元姫は異世界で娼婦をしています   作:花見月

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第12話

 ユグドラシル……ゲームの頃の私のカルマ値は邪悪だった。悪魔に変わる前は極善だったから、最終的に変わった合計値だけ見れば極悪よりも酷いのかもしれないけれど。

 そんなカルマ値のゲーム内地位は、特定の魔法の威力が変わったり、精神支配系の魔法などにかかった際に自動で取る行動に影響されるくらいの設定でしかなかった。

 

 そう、あくまで"設定"だったはずなんだけど、こっちではそれに影響された性格になっている。

 

 自分に関係のないモノの生死はわりとどうでもいいし、気に入らないモノを不幸に落としたり、苦しみもがく様子を見るのは楽しい。

 傲慢で色を好み、怠惰。良くも悪くも、享楽的な性格で。

 あれ? 悪魔と関係が深い七つの大罪に例えるなら、強欲に暴食、憤怒に嫉妬と四つも足りない気が……

 あー、でも贅沢は好きだから欲はあるね。食事は量より質だから暴食とまではいえないけど、変な所で怒りっぽかったりするし。嫉妬は他者からのものって思えば、少なくとも嫉妬絡みでの事件の当事者に何度もなってるし……うん。まあ、悪魔らしいのには変わりないか。

 

 ところで極善の人間だったのに、なんで邪悪な悪魔になったのかというと。

 

 簡潔に言えば、悪堕ち・闇堕ちって萌えない?

 古今東西の物語は元より、エロゲー、乙女ゲー、BLゲー、果ては同人誌なんかでもよくあった題材だけど、白い無垢なものが黒い邪に染まるとかゾクゾクしない?

 

 私は萌えるし大好きですが。

 敬虔な神の僕を名乗る神官や聖女が堕落していく様を見るとか、本当に最高の愉悦だと思うのよ。

 

 ちなみに人間種当時の私は、女司教や巫女を中心とした、いわゆる信仰系と精神系の近接戦闘は苦手なガチ支援ヒーラークラス構成をしており、まさしくhimechan、姫らしい姫。

 身内に愛想を振りまき、取り巻きの一部からは聖女なんて呼ばれて嬉しがるという完全に痛い姫で、カルマ値にふさわしくあろうと善良な行動を率先して行っていたくらいだった。

 

 それが、たまたまとあるクエストで堕落の種子を手に入れた時、コレだ! と思った。

 堕とされた聖女とか、なんて背徳感満載な上にロールプレイのやりがいがある設定……! と。

 

 取り巻き達にも相談という名の決定事項を通知。その後、一部の反対を押し切ってそのまま実行して自キャラを聖女から悪魔へと堕とした。

 その際にわざわざデスペナのレベル低下すら利用して、魔法戦士を中心としたなんちゃって近接戦闘もできる魔力系魔法詠唱者という微妙構成に変えていった。

 人間ではなく悪魔になるから魔法詠唱者系のクラスが激減するため、使える魔法の数を補うために課金して覚えられる枠や、装備できるアクセサリの数など躊躇なく増やした。

 思えばこの頃から、行動だけでなくクラス構成や装備ですら、ロールプレイ重視に偏っていったのは間違いない。

 最終的には、堕ちた聖女に相応しく真逆の存在である淫魔(サキュバス)になり、更には女王(マルカンテト)のクラスすら取得したことに後悔はしていない。

 

 

 ……ん? まさか、例の晒されたそもそもの発端て……もしかして、このビルド再構築のせいだったりする?

 そういえば、晒された情報に以前のビルドについての言及は殆どなかったような。

 有る事無い事書かれてた割に、それらについてまったく書かれていないのも不自然。

 本来の晒しなら、そういう情報も合わせて載るはずなのに。

 

 ……つまり、ガチ構成じゃなくなって、利用価値が薄くなったからギルドから切り捨てるため?

 

 確かに最初は反対してたけど……少なくとも、再レベリングだって喜んで手伝ってくれてたし、その後カンストまで引っ張ってくれたのはあの娘と取り巻き達だったじゃん?

