元姫は異世界で娼婦をしています   作:花見月

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・途中で視点が第三者に変わっています。



第7話

 今日の予約は昼間はキャンセルになり、夕方からの一夜買いしかない。

 常連の誰かを呼ぼうかなとちょっと考えたけど、昼間は仕事がある確固たる地位にある人がほとんどだ。

 流石に、昼間っから女遊びさせるのはそういう立場にある人たちには申し訳ないし。

 自由業と上にルビが付きそうな冒険者の常連もいないでもないけれど、そっちはそっちで金銭的に余裕が無い客ばかりだ。

 そう考えると、ミスリル級冒険者で金払いの良かったイグヴァルジは割といいお客だったんだなと今更惜しい人物を亡くしたと思った。

 

 さて、暇になったのは良いけれど、先日の件もあって自主的に外に出ることを私は控えている。

 だから、外出はできないわけで。でも、部屋でごろごろするのもいい加減飽きた。

 

 ――そんなわけで、とある人物の様子を見るために、シャーレを連れて護衛達の宿所に向かった。

 

 護衛達の宿所は娼館の裏手にあり、同じ敷地にある。だから、何かあった時もすぐに対処できるようになっているのだ。

 

 待機している彼等は、暇そうに武器を磨いている者や、トランプのようなカードゲームで賭け事に興じている者などそれぞれが思い思いに過ごしているようだった。

 

 娼館のお抱え護衛はそれなりの腕も必要だけど、見た目も重視される。もちろん、優男のイケメンという意味ではなく真逆の意味でだ。まさに用心棒のための見た目というやつだ。そのためにゴツくていかつい、いかにもな男ばかりで、あまりそういうのが好みではない私としては、この部屋は割とうんざりする場所だ。実際、暑苦しくて、男臭い雑居部屋なので長居はしたくない。

 

 ざっと見た所、彼はいない。街の方に出かけているのか、館の見回りに行っているのか……

 仕方なく部屋に戻ろうかと思えば、シャーレが入口近くの窓際で煙草を吸っていた男と何やら楽しそうに話をしている。

 中断させるのも悪いなとそのまま見なかったことにして帰ろうとすると、私が帰りかけているのに気が付き、小走りでシャーレは戻ってきた。

 

「姐さん、置いてかないで下さいっ! 聞いてみたら、中庭にいるんじゃないかって言ってましたよ」

 

「あら、ありがとう。話、途中で切り上げてよかったの?」

 

「良いんですよ、仕事中ですし」

 

「ふーん。ところで、あの人は恋人? ずいぶん楽しそうだったけど」

 

「……ハァ? 何言ってるんですか…………姐さん、私の事バカにしてます? 私、姐さんに借金立て替えて貰った、言わば買われた身なのに、そんなことに気を取られてる場合じゃないんですよ?」

 

 同じ娼館にいるただの同僚だとわかってはいたけど、ちょっと軽口を言ってみただけなのに、シャーレの真顔の反論と正論にぐうの音も出ない。

 

「あ、うん……も、もちろん、冗談よ?」

 

「それに、あの人は前に一緒に姐さん迎えに行った人ですよ。姐さんだって覚えてるでしょう? ……まさかとは思いますが覚えてないとか言いませんよね?」

 

「…………」

 

「……いい加減、興味がない相手でも顔と名前くらい覚えて下さいよ」

 

 うん、なんかもう……ほんっと、ごめん。覚えてなかったとか、言えない。

 言われてみれば、あの男は以前私が仕立屋に出かけたまま遅くなった際に、シャーレに付き添ってきたあの護衛っぽい。せめて名前くらいは覚えてやるべきだろうか。

 客や興味がある相手なら、ちらっと見ただけでも忘れない素晴らしい記憶力も持ってるんだけど……無関心な相手だと忘れるのよ。まるで記憶容量をその程度の相手に使うなんて勿体無いかのように。

 でも、仕方ないじゃない、私人間じゃないし?

 

 そんなことを、薄笑いでごまかしながら考えつつ、中庭に出た。

 

 庭には眩しい太陽の光が降り注ぎ、シーツやベッドカバーといった大物から、娼婦達の下着や夜着などの色とりどりの洗濯物が風にたなびいている。

 

 その合間から、男の姿が見えた。

 

 刀の鯉口を切り、腰を落として体勢を低く下げて正面を見据え、息を止めて素早く刀身を抜く。

 逆袈裟斬りというのだろうか? 下から斜めに切り上げ――そのまま返す刀を袈裟斬りに振り下ろす。

 刀は、削ぎ切るための武器。だから基本的に叩き斬る剣と違って、動きも自然とそれのためのものになる。

 まるで刀で優美な舞を踊っているようで、その刃が陽光を反射して眩しい。

 

 普段なら、そのまま声をかけに行ってしまうところだけど、雰囲気に当てられたのか、私もシャーレも無言でその舞を見ていた。

 

 刀を静かに鞘に戻したことを確認した所で、声をかけるために側に近寄る。

 

「…………どう? ここには慣れた?」

 

「ん……? ああ、アメリーか」

 

 こちらに振り返って、私に軽い返事を返してきた彼に、シャーレが腹立たしいとばかりに私の前に出た。

 

「ちょっと、ブレイン! さんをつけなさいよ、このモロダシ粗○○野郎。拾われた分際で姐さんを呼び捨てとか、分をわきまえなさいよ!」

 

 ちょっと、シャーレさん! 女の子が何言っちゃってんの!? しかも、そのセリフの元ネタどっかで聞いたことあるけど、何故そんな言葉がポンポン出てくるの貴女。実は、転生者とかじゃないでしょうね?

