吸血鬼始祖は真祖と踊る   作:後日

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第三話

 

 

「…アカツキさん。あぁ……良かった、アカツキさん」

 

 モモンガは感極まったように声を震わしながら、ぽっかりと空いた眼窩の奥に灯る赤黒い炎を大きく揺らめかせる。

 まるで長い間会っていなかった親しい友人と久しぶりに再会するように喜びを見せるモモンガは、感動に打ち震えた様子で何度もアカツキの名前を呼ぶ。

 

「……モモンガさん」

 

 アカツキも口元を緩めて安心したように微笑みを浮かべる。

 それは自分ひとりではなかったという安堵した気持ちからくるものだった。

 このような不可思議な現象が起こっている中で頼れる友人がいてくれたことはアカツキとっても非常に心強い。

 

 モモンガは骨しかない右手に持っていたスタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウンをその場所に置き去りにしたまま、弾かれたように地面を勢いよく蹴って走り出す。

 まるで誰かが持っているかのように空中に浮かぶスタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウンは、早く友の元に行ってこいと言わんばかりにその七つの宝石を一際眩く輝かせる。

 

 モモンガは漆黒の豪奢なローブをはためかせながら、アウラとマーレの横を素通りしてさらに速度を上げてアカツキの元へ駆け寄る。

 

「本当に……良かった、アカツキさん」

 

 そして、二人の距離が十分に縮まると、モモンガは両手を広げてアカツキを力一杯抱き締めた。

 

「ちょっ! モモンガさん!」

 

 アカツキはモモンガの突然の熱い抱擁に驚いて目を白黒させる。

 遠目ではこちらを伺っているアウラとマーレがモモンガの行動に驚いたように目を見開いていた。

 

 モモンガといくら親しい間柄とはいえ、さすがに人の目があるところでこうもきつく抱き付かれるのは流石に気恥ずかしいものがある。

 しかし、離れようにも「良かった、良かった」と歓喜に満ちた様子で肩を震わしているモモンガを強引に引き剥がすようなことなど出来なかった。

 アカツキは照れ臭そうに頬を少し赤らめると、モモンガの気が済むまでこうしていようと、震える友人の背中を安心させるようにポンポンと優しく叩いた。

 やがて、落ち着きを取り戻したモモンガは恥ずかしそうに視線を逸らしながら、アカツキからゆっくりと離れた。

 

「すみませんアカツキさん。見苦しいところをお見せしました」

「いやいや、別に気にするようなことじゃないですよ」

 

 ポリポリと恥ずかしそうに頬を掻くモモンガに、アカツキは何でもないと笑いかける。

 アカツキもこのような異常な事態に遭遇した時に、たった一人だけというのはどうしても不安や心細さを感じてしまう。

 先ほどの抱擁で焦燥感と寂寥感で圧迫されていた心が幾分か楽になったのは事実なのだから。

 

「…それで……アカツキさんも気づいてますか?」

 

 真剣な雰囲気を纏ったモモンガがアカツキに尋ねる。

 

「ということはモモンガさんも?」

 

 モモンガが何を言いたいのか、最後まで言わずともアカツキには分かっていた。

 

「ここは一体何なんでしょうか?」

 

 サービス終了の時間はとっくに過ぎているというのに、未だに運営からの知らせはおろか強制排出のない現状。

 それだけに留まらず、命なきNPC達が意思を持ち出して動き始める事態。

 その他にもゲームでは有り得ない現象が数えきれないほど起きている状況。

 

「……分かりませんが、少なくともここがゲームの中ではないことだけは確かです」

 

 アカツキは確信にも似た気持ちで答える。

 ここがユグドラシルの世界ではないことは第六階層にくるまでのシャルティアとのやり取りである程度予想できるように、ゲームにおいてご法度とされる十八禁に触れる行為をした時点でそれは確信に変わった。

 

「……やはりそうですか」

 

 モモンガが力なく項垂れる。

 その気持ちはアカツキにも十分に共感できる。

 全く予想だにしない異常事態に晒されれば、冷静な状態を保てる方がおかしいのだ。

 

「私も色々と考えてみましたけど、ここがユグドラシルではないことは確実です。一番可能性が高いのは……異世界ですかね」

「……異世界ですか。確かにその方が納得しますね」

「私は先程まで色々と実験を兼ねた確認をしていました。GMコールやチャット機能などは使えなくなりましたが、魔法やアイテムの類は問題なく使えます」

 

 そういえば先程シャルティアの自室からこの第六階層へ移動するのに普通に魔法が使えたよなと、アカツキはモモンガの説明を聞きながら思い出す。

 

 どうやらアカツキの知らないところで、モモンガはユグドラシルと同じように魔法やスキル、アイテム等の使用が変わらずに出来るのかを色々と確かめていたようだ。

 なるほどそれで各階層の中で最も面積が広い第六階層を選んだのかと、アカツキは感心したように頷いた。

 さらにそれだけではなく、NPCの忠誠心や命令などの確認も行っていたというのだから、モモンガの優れた行動力と判断力にアカツキは驚くばかりだ。

 

 モモンガはなんの前触れもなく突然発生した異常な状況下の中で、冷静に優先すべき物事を見極めて行動をしている。

 

