恋姫†有双   作:生甘蕉

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三十六話  戦う理由?

「思い出させる……やっぱりアレだよ、きっと!」

 ぽん、と手を合わせたこの娘は天和。

 その動きで大きな胸もぽゆん、と揺れる。

「アレ?」

 いったいなんのことだろう。

 頭をぶん殴られたりするのだろうか?

 

「またまた、とぼけちゃって~。皇一の大好きなことに決まってるでしょ♪」

 地和は天和の妹。三姉妹の次女だけど、胸は一番小さい。つまり俺の好み。

「俺の大好きなこと?」

「もぉ、皇一ってばエッチなんだから。女の子の口から言わせたいなんて♪」

 シャオちゃんなに言ってるの?

 って、アレってそういう意味か。

 

「無理無理無理!」

 広げた両手を目の前で振る。

「えー!」

「だって俺経験ないし! 超初心者の俺を十年後と比べないで!」

「ふむ、初々しい主も可愛いかもしれぬな」

 いつのまにか後ろにいた星が耳元で囁いた。

 ビクっとして慌てて離れる。

「いや、可愛いって、俺の方が年上だと思うんですが!」

 俺より年上そうなのは……いないな。冥琳が同い年ぐらい?

 

「そっ、それに! 愛のない行為は違うと思うんだ。……君たちは俺のこと知ってるかもしれないけど、俺の方は全然知らないわけだし……」

 やっぱり初めては好きな女の子とがいい。

 はあ、と道場のあちらこちらでため息が聞こえた。

「夢見る乙女のようだと思っていたけど、十年前はさらに上をいっていたのね」

 もしかして俺のこと?

 

「じゃあ、どうすればいいのよ!」

 シャオちゃんがぷくっと頬を膨らませる。

「……華佗はどう? 思い出させられるんじゃないか?」

 華佗?

「そうだ! 華佗はどうしたのだ? あやつがいれば孫策の毒ぐらいどうとでもなっただろう?」

 春蘭の質問で華佗っていうのがどうやら人の名前だってわかった。

 

「華佗は蓮華さまの薬の材料を探しに行っていて、いなかったのだ」

 眼光鋭い思春。言外に毒を使ったのはそっちだろう、って言っているみたい。

 あれはもしかして……ふんどし? 是非後ろから眺めてみたい。

 

「蓮華……しばらくは呉は攻めない」

「そう……いずれ攻めてくるということね」

「……さあ?」

 投げやりに答えているけど、元気なさそうだな華琳ちゃん。

 

 

「それで……ここにいるやつら以外には、皇一が若くなっちゃったことはどう説明するんだ?」

 白蓮だったかな、この娘は。

 全部ちゃんと覚えられるんだろうか、俺。

 新入生がクラスの同級生を短時間で覚えるような作業。

 アニメキャラとかなら設定こみですぐに覚えられるんだけど……いくら美少女揃いといってもかなり大変。

 

「ご主人様は天のお方です。そういうこともある、と納得してもらうしかないでしょうね……」

 雛里ちゃんは鳳統って軍師らしい。三国志詳しくないんで誰だかわからん。

「けどさ、記憶もないんじゃ偽者だって言われるんじゃないか?」

 太眉の娘は翠。太眉の二人は覚えやすくて助かる。

 

「既に偽者は出てきています。天の御遣いが二人もいるからと便乗したのか、自分も天の御遣いだと名乗る詐欺師が」

 このおかっぱの娘は斗詩。カブってない特徴で覚えるしかなさそう。

「……麗羽さまのもとにも現われましたが麗羽さまは顔を確認してから、いりませんわ、と」

「麗羽のことだもの、それだけではないでしょう?」

「はい……かわりに、若くて顔のいい男を探し出すようにとの指示を……」

 ここにいないらしい麗羽って娘は、イケメンさん集めて親衛隊でもつくるのかな?

「皇一のせいね」

 俺のせい?