 とっさに口をつぐんでそんな風に叫ばなかった自分を褒めたい。

 いや、まあそんなことはありえないし、普通の人なのはわかってるけど我が専属メイドながら、とんでもない発言にドッキリさせられ、思わずマジマジと彼女を見てしまう。

 モロダシ以下略には話すと長……くはないが、原因は彼にはない。諸々込みで、どう考えても私が悪いんだけど、ブレインにとっては忘れたい黒歴史だと思う。

 実際、言われた瞬間、彼の顔色は青くなり、ひきつった表情になっている。

 

「シャーレ……黒歴史をエグるのはやめてさしあげて」

 

「え、くろれきし……?? えと、それって」

 

「あー、その意味から説明しないといけないのね。真っ黒に塗りつぶして忘れたい酷い過去って言えばいいのかな」

 

「……なるほど。理解したですよ!」

 

 まさか、黒歴史の意味について説明を求められるとは思わなかった。

 ……そういえば、黒歴史とかこっちに来てから、初めて他人に向かって言ったかもしれない。

 

 今まで会話自体は何故か成立するからあまり深く考えたことはなかったけど、文字はまるで違うんだものね。だから、同じ意味に当てはまる言葉がなければ通じないのもしかたない。本当に異世界ならではだ。

 これもきっと、過去に会話が通じるように何かしたプレイヤーがいたんだろう。魔法ではアイテムに付与しなくちゃ永続効果には成らないし、他の国や亜人にも通じるのが謎だし……永劫の蛇の腕輪でも使ったのかな?

 変な所に感心していると、その間に立ち直ったらしいブレインが口を挟んでくる。

 

「……あの時は悪かったな。ただ、できれば忘れて欲しいんだが……」

 

「口にしない事はできても、忘れるのは無理ね。諦めなさい」

 

「ですよねー。流石にあれは酷かったですし」

 

 私はシャーレと頷きながら、あの時のことを思い出していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――バサッと突然頭にかかってきた布状の何かのせいで、フッ……と意識が覚醒した。

 

 覚醒した瞬間は、頬に触れるベッドカバーのリネンの感触に何故自分がこんな体勢をとっているのかと悩んだものの、昨夜のことを思い出して身じろぎもせずに寝ているふりを続けた。

 どうやら、寝台のかたわらに座り込み、よりかかるように寝ていたらしい。

 薄く目を開くと、まだ部屋が薄暗いことから、太陽が昇る前の明け方位の時間みたい?

 昨夜拾ってきた男のずぶ濡れの服を脱がして、軽く体を拭いて寝台に寝かせた後、久方ぶりの繊細な魔法行使に私は気が抜けて眠ってしまったのだろう。足元には、投げ捨てた私のローブや男の服が無造作に置かれていた。

 

 気配から察するに、私が覚醒する少し前に昨日の男は目が覚めたらしい。

 彼が身体を起こしたためにリネンがはだけられ(そのリネンがかかってきたために私は目覚めたみたい)、彼は裸で柔らかな寝台に寝ていたことに驚き、手元に刀があることに安堵したようだ。

 

 広い豪華な調度品のある見知らぬ部屋、その絨毯の敷き詰められた床に彼の服が投げ捨てられたように無造作に置かれている。訝しげに表情を固くし……ぐるっと見回してから、ようやく足元の方で寝台にもたれかかって寝ている女、つまり私を見つけた。

 しばらくこちらを見つめていた彼は、その後、リネンをひったくるように引き寄せて被り、震えだした。

 まるで何か恐怖する対象を見つけたかのように刀を抱え込み、震えからくるガチガチという小さな歯の音が薄暗い部屋に響く。

 

 え……なにごと? 何で私を見て怯えているの?

 まさか、気を失っていると思っていたけど、拾ったあの時目覚めていた?

