミッションの6速のギア比は、0.818。更に、デフケースごと80スープラRZ用に載せ替え、組み合わせるファイナルは3.266。
6速で7000rpmまで引っ張れば、300キロを僅かに超える。レブリミットの8200rpmまで吹けきると、320キロオーバー。
200マイルを視野に入れた最強の70スープラは、ここでGT-Rを追いたてる。
メーター読み、250キロ。
緒方はウインカースイッチに手を伸ばし、ヘッドライトを消した。
(……こりゃ、コイツ本気になってるな)
助手席の内藤は、真っ暗闇の中で顔を硬直させる。
緒方がヘッドライトを消した理由は二つ有る。
一つ目は、リトラクタブルヘッドライトを閉じて、僅かでも空気抵抗を減らす事。もう一つは、一般車に自分の存在を確認させない為だ。
夜の運転の際、後方から迫る車を確認するには、ミラーからヘッドライトの光だけで判別するしかない。一般車両が光を発見し、慌てて変な動きをされては、貰い事故に巻き込まれるかもしれない。
余計な動きをされない為の、ブラインド走法。
この瞬間、緒方はスープラと共に、真っ暗闇に吹き抜ける風になるのだ。
ミラーを見るのは一般車だけでは無い。
「……消えた!?」
スープラのヘッドライトを確認出来なくなったのは、美世も同じだ。
(……ライトを消してるのかな)
その真意までは解らないが、美世は後ろからスープラが迫っている事は解る。
(どこから仕掛けてくるの……?)
そう。見えないという事は、何処から抜きに来るのか、解らないのだ。
一瞬で影が抜き去って行く。
このブラインド走法から、緒方にはシャドウアイズと異名が付いたのだ。
5速でアクセルを踏み続ける。だが、ここまでのハイペースがたたり、水温107℃、油温129℃。
280キロを超えた辺りから、スピードの乗りは鈍くなり、ステアリングの接地感が無くなっていく。
(……少しヤバいかも)
美世が焦りを感じ始めるのは、RB26が熱ダレの兆候を見せるだけではない。
迫りくるプレッシャーを、背中に受けているからだ。
迫りくる、大型トラックのテールランプは、追い越し車線を走っている。
GT-Rは一番右車線から、真ん中へレーンチェンジ。追い抜くと同時に、風を切る音が聞こえた。
(……隣!?)
美世は、左サイドウインドウに、影がかかっているのを見た。
「悪いわね……ちょっと本気にならせてもらったわ」
得意げに呟いた緒方は、GT-Rの真横に並んで、ヘッドライトを点灯させた。
メーター読み290キロ。スープラはR33を、直線でぶち抜いた。
緒方はなおも、アクセルを緩めない。
300キロを超えても、加速を続けるモンスターマシン。
遠ざかって行くスープラの四角いテールランプが、美世の瞳に写る。290キロあたりで、GT-Rの加速は頭打ちになっていた。
(……水温116……油温139。ここまでだね……)
美世は、小さく溜息を吐いた。
そして、GT-Rはゆっくりと速度を落としていく。
「……お疲れ様、相棒」
労う様に、美世は相棒のハンドルを撫でていた。
大井パーキングエリアに美世が入った時、スープラはとっくに停車していた。
内藤は外に降りてタバコを吸い始め、緒方はスープラの側に立って待ち構えて居る。
空いているスープラの隣にGT-Rを停車させる。
「……お疲れ様です」
そう言いながら、美世は緒方に歩み寄った。
「ええ……良い走りを見せてもらったわ」
緒方は、笑みを浮かべながら美世をねぎらった。
「ありがとうございます」
緊迫感から解放されたのか、美世の表情はほころんだ。
「……霞ジャンプの攻略方法は驚かされたわ。
左足ブレーキを使うって発想が、普通は無いわ。大体の奴は、度胸一発で勝負する所だけど、あなたは違う……。