 

「私に勝ち誇るため、ね。顔だけでは好みもあるから難しい。自分の方はしかも若い、と高笑いしたのでしょう」

「ごめんなさいごめんなさい……ですが、麗羽さまが満足するような者はなかなかみつからず」

「まさか、領地広げてるのって、そのためじゃないだろうな?」

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい……野心は元々ある方なんです」

 よく謝る娘だ。なんとなく他人に思えない。

「そうだったな」

 現在、白蓮のとこに麗羽……袁紹っていうらしい。その袁紹が攻めてるらしい。

 嫁さんの所属する勢力が戦いあってるって、十年後の俺はどう思っていたんだろう。なんか俺もう、胃がキリキリと痛み出したんですが。

 

「ならば、皇一をすぐに徐州へ戻すわけにはいかないわね」

「華琳さま?」

「皇一が魏へ滞在していたのは、孫策の暗殺を防ぐため。……失敗に終わってしまったけれど、もう魏に残る理由はない」

 失敗って言った時の華琳ちゃんは辛そうだった。

「……たしかに、ご主人様が魏に赴いたのはそのため。ですが、それならばなぜ?」

「徐州へ皇一が戻ったと知れば、公孫軍との戦いを放り出してでも麗羽は徐州に攻め入り、奪おうとする。今の劉備軍に迎え撃つことができて?」

「……くっ」

 悔しそうな愛紗。

 ご主人様って俺を呼んでるように、俺は愛紗のとこでトップに近い立場らしい。

 

「まさに傾国の美男子ですねー」

「俺が戦争の原因とか止めて!」

 美人の嫁さんが多いから、他の男たちに恨まれててとかなら、まだわからないでもないけどさ。

 それで戦争になるのも嫌だけど。

 

「返さないとは言わないわ。時期が来れば……多分、袁紹軍との戦いの前あたりかしら?」

「あわわ……さすがです」

 驚いた顔を見せる雛里ちゃん。……そんなあからさまな反応は軍師としてはいけないんじゃ?

 

 

 それからまた状況を説明されて、ようやく道場から出ることになった。

 ロードすればいいんだよね。

 メニューウィンドウを開いて、続きから、っと。

「なんか三つあるんだけど……」

 というか、三つしかない。ページの切替もないみたいだし、こんな少ないセーブスロットでやりくりしてたのか、十年後の俺。

 

「一番は毎朝、記録していたわ」

 華琳ちゃんが教えてくれた。

 うん、俺もたぶんそうする。セーブできるとこ三つしかないけど、最新のデータはこまめに記録しておいた方がいいはず。

「けれど、それでは孫策の暗殺はたぶん防げないでしょうね」

「駄目だったらもう一回やり直せばいいんじゃない?」

 最新のデータで再開した方が問題少ないと思うんだけど。またロードすればいいんだしさ。

「……皇一は、死ぬのは辛いと何度も愚痴っていたわ。その覚悟があって?」

「辛いのは勘弁して下さい」

 なんか死んじゃう時の感覚とかあるっぽいな。死なずにロードできないのかなあ。

 

「ねえ、もう一回皇一さんが自決したら、また若くなるってことだよねえ?」

 太眉二号ことたんぽぽちゃんが目を輝かせている。

「可愛い皇一さんも見たいな~♪」

 いや、可愛くなんかないと思うけど。

「それいいかも。天和お姉ちゃんって呼んでもらおう♪」

「……興味はあるけれど、また一から説明するのは面倒」

 眼鏡のこの娘は人和。三姉妹の末っ子。

 そうだよなあ。記憶まで無くなっちゃうのは困る。現に今、かなり困っている。

「そうですね。先程の孫堅の話を聞く限り、失う経験が一定ではないようです。もしも、何十年分もの経験を失うことがあったら皇一殿は消えてしまうのでは?」

 こっちの眼鏡は稟。クールな感じだ。委員長タイプか。

 ……ふむ。やっぱりどう考えても自殺は禁止だな。

 

「三番はたぶん、初めから、の直後だよね」

「ええ。きっと三周目開始直後でしょうね」

 うん。俺のセーブのパターン通り。一番大きい番号はスタート直後。

 最新のは一番にセーブするから、間違って上書きしないためにいつもそうしてる。

 そこから大きい順にイベントや分岐でセーブを分けていくんだけど、三つしかないんじゃそれもできない。

 

「三周目の初めからでは、困る者が多いのではなくて?」

「……袁術が引継いでしまったのはまずい」

 冥琳が美羽ちゃんを睨む。

「袁術なら誤魔化されるのではない?」

 蓮華も美羽ちゃんを見つめる。

 あのさ、誤魔化されるとか本人の前で言わない方がいいんじゃない?

