元姫は異世界で娼婦をしています   作:花見月

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第10話

 あの一方的な面識による驚愕の挨拶の後、私はアルカイックスマイルを浮かべて"アメリール"ではなく"アメリー"であると通した。

 

 実際、私がこの街で名乗っている名前はあくまでも『アメリー』であり『アメリール』ではない。

 いわゆる源氏名という仮名である。

 アメリールという名前を知っているのは、シャーレだけだ。それも、本当なら教えるつもりがなかったのに、ちょっとしたアクシデントで教えた程度のこと。あの娘はわきまえているから、他に人がいる時は『アメリー』姐さんとしか呼ばないので助かっている。

 だから、雇用主である女将さんや、ブレインにすら正しい名前を伝えていない。客に対しては言わずもがな。

 それに『アメリー』と言う名前は高級娼婦が名乗る名前としては珍しくなかったりする。

 今は無い国の王族にすら恋われた、傾国の娼婦の名前だから。

 

 うん、元を正せばそれも私なんだけどさ……。

 流石に写真や映像を残すほどまでは発展していないから、手がかりとして残っているのは絵姿のみ。

 一般人の平均寿命が五十いかない世界だし、国と街を転々としていたおかげで、決定的な事件はなかったわけで。

 

 まあ、今回はモモンには完全に晒し姫、アメリールであるとバレているし、あの挨拶の場にいた他の連中にも面識がある知り合いだと思われていることは間違いない。

 なにせ、ラケシルだけでなく都市長のパナソレイからも関係性についての質問が来たにもかかわらず、全て曖昧にしたまま、気分が悪いので一人にして欲しいとバルコニー(ここ)にいるせいだ。

 私のそんな普通でない態度に、ラケシルが心配そうにチラチラとこちらを見ているのは気がついているけど、あえて無視である。

 

 私はワイングラスを傾け、オープンバルコニーから室内のざわめきを眺めた。

 窓は開け放たれているので、会場内から誰でもバルコニーへは出て来られるのだけど、こちらに来る者はいない。一部の男性は、ラケシルのようにこちらを見てはいるけれど、声をかけてくる様子もない。それは、今は女よりも、パナソレイの隣りに立つ漆黒の英雄と是非とも『お知り合い』になりたいからだろう。

 

 でも、そんな注目の的の彼は、全身で『仕事中』と言い張ってる。

 本来、護衛でも夜会ならばそれ相応のドレスコードを守るものだ。にも関わらず、威圧感のあるそのアダマンタイトの鎧を脱いでいないのは、完全に護衛に徹すると周囲に知らせるためだろう。

 ああ、流石に普段は背負っているあの大剣だけは外しているみたいだけど、そんなことは割と些細な事。彼は徒手空拳でもそれなりにやれるんでしょうね。

 

 正直に彼を歓迎する宴だといえば、噂に聞く漆黒の英雄の謙虚な人柄では丁重に参加をお断りされるだろうから、護衛ということで雇ったのだと思うけど、威圧感満載の今の状況は当初の目論見は崩れている気もしないでもない。

 彼に声をかけようとする女性は多いけれど、鎧姿の威圧感で普通の女性が撃沈し、残るのは上昇志向の高い女か自分の美貌に絶対の自信がある女、もしくはそのどちらも持った高級娼婦。そんな彼女達の誘いすら、にべもなく断っているようだ。

 

 こういう状況だと、ますます最初のあの対面はまずかったかな。

 元々は彼を籠絡できる娼婦を探していたわけだし、私は一番可能性が高い相手だと目されていたわけで。

 籠絡はともかくとして、完全に興味は持たれたわけだし。

 ラケシルがそれ狙って、私を連れてきたのであれば有罪だけど、純粋に私をパートナーとして連れて来たかったのであれば情状酌量ってところか。

 とはいえ、モモンがいるってことを知らないってことは完全にないわね。

 

「どうしたものかしら」

 

 最近、この言葉も口癖になっている気がする。

 どうしたものかしら、本当に。

 

 モモンの反応を見る限り、晒しスレの書き込みは把握しているのだろう。

 確かに、一部は実際にあったこともあるのかもしれないけど、私怨による誇張や嘘がかなり混じっている。特に私の場合は、面白半分からか有る事無い事……というか、無いことだらけが書き込まれていたし。

 スレの内容が全て正しいとは限らない。自分がその対象になるまで、晒しスレの内容はほぼ正しいものだと思っていた当時の自分が馬鹿らしい。

 

 結局は交流を持つまではどんな相手かわからないものなのに。

 

 そうなんだよ、交流しなくちゃわからない。

 だから、ちゃんとモモン達とも交流したほうが良いとは思う……でも、悪い方の意味で過去の私のようにそのまま取るタイプなら?

