戦姫絶唱シンフォギア〜弓を番えし姫を守る騎士〜   作:流離う旅人

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リヒトの過去

食堂から自分たちの部屋へと場所を移した四人。

あまり聞かれたくないことらしい。

リヒトには食堂にいなかったら部屋にいると事前にユーベルが伝えている。

 

「話をしようか。あれは三年前、依頼の帰りのことだったーーー」

 

 

□■□

 

 

依頼を片付けた後、タバコに火をつけて、一服する。

それがユーベルの日課だった。

今回もいつも通り依頼を終え、タバコを吹かしているとポケットに入れておいた携帯が震えた。

 

確認すると一通のメールが来ていた。依頼だ。

今終わらせたばかりなのに、と溜息を吐く。

依頼の内容は近くのスラムにいる男の拘束、もしくは始末と書かれていた。

 

なんでもスラムにいるまだ幼い少女たちを襲い、売り飛ばすことを仕事としているようだ。

子供を喰い物にするクズだ。

だが、拘束を優先しよう。いきおい余って殺してしまうかもしれないが理性をなんとか保つ。

タバコを落とし、踏みつけて火を消すとユーベルはスラムへと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

二十分くらい歩いたところにスラムはあった。

ここからは何が起こるか分からない。スラムは見捨てられた町。

そして、暴君どもの無法地帯。

 

スラムはすでに誰の手も行き届いておらず、寂れ廃れていた。

ビルの窓は全て粉砕され、ガラスの破片が散らばる道を歩いていく。

腰に差した愛刀に左手を添え、右手は懐に忍ばせている銃をすぐに抜けるようにしておく。

一つ、一つビルや廃屋を覗いていくが人ひとり出会わないし、見かけない。

 

おかしい、とユーベルは思った。

子供を売りさばいているとはいえここまで一気に消えるのは考えられない。

標的(ターゲット)が隠れるのが上手いのかとも考えるが、かぶりを振り、否定する。

いくら隠れるのが上手いからといえ、ここまで完璧に気配を隠すのは不可能だ。

隠れてたとしても呼吸、気配、殺気でユーベルはだいたい分かる。

けれど、呼吸も聞こえなければ気配も何一つない。

耳や感覚がダメなら鼻だ。

 

すんッと、一回、鼻を鳴らす。ほこりや生ゴミの腐った臭いがする。

それはスラムだから当たり前だ。ユーベルが嗅ごうとしてるのは人、人が放つ独特の匂い。嗅いだことがない人間でもそれが人間ならば見つけられる。

 

「ーーーこっちか」

 

かすかにスラムの臭いとは別の何かの匂いを捉えた。

それを頼りに再び歩き出す。より一層気を引き締めて。

歩きながら、移動をしていないか確認するためもう一度鼻を鳴らす。

 

ユーベルは顔を少ししかめる。

今、風にのってきた臭いは血と死臭だ。

この先で人が死んでいる。それは確実だった。

何故、そう言い切れるのか? 簡単だ。一番嗅ぎ慣れた臭いだからである。

 

臭いの発生源は二十メートルほど先にあるこのスラムで一番大きいビル。

懐の銃を抜き、いつでも撃てるように撃鉄を上げた。

警戒を強めるほどの強烈な臭いが鼻を刺激する。

壁に寄りかかり、中を覗くと光が差し込んだ部分は真っ赤に染まっていた。

 

それは人間の中を流れ、生きる活力とも言える液体ーーー血だった。

それもおびただしい量。この量は失血死は確実。

入口(こちら)に向かって少しずつ伸びてくる血。

一人だけではない他にも何人か死んでいる。

この先にいる奴がユーベルに気付いた様子はない。

 

慎重に足音を消し、ゆっくりと奥へと進んでいく。

血で出来た水たまりを渡るたびにピチャ、ピチャと音が響き、ビルの中の暗さも相まって不気味さが倍増しだ。

何かにつまずき、転びかけてしまうが壁に手をつきなんとか耐える。

足元を確認しようとするが暗闇で全く見えない。

 

ポケットに入っているライターで照らす。

照らされた物を見て、思わず顔を逸らしてしまった。

そこにあったのは男の死体。

腕と足が変な方向を向いていているため骨折しているのが見受けられる。抵抗させないためにまず腕を折り、逃さないために足を折ったのだろうか。

 

極めつけは男の頭部だ。原型など留めておらず真っ赤な花が咲いたように潰れていた。

潰れた箇所の形状から察するに大型ハンマーのスレッジハンマーだ。

これは強行突入や破城槌などに用いられるもの。

警察や救急隊などが多用するものだが、皮肉なものだ。

 

