Over the lights・Under the moon(なのはと型月クロス・改訂版)   作:くおん(出張版)

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11/剣戯。

「ママー、この荷物何?」

 娘に言われ、読んでいた本を机に置いた高町なのはは、ゆっくりと顔を向けた。

「荷物?」

 と口にしてから気づく。彼女の娘のヴィヴィオがいるのは部屋の隅で、そこに開封こそされているものの、封をしなおして四段重ねに積み重ねている木箱がある。前に中身だけ確認して、片付けるのも面倒なのでそうしたのだった。

「埃被ってるね。ママちゃんと掃除しないと」

「あんまりここは使わないから――と、ヴィヴィオ、何してるの」

 少しだけ咎めるような口調になってしまったのは、娘が四段に詰まれた木箱を見下ろせる背の高さになっているからだった。

 高町ヴィヴィオ九歳は、変身制御の魔法で「大人モード」になれるのだ。

 しかし、それは濫用してはいけないとなのはに言い含められていることだった。好奇心に任せ、母の別荘にある木箱の中身を知ろうとするために使うなど、とてもしていいことではない。

「だってー」

 ヴィヴィオは唇を尖らせた。

「だってー、じゃないよ、ヴィヴィオ」

 なのはは軽く溜め息を吐くと、「仕方ないなあ」とぼやきながら立ち上がる。

「まあ、変身しちゃったというのもあるし、ヴィヴィオにあげようかなーって思ってたから」

「私に?」

「中身、見ていいよ」

 母に許可されたヴィヴィオは、ちょっぴり疑問を抱いたのも束の間、すぐに箱を全部床に並べてそのうちの一つを開ける。持っていたときに少し重いと思っていたが、中身は本だった。それも紙の。この世界のこの国のコミックの単行本だった。

「あー、ドラゴンボ○ルが完全版で揃っている!」

 ヴィヴィオは喜び勇んで残りの箱も全て開けた。

「こっちは○闘士星矢! マ○キンの完全版もある! これ読みたかったんだ!」

「マン○ン?」

 覚えの無いタイトルに首を傾げるなのはだが、「シャー○ンキングのことだよー」と言われて「ああ」と納得したようだった。

「完全版には、オマケと連載では描かれなかった最終決戦、そしてその後のエピソードも入ってるんだよ」

「……詳しいね」

 娘が自分の知らない世界へと足を踏み込んでいるのではないか――そんなことを微かに懼れつつ、なのはは曖昧に笑う。

 笑いながらダメだよ母さんなんだからちゃんと娘の趣味にも理解を示さなきゃ否定なんかしちゃだめなんだよ小さい頃は興味がある分野に才能を伸ばしてあげないといけないんだよだけどイケない方向に進んでいるんだったら止めるのも親の務めなんだけど無闇に説教なんかしちゃだめなんだからとにかく最初はちゃんと目を見て名前を呼んで話し合おう……などということを並列思考で考えていた。

 最近はネットで地球のそれが見れるということを、なのははまだ知らなかった。

 ソースは○ちゃんとwiki。

 楽しそうに本をチェックしていたヴィヴィオだったが、やがてあることに気づく。

「……これ、出版社みんなほとんど偏ってるね」

「ああ、それは、」

「――あの人からなんだね」

 ゾクッと、なのはの背筋に一瞬だが冷たいものが走る。

 先ほどまでの笑顔が嘘だったかのように、彼女の娘の表情は冷え切っていた。 

 

「他の人には内緒にして、あの人にはこの場所を教えているだなんて……!」

 

「誤解です!」

 愛すべき娘が、何やらありえないところに思考を入り込ませたことに気づき、なのはは叫ぶ。

「ヴィヴィオの言うあの人とは何もありません! 勝手に居場所を見つけて送ってくるの! 胎教にって! っていうか、あの人ではなくて、ちゃんと名前を呼ぼう!」

「胎教って何それ!? なんであの人はママにそんなことすんの!? あと怒るとこズレてるしっ! もっというのなら、あんなのアイツでいい!」

「もう~~~~」

 なのはは唇を尖らせて溜め息を吐くのだが、その後で何処か嬉しそうに苦笑した。

(うん、まあ、遠慮なんかしないで、ちゃんと言いたいことを言ってくれてるのはいいことかな)

 ――ちゃんと、親子できてるかも。

 そんなことを思うのだった。

 聞く者がいたら「あんたどんだけ前向きなんだよ」と言いたくなってしまうような内心の声はさておき、彼女は魔力を体に通して箱を持ち上げようとする。元の通りに積み重ねていこうとしたのであるが。

「あ、ママ、私がやるよ」

「そう? じゃあ、お願い」

 先ほどまでの激しいやりとりなどながったように、ヴィヴィオが箱を積んでいく。

 なのははその様子を見ていて。

「胎教ってのは冗句だと思うけど――なんというか、世話焼きのついでだと思うよ。きっと私が暇しているだろうって思ったんだよ。私のいる場所は内緒にしているとは言っても、少なくとも同じ世界にいて隠し事なんてできるはずが無いんだ」

「もう――――」

 ぷくぅと頬を膨らませたヴィヴィオは、最後の一つを乱暴に魔力で浮かせて積んだ。木の擦れる音が先ほどまでより強くしたが、衝撃は殺してあるので、床にまで響いたり下の木箱が壊れたりというようなことはない。

