吸血鬼始祖は真祖と踊る   作:後日

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第四話

 

 

 地鳴りのような雄叫びが、大気をビリビリと震わす。

 そこでは狩る者が一転して狩られる者となっていた。

 

「オオオオオォォォォォ!」

 

 聞く者の肌が粟立つような獰猛な咆哮を上げながら、死の騎士(デス・ナイト)は右手に握るフランベルジェを軽々と振るって騎士の首をはね飛ばす。

 空中を舞った首は辺りに鮮血を撒き散らしながら、地面の上にぼとりと落ちる。

 

「クゥゥ」

 

 ありとあらゆる生命に激しい憎悪を抱くアンデッドである死の騎士は、自身よりも脆弱な人間を蹂躙することに喜びを感じているかのように愉悦に満ちた声を漏らす。

 そんな死の騎士を取り囲んでいる騎士達は、ガタガタと恐怖に震える身体を叱咤しながら、なけなしの戦意をかき集めて必死に目の前の絶望と対峙する。

 

 死の騎士がその豪腕に持つフランベルジェを一回、二回と振るえば振るうほど、その数に合わせるように騎士達の命がいとも容易く散っていく。

 

 先ほどまで村人達を好きなように追い立てて殺し回っていた屈強な騎士達でも、目の前の絶対的強者を前にすれば赤子の手を捻るかのごとく簡単に蹴散らせる存在に成り下がるのだ。

 

 この部隊の隊長であるペリュースは死の騎士によって無惨に斬殺され、先程まで皆を纏めていたロンデスも奮戦するも空しく首を跳ねられて死亡した。

 

 まだ生き残っている騎士達は恐慌状態に陥り、指揮官を失った集団はもはや蜘蛛の子を散らすように悲鳴を上げながら無様に逃げ惑うしかなかった。

 

 身体だけではなく心までも過度な恐怖や絶望によって激しく消耗して、もう立っているのも億劫なほど満身創痍な騎士達に向かって、死の騎士が幽鬼のようにゆらりとにじり寄る。

 

 誰もが死を予期したまさにその時--。

 

「そこまでだ、死の騎士よ」

 

 上空より制止の声が響き渡る。

 

 場違いなほど軽い声の発生源を辿るように空を見上げればそこにはいつからいたのか、お揃いの奇妙な装飾が過多に施された仮面を被った二人組が宙に停滞しながら、騎士達を静かに見下ろしていた。

 

 

▲▽▲▽▲

 

 

 アカツキとモモンガは地上へゆっくりと降り立つ。

 

「はじめまして。私はモモンガ」

「同じくアカツキ」

 

 開口一番にモモンガが自らの名前を言い、続けてアカツキが口を開く。

 

「武器を捨て投降しろ。そうすれば命の保証はしよう。まだ戦いたいというなら」

 

 モモンガが最後まで言い終える前に、一本の剣が地面に投げ出された。

 それに続いて次々と剣が地面に転がる。

 

「……うむ。よほどお疲れの様子だな」

 

 モモンガは手前にいた騎士のひとりに歩み寄ると、スタッフを持っていない手で器用に両頬付き兜(クローズド・ヘルム)を剥ぎ取る。

 仮面越しに疲労に濁った瞳と目を合わせながら、モモンガが口を開く。

 

「この辺りで騒ぎを起こすな。もしまた騒ぐようなら今度は貴様らの国まで死を告げにいくと……そう主人に伝えろ。確実にな」

 

 顎でしゃくると騎士達は前につんのめりそうな勢いで一目瞭然に駆け出す。

 小さくなっていく騎士達の後ろ姿を見送ったモモンガは踵を返すと、アカツキを伴って村人達の元まで歩き出す。

 村人達の恐怖に染まる表情がはっきりと視認できる。

 その視線が死の騎士から一時も離れていないことも。

 あまり近付きすぎるのはかえって彼らに警戒や恐怖を与えてしまうだろう。

 眼前で人間が殺される光景を目の当たりにしたことや死の騎士を連れ歩いている姿からそれは容易に想像できる。

 なのである程度の距離を置いてから立ち止まり、出来るだけ相手に警戒をされないように優しい口調で話しかける。

 

「君達はもう安全だ。だからどうか安心してほしい」

「あ……、あなた方は一体……」

 

 村人達の中から代表者らしき人物が前に出てくる。

 

「この村が襲われていたのが見えてね。助けにきたものだ。むろん、ただという訳ではないが」

「おぉ……」

 

 ざわめきが起こり、村人達の顔から安堵の色が浮かび上がる。

 ついで“金銭的な目的”で助けに来たという世俗的な理由が、村人達の間にあった懐疑的な色を薄れさせた。

 

「し、しかし……。いま村はこんな状態でして……」

「すまないがそこらへんについて話をするのは後にしてくれないか。先ずはここに来る前に助けた姉妹を連れてきたい。少々待っていてくれないか?」

 

 モモンガとアカツキは村人の返事を待たずに歩き出す。

 あの二人にモモンガの正体を秘密にするように口止めをするたに。

 

 

▲▽▲▽▲

 

 

『なんじゃそりゃ!』

 

