首都高のシンデレラ   作:囃子とも

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七章 もてぎ決戦

 11月14日、土曜日。美世の21歳の誕生日は、生憎ながら仕事先で過ごす事になった。

 もっとも、サーキットで誕生日を迎えるのは、本人にとっては問題無い事なのだろうが。

 栃木県は芳賀群茂木町、ツインリンクもてぎ。

 日本で一番新しい国際サーキットであり、日本で唯一バンクを備えるオーバルコースを持つ。ただし、今日の舞台はロードコースだ。

 

 ツインリンクもてぎで開催される、スーパーGT最終戦。本日は予選日なのだが。

 午前十時の時点で、台風の接近に伴い、栃木県全域に大雨洪水暴風警報が発令された。

 これにより、前座のF4とポルシェカップの予選。更に、スーパーGTの練習走行は、悪天により中止となった。

 正午の時点で、少しは雨と風が落ち着いてきた。十四時から開始される予定の、スーパーGTの予選だが、コンディションは最悪。

 

 各参加チームは空を眺めて、難しい表情を作っていた。

「……凄い雨ですね」

 茜は、モーターホームの窓から外を眺め、ポツリと言った。

「……これだと、予選は出来ないかもしれないね」

 美世も、心配そうな表情を見せる。

 逆転チャンピオンのかかるチームKSも、ガレージ内でポルシェを待機させたまま。ぶっつけ本番でセッティングを決めて、予選を走らなければならない。

 菊地も岩崎も。チーム員全員が神妙な面持ちのまま。この大雨は、勝利の呼び水となるのか。それとも、結末は水に流れてしまうのか。

 

 15時。雨は降り止まない中、1時間遅れでGT300の15分間の予選Q1が開始された。

 ピットオープンと同時に、各チーム一斉にコースに出撃した。

 チームKSのQ1アタッカーは、菊地真一。タイヤは当然フルウェット。

 ベテランらしく、あえてスタートタイミングを遅めにし、他チームの様子をうかがう作戦だ。

(……こりゃ、すごい雨だな)

 ピットロードから、慎重にコースイン。アスファルトの上は、ほとんど水たまり状態だ。

 フロントウインドウに降りかかる雨粒を、ワイパーが拭っても焼け石に水。視界不良の中、1コーナーをクリア。

(……あーあ。いきなりやっちゃってるよ……)

 しかし、コースイン早々に、2コーナーで多重クラッシュが発生していた。三台のマシンが立ち往生している横を、ゆっくりと抜けていく。

 菊地は無線でピットに確認をとる。

「今、2コーナーでクラッシュしてたけど、黄旗出てる?」

『……いま、赤旗出ました。赤端です』

「……解った。ピットに戻る」

 開始早々に走行中断。出鼻をくじかれた。

 ゆっくりと一週してからピットに戻り、車両に乗ったまま待機。しかし、コースの整備に時間がかかり、そのまま予選時間は終了。

 オフィシャルからの指示は、500、300共に、予選は翌朝に延期と発表された。

 

 夕暮れ。ここに来て、空は小雨になるまで回復してきた。

 サーキットでは、午前に中止となった前座レースの予選が始まっていた。

 チームKSのガレージは、明日の予選と決勝に備え、マシンのセットアップに取りかかっていた。

 そんな中。

「こんにちわー」

 パドックパスを首からぶら下げて、プロデューサーが訪れてきた。しかも、何やら手土産らしきものも持っている。

「……プロデューサー!?」

 美世は、プロデューサーが突然訪問してきた事に、驚きを隠せない。普段は美世に任せているのだが、今日は違う様だ。

「えへへ~。

 実はですね、今日は美世さんの誕生日なので、プロデューサーも交えてお祝いしようって考えてたんです。

 えーっと……さ……さ……」

「サプライズな」

「そう!! それです!!」

 単語を思い出せない茜に、プロデューサーは正解を教えた。

「……何だか照れますね」

 そう言いながらも、美世の表情は嬉しそうだった。

「お、ようやくお出ましですな。おっし、全員一回手を止めろ」

 菊地も、プロデューサーが訪問した事に気が付き、作業を一旦中断させる。

「すいません、これは何処にセットしましょう?」

 

 プロデューサーは、手土産を差し出しながら、菊地に聞いた。

「折角だから、ボンネットの上に広げよう」

 菊地はそう指示を出した。

 プロデューサーが広げたのは、美世へのバースデーケーキだ。

 しかも、ポルシェのボンネットをテーブル代わりにしている。美世にとって、一番おあつらえ向きだ。

「では、改めて……美世。誕生日おめでとう!!」

「おめでとー!!」

 バースデイを、温かい拍手で迎えられ、美世は胸の奥がくすぐったくなった。

「ありがとうございます。忘れられない誕生日になりました」

 美世は、満面の笑顔を作っていた。

「原田さん。これ、大したものじゃないけど……」

 そう言って、岩崎は美世へ小包を手渡した。

「あ、ありがとうございます。開けても良いですか?」

「勿論」

 美世は、目を輝かせた。そして、小包を開けると。

(……大仏?)