「ヴィヴィオ!」

 それでもなのはが声をあげたのは、感情に任せた行動をあまりさせたくないからだった。

 普通の子供であるのならばさほどに問題はないのだが、彼女は聖王のクローンで、今は大人モードだ。激情のままに何かをすれば、それは直ちに周囲に影響を与えてしまう。

「ママ! もうあんなのなんかどうでもいいよ。ママはアイツの子分でもなんでもないんだよッ」

「子分ではないけど――お世話になったし」

「漫画とか送りつけるのは、向こうが勝手にしたことでしょ?」

「そっちじゃなくて、昔色々とね。ガリガリさんとか奢ってくれたよ」

「安いよ!?」

「あ、おいしい棒とかも」

「安すぎるよママ!」

 ちなみになのはの好きな味は納豆味である。

 あの食べた後に口の中に残る、微かな粘つきがたまらないのだそうだ。

 何だか言い合うのが億劫になったのか、ヴィヴィオは「もう知らないっ」と背中を向けた。

「ヴィヴィオ」

 となのはは声をかけたが、その後でどういう言葉を続けたらいいのか解らない。解らないままに名前を呼んだ。

「ヴィヴィオ」

「ママ、あのね――」

 ヴィヴィオは、少しだけ振り向いた。

「私は、あんなんにならないから、ママはああいうのがいいっていうかも知れないけど。私は、ならない……なるにしても、私はあんなんじゃなくて、――

 

 ……わたしは、やさしい王様になる」

 

「ヴィヴィオ……」

 駆け去っていく娘の後姿をしばらく見つめていたなのはだったが、やがてぽつりと。

「そっか……ヴィヴィオは○ンデー派だったものね」

 内心とは別に、そんな限りなくズレたことを言ってから、窓際の椅子に座りなおす。

 件の作品の作者は、すでに小○館で書かないことを決めているのだが、なのははそんなことを知らなかった。

 しばらくぼんやりと肘を立てて顎を支えていた。開けっ放しの窓から流れ込む風は暖かかった。

 ミッドでは年末だが、ここはいつもこんな心地好い風が吹く。

「常春の国、か……」

 今回のこれが済んだら、みんなをここに呼ぼう、となのはは思う。

 みんなを呼んで、みんなで遊ぶのだ。

 そのみんなの中には、色んな顔がある。

 目を閉じると思い出す。

(早く済ませて、ゆっくりとしたいなあ……)

 ――……くん、

 ふ、と。

 自分が思いもかけずに口走った名前に、なのはは驚いて掌に置いていた顔を上げた。

「あー……もう」

 呟き、さっき読むのを途中でやめた本を手にとった。開けて捲ると、ほどなく自分がさっきまで読んでいた場所に辿りつく。

 彼女は自分が誰かの名前を口走らないように、本の内容を意識して声に出して読み始める。

 これも送られてきた本で、以前にも読んだことがあった。

 なのははこのシーンが結構好きだった。緊張感があって。

 それでも。

 口元の綻びと、微かにも赤くなった頬は消せることはない。

 

「――知らなかったのか? 大魔王からは逃げられない!!!」

 

 

 

 11/剣戯。

 

 

 

(逃げ出したいところだが……)

 衛宮士郎は考える。

 即座に「無理か」と結論をつけた。

 目の前に突如として現れた女剣士をどうにかしないと、勝機はおろか逃げ延びる目もでてこない。

(そして管理局の執務官二人――こいつらのデータはあるから、まだなんとかなるが……)

 それでも到底油断ができる相手ではない。

 ティアナ・ランスターと。

 フェイト・T・ハラオウン。

 そして、知ってはいるが知らない剣士。

 士郎は物干し竿を脇構えにして、呟いた。

「次元世界のセイバーに、近接タイプと射撃タイプ別々の魔導師二人か。まったく、これはまたキツいな……」

 

 

 彼女は一見して、高貴な死神のようだった。

 高貴さはその凛とした気高い王のような気品から。

 死神のようなとは、その身の備える戦闘者としての一分の隙もない風格から。

 

 黒い美貌の剣士――

 

 ウルスラ・ドラッケンリッター。

 管理局警防部所属の騎士。

 執務官を四年前に休職して、現在は特務補佐官として復帰。

 古代ベルカ式陸戦[限定]Sクラス。

 ベルカ戦乱期の王族の直系の末裔にして、ベルカ古流剣術の継承者。

 字は〝烈風の騎士姫〟。

 管理局全体を見渡しても五指に入る、最強の剣士の一人であった。

 

 

「ウルスラ補佐官」

 深く呼吸してから、フェイトは鋭く声を投げかけた。

「その男は今回の事件の重要な参考人なんだ」

「――のようですね」

 極端な半身になって立っているウルスラは、剣の切っ先を右手を上げて赤毛の男へと向け、顔を微かに動かして視線を前と後ろをへと何度となく往復させていた。

 こちらも警戒しているのだとティアナは察した。

 どうしてなのか――ということは、さほど考えなくても解った。

 彼女は、ウルスラ・ドラッケンリッターはこの魔導で管理されているこの部屋へと転送されてきたのだ。

 ちらりと士郎からさりげなく距離を離したところに、金髪の少年が少し困ったような顔をして自分たちを眺めているのが見えた。

(ちょっと強引過ぎたか) 

 多分、というよりも確実に、ウルスラというこの補佐官の人は、この少年と何某かの関係があるのだろう。恐らく近所にいる彼女に向かって、いきなり現れた自分たちのことを念話で告げて助けを求めたのだ。

 時空管理局は司法権や行政権を併せ持つ強権組織である。それは次元世界においては僅かな対応の遅れ、些少の組織間の対立などが致命的な問題になりれえたという成立初期の事情が大きい。それだけの力があってなお、管理局が成立して数十年たっても〝あわただしくも一定の平穏を保っている〟という状況をどうにか維持するのが精一杯なのである。現在でも基本的に初期と変わらない強権を有していた。それなのに、あるいはそれゆえにこそ、局員には高いモラルが求められる。

(家宅侵入の上に宣告なしに捕縛……管理局法の内規に完全に違反しているものね)

 ただしそれは。

 