 それに比べて自分はどうだろうか。

 

 ここが現実の世界なのか、あるいはまだゲーム中なのか。

 それを調べるためにシャルティアの胸を揉んでいたとか、改めて振り返れば自分は一体何をしていたのだろうか。

 モモンガは至極真っ当で現実的な方法で様々な確認をしていたというのに、己は実の娘といえるシャルティアに堂々とセクハラを行っていた。

 アカツキは自分がひどく情けなくてみっともない男に思えてならなかった。

 自身の浅はかな考えと軽薄な行動を省みて激しい自己嫌悪に陥ってしまう。

 

 すみませんモモンガさん。俺は本当に最低な男です。まさかNPCに対して胸を揉むとか、人間としてどうしようもないクズ野郎です。

 アカツキは暗鬱とした気持ちになりながら、心の中でモモンガに謝罪をした。

 

「それで今度はNPC達のことなんですが……って、どうかされましたか、アカツキさん?」

 

 言える訳がない。

 まさか現実かゲームかを確かめるためにシャルティアの胸を揉んでいたなんて。

 

「……いえ、何でもないです。続けて下さいモモンガさん」

 

 暗鬱とした面立ちでひどく落ち込んでいる様子のアカツキに、モモンガは心配するように声を掛けた。

 しかし、アカツキは何でもないと首を横に振るうと、話の続きを促すようにモモンガに言った。

 モモンガは怪訝そうな素振りを見せるが、アカツキに話の続きを促されたので心配そうにしながらも言葉を紡いでいく。

 

「それでNPCなんですけど、一時間前にこの第六階層に来るように、アルベドから全階層守護者に向けて連絡を入れるように言い付けました」

「なるほど、それでこの第六階層ですか」

 

 アカツキは納得したように頷くと、しばらくの間モモンガと様々な事柄を話し合った。

 

 そして、モモンガとの話し合いが一息着いたところで、アカツキは背後でこちらを伺うアウラとマーレに意識を向けると、二人の元へ歩み寄る。

 アカツキが二人の前に立つと、開口一番にアウラが謝罪を口にしてきた。

 

「申し訳ありません、アカツキ様。まさか後ろにアカツキ様がいるとは知らずに」

「申し訳ありません」

 

 アウラは罪悪感に暗く曇る表情で勢いよく頭を下げる。

 隣にいるマーレも目に涙を溜めてアウラに続くように謝罪をする。

 

「いやいや、謝るのは俺の方だ。いきなり来た俺が悪い」

 

 慌てて頭を上げるように言うと、二人の幼い姉妹は申し訳なさそうにアカツキを見上げる。

 そして、また頭を下げそうになった姉妹を押し止めるために、アカツキは二人の頭の上に手を置いて少々強引に撫で回す。

 

「それよりも二人とも凄い戦闘だったぞ。お互いがお互いをサポートし合って凄い戦いぶりだった」

 

 アカツキはアウラとマーレに賞賛の言葉を送る。

 逃げ回りながらもアカツキは二人の戦闘の姿をしかと見ており、その見事なコンビネーションに感心を覚えていた。

 絶妙なタイミングでここぞという大事な場面でお互いをフォローし合えるスタイルは、二人の技術の高さにくわえて深い信頼関係を築き上げていなければ非常に難しい連携である。

 それを見事に成し遂げているアウラとマーレには、アインズウールゴウンで仲間達とチームプレーを長い間していたアカツキを持ってしても思わず感嘆するほど完成されていた。

 そんなアカツキからの純粋な賞賛に、アウラとマーレは照れたように頬を赤らめる。

 アウラとマーレは気持ち良さげに目を細めて、アカツキにされるがままに撫で回される。

 まさに至福の時を味わうように心底嬉しげに笑顔を浮かべる幼い姉妹の顔には、先程までの暗い表情が嘘のように明るく輝いていた。

 そこへ鈴の音のようなソプラノボイスが響き渡る。

 

「遅くなり申しわけありんせんでありんした」

 

 まだ幼さの抜け切れていない少女特有の若干高く澄んだ声の正体は、先ほど第二階層で別れたシャルティアであった。

 

 シャルティアは身体をくねらせるようにして動かしながら、アカツキの元まで歩み寄ろうと足を踏み出した時に突然ぴたりと動きを止めた。

 何事かとシャルティアを見ればその真紅に染まった瞳は、アウラとマーレの頭の上に置かれているアカツキの手に睨み付けるようにして向けられていた。

 その眼光は鋭く、見るもの全てに恐怖を植え付けて萎縮させるような殺意にも似た危険な色を宿していた。

 しかし、それは一瞬の出来事で、シャルティアの表情は何事もなかったかのようにいつの間にか元通りになっていた。

 アカツキは目をぱちくりと瞬かせると、見間違いかと思い軽く流した。

 

「あらあら……誰かと思えばシャルティアじゃない」

 

 アウラが嘲笑混じりの底冷えするような低い声をシャルティアに投げ掛ける。

 そこには先程までの明るい太陽のような笑みはなく、まるで長年の宿敵に向ける溢れんばかりの敵意であった。

 アウラの急激な態度の変化にマーレのみならずアカツキも怯えたように僅かに距離を取る。

 