人を殺すための道具ではないだろうに、と凶器に哀愁の念を抱く。

けれど、ある意味道具としては『壊す』という存在理由を成し遂げているとも言える。

バキッと奥の方から何かが折れる音がした。

 

「ギャァアアアアアアアア!」

 

男の絶叫がビルの中に木霊した。

いる。この奥にコレを殺った奴が。今、まさに同じことをしようとしている。

 

ユーベルはライターで道を照らし、走る。

奥へと走る中、男の絶叫が響き渡る。

それを頼りに一つの部屋が目に入った。

 

その部屋はなんだか他の部屋とは違い、まるでその部屋だけこの世界から切り離されているようだった。

実際、肌にビリビリ伝わってくるプレッシャーが普通のものとは乖離していた。

その雰囲気に若干気圧され固まっていると耳の近くで叫んでいるかのように男の声が聞こえた。

 

「ま、待て! そ、そうだ! このまま見逃してくれたらそこに転がってる女をやる! お前の好きにしていい! だから、頼む! 命だけはーーー」

 

「は?」

 

男の命乞いを遮るように聞こえた声はまだ幼かった。

 

「自分たちの勝手な都合でみんなを売り飛ばして、自分たちの勝手な都合で殺しておいて、いざ自分が殺られる側になったら命乞い? ふざけんなよ……ふざけんなよ‼︎」

「や、やめーーー」

 

バキャ。

 

制止しようと声を上げようとしたが男の声は途中で終わる。

いや、終わった。

何かが潰れる不快音。言わずもがな潰れたのは男の頭。

ユーベルはその部屋に足を踏み入れた。

 

まず目に入ったのは部屋の真ん中で大の字の状態で死んでいる男。

こいつがさっきまで喋っていた奴だろう。

次に目に入ったのは血だらけの少女の前で泣きながら立ち尽くす少年の姿だった。

 

「ごめん……ごめん、なさい……君を、助けられなかった」

 

後悔の言葉だけが少年の口から零れ落ちる。

少女は見るも無惨な姿をしていた。

身体中痣だらけでとても痛々しく、腹を刺されたのか白いワンピースを真っ赤に染め上げている。

 

抵抗したのか地面には必死にもがいた跡があった。

少年の心中については察し、声を掛けずソッとしておくのが一番だ。

けれど、話し掛けずにはいられなかった。

だから、気付いた時には話し掛けていた。

 

「君がコレを殺ったのかーーー少年」

 

ユーベルの言葉に少年は勢いよく振り返り、ユーベルの姿を確認すると敵を見つけたと言わんばかりに睨んだ。

そして、持っていたハンマーを再度握りしめ、ユーベルへと振るった。

それをヒラリと躱したユーベルが少年に落ち着くように促す。

 

「うるさい! うるさい! うるさい! どうせあんたもこいつらと同じなんだろ!? だから、そいつみたいに大人しくお寝んねしな!」

 

息耐えた死体に目を向け、こいつと一緒にされるのは心外だ、と内心溜息を吐く。

だが、少年の顔を見て気が付いてしまった。

怒りと憎悪が入り混じった顔の奥に悲しみと後悔が滲み出ていることに。

 

それは少女に対してではなかった。自分自身にだ。

きっと、いろんな悲しいことがあったのだ。

少年と面と向かって話をしたい、そう思った。

それと同時にこんな小さな子に過酷な体験をさせる世界が憎い。

いっそ、壊れてしまえ、そう思った。

 

「当たれ! 当たれよ! 頼むからーーー当たってくれよ!」

 

少年は涙を流しながらハンマーを大きく振り上げ、振り下ろした。

大振りのハンマーを少し右に体をズラすだけで躱し、少年の手からハンマーを弾き飛ばす。

そのまま少年を抱き留め、耳元で囁いた。

 

「ーーー今はおやすみ。目が覚めたら、話をしよう」

 

手刀で首元を叩き、少年の意識を刈り取る。

力を失った体はユーベルにのしかかり、返り血が付着する。

そんなことは御構い無しに少年を抱きしめた。

少年の体は酷く冷え切っていて、人形のようだった。

少年の顔を一筋の涙が流れ落ちたことにユーベルは気が付かなかった。

 

 

 

 

□■□

 

 

 

 

少女の亡骸をスラムの近くにある丘に埋めた。

運び出す時に少年が殺した男たちの体には虫が集り、カラスたちが群がり(くちばし)で肉を啄ばんでいた。

少女の亡骸もあのままあそこに放置していたら同じ末路を辿ったことだろう。

タバコを取り出し、火をつける。

それを墓石代わりにした岩の上に置いた。

 