 プレゼントだってあの参加できなかったオフ会までは普通に渡してきてたし。

 ……でも、例のワールドアイテム貰ったのは聖女の頃だったっけ。ガチャ品とか課金アイテムもあの頃の方が一番当たりクラスの物貰ってたような……

 

 つまり、発端はこれで決定的になったのはオフ会で取り巻きを吸収したから、完全に私が用無しになったってところ……?

 姫のポジション争いかと思ったら、実際の利用価値の有無も見極めての行動ってこと?

 ……本当に友情なんて無かったの?

 利用価値しか、私にはなかったの? 他に何か……

 

 

 って――――ああ。なんというブーメラン。

 

 

 本当に今更だけど百年経ってようやく判明したかもしれない事実とブーメランな言葉に私は微妙に硬い表情のまま、粗末な二人用の寝台から降り、昨夜脱ぎ散らかした自分の下着と服を拾う。 

 

 こんな事を考えていた原因は、この宿に入る前に見かけたどこかの貴族の使用人……たぶん執事? らしき立派な体躯を持った老年の紳士が、始末される寸前の娼婦を助ける場面を見たからだったりする。

 

 そもそも、時間が時間だったからまともな宿など取れるわけもないので、いわゆる連れ込み宿(わかりやすく言えばラブホテル)に宿をとるために、歓楽街やスラムに近いあまり治安の良くない場所を歩いていた時の事だった。

 最初はそのまま、そこを通り過ぎるつもりだったのだけど、その場違いな執事が気になり建物の影から様子を見ていた。

 

 あんな……いかにも廃棄処分の娼婦とか、間違いなく八本指という面倒な闇組織関連に違いない。

 そんな厄介事なのに、その執事は助けを求める彼女を保護した。いや、彼女だけではない。彼女の廃棄処分を命じられていた男にすら執事は慈悲の手を差し伸べていた。

 彼の行動は恐らく善意で行われているモノ。それを今の私にはわかるけれど理解ができない。

 

 何故、無関係の人間をそうまでして助けられるの?

 どう考えても彼女、彼には利用価値すら無いのに。

 

 宿に入った後も、そのことが頭の片隅に残ったままだった。

 一応、念の為に部屋に盗聴と遠視の防止と扉に鍵を魔法でかけて、仮眠をとる前にブレインと少しあの執事について話をした。

 

 底の見えない達人。殺気の恐ろしさは、例の吸血鬼に匹敵するそうだ。

 自分よりも遥かに強い相手に何度も会うことから、ブレインは自分がいかに慢心していたか、ほとほと反省しているらしい。

 確かにあの殺気は、常人が持つものとは違っていた。

 もしかしたら、プレイヤーなのかもしれないけど、そう何度もプレイヤーと遭遇するのかって話もあるわけで……どちらとも言えないけれど、気になる相手であることは確かだ。

 

 それはともかくとして、連れ込み宿なので寝台は一台きり。

 服を脱いで寝台に入った私を見て、彼は床で寝ると言って断ってきたけど、こちらとて今までほぼ常に隣に誰かいた生活から、寂しい一人寝なんて嫌なので無理を通す。

 

 ……女嫌い故なのか、気分が乗らないのか、鋼の精神のせいなのか。

 はたまた、そういうことに関してはヘタレなのか、話疲れていたのか。

 単純に幼女趣味もしくは熟女趣味なのか、男の方が良いのか。

 

 全裸の私と同衾したというのにブレインは全くサッパリ何もしない。

 

 え、雰囲気と空気を考えろ?

 確かに雰囲気は大切だけど、この世界で雰囲気を大切にするヤツなんて見たこと無いよ?

