恋姫†有双   作:生甘蕉

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九話    誰?

 国境付近で式の準備は着々と進む。

 たしか無印だと北郷軍は幽州で蜀じゃなかったんだっけ。

 ここどこだろ?

 後で聞いてみよう。

 

「結婚式というより戦争の準備みたいだ」

 武器装備や糧食が次々と城の倉に納められる。

 城?

 そう、城。新たに建てられた城砦。

 白装束を迎え撃つためにつくられた要塞。

 

「俺が人質になってる間にこんなもん作っていたのか」

「ええ。そのために人質として預けた。いい囮になってくれたわ」

「国境付近にこんな出城を用意しはじめれば華琳さまは覇業を諦めていないと思わせることができる。なら、北郷たちを攻める口実を与えてやればよいと干吉は判断するわ」

 ニヤリと得意気な猫耳軍師。

 

「そしてあなたを見極めることができる。なんの情報も与えずに人質となってどう動くか。楽しみだったわ」

 ネコミミ軍師以上に不敵な微笑み。まったくこの美少女はなにをしても様になる。

「見極めって、底の浅い俺なんて一目でわかるでしょうに」

「あら、夫となる者に期待してなにがいけないのかしら?」

「期待に応えられかったかな。関羽を寝取るとか無理だって」

「まったく。残念ね」

「ホンマに期待してたんかい!」

 冗談よ、と笑う華琳ちゃんに本当に期待していたのはなにかを聞くことはできなかった。

 

 兵士も続々集まってくる。

 その兵士さんたちは魏、北郷、呉の精鋭揃い。

 当然率いるは各国の将。

 

 結局、周瑜は北郷軍に敗れ捕虜となった。

 シャオちゃんに負けたら自害するつもりだと教えといたのが役に立ったのかな?

 北郷は、ああもう一刀君とまぎらわしいなあ。

 蜀じゃないけど蜀って呼ぼう。

 蜀は呉を自国の領土にすることはなかった。

 呉には、孫権が返り咲いているらしい。

 

 どうせ一刀君と孫権が結婚するからいいのかな。それとも天下三分の計にこだわってるのかな?

 まあ一刀君には大陸制覇の野望とかなかったはずだし、これでいいんだろう。

 無印でも結局、華琳ちゃんに魏領を、孫権に呉領を任せてたよね。

 

 

 で、三国あげての合同結婚式の予定なのだが、めっさ物々しい。

「やはり来ますか?」

 体重が戻ってきた俺とは対照的にげっそりとした表情の一刀君。

「そりゃ来るんじゃない? 水を差すにはもってこいでしょ。三国の絆を祝う式典をぶち壊すって」

「白装束、来てほしいなあ」

 ぼそりと力なく呟く。

「なんか疲れているように見えるけど?」

 

「愛紗たちが初夜の順番で揉めまして」

 ハハハ、と弱々しく笑いながら教えてくれる。

「正妃とか第二夫人とかの序列じゃなくて?」

「みんなが一番好きなんだからってことで、それはナシにしました」

「君らしい」

 さすがギャルゲ主人公様だ。

 

「で、初夜の順番か」

「先鋒を取るのは武人の華。って星が言い出して愛紗や鈴々、翠まで譲れないって争いだして……」

「五虎将の残る一人は?」

「朱里と一緒に秘薬がどうとか相談してたから怖くて……で、いつの間にか俺に順番決めてくれって言いだして」

「うわあ」

 そりゃげっそりもするわ。どう選んでも角が立ちそう。俺だったら胃に大きな穴が開くレベルの難問。

「クジとかジャンケンって言ったら正座と説教。解決してくれたのは恋だった」

「呂布が?」

 まあ、あの娘が一番目なら関羽も他の娘も強くは言えないか。

 

 前髪を細く二束、軽く持ち上げる一刀君。もしかして呂布のつもりか?

「……ご主人様はみんなが一番。みんなでいっしょに一番にすればいい。……って」

「いっしょにって……15P?」

 呂布の真似をしたまま、カックンと頷いた。

「白装束、来てほしいなあ」

 いや、白装束と戦闘になっても初夜はあるんじゃない?