「おや、いたでありんすのチビすけ。影が薄すぎてわかりんせんでありんした」

 

 さっきガン見するほど見てたじゃんと、アカツキは心の中だけでひとり突っ込みを入れる。

 アウラは邪悪な笑みを浮かべると、嘲笑うかのように口角を吊り上げる。

 

「腐ったような臭いを撒き散らしてる奴に言われたくはないわよ。何? もしかして嫉妬してるの?」

 

 はて、嫉妬とは一体どういう意味なのだろうか。

 アカツキは眼前で火花が散りそうなほど互いに鋭い視線をぶつけ合うアウラとシャルティアの姿を見て、やや現実から目を反らし気味に思った。

 

「はぁ? 嫉妬? この私がぬしみたいな低能なチビに向けて? 随分とおかしなことを言うでありんすぇな」

「それ本気で言ってるわけ? さっきから鬱陶しい目で羨ましげに見ているくせにどの口が言うんだが。ねぇ、あまりにも白々しいんじゃないの?」

 

 邪悪な笑みをさらに深めるアウラ。その挑発じみた笑みに怒りを滲ませるシャルティア。

 

「喧嘩売ってんのか、このやろう」

「あらぁ、何? やけに短絡的ね。いきなり怒っちゃって馬鹿みたい」

「あ?」

「お?」

 

 シャルティアのグローブに包まれた手から黒い靄のようなものが滲み出る。

 アウラはそれを向かい撃とうと鞭に手を伸ばす。

 

「調子に乗るのもいい加減にしろよ、この耳なが」

「死体が腐敗臭出して臭いのよ、汚物が」

 

 まさに一触即発な雰囲気を纏う二人の元に、人でない何かが無理やり声を発しているような歪んだ硬質な声が響く。

 

「騒ガシイナ」

 

 その声の発生源を辿ると、そこには二五〇センチはあるだろう二足歩行の昆虫を思わせる極寒の冷気を纏った異形が悠然と立っていた。

 蟷螂と蟻が融合したような外見。全身はライトブルーの強固な鎧を彷彿させる外骨格に覆われ、身体の各所からは氷柱のような鋭いスパイクが無数に突き出していた。身長の倍以上はある雄々しい尻尾に、巨大な下顎は鋼鉄ですら容易に断ち切れそうな程の力強い印象を受ける。

ナザリック地下大墳墓の大五階層守護者のコキュートスである。

 

「至高ノ御方ノ前デ遊ビスギダ」

 

 四本ある腕の内のひとつに持った白銀のハルバードを地面に叩きつける。

 すると周辺の大地がゆっくりと凍りついていく。

 

「御方ガ見テイル前デソレ以上ノ無礼ハ許サレルモノデハナイゾ」

 

 その声にはっとした様子でアカツキと、それからモモンガを見たアウラとシャルティアは慌てたように頭を下げた。

 

『申し訳ありません』

 

 アカツキは二人の謝罪を受け入れたように頷くと、自身の隣まで移動してきたモモンガに顔を向ける。

 

「モモンガさん。二人とも反省しているようなので」

「ええ、分かっていますとも。二人の全てを許します」

 

 モモンガの言葉にほっとしたように息を吐くアウラとシャルティア。

 そこへ唐突にコキュートスが「オヤ、デミウルゴス、ソレニアルベドガ来タヨウデス」と呟く。

 アカツキはコキュートスの視線を追いかけるように首を巡らすと、丁度闘技場の入り口から入ってくる二つの人影を捉えた。

 先に立つのは非の打ち所がない傾国の美貌を誇る美しい女性であった。腰まで艶やかに伸びる黒髪に、瞳孔が縦に割れた黄金の瞳。左右のこめかみから突き出す山羊のような太い角。腰の辺りからは黒い天使の翼が生えていた。汚れが一切ない純白のドレスは豊満な身体を包み込み、首には蜘蛛の巣を思わせる黄金のネックレスを掛けていた。

 サキュバスと呼ばれる種族の彼女こそ、全員で七人いる階層守護者を束ねる守護者統括のアルベド。ナザリック地下大墳墓全てのNPCの頂点であり、ユグドラシルに二〇〇しかない究極のアイテムである世界級アイテム――アインズウールゴウンが保持する十一個の内のひとつを保持することを許された唯一の存在である。

 

 そして、もうひとりの方は百八十センチほどある長身の男性だ。顔立ちは東洋系であり、肌は日に焼けたような色で、漆黒の髪をオールバックに固めている。着ている服は三つ揃えで、しっかりと締められたネクタイと、糸目よりもなお細くほぼ開いていないと言えるような瞳には丸メガネが掛けられている。

 ナザリック地下大墳墓の第七階層の守護者であり、最上位悪魔のデミウルゴスだ。

 

「遅くなり申し訳ありませんでした」

「いや、丁度いい時間だ」

 

 アルベドの謝罪とそれに続くように頭を下げるデミウルゴスに、モモンガは軽く手を上げることで答える。

 そして、各階層守護者が全員集まったことにより、アルベドが皆を見回してから口を開く。

 

「では皆、至高の御方に忠誠を」

 

 隊列を整えて横に一列に並んだアルベドを始めとした守護者達は、片膝を着いて頭を垂れると臣下の礼を取る。

 

