Over the lights・Under the moon(なのはと型月クロス・改訂版)   作:くおん(出張版)

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10/葬列。

 

 

 

 10/葬列。

 

 

 

「天空の果てを往きたる船、大いなる墓所たる〝ゆりかご〟に坐します永遠の旅人たる聖なる王よ。

 貴方の国に生まれ、貴方の法に(かしず)き、貴方の力に従う、忠実なる貴方の臣民たる我らの魂を救い給え。

 現世の役目を終えた、貴方の従僕たる我らの(ともがら)の魂を導き給え」

 

 

 玲瓏とした女性の声が、その墓地に流れていた。

 まだ若い。

 少女といった方がいいような、そんな年頃の司祭の声だった。

 それ故にこそ美しく、しかし切なく響いているようにも思えるものだった。

 銀髪の少女司祭の目の前にあるのは棺であったが、本来はこの祈りの最中にはまだ開け放たれているそれには、通常と違って蓋がしてあった。そうされることには幾つかの理由がある。死体が二目と見れぬ状態である事。あるいは、死体などここには納められていないという事。今日、ここにおいては後者であった。

 祈りは粛々と続けられていく。 

 

 

「この者は私たちのよき隣人でした。

 この者は私たちのよき騎士でした。

 勁き力もて人々の盾となり、勁き技もて正義の矛となり、勁き心もて世界を愛しました。

 貴方の臣民たる私たちを護るため、数多の地上での戦いに赴きました」

 

 

 何処からか、しゃっくり上げような、鼻をすする音がした。

 泣いてる。

 誰かが泣いている。

 墓穴を囲む誰かが泣いている。

 棺は司祭の魔力によって浮かび上がり、墓穴に吸い込まれていく。古い時代から伝えられるセレモニーであり、パフォーマンスだった。まだ魔法が一般的でなかった時代に、魔力が支配者階級のものだった時代の名残だった。今となっては、あるいはだからこそ、その瞬間に嗚咽の声が重なり、高まっていくのだった。 

 

 

「王よ。

〝ゆりかご〟に眠る我らの王よ。

 この者の地上の肉体を大地は還りますが、その魂を貴方の御許へと導き給え。

 願わくば眷属として、歴々の貴方の家族と共に、天空の〝ゆりかご〟に眠ることを許し給え

 貴方たち聖なる王の傍らにありて、ともに旅することを叶え給え」

 

 

 白いマント状にバリアジャケットを展開されているフェイト・テスタロッサ・ハラオウンは、一度とて会うことがなかった陸士の棺の上に、何人かの隊士と一緒に手渡されたスコップでひとかき土を被せた。そして、隣にいたティアナ・ランスターにそれを渡し、後ろに下がる。ティアナもフェイトや他の隊士に倣い、掘り出されていた盛り土を掬い、棺に被せる。 

 

 

「イン・ノミネ・サンクトスレックス・アーメン」

 

 

 最後に司祭が古典ベルカ語の聖句を唱え、葬送は終了した。

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

「……よろしいのですか?」

 その葬列を遠目に見ている者がいる。

 二人だ。

 背の高い者と、小柄な者と。

 背の高い者が、自分の前に立つ小柄な者へとそう言った。

「うん」

 小柄な、黒い髪の娘は、静かに頷く。

「しゃあない。決めたことやし。ここで私達ができること、することは、するべきことは、あの人たちの魂を見送ることやない。今はまだ、な」

「そうですが」

 背の高い、何処か武人とした風のある女は、何か追憶に浸るように眦を細めていた。

「テスタロッサたちと話をするくらいは」

「しつこいよ」

 娘は苦笑を浮かべながら踵を返した。

 そして、迷いなく歩いていく。

 その背中を見送っていた女は、一度だけ瞼を伏せてから開け、何かを振り払うように頷き、足早に前を行く娘を追った。

 隣に追いついた頃に、女の耳に微かな呟きの声が届いた。

 

「この落とし前は、必ずつける。必ずや。必ず。百倍千倍では足りん。万倍、億倍にでもして返してくれる」

 

 女が足を止めたのは、その言葉に恐怖したからではなかった。

 覗き見た女の主の横顔に、壮絶としか表現のしようがない笑みのような表情が浮かんでいたからである。

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

「――いらっしゃいませ」

 

