元姫は異世界で娼婦をしています   作:花見月

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第6話

 修復作業は時間がかかり、作業が終わると組合内の一室で参加した魔術師達へ睡眠を取るための毛布や軽い食事代わりのスープと硬いパンが配られた。

 疲弊している魔術師が多く、この状態で帰宅させるにも問題があると判断したみたい?

 とはいえ、私はそれらを辞退していつものローブをまとって部屋を出る。

 出て行く私を心配したのか、係りの者から呼び止められそうになったが無視して、そのまま外へ歩き出した。

 

 魔術師組合に来た昼過ぎは雨は降っていなかったはずだけど、少し前に通り雨でも降ったのか所々に水たまりができて、空気が心なしか澄んでいる気がする。

 時刻は、もう夜と言っていい時間だ。灰色の雲の合間から見える黒から濃紺とも濃紫とも言えるグラデーションの夜空の色のもと、永続光の街灯の明かりが足元を照らしていた。

 

 本来であれば今頃は予約客の相手をしている時間だ。でも、魔術師組合からの呼び出しということもあって、今日の相手は私の隣室の姐さんが代わりを務めることになっている。

 彼女は影で『あいつの客を奪って私こそがナンバー1になるんだから!』と日々常々、意気込んでいたみたいだけど、たぶん無理だろうなあ。

 だって、シャーレにそんな影口を叩いてる現場をよく目撃されて、挙句私に報告されるようなレベルだもの。

 

 うん、前にも言ったかもしれないけど、女の争いは陰湿なんですよ?

 まあ、全ての女がそうだと言い切ってしまうのは短絡的で視野が狭いけどさ。

 

 影口に脚の引っ張り合いは当たり前。演技はデフォルトで表裏で態度が違う。

 ドレスを破られたり、汚されるのは序の口。私が自由に外を出歩くことを利用して、商売道具の顔や身体を傷つけるために暴漢を雇ったり、メイドを買収して毒を盛ったり。

 それに、こういう嫌がらせをする相手は同じ娼婦だけじゃない。客の恋人や妻、果ては愛人が乗り込んできて騒ぎになったことだってある。

 

 こういう職業(高級娼婦)について、なおかつ上位にいる女はプライドが高いイキモノで、やることは姫の争いと似たようなものだ。

 権力や財力といった力に憧れ、自らを高く売る努力を怠らない。ライバルは蹴落としてでものし上がろうとする。

 逆に客の恋人なんかの場合は……女のヘイトは同性に対しての方が高くなるから、よくよく考えなくても完全に男の方が悪いのに相手の女を恨む。

 『この泥棒猫!』とか『あんたがあの人を誘惑したんでしょう!?』なんていう、使い古されているけれど、言われる可能性の高い台詞には、それが如実に現れてると思う。完全に相手の男に対する愛情から暴走してるもの。

 

 自分で言っててあれだけど、こんな裏の部分なんて、誰も知りたくないだろうなあ。

 華やかな光の部分があれば、影にこういった部分があるのは仕方ないことだと思うんだけどさ。

 私にとっては娼婦なんて嫉妬と欲望をともにするような仕事している限り、付き合い続けなければならないことだし、こういうのを楽しんでいるところもあるし。

 

 まあ、今お世話になっている紫の秘薬館では、女将さんの娼婦への教育や客をそれなりに選んでいるからか、揉め事らしい揉め事はあまり経験していない。

 精々、ちょっとした客同士の喧嘩だったり、娼婦同士の影口の言い合いくらいですんでいるから、今まで暮らした娼館の中でも、待遇も質も破格の場所だと思うのよ。

 

「うん……不満はない」

 

 けれども……もう、この街を出ようかな。

 

 館を辞めるにしても、シャーレのことや常連客達への対応はどうするのか? といった面倒事が頭をよぎるけれど、一人で生きてきた私にとって同じプレイヤーらしき存在の出現は、住み慣れてきたエ・ランテルから離れることを考えさせる程度にはショックだったらしい。

 

 一人じゃなかった時もあったけれど、それはもう過ぎたことだ。

 

 チクリとどこか痛む心を無視して、歩き出す。

 私が向かっていたのは北門だ。別に今すぐこの街を出るわけではない。まずは、例の森の中の戦いの跡地をこの目で確かめてこようと思っている。

 魔術師協会に泊められていると娼館の者達は思っているだろうし、自由に動ける今がチャンスだろう。

 もちろん、そのまま門を出れば衛兵に止められるのはわかっているから、門付近の路地に入ってから元の姿に戻り、種族スキルで不可視化すると空へと舞い上がる。

 夜ではあるが、大体の方角も聞いていたので、そのまま向かった。

 

 

 

 

 

 聞いていた方向に進めば、上空からもその場所はポッカリと空間が空いていて、すぐ分かった。

 数日間は調査が入ると聞いているけれど、夜は調査を中止して街に戻っているらしく、跡地付近には人の気配はしない。

 

 私は地上へと降りると、アイテムボックスから宝石のように輝くスカージ『シェンディラ』を取り出した。

 スカージは棘鞭とも言って、本来は革紐に無数の金属や骨の棘をつけたものだけど、これは鞭の部分が棘のついた鎖になっている。

 この武器は私がサキュバスになった際に取り巻きから、是非使って欲しいと渡されたものだ。

 シェンディラからは『輝ける修道会』と名付けられた13人の悪魔の聖歌隊を召喚し使役できる。

 この悪魔達は一見するとヴェールをつけた美しい修道女のような姿をしているけれど、服の下は鉤爪のある手と山羊の蹄の足を持った異形だ。そして、姿は修道女だが信仰系の魔法を使用するわけではない。

