シルヴィと   作:かのえ

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休日の朝

 朝起きると大抵、視界に入ってくるのは銀だ。彼女がやってきた時とは比べ物にならないほどの艶を放つそれは、ベタな言い方だがまるで絹のような手触りをしている。毎日毎日撫でていても飽きないほどで、もしかしたらそれだけで一日が過ぎ去ってしまうかもしれない。

 シルヴィと出会ってから数ヶ月、最初の頃の少しごわついた髪の手触りなんて忘れてしまった。今でさえ自分を慕ってくれている彼女だが、最初のころはもう慕う慕わないとかいう問題ですら無かった。

 

 腕の中で眠る小さな温もりを抱き寄せる。最近肌寒い季節になってきた。高い空に浮かぶ鱗雲、綺麗に色が変わった山、つむじ風に乗って枯れ葉が音を立てて去っていく。例の服屋で買った秋の装いをしたシルヴィの手を引いて森を歩くと、行くたびに冬へと変わっていく風景を楽しめる。少し強い風に流れる銀の髪はとても美しくきらめく。

 

 最近は彼女も診療所の手伝いをするようになった。簡単な読み書きはできる、と言っていたのだが知識の吸収力はとてつもなかった。今まで知らなかった世界を知っていくことが本当に楽しいように見える。わからないことがあるとおずおずと先生、と呼んでくる。昔はご主人様、と呼ばれていたのだが最近は患者さんとふれあう事も多くなり、自然と呼び方がこうなった。

 

「あ、先生……おはようございます」

 

 シルヴィの髪を撫で続けていたら彼女も目を覚まし、こちらの目を捉えてふわりと微笑んだ。長いまつげに大きな瞳、成長したならば大層な美人になるだろうが、ただ顔の火傷痕が痛々しかった。彼女の頬にそっと手を添えて額に唇を落とす。すると彼女の腕の力がぎゅっと強まり、心地良い圧迫感に包まれる。

 

「今日は休みの日、ですね」

 

 頷いて、再び頭を撫でる。こうやってベッドの上で抱き合ったまま休日を終えるというのも良いかもしれない。けれども、昨晩は二人で喫茶店に行こうという話をしていたのだ。日もずいぶんと高く登っているようだし、このままずるずると布団にくるまっているわけにもいくまい。頬を少し染めてキスとその先を求めるシルヴィをそっと離し、ベッドから立ち上がる。

 少し残念そうな表情をした彼女をそっと抱き上げる。それだけで表情が一転してとろけた。シルヴィはよく先生がいないと駄目、と言うがそれはこちらのセリフだ。共依存、というものだろうか、ともかく相手がいないと生きていられないのはこちらもだろう。もう、彼女のいない生活なんて想像もできない。

 

 こう、普通の女性に対して言うのであれば失礼なのかもしれないが、身体が重いというのはシルヴィに対してなら喜ばしいことだろう。ここで生活しているうちに、同年代に比べたらかなりの少食ではあるものの、しっかりと食事を食べられるようになり、骨の浮き出た身体もすっかり女性らしい丸みを帯びるようになってきた。

 全身の火傷跡以外の傷も大半が治癒したし、それさえなければ良い所のお嬢様としても通用しそうだ。

 火傷痕だけは治療が難しい、こういうものは大体が一生残るという。自分の知らないところでは完治できるのかもしれないが、生憎と持ってる知識上では不可能だ。そこはあの怪しい男に期待するしかあるまい。なにせあんな本を持ってくる男だ、何かしら手がかりを得ていてもおかしくない。

 

 シルヴィをそっと椅子に座らせる。手伝おうとして立ち上がるのを手で制して、パンと飲み物を用意した。まだ寝起きでぼうっとしている彼女を見ながらの朝食も楽しい。まるで森で見かけるリスみたいに両手でパンを持ち、ゆっくりゆっくりと食んでいる姿はおそらく自分しか見ることが出来ない。町で可愛いと評判の彼女の誰も知らないもっと可愛い姿を自分だけが知っている、妙な優越感。

 

 食事が終わるとシルヴィも目を完全に覚ましたようで、半分しか開いてなかった瞳が今はぱっちりと開いている。簡単に後片付けをした後は外に出る前の着替えだ。別に隠すような仲ではないし、一緒の部屋で着替えても良いのかもしれないが、こっちの希望でいつも別々に着替える。

 彼女の事情を知った町の人が自分、または娘などののお下がりを譲ってくれたりしたために、今ではシルヴィも普通の女の子と同じかそれ以上に洋服を持っている。自分が選んで買い与えたのは記憶しているが、譲ってもらったのはさすがに覚えきれない。彼女が手持ちの服をどう組み合わせてお洒落するのかが非常に楽しみなので、別々に着替えているのはこれが理由。

 

「どう、でしょうか……」

 

 しばらくしてシルヴィが姿を見せた。銀に映える深い赤のリポンで髪をポニーにまとめており、うなじがちらりと覗く。ワインレッドの襟付きカーデガンに同色のミニスカート。縞々の長い靴下とそれとの間の太ももが眩しい。とても良く似合ってると伝えると、可愛らしく頬を染めた。

 

「お出かけ前に、その」

 

 可愛らしいおねだりに答えて、寝起きとは違って彼女の唇に自分のそれを重ねた。

 

「ありがとうございます。それでは行きましょう、先生」

 

 彼女の伸ばした手をとって、二人で玄関をくぐる。のんびりと歩いていると、機嫌良さそうに右で歩くシルヴィにつられて自分の頬も自然に持ち上がる。以前はただ数歩うしろをついてきていただけだったのが、今は自分から手を繋ごうとするようになった。

 気がついたら彼女との距離は大きく変わっていた。もうほとんどゼロ距離とも言えるくらいの親密さだと自負しているが、関係はもっともっと変わっていくかもしれない。

 

 少し先の見えない未来、彼女と出会う前なら想像することも簡単だった。ただ変わりない一日を過ごすだけだったから。けれど今は違う、隣にシルヴィがいるのだから。




人肌が恋しい季節
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