 喫茶店アーネンエルベの扉を押すと、ちりーんとベルの音が鳴り、続いて愛想のいいウエイトレスの声がかかる。「お二人様ですか?」との問いかけに無言のままに頷きだけで応えたフェイトにも、彼女は嫌な顔一つしなかった。黒いロングスカートの、ヴィクトリア朝のメイドを思わせる衣装で二人を先導し、「メニューがお決まりになったらお呼びください」と告げて去っていく。いつの間にかテーブルには二つのお冷が置かれていた。魔法を使ったのかと思わせるほどの早業だった。

 フェイトはそれに手を伸ばしたところで。

「何度出席しても、慣れないものですね」

 とティアナの声がかかり、停止する。

「うん」

 フェイトは伸ばしかけていた手を戻し、ふう、と深いため息を吐いた。

「凶悪事件の時にお葬式に出ることはたまにあるけど、やっぱり、ね」

「遺族には管理局からの補償金が出るのが不幸中の幸いですけど――だけど」

 ティアナが何を言いかけたのか、フェイトにも解っている。言いかけてやめたた理由にもだ。

 再び訪れた沈黙は、そんなに長くは続かなかった。今度はティアナがお冷を取り、ぐいと一飲みにした。

 口に出した言葉は、言いかけたこととは別の言葉である。

「多分、ランスロットさんの元奥さんには出ませんね」

 補償金のことだ。

 フェイトは「うん」と言って目を伏せた。

「仕方ないよ。だけど、あの人が……まさか、離婚していたなんてね」

 脳裏に浮かぶのは、出席した列の最後尾に佇む女性だった。元とはいえ、武装局員の葬送には魔導師や騎士は自前のバリアジャケットで見送るのが習慣となっているが、彼女は喪服だった。黒い。絵に描いたような金髪碧眼の人。会ってから、思い出すのに少しだけ時間がかかった。

「お知り合いだったんですか」

「――言ってなかったっけ。六課立ち上げの時にスカウトしようって話が出てた人。結局、なのはの出向が決まってランク制限の問題とかでてきてね。面談までいったんだけど」

 私も、顔をあわせるまでは忘れてた……とフェイトは告げた。

「六課立ち上げの話が出た頃は、教導官の長期出向は前例があまりなかったから。一応の伺いは立ててたけど、話は流れると思ってたんだ。だから中期プランでの機動六課は、はやてが捜査官時代に知己を得た騎士を中心に構成するつもりだったんだよ」

「そのほうがよかったんじゃないですか?」

 ティアナは、劣等感に苛まれることもなく自然にそう問いかけることができていた。六課に参加したあの頃、彼女は自らの才能のなさ、志の高さに比しての実力のなさに常に焦燥を感じていた。厳しくも優しい教導官に諭され、暖かく頼もしい仲間たちに励まされ、その日々をどうにか駆け抜けることができた。今の自分に自信をもてるようになった。

 それでも、あるいは、だからこそ、思う。

「自分らのような新人たちを訓練させながら使うのより、ある程度の実力のある人を最初から集めていたほうが」

 事件は、より簡単に解決の方向に向かったのではないのかと。

「そう?」

 フェイトは首をかしげる。

「結果としてちゃんと解決しているし、ティアナもスバルも、エリオもキャロも、みんな成長してそれぞれが管理局や世界を支えてくれているよ」

「それは結果論だと思うんですけど……もしも」

「〝もしも〟はないよ」

 ティアナの言葉をさえぎり、フェイトは言う。

「あのときにああすればよかった、こうすればよかったとか、みんな思うけどね。結局、自分が選んで進んできた道が全てなんだ。後悔は、それこそとめられないけど。だけど、私は六課のみんなでできたこと、駆け抜けてきた道、たどり着けた場所は、決して否定してはいけないと思う」