 モモンガとアカツキの声が合わさって、室内に響く。

 あれからモモンガとアカツキは姉妹を連れてきてその道中に口止めを行ってから、広場のすぐそばにあった村長の家へと移動した。

 村を救った報酬として村長にどれぐらいの金額を出せるのか交渉を持ち掛けた。

 その間にこの世界で使われている貨幣やユグドラシルの硬貨がどれ程の価値があるのかも一通り調べを終えた。

 そうして村長と話し合いをした結果、村の働き手と物資を多く失ったために、その代わりとしてこの近辺の情報を報酬として貰った。

 すると、衝撃的な事実が判明した。

 先ずは周辺国家だ。

 それはどの国も全く聞いたこともないものであった。

 リ・エスティーゼ王国、バハルス帝国、スレイン法国。

 そんな国家はユグドラシルには存在しなかった。

 続いて国家間の領土関係やモンスターの存在なども問いただして様々な情報を得た。

 モモンガとアカツキが思ったことは厄介だということだ。

 もし仮にどこかの国家とアインズ・ウール・ゴウンが敵対した場合、ナザリック地下大墳墓の現有戦力でどこまで対抗できるのか色々とその時の対策を練らなければならない。

 無論、戦闘行為になることは極力避けるつもりではいるが、どうしても戦うことになった時は対抗策を用意して置かなければいけない。

 モモンガとアカツキがこれからどうしようかとお互いの顔を見合わせたその時に、木製のドアをノックする音が響いた。

 村長はモモンガとアカツキに頭を下げると立ち上がり、ドアの方へ歩いていく。

 ドアを開けるとひとりの村人が陽光を背に立っていた。

 

「村長。葬儀の準備が整いました」

「おぉ、そうか」

 

 村長が許可を求めるように視線を向けてくる。

 それに答えるようにモモンガが頷く。

 

「構いませんとも。私達のことはお気になさらずに」

「ありがとうございます。では直ぐに行くと皆に伝えてくれ」

 

 

▲▽▲▽▲

 

 

 村はずれにある共同墓地で葬儀が始まる光景を、少しばかり離れた場所でモモンガとアカツキは静かに眺めていた。

 モモンガの手には象牙でできた先端部分に黄金がかぶせられ、持ち手にルーンを彫った神聖な雰囲気を放つ一本のワンドが握られていた。

 蘇生の短杖(ワンド・オブ・リザレクション)と呼ばれるこのマジックアイテムは、死者復活の魔法効果を宿している。

 無論この一本だけではなく、この村の死者全員を蘇らせても十分すぎる程大量のストックを持っている。

 村長の話ではこの世界に死者を蘇らせる魔法は存在しないと聞いたので、この死者復活の効果を宿す蘇生の短杖がどれ程の価値があるのか容易に想像ができる。

 しかし、モモンガもそうだがアカツキもそれを使おうとは思わない。

 彼らには悪いが、どう考えても厄介ごとに巻き込まれることは明らかであるからだ。

 死から復活できる力など、誰も喉から手が出るほど欲しがるだろう。

 状況が変われば話は違ってくるだろうが、情報が圧倒的に不足している現状で、おいそれとなにも考えずに軽はずみに使用するべきではない。

 アカツキはモモンガの傍らに佇む死の騎士を眺める。

 ユグドラシルでは召喚されたモンスターには制限時間が定められている。

 そしてなんら特別な手段を用いずに召喚した死の騎士は、定められた召喚時間に則って既に消えているはずなのだ。

 にもかかわらず未だにそこに存在している。

 やはりゲームが現実となったことで、ユグドラシルのシステムが知らぬ内に色々と変化をしているようだ。

 これはアカツキが習得している吸血鬼を生み出す魔法やスキルにも同じことが言えるだろう。

 今度時間がある時にじっくりと確かめた方がいいだろう。

 あれこれと思考を巡らすアカツキの背後に、ふと何かの気配を感じた。

 振り返って見ると、そこには人間大の大きさを持つ忍者服を着た黒い蜘蛛にも似た外見のモンスターが立っていた。

 

八肢刀の暗殺蟲(エイト・エッジ・アサシン)? モモンガさん、これは……」

 

 アカツキが隣にいるモモンガに視線を向ける。

 

「えぇ……。アカツキさんがナザリックを出た後に色々と後詰の用意をしていまして……」

「なるほど。それで不可視化が行える八肢刀の暗殺蟲を選んだんですね。さずかモモンガさん」

 

 アカツキの賞賛にモモンガは微妙そうに首を傾げながら仮面の上から頬を掻く。

 

「いや……、私はあくまで連絡を取ったセバスに伝えただけで……。……えっと、お前達は何人で来た?」

モモンガが八肢刀の暗殺蟲に訝しげに尋ねる。

「はっ。私以下、八〇〇のシモベ達がこの村に襲撃を行えるように準備を整えております」

「八〇〇! 何でそんな大人数で?」

「はい。至高の御方が二人も外に急いで出られたので、当初の想定していた四〇〇から二倍に引き上げさせていただきました」

 

 ぴっしゃりと答える八肢刀の暗殺蟲にモモンガは頭を抱えて唸った。

 アカツキもモモンガの気持ちが理解できる。

 助けた村に想定していた数の倍の人数を動員されて、しかも襲撃をするように準備を整えていれば頭も抱えたくなるだろう。

 