 

「ご主人様へのこの懐きよう……袁術が力を持っている黄巾あたりで、ご主人様を要求したら……」

 孫家の面々に睨まれて、俺の影に隠れるように震える美羽ちゃんを見る愛紗。

「ぬ、主様?」

 怯えた顔も可愛いな。

「大丈夫だから」

 なにが大丈夫なのかはまったく覚えてないけど。

「三番も駄目だとすると。……二番はなにかイベントか分岐点だと思うんだけど」

 俺の性格ならそうする。あとはエロシーンの直前とか。

 

「ええ。二番は私と美羽の初めての直前でしょうね」

「なるほど。俺らしいな。……って、えええええっ!? は、初めてって、もしかしなくても……」

 十年たってもやっぱり俺は俺みたい。

 ……じゃなくて!

「ふ、二人いっぺんに?」

 いくらなんでも、こんな美少女二人を? 嘘でしょ? 贅沢すぎでしょ?

「だって、皇一の相手は二人いないと大変じゃない」

「あ、……そ、そうか」

 俺のムスコは双子になってたんだっけ。

 

「もしかして、さんぴ……二人同時って普通にしてたの?」

「わたしたちは三人同時だったよ」

「ええっ? 姉妹丼!?」

 マジですか?

 なんか華琳ちゃんと美羽ちゃんの初めてを同時にとか、姉妹丼とか、聞いてるだけでムカついてくる。

 そんな奴、死ねばいいのに!

 あ、もう死んでるんだっけ。

 というか、俺なんだっけ。

 ……信じられない。信じたらきっと胃に穴が開く。

 

「今回はまだ、おあずけでしょうね。記憶を取り戻してから、でないと駄目なのでしょう?」

「う、うん」

 ざ、残念なんかじゃないんだからね!

 

 

 

 セーブ2をロードして再開した。

 一瞬で風景が変わる。どうやら道場とは別の室内らしい。

「マジですか……」

 信じられないけれど、全部本当のことなんだろうか。

 

 豪勢なベッドには華琳ちゃんと美羽ちゃんがいた。

「なにか思い出して?」

 そう言われても……。

 首を横に振るしかない。

「そう……」

 

 

 閨を出た俺たちは、玉座の間に集合した俺の嫁を自称する少女たちと合流。

 閨……寝屋、つまり寝室? そこにいたというのにまだ昼間だった。真昼間からそういうことをするつもりだったのか、俺。

 

 相談して、俺の部下という凪、真桜、沙和に城内や街を案内してもらうことになった。

 華琳ちゃんと軍師たちは、暴走して孫策を暗殺する連中を処分するのでついてこれないらしい。まだしてないことで怒られるなんて、可哀相な連中だな。

 

「これが俺の?」

「せや。機織の牛兜やな。ウチがこさえたんやで」

 真桜に渡された兜を眺める。

 牛の頭蓋骨の意匠の兜。横に大きく角が伸びている。たしかにカッコいいが、なんか怖い気もする。

「牛はわかるとして、機織って?」

 あれか。七夕の彦星と織姫からか? たしか彦星、牽牛は牛飼いで、織姫は機織してたんだっけ。でもなんで七夕?

 

「隊長の話やと、この牛の髑髏は死亡部落? をぶち壊す男の印なんや」

「死亡部落……死亡ぶらく……死亡フラグか!」

 七夕関係ないらしい。

 死亡フラグを折るから、旗折りか。なるほどなるほど。

「縁起物なんだな」

「せや!」

 俺はありがたくそれを被ることにした。

 ちょっと恥ずかしいけど、大きさはピッタリだった。

 

「ご主人様?」

 首を傾げているのは恋。最強の武将、呂布なんだそうだ。

 俺の嫁ではないので道場にはおらず、若返ってしまった、ついでに記憶その他も失ってしまった俺を見て驚いているのだろうか。

「ちょっと違うけど、ご主人様の匂いがする」

 くんくんと俺に鼻を近づけてくる。

 ちょっと違う? まさか加齢臭じゃないよね? いくら十年後だからってそこまで老けてないよね?