 

 断罪と称して殺される可能性だって無いとは限らないわけで。

 

 返り討ちにすればいいって?

 確かにモモンの装備は、恐らく聖遺物級程度のものだろう。だけど、今の装備が彼の完全装備だと言い切れない。

 私だって、自分の最強装備は普段は身につけてなんていないし、それに彼には相方の魔法詠唱者の美姫ナーベがいる。

 あの吸血鬼を倒した跡地の威力を見る限り、カンストレベルと推測できる。

 魔法詠唱者プラス前衛(モモン)とか……ロールプレイ風味の微妙職構成の私にどうしろと?

 対人戦なんて、取り巻きに任せて逃げることばかりうまくなってた姫ですよ、私?

 ネタ職構成ならともかく(それでも一部はガチ職だろうし、勝ち目は0に限りなく近いとは思うが)、ガチ職構成だったら勝てるわけがない。

 

 モモンが私の正体を周囲にバラしたら、この街での私は終わりだ。

 でも、私が人間ではないと騒がない所を見る限り、一応は同じプレイヤーとして気遣ってくれているんだと思いたいけれど……。

 

「ああ、もう……なんか思考が堂々めぐりしてる。何悩んでるんだよ、私」

 

 まとまらない考えに苛々しながら、落ち着くためにグラスをあおって空にする。

 どうせ、ラケシルやアインザック、もしくは都市長から私の所属は漏れているはず。引きこもりは無理だ。

 これだから、顔を合わせたくなかったんだ。

 

 結局のところ、彼等の存在は私にとって不利益でしか無い。

 自分が把握している限り、彼等のスタンスは人間の味方。何より、プレイヤーらしき異形種(吸血鬼)を既に一人殺してる。

 人間に溶け込んでいる自分のような異形種は、討伐対象だろう。

 

 

 ――――三十六計逃げるにしかず

 

 どうにもならなくて策が尽きた時は逃げて再起しろって意味の兵法の言葉らしい。

 まさに今の私の状況そのものである。

 

 うん、逃げよう。追求されてからじゃ遅い。

 女将さんや予約客には悪いけど、自分の命がかかってるんだから知ったことじゃない。

 距離と時間があれば追跡は難しいし、たぶん国を越えれば追いかけるのは難しいはず。

 

 私は、そっと《伝言(メッセージ)》を使う。

 

「あー、えーと。ブレイン、聞こえるかしら? すぐに旅立つ用意して」

 

 送り先はブレイン・アングラウス。

 一応、小声で話しているけど、声を発しているので周囲に注意をする。

 ゲームの時は、個別チャットだったから他人に聞かれなくて楽だったのになあ。

 

『は? 何だよ、この声……どこから……って、もしかしてアメリーか?』

 

 突然脳内に響いた声のせいでブレインは面食らったらしい。

 

「伝言って言う魔法よ。ちょっと諸事情で、今夜この街を出ることにしたから」

『おいおい、随分急だな。まだしばらく、この街にいるんじゃなかったのか』

「そのつもりだったんだけどね。ちょっと面倒なことになったから……まさか行かないとか言わないわよね?」

『はあ? それこそふざけんな! 約束はどうしたんだよ?! すぐ用意する』

「外周部の城門前に集合で。また後で詳しい場所とか連絡するから」

 

 そこまで伝えて、伝言を切る。

 そして、私はそのままラケシルの元へと室内へ向けて歩みを進めた。

 

 

 

 

 

 

 

 体調不良を訴え、夜会を後にした帰り道の馬車の中は、重い無言の空間に包まれていた。

 別に一人で帰ってしまっても良かったのに……むしろ、そのつもりでラケシルに断りに行ったんだけど、来た時と同じように彼の用意した馬車で帰ることになったからだ。

 まだ宴も始まったばかりだったし、固辞したのだけど、彼がどうしてもって譲らなかったのである。

 