 

 

 

 

 

 結婚式当日。

「あんた誰!?」

 いきなり一刀君に言われました。

 新郎側の控え室にこんな格好して入ってくるのって、俺しかいないでしょうに。

 

 スチャッといつも愛用の眼鏡をポケットから出して装着。

「その眼鏡……あんたもしかして皇一さん!?」

「そ。いつもの地味なおっさんだよ」

「いや地味じゃないでしょ。なにこのイケメン! 地味眼鏡の定番としても二枚目すぎでしょ」

 眼鏡外して髪ちゃんとセットしただけなんだけどなあ。

 まあ自分自身、顔だけは悪い方じゃないとは思ってるけど。

 

「伊達眼鏡だったのか」

 オシャレ眼鏡とは程遠い俺の眼鏡を確認する一刀君。

「まあね」

「でもなんで?」

「惰性かな。レーシックる前はちゃんと度が入ってたよ。髪セットするのもメンドいし」

 服装とか髪型とか趣味とか地味なのが好き。

 本当は初恋の女性に「あんたっていいのは顔だけよね」って言われてからかなあ。以来トラウマ。女性も前以上に苦手になった。

 

「今回は特別。綺麗な花嫁の隣に立つんだ。無理もするよ」

 華琳ちゃんたちに恥かかせちゃいけない。

「何言ってるんですか! これからずっとそうしてて下さいよ!」

 アレ? 一刀君の頬が赤い。熱でもあるのかな?

 

 

 

「準備できた?」

 新婦側の控え室に行ってみる。こっちは魏と一刀君嫁と別になってるのか。まあ、人数も多いしね。

「誰だ貴様!」

 いきなり春蘭が剣抜いてきました。

 うん。ウェディングドレスに剣もアリかもしんない。

 

「あ、おっちゃん」

 季衣ちゃんはウェディングドレスを汚さないように、さらに前掛けをしてから食事していた。

 うん。式中は食べられないからね。

「季衣、どう見てもこいつは天井じゃないだろう」

「いや、季衣ちゃんが当たってる」

 スチャっ。眼鏡装着。

「なにいいいいいぃぃぃ!!」

 あ、なんか楽しい。

 

「化けるものだな」

 ふむふむと俺の前髪を弄る秋蘭。

「ふ、ふん。顔だけはいいのね、泣き虫強姦魔のくせに!」

 ぐっ。やばい泣きそう。今まで聞いた桂花の罵倒の中で一番グサっときた。

「お、男は顔じゃない」

 震える声でそう返す。

 

「しかし季衣はよくわかったな」

 春蘭の眼帯もウェディング仕様になっている。

「あれ? おっちゃんブサイクじゃないって前に言いましたよー」

 季衣ちゃんはいつも結っている髪を下ろしている。

 うん。化けたってのは季衣ちゃんの方だろうな。すっごく可愛い。

 

「知ってたのか」

「いっしょにおふー、あ、ありがとおっちゃん!」

 全て言う前に季衣ちゃんにおかわりを差し出す。

 季衣ちゃんの意識が食事に向かったのを確認。ふう、危なかった。

 

「やればできるじゃない」

 華琳ちゃんはあまり驚いた顔を見せてくれなかった。残念。

 でも花嫁姿の華琳ちゃんが見れただけでもお釣りがくる程の感動。

 いつもは黒を好む華琳ちゃんが純白のウェディングドレス。一刀君のポリエステルなんて目じゃないくらいに眩しい。

「綺麗だ」

「ふふ。あなたたちの用意した花嫁衣裳も悪くないわね」

 

 

 

 

 式は滞りなく進む。

 段取りは俺の記憶での向こうのやり方。一刀君よりは結婚式に呼ばれた数が多かったからね。

 華琳ちゃんは美しい花嫁たちを眺めて上機嫌だったけど、俺は緊張のあまり何度か気絶しそうになってたり。

 花嫁姿の孫権を見て周瑜たちが涙ぐんでいたり。

 

 で、ブーケトス。

 ある展開が予想できたので屋外へ移動。

 そこにはすでに各国の若い女性たちが待ち構えていた。

 この場にいるってことは諸侯の娘さんか軍人なんだろう。

 どんな効用を聞いているのか、殺気に近い物すら感じてしまう。

 

「ではまず私から」

 後ろ向きになってブーケを放る関羽。

 さすがの膂力で待ち構えている女性たちを軽々と飛び越える。

 予想通りだけど飛ばし過ぎだって。まさかあの関羽も緊張してたのかな?

 

 どこまでも飛んでいくかと思えたブーケを、突如飛び出した影がジャンピングキャッチ。

 ズバーンっ!