「私は執務官です」

 

 フェイトは言った。

「緊急時の容疑者捕縛に際しては、〝それなりの処理〟をする裁量が認められている」

 そうなのだ。

 管理局の執務官には、緊急事態に遭遇した場合に一定の枠内だが法規を超越した行動をする権限を有しているのだ。

 もっとも、それは本当に限定されていることであって、執務官だからといってやりたい放題という訳では当然ない。それでも一般の局員からすれば天地ほどとはいえないが相当の差がある。捕縛に際しての無警告での魔法による攻撃――なども、そのうちの一つであった。

 それほどに強大な権限を有する執務官になるには、それこそより高いモラルと実力が求められるのだが。

 フェイト・T・ハラオウンはその執務官の中でもトップに有する、エリート中のエリートなのだ。

 彼女が「できる」としたからには、それは即ち法的には問題がない、ということになる。

 とは言っても、いきなりのことに混乱するのは当たり前である。執務官という名乗りだって本当かどうかだってすぐには解りもしない。少年がどうにかしたいと願って、自分の信用できる人間で実力のある執務補佐官を呼ぶのは自然な流れだと思える。そうでなければ自分の大切なものを所蔵している部屋への転送の許可を出すわけがない。ちなみに、あらかじめ少年個人へと念話で侵入の許可を得るという案は却下されていた。管理局員でもない少年にいきなりそんなことをしたら、何か微かにでも不自然な反応を示すに違いなく、それをこの赤毛の男は察知してしまうかも知れないと警戒したためである。

 それと。

「今回はその少年が人質になる可能性も考慮した。その男は、先日に気絶した管理局員に武器を向けた前例がある」

 フェイトの言葉に、赤毛の男はあからさまに嫌そうな顔をした。不本意な認知を持たれたと思ったのかもしれないが、全て事実だ。

 ウルスラは顔を前――この場合は赤毛の男と少年のいる方向――へと顔の向き固定すると、軽く頷いて。

「だ、そうです。ギル。安心しなさい」

 と告げた。

 どうやら、少年を安心させるためにフェイトに改めて言わせたようだ。

「彼女らは信頼していい」

「だけど、姉さん」

「何ですか?」

「…………えーと、できる限りここの所蔵品を壊さないようにしてほしいん……だ……け…ど…」

 ギルといわれた少年の声が尻すぼみになったのは、ウルスラの声に含まれた重みというか凄みと、そしてティアナとフェイトの位置からは見えなかったが、恐らくキツくにらみつけられたからだろう。

 それを示すように。

「それはすでに聞いています!」

 ウルスラはあからさまに不機嫌になった。

「ですから、ここでこうして止めに入ったのです。あなたも少しは私を信用なさい」

「――解りました」

 ギルは溜息を吐いて、赤毛の男に向けて言った。

「そういうことらしいです。短い付き合いでしたね」

「まあ、そういう事情なら、こちらも仕方ない」

 実に殊勝な言葉である。

 それでも赤毛の男は、構えを崩さない。大人しく捕縛を受けようという気がまるでないのは明らかだ。

「念のためにいっておくと、ウルスラ姉さんはベルカ古流剣術の名手ですよ。陸戦の近接戦闘に限定するのならば、ほぼ無敵です」

「ギル!」

 余計なことを言うな――という意味を込めていたのだろう。

 ギルは「すみません」と悪びれずに頭を下げた。

 ウルスラは視線を赤毛の男に固定した。

「……とにかく、そういうわけです。私はベルカの騎士で、後ろの二人の執務官はミッド式の一流の魔導師です。どんな距離でも対応できる面子だ。貴方に勝ち目は万が一にもありえません。大人しく投降してください」

 言った。

 ティアナは微かに安堵の息を吐く。

 果たしてどうなることかと思ったが、形勢は自分らに有利となった。奇妙な魔法で剣を呼び出し、魔導の仕掛けを一瞥で見破るレアスキルらしいものを所有している謎の男だが、これだけの布陣を前にしてはどうにもならないだろう。三十メートル四方のこの狭い空間内では、例えここにいるのがエースオブエース・高町なのはだろうが、烈火の将シグナムだろうが抜け切ることなど不可能だ。

(連携ができるのは私とフェイトさんの二人だけだけど、それならば近接ができるウルスラ補佐官に突撃してもらって、そこから逃げ出したところにリアクションすればいい。古代ベルカ式の騎士と知って真正面から相手する人間なんて、そうそういるわけがないし)

 よしんばあの男も古代ベルカ式の使い手だとして、そうなれば左右からプレッシャーをかければいい。

 それだけで焦燥は募り、動きは鈍るだろう。

(突撃のタイミングを念話であわせてもらって、援護に私から誘導弾を)

 静かに弾頭に魔法をチャージする。

 これで、いつでも仕掛けることができる。

 最善は、この男がここで投降してくれるということだが――。

 待って、とフェイトの念話が聞こえた。

 赤毛の男は微かに目を細め。

「残念ながら」

 

「ここで捕まるわけにはいかない」

 

 男の背後に、再び十幾つもの剣が出現した。

 フェイトが眦を鋭くしたのは、その剣の悉くが先ほどや昨晩のそれとは違い、何某かの強力な魔力を感じさせるものだったからだ。

(本気になった――か)

 こうなれば、

 と魔力の集中を高めようとした時、

(ここは任せてください)

 ちゃり、と剣を八双に構えなおし、黒いドレスの上に黒い騎士甲冑を展開させたウルスラからの念話が聞こえた。目を隠す黒いバイザーまで出している。何処か恐ろしげで、禍々しくすら感じられる衣装だった。

 そして、構えたままに剣を消失させて、名乗りを上げる。

 

「ベルカ古流、正統クイーン・ブレイド――ウルスラ・ドラッケンリッター ――参る」

 

