元姫は異世界で娼婦をしています   作:花見月

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第11話

 雲の合間から月が現れて、辺りを照らす。街明かりの影になっていた屋根の上にもその光は届く。

 

 シャドウデーモンが7体に蟲人(人ってより蟲っぽいけどたぶん蟲人のはず)が2体か。

 影の悪魔のうち一体は私の影に潜んでいて、蟲人達は残りの悪魔を連れてつかず離れずの距離で追跡してたみたいね……

 

 それにしても、透明看破持ちのくせに自分は何をやっているんだ。酷いていたらくぶりに内心ため息を付く。ほんと、潜んでいたのに気が付かないとか、目が曇り過ぎだわ。

 まあ、今は人化してるし、その分ステータス下がってるから気が付かなかったって可能性も無きにしもあらずだけど。

 一応、弁解させてもらうなら、百年もの間、私は自分と同等以上なんていう存在に会うことはなかったんだもの、慢心して油断していたって仕方ないじゃん?

 ユグドラシルのころなら当たり前のように常時展開しておくべき、魔法やスキルに対する防御や対策の魔法を掛けておくことなどすっかり忘れていたし、元々そっち系等は取り巻きが担当してたから知識が薄いのだ。

 唯一、情報遮断の魔法だけは掛けていたけど……うん、警戒を疎かにしていたと今は反省はしている。

 

 そんな言い訳を誰かにするかのように脳内に思い浮かべながら、私は周囲を見回した。

 ふむ。今囲んでいる以上の者は潜んでなさそう……ちゃんと意識しても視えないし、たぶん。

 

「こんな夜更けに、何か用?」 

 

 艶然とした微笑みを浮かべてゆっくりと声をかける。

 

「至高の御方が、お前に聞きたいことがある」

「我々と共に来い。ああ、拒否権はない」

 

 若干聞き取りにくいかすれた声で先に蟲人達が淡々と述べると、ほぼ同時にシャドウデーモンと蟲人が拘束するために襲いかかってくる。

 

 至高の御方……って、誰よそれ?

 

 そんな疑問を私は浮かべながら、それらをなんとか避けて、上空へと飛び立って囲みの外へ出る。

 こいつらの主人ってことなら、じゃあ、それは誰かってことよね。

 タイミングから考えると、モモン達じゃないかって思うんだけど、そう単純に考えて良いものか。

 もう一つの可能性は例の吸血鬼だけど、それはそれで矛盾が出る。

 

 ……詳しく思考を走らせたいが、今はそんなことしていられない。

 

 そりゃあ、シャドウデーモンなんて、いくら数が居た所で大した脅威にはならないから、人化を解かなくても殲滅して逃げることも可能だ。

 しかし、面倒なのはレベル不明の蟲人の方だ。この蟲人はかなりレベル高い気がする。

 追跡を気づかせないとか、スキルを考えると暗殺者か忍者?

 やっばいなあ……一番、苦手な相手じゃない。

 このまま続けていたら、スキル使われて不利になるのは目に見えている。

 

 なら、とりあえず取る手段は一つ。

 

「お断りだわ」

 

 笑え。嗤うんだ、私。

 

「もう少し相手を考えることね。この女王(マルカンテト)である私を迎えるなら、礼儀を尽くしなさい」

 

 気分を高揚させるためにサディスティックな微笑を浮かべる。

 焦っていることを悟らせないように、思い切りの哄笑を。

 

「時よ止まれ……《時間停止(タイム・ストップ)》!」

 

 時間停止の魔法を使うと、異形種たちの動きが止まった。

 読みが当たったことにほっとする。さすがに、時間停止対策はしていなかったらしい。ここで対策とられてたら完全装備引っぱり出さないといけないところだった。

 しかし、ある程度の抵抗力があればすぐに解かれてしまう。効果時間が切れる前に移動完了するに限る。 

 だから更に《上位全能力強化全速力(グレーター・フルポテンシャル)》と《完全不可視化》をかけて、全力でその場を離れた。

 

