元姫は異世界で娼婦をしています   作:花見月

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第5話

 普段はあまりしない()()()()()を色々とったために、ちょっと節々が痛む気がする身体で、私は風呂にぐったりと浸かっている。

 

 どうも、風呂場からこんにちは。アメリールです――――みたいな。

 

 いったい、誰に対して挨拶してるんだよ……と自己ツッコミを入れつつ、バスタブに浸かったままうつ伏せて、ふちに乗せた腕に額を当てる。ちょっと熱めのお湯が気持ちいい。

 お仕置きと称して執拗に私を抱いたイグヴァルジが恨めしいが、この場合は自業自得なので仕方ない。

 ほんと、アイツ早いくせに回数だけは多いってどういうことなの……

 

 レベルカンストしてるサキュバスのくせに何言ってるんだって?

 

 カンストしてる悪魔だって疲れるんですよ。そりゃー生きてるんだし、肉体的にも精神的にも。

 元の姿の時ならともかく、シェイプチェンジしてる人間時は余計にね。

 ……まあ、今回ばかりは精神的疲れが過分に影響してる気もするけど。

 

 そりゃ、睡眠・飲食不要で肉体疲労しなくなるリング・オブ・サステナンスなんていう微妙アイテムも持っているけれど、あれは食事の楽しみがなくなるし、娼婦の仕事をする上では指輪は邪魔にしかならないのでアイテムボックスに入ったままだ。

 それに仮にこの指輪をしていたとしても、この精神的な疲れは防げるわけではないので結局は一緒である。

 

「……それにしても、冒険者組合から緊急招集ねえ」

 

 遅れた時間分、お昼手前くらいまでイグヴァルジの相手をするハズだったのだが、朝になって彼の所属するパーティ『クラルグラ』の仲間だという男が、彼を探してここに来たのだ。

 もちろん、男をそのまま部屋に通す訳にはいかないから、受付からシャーレが言伝を受け取って部屋まで知らせに来たけれど。

 そして、それが冒険者組合からの呼び出しだと聞き、慌ててイグヴァルジは自分の常宿へと帰っていった。身なりをきちんと整えてから、組合に向かうのだろう。

 最初は、ついにアイツの素行の悪さが何か問題になったのだろうかとひっそりと思ったのだが、そういうわけではなかったようで。

 送り出したシャーレ曰く、吸血鬼が出たとかなんとか、二人は話していたらしい。

 

 確か、吸血鬼は白金級から相手できるんじゃなかったっけ?

 なのにミスリル級が呼ばれるっていうのも変な話だけど、ちょっと強い個体でも現れたんだろうか?

 

 もっとも、考えた所で私には関係はないし、それよりも昨夜の路地で見かけたあの嫌な目をしていた快楽殺人者の女のことの方が気になる。

 別に人間が何人死のうが、それが知らない相手ならどうでもいい。

 けれど、少なくとも自分のよく知る相手や身の回りの誰かが殺されることになるのはちょっと嫌なのだ。

 大事にしているコレクションが壊されたり、ペットを殺されたりするかもしれない的な感覚に近いのかな。

 

「……ほとぼり冷めたら、探して消しとこ」

 

 密かに決意して風呂からあがる。

 

 軽く身体の水分を拭くと裸のままベッドにダイブした。シャーレが折角、着替えとして真紅のドレスを出して置いてくれたのだが、袖を通すのも面倒だったのだ。

 流石に昼からの客が来る前に着替えるつもりだけど、風呂で熱った身体をさますように私は新しいシーツを堪能しながら、一人で寝るには広いベッドの上を転がり、部屋を眺める。

 

 板ガラスを利用した中庭に面した窓、アンティークのような飴色の猫足のスツールとガラス鏡のついた美しい装飾の施されたドレッサー。寝転んでいるベッドはクイーンサイズか、キングサイズくらいはありそうな大きさでドレッサーたちと同じ猫足のモノ。奥には衣裳部屋兼シャーレの寝室に続く扉が見える。そして永続光を利用した照明器具と、床にはロココ調の敷き詰められた絨毯。

 

 調度品はどれも素晴らしいものだけど、この世界の文化レベルから考えるとちょっとおかしい。

 やっぱり、魔法があることで発展が歪になるんだろうなあ。

 

 本当は……今までに知ったこの世界の情報をかえりみれば、もう一つの理由を思いつくけど、それはあえて考えない。

 

 目を閉じて溜息をつくと、着替えるために起き上がる。

 その時に見えた、ガラス窓の向こう側はとても良い天気だった。

 

 

 

 

 

 イグヴァルジが死んだことを知ったのは、翌日の昼過ぎのこと。

 

 吸血鬼討伐に巻き込まれて、パーティが全滅したらしい。

 教えてくれたのは魔術師組合長のラケシルだが、死んだと聞かされても特に何か感慨があるわけでなく。

 常連客が一人減ったなくらいしか思わなかった私である。

 

 私は今、魔術師組合に駆り出されている。

 その強大な吸血鬼を倒したという漆黒の英雄の鎧を直すためである。

 どうやら、数日前に見たあの漆黒の鎧と美人さんの二人組が件の英雄のパーティのようだ。

 

