Over the lights・Under the moon(なのはと型月クロス・改訂版)   作:くおん(出張版)

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13/無刀。

「方向はこちらであってますか?」

「もう一つ向こうの区画ですよ」

 ウルスラの問いに、空間に地図を表示して確認したギルが答える。

 二人はティアナを送り出した直後に街に出ていた。

 座標が解っているのならば、何故二人は同じく転送魔法を使わなかったのか。

 その理由は二つある。

 一つはティアナが送り出された直後に結界魔法によって空間が閉じられたということ。結界魔法はデリケートであり、結界の中への出し入れというのは、極端に安全性が低くなる。あまり奨励されることではない。それは防御・転送系のスペシャリストであるギルにしてもそうだった。

 もう一つは、彼の手を引っ張って街を走っているウルスラである。

 狭い場所での陸戦、という状況下でならばこのベルカ古流の剣士の力は十全に発揮されるだろう。ティアナではなく、ウルスラの方を転送するのが理にかなっている。しかしフェイトはそうするようには指示しなかったし、ギルもそうしなかった。当のウルスラもそれに同意した。

 フェイトがティアナを指名したのは、ウルスラが先刻にエミヤに仕掛けられたトラップで神経が消耗しているということもあるのだが。

「こんな時に飛行魔法が使えたならば……」

 ウルスラは歯噛みした。

 そうなのだ。

 彼女は飛行魔法が使えない――。

 いや、もっというのならば、武装形態をとっている間のウルスラ・ドラッケンリッターは、内力作用の魔法以外はほとんど使用できない。そればかりか、彼女に対して使用される補助魔法ですらもが無効化されるという始末だ。

【剣王】の家系が保持する「対魔力」は、悪意のあるなしに関わらず、無差別に魔力干渉を拒絶してしまうという欠点があった。

 これこそが【剣王】が理不尽極まりない能力を有しながらも、結局はベルカの天地を平定し得なかった決定的な理由である。伝承や物語としてはさまざまな内政面の問題も取り沙汰されているのだが、それらも【剣王】が補助魔法を万全に受け入れられたのならば解決し得ただろうというのが定説だ。

 飛行・転送などの移動魔法を使えないのならば、その戦力としての運用はどうしても限定的なものにならざるを得ない。【剣王】の行動を封じるために敵国は叛乱工作を仕掛け、その解決に時間をとられてしまったらしい。【剣王】の主な戦歴の後半はほぼ内戦鎮圧であった。

 さすがにウルスラの代になると、武装形態をとらない限りはそのようなことにはならないのだが、それでもやはり限定的な活動しかできない。

 彼女が管理局屈指の剣の腕前と攻撃力を持ちながらも、一支部での執務官に甘んじ、なお陸戦〔限定〕Sクラスというランクにとどまっているのは、そのせいである。

 先ほどに宝物庫に転送した時はギルが射出のタイミングを計っていたから非武装の状態での転送ができたが、裏路地で魔法が飛び交っているであろう戦況に同様のことはできない。

「とりあえず急ぎましょう。結界の強度がとれほどのものであれ、姉さんだったら突破は可能でしょう」

「ですね」

 頷き合い、駆け出す。雨の中で人通りがまばらになっているということもあって、二人は尋常ではない速度で移動できた。陸戦だけしかできないとはいえ、ウルスラの移動速度は生半ではない。ティアナを転送してから三分とたたずに現場の近くにまできている。

 ウルスラに手を引かれているギルも、足元に青白い三角のベルカ式の魔法陣を展開させて彼女に付き合っていた。浮遊、そして飛び散る泥や雨の雫などから身を守る魔法だった。

 彼女が走るだけで、かなりの水がはねてしまう。

 ギルは「そこで曲がります」と指示しつつ、掴れた手を見ている。

「ここですね」

 と路地裏の入り口に立ったウルスラは、ギルの手を引いてたのを離し、剣を展開させた。

 すぐさまそれの姿が消えていくが、それは彼女の魔法で光の屈折率を操作したためである。どういう訳か、彼女は両手で接触したものに対しては魔法で干渉ができる。足の裏も同様である。いかなる事情でそうなっているのかよく解らないのだが、そうなっているのだから仕方がない。

