ガリア海戦記(改訂版)   作:ウルティ

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 連続投稿です。


第一話 開戦の狼煙

 征歴1935年3月10日

 ランドグリーズ グラズ湖

 

 ランドグリーズと地方を繋ぐ水運の要として、古来より盛んに使用されてきたグラズ湖。

 平時ならば民間の輸送船や漁船が行き来を行なっていたであろう其処は、帝国との戦闘状態へ突入した今、ガリア海軍西部方面軍の合流地点として重要視されることになり、帝国より投げ渡された最後通牒より3日、ガリア公国元首であるコーデリア・ギ・ランドグリーズの声明より2日、と数えて5日が経過した3月10日の時点で西部方面軍に属する艦艇の凡そ八割――32隻が合流を果たしていた。

 そうして集まった彼女達とそれに命を預ける人々は、即動体制の維持や訓練の積み重ねによって、これから立ち向かわなくてはならない嵐への備えを可能な限り磐石なものとする。

 祖国の存亡を賭けた戦争の足音がすぐ其処まで迫っていた――。

 

 

 戦時特有のピリピリとした空気が続く中。埠頭に設けられた一つの大型艦用乾ドックが注水を終え、中身を湖面へと吐き出した。曳航を行うタグボートと共に盛大な水しぶきを上げながら解き放たれたその巨大な鋼鉄の塊は、前部に背負い式で二基、逆向きで一基のピラミッド配置、後部に同じく背負い式で二基、と計五基十門で備え付けられた連装主砲が目を引く大型の巡洋艦。しかし、その外見は通常のガリア海軍艦艇の証である灰青色迷彩塗装と大きく異なる白を基調とした曇白色迷彩塗装を纏っていた。

 そんな彼女は、ガリア公国海軍に所属する身であっても【ガリア公国“正規”海軍】ではない。

 

 【ガリア公国“近衛”海軍】 

 

 平時に於ける哨戒といった諸々の任務を一切行わず、ただ大公家の命によってのみ動く、軍と銘打たれた実質的な私設艦隊。故に、その優美な外見とは裏腹に、ガリア公国正規海軍将兵には忌み嫌われ、大公家の忠実なる“番犬”として唾棄される存在。それが彼女の所属する組織であった。

 

 

 そんな悪名高き近衛海軍所属の巡洋艦内。【艦長室】のプレートをドアに付けられた部屋の中で、一人の青年が上層部に提出する報告書の作成を行なっていた。慣れた手付きで流れるように埋められていく文面。しかし、直後に鳴らされたノックの音がその動きを一時中断させた。

「誰だ?」

 男性にしては少し高めな、しかし自然と心に溶け込む穏やかな問い掛けが狭い室内に響き渡る。その数瞬後、十代半ばな少女特有の甲高いハキハキ声が室外より返された。

「整備班班長イリア・シュナイザー技術中尉ですじゃ! 入りますじゃ!」

「…………」

「ど、どうしたのじゃ兄者? 早く入れて欲しいのじゃ」

「はぁ……分かった。入れ……」

 艦長である青年――バーゼル・シュナイザー中佐が溜息を吐きつつ眉間に皺を寄せたところで、墨色の艶やかな髪を肩下で切り揃えた小柄な少女――イリアが、湿気で歪んだ木製のドアを軋ませつつ入ってきた。その手に抱えられているのは書類らしき紙束。どうやら、何かしらの報告を行う為に此処を訪れたらしかった。

 とはいえ、何時まで経っても兄離れすることができないのは如何なものか。

 いくら齢十七の身に過ぎないといっても、イリアは歴とした、ガリア公国近衛海軍第三水雷戦隊旗艦【アルサロレーヌ】所属の整備科班長として、日々の整備作業やその管理維持、更には戦闘時に於ける応急修理(ダメコン)など、文字通りこの艦の生命の全てを任される人物である。