 突撃した。

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 黒い風のようだった。

 瞬く内に間合いを詰めて、ウルスラはその手にないはずの剣を叩き込む。

 衛宮士郎は、それを体捌きと被せるような打ち込みを乗せする形で軌跡を逸らす。

 そこから返すように跳ね上がった刃は、刹那の間もおかずに黒い剣士の篭手を打つ――ことはなかった。

 ウルスラは打ち込みを流されたにも関わらず冷静だった。

 半歩を引きながらの剣を持つ手の左右を返し、自らへの打ち込みを弾く。

 そこからの連撃はさらに加速を続け―― 一合を聞くだけで背筋が冷たくなるような、そんな金属音が幾度となく響き渡った。

 迅く、鋭く、重く。

 触れただけで致命傷になるのではないかと思わせる見えざる魔剣の連撃。

「凄い……!」

 思わずティアナは言葉を洩らしていた。

 幻術とは違うようだが、何かの魔法によって剣は隠されていて、そしてそれを振るう技は当代最高峰ともいえる高みに達しているのだと彼女にも解ったのだ。

 ティアナの直接知る剣技はフェイトとシグナムのそれだ。二人の剣は流派は違えどその境地はともに高く、近接戦闘ではどうあがいてもティアナには到底勝ち目がない。勝つためには工夫がいる。それ故に六課時代も今も研究は絶やしてなかった。無敵の人間などこの世にいない、というのが彼女の師である高町なのはの教えであり、ティアナは愛弟子としてそれを常に忘れず、対剣士の戦法を練り上げている。

 その成果として昨晩の『なのは』らしき剣客に対する幻術の連携があったが、あえなく破られた。

 しかし、それは彼女の幻術遣いとしての癖や技量を知悉しているらしい『なのは』が相手だからであり、ティアナのガンナーとしての対近接戦闘者に対する見識は高い。

 そのティアナの目から見て、ウルスラのこの剣技は二人の元六課出身の剣士と同等の位置にある。――あるいは、それ以上か。

 同じく見ているフェイトの、こちらは念話も彼女の耳に届く。

(クイーン・ブレイド、か。相変わらずの剣の冴えだけど)

 その思念には、だが、何処か訝るようなものが混じっている。

(フェイトさん?)

 どう問い質そうかと思っていたティアナであったが、ウルスラの剣技を、戦いをみている内に、次第にフェイトの疑念の意味が解ってきた。

「………なんで?」

 それに気づき、今度もやはり思わず口に出していた。

 戦いは続いている。

 それは。 

 迅く、鋭く、重く。

 その魔剣の連撃を。

 

 あの男は――凌ぎ続けていた。

 

 ということだった。

 それも、決して真っ向から受けることはない、剣の刃筋を見抜いているかのようにあの日本刀を使って逸らしている。

 ティアナにも、勿論フェイトにもそれがどれだけ異常なのか解っていた。

(ありえない)

 剣の最高峰の、さらにその上などというものがあるとしたら、それは――。

 

 

「――埒があきませんね」

 と呟いたウルスラは、剣を目前にかざすように真上に立て、そのまま姿勢を低くして強く踏み込んだ。

 剣による体当たり――ともいうべき一撃だ。

 床に亀裂が入った。魔導仕込みで強化されたそれを打ち破るのに、果たしてどれほどの威力が込められていたものか。

「くっ」

 ウルスラの剣を、さすがに今度は逸らせなかったものか真正面から受けた士郎は、そこから自ら飛ぶようにして後ろに下がる。受けた物干し竿は鍔から三十センチほどのところから折れていた――と見えた瞬間、消失して、また現れた。

「さすがに、物干し竿では強度が足りなかったか。これで受けきるんだからな。つくづく、奴の剣は怪物だ」

「奇妙な剣技です」

 士郎の呟きを聞いているのかいないのか、ウルスラは構えを解き、独白する。

「流麗にして華美、しかしそこに正しき剣理がない。形無しの我流を才覚を梯子として無理のままに高みに至らせたかのような。最早それは奇剣、悪剣を通り越して妖剣の類でしょう。だが、」

 ――貴方にその剣は似合わない。

 と言った。

「刻み込まれた正しき修練の痕跡が、踏み込みや呼吸に伺える。なのに、今のその剣は、貴方の積み重ねられた修練に相応しいものとは思えない……となると、その剣か――使い手を操る魔導器などというものもあるとは聞きますが、確かに私はそれを折った。その感触を見紛えようがない。そもそもそれには魔力を感じない」

「刀だ」

 士郎もまた、構えを解いた。

「物干し竿と呼ばれている。名工の手になる野太刀だが、所詮はただの鋼の刀だ。特別なのは刀ではなく、元々の使い手の方だ」

「……察するに、貴方は剣を再生し、再生した剣から元々の持ち主の技を再現するレアスキルを有しているのですね」

「…………………」

 無言は肯定であったか、士郎は口を閉ざした。 

 フェイトは小さく頷き、ティアナは息を呑んでいた。

 剣身を再生し、剣技を再現する。

 それは――彼女たちの常識を遥かに絶している。

 しかし、それで先輩執務官は動揺するようなことはなかった。フェイトは士郎の背後に浮かぶ剣に目を向けていた。牽制のつもりか、と呟きを洩らした。

(フェイトさん)

(ティアナ、ここはウルスラに任せた方がいい。一対一の決闘には入り込めないし、それに彼女が切れ目無く仕掛けてくれていたおかげで、あいつはあの後ろの剣を射出できなかったんだ、それと多分、こちらが手出ししたのを感じたら即座に自動射出されるとか、そういう設定がされていると思う)

(しかし、)