 ギルは慎重に進みだした姉の背中と、さっきまで自分の掴まれてた方の手を見比べていたが。

「ねえ」

 と声をかけた。

「どうしました?」

 足を止めず振り返るウルスラに。

「本当に、ランスロットが生きているとか、姉さん思っている訳?」

 そう聞いた。

 ウルスラは押し黙ったが、やがて。

「執務官にはああいいましたが……」

「自分でも、信じてないんだ」

「――生きていてほしい、とは思っていますが」

 望み薄だ、とウルスラは思っていた。反則じみた精度で答えを探し出す彼女の直感が、ランスロットはもういないのだと彼女に告げていた。生きているような気がする、というのは願望でしかなかった。それは仕方のないことだった。ランスロットは彼女にとっての最初の伴侶だった。最初の恋人だった。最初の男では、なかったけれど。

 ギルは姉の顔を見ていたが、やがて歩きながら溜息を吐く。

「結局、今回の事件の担当に加わるの? いくら姉さんが支局で最上位の戦闘者とは言っても、身内が亡くなった事件にはあまり加わらない方がいいと思うけど」

「それは――」

 管理局の方針というか、内部規定である。被害者の身内に関係者がいると冷静に対処ができにくくなるという、常識的な話であるが。

 ただ、管理局は基本的に人手不足でもある。原則は破られるものでもある。ことは第16管理世界でも未曾有の大事件でもある。彼女のところに話が回ったのも、非常識ではあるが不自然というほどでもなかった。結局、支部全体で対処せねばならない羽目になるのは明白だからだ。

 しかし、ウルスラ・ドラッケンリッターはそのような事情を口にするようなことはなかった。

 目を閉じて、前へと向き直る。

「もしもランスロットを手にかけたものがいるのならば、それは私が仇を討つべきだと思います」

 少年は「管理局の仕事に私情を持ち込むのは、どうかなーって思うけどね」と小さく呟きながら。

「まあ、姉さんの好きなとおりにするといいよ」

「……ありがとうございます」

 歩きながらも俯く。どのような表情をしているのか、ギルには見えなかった。見せたくないのだろうと思わせた。

 だが。

 やがて彼女は顔を上げ。

「では、今夜は一緒に寝てくれるということですね。楽しみです。久々ですからね。ずっと男日照りの体をもてあましてましたから」

「いーけどさー……」

 そう答える少年の口元は、しかし苦笑の形に綻んでいた。

「けど、姉さんは新しい恋人はどうするの?」

「―――恋人?」

 再び振り返る。ひどく意外なことを聞いたようだった。

「忘れてたけど、ネヴィから姉さんに新しい同居人ができたみたいだって聞いたよ。今度は黒髪の女だって」

「……それは彼女の勘違いでしょう。ネヴィは、あの子はちょっと思い込みが激しい」

「それで別れたんだっけ?」

「他にもありますけどね。彼女は道具だけでなくクスリも使う趣味だったので、ちょっとついていけなくて……」

「クスリ」

「合法ですよ」

「みかけによらないね……」

「あと、私でも引くくらいのハードプレイが好きでしたね」

 また前へと向き、時間をかけすぎたとすたすたと進んでいく。

 ウルスラ・ドラッケンリッター。

 伝説の【剣王】の末裔にして、管理局執務官補佐。

 そして、バイセクシャルだった。

 

 やがて十数秒ほど歩くと、二人は空間を遮る魔力の障壁へとつきあたった。

 

「これは……仕方ありませんね」

 ウルスラの目が、姿を消している自分の手の中にあるはずの剣へと向けられた。

 どうしてか、悼んでいるようにギルには見えた。

 

 

 

 

 13/無刀。

 

 

 

 

(このままでは勝てない)

 フェイトは戦いながら、それを実感していた。

 獣王手――それを彼女が使えるのは、無限書庫の司書長であるユーノと使い魔のアルフ、そして八神家のザフィーラの協力があってこそである。

 無限書庫の映像ライブラリから獣王手の解説マニュアルを見つけ出したのはユーノであり、それをアルフは直感的にフェイトに役立てることだと察し、技術の再現に幾つかのベルカ古流を知り、断片的にも獣王手に見識を持つザフィーラに協力を要請したのだった。

 当時の、JS事件の直後のフェイトは狭い場所での戦闘により効率よく対処できる方法を模索していた頃で、いまや誰も知らないというベルカ古流は、執務官の隠しスキルとしても充分以上に条件を満たしているように考えられた。自分が素手の技を心得ているなどとは誰も思うまいし、それが幻の技であるというのなら、相手も対処のしようがないだろう――ということである。

 だが、ベルカ古流、それも真正のそれとなるとフェイトの手には余るものだった。近代ベルカ式でのエミュレートをするにしても、フェイトが今からそれを身につけるとなれば膨大なリソースが必要となり、職務を果たす余裕がなくなるという本末転倒な事態に陥る。