 空気を読むとか、それこそありえないし。

 それっぽい空気がないのに突然襲ってくるとか普通にありましたが。

 

 右手の中指にはめたリング・オブ・サステナンスのおかげで、睡眠を必要としない私は話が止まった時点から眠った振りをしながら、そんな風に思考を走らせはじめた。

 最初のうちは『手を出されないとか、淫魔としての矜持が廃る。いっそのこと、スキルの魅了でも使って逆に襲うべき?』などと、とても淫魔らしい考えをしていたのに、段々と渡せなかった手紙の無記名の宛先のことや置いてきたシャーレのこと、漆黒の二人のことや今後のこと……などと取り留めもなく浮かび、挙句にはユグドラシルでのことを思い出し、『そういえば、あの執事の行動はどう考えても善性高すぎ。どんだけ善行積んでるのよ。カルマ値いくつよ?』と考えて、巡り巡った結果がアレ。

 

 利用価値ではなく、何か別の――その何かを見出したから、あの執事は彼等を助けた。

 そして、私は逆に利用価値の他に何も見出だせないから、ギルドから切り捨てるために晒された。

 

 この違いである。

 

 変な思考のせいでへこんだ気分を、頭を振って切り替え、アイテムボックスのカモフラージュに持ち歩いている小さめの背負袋に、拾い集めた服を放り込んだふりをして着替えと仮面を出した。

 

 取り出したのは《宵闇の誘い(トワイライト・インビテーション)》と《亡霊の仮面(ファントム・マスク)》だ。

 亡霊の仮面は顔の上半分、ちょうど目の辺りを覆う銀色の仮面だ。この仮面は目の部分には覗き穴が空いていないが、付けても視界を阻害しない。認識阻害の効果もついているのでまるで亡霊のようにその場にいることが気づかれにくくなる。

 宵闇の誘いは、黒い絹織物のような肌触りの良い素材に銀糸で蔦柄の繊細な刺繍が施された、ホルターネックのゴシックドレスだ。

 キッチリと覆う首元と対照的に、ホルターネック故に袖無しであるため背中が()()()()()()()()()()()()()大胆に大きく開いている。スカート丈は太ももの中程くらいだが、足首の辺りまでの長さのトレーンがついているので、後ろから見るとロングドレスに見えるデザイン。

 これに《宵の明星(ヴェスパー)》と名付けられた黒い編み上げのハイヒールブーツを履いて、部屋を出る際にフード付きの灰色のローブを纏えば完了。

 一応、宵闇の誘いは伝説級だし、亡霊の仮面も宵の明星も遺物級アイテムだ。この世界で普通に旅するには、これにちょっとした武器を何か持てば十分。それに各種耐性や情報遮断と疲労無効の指輪も装備してるしね。まあ、プレイヤー相手ではちょっと心許ないけど。 

 

 私の装備は、基本的にローブ系列と取り回しが楽な短剣とか細剣がメインになる。

 例外は、以前使ったスカージのシェンディラくらいかな。ロールプレイ用なのに、軽量化やその他もろもろで籠められてるデータクリスタル数は神器級という無駄使いの極み。

 シェンディラが装備できるあたりでわかると思うけど、本当は中途半端に持ってる戦士クラスのお陰で、武器や防具はほぼなんでも()()()()()。だからと言って、金属鎧を装備すると今度は一部の魔法が使えなくなるという罠があったり……これ、《上位道具作成(クリエイト・グレーター・アイテム)》で装備作成しても同じだから、本当ままならない。

 きっとこれは、ユグドラシルのときのクラス制限がこっちでも効いてるせいだと思う。

 《完璧なる戦士(パーフェクト・ウォリアー)》なんていう完全な戦士になる魔法も覚えてるけど、あれはぶっちゃけ、ロールプレイ用以外の何物でもないし。

 だって、これ一部どころか魔法一切使えなくなるのよ? 誰が使うの、そんなの。

 

 わざわざこんな風に装備を変えたり、仮面までつけるのはあくまで自分だと発覚するのを遅くさせるため。

 大体、ブレインと行動一緒にしてる時点でバレバレだから、サッサと帝国へ行きたいんだけど……。

 

 そういえば、ブレインは少し前に寝台から抜けだした気配がしたけど、どこに行ったんだろ?