 

「さすが恋殿、それはちゃんと兄殿なのです!」

 ねねが喜ぶ。本当はねねちゃんと呼びたいけど、義妹だからとちゃん無しを強要されている。

「恋殿は兄殿の護衛なのです。いっしょにいれば安全なのです!」

 俺のガードマンか。

 ……凪たちも可愛いし、恋も可愛い。

 こんな可愛い娘ばかり連れて歩いていたら、逆に因縁つけられるんじゃない?

 

「ねねはどうするの?」

「ねねは美羽の見張りなのです。美羽は季衣たちと兄殿の記憶を取り戻す相談をするです」

 むむ。ロリっ娘が集って相談とな。

 なんかそっちの方に行きたいなあ。

 ……まあ、城内とかの案内はしてもらっておかないと困るだろうから、無理だけど。

 

 

 城内散策を終え、街を案内してもらう俺。

 俺は凪たち警備隊の隊長で街を警邏することも多かったそうだ。三周目は厳密にいうと違うらしいけど。

「あ!」

「な、なにか思い出しましたか!」

 凪たちが期待の篭った眼差しで俺を見る。

「……ゴメン、そうじゃないんだ。看板が読めない」

 古代中国っぽいのに会話ができるから、なんとかなるんだと思ってたら、読み書きは駄目そう。

 漢字は読めないこともなさそうだけど、意味がほぼわからない。

 

「そいうえば隊長はこちらへきてすぐ、必死に読み書きを覚えたとおっしゃってました」

「そうなんだ……三十過ぎて勉強とか大変だったんだろうな……」

 俺も覚えなきゃいけないんだろうな。漢文とか何年ぶりだろう。

 

 

「疲れた」

 暗くなるまで歩き続けてもうへとへとなんですが。

「隊長、体力無さ過ぎなのー」

「せやな」

 勉強だけじゃなくて身体のトレーニングも必要なのか。

 そんな勉強やトレーニングしながら、あんな数の可愛い娘たちに手を出したと。

 ……マジで俺なの?

 さんざん歩いて見て回ったのに何も思い出さないし、俺が思い出さなかったと知って、凪たちも落ち込んで、余計に俺が精神的に疲れてしまった気がする。

 

 

 それはともかく腹へった。ロードしてからまだ何も食べてない。

 夕食はなんか季衣ちゃんたちが用意してくれてるみたい。楽しみだ。

 城の庭に集まる俺たち。

「ついてくるですよ」

 ねねに案内されて向かった先は、玉座の間だった。

 テーブルと椅子が用意されている。ここで食事するのか。

 

「いらっしゃいませー!」

「ゆっくりしていってね!」

 流琉と季衣ちゃんが俺たちを出迎えた。

「店の予約ができなくてのう、ここならみなが使えると妾がひらめいたのじゃ!」

 まったくない胸をはり、うはははと笑う美羽ちゃん。

 そうか。ロリっ娘たちが相談していたのはこれだったのか。

 

「美味い!」

 玉座の間だからマナーとか気にしなきゃいけないんだろうかと心配だったけれど、春蘭とか見るとそうでもなさそうだし、ほっとしながら料理に手を出したら、絶品としか言い様のない味だった。

「お口に合いましたか?」

「うん。すごい美味い」

「よかった! こっちも美味しいですよ」

 嬉しそうに別の皿を渡してくれる流琉。

「もしかして、これ全部流琉がつくったの?」

「はい!」

 おそるべしロリ料理人。

 だが、俺はなんとなく流琉ならできて当然だよな、と思っていた。

 

 食事、というよりは宴会と化したそこでは、みんなが俺に酒をついでくれたり、なにか思い出したかと話を聞きにくる。

 俺の隣の椅子に座ったり立ったり順番に入れ替わっている。なんか落ち着かない。

「これなら立食パーティの方が……」

 あれ?