 そんな同乗しているラケシルは、向かい正面の席に座る私を見つめて、何か言いたそうに口を開くものの、苦しそうに顔を歪め言葉にできないでいる。

 私は、そんな姿を横目にしながらも無言で窓の外を眺めて、それに気が付かないふりをする。

 

 普段ならば、彼の隣に座ってイチャイチャしつつ、何かしら会話をしているものなのだが、今回ばかりはそんな気にもなれず、あえて向かい側の席に座ったのだ。

 

「……アメリー。一つ聞きたいことがある」

 

 このまま無言で別れることになるのかと思い始めた頃、やっとラケシルが声をかけてきた。

 

「君が身請けを受けなかった理由は、彼か?」

「え?」

「モモンは君のことを知っていた。そして、今日の君の態度は……普段の君とは全く違う」

 

 意図がわからず返答に困り、ポカンと見つめる私を気にするでもなく、彼は話し続ける。 

 

「彼は君のことを姫と呼んでいた。君は、どこかの国の王族だったんじゃないか」

「は?」

「確かにおかしいと思っていたんだ。この辺りでは珍しい黒髪に象牙色の肌の南方系の姿、礼儀作法や所作はあまりにも完璧だし、魔法詠唱者としての知識と能力も……」

「ま、待ってラケシル……?!」

 

 どういう根拠でそんな考えが?

 彼の言葉を止めようと途中で声をかけたけど、雰囲気に酔っているのか残念なことに止まる様子がない。

 

「そう考えたら、納得行ったんだよ。君は王族の姫で、彼は君の婚約者、もしくは愛する人だったんじゃないかとね」

 

 だから、どうしてそうなった!? 何か発想が飛躍してない?

 呆気に取られる私を他所に、ラケシルの語りはヒートアップしていく。

 

「だから、娼婦に身を堕としても心は売らないと、身請けは受けないと決めていたんだろう?」

 

 悟りきった笑みを浮かべるラケシルに、なんと言えば良いのか思考を巡らせる。

 

「いいえ、と言っても信じてもらえないのかしら?」

 

 実際、愛していた人間は居ましたが彼じゃないし?

 と内心の副音声が囁く。

 

「何故、そんなに隠そうとするんだ? ……彼の、あの漆黒の鎧を直した際に、君だけは夜の街を一人で帰ったと聞いている。あの鎧を知るからこそ、眼にしたくなくて帰ったんだろう?」

 

 あれぇ? なんでこんなに勘違いされてるんだろう……なんかもう疲れてきたんですが本当に。

 無駄にげんなりとして疲れる会話を終わらせたくて窓の外を見れば、娼館のすぐ近くで馬が速度を落としているのがわかった。

 

「誰かに操なんて立てるわけ無いでしょう。私は時間で心と身体を売る女よ? 貴方と寝台にいる時は貴方のことを愛してる。だから、そういう理由で断っていたわけではないのよ……私は私だけのものよ」

 

 その言葉とともに、馬車が止まる。

 

「送ってくれてありがとう。花代は後で返金するわ」

 

 体調不良で付き合えなかったのだから、当然のコトだ。

 

「……これで、さようならね」

 

 それに、私は今日いなくなるつもりだし、もう彼と会うこともない。だから、挨拶は『またね』ではなく、『さようなら』なのだ。

 

「アメリー、それはどういう……」

 

 ラケシルが怪訝そうに私に声をかけてくるけれど、背を向けたまま軽く手を振り、私は娼館へ帰る。

 もしかしたら、私がここを辞めることを彼は知らないのかもしれない。

 まあ、ラケシルくらいになると予約に横入りできるレベルの上客だし……一応、女将さんには後のことはお願いしてあるけれど、本来辞めるのは随分先の事だったから。

 

 

 

 

 

 部屋に戻り、シャーレを呼ぶ。

 脱いだドレスを片付けてもらうためと今後の話をするためだ。

 

「今日は随分早かったんですねー。泊まってくるんじゃなかったんです??」

 

 私が脱ぎ散らかしたドレスをまとめて抱え上げながら、不思議そうにシャーレは私を見た。

 

「んー、ちょっとねー」

 

 そう返事しながら、私は下着姿のままレターセットを取り出し、鏡台の前にそれを広げた。

 