(あれはさっきまでのそれとは違うよ。多分、射られたならバリアジャケットを抜ける。魔力が込められている上に、威力調節とか非殺傷設定とかはされてない。対処の方法はないでもないけど、それは彼女とタイミングを合わせないと)

 二人の前で、ウルスラはさらに言う。

「にしても、恐るべきものです。そのレアスキルではない。その刀の本当の主のことだ。溢れるほどの才能を糧に、無闇と刀を振って無上の光明を得たのでしょうが――もしも正しき修行を積めば、剣理だの術理だのを超越した神域の剣境に達していたに違いない」

「……それは、違うな」

 ウルスラは「ほう」と目を細めた。

 自分の言葉を思いもかけない言葉で否定した男の、続きの言葉を持っているようだ。

 凝視を受けている士郎は、僅かにも視線を左右に巡らせている。

 対峙している三人には、彼がどのタイミングで剣を射出しようとしているのか、そのタイミングを計っているのだと解っている。

 いや、

(それだってブラフかも知れない)

 フェイトの思念が伝わってくる。戦闘中は常時接続が基本だった。

(この男は、まともな戦い方をするタイプじゃない……)

 それはまったくティアナも同じ印象だった。

 一挙一動、言葉の一つ一つを何かの策と繋げるような、そういう類の戦闘者だ。

 そして男――士郎は剣を眼前にかざして。

 言った。

 

「これの本物の使い手は、あんた達の上をいく存在だ」

 

「俺の能力では、その全てを引き出すことはできない」

「…………なるほど」

 何処まで本気ととったか、ウルスラは剣の位置はそのままに両手を柄に添え、下段の構えをとった。 

「奇妙なことはもう一つある」

「……………」

「レアスキルだの剣技だのという以前に、貴方は、」

「――知っている」

 ウルスラの声を遮り、衛宮士郎は微かに笑う。

「同じ剣を受けたことがある」

「……………ありえない」

「そうだな。まるで同じじゃない。だが、似たようなものだな。体格と武器が似たものだと、必然と同様の型になるんだろう。似て非なるというのは少しややこしいが、問題はない」

「ほう」

「簡単な話だ。俺の相手をしていたその彼女の剣の方が、あんたより一枚上だという、それだけのことだ」

「戯言を」

 ざわり、と世界が揺れた。

 陽炎のように沸き立つ大気がそう見せたのだ。そして、その陽炎はウルスラの身より発する強烈な魔力が為せるものであった。

 足元に金色の魔法陣が浮かび、バイザーに隠された双眸が同じく金色に輝いた。

「なるほど。確かに貴方は私の剣を知っている。少なくとも近い関係にある流派のそれを体験したのだろう。だが、まったく別の流派ではなく、同じくクイーン・ブレイドの剣脈にある者がいたとして――私に勝ることはありえない!」

 怒号とも咆哮とも呼べる声を受けてなお、士郎は笑っていた。嘲笑のようですらあった。

「正統か。外道の剣に劣りながらも正統を称するのは滑稽だな」

「何をっ」

「これの持ち主は我流外道の剣技であいつの剣を捌いた。借り物の俺の剣技ではあいつの、彼女の剣は防げない――が、あんたの剣は凌げる」

 その『あいつ』とやらが、『彼女』というのが――

 もう一人のクイーン・ブレイドの使い手ということか。

「ありえない!」

 もう一度、ウルスラは同じ言葉を発した。

「正統クイーン・ブレイドの使い手たる私をして届かぬものは。我が祖たる剣王以外にはありえない」

「剣王――か」

 何処か懐かしむような顔を、衛宮士郎はした。

 ――剣王。

 古代ベルカ戦乱期にその名を記す、諸王の一人である。

 というよりも、ベルカにおける最初期の【王】の一人というべきだろうか。

【王】とはベルカ世界で、魔導による改造を受けた人間兵器の名でもあった。

(赤い真竜の魔導器官を移植されたと伝えられるベルカ戦乱時代の、初期の王。彼女はその直系なんだ)

 フェイトはティアナへと説明する。

(聞いたことがあります。あまりにも昔過ぎて性別不詳で、男性名が伝わってるのに剣技の名前はクイーン・ブレイドっていう……)

(その覚え方はどうかと思うけど)

 間違ってはいない。

 無双の剣技と無尽の魔力――そしてもう一つ、無類の異能を以ってベルカ統一に最も近い位置にあるとさえ謳われた伝説の【王】。

 剣王の血統は、後に聖王や覇王の雛形になったという説すらある。

 そんな強大無比な能力を持ちながらも結局ベルカ統一の悲願は果たせず、息子と腹心に裏切られて道半ばにして倒れたという。

 その血とその技と、恐らくはその精神をも受け継いだこの剣士にとって、自分の亜流にある者が己より上にいるなどということは到底許せることではないのだ。

 衛宮士郎は「なるほど」と頷いた。

「そういう繋がりか――」

 なにやらしみじみとした呟きであったが。

(フェイト執務官)

 背中を向けたままのウルスラの思念が、フェイトに伝わったのは同時であった。

(私が出るのに合わせて、巻き込むように打ってください) 

 返事を聞く前に――

 

 黒い剣士は、再び黒い風となった。

 