「立食……なんですって?」

 華琳ちゃんが聞いてくるが、俺はそれを知っていた。

 この先の展開を知っていた。

 

「ちょ、ちょっと待って!」

 俺の脳内にあるヴィジョンが浮かぶ。

 それに従って俺は、季衣ちゃんと流琉を連れ出した。

「どうしたの兄ちゃん?」

「酔い覚ましですか?」

 城壁に二人を連れてきた俺。

 うん。間違いない、ここだ。

 ここで主人公は、季衣ちゃんと流琉と会話をしたんだ。

 

「思い出したんだ! 季衣ちゃん、流琉!」

 俺は二人を抱きしめる。

「二人のこと、思い出した!」

「ホント?」

「ああ。季衣ちゃんは俺の大恩人で、流琉は最初、俺のこと疑ってた」

 うん。そうだ、思い出した。

 季衣ちゃんと流琉は恋姫†無双というシリーズのゲームのキャラクターで、ここはその世界なんだ。

 俺は実際に季衣ちゃん、流琉とすごした記憶だけでなく、ゲームの方の季衣ちゃんと流琉の記憶も手に入れた。

 

「よかったぁ!」

「兄様!」

 二人が俺に抱きつきながら泣く。俺も当然のように泣いていた。

 

 

「たぶん、二人のイベントがきっかけだと思う」

 玉座の間に戻った俺はみんなに説明する。

 まあ、みんな城壁にきていて、俺たちのことを覗いていたみたいだったけど。

「いべんと?」

「催し……じゃちょっと違うか。出来事……でたぶんあってるのかな?」

 

「俺が思い出したのは季衣ちゃんと流琉のことだけ。だからたぶん、この宴会が二人のイベントだったんだと思う」

 たぶん、じゃなくて確実にそう。

 あのイベントにはねねと恋がいなかったし別の娘がいたりしたけど、「季衣ちゃんと流琉が準備した玉座の間の宴会」が、条件だったんじゃないのかな。

 問題は、これが俺が経験したことじゃなくて、ゲームの方のイベントだということか。

 

「みんな、できるだけ普通にしてくれ。俺が記憶がないとかは気にしないで」

 俺が経験したこと、が条件ならみんなに前に俺にやったことを再現してもらえばいいんだけど、それで上手くいくかはわからない。

 ゲームの方のイベント限定だとすると、みんなに自然体で接してもらった方がイベント発生しやすいと思う。

 彼女たちが言うようにエッチすれば、記憶が戻るかもしれない。

 たぶんイベント扱いだろうし。

 けれど……もし、しちゃった後で俺の記憶が戻らなかったら。

 さらに、「十年後の俺の方がよかった」なんて言われたら……。

 エッチするほど好きになってしまった娘にそんなこと言われたら俺、立ち直れない。

 

「ともかく、これで皇一の記憶が戻るということが確認できたわね」

 うん。やっぱり、俺は彼女たちが言う十年後の俺と同一人物みたいだ。

 その後、宴会はさらに盛り上がるのだった。

 

 

 

 できるだけ普通に、と決めた俺は記憶がないながらも十年後の俺がやってた仕事を……できるはずもなかった。

 読み書きできない。

 体力ない。

 まずはその問題をクリアする方が先、と勉強やらトレーニングがノルマとなった。

 そして問題がもう一つ発覚した。

 馬に乗れない。

 

 ……本当はもっと大きな問題があった。

 恋姫†無双のことが思い出せない。

 季衣ちゃんと流琉がそのゲームのキャラクターだったことや、ここがその世界だということは思い出したのだが、恋姫†無双のストーリーやシステムが思い出せない。

 名前からするとアクションゲームというか、アレのパクリっぽいけどどうなんだろう?

 全体像を思い出せれば、もっと役に立つのに。

 

 

「ううっ、全身が筋肉痛だ……」

 調練に参加して鍛えられた。沙和は鬼軍曹だった。

 俺が仕込んだらしいけど、マジですか?

 だけど、次は読み書きを覚えなきゃ……自室でなんとか読もうと本と格闘していたら客が来た。

 

「思い出した!」

「本当か!」

 俺の部屋に来た客、春蘭が持ってきた大量の杏仁豆腐を食べてたら春蘭の記憶を手に入れた。

 うん、こんなイベントあったね。

 でも、一周目でも二周目でも春蘭が杏仁豆腐つくってくれることなんてなかったのにどうして?

「貴様は食い意地がはっているから、季衣と流琉のことを思い出したのだろう。ならば、食べ物をを与えればいいのだ!」

 春蘭が言うか!

 そんなイベントがあったから思い出しただけだっつの!