 アカツキはその光景に感動した。

 皆が手塩を掛けて生み出したNPCがひとつの命と意思を持って忠誠を示してくれている。

 ギルドメンバーの大半が辞めていき、もはや廃墟と言っても過言ではなかったアインズウールゴウンの遺産は確かにそこに存在している。

 全員の想いの結晶は今もなお確固として燦然と輝いているのだ。

 視線を隣に向ければ感動したように肩を震わすモモンガの姿があった。

 どうやらモモンガもこの光景に感動をしているらしい。

 

「では……よく集まってくれた、皆に感謝をしよう」

「感謝なぞお止めください。我らは至高の御方に絶対の忠誠を捧げる者。至極当然でございます」

 

 アルベドの返答に、他の守護者達も同意するようにこちらを真摯な瞳で見つめてくる。

 

「素晴らしいぞ。守護者達よ。お前達ならばどんな困難な状況下でも必ず突破できると、今ここで強く確信した」

 

 モモンガの言葉にアカツキもそうだというように頷く。

 守護者達の鋼の如く固い決意と意思に満ちた瞳を見れば、例えどんな困難な状況に陥ろうが乗り越えられるという気持ちを感じさせられる。

 

「現在ナザリックはこれまでに類を見ない異常な事態に陥っている。何かそれに思い当たる者はいるか?」

 

 全員の顔を見回すように視線を巡らすモモンガ。

 

「いえ、申し訳ありませんが私には思いあたる節はございません」

 

 アルベドを皮切りに各階層守護者達も各々口を開いていく。

 

「第七階層に特に異常はございません」

「第六階層もです」

「お……お姉ちゃんの言う通り。な、なにもないです」

「第五階層も同ジグ何モアリマセン」

「第一階層から第三階層まで異常はありんせんでありんした」

「なるほど、そうか。ということは恐らく第四、第八階層もか。さて、そろそろセバスが戻ってくる頃合いだが……」

 

 モモンガがぽつりと漏らした矢先に、小走りで駆けてくる者が一人いた。

 その者はオーソドックスな執事服を完璧に着こなした老人であった。髪の毛は白く、口元に蓄えた髭も同様に真っ白に染まっていた。堀の深い顔立ちは温厚そうに見えるが、その目付きは鷹を思わせるほど鋭利であった。

 戦闘メイド“プレアデス”を直属の部下に率いるハウス・スチュワードの仕事まで引き受ける執事――セバス・チャンである。

 

 セバスはモモンガに視線を向けて、その隣にいるアカツキに移すと一瞬だけ目を見開いた後に、守護者達の列に加わり片膝を着く。

 

「遅くなり申し訳ありません」

「いや、構わん。それより周辺の情報を聞かせてくれないか?」

 

 セバスはモモンガの言葉に了解の意を示すと、この場にいる全員に聞かせるようにやや声を大きくして静かに語りだす。

 

 そして、セバスの報告が終わると満足げにモモンガは頷く。

 

「セバスの言うようにナザリックは以前の沼地から草原へと移動した。この異常事態に対して警備のレベルを上げると同時に警護を厚くする。詳細はまた順をおって伝える。それでは皆、今後とも忠義に励め」

 

 モモンガは隣にいるアカツキに視線を送ると、リング・オブ・アインズ・ウール・ゴウンを使って転移する。

 アカツキもその後を追うように同じ方法で移動をした。

 

 

 

▲▽▲▽▲

 

 

 

「草原ですねアカツキさん」

「ほんと草原ですね、モモンガさん」

 

 モモンガの自室へと移動した二人は、豪奢な椅子に座りながら直径一メートル程の大きさの鏡に映る景色を眺めていた。

 遠隔視の鏡と呼ばれるこのマジックアイテムは、指定したポイントを映し出すものであり、外の風景を見る分には何かと便利な代物である。

 但しあくまで風景を見る限りだけの話であり、PKプレイヤーや敵対するギルドに対しては対情報系の魔法で簡単に隠蔽されたり、攻性防壁で手痛い反撃を食らうので、使いどころが難しいアイテムでもある。

 

 遠隔視の鏡に映る景色はどこまでも緑が続く草原であった。

 ナザリック周辺の地表を見渡してもそれは同じで、以前の薄い霧が立ち込める毒の沼地だった地形が跡形もなく消えていた。

 

 モモンガは遠隔視の鏡の操作に苦戦しながら、何とか制御しようと試行錯誤を繰り返す。

 この作業がなかなかの曲者で、この操作に携わってから決して短くない時間が経過している。

 

「なかなか難しいですね。せめて説明書とかがあれば良かったんですけど」

「仕方ないですよ、モモンガさん。こういうのは地道に行くしか……おっ!」

 

 モモンガが四苦八苦しながら必死に手を動かしていると、急に景色が変わった。

 

「やりましたね! 流石はモモンガさん」

「いやいや、それほどでもないですよ。さて、これでナザリックから離れたところまで幅広い場所を見れますね」

 

 モモンガが達成感に満ちた様子で満足げに頷く。

 そして、細かい操作をする中でコツを掴んできたのか、遠隔視の鏡を器用に操りながら景色を拡大していく。

 

