元姫は異世界で娼婦をしています   作:花見月

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第13話

 訓練所での一戦の翌日。

 結局、ガゼフとブレインの二人は、そのまま兵士達とつるんで仕事終わりに呑みに行ってしまった。まあ、しれっと私も付き合ったから、同罪なんだけど。

 それもあって、現在の宿は戦士長ガゼフ宅だ。

 旧知のブレインはともかくとして、面識がない私まで普通に泊まらせた辺り、懐が大きいというか、なんというか。良いのか戦士長。そんなにホイホイ信用して?

 しかし、そんなガゼフの誤解が解けないせいで私は、ちょっと迷惑というか困惑というか……

 

 ガゼフがしている誤解が何かって?

 ああ、うん……なんか私は元娼婦の没落貴族出身の娘で、ブレインの恋人だと思われてるらしい。

 部屋を相部屋にされたっていうのは、間違いなくそういう風に見てるってことだもの。

 ブレインが大まかに説明し私が補足した昨日の話は、ガゼフの中でどんな化学変化を起こしたのか、どうやら、壮大な逃避行ストーリーが出来上がったようである。

 

 元娼婦も没落貴族の娘もいいとして、どうして恋仲だと思われたのか疑問でしか無い。

 まあ、男女の二人旅なんて、デキてるとしか思わないだろと言われればそうだけど……少なくとも訓練所であのあと披露するハメになった私とブレインの模擬戦は割と殺伐としてて、どう見てもそんな甘い様子は無かったはず。

 ちょっとムキになって剣奮ったせいで、ブレインの右腕を軽くふっ飛ばしかけたしね……ポーションで慌てて治療したけど。

 うーん、『殺し愛』とかいうニッチなアレと認識されたのかしら。

 

 もちろん、否定はちゃんとしてるのよ。

 私は身体の関係は大歓迎だけど恋愛感情はノーセンキューだし、ブレインだって女嫌いだからね。

 昨夜も酔ってる勢い(私は酔わないけど)も利用して色々誘惑してみたけど、いっこうに手を出してこないので、ヤツは本当に男が好き(性的な意味で)なのかもしれないと諦めつつある。

 

「それにしても。どうして、そうなったのかしら……」

 

 私は小さくため息をつくとともにつぶやいた。

 ああ、このため息はガゼフの勘違いに対してじゃない。

 ブレインが、これから()()()()()()に……もとい、そこにいる者達を()()に行くことについてだ。

 

 うん、本当にどうしてそうなった? だよね。

 

 事の発端は、ブレインが最後になるだろう王都見物をしているときに、騒ぎを見かけたらしい。

 小さな男の子が酔っぱらったチンピラ達に暴力を受けていて。

 騒ぎを囲む人だかりはひどく、中心に向かうのはかなり苦労するくらいだったのに、前方を歩いていた老齢の執事が、それを苦もなく流れるように移動して、チンピラを素早く物理的に黙らせた。そして、適切に治療するように伝えてその場を去る。居合わせた別の金髪の少年……いや青年? がポーションを男の子に振りかけてから、その執事を追いかけたのだそうだ。

 

 ただ、それだけのことだったのだけど、執事の強さはブレインの心の琴線を震わせたらしい。

 その執事は昨日見かけた例のカルマ値が極善としか思えない行動をしていたあの執事だった。

 そんなジェントルな執事をブレインは追いかけ……いや、執事を追いかけるポーションをかけた青年の方を尾行? まあ、どっちでもいいか。

 それは、あの執事……セバス・チャンには気付かれていて、色々省略するけど結局、その青年……クライムと三人で違法娼館に乗り込むことになったらしい。

 

 ど う し て そ う な っ た ! ?