「――――っ!」

 衛宮士郎はその機を読んでいた。

 そうとしか思えなかった。

 待ち構えたかのように打ち出された魔剣の射出。しかしそれは。

 圧倒的な魔力の弾幕によって悉くが迎撃されていく。

「フォトンランサー!」

 圧倒的な攻撃力を持つ、フェイト・T・ハラオウンの射撃魔法だ。

 一つの弾核から数十発の魔力弾が乱射され、前方にある存在に無差別に叩き込まれていく。

「フェイトさん!?」

 思わず叫んでしまうティアナだが、それはあまりにも無体な攻撃に対してである。

 フェイトとあの男の間には、ウルスラ補佐官もいたのだ。あと少し離れた場所にはギルという少年が。

 攻撃は彼女たちをも巻き込んで叩き込まれたかのように見えた。

 非殺傷設定で打ち込めば、確かに相手に致命的な攻撃を与えずにすむ。しかし、それは必ずしも傷つけないということではない。神経系の損傷などがありえることは指摘されて久しい。確率上は一定の規模を上回る魔力攻撃でなければ、魔力ダメージで傷を負うのは二百分の一以下とされているが、それでも管理局員はめったなことでは仲間を巻き込んで打つという戦法はとることはない。昨晩はよりにもよってスターライライトブレイカーでフェイトを撃とうとしたティアナであるが、あれはそれこそ緊急事態だったからだ。

 果たしてフェイトの返事はというと。

(大丈夫)

 確信に満ちた声だ。

(見て)

 ティアナの視界の向こう側、収まりかけた煙の中で、二人の剣士が膠着状態になっていた。

 黒いドレスの上に黒い騎士甲冑とバイザーを装着しているウルスラの剣を、衛宮士郎はいつの間に取り替えたのか、黒白の短剣を重ね合わせてまっすぐに受けて立っている。いわゆる鍔迫り合いという状況だ。

「やりますね、貴方」

 ウルスラの声には嫌味は無かった。紛れもない賞賛の色がある。

「………」

 衛宮士郎は、無言で干将・莫耶を持つ手に力を込めていた。

 ティアナは唖然としてフェイトとウルスラの両方を見回す。

 見た感じ――いや、どうみても、ウルスラには魔力ダメージの痕跡はなかった。甲冑の構成に綻びは無く、気力体力ともに充実している。あれだけの魔力攻撃の弾幕に曝されてもそうだというのはありえることではない。それこそ、彼女の知る限りでもっとも強固な防御を持つ高町なのはや八神はやてであっても、不可能だろう。

 フェイトはティアナに頷いて、念話を送る。

(彼女には魔力攻撃は通じないんだ)

(それって、AMF――?)

(違うらしいけど、だけど彼女のレアスキル)

 そうなのだ。

 一定以下の魔力攻撃を完全無効化するレアスキル――それこそがかつて機動六課へとウルスラ・ドラッケンリッターをスカウトした理由の一つなのだった。

 かつて機動六課が想定していた敵であるガジェットは、AMFという魔力結合を弱める粒子を撒き散らすことによって魔法を弱体化させていた。そんな相手に対して有効な攻撃力を持つには幾つか方法があるが、ウルスラの能力はその中でもまさに破格といえるものだ。

 AMFの干渉すら撥ね退ける「対魔力」。

 おおよそAAAまでの威力の攻撃を無差別に無効化するのである。

 武装形態をとった彼女を、通常の射撃・砲撃魔法で傷つけることは、理論上ほぼ不可能に等しい。

 現にフェイト・テスタロッサ・ハラオウンのフォトン・ランサーは通じていない。さらに理不尽なことに、ランク以下の攻撃では、どれほどの弾幕で攻撃しようとも無駄となるのだ。それは例えば、フォトン・ランサーをファランクスシフトで一千発と叩き付けようとまったく効かないということである。

 この異能に加え、近接戦闘では無尽の魔力と無双の剣技を以って圧倒して捻じ伏せる――かつての剣王に比肩し得る能力を彼女は持っているのだった。

 それはつまり、同時に彼女は剣王の弱点をも備えてしまっている訳であるが。

 ――今の、この瞬間には関係がない。

 ウルスラはプラズマランサーを浴びながら衛宮士郎へと切り込んだのだ。

 彼は赤い光の障壁を呼び出して光の魔弾を受けていたのだが、それも一撃を喰らって障壁が消失したのをフェイトは見ている。自分のザンバーの受けきったそれが、昨晩より構成している花弁の数が少なくなっていたということにも彼女は気づいていた。急いでいたので構成が足らなかったのか、あるいは。

 衛宮士郎は双剣で受けたままで「トレース・オン」と呟いた。

 背後に出現する剣と剣と剣と剣と剣と剣。

 十二本、今度は魔力は感じない。この状態では集中が足りなくなっていたのか。

「小賢しい!」

 踏み込み、またもや弾き飛ばすと、見えざる剣を大きく後ろに振りかぶる。

 その時、ほどけた――とフェイトには思えた。

 何が解けたのか、上手く言葉にはできなかったが。

 とにかく何かがほどけ。

 剣の姿が現れた。

 

 剣を縛っていたのは竜巻であった。

 

「――轟風一陣!」 

 

 彼女は、剣を竜巻ごと振りぬいた。 

 その一撃は殺到する魔剣を吹き散らし、衛宮士郎を吹き飛ばす。

「風王鉄槌か!――よもや、ここまで」

 プラズマランサーの直撃を食らってもかろうじて亀裂が入るだけで済んでいた透明なケースのほとんどが粉々に砕け、飛び散った。中に飾られていた宝物が宙に舞った。ギルが展開させている結界魔法陣の向こう側で苦虫を噛んだような顔をしていた。

「おおおおおおっ」

 さらにやまぬ風の中、ウルスラは衛宮士郎に切り込んだ。

 黒白の短剣がそれを迎撃し、再び始まった剣の舞が刃音をかき鳴らす。

「そうだ!」

 喜悦すらその顔に浮かべ、ウルスラは叫ぶ。

「王道に非ずして外道にも成らず! 極めるための剣技ではなく、目的のためだけに愚直に積み重ねたそれが、貴方の剣だ!」

「はっ! 聞いたようなことを!」

 二剣をまとめて弾き飛ばされた瞬間に、衛宮士郎の手には物干し竿が出現した。

 背中を見せるほどに振りかぶり、上段から担ぎの面打ちを仕掛ける。

 