「…………フェイトさん」

「ちょっと話がズレたかな」

 フェイトは今度はお冷を全て飲み干してから、ベルを鳴らしてウエイトレスを呼んだ。コーヒーを二つ、と注文を告げてからお冷のお代わりをもらった。

「仮になのはが六課出向してなくても、どの道、あの人が六課に入ることはなかったと思うよ。というか、面談したんだけど、断られたんだ」

「そう、なんですか」

「確か、愛用していたデバイスを自分のミスで壊してしまったと、そんなこと言っていた。一族に伝わる大切なものだったんだって。古代ベルカ式を受け継ぐ家柄だったって」

 我に騎士たる資格なし――あの人は、そう言って一線から退くと断ったのだった。

 大袈裟な、とはフェイトは思わなかった。彼女もバルディッシュを自分のミスで失ったりなどしたら、立ち直れるかどうか解らない。そして、続けてのあの人の言葉を思い出す。

『それと、これを機会に結婚しようかと思っているんです。以前から、プロポーズを受けていたので』

『それは……おめでとうございます』

 何処か恥ずかしそうに俯いていた。

「フェイトさん?」

 心ここにあらずという風なフェイトに、ティアナは訝りながらも声をかけた。

「ごめん。ちょっと、どうでもいいことを思い出していた」

 どうでもよくはないことだったが、ティアナにここで話すべきことであるとも思えなかったので、フェイトはそれだけを告げて話を変えようとした。 その時。

 突然に、二人の前で念話のモニターが展開された。管理局からの連絡だった。

 同時に周辺の大気を操作する魔導が発動する。機密保持のためだ。管理局外から映像での通信があった場合、オートで展開される。これを発動させると一定時間、フィールド内を外からは「見えにくく」する効果がある。内側からは普通に見える。完全に見えなくした場合、わからずに自動車などが走ってきたら事故の元になるからだが、それにしても大したものではない。ただし、空間モニターは外部からはさっぱり解らないようになっている。光の波長の問題であるが、技術的にはそう難しいものではなく、民間でも使用が許可されているレベルの魔導だった。現に、広い喫茶店の中では、フェイトたちの他にも二つほど同じ術式が発動していた。

 念話は補佐官の補充についての報告だった。

 予定通りか、と思いながら二人は見ていたが、フェイトは「え?」と声を出してしまった。ありえない、とも口の中で呟いてもいた。こんな人事は、これは、少なくともこの時にあるとは思えない――。

 ティアナは先輩執務官が表情を曇らせたのに気づき、視線をモニターからそちらに移し。

「あいつ……」

 視界を横切っていった男に、彼女は見覚えがあった。

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

「ギル・エレクです。よろしくお願いします」

「あ、ああ――エミヤ……エミヤだ」

 そこまで名乗ってから、士郎は何処か戸惑いつつも右手を出した。ギルと名乗った金髪の少年は迷いなくその手をとる。握手というのは次元世界で共通してある習慣だった。

 二人はしっかりと握り合ってから放し、「こちらへ」とギルに先導されて士郎はその跡をついていく。

 レンガ造りの壁に艶のある黒い木の廊下を歩きながら、士郎は感心したように見回した。

「ご心配ですか?」

 と少年が言ったのは、古い素材の建築物についての不安というのがいつもあるからだろう。

 すぐに士郎は首を振り。

「いや、ちゃんとした構造になってるのは、視れば解る。かなり贅沢に魔導が仕掛けてあるな」

「ご慧眼ですね」

 彼は少し考えたが、隠しても仕方ないので「いや、俺の特技なんだ」と返した。

「特技、ですか」

「構造解析。――レアスキル、というのに近いかな」

「へえ。さすが、あそこから紹介状を貰えるだけありますね。かなり閉鎖的だし、この手のことについては関わりも深いだけあって慎重になる傾向があるのに。やっぱり、そのレアスキルを使って随分と彼らを助けてあげたんでしょう」

「そこらについてはノーコメント、だ」

 士郎は表情を消した顔でそう答える。その無表情が問いかけが正しいと言っているようなものだが、それもミスリードだった。無理に隠そうとするよりも、思わせぶりな言葉の方が情報隠蔽になる。彼が何年もの戦いの日々の中で覚えた知恵だった。正しいことも本当のことも等しく混ぜて伝える。ウォルステッターの罠。士郎は答えてから「慧眼というのなら、君もそうなんだろうな」と言った。

「僕は、ただのコレクターですよ。まだ若輩ですから、よく贋物を持ち込まれるんですよ」

「その全部をすぐに見破ったんだろうな。答えなくてもいいよ。君はそういうことができるんだということは、俺には解ってるから」

「―――――それも、構造解析というやつでわかるんですか?」

 本当に驚いたように赤い目を広げて問いかける少年に、士郎は未来の自分がよく浮かべていたような皮肉げな笑みを口元に浮かべた。

「これはそうじゃない。だが、内緒だ。種明かしはしない方がいいこともある。人生は驚きが必要だからな。〝すべてを見たる人〟などになってしまわないほうが、君にとってはいいことだろう」