「悪いね。今はこれしか持っていないんだ。少しだけ待っていてくれないか? この少年と話をしたらせめて花ぐらいは持ってくるつもりだからな」

 

そう言うと、ユーベルは少年を抱きかかえその場を後にした。

 

 

 

日が暮れてぬ前に街へと戻ったユーベルは奮発して高めのホテルにチェックインした。たまにはこんな贅沢もいいだろう。

自分へのご褒美と少年との話を誰にも聞かれないために防音のある部屋が良かったからだ。

 

鍵を受け取り、部屋へと歩く。

戸を開けて入ると部屋にはベッドが二つ、バスルームに冷蔵庫とシンプルではあるがいい部屋だった。

少年をベッドに寝かしてやると食堂へと向かう。

 

ここの食堂は部屋への持ち運びが可能らしいので少年と自分の分の夕食を取りに行った。

少年の分より自分の分の方が多い気がするのはきっと気のせいだ。

空腹がそう思わせているんだな、と思い込む。

実際、他人が見れば明らかに多いのだが……これ以上触れるのはよそう。

 

トレイに料理を乗せて部屋に戻ると少年の意識が戻ったようでベッドから起き上がりキョロキョロしていた。

 

「起きたか、少年」

 

「あんたはーーーッ!」

 

自分を気絶させ、ここまで運んできたのがユーベルだと分かるとビルの中でも見せた鋭い目で睨みつけてくる。

気にすることなくテーブルにトレイを置き、少年を椅子に(半ば無理矢理)座らせた。

少年はまだ警戒を解いてはいないが特に抵抗することなく椅子に腰を下ろした。

自分も少年の正面に座り、頬杖をつく。

 

「さて、まずは自己紹介からだな。私はユーベル。一般人ではなく裏の人間、とでも言っておこう。けれど、勘違いはしないでくれよ。私は君が殺した奴らとは一切関係ない。むしろ私があいつらを始末しに行ったのだから」

 

「……あいつらと、関係がないってのは分かった。でも、裏の人間という時点で俺はあんたを信用できない。裏の人間って具体的に何なんだよ?」

 

「ま、簡単に言ってしまえば傭兵みたいなものだよ。私は。もっと簡単に言うと何でも屋さ。どんな依頼でも受け付ける。人探し、家の掃除、迷子のペット探し、調査に殺しも、ね」

 

殺しの部分に少年の体が震えた。

 

「と言っても人の命に関わることはできればやりたくなくてね。私のポリシーに反する。ま、あいつらのような人を喰い物にしたりする奴らには容赦しないがね」

 

「………」

 

少年は黙って話を聞いていた。

いつの間にか睨んでいた目が緩んでいた。

何か考えるように私の顔を見つめて、俯く。

 

「あんたは、あいつらとは違うのか?」

 

「違う」

 

「何の理由もなく理不尽な理由で人を殺すのか?」

 

「殺さない」

「……ちょっとだけ、本当にちょっとだけあんたを信じようと思う。ーーー、一つ聞いてもいいか?」

 

「何だ?」

 

「あんたは人を殺したことがあるか?」

 

「ないーーーと、いったら嘘になるな」

 

「……そっか」

 

少し俯くリヒト。

 

「お前さえ良ければだが一緒に来るか?」

 

「えっ」

 

「見たところ身寄りもなさそうだしこのままだとのたれ死ぬのは確実。だから、私と一緒に来るか?」

 

リヒトに手を差し出す。

リヒトは次第にその言葉の意味を理解し、オロオロとしだし手を取るか迷っていたがユーベルの手を取った。

 

「これからよろしく少年」

 

「……ない」

 

「ん?」

 

「……少年じゃない。月読、リヒト」

 

「ああ、よろしくリヒト。よし、そうと決まれば今日はもう寝て明日に備えるぞ。明日はあの少女に花を添えてからすぐに出発だ」

 

「分かったよ。えっと、俺はあんたのことなんて呼べばいいんのかな?」

 

「リヒトに任せるさ」

 

「ん〜じゃあ、師匠だな」

 

「師匠?」

 

「師匠といれば今よりもずっと強くなれると思うから」

 

「ーーー今よりも何倍も強くしてやるさ。が、私は厳しいぞ?」

 

「望むところだ!」

 

満面の笑みで拳を突き出すリヒト。

と、リヒトの笑顔を今初めて見たことに気付き、思う。

ちゃんといい顔で笑えるんじゃないか。

 

「ああ、あとお母さんと呼んでもいいんだぞ?」

 

「却下の方向で」

 

「即答しなくてもいいだろう……」

 