「……はぁ。それでお前達を指揮しているのは誰だ?」

「はっ。アウラ様とマーレ様です。デミウルゴス様はナザリック内において警備、コキュートス様はナザリック周辺の警備に入っております。それからアルベド様とシャルティア様は、モモンガ様とアカツキ様の護衛に間もなく到着する予定です」

「何? アルベドはともかくシャルティアもか?」

 

 モモンガが疑問の声を上げる。

 防御能力に特化したアルベドが護衛に付くのは分かるが、何故シャルティアがナザリックの警備に入らずにこちらに付くのか。

 アカツキもそれが分からずに困惑の表情を浮かばせる。

 

「……まぁ、いいか。だが、あまりにも数が多い……。アウラとマーレ、それからお前達を除き、他のシモベ達は撤収させろ」

「承知いたしました、モモンガ様」

 

 恭しく頭を垂れる八肢刀の暗殺蟲を置いて、モモンガとアカツキは背後に死の騎士を伴って歩き出す。

 

 

 そして、モモンガとアカツキは周辺の一般的な知識や常識を得るために村の中を歩いて回った。

 夕日が空に浮かび上がる頃、一通りの情報を収集したモモンガとアカツキは後からやって来た完全武装のアルベドとシャルティアと合流した。

 

「お待たせして申し訳ありません、アカツキ様」

 

 アカツキの目の前で血に濡れたような真紅の全身鎧を着込んだシャルティアが深く頭を下げる。白鳥の頭のような形状をした顔の部分が開いた兜を被っており、その左右からは鳥のような羽が突き出している。胸から肩を経由して、鳥の翼をイメージしたような装飾が垂れ下がっており、腰には真紅のスカートを巻き付けていた。片手には料理で使いそうなスポイトの形に酷似した巨大で奇怪な槍を握りしめいる。

 

 それは明らかに完全戦闘態勢の呈を成したシャルティア・ブラッド・フォールンの姿であった。

 

 アカツキはポカンと口を開きながら、呆然とシャルティアを見つめる。

 

「……シャルティア。どうしてお前がここにいる?」

「アカツキ様の護衛に付くためです」

 

 頭を上げたシャルティアが答える。その顔は真剣そのもの。固い意思の輝きを真紅の瞳に宿していた。

 しかし、答えになっていない。

 アカツキは何故護衛に付いたのかを聞いているのだ。

 

「何でナザリックの警備じゃなくて、俺の護衛に付いたんだ? アルベドならともかく」

「アルベドがナザリック最高の守り手なのは承知しています。しかし、アルベドが一人なのに対してアカツキ様とモモンガ様は二人。それではアルベドが十全の力を発揮は出来ても、やはり集中力はその分どうしても割けなければいけない。そうしてはいざという時に対処が遅れる場合が生じてしまう可能性があります」

「確かにそうかもしれないが……」

「そうなればアルベドが集中出来るように、もう一人の御方をお守りする護衛が必要となります」

「だけど、やっぱり守護者が二人というのはいくらなんでも過剰戦力の気が……」

「お嫌ですか?」

「えっ? いや、そういう事を言っているんじゃなくて」

「私では力不足ですか? ご不満ですか?」

「えっ? そ、そんな事はないと思うぞ?」

「ならよろしいのではないでしょうか?」

「……えっ?」

「愛する人を守りたいと思うのは女だってそうです。私は至高の御方の僕として、階層守護者として、女としてアカツキ様を守りたいのです」

「……」

「お分かり頂けますね?」

「あ、はい」

 

 シャルティアの有無を言わせぬ気迫に、アカツキは上手く言いくるめられてしまった。

 それにシャルティアの言い分も納得できる。

 敵がどれ程の戦闘能力を有しているのかも、まだ明確には確認できていない現状で念には念を入れる考えは十分に理解できることだった。

 断じて鬼気迫るような表情のシャルティアが怖かったからという訳ではない。

 アカツキがちらりと隣に視線を向ければ、モモンガも似たようにアルベドに何やら迫られている光景が見てとれた。

 どうやらモモンガも女のそれには敵わないようだ。

 

「……ごほん。それじゃあ、撤収するか。ここですることはもう無いみたいだからな」

「承知いたしました、アカツキ様」

 

 アカツキはシャルティアを背後に従えて、どこかぐったりした様子のモモンガと漆黒の全身鎧を着込んだアルベド共に村長を捜した。

 村長は直ぐに発見できたが、なにやら真剣な表情で村人達と話し込んでいた。その顔には緊迫感が浮かんでいる。

 アカツキは何やら言い知れない胸のざわめきを感じながら、村長に声を掛ける。

 

「どうかされましたか、村長殿」

「おお、アカツキ様にモモンガ様。それと……」

 

 村長が全身鎧に身を包んだアルベドとシャルティアに目を向ける。その視線はどこか怯えが混じっていた。

 アカツキは落ち着かせるように優しい口調で答える。

 

「私の仲間です。村の外に待機していたところを呼びに行って連れてきました。それで、どうかされましたか? 何か問題でも起こりましたか?」

「それが……、実はこの村に馬に乗った戦士風の者たちが近づいているそうで……」

 