 何故か、大仏のキーホルダーだ。

(大仏?)

(なんで、大仏?)

(大仏て……)

 ガレージ内は、微妙に凍り付いた。

「どう? お気に入りなんだ。そのキーホルダー」

 しかし、岩崎はニコニコとしている。

「あ……ありがとうございます。ステキです……」

 そう礼を述べるが、美世の声は少し上ずっていた。というか、チームクルー全員が、岩崎のセンスに戸惑うばかりだった。

 

 一夜明けて翌日。

 台風一過の言葉通り、ツインリンクもてぎの上空には、一欠けらの雲の見当たらない。

 ようやく太陽の光が差し込んできた、午前六時。早朝から各参加チームは、マシンのセットアップに大忙しだ。

 本来、9時から開始される予定だった30分のフリー走行は、両クラス共に予選のQ1に当てられる事になった。

 そして、Q1の順位で決勝グリッドが決まる。つまり、ぶっつけ本番のワンデイイベントとなる。

 条件はどのチームも同じ。だからこそ、気合が入る。

 それは、チャンピオン争いの渦中にいる、チームKSも例外では無い。

 

「おはようございます」

「おはよーございます!!」

 モーターホームに顔を見せた、美世と茜。二人共レースを走る訳では無いが、チームクルー同様に気合が漲る。

「おはよう。今日が最終戦だけど、よろしく頼むな」

 レーシングスーツ姿の菊地は、二人を見つめてそう言った。

「はい!!」

 勢いのある返事が、ガレージの壁に反響した。

 

 そして、9:00。

 GT300クラスの予選が開始された。各マシンが、我先にとコースイン。

 チームKSのGT3Rは、中団グループに混ざり、じっくりと腰を据える。登録の関係上、予選アタッカーは引き続き菊地真一。

 ホンダのワークスドライバーとしてGT500のNSXを駆っていたのも、もう10年以上前の話だ。四十路後半という年齢故に、体力は厳しい。

 しかし、長年積み上げた老獪なテクニックは、若手の壁として立ちはだかる。

(……ド新品のソフトだからな。じっくり皮むきしてから熱を入れないと、レースでタイヤがダメになる……)

 菊地は、とにかくタイヤが一番の懸念材料だった。

 通常の市販タイヤと違い、スリックタイヤの場合はトレッド面のゴムを柔らかくするために、ゴムに多くの油を混ぜてある。

 全くの新品タイヤの場合、表面にその油が浮いてしまい、滑りやすくなっている。

 表面を削って油を落とし、もっともグリップしやすい状態にする事を、タイヤの皮向きと言う。

 また、皮むきが不十分なタイヤで熱を入れてしまうと、表面の油が沸騰してしまいトレッド面が水膨れになってしまう。

 この現象をブリスターというが、これが発生した場合、最悪の場合トレッドが剥離してバーストしてしまう。

 スーパーGTの場合、予選で使用したタイヤでレースをスタートしなければならない為、新品で出走した場合は、ウォームアップに細心の注意を図る必要が有る。

 

 最初の3週は7割のペースで流し、タイヤとブレーキじっくり熱を入れる。そして、ダウンヒルストレート後の 直角コーナーを立ち上がってから、全開。

 複合の最終コーナーを抜けて、アタックラップに入る。

(ツインリンクもてぎの最大の特徴は、加速と減速を繰り返すストップ&ゴーのレイアウト。ポルシェの最大の武器は、コーナー立ち上がりのトラクションだ!!)