お母さんって呼んでほしかったな、と未練タラタラ、ユーベルは床に着いた。

 

「お休みーーーお母さん」

 

リヒトの呟きはユーベルには聞こえていなかった。

 

 

 

翌日、二人はホテルをあとにし近くで花を購入した。

いろんな種類の花で彩られた花束を持ち、昨日の丘へと訪れた。

墓石代わりにと立てた岩に小鳥が止まって小さく囀っていた。

 

リヒトが花をソッと地面に添えた。

リヒトは少し震えていた。泣いている、んだと思う。

その後ろ姿を黙って見つめる。

昨日に比べると少しは心の整理がついたのか次第にその震えは治まっていく。

 

「ごめん。俺、君のことを守れなかった」

 

謝罪と後悔を零す。

 

「俺にもっと力があれば未来は変わっていたかもしれない」

 

自分に力があればこんな結末(みらい)になんてならなかったかもしれない。

 

「俺は弱い。もう失われてしまった過去を変えることは出来ない」

 

自分が弱いことは自分が一番分かっている。過去は変えられない。変えるべきでは、ない。

 

「でもさーーーこれからもっと、今よりもずっと強くなって君みたいな人を作らないって約束する。たぶん、というかきっと悩むこともあるし後悔もする。今だって間違えしっぱなしだし」

 

それはリヒトが手に掛け、殺してきてしまったことへの後悔。

だが、ユーベルはリヒトの行動が正しかった、と思う。

自分も数え切れない人の命を散らしてきた。

間違ったことだとは思うが悪いとは思わない。

 

それが自分のしてきた選択だからーーー

 

リヒトも迷い、後悔しながらも選択した。

それをこれからも続けていく。それが人間なのだから。

 

「でも、全部みんな俺の人生(モノ)だから。目を逸らさずに向き合って背負っていく。そして、前に進むよ。過去は変えられないけど未来は自分の手で、自分の行動一つで変えることが出来るから」

 

それを聞いてユーベルは呆れ微笑んだ。

子供のクセに随分と大人みたいなことを考える奴だな。

リヒトの横に立ち、肩に手を乗せる。

見えた横顔からは今、目の前の彼女に語り誓ったことを成し遂げんと覚悟が滲み出ていた。

 

「それじゃあ、行こうかリヒト」

 

「うん……行こう、師匠」

 

帰ろうとした二人に一際大きな風が吹き抜けていく。

その勢いに花弁が散っていく。

それはリヒトのこれからを祝うようにだった。

段々と涙がこみ上げてくる。

ユーベルは何故リヒトが今にも泣きそうになっているのか分からなかった。

 

ユーベルには聞こえていなかったがリヒトに耳には確かに聞こえた。

今の風に乗って、自分が助けることが出来なかったあの少女の声が。

責めるわけでもなく怒ってすらいない優しい声。

 

 

ーーー頑張れ!

 

 

振り返るとあの少女が笑っている姿が映った。

目元を擦り、もう一度見るとそこにはもう少女はいなかった。

ーーー正直、不安だった。

あれだけのことを言っておいて自分は本当に出来るのかなって。

その不安も少女の笑顔を見て、激励の言葉を聞いて吹き飛んでいった。

 

少女が眠る岩に拳を突き出し、リヒトは言った。

 

「ーーー頑張る!」

 

 

 

それから三年。

リヒトはユーベルのいっそ死んでしまった方が楽なのでは? と、思えるほどの鍛錬を積み、着々と強くなっていった。

誓いを守るために、誓いを現実にするために。

偶に鍛錬の傍ら勉学もユーベルに教えられ、スポンジのように知識を吸収していった。

ユーベルは実は頭が良いのだ。……性格とかは残念なのに。

 

それを本人の前で言った時、視界が暗転しその後の記憶が全くなかった。

目覚めるとその後から三日経っていた。

何があったのかは分からないし知りたくない。

だって、思い出そうとしたら身体中の毛が逆立ち、鳥肌が立ち、しまいにはガクガクと音が出るほど震えだしたのだ。

記憶になくても体は覚えているんだなと実感した。

 

そんな辛くも楽しい日々を過ごし、今に至る。

 

 

 

 

「ーーーこれが私とリヒトの出会いだ」

 

「そんなことが、あったのね」

 

「きっとリヒトくんは心の何処かで今も後悔しているんだね」

 

「そうだろうな。あいつはいつも一人で抱え込む」

 

「…………」

 

雅律とソネットが口を開くが、クリスは口を閉じ、俯いていた。

そして、何かを決めたのか顔を勢い良く上げるが私たち見てもじもじとしながら頬を紅潮させる。

 