 

 なんとなく室内を見回すと、隅の方で刀を抱え片膝立ちで座り、うつむいた形で休んでいた。

 魔法の鍵をかけたので、流石に外にはでなかったらしい。

 解除のワードは教えてあったし、そのまま目的の人物を探しに街中に行っても良かったのに、律儀なヤツ。

 

「ブレイン起きてるんでしょ? そろそろ、ここ出るわよ」

 

 そう声をかければ、すぐに彼は顔を上げて伸びをして返事をする。

 

「ああ。じゃあ、行くか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――で。

 どうして、私はこんなところにいるんだろうか。

 

 何かデジャブを感じつつ、私は少し遠い目になる。

 現在地は王城ロ・レンテのヴァランシア宮殿にある、塔の一階層を丸ごと使った兵士の訓練場だ。

 そこで周囲を囲む兵士たちに歓声を上げられながら、激しく剣を打ち合わせ、汗塗れで楽しそうに戦う男二人を見ながらそう思った。

 

 原因は簡単だ。『ブレインが悪い』の一言ですんでしまう。

 

 ブレインの探し人は、ガゼフ・ストロノーフだった。そう、今をときめく戦士長。

 戦士長の座に着くことになった御前試合で、戦った相手がブレインだったそうだ。

 その勝負に負けた時から、ブレインはガゼフに勝つために人を斬れる野盗に混じって腕を磨いていたそうなのだけど、結果はまあ……アレっていう。

 うん、強くなる(レベリング)なら、PVPよりPVEよ。PVPは、確かに対人戦の腕は上がるかもしれないけど、経験値目的で考えるとPVEしかないもの。つまり、人間ではないモンスターを倒した方が経験値が入りやすい。

 ユグドラシルではPVPというかPKは、経験値よりもドロップするレアアイテムや金銭、カルマ値の上下が目的なところがあったし。たぶん、この設定を引き継いでるこの世界でも、それは同じことだ思う。

 あ、でも異形種相手なら人間種だとPKでも経験値は稼げたんだっけ?

 異形種=モンスター扱いだったし、PK推奨だったみたいだけど。結果として私はやらなかったし、同じ異形種になっちゃったからよくわかってない。

 

 それはそれとして、そういう因縁の相手だから、剣を極めるなら、もう一度会って戦い、現在の自分の強さを正確に知りたいというのがブレインの言い分だった。

 で、彼の住居を探すためにとりあえず街の衛兵に聞いたら、御前試合のおかげでブレインの名前も知られていたらしくて、特に問題もなく教えて貰えて、すぐに戦士長の住所は判明した。

 

 訪ねた時間が、早朝の朝食前っていうかなり迷惑な時間だったのに、対応してくれた老齢の使用人も感じが良い人で、ガゼフもまるで旧友が来たみたいにブレインを快く迎えてさ。

 折角だから朝食を一緒にと、付き添いで行った私までごちそうになったまでは良かったのよ。

 その席でブレインが、私と一緒に帝国に向かうことを話して、手合わせを望んだことでこんなことに……

 おまけに私は、何か変な誤解をガゼフに与えてるみたいだし、本当にどうしてこうなった。

 

 約束とか、もうどうでもいいから、一人で帝国に行こうかしら……?

 朝食の席でガゼフが語っていた魔法詠唱者のことも気になるし。

 

 

 その名前は――――『アインズ・ウール・ゴウン』

 

 

 これは、ユグドラシルじゃ、PKと晒し板でも有名な異形種限定ギルドの名前だ。

 ギルドマスターが確かオーバーロードで、モモンガって名前だったっけ?

 なんか割と詳細なwikiのページまで作られてた気が……って、うん、名前以外覚えてないから全く意味がなかった。

 

「そういえばモモンガ……って、モモンと名前似てるよね」

 

 思わず呟いてしまった言葉は、訓練場の喧騒の中に消えていった。




 
 

 今回は会話が殆ど無い……独自設定と捏造設定過多でごめんなさい。
 あとMMORPGやらない方にはピンとこない用語が多いと思うのでちょっと補足。

 ・ガチ支援ヒーラー
  姫の鉄板職。次点は遠距離火力。近接火力の姫はあまり見ない。
  基本的に姫といえばヒーラー(回復)か、バッファー(支援)。
  その腕はピンからキリまで(実体験) 上手い人は、姫といえど上手い。

 ・PVPとPVE
  PVPについては説明は省きます。対人戦といえば説明付いちゃうので。
  PVE=プレイヤー(Player)VSエネミー(Enemy)の略。対Mob(モンスター)戦のこと。

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