 アカツキは怯える村長を安心させるように軽く手を上げた。

 

「任せてください。村長殿の家に生き残りの村人達を至急集めてください。村長殿は私たちと共に広場に」

 

 村人達を集める一方で、死の騎士を村長の家の近辺に配置して、アカツキはモモンガと並んでアルベドとシャルティアを自身の後ろに立たせる。

 アカツキは怯える村長を落ち着かせるように優しく宥めながら、広場の中央にて待ち構える。

 

 

 やがて集団の先を走る騎兵の姿が見えてきた。騎兵たちは隊列を組み、一糸乱れない動きで広場に入ってくる。

 アカツキは違和感を覚える。

 彼らの武装は統一性がなく、かなりのアレンジが施されていたからだ。先ほど村を襲った騎士達とは比べる間でもなく、装備のまとまりがない戦士集団だった。

 数にして二十人。その中からリーダーと思わしき屈強な男が進み出てくる。

 男は村長を軽く見た後、死の騎士に視線が留まり、アルベドとシャルティアへと動く。そして釘付けになるように視線が固定した。

 そして、最後に射抜くような鋭い視線をアカツキとモモンガに向けた。

 男は重々しく口を開く。

 

「私は、リ・エスティーゼ王国戦士長ガゼフ・ストロノーフ。この近隣を荒らし回っている帝国の騎士達を討伐するために王のご命令を受け、村々を回っているものである」

 

 村長の家からざわめきが起こり、隣にいる村長が「王国戦士長……」とぼそりと呟く。

 

「どのような人物で?」

 

 アカツキが村長に口を寄せる。

 

「商人達の話では、かつて王国の御前試合で優勝をはたした人物で、王直属の精鋭兵士達を指揮する方だとか」

「では目の前にいるこの方がその……?」

「……分かりません。私もうわさ程度の話しか聞いたことがないもので」

 

 アカツキが視線を走らせてみると、確かに全員の胸に同じ紋章が刻み込まれている。

 

「この村の村長だな」

 

 ガゼフの視線が村長に向かう。

 

「横にいるのは一体誰なのか教えてもらいたい」

「それには及びません。はじめまして、王国戦士長殿。俺はアカツキ。そして俺の仲間のモモンガ、アルベド、シャルティア。この村が騎士に襲われておりましたので助けに来た魔法詠唱者(マジック・キャスター)です」

 

 アカツキは軽く一礼し、自身とモモンガ、アルベド、シャルティアの自己紹介を始める

 それに対してガゼフは馬から飛び降りた。

 

「この村を救っていただき、感謝の言葉もない」

 

 ガゼフはそう言うと重々しく頭を下げる。

 空気がざわりと揺らぐ。

 王国戦士長という決して低い地位ではないだろう、おそらくは特権階級の人物が、どこの馬の骨とも知れないアカツキ達に頭を下げたのだ。

 ガゼフという男がどういう人柄なのか、それを雄弁に物語っていた。

 

「頭を上げてください。俺たちも報酬目当てですから、どうかお気にされず」

「ほう。そうか。とすると君たちは冒険者か?」

「それに近いものです」

「なるほど。かなり腕の立つ冒険者とお見受けするが、その名は存じ上げませんな」

「旅の途中でして。たまたま通りかかったもので、あまり名が売れていないのでしょう」

「……なるほど。それではお時間を奪うのは少々心苦しいが、村を襲った不快な輩について詳しい説明を聞かせていただきたい」

「もちろん喜んでお話しさせていただきます」

「それでは私の家でお話しできれば」

 

 村長が最後まで言い終える前に、一人の騎兵が広場に慌ただしく駆け込んできた。

 騎兵は大きく乱れた息を整えもせずに、声を張り上げて告げる。

 

「戦士長! 複数の人影が村を取り囲むような形で接近してきています!」

 

 

▲▽▲▽▲

 

 

「なるほど……確かにいるな」

 

 家の陰から報告された人影を窺うガゼフがぼそりと呟く。

 各員が等間隔を保ちながら、ゆっくりとだが確実に村に向かって歩んでくる。

 彼らの横には光り輝く翼を生やした者が付き従っている。

 

 天使。

 

 様々な特殊能力に加え、魔法もいくつか使い、さらには接近戦もできることから、ガゼフの中ではかなり厄介な敵として認識している。

 

「彼らは一体何者なのでしょうか?」

「アカツキ殿に心当たりはないか。ということは奴らの狙いはただひとつ」

 

 アカツキとガセフの視線が交差する。

 

「ガゼフ殿……」

「王国戦士長という地位にいる以上、仕方のないことだ。さて、あれだけの魔法詠唱者を揃えられるところをみると、相手はおそらくスレイン法国。それも特殊工作部隊群……六色聖典の者たちか…」

「スレイン法国? 六色聖典?」

「人間至上主義を掲げる宗教国家だ。そして、六色聖典こそ……そんなスレイン法国が誇る最強の戦闘集団のことだ」

 

 ガゼフは厄介だと言わんばかりに肩をくすめる。

 

「まったく……貴族どもを動かし、武装を剥ぎ取ってまでとはご苦労なことだ。それにしてもスレイン法国にまで狙われる日がこようとは」

 