 別に私は魔術師組合に登録しているわけではない。しかし、一度ラケシルが悩んでいた仕事に気まぐれで手を貸してしまったせいで、厄介な仕事の時は依頼して来るようになったのだ。

 今にして思えば、私が気まぐれを起こすとろくな事になっていない気がする……

 組合員じゃないのに手伝わせていいのか、魔術師組合。しかも娼婦にだぞ、魔術師組合。

 

 一部の魔術師達が私を見てヒソヒソとなにやら話をしているし。

 黒や茶、灰、紺などの地味色のローブ姿の男女の中、私の薄紫のシフォンのドレスはかなり浮いているのだ。せめて、上に着ていた茶色のローブを脱がずに着たままでいれば良かっただろうかと、周囲を眺めつつ思う。

 魔術師の中には、極稀に看破の魔眼とも呼ばれる相手が使用できる魔法の位階を見ることができる生まれながらの異能(タレント)持ちもいるけれど、幸いなことにこの街にはそういう異能持ちはいないはずだから、単純に場違いなドレス姿の女がいることに困惑しているだけだと思いたい。

 そういうのがいる時は探知阻害のマジックアイテムを身につけるか、そいつを文字通り消すかしないと暮らしていけないので割と面倒なんだよね。

 

 組合に持ち込まれていた、そのアダマンタイト製の漆黒の全身鎧は、焼け焦げ、切り裂かれたような爪痕で大きく破損していた。

 口外厳禁と言い含められたが、話によれば吸血鬼を倒すために第八位階の封じられた魔封じの水晶を破壊し、暴走させた結果がこれらしい。

 確認した森の戦い跡は広範囲にわたって黒色化し、一部は砂漠化していたそうである。

 

 魔封じの水晶の暴走――――ね。

 

 うん、それ嘘だ。言い訳として用意したって感じがする。

 魔封じの水晶は傷つけたり、壊したところで使用不可になる程度で、そんな破壊力など出ない。

 

 考えたくなくて見ないふりしていた理由の一つが目の前に転がってきた感じがある。

 

 たぶんだけど、あの二人のどちらか。もしくは二人共、ユグドラシルのプレイヤーだと思う。

 話がしたい気持ちもあるけれど、あいにくと私は一時期晒しスレに祭りが起きて、名前とスクリーンショット画像まで載っていた姫だ。

 その晒しスレの情報で私を知っていた場合を考えると、色々とリスクが高すぎる。

 おまけに自分は異形種プレイヤーだ。この世界ではいきなり殺し合いにはならないと思うけど、相手が人間種ではユグドラシルの時は殺されかねなかったし……。

 

 実際に現地に行って直接調べないと詳しくはわからないけれど、聞いた戦闘跡から考えると本当に使われたのは、超位魔法の《失墜する天空(フォールンダウン)》かな?

 範囲内のあらゆる物を燃やし尽くし、溶かし尽くす……って言ったら、それくらいしか思いつかない。

 でも失墜する天空じゃ森を焼くことはできても、黒色化と砂漠化の理由が説明できない。

 砂漠の一部がガラス化してたってことは、焼く前に地面が砂になってたってことよね……地面を砂にするってなんか方法あったっけ?

 

 《天地改変(ザ・クリエイション)》はフィールドエフェクトを変更する魔法だけど、それで森を砂漠にしたのかな。

 でも、それだと何のためにわざわざ砂漠になんてしたんだろう。森への延焼防ぐにしたって他に方法あるだろうし……

 

 うーん……それとも、何かのクラススキル?

 そこが謎だ。 

 

 もちろん、このことは誰にも言うつもりはない。

 言った所で、ここの常識の範疇外だからだ。

 第三位階魔法が限界のところに第十位階どころか超位魔法。彼等からしたら神をも超える領域だろう。

 

 そうやって何食わぬ顔のまま、詳しい経緯や説明を聞くと、私は指示に従って鎧を修復した。

 

 

 英雄の二人は、それにふさわしいアダマンタイトへ昇格したそうだ。

 生きた伝説、冒険者達の憧れであり、人間の切り札。

 

 彼等は、まさに主人公(ヒーロー)だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――この世界には、ユグドラシルのプレイヤーが来ている。

 

 六大神とか八欲王はその最たるところで、口だけの賢者や英雄譚として残る十三英雄、天空を駆け続けた有翼の英雄、水晶の城を支配する姫君などは間違いない。

 

 文化の発達が歪む理由はそこにある。

 彼等が手を貸したことで完成されたモノを与えられて、歪んだままに文化が発達したのだと思う。

 

 私はこうして人間に紛れて、力を隠して生活することを選んだけれど、彼等はそれを選ばずに自分の望む形に世界を動かした。

 私の選択を彼等は笑うかもしれない。『折角の力を利用しないのか』と。

 

 でも、考えてみて欲しい。

 

 異形種である自分が、たった一人で平穏に暮らすなら他に選択肢がない。

 仲間がいれば別かも知れないが、私は一人だ。

 一人だからこそ、目立たずに溶け込んで傍観者になった。

 

 この選択に私は後悔はしていない。


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