 いや、万が一目覚めていたとしても、ここまで彼を運ぶのは魔法の《完全不可視化(アンノウアブル)》と《浮遊板(フローティング・ボード)》で行ったし、移動は人間の姿のまま《転移門(ゲート)》でこの部屋と直接繋げたし、悪魔としての姿は彼の前には晒していないはず。

 

 とりあえず彼と話してみないと原因はわからない。

 寝たふりをするのをやめ、身じろぎし、伸びをする。

 そして、たった今起きたかのように、小さなあくびをしてから、立ち上がった。

 

 

 * * *

 

 

「あら……起きてたのね。おはよう――と言うには、まだちょっと早すぎる時間かしら」

 

 薄暗い部屋の中、高価な薄絹の平織りを幾重にも重ねて作られた広がる裾のドレスを身にまとった女は、寝台で震える男にその柔らかく耳障りの良い声をかけた。

 

「濡れたまま寝せるわけにはいかなかったから、服を勝手に脱がせたことは謝るけど……何もしていないわよ? そんなに怯えないで欲しいのだけど」

 

 返事がないことに困ったように首を傾げた後、そのまま彼女は壁際に歩いて行く。

 壁際に設えられた永続光式のランプに光を灯すと、彼女の姿があらわになる。

 薄暗い部屋でも十分判別できたのだが、まるで造られた人形のような素晴らしい美貌の女である。光に照らされ、艶やかな絹の様な長い黒髪に白磁の様になめらかな肌が目立つ。少し小柄で華奢なウェストと対象的な豊かな胸はドレスの胸元から溢れんばかりで、紫水晶のような深い紫の瞳がきらめき、紅を載せた赤い唇が誘うように弧を描く。

 女の立ち居振る舞いは優雅で、どこの高貴な令嬢かといった所であったが、ドレスの造形が脚線美を前面に出したスリットがあり、扇情的で年頃の令嬢が着るものとしては相応しくない。そして、どこかで嗅いだことのある甘い香りが立ち込める部屋の淀んだ空気も、ただの令嬢ではないと男の脳に訴えている。

 

「ここ、は……、……か?」

 

 ベッドカバーのリネンを頭から被り、震えてかすれる声で男は問いかけた。

 

 彼の武人としての矜持と心を砕き、人の努力とは全てが儚く虚しいものだとトラウマになる原因を作った化物も、見かけは高価なボールガウンドレスを纏った美の結晶のような美しい少女であった。

 その少女(化物)に圧倒的な実力差で敗れ、逃げ出した森の中で彷徨い、最期に自分が目指した王国最強と言われる男に会いたいと思ったことまでは彼は記憶している。

 その後、どこをどう歩いていたのか、わからない。雨に打たれながら、森の中を街道を目指していたと思うのだが、気がつけば見知らぬ部屋の寝台に全裸で寝ていた。

 

 だからこそ。今、目の前の人外とも言える整った美しさを持つ女に対して、ブレインは恐怖する。

 この女も、あの化物の仲間かと疑心暗鬼に襲われたのだ。

 

「ん、何か言った?」

 

 かすれた声だったためか、内容が彼女は聞き取れなかったらしい。

 先程と同じように首を傾げ、やはりブレインから返事がないことに眉をひそめた。

 

「貴方、どこまで覚えてる? 雨上がりに行き倒れていて……私が拾ってこなかったら、貴方死んでたわよ?」

 

 いつの間に手にしていたのか、ガラス細工の水差しと同じデザインのグラスの載った金のトレイを寝台の横のナイトテーブルにそっと置いた。

 

「だから、そんなに怯えないで欲しいんだけど……まあ、いいか。ここは、エ・ランテルにある紫の秘薬館。早い話が娼館よ。割と有名な高級娼館だから貴方も聞いたことあるんじゃない?」

 

 確かに、その娼館の名前はブレインも聞いたことはあった。以前いた傭兵団とは名ばかりの野盗の集団でさえ、時々話題になっていたのだ。

 しかし、強くなることに全てをかけ、女に興味が無いブレインは詳細までは覚えているわけがない。

 

「私はここで働いてる娼婦のアメリーよ。で、この部屋は私の部屋ってわけ」

 

 そう言いながら、彼女は水差しからグラスに水を注ぎ、ブレインに差し出した。

 差し出されたグラスを一瞥するも、ブレインは受け取らない。

 

「別に毒なんて入ってないわよ? 水でも飲んで少し落ち着けばと思っただけなんだけど……」

 

 ため息をついて、アメリー……アメリールはグラスをトレイに戻す。

 

 けんもほろろ、取り付く島もない。まさにお手上げ状態で、彼女はブレインへの対応に困っていた。

 昔の男に似ていたからと拾ってきたものの、ここまでおかしな状態になっているとは思わなかったのである。

 精神安定か状態異常正常化のポーションは、アイテムボックスにあったっけ? ……と彼女が考えはじめたころ、この部屋の入り口の扉ではない、もう一つの扉がノックされた。

 そこは、アメリールの衣裳部屋を兼ねた続き部屋であり、その部屋から直接娼館内部に出ることもできることから、専属メイドのシャーレの部屋でもあった。




・次話も第三者視点のまま、続きます。
・読み返してなんか夢っぽいですが、恋愛は今後もないよ!(ここ重要)

投稿遅くなりましてすみませんでした。
今後はこんなに間を空けないようにしたいと思います。

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