 ありえない音がここまで聞こえて、ふき飛ばされる影。アレ本当にブーケ? タイガーショットとかじゃない?

 ふっ飛ばされながらもブーケを手によろよろと立ち上がったのは、記憶の片隅にある男だった。

「あいつっ!」

 一刀君も気づいたようだ。

「ふんっ……俺の顔、忘れたとは言わさんぞ」

 たしか左慈。干吉の仲間。

 格好つけて近づいてくるけど早いとこブーケ離した方がいいんじゃないかなあ。あまり様になっていない。ふらふらしてるし。

 

「ちょっといい?」

 左慈よりも未婚女性たちの殺気が怖いので出しゃばることにする。

「なんだ貴様は?」

「知らないのかな? そのブーケを受け取ったということは君が次の花嫁になっちゃうんだけど」

 左慈の質問は無視して忠告。

 

「ああ、そんな話もありましたねえ」

 今度は干吉が登場。やっぱり道士相手にはいくら警備を強化しても無駄だったか。

「問題ありません。彼は私が花嫁に迎えましょう」

「ふざけるな!」

 そう思うならブーケ離せばいいのに。

 

「男が取っても無効。この場合ブーケは奪い取った女性の物とする」

 華琳ちゃんの宣言で、近くの女性たちがいっせいに左慈に群がる。

「……邪魔するなっ!」

 剣を取り出し襲い掛かる女性たち。ああ、あの辺は警備の娘たちだったのか。

 何本もの剣を掻い潜って、やっと左慈はブーケを離した。

 

「あらん。次の花嫁は私かしらぁん?」

 ブーケを拾ったのは筋肉大男。

「貂蝉っ!」

 あ、あれが貂蝉か。前もってわかっていたとはいえ、ナマで見るとキツイな。

 ていうか、結婚式にその格好でやってきたの?

 

「だから男は無効だと!」

「喝ーーーーーーーーーーーーーーーっ!」

「ひっ!?」

 貂蝉を直視してしまい、気が遠くなりかけた華琳ちゃんを支える。

 向こうでは左慈と貂蝉がやり取りを続けているが正直見たくない。華琳ちゃんの方が大事。

 

「しっかりして! あのバケモノは味方みたいだから」

 ちらりと貂蝉を見てビクっと震える華琳ちゃん。初めて見る弱々しい姿に思わず抱きしめてしまう。

「今は敵に集中しよう。左慈だけじゃなく干吉まできたってことは白装束も出るはず」

「……桂花。兵の配置は済んでいるわね」

「はいっ」

 

「春蘭、秋蘭はすぐに着替えて兵に指示を」

「はっ」

 ババっとウェディングドレスを脱ぎ捨てる春秋姉妹。その下からは戦装束を纏った二人の姿。

「いや、どうやって着てたのさ?」

「細かいことを気にするな」

 細かくはないと思うけどなあ。肩の辺りとかどう考えても無理があるって。

 

「季衣は護衛を」

「はーいっ!」

 季衣ちゃんもすでに戦装束になっていた。髪まで結ってある。あのままでもよかったのになあ。

 

「皇一は……落ち着くまでこうしていて」

「言われなくても」

 そんなに怖かったのか貂蝉。気持ちはよくわかる。

 

「そうも言ってられないようです華琳さま。白装束が出ました」

 いいムードなのに邪魔するか桂花。

 いや悪いのは白装束か。……ホントに出たんだろうな?

 着替えたつもりなのだろうがネコミミベールをつけたままの桂花。いつもフードだから気付かないのかもしれない。

 辺りを見回すと一刀君たちの嫁もドレスから着換え済み。……わたわたとドレスの中でもがいてる塊の中から、はわわわわわと聞こえているのは見なかったことにしよう。

 それぞれに自分が指揮を出す部隊へと急ぐ。

 

 左慈と干吉はもう撤退したようだ。

 まあ、ここで仕留めることは出来ないでしょ。

「宣戦布告なんだろうけど、ブーケ取りにきたようにしか見えない」

「ふふっ。道化のつもりかしらね」

 

 名残惜しいけど俺が離すと華琳ちゃんも瞬時に着換え。

 でも今までとたった一つだけ違いがある。

 左手薬指に光るエンゲージリング。なんか嬉しい。

 他の花嫁たちもやはり指輪はつけたままだった。

「さあ、招待状を持たない客を追い払うとしましょう」

 

 

「春蘭や関羽たちが出撃しちゃったけど、いいの?」

 籠城する方が有利なんじゃなかったっけ?