「……? 祭りですかね、モモンガさん?」

 

 そこに映し出されたのは何やら忙しない様子で、建物から出たり入ったりを繰り返す村人達の姿であった。

 

「……いや、違います」

 

 村人全員の顔は恐怖に歪んでおり、まるで何か恐ろしいものから逃げようとするように必死に足を動かしていた。

 

「……これは…」

 

 モモンガが独り言のようにポツリと呟く。

 見れば逃げ惑う村人達を追い回すようにして、甲冑を着込んだ騎士風の集団が剣を携えながら馬に乗って、村の中を荒々しく駆け巡っていた。

 騎士風の男が右手に握った剣を天に向けて高々と掲げて、近くにいた村人の背中を目掛けて勢いよく降り下ろす。

 それは殺戮であった。

 無防備な背中を切られた村人は鮮血を撒き散らしながら地面に倒れる。

 騎士風の男は事切れた村人を放置して、次の獲物を探すように手慣れた手付きで馬を操ると、逃げ惑う村人達を追い掛けていく。

 

「……ちっ」

 

 モモンガは嫌なものを見たといわんばかりに舌打ちをする。

 しかし、はっとしたように顔を上げると、隣にいるアカツキに視線を向けた。

 アカツキはなんの感情もこもっていないような無機質な瞳で、目の前の殺戮を静かに見つめていた。

 

「……アカツキさん?」

 

 恐る恐るといった様子でモモンガは、表情の動かないアカツキに声を掛けた。

 

「……モモンガさん。俺は今……凄く怖いです」

 

 アカツキが暗い表情で顔をしかめる。

 

「目の前の殺戮にではなく、それを見ても何も感じない自分に対してです」

 

 アカツキは人が目の前で殺されているというのに、何も感じない自分にひどく驚いていた。

 普段ならとても平常心を保つことなど出来なくて、あまりの残虐な光景に卒倒してもおかしくないだろうに動揺の一つも起こらない。

 そんな自分自身に対して、アカツキは得たいの知れない薄ら寒いものを感じていた。

 

「モモンガさんはどうですか? 目の前で人が殺されているのを見て……」

 

 アカツキの問いにモモンガは言いづらそうに口をモゴモゴと動かしながらもゆっくりと答えた。

 

「俺も……アカツキさんと同じで何も感じなかったです。まるで画面越しに動物や虫同士のそれを見るような……そんな気分です」

 

 次に映し出されたのは騎士風の男に追われている二人の少女の姿であった。

 

 恐らく姉妹なのだろう、栗毛色の髪を三つ編みにした少女が妹らしき幼い子供を庇って、剣を携えた騎士の男に背中を切られていた。

 このままでは二人とも殺されるのは時間の問題だろう。

 姉らしき少女は背中から血を流してもなお、男たちの魔の手から妹を守ろうと必死に自身の腕の中へ隠そうとしている。

 その時にアカツキはふと、その幼い女の子が自身の妹の姿と被って見えた。

 自分の後ろにいつも付いて回っていた年の離れた妹。

 高校生になってからもそれは変わらず、アカツキに何かと甘えていた可愛い妹の姿。

 

『誰かが困っていたら助けるのは当たり前』

 

 ギルドメンバーの一人であるたっち・みーの言葉が脳裏を過ぎる。

 

「……」

 

 気がつけば考えるよりも先に身体が勝手に動いていた。

 

「すみませんモモンガさん。ちょっと行ってきます」

「えっ? ちょっ!? アカツキさん!!」

 

 モモンガの制止の声を振り切って、アカツキはアイテムボックスから自身の愛刀の一つを取り出すと、あるひとつの魔法を発動する。

 

『転移門(ゲート)』

 

 距離は無制限で、失敗の確率が非常に低い転移系の魔法だ。

 

 視界が一瞬だけブラックアウトした後、先ほど遠隔視の鏡で見ていた景色へと変わる。

 

「なっ、何だ貴様は!?」

 

 突然現れたアカツキに、騎士風の男が驚愕と困惑の声を上げた。

 それに構うことなく、アカツキは何の感情も浮かばない無機質な瞳を騎士に向けたまま魔法を行使する。

 

「血液逆流(ブラッド・リフラックス)」

 

 第十位階ある魔法の中でも第九位階という高位に位置する、体内に流れる血液を逆流させる即死系の魔法だ。

 アカツキが無数に習得している即死系魔法のひとつで、これを選んだのは例え抵抗されたとしても出血状態とそれによる追加ダメージを与える他に、敵を一瞬だが硬直状態にする付随効果があるからだ。

 アカツキはこの魔法が効かなかったら、背後にいる少女達を連れて未だに開いている転移門(ゲート)を使って即座に逃げるつもりでいた。

 しかし、それは無意味に終わることとなる。

 

 甲冑を着込んだ騎士風の男の全身から血が噴水のように一斉に吹き出る。

 全身鎧の至るところの隙間から止めどなく溢れ出てくる血液によって、身体全体を赤に染めた男はどさりと大地の上に力なく倒れ込む。

 

 アカツキは無表情のまま地面に横たわる男を見つめる。

 やはりある程度は予想をしていたが、何の揺らぎも起こらない自身の心の動きを見て確信した。

 