「秘剣・虎切り―――」

 

 半歩引いてそれをやり過ごそうとしたウルスラは、さらに衝動的に大きく飛びのいた。

 自分のいた位置を下段からの切り上げの太刀が疾り抜けたのを見た彼女は、大きく眼を見開いていた。

「それが、元の使い手の技か!」

「全然及んでないがな!」

 物干し竿を消しながら赤い剣を取り出し、ティアナの撃ちだした誘導弾を弾き飛ばしながら言った。

「本物は、三つの太刀を同時に相手に当てられた」

「戯言を」

「ウルスラ」

 フェイトがウルスラの横に並ぶ。バルディッシュはザンバーモードに展開されていた。バリアジャケットも簡素化されていた。

「やつは大分疲れてきてる」

「解っています。正直、もう少し剣を交わして見たかったのですが――」

 ここは確実に行こう、と頷きあう。

 ティアナは後ろで片膝を落とし、クロスミラージュを構えた。

 フェイトからの念話が届いた。

(ティアナはそこから、あいつがギルくんを人質にとろうとかしないように見といて)

(了解しました)

 ティアナはどうやら魔導師らしいここの主人であるギルを見た。何か諦めきったような顔をしていた。可哀そうに、と少しだけ思った。

 何発かプラズマランサーの直撃を受けているはずなのだが、魔力障壁でどうにか防ぎきったらしい。フェイトが魔弾を打ち込んだのは、ウルスラのレアスキルを知っていたのと念話か何かでギルのことを聞いたからに違いない。

 そのことが自分に伝わらなかったのは、

(あとで思念通話のコードをウルスラさんに渡しておかないと)

 戦闘の最中に念話などで邪魔をされないように、管理局の局員は識別コードをつけて戦闘中などでは部隊関係者以外の念話をシャットアウトするようにしている。

 ウルスラとフェイトにのみ話が通じているのは、恐らく六課設立時の関係からだろう。

 二人の剣士は確実に獲物を追い込むように間合いを詰めていくのが見える。

 衛宮士郎はギルの方を見たが、それは人質にしようなどと考えている風ではなかった。

(何か確認しているような……なんだろう)

 時折に床の方へと目がいっているように思えなくもない。

 ティアナも確認するが、あるのは撒き散らされた宝物と――弾き飛ばされた剣だけだ。

 ふと思う。

(この剣は、転送でもなく召喚でもなく、創出しているのか。どういう理屈か知らないけど、完全に物質を作り出して、それに付随する機能を使えるとかどんなインチキ。いちいち持ち運びしなくても、必要なときに出したり消したりするからかなり便利な――)

 そういえば。

 昨晩にも、あの現場には一本の剣も残ってなかった。

(………?)

 何かもやっとするものがある。

 弾き飛ばされたそれが消されていないのは、どういう理由なのか。

(――何かの伏線? 例えば、先に出しておいて拾い上げて使うとか)

 違う。

 あの速度で剣を出せるなら、そういうことをいちいちする意味がない。

 だけど。

 だけど。

(何か忘れている気がする――何か、重要なことを)

 ティアナが並列思考で推測を重ねる中、衛宮士郎は「そうだな」と言った。

「色々と聞きたいことはこっちにもあるが、正直、あんた達二人を相手にするだなんてな、さっきの物干し竿の持ち主にも、あいつにも――ああ、セイバーというんだが、あいつにも、難しいだろう」

 本当に、世界は広い――

 フェイトもウルスラも、その言葉にもまったく意識を弛ませることもない。

「貴方はそのセイバーとやらにも劣るのならば、勝てないと自分でも解るはずでしょう」

「まだ投降するつもりはないみたいだけど、これ以上は無駄な足掻きだ」

 士郎は二人に頷き。

 ウルスラの剣を見た。

 竜巻を解いた今、剣の全貌が晒されている。長剣だ。ベルカ式のアームドデバイスとして平均的なシュベルトスタイルの、魔剣。

「……なるほど、ここまで同じで、それが違うとなると、そういうことか。そういうこともありえるのか」

「? 何を言いたい?」

「いや、こういうことだ――」

 ―――I am the bone of my sword

 咄嗟に緊張を増す二人の前で、衛宮士郎は新たな剣を作り出した。

 それは剛毅さと壮麗さを併せ持つ、シンプルな意匠でなお美しい宝剣だった。

 フェイトは何処かで見たことがあると思った。思い出す前に、ウルスラの呟きが聞こえた。

「それ、は――貴方は、なんでその剣を、貴方は、それをどうやって――いや、」

 茫然とした、声。

「カリバーン」

 と衛宮士郎は言った。

 そして。

 

「受け取れ」

 

 ふわりと、

 投げた。

 

「あ」

 

 思わずそれに向かって無防備に手を伸ばしたウルスラを。

 

「危ない」

 フェイトは抱え込み、跳んだ。

 どうして自分がそうしたのか、彼女にもよく解らなかったが。

「あ――」

 ティアナは思い出した。

 あの時。

 最初に、あの倉庫で。

 あの呪文は。

(あの男は、あそこにいたんだ)

 

 

 剣が、爆発した。

 

 

 続けて誘爆するかのように連鎖して床に散らばる剣が爆発する。

 その爆圧はそれぞれが大した規模ではなかったが、数が問題だ。

 四十もの剣があったのだ。

 

「クロスファイアシュート」

 

 そんな中で冷静にティアナは魔法を射出する。空間制圧のための十発の誘導弾。かわせ切れるか、と思ったが、衛宮士郎は落ち着いていた。新たに剣を取り出して、また爆発させた。

 その爆風の向こう側で、ティアナには彼がどうしてか泣きそうな顔をしているように見えた。

 