 ガゼフは力強く拳を握る。ぷるぷると震えるまで力を入れるようは、彼の感情がどれほど怒りに高ぶっているのかが伺い知れる。

 

「……あれは炎の上位天使(アーク・フレイム・エンジェル)? 外見は似ているが、同じモンスターなのか?」

 

 ポツリと呟いたアカツキの言葉に、ガゼフは鋭く反応する。

 

「アカツキ殿。良ければ雇われないか?」

「……。仲間と相談したいので少々お待ちください」

 

 アカツキはガゼフから離れると、モモンガとアルベド、シャルティアを伴って建物の外へと出る。

 そして、会話が聞こえないように声を潜めながらモモンガが口火を切る。

 

「情報が少ない現状では迂闊な手は取れません。敵がどれ程の戦闘能力を持つのかも分かりませんし、何らかの奥の手がある可能性も考慮しないと」

 

 視覚で確認する範囲内には炎の上位天使だけであったが、もしかしたらもっと別の強力なモンスターを召喚できる可能性だってある。敵の人数も不明で周辺に伏兵が潜んでいるかもしれない現状では、無闇に正面から挑むのもあまり得策とは言えない。

 

「私たちは一先ず様子見をして、先に出たガゼフ達が戦闘を行っている間に少しでも敵の詳細な情報を引き出すのに徹するべきだと思います」

 

 モモンガの言い分は最もである。

 先ずはガゼフが率いる戦士集団が戦いに挑んで、その戦闘風景から敵の情報を収集して対抗策を練るのが安全と言える。

 しかし、それではガゼフ達の中から決して少なくない数の犠牲者が出るのは明白である。

 武具や装備品の類からも確認出来るように、とても正面から戦って敵うような相手には思えない。敵がガゼフを暗殺するために様々な誘導工作をしたようであるのは話を聞く限りで十分に分かる。そうであるならば、確実にガゼフを仕留めるために万全な準備を整えているだろう。

 しかし、それでもガゼフは戦いに挑むだろう。

 ガゼフと関わった時間は少ないが彼の人柄に触れたアカツキは、村人を置いて自分達だけ逃げるような行為はしない男だと確信できる。

 誰一人としてガゼフ達には死んでほしくはないというのがアカツキの本音だった。

 

(……どうするか)

 

 ここにはアカツキを含め、完全武装をした上にギルド武器を持って劇的なステータス上昇を果たしたモモンガ、同じくフル装備のナザリック内で最高峰の防御能力を誇るアルベド、最後に完全戦闘態勢の守護者最強の存在であるシャルティアがいる。

 

 この面子(メンバー)でどれほど敵に対抗することができるのか全く分からないが、少なくとも誰か一人が欠けることを想定して動かなければならないだろう。

 今この瞬間がまさにアカツキ達の戦闘能力が試される正念場である。

 

(すまない、皆。俺が身勝手な行動をしたばかりに、皆を危険な目に晒すことになってしまった)

 

 アカツキは激しい罪悪感に苛まれる。自らの勝手な行動で自分のみならず仲間にも危険を晒して迷惑をかけているのだ。

 やはりここはアカツキが責任を持ってたった一人だけで、最後まで事にあたるべきだろう。

 

「……モモンガさん。俺が一人で戦います」

「何を言っているんですか!! アカツキさん!!」

「正気でごさいますか! アカツキ様!」

「何をお考えなのですか! アカツキ様!」

 

 モモンガ、アルベド、シャルティアの三人が物凄い勢いでアカツキを責める。アカツキはしゅんとなる。そこまで怒らなくてもと……。

 

「敵の戦闘能力が分からない現状で! そんな馬鹿なことを言わないで下さい!」

「でも」

「黙らっしゃい! もしかして自分一人だけで飛び出して行ったことに責任を感じているのですか? だったら見当違いも甚だしい!」

 

 モモンガの真剣な瞳がアカツキを見据える。

 

「私たちは仲間です。こういう状況だからこそ力を合わせて協力しなければいけないんです」

「でもモモンガさん」

「やかましい!」

「痛っ! スタッフで殴らなくてもいいでしょう……それもギルド武器で」

「アカツキさんが聞き分けがないのがいけないんです。なんならもう一発いっときますか?」

「すみませんでした、モモンガさん」

「よろしい」

 

 モモンガは突き出したスタッフを引き戻して満足げに頷く。

 

「報酬としてこの世界の硬貨も手に入れておきたいですし、王国に恩を売る良い機会でもあります」

「モモンガさんあなたは……」

「一体何年アカツキさんと付き合っていると思っているんですか。アカツキさんが彼らを助けたいという事は、言われなくても分かります」

 

 仮面に隠れて表情が分からないが、モモンガは確かに今笑った気がした。

 

「それにアカツキさんの事です。一度彼らを助けた手前、途中で放り出すようなことをしないのは分かっていますとも」

 

 そうやって俺も助けられましたからね、とモモンガは誰にも聞こえないように小さく漏らす。

 

「ではモモンガさん……」

「ええ。この依頼を引き受けましょう」

 

 モモンガは敵がいる方向に視線を向ける。

 

「アインズ・ウール・ゴウンに敵対する者がどういう最期を迎えるのか。それを存分に思い知らせてやりましょう」

 