 少年は目を細めて言葉と士郎の表情を吟味していたようだが、軽く溜息を吐いてから「こちらへ」と再び歩き始める。

 士郎はその後ろを歩きながら「やっぱり、小さい方がいいよな」と呟いていた。

 

 

 衛宮士郎がここに来たのは、骨董品のアームドデバイスの出所を追ってである。

 彼が数日前に見つけた、吸血鬼退治に使用されたと思しき剣型のそれは、かなり強力な概念武装だった。

 概念は概念によって打ち破られる――このルールは世界を変えても変わらない。

 ただ、魔力を魔導として操作して日常のレベルで使われている管理世界において、概念の効果というのはそれほど重要ではなかった。武器に魔力を付与すれば同様以上の効果を期待できる。そもそも、概念武装は概念を以って概念を打ち破るためのものであり、物理的効果は目に見える範囲ではない。例えば五百年を閲した日本刀は切断の概念を以ってすれば封印指定されるような魔術師の結界をも切ることが可能になる。結界とは「括る」ことであり、囲うことであり、切断の概念とは相克する。一般的な魔術師の結界とはそういうもので、魔導師の展開するものとは違うのだ。しかし、それほど強力な概念武装だろうと、ビルから飛び降りながら人に突き刺して落ちたりなどしたら、さすがに折れる。だが、それ故に意味はある。

 さしあたっては、この世界においては武器として登録されていない……というのは重要だった。特に、神秘を秘匿することを旨とする魔術師にとって。『デバイスも、ある程度以上のものになると登録制になるの。日本刀とか猟銃みたいなものだね』

 と士郎にこの世界におけるアームドデバイスについての説明をしてくれた女性は、自分の掌に赤い宝玉のようなものを乗せて見せてくれた。

『インテリジェントデバイスなんかは特にそう。それだけに違法で作られることも後を絶たないけどね。ある程度以上の魔導師になれば自作できるんだよ。バルディッシュとか。インデリジェントでないのはそれこそ普通に自作されているよ。部品を集めて自分でくみ上げた方が既製品を買うより安く済むから。基本OSとかはコピーとか出回っているし』

『まるで自作パソコンみたいだな……』

『感じとしては近いかな』

 彼女も自作して実家では使っていたという余談を少し述べてから、話を続ける。

『当然、自作デバイスで登録しなければならないものはなかなかないよ。作れても登録が面倒で作らないという人も多いみたい。高性能のデバイスは登録制になるというのは、逆に言えばあまり高性能でなければ登録しなくてもいいってことだから。それに普通の人が使える魔導は、それこそそこらで買えるもので十分だし』

『たいしたもんだよな、魔導ってのは』

『うん――それで、性能の良し悪しは、極論を言えば部品の良し悪しなわけね。高位の魔導師なら作れるとはいっても、そんな人はそんなに多くないからね。ある程度以上の性能を発揮するための部品は高くて特殊で、やっぱり流通ルートは限られるの。管理局でそこらのルートは押さえているから、自作の高性能デバイスを登録しないままに犯罪に使用しても、時間をかければ足跡をたどることは可能、という建前になってる』

『建前か』

『最初に言ったけど、後を絶たない――管理局も万能じゃない。そういう組織は必ずあるから。そういう伝手で強力な魔法を使用できるデバイスを入手することは可能だよ。ただ、やっぱりその遠坂さんがそういう組織に接触してデバイスを得るというのは、現実的ではないね』

『文字通りの異世界の人間が、そう簡単に接触できるものでもないか。金もない――仮にあったとしても、あいつら宝石を買うことを選ぶだろう』

『そうなのかな。とりあえず、その吸血鬼と戦うのに遠坂さんが魔導の補助を得ようとするのは、あり得そうでいてちょっと難しいってのが現実だと思う。勿論、簡易デバイスを使用することはなんら問題はないけど、それはこっちから辿るルートが特定できないということも意味するし』

『それで、骨董品――概念武装か』

 士郎は先日回収した剣型デバイスを手にしていた。

 概念武装とは、年月とともに魂魄の重みが積み重なって特定の効果を持ったモノ――である。大雑把に言えば、古い時代の武器ほど神秘に干渉する深みが出るということだ。

 復元呪詛を持つ吸血鬼を打倒するためには、それを断ち切るだけの神秘が必要であり、ただ魔力だけでそれを達成するには手間も力もかかりすぎる。概念武装を使って対抗するというのが常識だった。