 ――人間を殺しても何も感じない。

 

 身体が吸血鬼へと変わってしまったことで、心まで異形の化物に変貌したのだろうか。

 

 アカツキはもう一人いる騎士風の男に視線を向ける。

 先ほどまで嬉々として剣を振るって村人達を殺し回っていた男は、アカツキが向けたその視線だけで怯えるように後ずさった。

 そんな男の様子を特に意に介することをせず、アカツキは今度は魔法ではなく、スキルによる追撃の一手を与える。

 アカツキが初手で使った『血液逆流』はパッシブスキルによる後押しを受けて通常よりも高い威力と効果を発揮していた。

 しかしそれでは、この騎士風の男の強さを量ることや、こちらの魔法がどれぐらいのダメージを相手に与えるのかさえ分からない。

 

 それにアカツキは魔法戦にも長けているが、どちらかと言えば刀剣を使った近接戦闘の方が得意だ。

 

 故に魔法やスキル等による強化をせずに純粋な素の威力を確かめるためと、尚且つ自身の剣の技量がどこまで通用するのか。

 その両方を同時に調べるために自身が保有するスキルの中から最も最適だろうひとつを発動した。

 

「破壊の眼力(インサイトブレイク)」

 

 アカツキの血のように紅く染まった瞳がぐわっと、大きく見開かれる。

 

 アカツキが刀剣での近接戦闘を行う際に多用するスキルのひとつで、不可視の衝撃波で対象の体勢を崩す効果がある。

 敵との距離を詰めるために、強引に体勢を崩して隙を作らせるこのスキルは、いわば威嚇や牽制用といってもよい能力だ。

 相手が自分よりも遥かに低位の者だったのなら、体勢を崩すのみならず、追加ダメージを与えた上で対象を吹き飛ばす効果を発揮する。

 

 アカツキは敵の体勢が崩れる瞬間を見極めようと目を細める。

 重心を低くして大きく踏み込む右足に力を込める。

 右手に握る愛刀を下段に構えて、体重を乗せるように身体を前へと傾ける。

 そして、踏み込んだ右足で地面を強く蹴ろうとした瞬間――男の上半身は弾けるように吹き飛んた。

 

「っ!」

 

 アカツキは驚いたように目を見開く。

 自分が思い描いていた予想図とはあまりにもかけ離れたその光景に、踏み込んでいた右足に力が入りすぎて前につんのめりそうになった。

 『破壊の眼力』は相手の体勢を崩すために第三位階魔法に匹敵する威力の不可視の衝撃波を放つ効果を有するスキルだが、別にダメージを期待するようなものではない。

 確かに低位のモンスターを蹴散らすのに使い勝手のよいスキルだが、攻撃手段としてはあまり用いることはしない。

 

 アカツキの構成図では体勢が崩れたと同時に自身の刀の間合いに入らせるように距離を詰める心算でいた。

 しかし、現実は違っており、ただの牽制用のスキルだけで敵の上半身を吹き飛ばした。

 

 全身から力が抜ける。張り詰めていた緊張感が一気にほどけるのを感じた。

 弱い。あまりにも弱すぎる。

 自分があれほど警戒していたのが滑稽に思えるほどの脆弱さだ。

 戦場で気が緩むのは最も危険な状態だが、それでも一度抜けた緊張感を再び戻すのは難しい。

 

(……何も考えずに来たけど、少し不用心過ぎたかな。せめてフル装備で来れば良かったか)

 

 そんなことを考えていたアカツキのすぐ隣から蒼白い閃光が走り抜ける。

 蛇のようにのたうつ眩い燐光を放つ蒼白い雷光は、建物の角から現れた騎士の身体を鎧ごと貫いて全身を焼き焦がした。

 

 アカツキは弾かれたように背後を振り返った。

 

 そこにはやや怒ったような刺々しい雰囲気を纏うモモンガが佇んでいた。

 モモンガは伸ばした右手の人差し指を下げると、二人の少女の横を通りすぎてアカツキにずんずんと歩み寄ってくる。

 

「アカツキさん! 勝手に一人だけで行くのは止めてもらえませんか! 何かあったらどうするんですか!」

 

 勢いよく捲し立てるように言うモモンガだが、そこにあるのは怒りだけではなく、仲間に対する確かな気遣いと心配であった。

 

「敵がどれほどの戦闘能力を有しているのかも分からない状況で勝手に! それもたった一人だけで飛び出していくんですから!」

「すみません、モモンガさん」

 

 純粋に自分の身を案じてくれている故に真剣に怒っているモモンガに、アカツキは申し訳なさげに頭を下げて謝罪をする。

 

「……まったくもう、心臓が止まるかと思いましたよ」

「……もう止まってるじゃん」

「こら!」

 

 ぷりぷりと怒るモモンガをアカツキは必死に宥める。

 確かにモモンガの言う通りだ。

 未知の世界にやって来たアカツキ達は、自分達がどれ程の力を有しているのか全く分からない。

 そんな状況で何の備えも用意もしていない状態では、何かあったときに十分な対応や適切な対処などは難しいだろう。

 