 

 なお、これらは予定時間になっても帰ってこないブレインに《伝言》を送ったことで判明したことだ。

 ちゃんと説明してくれただけマシだと思うべきなのか。

 

『悪いな、そういう訳だから』

 

 件のブレインは、全く悪びれた様子はない。

 

 もう、コイツ放置しても良いけれど、一応私は悪魔だからね。

 悪魔の矜持として、約束という名の契約は守らないといけないわけよ。悪魔は、約束(契約)を曲解したりすることはあっても、破ることは基本しない。

 破棄したり、破るときには必ずそれに相応しい対価を用意するのだ。

 今回は、対価を思いつかないから仕方ない。

 

 うん、仕方ない。

 

「わかった。場所は一昨日見たあの辺りよね?」

『な……お前も来るつもりなのか?! 違法娼館とは言え、やることは強盗みたいなもんだぞ?』

「だからこそよ。一応、言っとくけど私は手伝わないわよ。ただ、補助魔法を貴方達にかけに行くだけ。私、本職は魔力系の魔術師なんだから、それくらいは受けときなさいよ」

『……セバス様に合流してもいいか、聞いてみよう』

 

 まあ、断られても私は行くつもりだから、あまり意味はないけどね。

 そんなことを思いながら、私は全力で移動する準備を始めたのだった。

 

 

 

 ――――そして結果は、割とあっさりとしたものだった。

 

 私のかけた防御魔法のお陰で誰もケガをすることもなく、八本指の幹部の一人と六碗の一人を捕らえ、被害者を開放できたらしい。

 私自身はその殴り込みのようなものに参加はしていなかったし、会ってすぐに自分が使用できる肉体強化系と防御系の補助魔法をかけて、軽く激励したあとはガゼフ宅で待っていたので詳しいことはよくわからないけど。

 

 でもなあ、あそこって八本指の傘下の娼館だったはず? ということは……折角捕まえて解放できたのだろうけど、徒労で終わるんでしょうね。

 息の掛かった貴族辺りが特権振りかざして、逆に幹部とか解放&被害者をまとめて殺害ってところが目に見えてるのよね。

 この国は、ほんと腐ってるから。

 それをわかってても教えない辺り、私も意地が悪いけど。でも、言ったからって救えるわけじゃないし、救って何の得がとしか思えないのよね。

 

 大体さあ、国を護るために体張ってる兵士達の訓練所が城の目立たない塔の中というところからおかしいのよ。

 何で、あんな塔の中に訓練所を作ったのさ。

 訓練する兵士の屈強さや士気の高さは国力をあらわすから、訓練風景を見せるってソレだけで外交カードにもなるはずなのに。

 むかーし、贔屓客だったどっかの国のお偉いさんがそんなこと言ってたと思うんだけど……?

 少なくとも、ここの連中はそういう思考はないってことよね。

 ほんと、特権階級は腐ってるわぁ。

 目に触れないようにするとか、なんだかアーコロジーの富裕層の持つ、都市外に住む下層民に対するような思考で腹が立つ。

 自分達のために目につかないように、歯車のように働いて壊れて死ねと言わんばかりで。

 

 あれ……でも、お人好しガゼフは国王に忠誠誓ってるのよね。ということは、もしかしたら腐ってるのは貴族だけで王族は違う……のかな?

 自領さえ安泰なら、国のことはどうでもいいって貴族ばかりで、王の立場が弱いとか?

 

 うーん、この国の成り立ちから考えると、美談だった分割して臣下に与えた領土って話だけど、それが足枷になってるのかしら。

 

 王の立場って言えば帝国は逆だけど。あっちは貴族が何家もお取り潰しになってるし、平民でも騎士になれるし、何よりも皇帝の権限が強いし。

 あれが絶対王政? 絶対君主制? とかって言うんだっけ。よく知らないけど。

 現皇帝は貴族の粛清がすごかったせいで鮮血帝って言われてるけど、圧政されてた平民には人気あるのよねー。でも、粛清するくらいだから権力欲と征服欲も高いと思うんだけどな。少なくとも汚職と無能な貴族を許せなかったっていう清廉潔白な理由での粛清ではなさそうだし。

 そういえば前に、帝国から来た客が鮮血帝の即位記念に配られた姿絵を見せてくれたことあったなあ。皇族らしく金髪碧眼の美形だった。

 あの姿絵通りの姿とは限らないけど、あんな皇帝なら誑し込んで愛妾になるのも有りかな? 正妃はいなくて、今は愛妾が何人かいるって聞いたし。女の争いは慣れてるし、後宮でそれをやるのも楽しいわね。

 自分の権力と知略に自惚れてる皇帝を、手のひらの上で転がして屈辱で顔色を変えさせるとか想像するだけでも愉悦。

 

 『傾国の毒婦』とか呼ばれるようになれば、悪魔には最上の褒め言葉よね……!