 魔術師である遠坂凛が死徒と対峙するのならば、魔力で押し切るよりも現実的な対処法ではある。

 上手い具合に武器型のデバイスであるアームドデバイスは、魔導のシステムが壊れて使用できないという状態ならば登録する必要はない。刃渡りからすれば日本刀並みで、そのまま凶器に使えそうなものであろうとである。

『この世界で骨董品について詳しい人を、なんとか紹介してもらえるようにしたよ』

 彼女はそう言って、紹介状を――とは言っても、魔力署名付のメッセージの封入された簡易デバイスだ――を士郎に渡した。

『私は今日は一日動けないから、頼むね、衛宮くん。気をつけて』

 そうして士郎は、今日は葬儀だというシスターの手伝いをした後で、その紹介されたコレクターの経営しているという店を訪れたのだが――。

 

 

「……ッ! 凄いな」

 収集品の展示室に入り、士郎は素直にそうもらした。

 彼の視界には、ワンフロアまるまる使ってあらゆる品々が設置されているのが見える。多くが一メートルほどの高さの展示台に置かれ、透明なケースを被せられている状態だが、剥き身のままに床におかれたものもある。そのほとんどが剣や槍などの武器の類のように見えたが、大きな絵つきの皿や小さな香水瓶などもある。煌びやかなものもあれば、歴史を感じさせる傷やくすんだものもあった。

「古代ベルカ時代のものが中心です。もともと、僕の家は王を名乗っていた者の末裔だったそうです。まあ、古代ベルカの王なんて珍しくもないですけどね。それこそ、いっぱいいましたし」

 ギル・エレク少年の説明は、自慢というようなものではなく、普通に事実を語っているだけのようだった。ベルカ時代の王については一応は聞きかじっていたのだが、その末裔と聞くと「なるほど」と士郎は思う。

「王の財宝というわけだ……」

「? ここにあるのは、僕個人の収集品ですよ」

 不思議そうな顔をして自分を見つめる少年に、「いや、すまん」と手を振って見せた。

 少年は首をかしげていたが、やがて思い直したように踵を返す。糸のような金髪がさらりと揺れた。もう十五歳という年頃なのだそうだが、無垢な幼さが見てとれる。美少年、という言葉がよく似合うと士郎は思った。

 しかし、そんなことはおくびも顔にださずに手近な剣を指差した。

「やっぱりこれらは骨董品で、今は使えないものなのか」

「構造解析というので解らないんですか?」

「専門じゃないものは、手に取るくらいはしないとよく解らない」

 士郎の言葉をどう受け取ったものか、ギル少年は「なるほど」と頷き、とりあえず士郎の目の前のそれから説明した。

「この剣はベルカ動乱期のものでも、末期に聖王の親衛隊がもっていたものですね。わりと出回っているタイプです。収集品としては手ごろですね。デバイスとしては使えませんが。先日も、譲って欲しいという人がいたので、幾つか融通してあげました」

「――女じゃなかったかな?」

 ギルは微かに目を細め「そういうのは、個人情報ですから」と言った。

「まあ、そうか」

 当然だよな、と士郎は頷き。

「もしもまたその客がきたら、エミヤという者が探していたと伝えてくれないかな」

「ああ、そういう――」

 少年は途中で言葉を切って、入り口の方を見た。

 士郎はその様子を訝しげに眺めていたが、同じく自分らの入ってきた廊下を凝視する。

「どうかしたのか?」

「いえ、気のせいかな。誰かが無断でここに入ってきたような反応があったような……」

 ほう、と士郎はその言葉に目を凝らした。

 侵入者感知の魔導が仕組まれている――が。

「トレース、オン」

 呪文を唱えた、まさにその瞬間――

 

 光の縄が。

 

 身体に絡みつき――、

 

 刹那に士郎のそれぞれの手に黒白の剣が現れていた。迷いなくそれらは振るわれ、自分の身体に絡まりかけた捕縛魔法を切り捨てる。続けての旋回しながらの誘導弾を弾き飛ばせたのは奇跡にも似ていて、直後に真上から突然現れた魔力の刃を受け止められたのは奇跡そのものだった。

「あんたは――」

「管理局執務官です」

 バルデッシュ・アサルトのハーケンフォームを叩き付け、押し付けた状態で、フェイト・テスタロッサ・ハラオウンは言った。

「重要参考人として、貴方の身柄を確保させていただきます」

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 ティアナ・ランスターは衛宮士郎が店の中を横切るのに気づいたが、声を出さずにそれを見送った。