 

 許さない、とフェイトは思った。

 許せるはずが無い。

 茫然とした顔で、自分の腕の中にウルスラがいる。

 覚えがある。

 目の前で大切なものを失った――そんな顔だ。 

(許さない)

 あの男は、どうしてかあの剣のことを知っていた。

 フェイトにはウルスラがどうしてあの剣を見てこんなに動揺したのか解らないが、ただ、これだけは解る。

 

(あの男は、ウルスラがこうなることを知って、あの剣を目の前で作り出し、爆破したんだ――)

  

 許せるはずなどあろうものか。

 飛行魔法から着地した時にウルスラは目を瞬かせ、現状を認識した。爆発からおよそ三秒というところか。

「ここで待ってて」

「あ、執務官」

 ウルスラが何を言おうとしたのか、フェイトは聞かなかった。

 再び跳躍した。

 あの男は、絶対に捕縛する。

 そして、この人に償わせるのだ。

 

 

「さてと」

 壁際にまで寄った衛宮士郎は、高い天井に飛び上がりながら自分に突進する執務官を見ている。

 見ながら新たに短剣を創った。

 それは、奇妙な形状の短剣だった。

 とても実用に耐え得るとは思えない、曲がりくねった刃物。

 それを逆手に持った士郎は、壁に向かって突き刺した。

「ルールブレイカー」

 煙の向こう側から士郎を見ていたギルであったが、その瞬間に「え?」と彼らしからぬ声をあげた。

 彼には、その剣が突き刺された区画の魔導が、およそ二メートル四方の壁の強化、防音などの処置がしてあった壁が、刹那の時間でただの煉瓦を組み合わせたものとなったのを目撃したのだ。

 そして。

 ザンバーモードで打ち込んでくるフェイト・T・ハラオウンを。

 彼は真正面から受けて、

 

 打ち負けて、壁を突き破って外に吹き飛ばされる。

 

「え――?」

 ありえない事態に彼女が動きを止めたのは僅かに一秒。

 すぐに気を取り直して外に出るが、破片は散らばる中で士郎の姿はない。

「逃げられた――いや、逃がすか」

 飛ぶ。

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

「随分と派手にやってるみたいやね」

 アーネンエルベの何処かのテーブルにつく二人の女性は、差し向かいに座りながら話していた。

「どうやら、賊は逃げたようです」

「へえ、あの二人――三人か。管理局屈指の使い三人を相手に立ち回ってなお出し抜くだなんて、たいしたものやね」

「テスタロッサが追跡に出たようです」

 小柄な方の女性は、コーヒーのカップを口に運ぶ。

「フェイトちゃんなら、問題ないと思うわ」

「ならばいいのですが……」

 何処か悩ましげに言って、長身の女性もまたカップを口元に寄せ、一口含む。

「まあ、シャマルにそのままサーチを任せて……ザフィーラとヴィータにもみはらせとこ。もしもの話、万が一遅れをとることがあるようなら――」

「主」

 言葉を遮り、カップを置き、長身の女はいう。

「私も、行ってよろしいでしょうか?」

「気持ちは解るけど、あかんよ。私を護る人間がおらんようになってまう」

「……すみません」

「ま、フェイトちゃんならなんもないとは思うけど、さて、この事件のキーになるだろう男と、恐らく一緒に活動しているだろう〝高町なのは〟について、これで何かはっきりすればいいんやけどな」

 ぼやくにようにそう言ってから、小柄な女性は窓へと目を向けた。

「なんや雲行きが悪いな」

 一雨きそうだ、と呟いた。

 

 

   転章

 

 

(投影をしすぎた)

 息を荒くしながら路地裏に入り込んだ彼は、全身に走る激痛と熱っぽさに膝を折りそうになるのを耐えながら、それでも駆け足で進んでいく。

 幾度も路地を曲がり、進んでいく。

「ダメだな、これは……だが、つかまる訳にはいけない。高町に迷惑がかかるし。凛――」

 口走った言葉をぬぐうように、拳を唇に当てた。

(弱気になるな)

 自分に言い聞かせ、走る。

 それでも言葉が溢れてくる。

「凛、――、遠坂、――凛、凛、――」

 壁に手を着いた。

 体重を預け、遂に立ち止まった。

「逢いたい」

 言ってから、振り向く。

 雨が降り出す。

 ぽつぽつと。

 その雫は、まだぱらついたものでしかないようだったが。

 かつり、と音がした。

 彼が曲がった向こう側から。

 現れた。

 

 フェイト・T・ハラオウン。

 

 管理局執務官。

 白いマントの通常のBJを展開させて、手にはそれでもザンバーモードのバルディッシュを手に。

 歩いてくる。

 言った。

 

「あなたは管理局法に違反しています。あなたは現在進行中の重大事件について何らかの情報を持っていると思われます。大人しく投降してください」

「……投影、開始」

 呪文の言葉で応えながら、士郎は構えた。

 手にあるのは物干し竿。

 ただの鋼にして、世にあるまじき天才剣士が所有していたモノ――その再現。

「…………」

 フェイトは無言のまま。

 捕縛の魔法を発現させようとして。

 

「待って」

 

 声がした。

 フェイトが振り向いたのは、その声にあまりにも聞き覚えがありすぎるからだった。

 予測はしていた。

 助けに現れるだろうということは、あらかじめ考えていた。

 会いたくはないと、そう思ってもいた。

 路地の向こう。

 薄暗闇の向こう側から。

 

「なのは」

 

 硬く、そして困惑した声をフェイトは出した。

 そこにいたのは、黒い衣装を着た、黒い小太刀を両手に持つ。

 短く襟首で髪を切り揃えた娘が。

 

 高町なのはが、そこにいた。

 

 

 

 

 つづく

 

 

  

 

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