 

▲▽▲▽▲

 

 

 ニグン・グリッド・ルーインは、スレイン法国神官長直轄特殊工作部隊群、六色聖典のひとつ。主に亜人の殲滅と掃討を任務とする陽光聖典の隊長である。

 

 陽光聖典に所属する者は一人一人が最低でも第三位階魔法を行使でき、さらに近接戦闘も行える選りすぐりの超エリートともいえる人材で構成されている。

 そんな陽光聖典の隊長を務めるニグンは困惑げに眉を潜める。

 王国の腐敗しきった貴族達を上手く思考誘導させて、武装を剥ぎ取ったガゼフをこの村に追い立てるように仕向けたのは良かった。

 しかし、ニグン達の目の前に現れたのは見たこともない四人組だった。しかもその装備品の数々はどれもが一級品と思えるマジックアイテムだろうことは一目見ただけでも容易に分かる。

 どうして姿を見せるのが村に追い詰めたガゼフではなく、こんな正体不明のもの達なのだろうか。

 

「お前達は一体何者だ!」

 

 ニグンは怒りに顔を歪ませながら、苛立たしげに叫ぶ。

 

「はじめまして、スレイン法国の皆さん。私はアカツキ。こちらにいるのが私の仲間であるモモンガ、アルベド、シャルティアです」

 

 真紅の外套を羽織った謎の人物が前に出てきて、軽く一礼をする。

 

「ほう。それで貴様らの目的はなんだ? まさか命乞いをしにきたとでもいうのかな?」

 

 嘲笑を浮かべたニグンが見下すようにアカツキ達に侮蔑の視線を投げ掛ける。

 

「そうではありません。私たちはこの村を救うために来ました。なので、あなた達をここで止めに入りたいと思いまして」

「ふん。話しにならんとはまさにこの事だ。貴様らはそんな下らない理由で我らの前にノコノコとやって来たのか。全く持って理解に苦しむ愚か者どもだな。貴様は馬鹿か?」

 

 アカツキの後ろに控えている真紅の甲冑を着込んだ人物--シャルティアが前に出ようとするのを、漆黒の全身鎧に身を包んだ者--アルベドと漆黒のローブを纏った者--モモンガが止める。肩を激しく震わすその姿は侮辱されたことに対して激しく怒っているというのが、遠目から確認しただけでも手に取るように分かる。

 それはシャルティアを押さえ付ける二人も同様だ。特にモモンガの方はニグンを睨み付けるように鋭い視線を向けている。

 そんな光景をニグンは嘲笑うようかのように口元を吊り上げながら、挑発じみた口調で言い放つ。

 

「なら、どうするのだ? ここで無様に我々に殺されるか? 今なら地面を這いずり回りながら許しを請えば、助けてやらんこともないぞ?」

「それには及びません。こう見えて多少腕には自信がありまして、そう簡単には負けないという自負があります」

「ふん、ならば死ね。ガゼフもろとも無様にその汚い臓物をぶちまけろ!」

 

 ニグンの号令の元、二体の炎の上位天使がアカツキ達に襲い掛かる。

 アカツキが動く前にモモンガが勢いよく進み出る。

 

「あったまきた! 〈負の爆裂(ネガティブ・バースト)〉!」

 

 モモンガを中心にして発生した黒い光の波動が周辺に解き放たれて、その範囲内にいた天使をかき消した。

 

「ばっ、馬鹿な!」

 

 ニグンが驚愕する一方で、アカツキがモモンガに詰め寄る。

 

「モモンガさん! 後衛であるあなたが勝手に前に出ないで下さい! 危ないじゃないですか!」

「あいつらがアカツキさんを侮辱するからいけないんです。俺の大切な仲間を馬鹿にする奴は絶対に許しておけない!」

「いいから……、ここは前衛である俺に任せて下さい。打ち合わせどおりに不測の事態に備えて後で待機していて下さい。シャルティアもスポイトランスを下げて後ろにいっててくれ。アルベド、モモンガさんとシャルティアを頼む」

 

 必死に宥めるアカツキに渋々といった様子で従うモモンガ、アルベド、シャルティア。

 ニグンは何が起こっているのかさっぱり分からなかったが、彼らの無防備な姿を見て我に返る。

 今が彼らを仕留める絶好のチャンスだと確信して。

 

「全天使で攻撃をしろ。急げ!」

 

 命令に従い、弾かれたように全ての天使が一斉に襲い掛かる。

 しかし--。

 横一文字に迸った一条の銀色の光が、周辺を取り囲むように展開していた天使を切り裂く。

 

「はっ?」

 

 光り輝く無数の粒子となって消滅していく天使達を、ニグンは訳が分からないと間の抜けた声を漏らしながら眺めた。

 視線を向ければアカツキの右手にはひと振りの剣が握られていた。銀色の刀身に精緻な細工が施された見事な造りの剣は、魔法的な輝きを放ちながら淡い光を灯していた。

 恐らくはその剣で天使達を切り裂いたのだろう。

 しかし、あの天使達をたったの一撃でほふることなんて出来るのだろうか。

 召喚した天使達は魔法を付加した武器でなければ有効的なダメージを与えることができない。

 あの一級品のマジックアイテムの類であろう剣ならば、確かに天使達を切り裂くことはできるだろう。

 しかし、それだけでは天使達を切ることは出来ても倒すまでには至らない。

 だが、アカツキはたったのひと振りだけで全天使を消滅せしめた。それは単純にマジックアイテムの力だけではなく、アカツキの実力も非常に優れていることに他ならない。

 ニグンは背筋に寒気が走るのを感じると、焦燥感に駆られたように声を荒げて次の命令を下す。

 

