元姫は異世界で娼婦をしています   作:花見月

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第15話

 完全装備で大空を飛翔するなんて、いつぶりだろう。

 サキュバスに戻ることはあっても全身を神器級装備で包むなんてことは、転移してきたばかりの時以来のような気がする。

 

 王都と言えど一部の眠らない場所や人々を除けば、寝静まる深夜。

 眼下に見えるのは永続光の街灯と少し遠くに歓楽街の光。雲すらも越えた天上には星と月。 

 

 モモンガが先導するように先に魔法で飛び、その背を守るように白いドレス姿の女性……アルベド? だったっけ……が腰の黒い翼を広げ、後を追う。

 アルベドは、あの黒い全身甲冑の中の人だ。

 モモンガに何か言われたのか、空に飛び立つ前に装備を全て解いてその美しい姿を見せた。

 そして、その後を私がついて行く形になっているのだが、私の一挙手一投足が気になるのか、彼女はチラチラととても強い敵意の篭った視線を送ってくる。

 そんな彼女の輝くような美しい白いドレスは、黒と紫を基調とし金の差し色の装飾という重厚なアカデミックガウンの魔王様と並ぶととても絵になるし、魔王と副官……というよりは、魔王と寵妃のようにも見える。

 艶やかな長い黒髪、こめかみにねじれた山羊のような角。人間の女性としてみると少し長身だけど、なめらかな白い肌に手に余りそうなくらい大きく柔らかそうな胸と対象的に細い腰のしなやかな肢体。そして、その腰にはまるで堕天使のような大きな黒い翼。濡れたように潤んだその大きな金色の瞳の瞳孔は、爬虫類のような縦長で印象的だ。

 オトナのできる女性という感じで、ロリ顔で華奢だけど巨乳というある種の属性山盛りの私とは違うベクトルで、外装エディタで凝りに凝ったんだろう。

 種族はわからないけれど多分悪魔なのは間違いない。所作に色気を感じるから、私と同じ淫魔なのかも。

 

 あ、そっか。だから、余計敵意を感じるのか。

 

 私の持つ女王(マルカンテト)という種族には《淫魔支配》という、その名の通り淫魔を強制的に精神支配下に置くというパッシブスキルが有るのだ。

 精神支配がマジックアイテムで無効化されても、淫魔として感覚的にそれを拾っちゃうから、余計イライラしてるんだろう。

 うん、これオフにしとこう……流石にまずい。こっちで淫魔に会うこともなかったし、そのままだったんだよね。

 感覚でパッシブスキルを切ることができるって知ったのはいつのことだったかなあ……感慨深いわ。

 

 それにしても、アルベドってなんか忠誠心みたいな何かが高すぎるし、ロールプレイとも思えない。

 多分プレイヤーじゃないよね。NPCなのかな。まさかと思うけど、さっきの団体様まるごとNPCだったり?

 プレイヤーだと思ってた美姫も、メイドみたいで違うみたいし……。

 ん? ということは、あそこにギルドマスターとNPCだけで来たってこと?

 アインズ・ウール・ゴウンってメンバー何人だっけ。少数だったのは覚えてるけど、プレイヤーが誰もついてこないって変じゃない?

 

 もしかして、ギルドマスター一人がNPCと共に転移してきたとか?

 

 …………まあ、それはないか。

 多分、私程度一人で十分とかそんな扱いなんだよ、きっと。

 

 私もNPC一体くらい作っとけばよかったかな。

 こっちに一緒に来ていたなら、話し相手くらいにはなってたわけじゃん?

 所属してたギルドが拠点を手に入れた時に作ろうよって話は出たけど、私は辞退しちゃったんだよね。

 まさか、ただのNPCがこんな風に感情と思考を持って行動するとか、当時は思わなかったし。

 

 まあ、主人の帰りを待ち続けてるあのNPCに会ったり、主人を失ったNPCが拗らせて魔神になるって話を聞いたりしなければ今もそうだったとは思うけど。

 

 って……ギルド脱退してた私の場合、結局無理じゃない?!

 来てたら拗らせた魔神になって、話し相手どころか、逆に虎視眈々と命狙われそうだよ……

 なんだ、むしろ作らなくて正解だった。

 

 空を上昇し続ける二人を追いながら、私はそんなことを考えていた。

 我ながら、随分とお気楽と言うか楽天過ぎるとは思うけれど、基本享楽的で楽天的な私には悲観的に色々考えるのは性に合わない。

 ここしばらく、悲観的に物事を考えすぎて頭が疲れてきていたというのもあったし、もしかすると最期かもしれないなら、重いことは考えたくなかったのだ。

 

「ここまで昇れば、気づかれることはないだろう」

 

 上空へと昇り続けていた魔王様はそれをやめて、後方へと向き直った。

 

「アルベド。お前の懇願を聞き入れて連れてきたが、これから聞くこと見ること一切他言無用だ。口出しも許さぬ。良いな?」

 