ユーベルはクリスの意図を察し、二人に目配せする。

二人もクリスの意図が分かっているようで直ぐに頷いた。

窓から空を確認すると夜空に綺麗な星々が輝いていた。

 

「クリス。ちょうど綺麗に見えるから外を出て直ぐにあった丘で星を見てくると良い。もしかしたらリヒトもいるかもしれないな」

 

「! ち、ちょっと星が見たくなってきたから行ってくるよ。パパ。ママ」

 

「気をつけていくのよ」

 

「うん!」

 

そう言うや否や、クリスは部屋から駆け出して行った。

三人は顔を見合わせて優しく笑う。それはもう親のものだ。

 

「これでリヒトくんも少しは変わるだろうか?」

 

「クリスが行くのよ? 変われる。いや、絶対に変わるわ」

 

「私では駄目だったからな。きっとクリスならリヒトを支えてくれる」

 

プクッと頬を膨らませ、機嫌が悪そうだ。

拗ねた子供みたいでソネットは吹き出してしまった。

 

「ふふふ。今の貴女子供みたいよ?」

 

「子供相手に拗ねるんじゃないよ。ユーベル」

 

「別に拗ねてなんかないし。リヒトを支えられるのが羨ましいとか思ってないし」

 

「はいはい、ごちそうさま。拗ねるのは勝手だけれどリヒトくんは貴女のことを本当の母のように慕っているわよ」

 

「でも、あいつは私のことを一回もお母さんと言ってくれないんだ」

 

「あら? さっき貴女が運転している時にリヒトくん貴女のこと照れ臭そうに「お母さん」って呼んでたわよ」

 

膨れていた頬が萎み、目を輝かせながらソネットに迫る。

正に鬼気迫るといった感じだ。

 

「本当か!?」

 

「本当よ。きっと恥ずかしくて面と向かって言えないのよ」

 

「そっか。そっかそっか〜」

 

頬に手を当てニヤニヤと顔を綻ばせていく。

先ほどまでの拗ねた感じは既になく黄色い雰囲気を漂わせていた。

この子会わないうちに変わりすぎじゃないかしら?

 

以前はもうちょっと硬くて話しかけ辛い感じだったのに。

憑き物が取れたように笑うようになったし今も母親してるし。

これもリヒトの影響、か?

 

「ユーベルがあんなにだらしない顔をしてるなんて、ね。それだけリヒトくんにお母さんって言って欲しかったのかな」

 

「ふふふ。きっとそうね。ーーー今日は本当に星が綺麗ね」

 

夜空に輝く星々が宝石のように煌めく。

一筋の光が流れ落ちていく。流れ星だ。

雨のようにポツポツと落ちていく流れ星。

上手くやるのよ、クリスーーーそう思い、流れ星に願いを込める。

あの子達が仲良くなれるように。

 

 

 

□■□

 

 

露天風呂で星空を一人満喫していたリヒト。

これ以上はのぼせて倒れてしまうな、と浴場を後にした。

 

このまま部屋に戻ろうと思ったが師匠が俺のことをあの三人に話しているだろうからやめた。

部屋へと向けていた足を止め、踵を返して部屋とは逆。

ホテルの外へと向かった。

 

風呂上りの肌に風が張り付き、気持ち良い。

リヒトは車の窓から確認しておいた丘へと歩いていた。

丘に着くなりそのまま芝生に寝転んだ。

 

人一人いないこの場所は静寂に包まれていた。

目を瞑ると微かに音が聞こえた。

それはわずかに聞こえる自分の鼓動と呼吸音。

それを聞くと生きているという実感が湧いてくる。

 

目を開くと淡く輝く星々が見える。

星の光は好きだ。神秘的な美しさを醸し出し現実から切り離された幻想のようだから。

この光が数億年を経てこの地球に届いているというのだから本当にすごいと思う。

 

今こうして見ている光は数億年も昔のもの。

この光が自分たちには見えてもその光を発した星はもうその天命を全うしチリとなって消えているかもしれない。

自分たちには一瞬のこと過ぎていまいちピンとこない。

 

そんなことを考えながらいつもの癖で周りの気配を確認すると誰かがこっちに向かって走ってくるのが分かった。

その気配には覚えがあるので特に身構える必要もなく星を見上げる。

 

そうして待つこと数分。

ハァハァと肩で息をしているお姫様が苦しそうに膝に手を付いていた。

ここまで走ってきたために汗が流れ、肺一杯に空気を吸い込んでは吐いていた。

 

「そんなに慌ててどうしたんだ? お姫様」

 

「星が、見たくなったんだよ」

 

