元姫は異世界で娼婦をしています 作:花見月
私の職業は娼婦だ。
しかも、只の娼婦じゃない。
一晩買うのに金貨が何枚も必要な高級娼婦というやつだ。
本当は、何十枚どころか何百枚も必要な最高級になってもいいくらいの人気を誇るのだけれど、なにせ客は庶民が多いし、そのレベルになるなら貴族や金持ちを相手するために王都か隣の帝国の由緒正しい大娼館でも行かなければ無理だ。
それに、まだ数年しかいないこの街から、それだけのために離れることはあまり考えていない。
この街……エ・ランテルは、リ・エスティーゼ王国とバハルス帝国、スレイン法国との境界に位置する三重の城壁に囲まれた城塞都市だ。
城塞都市というだけあって、常駐する兵士だけでもかなりの数になる。
その上、都市だから一般の市民もいるんだけど、冒険者という存在もここにはとても多い。
つまり、血気盛んな奴が多いから、それだけ需要もあって稼げるってことだ。
「うん、最高だった。また来るぜ」
「あは……絶対ですよぉ? 待ってますから」
服を着ながらそう言った上機嫌な客に、私はベッドの上で裸にシーツを巻きつけたまま、甘く艶然と微笑んで、部屋から見送った。
「……はー、つっかれたー。全身ベットベト……お風呂はいろ」
あいつ、早いくせにしつっこいんだよねえ。まあ、回数できるのは認めるけど、持久力たらなさすぎ。もっと時間持つようにしろよ……なんて、考えながら。
一晩買われて、快楽に苛まされ――いや、どちらかというと苛ました……かな――私はあくびを噛み殺しながら、隣室に特別に作って貰った風呂に向かおうとすると、私付きのメイドのシャーレが小走りで客が帰った扉から入ってきた。
「お疲れ様です、アメリール姐さん! 先程のお客様ですけど、女将さんに身請けしたいって話してましたよ!」
「あー、また……? まあ、断るからいいけど」
「えー……。いつも身請け話は断っちゃってますよね。さっきのミスリル級のイグヴァルジ様でしょ? 将来性だってあって、それなりにいい話なのになんで断るんですか?」
シャーレは、この辺では珍しくない金髪を肩で切りそろえた、青い瞳の可愛らしい十六歳の娘だ。
彼女は、この店に買われて娼婦になる予定だった。だけど、私が自分で部屋を掃除したり整えたりするのが面倒だったから、自分付きのメイドにするために店から買い受けた。
もちろん、買い受けたとはいっても彼女にはお給料も出してるし、そのお給料を貯めて買い受けた金額分稼いだら自由にする約束もしている。
けど、本人は娼婦にならなくてすんだと私に大変感謝しているようで……時々見当違いの忠誠心を見せて鬱陶しい。
「……好きでやってる仕事だから、色々あるの。それより、シーツの片付けと着替えの用意、それから部屋の清掃お願いね。私はお風呂入ってくるわ」
昨夜からのイロんな体液で汚れ、乱れたベッドのシーツを指差して、そう指示すると今度こそ風呂場にはいる。
「うっえ、ドッロドロ……あははー、洗濯今日も大変だなあ……」
扉越しに聞こえてくるシャーレのいつものセリフは、もはやBGMだ。
私はアイテムボックスから、無限の水差しを取り出すと特別製のバスタブに水を張り、魔法でお湯へと変える。
私はこの娼館のナンバー1の売れっ子で、割と自由にさせて貰っている。
部屋が風呂付きなのも、特別扱いのため。
元々、風呂の習慣なんてここの人にはないから、説明してバスタブ作ってもらうのも苦労したけど。
大体、私は別に売られたわけじゃない。
必要にかられて、私が自分の意志で娼婦という仕事をしているだけである。
だから借金があるわけではないので、身請け話されても応じない。
しかも、私は普通の人じゃないし?