 そんな責任ある立場の人間が、今、このような目立つ振る舞いを見せることは、同じく艦長という役職を預かるバーゼルにとって余り好ましいとは思えなかった。

 これから自分たちは祖国の存亡を賭け、強大なる帝国海軍に立ち向かわなくてはならない。

 そんな非常時に、今のようなイリアの態度は、艦全体の和を乱す要因になりかねなかった。

 無論、バーゼルにとって四歳年下の妹であるイリアは目に入れても痛くないと思える程愛しい存在であることは言うまでもない。

 しかし、だからこそバーゼルは、例え身内に疎まれる結果となろうとも、己に課せられた責務に私情は挟まない覚悟を、最後まで貫き通そうと決めていた。

 そうして確固たる意志を持つに至った青年は、前に立つ家族に向けて重々しい動きで言葉を紡ぐ。

「……イリア中尉。軍人である以上、公私の分別はしっかり持て、と何度も言っていた筈だが?」

 机仕事に使っていた万年筆を筆立てに戻しながら、バーゼルは貫くような視線でイリアを見据えた。その際、愛する家族を叱るという行為にチクリと心が疼くも、妹の為と努めてそれを維持する。

 イリアの為にも、そして何より自身の為にも、バーゼルはこれから襲い来る、そして無事に乗り越えなければならない嵐――初陣に最低限向かい合えるだけの意識を持ち得たかった。

 しかし、そんな彼の思惑に反し、いきなりの冷視線に晒されることになったイリアは、

「う、うにゅっ!? そ、それは……」

 そのような兄の深い思いまで読み取ることができず、結果、アタフタと狼狽してしまう。そして、それは何処か、小動物然とした可愛げのある反応だった。

 この予想外の切り返しに対し、バーゼルは先程までの自身の決意もあって何とか今方の表情を繕おうとするも、叶わず吹き出してしまう。

 兄の面目丸潰れであった。

 一方イリアの方も、冷酷無情な上官から一転、普段通りの柔和さを見せた兄の変化に暫く目を白黒させていたが、やがて自分の情けない姿が笑われたのだと悟ると、途端に頬を紅潮させた。

「ううっ……酷いのじゃ。自分の妹を虐めて楽しむ鬼畜兄者が此処に居るのじゃ」

 紺碧の瞳にジワリと涙を浮かべながら、自分を弄んだ憎き兄を睨み付ける。しかし、その兄の方はといえば、妹の今の抗議さえもツボに入ったらしく、上官の体裁とかそんな大人の事情なんぞ全部吹っ飛ばす勢いで、ブルブルと口元を押さえながら今にも吹き出しそうな衝動に必死で耐えていた。

 反省の色がまるでないバーゼルの姿が癪に障り、益々憮然とした表情を浮かべるイリア。そして、それを見て再度、笑の循環に嵌まるバーゼル。

 二人の姿からはいつしか、つい数刻前に感じられた悲壮感や深刻感といったものは消失していた。

 

 

「全く……兄じ、艦長は普段堅物の癖に、ここぞという時に限ってとんでもないことをしでかすのじゃ……です。本当に反省して下さい」

「……いや、今回は本当にすまなかったイリア中尉。以後気をつける」

「当たり前です!」

 あれから十分間。二人は思いがけず、内心に押し込めていた不安や懸念と言った感情をそれぞれの形にして吐き出すことができていた……尤も、当のバーゼルの方は同じく持ち直したイリアによる逆襲を受けていたが。

「そ、そういえばイリア中尉。此処を訪れた用件があった筈ではなかったのか? まだ此方としても仕事が残っているので、その……手早く済ませてもらいたいのだが」

「……まだ若干納得がいきませんが、まぁ良いでしょう。此処を訪れた用件についてですが……今回の近代化改装に伴って換装された本艦の搭載装備に関すること、並びに、今後の本艦の日程についてです」

 先程までの拗ねたような口調から一転して円滑に語りだしたイリアの腕下には、スペックデータらしき図表に黒々とした細かな文章が記載された書類が抱えられていた。

 一瞬にして士官然とした硬質な雰囲気を纏ったイリアの様子から場の空気が“公”へと移り変わったことを理解したバーゼルは、発言を促した。

「続けてくれ」

「はっ。まずは此方のお持ちした資料を御覧下さい」

 そう言うとイリアは、持っていた資料の束をバーゼルの前に置く。その表題には、赤の機密印と共に黒字で太く【征歴1933年次ガリア公国近衛海軍近代化改装計画】と書かれていた。

 