 古典的なRRレイアウトの最大の特色を生かして、菊地はもてぎロードコースを攻める。マージンをギリギリでコントロールし、GT3Rに鞭をくれる。

 しかし、アタックラップ中に立体交差後のS字コーナーで、ペースを落としているマシンに引っかかってしまう。

(……クソッ。少し、詰まっちまうな)

 S字二つ目で外側から追い抜くが、クリップを取る事が出来ず僅かにタイムロス。

 ヘアピンを立ち上がり、もてぎ名物のダウンヒルストレートを一気に駆け抜ける。

(……難所の90度コーナー)

 最高速から、下りながらブレーキングする90度コーナー。もでぎで、最も勝負所となるが、失敗すると飛び出してしまう。

 最終のビクトリーコーナーは、左、右と続く複合コーナー。リズミカルに駆け抜けて、ホームストレートに立ち上がる。

(……もう一週だな)

 このアタックは、クリアラップにならず。菊地はもう1週続けて、タイムアタックする。

 

 しかし、この後も他車に引っ掛かってしまい、タイムアップはならなかった。ここで、予選は終了。

「……何位だ?」

 菊地は、無線でピットに確認する。

『9位です』

「……そうか」

 結果を聞き、菊地の口調は少し落胆していた。優勝を狙うには、厳しいスタートポジションだ。

 

 ピットに戻り、ポルシェはガレージに押し戻される。

「お疲れ様です」

 チーフエンジニアは、菊地にタオルを渡しながらそう言った。

「……おう。二週とも他の車に引っ掛かったからな……」

 そう語る、菊地の表情は険しい。

「お疲れ様です

 そう言って、岩崎も菊地に歩み寄る。

「すまんな。思ったよりも、縮まなかったよ」

「仕方ないですよ。決勝は、当たって砕けるつもりでいきましょう」

 渋い表情の菊地に対して、岩崎はもはや吹っ切れている。

「……そうだな。もう、攻めていくしかない。皆、頼むぞ」

「はい!!」

 菊地の言葉に、チームクルーは大きな返事で答えた。

 チーム一丸となり、首の皮一枚で繋がるチャンピオンの栄冠をもぎ取りに行く。

 

 午後になり、全てのマシンがグリッド上に整列した。

 パドックパスをもった観客を、グリッドに招き入れる、グリッドウォークの時間だ。

 GT3Rの前に立つ、美世と茜。例によって、カメラ小僧たちが群れを作っていた。

「……すいません、もう一枚お願いします!!」

「こっちも、お願い!!」

 カメラのフラッシュを浴びながら、愛想笑いを作る。

(仕事だから仕方ないけど……好きじゃないんだよなぁ)

 美世は内心でぼやいていた。本音を言えば、カメラを蹴り壊したい位だ。

(もー……下からのアングルばっかりじゃん……)

 茜も、正直カメラ小僧は好きでは無い。特に、下半身を露骨に狙う撮影は、願い下げたいようだ。

 そんな二人のレースクイーンを余所に、菊地と岩崎は燃密な打ち合わせを続ける。

(……菊地さんと岩崎さんの会話が気になる)

 美世は、チームの作戦が気になって仕方ない。

(やっぱり……美世さんは、岩崎さんの事が……? 絶対そうだ……!!)

 茜は茜で、何かを勘違いしている様だ。

 

 そして、グリッドウォークもスケジュール通りに終了。

 国家斉唱と開会宣言の後、フォーメーションラップ十分前のアナウンスが流れる。

 ここで、ドライバー以外はピットに戻らなければいけない。

 逆転を狙うチームKSの、決勝のスタートドライバーは岩崎だ。

「岩崎さん。ファイトですよ!!」

 茜は、レーシングカーに負けないデカい声で、声援を送った。

「岩崎さん……頑張ってください!!」

 美世も、岩崎へ言葉を贈る。

 岩崎は言葉を出さなかったが、親指を立てて、それに答えた。

 

 エンジンスタートのアナウンスが流れると共に、各車のエンジンに火が入る。

 フォーメーションラップが始まると、サーキット中が緊張感に包まれてきた。全車がゆっくりとローリングラップを開始する。

(……スタートから勝負だな)

 タイヤに熱を入れる為、岩崎は執拗に車を左右にウェービングする。

 もはや、背水の陣。初っ端から攻めるしかないと、決めていた。

 全車隊列を整え、ペースカーはピットロードへ。まずは、GT500クラスから、レーススタート。

 少し間合いを開けて、GT300クラスがスタートする。

 

(……行け!!)

 絶妙なタイミングでアクセルを入れ、ポルシェを加速させる。スタートのタイミングが遅れた、7番手スタートのBMWZ4のイン側に車体を寄せて、1コーナーでインを刺す。

 更に、8番手スタートのスバルBRZも、大外から仕掛ける。一週目の1コーナーで、いきなりの三台並び。

 小さく回り込んで、立ち上がりのトラクションを生かして前に出る。一気に2台を抜いて、ポジションを7番手にアップ。

(……上手く行ったな。このまま行くぜ!!)