 

 

 

 

 

 

「――――そんなわけで、なんか追われてるっぽい」

「あんたなら後腐れ無いように全部始末できるだろうに何やってんだ……」

 

 詳しい事情や経緯については隠し、シャドウデーモンと蟲人に追われたことだけとりあえず説明しながら、深夜の街道を永続光をかけたカンテラで照らしながら馬2頭で並走する。

 

 当初の落ち合う場所は城門だったけど街の中は奴らがいる可能性があったので、伝言で連絡を取って街道で待ち合わせ、転移門で王都リ・エスティーゼ付近の街道へ移動して今に至る。

 本当はバハルス帝国の帝都アーウィンタールへ行きたかったのだけど、ブレインが帝国に行く前に、どうしても会いたい男がいると伝えてきたためだった。

 

「下手に手を出して、その()にいるのに睨まれたくないもの。どう考えたって面倒事よ?」

「こんなマジックアイテムまで持ってたら狙われるのもわかるが……そいつらの飼い主が突然街を出るって言った理由か?」

 

 ブレインが乗っている馬達を見ながら、呟く。

 うん、この馬達はゴーレムです。スタチュー・オブ・アニマル・ウォーホースというマジックアイテムで召喚したもので、例のごとく昔貰ってアイテムボックスに複数持っていたものだ。

 利点はゴーレムなので疲労しないことや操作し易いことぐらいで、戦闘には参加させられないし見た目はただの馬。

 確か、乗用・テイム用モンスターガチャの"当たり"扱いの中に混じってた"ハズレ"という微妙ランクな代物で、これで当たりの確率を水増しさせていたという疑惑があり、運営に対して怒りを感じさせてくれた一品である。

 

「んー……まあね。ただ、ちょっとわかりやすすぎて、それが本当にその相手なのかなと悩んでる」

 

 微妙に話が噛み合わないが、指摘されない限り言うつもりはない。

 

「はあ……。単純に考えるべきなのか、慎重に取るべきか……うう、モヤモヤする」

 

 ちなみにモヤモヤの原因のひとつには、気分を高揚させるためとはいえ、何故に女王RPやったし私。という後悔があるのは秘密だ。

 

「あ、相談してるわけじゃないから、聞き流して。考えがまとまらないから、言葉にしてるだけだから」

「……だからって反応しないと後でなにか言うんじゃねえか? 女は本当にその辺が面倒だ」

「確かにそれは面倒くさいのは同意するけど、私はそこまで要求しないわよ」

 

 女に無関心だったブレインだが、娼館での用心棒生活で女嫌いに進化したらしい。護衛と客以外は、女しかいない閉鎖空間だったから、気持ちはわかる。

 元々無駄口が嫌いな相手ですら、話し相手にしようとする一部の女どもが悪いわけで。

 相談のふりをした肯定を求める会話というのを女という生き物は良くするのだ。それに対してどっちでも良いというような適当な反応を返すと途端に機嫌が悪くなるのだから、同性ではあるけれど本当に理不尽で面倒くさい。

 

 そこで口を開くことをやめて、さっきまとめきれなかったことを考え始めた。

 

 至高の御方……単純に考えるべきなのか、慎重に取るべきか。

 漆黒があやしいと思った方が説明つくし、楽なんだよね。

 英雄のモモンないし、美姫ナーベがシャドウデーモンを使役して、私を追いかけさせたと考えた方が。

 

 あのシャドウデーモンは拠点のPOPMOBか、召喚したものだろう。

 ユグドラシルではさして珍しいものではなかったけど、少なくともこっちに来てからだとはじめて見た。

 蟲人の方は、ユグドラシルでも見たことはないけど、強さから考えると拠点防衛NPCとまでは言わないけど少数配置のエリート系NPCかな? ちょっとわからないから、この辺りについては、私の知識不足だ。

 