息を整えたお姫様が俺の横に腰を下ろした。

その時チラッと白いモノが視界の端に見えて、不謹慎であるがドキドキしてしまう。

お姫様が首を傾げて、

 

「どうしたんだよ?」

 

「な、なんでもない」

 

変な奴だな、と不思議そうな表情をするお姫様。

興味が無くなったのか夜空を見上げる。

星を見ていた視線を横にいるお姫様に移す。

 

星の光で煌めく銀色の髪。

くりくりとした大きな瞳。

白く艶がある綺麗な肌。

赤いドレス風のワンピースが更にその銀と白、魅力を引き立たせている。

 

まじまじと改めて見るがやはり美少女だ。

自分で言わなければもっと良いのだが………

その姿に見惚れ、思わず頬を突いていた。

艶々な肌は柔らかく、軽く触れた俺の指をその弾力で押し返した。

突然の俺の行動にお姫様は頬を紅潮させてていく。

 

「い、いきなり何だよ!?」

 

「あ、悪りぃ。気付いたら手が出て突いてたわ」

 

「吃驚するからやめろよな。こういうのパワハラって言うんだぞ?」

 

ふふん、と胸を張り自分の博識振りを見せたかったのだろう。

だがなお姫様ーーー

 

「それを言うならセクハラな」

 

「ーーーッ! そうだよセクハラだよ! べ、別に今の間違えた訳じゃないし? お前が知ってるかどうか試しただけなんだからな!?」

 

「うん。それはもう間違えたって言ってるようなものだからな? そんな無理に頭良いですよアピールも要らないよ。安心しろ。お姫様が残念な頭してんのはさっき会った時にもう知ってるからな」

 

「全ッ然安心出来ねぇよ‼︎ あと誰が残念な頭してるって? ハンッ! そっくりそのままお返ししてやらぁ! このバカ!」

 

「はぁ!? 俺は残念な頭してねぇし! バカって言った奴がバカなんだよ!」

 

 

売り言葉に買い言葉でそのまま取っ組み合いに発展しそうになるが今はそんな気分ではないので自分が先に手を引き、また夜空を見上げた。

お姫様は俺を見てどこか寂しそうな顔をしているように見えた。

まあ、支障が俺の話をしたことが原因なのだろう。

閉口していたお姫様が口を開いた。

 

「お前の話をユーベルから聞いた」

 

「……そうか」

 

予想はしていたので特に気にはしないがそれを聞いたお姫様が俺のところに来たことが驚きだった。

 

「……なぁ」

 

「何だよ」

 

「お前の話、聞かせてくれよ」

 

「俺の話を? それは師匠から聞いただろ?」

 

「聞いた。でも、全部じゃない。お前の話を、お前のことをあたしに教えてくれ」

 

「……俺の話なんて聞いても胸糞悪いだけだ。それにお姫様は俺のこと怖くないのかよ?」

 

「怖くない」

 

即答で、ハッキリと言い切ったお姫様に驚く。

ジッと俺と合わせるその瞳には恐怖の色はなかった。

本当に、怖くないのだ。

はぁ、と諦め、ため息を吐いて俺は話し始める。

 

「俺、元々孤児だったんだ。親の顔はおぼろげであんまり覚えてない。思い出そうとしても靄が掛かったみたいに白く包まれててよく分からないんだ。それを月読家に拾われて、俺に家族が出来た。最初はどうすればいいのか分からなくて一歩距離を置いてた。でも、義父さんと義母さんは俺のことを本当の息子みたいに接してくれた。義妹もいてさ。お兄ちゃん、って呼んで俺に飛び付いてくるんだ。赤の他人でぽっと出てきた俺に。……それが、すごく嬉しかった」

 

だから、あの時寂しそうな顔をして言っていたのか。

知らなかったとはいえクリスは内心毒突いた。

親の顔が分からない、そんなことクリスには想像がつかなかった。

 

「俺が三歳の時に拾われてそこから二年間。師匠と会う前まで楽しい時を過ごした。でも、そんな幸せな時間は長くは続かなかった」

 

「何があったんだよ?」

 

リヒトは苦虫を噛み潰したような顔をして声を震わせる。

 

「義母さんと買い物の帰りに福引を引いていくことになって俺が引いたんだ。それがなんと一等の海外旅行チケット四人分当たったんだ」

 

「すげぇじゃん。それ」

 

「そん時は喜んださ。滅多に行けるもんじゃねぇし早速行こうってなってから三日後には飛行機の中だった。旅行先について観光スポット巡って、そこの絶品料理食べて楽しい時間を過ごした」

 

クリスは黙って俺の話に耳を傾ける。

それを確認して話を続けた。

 