 逆転を狙う岩崎の闘志に、火が付いた。

 しかし、真後ろに喰らい付いたBMWとBRZは、コーナーが速い。インフィールド区間ではGT3Rの分が悪いが、岩崎は巧みにラインを塞ぎ並ばせない。

 三台はテールトゥノーズのまま、ヘアピンに差し掛かる。

(後ろも来てるが……前のSLSをどう仕留めるかな)

 6番手スタートのメルセデスベンツSLSは、タイヤがまだ温まって無いのか、ペースが悪い。ヘアピンのブレーキングで、一気に差を詰める。

 しかし、立ち上がりからの加速競争はSLSが速い。ダウンヒルストレートでは、逃げられる。

(……流石直線番長だな)

 SLSは、イン側のラインを閉める。岩崎も、ブロックラインを通って、後方を牽制する。

 ブレーキング争いはせず、各車等間隔で90度コーナー、最終のビクトリーコーナーをクリア。

 2週目に突入する。

 ホームストレートで少し差が開いたが、1コーナーのブレーキングで再び差が縮まる。

 4台が数珠つなぎのまま、各コーナーを駆け抜けていく。更に、ストレートでは互いに牽制を入れながら、相手の出方を見る。

(性能の差は無いからな……。GT500が絡んでからが、勝負だな……)

 車種は違えど、性能の差は僅か。

 それぞれの特性を生かしたとしても、そう簡単には抜けない。無理に抜きに行けば、かえって自滅する可能性もある。

 岩崎は、前と後ろに気を回しながら、GT3Rを全開で走らせる。

 

 そして、5週目。

 2コーナーを立ち上がった時。

「……ッ!?」

 GT3Rのエンジンに、息つきの症状が現れた。僅かに加速が鈍った瞬間に、BMWが並びかけてきた。

(……何だ!? 加速が鈍い!!)

 シフトアップしても、回転は全く上がらない。

 そして、3コーナーの飛び込みでは、アウト側からBMWが前に出ていた。イン側のラインをトレースしても、明らかに速度が遅く、BRZに立ち上がりでパスされる。

 

 立体交差手前。アクセルを踏み込んでも、マシンは加速しない。更に、車内には白煙が入り込んできた。

「……ヤバい!! エンジンがおかしい!!」

 岩崎は慌てて、無線でピットに連絡をする。

『……どうおかしい?』

「……全然、加速しない!! 車の中に煙も入って来た!!」

『ピットまで戻れる?』

「……何とか、帰ってみる!!」

 S字をクリアする頃には、ポルシェのエンジンは全く吹け上がらない。スロー走行を強いられ、順位は後退していく。

(……頼む。何とか、ピットまで持ってくれ!!)

 祈る思いでダウンヒルストレートを通過。やっとの思いでピットに滑り込んだ時には、最後尾まで順位を下げていた。

 

 メカニックがGT3Rのエンジンフードを開く。

 エンジンからは、煙が吹き上がり、オイルの焼ける匂いが充満していた。

「オイル持ってこい!! ウエスもだ!!」

 怒鳴り声で、メカニックが指示を飛ばす。しかし、応急処置を施しても、煙は止まらない。

 GT3Rのエンジンは、完全に根を上げていた。

「どうだ!?」

 菊地は、エンジニアに聞く。

「ダメです……。エンジンが完全にイッてます……」

 エンジニアは、沈痛な声で答えた。もはや、修復の出来るトラブルではなかった。

「……そうか」

 菊地は、天を仰いだ。

 チーフエンジニアが運転席の横に並び、腕を交差させてバッテンのマークを作る。

 その動作を確認した岩崎は、シートベルトを緩める。

(……ちくしょう。ここでかよ……)

 マシンを降りて、ヘルメットを脱ぐ。

 その表情には、割り切れない悔しさが滲み出ていた。

 

 

スーパーGT最終戦 リザルト

 

エントラント:チームKS

マシン:KSポルシェGT3R

予選:9位

決勝:R(-45Lap)

 

 

 表彰台の壇上に登る、シリーズチャンピオン。沢山のフラッシュを浴びて、高々とトロフィーを抱え上げる。

 勝利の女神がほほ笑んだレーサーは、最高の笑顔を見せていた。

 