「あー、もう! 姐さん、手紙書くなら、せめてなにか着て下さい! 裸じゃないだけマシですけど……同性でも眼のやり場に困るんですよ!?」

「別に減るもんじゃないから、見たければどうぞ? それとも、裸のほうがいいのかしら」

「そうじゃなくてっ! うわーん、もうこの痴女イヤだ。早く何とかしないと……」

 

 疲れたように呟きながらシャーレが衣裳部屋へと向かうのを眺めて苦笑する。

 シャーレのこんな姿見るのも今日で最後かと思うと、寂しい物があるが仕方ない。

 

 手紙は二通。

 一つは女将さん宛で、予約者達を無視して突然居なくなることへの詫びと、その補償代わりに衣裳部屋のドレスや宝飾品達の処分のお願い、そしてシャーレの今後のことなどを書いていく。

 恐らく宝飾品を売るだけでも、元を取るどころか一財産になる金額だろうし。

 

 もうひとつは……宛名は書いたものの何を書くべきか悩んだ挙句、そのままアイテムボックスへと放り込んだ。

 

「ほら、姐さん。これ着て下さい!」

 

 その直後に、衣裳部屋から戻ったシャーレに、ジュリエットドレスタイプの黒のロングナイティーを投げつけるように渡された。

 アイテムボックスを操作していたのは見られては居なかったらしい。

 

「あら、珍しく大人しいデザインの持ってきたのね」

「体調でも悪くて帰ってきたんでしょう? だから、今日はもう寝るだけだと思って」

 

 心配してるんですよと、困った顔でシャーレは私を見る。

 本当にいい娘である。ちょっとお金にガメついが、それはそれとしてこの娘の個性なんだと思う。

 だからこそ言わなくてはならないだろう。

 

「ねえ、シャーレ。貴女には言ってなかったけど、私この館を辞めるの」

 

 シャーレは私を見つめたまま、眼を瞬かせた。

 

「やっと、言ってくれましたね。私、知ってますよ?」

「え? なんで、知って……」

 

 あれ? 私言った覚えないし、女将さんには口止めしていたはず。

 

「ブレインと一緒に、旅に出るんでしょう? そう、聞いてます」

「あいつ、いつの間にシャーレに話したのよ?!」

「あ、あの人が悪いわけじゃないですからね。私が察して、問い詰めたっていうのが正しいので」

 

 私が怒りだす前に、シャーレが止める。

 その顔は、とても真剣な表情を浮かべていた。

 

「私は、あくまで姐さんに買われたメイドです。だから、アメリール姐さんが旅に出るなら、私も連れて行って下さい」

 

 それはおそらく、心から思っていることなんだと思う。

 真摯な、言葉なんだとは思う。

 

「……それはできないわ」

「どうしてですか?!」

「貴女の借金は、今までの働きで返し終わってる。だから、後は自由にすればいい。女将さんに今後のことは頼んでいるから、貴女が望むならこの娼館ではない場所で働くことだってできるはずだから」

 

 だからこそ、彼女は連れていけない。

 

 シャーレはただの十六歳の人間の少女だ。何もできないに等しい。

 彼女を連れて行くのは、私に負担が掛かり過ぎる。

 

「……とりあえず、もう休みなさい。明日、コレについては話しましょう」

 

 まあ、明日には私はいないのですが。

 

「諦めませんからね! 私も絶対連れて行ってもらいますから!」

 

 キッと睨むようにそう言うと、彼女は自分の部屋である衣裳部屋へと戻っていく。

 その姿を確認すると、私は衣裳部屋の扉に鍵をかけた。

 

 ベッドの上に、女将さん宛の手紙を置き、アイテムボックスから装備を取り出していく。

 とりあえず、完全装備とまでは行かないまでも、人間の姿のままでも装備できるものをいくつか選択して身につけた私は《飛行(フライ)》を使用して、窓の外へと飛び出した。

 

 

 

 

 

 ――――そう、ここまでは、良かったのだ。

 今思えば、そのまま門の外に出てしまえば良かったのかもしれない。

 

 ブレインに伝言を送るつもりで、立ち並ぶ建物の影の屋根の上に降り立った私の周りを囲むように、影と同化するような全身が漆黒のシャドウデーモンと、八本の腕を持つ蟲人と思われる異形種が姿をあらわしたから。




予定よりも遅くなりましてすみません(´・ω・`)
いっそ、1万字超えで投稿してもいいかなーと思ったんですけど、結局途中で切っちゃいました。

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