「いざ帰国するって時に俺と義妹は義父さんたちと逸れて探し回った。探し始めて二時間過ぎた辺りだったかな。何でかは分からないけど街の裏道へ入る道が見えてそこに義父さんたちがいる気がしたんだ。早く行かなきゃ不味い気がして義妹を置いて俺は走った」

 

浮かんでくるものは全て最悪の光景。

そんなはずはないと不安を拭い去るように走るスピードを速めていく。

後ろで義妹が何か叫んでる気がしたが距離がどんどん離れていくに連れて聞こえなくなった。

裏道の入り口に立って義父さんたちを確認しようと止まる。

ーーーが、目の前の光景を見て思考までもが止まった。

 

「……義父さん? 義母、さん?」

 

義父さんと義母さんが腹から血を流して倒れていた。

刺されてから既に相当時間が経っているようで血が固まり、黒ずんできていた。

そして、そんな二人を面白そうに見下ろす男が一人。

その手には義父さんたちの血で濡れたナイフが握らていた。

 

目の前の光景に呆然と立ち尽くしていると男が俺の顔を見て口の端を釣り上げ笑う。

その口は有り得ないほど吊りあがり三日月を連想させた。

男が一歩、また一歩と近付いてくるのに男の顔から目が離せず、恐怖で体が固まってしまう。

 

「ーーーッ!」

 

目の前まで来た男は無防備な俺の腹に蹴りを叩き込んだ。

腹部を鈍痛が襲い、声にならない悲鳴が漏れる。

吹っ飛ぶことはなかったが体が少し浮いて、地面に膝を着く。

胃に詰まっていた内包物が逆流し、その場に無造作に吐き出した。

ビチャビチャと汚い音が耳に届き、不快感が込み上げてくる。

 

「おぇえええ」

 

男が俺を殺そうとナイフを振り上げるのが見えた。

ああ、死ぬのか。俺は。

義父さんと義母さんを見る。

その体からは既に熱が失われ、ピクリとも動かない。

 

もう一度、男を見る。

俺を殺すことに何の躊躇いもない。

むしろ人を殺すことを嬉々として行っている。

楽しんでいるのだ。殺しを。

悦んでいるのだ。殺しを。

 

こいつは人を殺すことに何の疑問を持たない。

それはさながら人間が特に理由もなく虫を殺すかのように。

きっとこいつは過去にも人を殺しているのだろう。

 

人を殺して、(ころ)して、(ころ)して愉しむ快楽殺人者だ。

義父さんと義母さんは何の理由もなく殺された。

ただそこにいたから。

こいつの目に止まったから。

そう考えると沸々と腸が煮え繰り返るような怒りが湧き上がった。

 

その時にはもう俺の体は動き出していた。

今、俺の命を奪おうと振り下ろされたナイフを横にずれて躱す。

ナイフはガッと鈍い音を立てて地面に突き刺さる。

男が抜く前に腕を蹴り飛ばし、不思議そうに俺を見る顔面を蹴り上げた。

 

突き刺さったままのナイフを抜き取ると目をチカチカとさせる男の後ろに回り込みナイフを首元に置き、横に滑らせた。

スッと皮が裂け、一拍遅れてから鮮血が噴き出した。

血が頬に掛かり、それに触れるとヌルッとしていて生温かかった。

 

ドチャ。

 

出血多量で絶命した男の体が力なく倒れた。

思考がクリアになり、自分の犯した罪に押し潰されそうになる。

俺は、人を殺したのだ。

ダメだ。今はそんなことどうでもいい。

それよりも義父さんと義母さんだ。

 

二人の側に立つがいつもの笑顔はない。

いつも気に掛けてくれた二人に、まだ、何も返していないのに。

涙が次から次へと零れ落ちていく。

 

その時、後ろから物音が聞こえた。

振り返るとそこには義妹が立っていた。

俺に気付き、近付こうとするその足が止まる。

その視線は俺の足元。義父さんと義母さんに向けられていた。

 

「ーーーあ」

 

義妹から小さな声が漏れる。

 

「落ち着いて聞いてくれ。これはーーー」

 

「来ないで!」

 

「ーーーッ」

 

義妹の拒絶に近付こうとした足が止まった。

 

「嫌、来ないで! このーーー」

 

ああ、やめてくれ。

その言葉を言われてしまったら俺はもう立ち直れないかもしれない。

そんな俺の思いもつゆ知らず。

無情にもその言葉は義妹の叫びと共に放たれた。

 

「人殺し!」

 

「あ……」

 