それに、一般車の抜き方もライン取りも、マージンを取っている。リスクを抑えるという事は、ストリートを走る上では鉄則。
信用出来ない奴とは一緒に走れない。下手に事故でもされたら、こっちが迷惑だもの。あなたの走りは、信用できるわ」
そう言って、緒方は太鼓判を押した。
「また、一緒に走って貰えますか?」
「勿論よ。是非ともお願いしたいわ」
緒方は、右手を差し出した。美世は両手で、しっかりと握り返した。
内藤は無関心を装いながらも、チラチラと二人を見る。
(……俺、空気だな)
溜息交じりで吐き出した紫煙は、風に煽られてふわりと消えて行った。
三日後。
346プロダクションの事務所は、やいのやいのの大騒ぎだった。
プロデューサーが作った企画書は、何人も回し読みしたせいで、既にシワクチャになっている。
「……あのフランスの一流ブランドが、日本に向けて新作をリリースする。そのモデルを346プロダクションで請け負ってほしいって話だからな。
こっちも、気合入れてやらないと……」
大仕事のオファーに、プロデューサーの鼻息は荒い。
「……緒方明子さんから、直々にオファーを頂いてるんです。
先日来ていただいた時は、私達も知らなかったんですけどね。あの人が、あのブランドのデザイナーだったなんて……。
私も詳しくは知りませんけど、志乃さんが緒方さんの古い知り合いらしくて……」
ちひろは、聞いた話をそのまま伝えた。
「へぇ~……。まぁ、うちとしては嬉しい限りだけど」
プロデューサーは、そう答えた。
「誰にこのオファーを頼むかな……。
モデル上がりのまゆか美嘉か……。いや、あいさんや真奈美さんの大人組も捨てがたいし……」
誰を抜擢するか。プロデューサーの心は揺れ動く。
「そういえば……緒方さんから、是非使いたいってご指名が、一人だけ来てるんです」
「……志乃さんとか?」
プロデューサーの予想はそうだった。
「いえ……美世ちゃんです」
ちひろはそう答えた。
その裏ではどういう出来事があったのかは、この二人が知る訳が無い。
その日の内藤自動車。
路肩に押し出された、紫のバリオス。拓海はキーを捻って、恐る恐るスターターボタンを押す。
セル一発で、4気筒エンジンが目を覚ました。高周波の様に甲高い、クォーターマルチのアイドリングが、復活していた。
「……おっしゃあ!!
あたしのバリオスちゃん、ついに復活だ!!」
興奮冷めやらぬ、拓海のテンションは、レッドゾーンを吹け切っている。
「キャブもオーバーホールしたし、CDIとプラグコードも新品に変えたからね。二万まで、きっちり回るよ」
得意げに美世は言った。
軽くアクセルを捻れば、タコメーターは軽やかに踊り、シャシーブラックで塗装された等長フルエキゾーストマフラーが、ソプラノの歌声を奏でる。
「この音だよ……。もう最高~……」
イケナイオクスリを使っているかの様に、拓海の表情はとろけている。完全にアイドルの顔では無いし、見せてはいけないレベルだ。
慣れた手付きでヘルメットを被り、拓海は颯爽とバリオスに跨った。
「んじゃ、ちょっくら試走に行って来るわ!!」
「えっ!? 何て言ったの!!」
大声を張り上げるが、既にアクセルを煽っている為、何を言ってるか美世には聞こえていない。
我慢しきれない拓海は、既に一速にギアを入れてクラッチを繋いでいる。
美世が振り向いた時には、甲高いエキゾーストだけを置き去りにして、バリオスは公道へ出撃していた。
「……まったく。拓海らしいや」
呆れ半分、微笑ましさ半分で、美世は笑っていた。
「さーて、残りのお仕事もがんばりますか!!」
そう言って、再びガレージの中へ戻るのだった。
R33の販売されていた時期と、谷田部最高速トライアルの全盛期は全くかぶっています。
当時の雑誌やビデオを知っている人は、R33に憧れた方も多いと思います。自分もその一人です。