「目玉が飛び出るかと思いましたよ」と言うモモンガの言葉に、アカツキが「目玉ないじゃん」とぼそりと呟く。

 それを聞いたモモンガがまた怒りだすという展開は、端から見ればまるで一種の漫才のようで、ここが今も殺戮が行われている現場とはとても思えないほど緊張感に欠ける光景だった。

 

「本当に反省しているんですか! アカツキさん!」

「してます! してますから指をこっちに向けないで下さい! さっき魔法を使った後にそれをされると洒落にならな……! ちょっ、モモンガさん! ギルド武器持ってる今じゃヤバいっすよそれ!」

 

 モモンガの突きだした指先にチリチリと蒼白い電流が集まり出したのを見たアカツキは、顔を一瞬で青ざめると、何度もペコペコと頭を下げる。

 先ほど屈強な騎士を一瞬でほふった人物とは到底思えないほど今のアカツキの姿は頼りないものだった。

 

 モモンガがここまで過剰ともいえるほど怒気を露にするのは、本当にアカツキのことを思って心配をしているからだ。

 自身の命よりも大切な親友にもしものことが起こらないように、アカツキの身を案じているからに他ならない。

 ギルド内で一番付き合いが長く親しいからこそ、モモンガは唯一最後までナザリックに残ってくれた無二の親友を何があっても絶対に失いたくないのだ。

 

 そして、モモンガの怒りもようやく収まったところで、アカツキは改めて二人の少女に意識を向ける。

 華奢な肩を震わせて怯えたようにこちら――主にモモンガ――を見つめる少女達は血の気が引いたように顔を青ざめさせていた。

 

 まるでまだ脅威は去っていないと訴えるかのように、姉妹は顔を恐怖にひきつらせて身体を寄せあっていた。

 

 可哀想に。そんなになるまで恐怖を植え付けられたのか。

 

 アカツキは彼女達の心中を察して同情をした。

 

 平凡な日常を壊されて、いきなり命を襲われれば、こうも化け物を前にしたかのように怖がるのは当たり前だろう。

 

 もう大丈夫だ。命を狙う危険な輩はどこにもいない。

 アカツキは安心させるように穏やかに微笑んだ。

 しかし、、何がいけなかったのか、姉妹はさらに身体を強ばらせた。

 

 アカツキは怪訝そうに眉を潜めて、ふと自分の愛刀を見て気がついた。

 確かに抜き身の刀を持って近づいてきたら、警戒を抱くのは当然だ。

 ましてや、先ほど騎士達に襲われたばかり。

 刃物を持った相手に警戒を抱くのは当たり前だろう。

 

 アカツキはアイテムボックスの中に愛刀を仕舞うと、改めて少女達に向き直る。

 

 だが、少女達は相も変わらず怯えた視線を向けてくるだけだ。

 

 …な……何がいけないんだろう。刀は仕舞ったぞ?

 

 動揺するアカツキは何気なしにモモンガをちらりと見やると、ああそうかと納得したように息を吐いた。

 

 モモンガの外見は白い骨が剥き出しとなった骸骨。

 ユグドラシルでは別に珍しくもなんともないが、ゲームが現実となった現在では違う。

 現実の世界に骸骨がいたら確かに怯えるのは当然といえるだろう。

 アカツキはモモンガに視線を向ける。

 

「モモンガさん。今の外見はヤバいですよ」

「あ」

 

 言われて始めて気がついたというように、モモンガは間の抜けた声を上げた。

 慌ててアイテムボックスの中に腕を突っ込むと、目当ての物を見つけたのか、あるアイテムを素早く取り出す。

 

(そ…それは!)

 

 怒っているような泣いているような奇妙な装飾が施された仮面。

 クリスマスイブにある一定の時間の間にユグドラシルの中に入れば問答無用で運営から貰えるイベントアイテム。

 嫉妬マスク。

 アカツキがそれをもらった直後に『俺は人間を止めるぞぉ、モモンガさぁん!』と叫んで勢いよく被って見事に滑った黒歴史を持つ、恐怖の仮面である。

 しかもその場に他のギルドメンバーがいたことに最後まで気づかなかったアカツキは、その後に皆から散々弄られたという痛い思い出があった。

 

(何でよりにもよってそれを……)

 

 アカツキは苦虫を噛み潰すような表情で顔をしかめると、わざとらしく咳をひとつ漏らして心を落ち着かせる。

 

「……さ…さぁ、早くこれを飲むんだ」

 

 アイテムボックスを開いて、ひとつの背負い袋――ショートカットに登録することができる無限の背負い袋(インフィニティ・ハヴァサック)を素早く取り出すと、その中から一本の赤いポーションを探り当てて少女に突き出す。

 

「急げ。こうしている間にも俺が……村人皆が危険に晒されているんだぞ。早く飲め、いいから飲め、さっさと飲め」

 

 急かすように何度もポーションを突き出すアカツキの鬼気迫る気迫に、三つ編みをした少女は自身の腰にしがみつく妹と一緒に呆けた様子でポカンと口を開く。

 そして、はっと我に返ると慌ててポーションを受け取って一息で飲み干す。

 

「……うそ」

 

 少女は背中の傷が癒えたことに驚いているのか、右手を後ろに回して何度も確認するように触っている。

 

「どうだ? 痛くないか?」

「はっ……はい!」

 