「……予定通りなのに、式を邪魔されたのをそんなに怒ってるの?」

 大きくため息をつく華琳ちゃん。

 

「あ、馬超や張遼たちも出てったみたい」

「もう、脳筋ばっかりなんだから」

「あ、シャオちゃん」

「ふーん。ほんとーに皇一なんだ、ビックリしちゃった。一刀の次くらいに格好いいじゃない♪」

 初めて会った時のように俺の周りをぐるぐると回って確認された。

「お姉ちゃんたちってば、影武者だとか代役立てたとか言ってたんだよ」

「まあ、俺は華琳ちゃんの夫には見えないってシャオちゃんにも言われたしね」

「えーっ、シャオそんなこと言ったっけ? それナシ! 今はお似合いだと思ってるもん」

 嬉しいこと言ってくれるなあ。

 

「どうやら皇一を見抜いていたのは私だけだったようね」

 ふふん、と俺の顔に手をふれる華琳ちゃん。

「さすがは曹操。って言っておくわ」

「ふふっ。お似合いだと言ってくれたのは素直に喜ばしい。礼として我が真名を許す。華琳よ」

「シャオのことは小蓮でいいわ」

 言いつつシャオちゃんが伸ばした手は、華琳ちゃんとの握手ではなかった。

 

 ぺたぺた。

 別に二人の胸ではない。二人の手が俺の顔に触れる擬音である。

「あれが、なんでこれになるんだろ?」

「目元を隠すだけで大きく印象は変わるもの。ましてや、小蓮が会った時は皇一はやつれていたのでしょう?」

 一刀君が言ってたように地味眼鏡のお約束、で済ませばいいのになあ。

 

「ありがとシャオちゃん。シャオちゃんの花嫁姿も俺のお嫁さんの次くらいに可愛かったよ」

「一番じゃないの? ……まあ新婚だから最高の褒め言葉か。華琳だけじゃなくて見たことない可愛い娘もいたし。あの娘はどこ行ったの?」

 見たことない可愛い娘か。たぶん彼女だろう。

「そこにいるよ」

 指差した先を見るシャオちゃんが首を捻る。

「どこ? 許緒しかいないけど」

「にゃ?」

 許緒ン、いや、キョトンとした季衣ちゃんも首を捻る。

「うん。さっきのは季衣ちゃん」

「嘘……。華琳たちが一刀のお嫁さんにならなくて良かった」

「最高の賛辞ね」

 やっと俺の顔から離れた二人の手が握手した。

 

 

 

 俺たちが友好を深めてる間に呂布まで出陣。

 白装束は殲滅されていく。

 数だけの白装束に負けるはずもない。

 無印だと味方として使えなかったはずの呂布までもが出てる以上、対抗できる駒はいまい。

 こっちは死亡した華雄、公孫賛を除く無印恋姫全武将が揃ってるし。

 ……あ、袁紹んとこのが抜けてるか。華琳ちゃんが一応招待状を用意したんだけど、届いてないみたいだな。

 

「数の不利も将の質だけでここまで圧倒しちゃうのか」

 一刀君も呆れている。

 予定通り白装束の方が兵数は多かったらしい。

「籠城しないでも余裕で勝てそうだね」

「籠城してる暇なんてないんだ。貂蝉から敵の本拠地が泰山にあるってのは聞いたんだけど、奴らが泰山の神殿でこの世界を終わらせる儀式を行うまであと十日しかない」

 浮かない顔の一刀君の背中をドンと叩く。

 

「あと十日もあるんだ。このメンバーなら怖いものないさ。新婚旅行は泰山で決まり!」

 あと十日しか華琳ちゃんたちといられない。泣きそうになるのをぐっと堪え、らしくない空元気を発動。たった十日間の新婚生活だけど笑ってすごしたい。

「新婚旅行……たしかにそうか」

「ま、その前に初夜が待ってるけどね♪」

「あ……」

 一瞬戻った一刀君の顔色がさらに悪くなった。

 

 

 ……あと、十日か……。

 それまでに華琳ちゃんたち、新婚の定番を、男の浪漫を、裸エプロンをしてくれるだろうか?

 

 


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