 仮に、そんな彼等の主人が漆黒以外だとしたら、候補に上がるのはプレイヤーっぽい討伐された吸血鬼だ。

 でも、彼……いや、女の吸血鬼だから彼女か?……が、主人だとしたらおかしいんだよね。

 吸血鬼は討伐されたってことになっている。

 あの大規模戦闘跡を見た限り、超位魔法の複数使用が確認できるし、他にも魔法やスキルの跡があった。近接職と魔法職のカンストペアを相手にすると考えると、蘇生アイテムを持っていたとしても、それが無くなるまで擦り減らされるわけでこの時点で死亡が確定する。

 

 さて、それじゃ彼等の台詞を思い出してみよう。

 

 "至高の御方が、お前に聞きたいことがある"

 

 これって、至高の御方は生きてるってことよね?

 吸血鬼が主人なのだとすると、ここで最初も思った矛盾が起きる。

 

 不死者に蘇生魔法は効かない。だからHPを削られ殺されたら、復活させるには別の手段を講じるしか無い。

 この世界にゲームでよくある"死に戻り"という、言葉も現象もないのだし。

 ……最も、これは私が確かめていないから 実際はプレイヤーは死に戻りができるのかもしれない。でも、そんな恐ろしいことを実際に試してみようなんて私は思わないもの。

 

 そこで、逆にこの吸血鬼と漆黒はぐるで、漆黒から命令されてマッチポンプを起こしたと、視点を変えてみると簡単にこの辺りは説明がついてしまう。実は殺してなんていなくて、それらしい戦闘跡だけ作ったとかね。

 

 あー。もしかすると、吸血鬼もNPCなのかも?

 それなら復活させることもできるから、本当に戦闘して殺したのかもしれないし。

 

 別にこれらに嫌悪感はないけどね。だって、名声を得るために丁度良いレベルの敵なんてすぐ見つかるわけがない。そう思えば、とても合理的だ。

 むしろ、そこまで考えた上で漆黒の英雄のあの誠実な人柄も演じているのだとしたら、どこまでがロールプレイか知りたくなるレベルで気になるし、好感が持てる。

 配下をも利用して名声を得るとか、計算高く合理的でまさに悪魔的。案外、私と同じ異形種だったりして。

 

 取る物も取り敢えず、あの街からさっさと逃げ出したのは失敗だっただろうかと少しだけ思う。

 結局のところ、相手にどんな意図があってそれらの行動をとったのか、問わないかぎり答えは出ない。

 いくら考えても、推測であって事実ではないし。

 こんなふうに考えている私はただの凡才だ。強さに慢心してたくらいだし、頭が良いわけでもないから、もっと他に深遠なる真相があるのかもしれないけど、そんなことわかるわけがない。

 

 例えば、あのシャドウ・デーモンと蟲人達だって、実は単純にその至高の御方とやらが私と話がしたいから平和的に来てくれるように頼めって言ったのに、それを連れて来いという命令として受け取ったとかね。

 ……まあ、これは一番ありえないか。

 

「……どっちにしても、一度くらいきちんと話をした方が良かったのかな」

「ん? なんか言ったか」

「なんでもないわよ」

 

 危ない、どうも無意識に言葉にしていたようだ。

 全部は流石に独り言にしていないと思いたいけど。

 

「それはそうと、さっさと王都に入って宿取るわよ。夜に相手先を訪ねるわけには行かないんだから」

「はいはい」

 

 もう少しで王都の城門が見えるはずだ。

 手綱を強めに握り、馬の腹を蹴って速度を上げた。





 (8/19、感想返信が一通り終わったので、前書きから後書きに移動しました)
 
 お久しぶりです。御心配おかけしました。
 取り急ぎ、投稿更新です。
 今回の話、少々短いです。本当に申し訳ありません……

 7月末には退院したのですが、休み明けまでこちらに手を付けられず申し訳ありませんでした。
 入院前は6月下旬には退院できると医者から言われていたんですが、結局長期入院になり仕事が溜まってしまいまして……クビにならずにすんで良かったです。

 とりあえず、今後は経過観測中とのことなので、また入院しないように気をつけたいと思います。


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