「昨今、大艦巨砲主義に基づいた超弩級戦艦の建造――所謂【建艦競争】が連邦と帝国の間で繰り広げられる中、我がガリア公国ではその脅威に対処すべく、速力と機動力で相対した敵を翻弄し、勝機の際には装甲の薄い喫水線下を的確に撃ち抜く必殺の魚形水雷――【魚雷】を主兵装とする駆逐艦・巡洋艦と言った快速艦艇で構成された艦隊――【水雷戦隊】を重視するドクトリンを策定し、以後、その整備を重点的に進めてきました。その結果、征歴1935年の現時点で、正規・近衛の両海軍合わせて15個水雷戦隊――それぞれの戦隊の旗艦を務める巡洋艦16隻、その隷下である駆逐艦64隻の計80隻の快速艦艇を水雷戦隊に於ける主戦力として保有しています……が、帝国との国境線を固めるテスチェルバーグの北部方面軍と公都守護の役を仰せつかった我々近衛以外の巡洋艦8隻と駆逐艦32隻は、一次大戦時から運用されてきた旧式艦に過ぎず、実質戦力外となっています」

 

 

 

「つまり、一線級の戦力として帝国海軍と戦えるのは、近衛の4個水雷戦隊と北部に配置された4個水雷戦隊の6個水雷戦隊――合わせて70隻のみである、というわけだな」

「はい。しかし例外として北部方面軍では、連邦からの技術供与を受けて建造された超弩級戦艦4隻を軸とした1個重砲艦隊を有しています。これは帝国の運用する戦艦に対しても負けず劣らずの性能であり、善戦が期待できる代物かと」

 

 新鋭(ガリア基準)快速艦艇70隻と、同じく新鋭の弩級戦艦4隻。確かにこれならば、イリアの言う通り、勝ちを拾うのは厳しくても、善戦することならば可能なように思われた。

 

「我が軍の現状については理解した。それでは中尉、本題に入ってくれ」

「分かりました。一昨夏から今春に掛けて行われた近衛海軍所属艦艇の近代化改修では、以前より指摘されていた主砲火力の増強、魚雷発射管の次発装填の実現化、戦闘時に於ける足回りの強化、この3つの問題の解決が主として行われました。我々三水戦に関してもそれは同様で、旗艦である本艦――オーリア級巡洋艦【アルサロレーヌ】を含めた全所属艦艇――計4隻に先述の改装を行っております」

「……ふむ」

 イリアの説明に適宜相づちを打ちながら、バーゼルは渡された資料の更新装備の目録を熟読する。確かに其処からは、たった今イリアが延べた問題点について、解決を図ろうとしたような姿勢が見受けられた。

「主砲は、大口径化と次弾装填速度の向上による投射量の強化、そして水冷式マシンガンの機構を流用した試製砲身冷却装置の搭載。発射管は、正規陸軍の兵器等を参考に新規で開発した次発装填装置の搭載。足回りは……新型の水噴射式推進機構と従来のスクリュー機構の併用による加速・旋回性能の強化、か」

 船舶関連技術には疎いバーゼルが素人目にざっと見ただけでも、かなりの数の新機軸が盛り込まれている。特に、砲身冷却装置と水噴射式推進機構は、発想自体が彼にとって目から鱗の代物だった。

 

「次は詳細に移ります。まず、本艦の主砲塔についてですが、従来型の6.1インチから新型の8インチ――20.3センチ砲を前部甲板に3基、後部に2基の計5基10門へと換装。加えて、全機械式の揚弾装置と装填装置を搭載することで、艦載の主砲塔としては前例のない毎分5~7発程度の速射を行うことが可能となり、全体的な火力が大幅に増加しました。また、防御面に於いては傾斜装甲を多用する被弾傾斜の設計を行うことで、全体的な防御力の向上に努めています。発射管については、正規陸軍が運用する多連装ロケット発射機といった所謂、飛翔兵器用に搭載されている装填装置を参考に、機力使用の次発装填装置を新規で開発。これにより、戦闘に使用できる魚雷の数が単純換算で二倍となり、戦局を左右し得る決定力が大幅に強化されました。最後の水噴射式推進機構ですが……本艦に搭載前の試験用艦艇を用いた稼働実験では、凌波性や急加減速性、旋回性に於いて良好な成績を修めているものの、従来のスクリュー機構では考えられない圧倒的な燃費の悪さ、内部への液体物浸透に伴う耐久性・整備性の悪化など、実際の運用に関してかなりの癖を有することが否めない代物となっています……私見となりますが、性能を過信しての多用は控えた方がよろしいかと」