「っ! ……か、かしこまりました……」

 

 強い口調で命令するモモンガにアルベドは一瞬、見捨てられたような絶望に彩られた表情を浮かべたあと、目を伏せて頭を下げた。

 

「さて、改めて名乗っておこうか。私の名前はアインズ・ウール・ゴウン。元の名前はモモンガだが、故あってギルド名を名前としている」

 

 口調と態度こそ、魔王のような支配者として頼もしい威厳のあるものだけど、アインズの雰囲気はとても穏やかだ。

 その落ち着いているアインズの隣から、殺意の篭った視線を浴びせてくるアルベド。

 あまりにも対照的すぎて、例えるなら周囲の温度差が激しくて観賞魚が死にそうな。

 でも、私は空気を読まず、気が付かないふりをする。

 

「私もきちんと名乗ったほうが良いのかしら? アメリール・オルテンシアよ。私のことは、そちらはよく知っているみたいだけど」

 

「ああ、実はギルドメンバーに――――いや。まあ、興味がある者が居てな」

 

「……はぁ?」

 

 困ったように少し言い淀んだアインズに思わず、気が抜けた声で返事してしまった。

 

「最初は『所業がムカつくから、コイツを追い込みたい』『異形種だからうちに紛れ込まれると困る』と言う動機だったらしい」

 

 そう言って、晒しスレには書かれていなかったはずの事を、アインズは語り始めた。

 

 まず、私が所属していたギルド……名前を出すのも私がイラッとするのであえて伏せる……を脱退後、しばらくして、そのギルド内部で真実が明らかになったらしい。

 その頃には、私自身はとっくにゲームを引退してしまって連絡が取れなかったために、完全な名誉回復とまでは行かなかったが、少なくとも一部の者は見限ってギルドを脱退したり、友人関係を解消したそうだ。

 そして、騙されたと知った彼等は、SNSなどに投稿して事の顛末を周囲に漏らしていた。

 そのため、物好きなそのアインズ・ウール・ゴウンの誰かさん達はそこそこ情報を手に入れられたそうである。

 

 アメリール・オルテンシアは元は人間種であったが、ロールプレイのために善を極めた後に悪堕ちを選択して、種族や職業まで変えたこと。

 持ち逃げと言われているワールドアイテムも、ギルドを結成する前に譲られたもので、あの書き込みとはいわれが異なること。

 黒ネカマと言われていたがどうやらリアル女であることや、盛られた話だと思われていたアイテムの貢がれっぷりが本当の話でドン引き案件だったことなど。

 

『ワールドアイテムまで貢がせるとか、なんとも王道な姫だな。でも、ロールプレイ好きで善よりも悪を好むとか話が合いそうだ。悪堕ち、闇落ちはいいものだぞ』

『姫は後継姫に追い出される宿命みたいなのあるからねー。でもさ、清楚な聖女からビッチ淫魔への悪堕ち選択とか、闇っつうか業が深いっつうか……まあ、そういう設定は俺も好きだけど! つか、アメちゃんは昔の聖女の頃の姿の方がロリかわいいし、あっちのほうが信奉者多かったんじゃね? 路線戻せば晒されなかったんじゃねえの』

『それにしても、このビッチ姫の姫プレイっぷりはなかなか。私としては、是非うちのギルドに引き込みたいね。ハニートラップ要員として他に送り込んで内部破壊させる楽しみができそうだ』

『いや、ギルドに迎えるのは反対です。リアルも女性ならなおさらですよ。飴姫……もといアメリール本人に悪意は無さそうですが、所業が危険人物過ぎますし。その上、中身がウルベルトさん2号とか、頭痛する未来しか見えない』

 

 話題にしていた人達の会話からの抜粋だそうだ。

 なお、この後に最初の人と最後の人がケンカになったそうだが。

 

 この会話の最初の人とは美味しいお酒が飲めそうだ。できれば、ゲーム時代に知り合いたかった。

 二人目の人とも話が合いそうだけど、ちょっとツッコミ入れたい。

 三人目は、それ手駒として優秀だから欲しいって言ってますよね、わかります。これ、手駒になったら使い倒されそう。

 というか、お前のせいかアインズが私の事ビッチと言いそうになったの。いや、たしかに晒しスレでもビッチ飴って言われてたから、たいした違いないけど……。

 最後の人は、うん。なんというか、これが普通の反応だよね? 実際、言われても仕方ないもの。 

 ん? ケンカしたってことは、このウルベルトって人は最初の人のこと? なんで、ギルメンなのにナチュラルにディスられてるの。

 

「その後の会議でお前をギルドに誘ったほうが利点も多いと、メンバーによる多数決で決定された。それならと、性格やその他のこともあわせて得られる情報は完全に調べ上げることになったのだ」

 

 確かに新しくメンバーとして迎える時は、情報収集するわ。

 でも、晒されたヤツをギルドに誘おうとするとか、さすがアインズ・ウール・ゴウン……頭おかしい。

 