 問題になるのは二つ。

 距離と場所。

 同じ店内でも、十メートルは離れている。だからこそ、視覚をやや弄っているだけのフィールドで相手はこちらに気づけなかったのだろう。十メートルは魔力で強化された肉体ならばどうにでもなる距離ではあるが、それは相手も同様だと思えた。ましてフェイト・テスタロッサ・ハラオウンと、数秒とは言え真正面から近接戦ができるとならば――それは、相当の速度の持ち主と考えねばならない。

 そして、ここは結構な人間がいる場所だった。民間人を巻き込むわけにいかない。そして、昨晩の戦闘では容赦なくこちらの気絶している仲間を狙うという手を使ってくる相手だ。フェイトがいうにはこちらの気をそらすためのブラフだった感じが強いとのことだが、万が一というのは常にある。

 それらを考慮して、ティアナはフェイトに念話で状況を伝え、士郎の後を追うことにした。

 士郎は店を横切り、奥の方でこの店のオーナーという少年と顔をあわせて、どうしてか少し驚いたような顔をしていた。そして渡り廊下ですぐ裏にある別館のようなところに案内されてゆく。

 二人の執務官は幻術魔法で姿を消しながら跡をつけていた。それもある程度の距離をとってである。近づきすぎれば察知される可能性もあったが、もっといえば目的地が解っているのだからそんなに距離をつめる必要も感じなかった。

 廊下は一本道で、目的地は一つなのだ。

 別館の扉が閉められた時は、中に侵入すべきかさすがに迷った。ここで待ち受けていても、別館の方の出口から帰っていかれたら間抜けもいいところだ。一人はここで見張って、もう一人は外で――ということも考えたが、相手の戦力が解らない。正直な話を言えば、ティアナにはフェイトと正面から戦えるようなスキルを持った未知の魔導師だか騎士だかと対峙するのはごめん蒙りたかったというのがある。確実に二人揃って捕縛に臨んだ方が効率はいいというのもあった。

 一分ほどで方針を決めた二人は、頷き合ってそれぞれのインテリジェントデバイスで魔導錠に干渉した。大魔導師の使い魔が手ずからフェイトのために精魂こめて作成したバルディッシュと、機動六課のデバイスマスターが持てる技術の粋を集めて作ったというクロスミラージュの二人(?)がかりでのハッキングである。ものの十秒とたたずにミスティックロックは外れ、二人は侵入に成功した。

 ここで二人に誤算があったとすれば、魔導錠を仕掛けていたギル・エレクという少年が民間ではほとんどいない総合AAAランクの高位魔導師であったということだった。

 十歳の時に管理局からスカウトが来ていたが、事業を始めたばかりでそちらの方に専念したい……という事情で断ったという経緯があったと二人が知るのは、それから数時間ほど後のことであるが。

 ギルは魔導錠の異変に気づいたようだった。

 それは些細な違和感にすぎないようだったが。

 フェイトが「仕掛ける」と告げたのは、渡り廊下を歩いていた二人の会話を微かにでも聞いていたからだった。

 

『構造解析。――レアスキル、というのに近いかな』

 

 詳細は解らないが、一瞥しただけで廊下に仕掛けてある魔導を察知することができたということは、あるいは幻術魔法を見抜ける可能性がある、と彼女は考えた。実際にどうであるのかは解らない。解らないが、ここで見抜かれるかどうかをただじっと待って試してみるというのは執務官の選択としてはありえなかった。

 そして。

 二剣を交差させてハーケンフォームのバルディッシュを受け止めている士郎に向けて、ティアナはクロスミラージュを向けた。七メートル。この距離なら外さない。自分の誘導弾なら外さない。万が一にもフェイトに当たってもいいように、威力は最小限に留める。ただし、バリアジャケットも展開させてないような人間ならば一撃で昏倒するショートバレット。焦らないように、構えてから呼吸を整えるまで、一秒秒。引き金を引くまでに一秒。あわせて、たった二秒。

 だが、その二秒で士郎には充分だった。

「――トレース・オン」

 呪文。

 ティアナは、フェイトの頭上一メートルの位置に突如として現れた四本の剣を見た。

「ちっ」

 念話でフェイトに危機を呼びかけつつ、誘導弾を連射した。一発はまさにフェイトに向けて落下――いや、射出された剣に、もう一つは士郎に向けて。

 フェイトは士郎の呪文から頭上に何かが出現したのを見もせずに察していた。執務官としての経験というよりも、昨晩の感覚からだった。魔力の波動ともいうべきものを彼女は感じ取っている。勘のようなものだったが。