 

 ……なんて、その時は思っていたんだけど。

 

 

「思い出した!」

 春蘭が要求した秋蘭の焼売を食べていたら、秋蘭の記憶を手に入れた。

 

「思い出した!」

 凪たちと食事に行って、麻婆丼の話をしていたら、凪、真桜、沙和の記憶を手に入れた。

 

「ほら、やっぱり貴様は食い意地がはっているのだ」

 春蘭が得意気にニヤリ。

「うぐぅ……」

 否定できん。いくらそんなイベントがあるからって、食事イベントでしか記憶を取り戻していないってのはどうなのさ。

 それからは、思い出してない娘たちが食事に誘ったり、差し入れたりしてくるようになった。

 

「信じられないくらい美味いんだけど……ごめん」

 箸を置いて謝る。

「そう……」

 華琳ちゃんはそれだけ。

 俺に差し入れを持ってきてくれる娘の第一位が華琳ちゃんだった。

 流琉以上のすごい料理人であり美食家。この料理も華琳ちゃんがつくったもの。

 でも、俺が記憶を手に入れることはなかった。

 ちなみに第二位はねね。

 もっとも、俺はついでで俺の護衛をしている恋に差し入れしてるのかもしれない。

 

 

「華琳さまの料理をいただいておきながら、落ち込んでいるなんて何様のつもり!」

 桂花が怒る。

 その気持ちは痛いほどわかる。

 ……っていうか胃が痛い。

 落胆した華琳ちゃんの顔を見るのが辛い。

 美味い物を食べるのがこんなに辛いなんて思わなかった。

 

「早く華琳さまのことを思い出しなさい!」

「俺だって思い出したい!」

 そう。華琳ちゃんのことは真っ先に思い出したいのに。

「これ以上華琳さまの辛そうなお顔は見たくないのよ」

「俺だって!」

「いっそ死んでくれた方が諦めもつくのに、それすらさせない」

 怖いこと言わないで!

 あ、そうか。俺が死んでも道場に行くだけなんだっけ。

 

「あれ? 今日は読み書き教えてくれるんじゃなかったのか?」

 桂花の足は城外へと向かっている。

「華琳さまから直々に許可をいただいたのよ!」

 許可? なんの?

 

「……これはあんまりなんじゃ……」

 小屋の中で愚痴る。

 俺のまわりには子供たち。

 桂花が街の子供達に授業するついでに、俺にも教えようとしてるらしい。

 けどこの小屋、外から丸見え。子供達に混じってるのはとても恥ずかしい。

「あ、隊長なの!」

 げ。警邏の途中の三羽烏に見つかってしまった。……泣きたい。

 

 その後、春蘭にも見つかってしまい笑われたが、子供達が桂花と春蘭のどっちが俺の女かとからかってきた。

「思い出した!」

「え?」

「桂花も春蘭も俺の嫁さん!」

 そう。俺は桂花の記憶を手に入れた。

「見たか春蘭! 食い物以外でも思い出したぞ!」

 なのに桂花や春蘭は呆れ顔。

 え? なんで? もっと喜んでよ!

「貴様は食い物よりも、そっちの方が好きだったな」

「ある意味食べちゃうわけね、外道」

 呆れ顔というより、蔑んだ目。

 ふと気づけば、桂花の授業を受けていた俺をからかった女の子の手をとってはしゃいでいた俺。

「御遣い様ったら強引……」

 いや、そんなつもりないから!

 モブ子ちゃんも頬染めないで!!

 

 

 授業の帰り道。

 せっかく記憶が手に入ったというのに桂花はいっしょに帰ってくれなかった。恥ずかしがりやさんめ。

 だが、これで食事以外でもなんとかなる、と上機嫌でスキップしてたら、倒れている稟を発見した。

 慌てて近づき、よく見たら大量の鼻血を出している。

 マズくないか、これ。

「急いで医者に見せないと!」

 稟を抱えようとしてはたと気づく。

「動かしちゃ駄目かもしれない?」

 頭ん中の血管傷ついて鼻血出して倒れたんなら、動かしちゃいけないかもしれない。

 でも、一刻を争うかもしれない。

 ど、どうすれば……。

 

「どうかしたのですかー」

 慌ててる俺の前に、風が現われる。

「稟が、稟が!」

 動揺して詳しい説明ができない。

 その目の前で、風は稟を引きずって街の中へと消えて……。

「思い出した! 風、ストップストップ!」

 稟と風の記憶を手に入れた俺は、二人を追いかけるのだった。

 