 

 って、帝国には昔から皇族に仕えてる魔眼持ちのフールーダがいるじゃん。てことは、やっぱり無理だー。対処が面倒だもんなあ。

 無名なら口封じしちゃえば後腐れないけど、あれほど有名になってる人間の場合、その後の処理をどうするかって話になるし。

 

 それはそれとして。そんなことをつらつらと考えている私の目の前では、いつもよりも早く帰宅したらしいガゼフと、件のブレインが機嫌良く酒を飲みながら、話をしている。

 話題は、昨日した話を更に詳しくしたようなもので、私と出会うキッカケになったブレインが心が折れた原因の化物シャルティア・ブラッドフォールンの話から始まり、夢を語り、王族や貴族のことを語り、クライムという例の少年のことや、果ては王都の影を支配する八本指の話と多岐にわたった。

 昨日は兵士達の手前、二人共それなりに自重していたようだし、私は黙ってお相伴に預かりつつ、話には参加せずに積もる話をさせてやっていた。

 老夫婦の使用人がつくる薄味の健康食よりも、ブレインが外で買ってきた味の濃い惣菜たちは二人には丁度良かったようで、酒の進みが昨日と同じか、それよりも多い気がする。

 明日には、王国から出ることは二人共了承済みだし、二日酔いになったら笑ってやろう。

 

 まあ……もしかしたら、ブレインは帝国に行くのをやめて、ここに残るとか言い出すかもしれないけどね。それならそれで、本人からの契約解除だし、私がどうこう言う筋合いはないわけだから、心置きなく置いていける。早くここ離れたいのに、三日も足止め食らってるんだもんなあ。

 『護る者ができるというのは、それだけで強くなれるんだな……そういう生き方も良いかもしれない』とかなんとか言ってたし。

 

 護る者……これって、たぶんクライムのことよねえ。

 やっぱり、ブレインは男好きだったか……しかも、少年か。

 ブレイン×ガゼフとかじゃなかったのねー。

 

 見目的にはそこそこ良いから、分類するならホモではあるけどボーイズラヴ、BLと言うやつね。

 ああそういえば、ホモとBLには純然たる差があるらしいわよ?

 見た目が良いならBL、そうじゃないならホモ!! って、リアル友達だった腐女子が力説してたわ。

 よくネタになってる古のネタホモビはBL扱いにしたくないらしくて話題に出すのも毛嫌いしてたし。

 まあ、私は腐ってるのもイケなくはないけど、できればノーマルな男女のモノのが好きなのよね。

 男性向けの陵辱モノとか割と平気だったし、と言うかむしろそっちのが好きだったし。

 ああ、腐女子は雑食でもないと男女CPのノマモノは基本地雷らしいわよ?

 

 ……って、なんか話が盛大にそれたわね。

 

 ふと思う。

 そういえば、あのセバスって執事は商談で王都に来てるとかなんとか言ってたけど……

 顔を合わせた際に、私は名前を確認されたのだ。

 

「アメリー様、ですか……いえ、よく似た名前を存じていたものですから、聞き間違えたのかと思いまして。失礼いたしました」

 

 そう言って謝られたのである。

 これって……アメリールを知ってるってことだよね。

 偶然? そんなことで片付けられない。なんか、すご~く嫌な予感がする。

 

 漠然とした不安を抱えながら、私はワインを飲みながら、寄せられた料理に手を出した。

 

 

 

 

 ――――そんな風に感を信じて不安を払拭する行動を取っていなかったことが、悪手になるのは目に見えていたわけで……。

 

女王(マルカンテト)陛下と知らず、先日は大変御無礼を致しました!! 私はパンドラズ・アクターと申します」

 

 夜半過ぎに突然現れ、芝居じみたオーバーな身振り手振りとともに、そう名乗った埴輪のような顔の悪魔は慇懃に礼を取ると徐に話を切り出した。

 

「我が主が、是非とも貴方様とお会いしてお話をと望んでおります。ですから、ここにお迎えに参った次第でございます」




ちょっと体調が思わしくなくて、投稿が大幅に遅れてて申し訳ありませんでした……
もう少しでラスト。しばしお付き合いください。

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