(フェイトさん、上に剣が)

 というティアナの念話を聞いて「やはり」と思ったし、しかし目の前の赤毛の青年の表情に焦りがあるのもみてとれていた。

(ティアナ、焦らないで。ブラフだ)

 そう返答する前に発動させられていた誘導弾に対し。

 士郎は力を抜いて押さえつけるフェイトの体勢を崩すことで対処した。

 拮抗状態からの脱力で相手を崩すのは武道の型ではままあるが、それを実戦で再現するのは不可能と言ってもいい。それをなしえるには技量の高さはもとより、幾たびもの戦場を駆け抜けた胆力と経験があってこそだ。

 そして百戦錬磨というのは、管理局執務官であるフェイトもまさにそうだった。

 流される体をそのままに旋回しながらバルディッシュを戻す。

 士郎は突然のフェイトの行動に、力を入れていた両手が伸びてこちらも体勢を崩す。

 背中に衝撃を感じながらもフェイトの集中力は崩れなかった。この程度の窮地など、慣れっこだった。

「〝サンダーアーム〟」

 右腕に集めた電撃を、転げながら士郎の左足に触れるようなさりげなさで流し込む。

「おおっ!?」

 士郎の反応は激烈だった。むしろ仕掛けたフェイトが怯むほどの激しさで反応して、撥ねるように跳躍した。それは痙攣したかのようにも見えた。バリアジャケットも使用していないのだから仕方なかったが。

「バルディッシュ!」

 フェイトはそれでもすぐに身を起こし、再びハーケンフォームでデバイスを展開させた。

「ちっ!」

 士郎はさすがにすぐさま回復したのか、こちらも身を起こし、トレース、オンと呪文を唱え、長い日本刀をその手に現出させた。物干し竿、と言われる刀だ。武装としての格はむしろさっきまでの二剣に劣るが、憑依経験をトレースすれば、この持ち主の技量をある程度まで再現できるという強みがある。

 彼がアーチャーとの差異を意識して作ろうとして、護りの剣としての干将・莫耶と、攻めの剣としての物干し竿の二極の分割というスタイルに至ったのだった。

(護りだけでは、ここは凌ぎきれない)

 その判断は間違いではない。

 フェイトはバルディッシュを下段に下げた。一般的に、下段はカウンター狙いであるが。

「貴方には、あのなのはについて、他にも、色々と聞かせて……もらう!」

 するりと間合いを詰めていく。

 士郎は目を細めて。

「トレース・オン」

 昨晩と同じだ、とみてとったフェイトは加速する。

 士郎の背後に何十もの剣が出現した。

 ここまでは昨晩と一緒だった。

 違うのは、迷いなく士郎はそれをフェイトめがけて射出したことであり。

 フェイトが淀むことない歩法で間合いを詰めようとしたことだった。

 と。

 

 それは、突然に現れた。

 

 黒い

 竜巻のように、フェイトと士郎の間に出現したそれは、ただ一度の旋回で二十五本の剣の魔弾を弾き飛ばした。

 それの黒い衣装は喪服であり、ドレスであるということには、止まるまで誰にも解らなかった。

 貴婦人というべく装束でありながらも、片手に剣型のアームドデバイスを持ったその姿は、覇軍の先頭に立つ将軍を思わせる風格があった。

 あるいは御伽噺の英雄であるかのような。

 金髪に青い瞳。

 年の頃二十代前半の、その女性は。

 玲瓏として声で。

 言った。

 

 

 

「双方、それまで」

 

 

 

「セイバー……か」

 と茫然と士郎は呟き、フェイトもまた。

「あなたは――」

 と言葉を失ったようだった。

 彼女はフェイトを見て。

 

「管理局執務補佐官、ウルスラ・ドッケンリッターです。フェイト執務官、先ほどは、どうも」

 

 言った。

 彼女こそはかつて六課に勧誘したこともあるはやての旧知の騎士であり。

 昨晩亡くなった、騎士ランスロットの離別していた妻であった女性であり。

 つい先ほど決定した、補充の執務補佐官であった。

 

 

 

 

 

 つづく

 

 

 

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