 驚きの表情を浮かべた少女は、信じられないといわんばかりにアカツキを見上げる。

 

 どうやらあれぐらいの傷であればポーションでも十分に回復することが出来るようだ。

 アカツキは少女の傷が癒えたことにほっと胸を撫で下ろした。

 ユグドラシルの回復アイテムはこの世界でもその効能を問題なく発揮する事実は、アカツキにとっては大きな収穫である。

 そして、安堵したように息を着くアカツキの隣にやって来たモモンガは少女に向けて質問を投げかけた。

 

「お前達は魔法というものを知っているか?」

「…えっ? …は……はい。魔法が使える友人がいますので」

 

 モモンガはアカツキに視線を送る。

 その意味は自分達が何者なのかを姉妹に伝えてもよいかという確認である。

 アカツキは同意するようにゆっくりと頷く。

 

「私達は魔法詠唱者(マジック・キャスター)だ。襲われているお前達を見つけて助けにきた者だ」

 

 モモンガは右手を掲げると魔法を発動する。

 

『生命拒否の繭(アンティライフ・コクーン)』

『矢守りの障壁(ウォール・オブ・プロテクションフロムアローズ)』

 

 姉妹を中心に蜘蛛の巣状のドームが広がる。続いて発動した魔法は視界には現れないが、確かに空気の流れが変化したのが感じられた。

 

「それと……これをくれてやる」

 

 モモンガは二つの角笛を取り出すと、姉妹に向けて無造作に放り投げる。

 それは多少強い小鬼(ゴブリン)を召喚するマジックアイテムである。

 モモンガもそうだが、アカツキから見てもそのアイテムはそれほど価値のあるものではなく、精々時間稼ぎぐらいにはなるだろうという程度の物であった。

 

 モモンガは何を思ったのか、ふと騎士の遺体に視線を向ける。

 そして、少し考え込むような仕草をした後にあるスキルを発動した。

 

「中位アンデッド作成・死の騎士(デス・ナイト)」

 

 それはモモンガの持つスキルのひとつで、様々なアンデッドモンスターを生み出す能力だ。

 中空より黒い靄が滲み出ると、騎士の遺体へと覆い被さるように重なった。

 そして、騎士の身体が人間とは思えないギクシャクとした動きで立ち上がる。

 全身を包み込む靄は膨れ上がると、一気に流れ落ちるように消え去っていく。

 そこには二三〇センチはあろう、黒い全身鎧を着込んだ異形が立っていた。身体の半分以上は覆い隠せるだろうタワーシールドを左手に持ち、右手にはフランベルジェを握り締めていた。甲冑の各所に走る血管のように脈打つ紅いラインが爛々と輝いており、ぽっかりと空いた眼窩の奥には赤黒い炎が灯っていた。

 死の騎士を生み出したモモンガのみならず、アカツキもユグドラシルとは違う仕様で誕生したアンデッドモンスターに目を見開いた。

  ……もう何がなんだか。

 アカツキが乾いた笑みを浮かべている間に、モモンガは死の騎士に命令を言い渡した。

 死の騎士はその命令に答えるように聞く者の肌が泡立つような雄叫びを上げると、守るべきモモンガを置いて颯爽と村の方へ駆け出していった。

 

「……さて。……行こうか」

 

 モモンガは一瞬呆けたように死の騎士の後ろ姿を見送った後、この場所での用は終わったとばかりに踵を返すと、そのまま歩き出す。

 アカツキもそれに続こうと足を踏み出そうとした矢先に、少女から声がかかる。

 

「……あ…あの! 助けてくださってありがとうございます」

「ありがとうございます」

 

 感謝の言葉を口にする姉妹は涙を滲ませながら頭を下げる。

それにアカツキとモモンガは気にするなと短く答える。

 

「お名前を伺ってもよろしいですか」

 

 ごくりと喉を鳴らしながら少女が口を開く。

 それにアカツキとモモンガはお互いに視線を合わせると、大きくゆっくりと頷く。

 

「我が名はモモンガ」

「同じくアカツキ」

 

 モモンガとアカツキは少女に向き直って自身の名前を口にする。

 

「我らはナザリック地下大墳墓を支配する」

「総勢四十一人から成る」

 

 モモンガとアカツキは声を合わせるように息を吸い込む。

 

『アインズ・ウール・ゴウンだ!』

 

 モモンガとアカツキの声が重なるように重々しく響き渡る。

 そして、周囲が静寂に包まれた中で、アカツキとモモンガはどこか違和感を覚えるようにお互いの顔を見つめ合う。

 

「……なんというか」

「……そうですね」

 

 モモンガとアカツキはさっと同時に視線を逸らす。

 お互い長い付き合いで口に出さなくても、相手のタイミングを示し合わせることぐらいは簡単に出来るが、しかし――。

 先ほどの言動は……。

 

「……何か恥ずかしい」

「やるんじゃなかった……」

 

 二人とも恥ずかしげに目元を手で覆うと、天を仰ぎ見ながらポツリと呟いた。

 

 

 

 




風邪を引いてしまい更新と感想が遅れました。
申し訳ありません。
今年の風邪は頭と喉にきてなかなか治らなくて、かなり厄介ですね。

次回で一巻を終わらせれるようにしたいと思います。
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