 

「この跡を調べたいから、誰も寄せ付けないようにしなさい」

 

 召喚した彼女達にそう言って命令を下すと彼女達は深く礼をとったあとに散開して、美しい声で歌を歌い始める。

 恐らく、人払いの効果のある歌だろう。この歌は聴力があるモノ全てにかかるはずだ。

 

 シェンディラはサキュバスの女王が持つ武器をイメージして作られたらしいのだが、ユグドラシルの時は完全にロールプレイ用でしかなかった。

 何故なら神器級という一級品にもかかわらず、純粋な武器としての攻撃力は聖遺物級程度しかない。その上、召喚される輝ける修道会はバード以外のスキルを持たない悪魔だ。レベルも低く、単純に悪魔を召喚するだけなら位階魔法の悪魔召喚のほうが余程使い勝手がいい。そして、ユグドラシル時代は歌うことによってバフやデバフを掛けたり、結界を貼ったりする程度で、それも高レベルが相手では無意味になる事が多かった。

 こちらに来てからは高レベルと言える存在もないし、帰還を命じないかぎり召喚されたままになったことで使い勝手は良くなり、便利といえば便利だけど……彼女達にきちんとした意志があるのかはわからない。私の命令にはきちんと反応はするけれど声は出さず、言葉を発するのは歌うときのみなので。

 故に、私は必要なときにしか彼女達を召喚しないし、用が終わればそのまま帰還させる。

 

 それにしても、彼女達はどこから呼ばれどこに帰るんだろうか?

 

 私にとって永遠の謎の一つを考えながら、ここに来た目的を果たすことにした。

 

「……うん。間違いない、これは失墜する天空が使われてる……」

 

 小一時間ほど色々と魔法を使用して、跡地を調べた結論は、話から推測したことを裏付ける材料にしかならなかった。

 

 逆に浮上した問題は、何故そんな超位魔法を使用したのかということだ。

 そこまで使用しなくとも、位階魔法で殲滅できないものでもないはずなのに。

 

「これって、吸血鬼もプレイヤーだったのかな……?」

 

 考えた所で、答えは出ないけれど。

 その可能性も頭に入れると、私は輝ける修道会の彼女達を帰還させ、街へと帰ることにした。

 

 

 

 

 ――そして、私は街道付近の森の中で、行き倒れらしきものを発見してしまった。

 

 普通の人間なら、そこにいたことも気が付かないのだろうけれど、私には見えたから仕方ない。

 それが彼にとっては運が良いのか悪いのかわからないが。

 

 その男は、雨に打たれるに任せたままだったのか、長めの髪も服も水を含んで貼り付いていて背中を大木に預けるように倒れていた。右手に持った剣……あれは、刀? だろうか……を抱えこんで。

 

 刀はこの世界では南方の砂漠の中の都市で作られる非常に珍しい武器らしく、手に入れるにはかなりの金銭が必要だ。だから、大切そうに抱え込んでいるその姿に、刀を手に入れるために食い詰めた冒険者だろうかとも思ったのだけど、よく考えればおかしい。こんな森の中で一人。旅装というわけでもない。

 

 いつもの私だったら、見なかったふりをしていただろう。

 どう考えても厄介な代物の気配がするし、割りきって関わらなかったはずだ。

 なのに、どうしても、それが気になってしまったのだ。

 

 私は地上へと降りると不可視を解いて、人の姿へ変わるとゆっくりとその男へと近寄る。

 気配を消すのは苦手だが、少なくとも普通の人間には気取られることはないだろう。

 

 倒れたままで反応はないが、胸が上下して呼吸をしている所を見る限り生きている。みすぼらしく汚れてはいるが、ケガらしいケガはない。

 よく見れば、細身だが鍛えられた身体だ。実践で鍛え上げたのだろう、刃物によるものと思われる無数の傷跡が、鋼のようなその腕に刻まれていた。

 びっしょりと濡れた髪の間から、端正ではあるが疲労感の溜まった無精髭に彩られた顔が見える。

 

 その顔を見て、私はどうして気になってしまったのか納得してしまった。

 

 行き倒れの顔色は悪く病人か死人のようだったが、その顔立ちは()()()によく似ていた。忘れようとしても忘れられない、私の思い出の中に生きるあの傭兵剣士と。

 もちろん、こんな行き倒れと自信と気力で溢れていたあの人は似ても似つかないと心のどこかで叫ぶ声がするけれど面影を重ねてしまう。

 

 生まれ変わり……とか、そんな言葉がつい頭をよぎったけれど、あるわけがない。

 このまま放っておいてもいいが、その後、私は気になって仕方なくなるだろう。

 ならば、腹を括ってこの男を連れて帰った方がいい。

 

 私は軽くため息を付いて、空を見上げた。

 見上げた空には、雨の名残の雲が少しはあるものの、小さく瞬く星々が見えた。





原作を読み&聞き返して、割と間違いや思い違い等に気がつき、更には当初のプロット通りに進めると、今までのイメージ壊すんじゃないかという壁に当たりました。

それでプロット通りか、それとも変えるかで悩み、筆が全く進みませんでした……

とりあえず、プロットのまま進めることにしたのですが、完結したら別のルートも書こうと思います。未熟で申し訳ありません。

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