監視の権天使(プリンシパリティ・オブザベイション)よ! かかれ!」

 

 片手に大きなメイス、反対の手に円形の盾を持った全身鎧に身を包む監視の権天使がニグンの命令に従い動き出す。

 監視の権天使はアカツキの元まで辿り着くと、光の輝きを宿すメイスを大きく振り上げる。

 ニグンはアカツキが監視の権天使の一撃によって潰される姿を予期していたが--。

 一閃。

 袈裟掛けに走った一条の銀光が、上位天使である監視の権天使を容易く両断してしまう。

 

「そんな馬鹿な! あり得ないぃぃ!!」

 

 ニグンが目を剥くのを尻目に、部下達は天使が意味をなさないと知ると、悲鳴にも似た絶叫を上げながら様々な魔法をアカツキに向けて行使する。

 しかし、その全てがアカツキを打ち付けても当の本人は全く堪えていない様子で悠然と立っている。

 

「こっ、こうなればぁ!」

 

 ニグンは震える手で懐からクリスタルを取り出す。

 

「見るがいい。これこそかつてこの大陸を蹂躙した魔神をも倒した最高位の天使が封じ込まれている至高のマジックアイテムだ。貴様らは良くやった、我らが召喚した天使達を前に奮戦して見事に打ち倒した後に、この奥の手である最高位天使を使わざるをえない状況まで我らを追い詰めたのだから。その頑張りは賞賛に値する。しかし、そこまでだ。お前らがどれ程優れた力を持つ者なのか、先の戦闘で十分にわかった。正直、お前らには敬意すら感じる。誇るがいい。我らエリート中の超エリートである陽光聖典を相手にここまで戦い抜いたのだからな。だが、これまでだ。最高位天使を出す今、お前達の奮闘も運命もここで終わりなのだ。これより先は神聖なる最高位天使の大いなる威光に身も心も魂でさえも焼かれるのだ。安心するがいい。慈悲深い私がお前達が悲しまないようにお前達を殺した後にガゼフも! 村人達も! 皆共々にあの世に送ってやるからな。フハハハハ!」

「戦闘中なのに、よく喋るねあんた。危ないですよ? いいからはよ、はよ」

「アカツキさん。気持ちは分かりますが、取り合えずアルベドの後ろまで下がってくれませんか? 一応警戒した方がいいですよ?」

 

 ずいぶんと呑気なアカツキ達の様子にニグンは額に青筋を浮かばせながら、声高らかに叫ぶ。

 

「我らの祈りに答え、今こそ顕現せよ!」

 

 天に向けて高々と掲げたクリスタルが砕けて、眩い輝きが放たれる。

 

「刮目せよ! 大いなる最高位天使の荘厳たる尊き姿に! 威光の主天使(ドミニオン・オーソリティ)

 

 それは光り輝く集合体だ。翼の塊の中から現れたそれは異様な外見をしているが、清浄な空気を纏うその姿は見れば紛れもなく聖なるものだと感じ取ることができる。

 

「これが俺たちに対する切り札なのか?」

「威光の主天使だと……。ショボすぎだろ」

 

 ニグンは訝しげに眉をよせる。

 人間では絶対に勝てない最高位天使を前にして、どうしてそんな余裕の態度でいられるのかと。

 ニグンは自身の顔が紅潮するのを感じた。

 もはや相手にするのも馬鹿馬鹿しいと言わんばかりのアカツキ達に、腸が煮え繰り返るような激しい怒りを抑えることができなかった。

 

「くらえぇぇぇ! 善なる極撃《ホォォォリィィィスゥマァァイィトォォォォォ》!!」

 

 人間では決して到達することができないとされる領域にある第七位階魔法を行使する。

 スレイン法国では大掛かりで行う大儀式でようやく始めて使用できるようになるそれを、この威光の主天使は単体で発動することが可能なのだ。

 

「やれやれ、どうしますモモンガさん?」

「どうするもなにも……あれじゃあ…なぁ……。はぁ……、アルベド、それにシャルティア。お前達はいいから下がっていろ」

 

 アカツキとモモンガが気だるげに前に進み出ると、何をするわけでもなく棒立ちのまま威光の主天使の究極の一撃を受け止める。

 

 悪しき存在を浄化する神聖なる光の柱が天を貫かんばかりに立ち上る。

 ニグンは己の勝利を確信して嘲笑った。

 魔神さえも滅ぼす最高位天使の一撃に人間程度が堪えられる訳がない。

 それなのに避けようともせず、真正面から堂々と受けた愚か者に軽蔑と侮蔑の視線を送った。

 

 そして、光の閃光が徐々にかき消えていく。

 その光景を眺めていたニグンの顔が--固まる。

 