 早々とレースを終えたチームKSは、既に撤収準備も終わっていた。

 そして、今シーズン最後のミーティングを始める。

「皆、最終戦は残念ながら結果は残らなかったけれど、シリーズチャンピオン争いに加わる事も出来た。チームを 結成してから、一番いい成績を残す事も出来た。

 一年間、本当にご苦労様。来年こそ、チャンピオンを取りに行けるように、頑張ろう」

 そう述べて、菊地は深々と頭を下げた。

 ガレージ内に、温かい拍手が沸き起こった。

「……岩崎。お前も何か言え」

「え!? 俺も言うんですか?」

 突然、話を振られて、岩崎は若干戸惑う。

「え~……っと。

 何を言えば良いか解らないですけど……。ま、来年もぜひ菊さんと一緒に戦えれば、面白いかなって思ってます。

 一年間、支えてくれてありがとうございました」

 岩崎は、ペコリと頭を下げた。

 チームKSの一年間の戦いは、ここで幕を閉じた。

 

 仕事の衣装から私服に着替えた美世と茜は、モーターホームに顔を出した。

 結果はともかく、今年最後の仕事をやり遂げた満足感を感じながら、オーナーでもある菊地と挨拶を交わした。

「監督、一年間お世話になりました!!」

「一年間、ありがとうございました。今年も、いい勉強させていただきました」

 二人は、揃って頭を垂れる。

 そして菊地は、チームの監督として、キャンペーンガールの二人へ労いの言葉をかける。

「原田さん、日野さん。二人とも、一年間ご苦労様。

 君達二人もチームの一員として、レースを大いに盛り上げてくれた。感謝してるよ」

 菊地に言われ、一年間の苦労が報われた気分だった。

「あたしは、美世さんに色々教わりながらでしたから。失敗もしたけど、このチームでお仕事出来て、楽しかったです」

 謙虚な姿勢を見せる茜。美世は、微笑ましいのか、笑みを作っていた。

「あたしは去年からご一緒させて頂いてますけど、今年も良い経験が出来ました。

 それに、あたし自身モータースポーツが好きなので、チームKSでお仕事出来た事がとても嬉しいです。

 まだ、来年の契約は解らないですけど、一緒に仕事が出来たら嬉しいですね」

 そう言った美世は、すっきりとした表情だった。

「ま、来季の契約に関しては、346さんとの兼ね合いもあるしな。うちのチームは、引き続き346さんにお願いするつもりだ。

 細かくは、事務所の方から追って連絡が行くと思う」

 そう言われ、二人はホッとした表情を見せた。

「そういう訳だ。今日は帰ってゆっくり休んでくれ」

「はい!! ありがとうございました!!」

 二人は、揃って菊地に頭を下げた。

 

「そうだ……。監督に一つ聞きたい事があったんだけど、良いですか?」

「構わないよ」

 美世は思い出した様に、菊地にある事を聞いた。

「個人的な事なんですけど……。

 ファクトリーFUJIってレーシングガレージの事を、お聞きしたいんですけど……」

「おー、あいつの所か。

 知ってるも何も、あそこの代表の藤巻って野郎は古い仲間だよ。俺がまだ新人で、富士チャンピオンシリーズに出てた頃は、駆け出しのレース屋だったな」

「そうなんですか?」

 意外な所から、情報を引っ張り出せた。美世の顔付きは、自然と引き締まる。

「でも、何であいつの店の事を聞いたんだ?」

 菊地に聞かれ、美世は少し間を置いて答えた。

「……単なる興味本位ですよ」

 興味本位と言うには、美世の目はかなり鋭くなっていた。

「……そうか。ま、あれだったら、原田さんに藤巻に教えておくよ」

「……ありがとうございます」

 菊地は、美世の顔付きが変わった事が、とにかく気になった。

(……美世さん?)

 茜は、美世が滅多に見せる事の無い厳しい表情に、一抹の不安を覚えた。

 

 サーキットから撤収した菊地は、愛車のFD2シビックタイプRで帰路に付いていた。ハンドルを握りながら、ハンズフリーを使ってある人物と携帯電話で会話していた。

「……原田さんは、藤巻の所に行くつもりだろうな。

 …………ああ。そういうつもりだろう。多分、お前さんの元に辿り着くな。

 ……そうか。

 口うるさく言うつもりは無いが、程々にしとけよ……」

 そう伝えて、携帯電話を切った。

 

 




リアルタイムで明日は、2015年のGT最終戦です。
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