 

 食事以外でも思い出せると確信した俺はシスターズのライブを見に行った。

 ちょうど、遠征から帰ってきたのもあったし。

 天和、地和、人和の記憶を手に入れた。

 こんな簡単なら遠征先のライブを見に行けばよかったのかもしれない。

 一報亭の焼売を差し入れながら、三人に思い出したと告げた。

 

 

 

「……ごめん」

 レンゲを置いて謝る。

 華琳ちゃんが用意してくれたのはお粥。

 最近胃が痛くて食欲が落ちた俺のためもあるが、俺が初めて食べた華琳ちゃんの手料理でもあるらしい。

 その思いでの品を食べても駄目な俺。

 やばい。今までで一番華琳ちゃんが落ち込んでる気がする。

 

「絶対に思い出すからそんなに落ち込まないで!」

「……」

「料理が悪いんじゃなくて、たぶん料理じゃ駄目なのかもしれないだけだから!」

「料理では、駄目?」

 メニューが違うとかじゃなくて、華琳ちゃんが料理を差し入れてくれるイベントがないだけなんだと思う。

「そう。私の料理が気に入らないわけじゃないのね」

 もしかしたら華琳ちゃんの料理人である部分が意地になってたのかもしれない。

「当たり前だよ。こんなに美味しいの。毎日でも食べたい」

 あれ? これってプロポーズ?

 やばい、なに言ってるのさ、俺!

 

「ふふ、贅沢ね」

 ああ、よかった。こっちではプロポーズにはならないのかな。

 ……嫁になってるんだからもうプロポーズしたことあるのか。どんなのだったんだろうな。

 華琳ちゃんが頬染めて「お受け……します」と言ってるの想像したらなんかムカついてきた。許すまじ、十年後の俺。

 

「きっと他のイベントで思い出すんだよ。だから普通に、いつも通り、華琳ちゃんらしくしてくれてた方が嬉しい」

「私らしく……ね」

 うん。華琳ちゃんの悲しそうな顔は見たくないんだ、俺。

 

 

 徐州から愛紗がやってきた。

 袁紹軍から逃げるために国境を抜ける許可を受けにきたらしい。

 あと、俺をむかえに。

「袁紹軍からってことは、公孫軍が負けちゃったんだよな。白蓮は無事なのか?」

 記憶は手に入れてないけれど、嫁のことは心配である。

「はい。無事に合流しています」

 よかった。劉備軍にいるみたいだ。

 

「留守番、か」

 魏軍のみんなは華琳ちゃんについて、劉備に会いに行った。

 若くなった俺を見たら劉備軍の連中とはまともに話ができないだろうから、と置いていかれた。

「恋殿とねねがいるから、兄殿は寂しくなどないのです」

 ありがとうねね。

 いまだに思い出せない義妹をなでる。

 

「俺も連れてってくれればいいのに」

「華琳殿は通行料に愛紗を要求するから、それを兄殿に見られたくないです」

「愛紗が通行料?」

 俺に見られたくない?

「二周目では、それを知った兄殿が酷く落ち込んだです」

 ああ、俺のためなんだ。

「けど、もしそれが華琳ちゃんのイベントだったら俺、思い出せるのにな」

「それでも、兄殿を悲しませたくなかったのですな」

 華琳ちゃん……。

 

 

 華琳ちゃんたちが戻ってきた。

 劉備たちの通過は許可したが通行料として愛紗をもらうのは止めたらしい。

 そして、俺は劉備軍に渡される。

 

 華琳ちゃんの記憶を手に入れないまま、華琳ちゃんと離れ離れになっていいのだろうか?

 俺はここに残った方がいいのではないだろうか?

「華琳ちゃん」

「皇一」

 華琳ちゃんの表情は今までと違っていた。

 

「桃香らしい桃香を見て、思い出したわ」

 桃香ってたしか劉備だよな。

 劉備らしい劉備ってなに?

「やはり大陸を手に入れることにする。覇王らしく! ……ついでに、皇一に私のことも思い出させてあげる」

 そう宣言した華琳ちゃんの顔は自信に満ち溢れていて、とても素敵だった。

 

 


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