「そ、そう……良くわかったわ……」

 

 言いようのない脱力感に襲われて引きつった半笑いを浮かべた私に、アインズは更に言葉を続ける。

 

「まあ、いつになっても《伝言》が届かず、SNSのアカウントもメールアドレスもわからずじまいだったので、恐らく完全に引退したんだろうという推測に至ってな。その内ギルドメンバーを増やすこと自体に問題が起きて……その時点でこの話も流れてしまったんだ」

 

 記憶を懐かしむかのように、アインズはその暗い眼窩で遠くを見つめた。

 

「まさか、そんな相手とここで会うとは思わなかった。だから、あのユグドラシルから同じようにこの世界に来たのであれば情報交換なり、話ができないかと思ったのだ」

 

「……それなら早合点して、逃げた私が悪いのかしら。でも、あんなお迎えはないと思うのだけど? 《伝言》なり、他のギルメンに迎えに行かせるなりできたんじゃないの?」

 

 敵意の塊とも言える、シャドウデーモンと蟲人達を何故よこしたのか。

 せめて、伝言やギルメンが直接など他に方法がなかったのだろうか。

 

「正式な名前がわかったのが、正直な話、ここに来る直前だ。飴姫やビッチ姫、アメリールとしか呼んでいなかったせいで覚えていなくてな……結局、ギルメンの私室まで探して昔の資料から見つけた有様だ。」

 

 ああ、たしかに正式名じゃないと伝言は発動しなかったっけ……仮名やら偽名、略称だとだめだった覚えがある。

 

「そして、あのときは時期が悪かった。丁度、こちらでとある事件が起きた後だった」

 

 洗脳系のワールドアイテムを使用され、守護者が支配され、やむなく自分の手で処分したことを彼は語った。

 彼は、私がその洗脳系のアイテムを使用したとは思っていないと言う。それに類するアイテムを持っていなかったと言う根拠と、私の性格と職と種族の性能からそう認識したらしい。

 

 確かにワールドアイテムで持っているのは《有限の宝石箱》だけ。

 性格と言われても自分では把握できないし、こっちの世界に来てから大分変わったのは言わないほうが良いのだろうか。

 

 守護者……もしかして、あの漆黒で討伐した吸血鬼のことかな?

 そう言えば、さっきの団体さんの中に吸血鬼を連れた赤い鎧の女の子がいたけど、あの子がもしかしてそうかな。

 装備から考えると、ガチ前衛系……え、それを魔力系の魔法詠唱者のアインズが倒したの? すごいな。私だったら、彼女と戦ったら何もできずに殺される自信があるわ。恐らく、時間停止無効だろうし、不死者には毒も効かないし……逃げるのに全力で挑む羽目になりそう。

 

 それはともかく、アインズは流石に拠点であるナザリックに来るのは抵抗があるだろうからと、単純に街中なり、娼館なりで彼は話をするつもりだったらしい。

 だが、配下の下僕達に止められ、結果がアレだったというわけである。

 その後、私が逃走したことで、あの下僕達は他の守護者やら何やらから突き上げをくらい、アインズも大変だったらしいが、そんなことは知ったことではないけど。

 

「逃げたことで、余計にお前を怪しむ声が増えた。そして、どうしたものかと悩んでいるうちに、エ・ランテルの冒険者組合から、漆黒に二件の指名依頼が来たのだよ。どちらも『居なくなってしまったアメリーという女性を探して欲しい』と言う依頼がな」

 

「……え?」

 

「依頼主は、魔術師組合長とお前の専属メイドだ。組合長はお前に会って謝りたいと言っていたし、メイドの方はアメリー以外の元では働きたくないと言っていてな」

 

「ラケシルもシャーレも……いったい何やってるのよ……」

 

 思わず私は空を見上げて、呻くように呟いた。

 流石にこれは、予想外過ぎる。

 

 というより、ある意味私のアキレス腱だ。

 出せなかった手紙の宛先であり、できればこちらの世界に踏み込んでほしくない相手。

 

「そうそう、魔術師組合長は『モモン殿、依頼をする前に何も言わずに、一度殴らせて欲しい』と突然言い出した時は気でも狂ったのかと思ったがな」

 

「ほんと何やってるの、ラケシル!?」

 

 もしかしてあの勘違いが続いてた?

 一瞬にして、私のしんみり気分は吹き飛ばされた。

 

「まあ、それはなんとか断ったが、探すことは確約した。アインズ・ウール・ゴウン(こちら)としても探さないという選択肢はない。残していった持ち物から探そうかとも思ったのだが、思わぬところから連絡が入り、こうして相対したというわけだ」

 

 そう言うと、アインズは纏う雰囲気を穏やかなものから、恐ろしい気配のものへと一変させた。

 

「さて、それで……一つだけ聞きたいことがある」

 

「……何かしら?」

 

「アメリール・オルテンシア。お前は私達に敵対するのか?」

 

 それに対して、私の答えは――――――

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