「ふははは。属性が悪に傾いているだけあって、流石にダメージはあるか。しかし、これが痛みを負う感覚か」

「妹の片ぱんよりは全然痛くない。まあ、俺のカルマ値はそんなに高くないからな」

 

 神々しい光の柱の中から平然とした姿で現れた二者は跡形もなく消滅するどころか怪我のひとつも負っていないように見える。

 呑気に肩を回す仕草を取る姿は痛みすらあまり感じていないようにも思える。

 

 ニグンは信じられないとばかりに目を見開く。

 何故、最高位天使の超絶とした領域にある究極の魔法を受けて無傷なのか、と。

 ひきつった笑みを浮かべるニグンを尻目に、絶叫ともいえる声が空気を切り裂く。

 

『か、かとうせいぶつがぁぁぁ!!』

 

 その声の発生源はアカツキとモモンガの背後に立つアルベド、そしてシャルティアだ。

 

「私の大切なぁぁ、御方にぃぃぃ、痛みを与えるなどぉぉ!」

「絶対に許さねぇぇぞぉ!! このブタどもがぁぁぁ!」

 

 身体をかきむしるように暴れるアルベドとシャルティア。

 そんな二人を止めるようにアカツキとモモンガが優しく声を掛ける。

 

「なっ、なんなのだ一体」

 

 ニグンが声を震わしながら、何か邪悪で巨大な化け物が蠢くような気配を放つアルベドとシャルティアを眺める。

 その時だった。

 威光の主天使の胸に三メートルを超える巨大な戦神槍が突き立つ。

 

「へっ?」

 

 ニグンが呆然としながら、威光の主天使が光の粒子となって消えていく姿を眺める。

 

「せ、清浄投擲槍! シャルティア!」

「だ……だって、あいつらが悪いんです。私の愛しい御方に無礼を働くから」

 

 もじもじと身体をくねらせるシャルティアをアカツキが頭を抱えながら叱りつける。

 まるで小さい子供が何か悪いことを仕出かした時に怒る親のような光景が広がっていた。

 

「お前達は何者なのだ」

 

 ニグンは得たいの知れない恐怖に身体を震わす。

 

「だから、何度も言っているだろう」

 

 モモンガがやれやれと肩を竦める。

 

「ただの魔法詠唱者だ」

「そんなわけあるかぁぁぁ!」

 

 ニグンはぶんぶんと狂ったように頭を振るう。

 

「あっ、あり得ないぃぃぃ。最高位天使を、魔神すらも超える最高位天使を、人間を超越する最高位天使を、倒せる者などいるはずがないぃ!」

「だが、こうして倒されているが?」

 

 モモンガの冷たい声が静寂とした草原に響き渡る。

 

「さて、お遊びもそろそろ飽きてきたころだし……これぐらいで終わりにするか?」

 

 弾かれたように我に反ったニグンは部下達を切り捨てて、自分だけ助かるためにアカツキ達に命乞いをする。

 しかし、そんなニグンに返ってきたのはどこまでも冷めきったモモンガの冷たい突き放すような声であった。

 

「お前達は俺の大切な仲間を侮辱した。俺が何よりも大切にする仲間をだ」

 

 モモンガは怒りに肩を震わしながら、宣言する。

 

「それだけは絶対に許さない。生まれてきたことを後悔するような絶望と、苦痛の中で死んでいけ」

 

 

▲▽▲▽▲

 

 

 アカツキは夜空に浮かぶ星々の輝きを感動したように見つめながら、隣に寄り添うように付き従うシャルティアに声を掛ける。

 

「シャルティア、今日はお前達に迷惑を掛けた」

「そのようなことはありません。至高の御方に尽くすことが、私達の存在理由です」

 

 夜の帳が降りた草原には人工的な灯りが一切なく、星の明かりだけが唯一の光源であった。もっとも、暗視(ダーク・ヴィジョン)のスキルを持つアカツキとシャルティアには関係のないことであったが。

 

「それにしてもよろしかったのですか? あの人間達に貴重なアイテムをお与えになられて」

「そこは大丈夫だ。モモンガさんと話し合って、将来の布石として渡したものだからな」

「さすがはアカツキ様。その深遠なるお考えに、私は感服するばかりです」

 

 シャルティアが感心したように頭を深々と下げる。

 アカツキは軽く手を上げることでそれに答える。

 

 村に戻ったアカツキ達を迎えたのは惜しみない賛辞や感謝の言葉であった。

 村人総出で感謝の念を浮かべ、そしてガゼフからはお礼の言葉と共に厚い握手を交わしてきた。

 あの時の輝く瞳は今でも鮮明に思い出すことができる。

 

 

 アカツキは隣にシャルティアを連れ歩きながら、星が煌めく夜空を見上げて思った。

 

……シャルティア、さりげなく腕を組むのはやめてくれ。スポイトランスの端が当たって地味に痛いから、と。

 

 

 




年末に投稿しようと思って急ぎましたが、遅れてしまいました。
申し訳ありません。
中途半端な書き貯めをしていたら、間に合いませんでした。

不定期更新ですが、今年もよろしくお願いします。
皆様が楽しんでお読み頂けるように、精一杯頑張りたいと思います。

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