目に涙を溜めて義妹は今来た道を戻っていく。

それを追い掛けなきゃ行けないのに俺の足はその場に縫い付けられたかのように一ミリも動かなかった。

 

 

「その後、しばらくして動けるようになった俺は義妹を探して走り回った。でも、義妹の姿はもうどこにもなかった。遅すぎたんだ動くのが。人を殺したんだから人殺しって言われて当然なのに、さ」

 

「…………」

 

クリスは黙って俺を見つめる。

スッと立ち上がるクリスを見て、「ああ、離れていくんだな」、と思った。

当たり前だ。誰が好き好んでこんな人殺しと一緒にいるというのだ。

そんな物好きがいるなら俺の前に連れてきて欲しいね。

ーーーが、俺の考えはクリスの行動によって外れた。

 

「……え」

 

前に立ったクリスが優しく俺を抱き締めた。

 

「何、で? 俺は人殺しなんだ」

 

「知ってるよ」

 

「俺なんかといたらきっとお姫様も不幸になる」

 

「残念。あたし様はメーターが振り切れるぐらい幸運の持ち主なんだ。ほら、これで解決」

 

「俺が言ってるのはそういう意味じゃーーー!」

 

「大丈夫だ。お前は、リヒトは一人じゃない」

 

「っあ」

 

「人を殺して辛かったんだよな。家族に拒絶されて痛かったんだよな。一人になることが何よりも寂しかったんだよな」

 

クリスが俺の想いを代弁する。

それは師匠にも隠してきた想いだった。

 

「人を殺してしまったなら罪を償えばいい。家族に拒絶されたんなら事情を説明すれば分かってくれる。リヒトは一人じゃない。今も、これからもあたしがずっと側に居続ける」

 

「……お姫様に、そこまで迷惑は掛けらんねぇよ」

 

「違う」

 

「え?」

 

「クリス。雪音クリス。それがあたしの名前だ。迷惑? そんなの好きなだけ掛けろよ。あたしは気にしないし、私の方がリヒトに迷惑掛けちまう」

 

「お姫様が?」

 

「リヒトはあたしの騎士(ナイト)なんだろ? あたしは弱くて、怖くて誰かの後ろで震えることしか出来ないからさ」

 

今回の依頼。

それは雪音家の護衛。

雅律さんとソネットさんは師匠一人で事足りる。

クリスは俺が守ると言った。

その言葉を違えるつもりはない。絶対に守り通す。

 

クリスの体温が冷え切り固まった心を溶かしていく。

頬に光の筋が落ちる。それは次から次へと落ちていく。

嗚咽を我慢出来ずにクリスにしがみつくようにして、泣いた。

 

「う、ぅう。ヒッグ」

 

泣き続ける俺の頭をクリスは優しく撫でてくる。

それは俺が泣き止むまで続いた。

 

 

 

目元を腕で拭い取ると目の前のお姫様に目を向ける。

 

「なあ、お姫様」

 

「…………」

 

「お、お姫様?」

 

「…………」

 

お姫様は気に入らなさそうにそっぽを向いて唇を尖らせている。

まさかとは思うがそういうことなのか?

羞恥に頬を染め、リヒトはお姫様の名前を呼んだ。

 

「……クリス」

 

「……何だよ」

 

消え入りそうな小さな声でお姫様の、クリスの名前を呼ぶ。

やっとクリスがこっちを向いてくれた。

なんか最初に会った時より、丸くなった、か?

でもまあ、これでちゃんと言える。

 

「クリス。俺はお前を守ると改めて誓う。どんな状況だろうとどんな奴が相手だろうと絶対に守り抜く。例え世界を敵に回すことになったとしても俺はクリスの味方で居続ける。だから、クリスのこと、ずっと守らせてくれ」

 

ボッと音が出るほど顔を一瞬で真っ赤に染めるクリス。

どうしたんだろう? 何か変なこと言ったかーーーん?

いや、待てよ? ずっと守らせてくれ?

それってこれからもずっと側に居続けるってことであって。

 

ーーーあ、これプロポーズみたいじゃん。

 

その結論に至った瞬間。

リヒトも顔を真っ赤に染め上げた。

お互い顔を見合わせる。

クリスがもじもじしながら俺を見る。

 

「よろしくな。あたしの……騎士(ナイト)

 

「……ああ、任された。俺のお姫様」

 

クリスに手を差し出すと恥ずかしそうにしながら俺の手を取った。

実際にやった自分も恥ずかしいわ。これ。

けれど、手を繋ぐ二人の顔には既に羞恥はない。

 

あるのは、二人の笑顔だけだった。

 

 

 

 

 

 

 




やっぱりクリスちゃんかわいい!
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