うん。実は、私は人間じゃありません。
悪魔……それも
まあ、そもそも、元は人間だったんだけどね。
ちょっと身の上話を聞いてもらえないだろうか。
……って、脳内で語った所で誰も聞いちゃいないけどさ。
「ほんと、どうしてこうなったかな……」
肩までお湯に浸かりながら、私は思わず呟いた。
そもそもの始まりは、ユグドラシルというDMMORPGだ。
黒ネカマ、飴姫、ビッチ飴。
これら全ては、一時期某大型掲示板の「ユグドラシル晒しスレ」にてこの私を呼ぶ二つ名だった。
外装クリエイトツールで数日かけて作成した、姫カットの長い黒髪、濡れたように潤んだ大きな深い紫の瞳に整った小顔と白い肌。華奢な体躯だが巨乳……と、色々と自分の理想を詰め込んだこだわりのキャラだった。
結局、途中で堕落の種子を使用して異形種となったので、その姿に山羊のような角と背中にコウモリのような翼がついた姿がゲーム内の姿で、そのどちらもない今の姿はシェイプチェンジしているにすぎないけど。
私は、ロールプレイが好きだ。
だから、このアメリールをやる時には気合を入れたロールプレイをしていた。
お淑やかだけど、やや気が強く身内に甘いツンデレ。それが、このキャラに設定した性格だった。
そして、私の声はとある有名声優にそっくりなのだという。
その声優は、甘い可愛らしいロリ声で、下積み時代はエロゲーによく出ていたらしい。
だから、私の声を聞いた人でその声優を知っている人は、まずそれを聞いてきた。
ボイスチェンジャーではないナマの可愛らしい声で、なおかつロリ巨乳という外装。
そして、演じている性格のせいか、私は当時所属するギルドに取り巻きっぽいのができていた。
ぶっちゃければ、装備やアイテムにガチャ品、果てはワールドアイテムまで。欲しいっていうものは大体貢がれてたし、レベリングもカンストまで粛々と姫プレイ。
一応、前衛もできる中途半端な魔法詠唱者なんだけど、ほとんど前線に立ったことなんて無かった。
当時は我が世の春だった。
ただ、空気が微妙になったのは、そんなギルドでオフ会があった後だ。
自分はその日は仕事があるから行けなかったのだけど、どうもリアルに非常に美人な娘がいたようで、その娘に取り巻きを全部持って行かれたのだ。
仕事にかまけず、有給休暇とってでも参加すればよかったと思ったけど後悔先に立たず。
……姫と姫の争いは、酷い。同じギルドに姫2人はいらないってことなんだろう。
女同士の友情なんてものは、あっけなく壊れる。
それまでは、ゲーム内でもとても仲良くしていた娘だったのに、ギルドを自分のテリトリーにするためにか、最終的には私はやってもいない罪を着せられ、追い出された。
しかも、いつの間にかその罪状やキャラクターのスクリーンショットなどが晒されていて、掲示板は妙な祭りになった。その時に上のような不本意な二つ名がついた……。
おそらくだけど、自分は彼女に晒されたんだろうなと思っている。
もちろん、一度は人間不信になりかけて、そのままユグドラシル自体引退したよ?
でもね、貢がれてたことは事実だったし、ビッチとか言われても実際は誰とも会ってないし、エロ規制の激しいユグドラシルだから他ゲーみたいなチャHもなかったし、リアルでも経験無いし……
まあ……規制激しい割には、種族に淫魔[サキュバス・インキュバス]があったのには笑うしかないところだけど。
だから、晒された所でそこまで落ち込む程でもないなと、アメリールは黒歴史だったと気をとり直して、別ゲーやってた。
それからしばらくたってから、たまたま見ていたゲーム情報サイトで、ユグドラシルがサービス終了すると知って、懐かしさに最終日にログインして……投げ売りしてる色んなアイテムとか買い漁って。
そのままGMによるカウントダウン花火を空を飛びながら見てたら……
気が付いたら、この世界に飛ばされてた。
いやー、びっくりしたよー。
突然星空が広がって、地上には草原が広がってた。
風が吹いて、草原がサヤサヤと鳴ってね。
草の香りっていうのかな?
電脳法じゃ禁止されてるはずの"嗅覚"を刺激した植物の柔らかな香りがして。
アーコロジーにある植物園の植物はガラス越しで、実際には触れることもできないし、香りだって人工的なものしか知らないからね。
もしかして。
昔流行った小説みたいに、異世界に転移したー?
なんて、思わず、全力で空の散歩を楽しんで……。
自分が別人になったってことも、その時は気が付かなかった。
……それが、今から約100年位前の話。
心まで元の私じゃなくなったんだなって気がついたのは、その直後に人間の姿になってとある街まで来て。
お金を稼ぐにはどうしようかなって思った時に、真っ先に娼婦になるって考えついた時かな。
普通はそんなこと思いも考えもしないはずなのにね?
複数の相手と関係をもつとか、本来の自分なら感じるはずの忌避感が全く無くて、倫理観とかそういうのも無くなっちゃったみたいでね。
どうせ病気や毒は無効だし、サキュバスだから吸収しちゃえば妊娠はしないし。
気持よくなれて自分に必要な精気も吸収できて、相手も喜ぶしお金も稼げるまさにwinwin。
で、そのまま、その街の娼館を探して娼婦になっちゃったんだよね。
処女だったのに! 何故か知ってる性技知識とか! いろいろ駆使しまして。
あ、もちろん美少女の初物ということで、ぽっと出の娼婦としてはかなりお高く買ってもらえましたけど。
それからは、大体数年から十数年を目処にあちこちの街の娼館を渡り歩いている。
一処にとどまると、見た目が変わらないってバレてしまうから。
風呂から上がれば、部屋は綺麗に掃除されてベッドメイキングも完璧になっていた。
さすが、シャーレ。文句言いつつもきっちり仕事をこなす君が大好きだ。
ベッドの上には、柔らかなバスタオル代わりの大きな布と、ちょっと街娘が着るには仕立てが良すぎる若草色のドレスと下着一式。
タオル代わりの布で身体や髪の水分を軽く取り、生活魔法で髪を乾かすと、中庭に望む窓を全開して下を覗き込む。
中庭の井戸でシーツを洗っているシャーレが見える。
他の下働き達の姿が見えない所を見ると、私の客が最後の客だったようだ。
「ねえ、シャーレ! 私の今日のスケジュールはどうなってるー?」
「……ちょ、アメリール姐さん! なんで全裸で窓全開してるんですかっ!? 見えたら勿体無いですよ!」
「いいからいいから。で、どうなってるの?」
「いいからじゃないですよ……言われたとおり、今日は夕方まで予約は入れてません。そんなことより、服着てください服を!!」
「はいはーい」
生返事をシャーレに返して、私は着替えを手にとった。
うん、これで街に買い物に行ける。夕方までに戻れば問題はない。
久しぶりの休みに私はウキウキとしていた。