 

「……なるほどな」

 目録の次――各種装備について詳しく書かれた部分と、それに補完する形で延べられたイリアの説明をしっかりと吸収し終えたバーゼルは納得したかのように大きく息を吐いた。

 ガリアの巡洋艦としては極めて重武装である五基十門にも及ぶ主砲群。次発装填装置を用いたガリアに於ける決戦兵器【魚雷】の搭載数増加。幾つかの欠点を有し運用に若干の不安を持つものの、着眼点としては特筆すべき新型推進機構。

 これから臨むことになる絶望的な対帝国戦への手土産としては、破格の代物である。

 これら新装備が祖国を救う傑作となるか、それとも試作の域を出ない駄作となるか。バーゼルにとっては戦隊指揮官としての腕の見せ所とも言え、知らず識らずの内に拳に力を込めていた。

 

「……最後に、水を刺すようで申し訳ないのですが、今後の本艦の日程を伝えます。現在進行形で行われている曳航作業終了後、本艦はグラズ埠頭の倉庫群にて必需装備品の搬入作業に移ります。この時、兵站部所属の油槽艦(タンカー)によるラグナ燃料の給油作業も並行して行われることになっています。そして、補給作業の終了と共に出航。実戦を強く意識した完熟訓練を行いつつ、二日掛かりで一路【ガリアの角】――王立海軍士官学校の置かれる港湾都市ロウアーに向かいます。そして、同地で改装を受けていた隷下の駆逐隊計6隻と合流。編成終了後は速やかに、決戦の地――軍港都市テスチェルバーグへ北部方面艦隊の増援として駆け付けることとなります」

 

「……はっ?」

 一瞬、バーゼルはイリアが何を言っているのか理解出来なかった。

「つまり何が言いたいかというと、我々はデータは揃っているものの、実践上は未知数なこれら新装備に残すところ五日で慣れ、その上で強大な帝国海軍に立ち向かわなくてはならないのです」

 しかし、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべたイリアが続け様に放った言葉によって、バーゼルは遅ればせながら、事の重大さを悟った。

 イリアの言っていることは、極論すれば、何かを始めたばかりの人間が、五日後にはその道の達人と競わなくてはならない、という事態に等しい。

 そして、それで素人が玄人に勝つことが可能であるかといえば、断じて否である。

 それ程までに、熟練度の有無というものは最終的な勝敗などに影響するのだ。

「上層部からの無茶ぶりはこれが初めてという訳ではないが……今回に限っては手に余るな。正直、無事に終えられる自信が全くない」

「小官も同意します」

「……そこは、嘘でも良いから『あります』と言って欲しいんだがな。しかし、そうなると本当にどうしたものか」

 手元の資料に目を落としながら、バーゼルはそう独りごちる。このままでは、いざ戦闘となった際に満足な抵抗すら行えず全滅する可能性すらあり得る。

 そうなった場合、自分を含めた三水戦の将兵に待ち受ける未来は、初春のノルウェー海での海水浴である。テスチェルバーグは、湾内の島々を掘り抜いて造られた工廠区画を筆頭とする各種施設と最奥部に設けられた港湾施設や司令部以外は切り立った崖に囲まれた典型的なフィヨルド地形であり、その水深は軽く1000メートルを超えるとも言われているから、さぞ笑えない事態となるに違いない。

 そして、バーゼル自身海軍人であるにも関わらず、あまり泳ぎが得意でないという致命的な弱点を有していた為、そんな最期は断固として遠慮したかった。

 イリアとしても、溺死の恐怖に怯える兄の姿には見ていて哀愁を誘うものがあり、何とかして兄を救う妙案を出そうと頭を捻った。

 しかし、なまじ理論家のきらいがある二人は、立て込んでる仕事そっちのけで大討論会を始めることとなってしまう。

 

 その後、物資の搬入作業が始まった頃になっても二人がやって来ないことを不審に思った副艦長が艦長室を訪れ、やるべき職務を疎かにして議論を交わす馬鹿兄妹に雷を落としたところで、イリア・シュナイザー技術中尉の報告業務は終了した。




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