 結局、戦闘法の基本として現在の近接戦闘用のミッド式魔法を流用しての格闘戦ということになった。

 それが急ごしらえのものであるというのは承知の上で、そうせざるを得なかった。

 今朝にティアナも言っていたが、隠しスキルは隠しスキルであり、隠して不意を撃つように使うというのが理想である。本式のストライクアーツの上位選手とやりあう必要はない。自分は長大なデバイスがなければ戦えないと思っている相手の数瞬の油断をついて突破口を作ることが目的である。

 こんな、今の『なのは』のような格闘戦に長じた相手と真正面から戦うことは想定していなかった。

 総合的に判定して、フェイトの現在の格闘戦のスキルのランクはストライクアーツ選手としては都市戦上位に入れるかどうかである。徒手での連携の技術には未だ不慣れであった。技と技の繋ぎ目に微かだが綻びがある。結局は慣れの問題だが、それを驚異的な集中力でカバーしているというのが現状だった。しかし、慣れてないということは消耗が激しいということであり、早晩に破綻することは目に見えていた。

 かといって。

(こちらが焦って突っ込めば、八卦掌の餌食だ)

 フェイトの私見では、徒手格闘戦は大雑把に二種に分類できる。

 相手に対して正面から入るか。

 相手に対して側面から入るか。

 その二つだ。

 つまり、正面からガードを崩して攻めるか、側面からガードの死角を狙って打ち込むかである。

 八卦掌の戦闘法は変転自在であって、これと決め付けるのは難しいのだが、多くが相手の死角に入り込もうとするもので、単純に打撃を出しても軽くいなされ、最初のように脇だの背中だのを打たれてしまうだろうことは目に見えていた。

 そうされないためには飛び込むのではなく自分の距離を保って下半身にローキックなどで足を止めるのが有効である。ほとんどの古武術ではムエタイ式のローキックへの防御法は未熟なのが現状だ。

 しかし、それとてもこちらの反応が寸秒と遅れたらたちまちのうちに密着戦にもちこまれ、防御を無効化されてしまう。

 独特の歩法と近接の戦闘技術が古流の武術には存在する。

 それを実戦で可能にできる達人などはほとんどいないが。

 この『なのは』ならば、それができると思われた。

 だから、フェイトは今もヒット&ウェイの方式で攻撃しては離れてということを繰り返しているのだった。

 本来の獣王手のスタイルでは相手を猛烈な攻撃を防御の上からでも仕掛けて後退させ、反撃の暇も与えず打ち倒し、組み伏せるのが理想とされている。

 それをしないのは、最初の一撃をいなされてからのコンボを警戒してのためであるが……。

(三次元の空間をフルに使って、上下から攻めたらいけるかと思ったけど)

 壁を足場にしてそれに対処するというのは、このAMF散布下の状況では考えにくい方法だ。フェイトは壁を蹴って跳躍を繰り返しているだけだが、『なのは』は明らかに壁に立ち、歩き、走っていた。あるいは魔力以外の方法を使っているのかもしれない。

(とにかく、一瞬でも動きが止められたら……)

 やりようはあるのだが――。

 ティアナの援護を頼もうにも、この状態ではさすがにあの子がどれだけ優秀であっても無理だろう。

 いや。

 フェイトはたんっと『なのは』を置いて頭上に飛んだ。

「――――?」

 初めて、『なのは』の表情に疑問が浮いた。

 ここでフェイトがわざわざ上のポジションをとろうとする意図が読めなかったのだ。

 フェイトはビルの屋上ぎりぎりのところで、『なのは』のように壁に立った。立ったように見えた。

 それは、慣性の果て、運動エネルギーが尽き、一瞬の静止状態でしかないのだが。

(ティアナ!、今!)

 

「クロスファイヤーシュート!」

 

 誘導弾の射出。

『なのは』は目を見開いた。

 フェイトの跳躍からのヒット&ウェイは、実のところ運動エネルギーの都合もあってごく狭い範囲で繰り返されていた。あまり時間をあけると『なのは』に詰め寄られる可能性も考慮していた。

 その連続攻撃の前には『なのは』は当面防御に回るしかなかったのだが、それはティアナからの支援の齟齬も同時に起こしていた。あまりに近距離での高速機動の連続は、さしもの凄腕のガンナーである彼女とても対応しきれるものではなかったのだ。さらに『なのは』はそれを見越した上で壁から壁へと移動していたようでもある。なおさらどうにもできなかった。

 そして、今、フェイトは一気に距離を広げた。

『なのは』がここですべき選択は、ただちに移動することであった。

 フェイトが大技を仕掛けることはすぐに解る。それを黙って受ける馬鹿はいない。しかし、フェイトからの距離を離すということは、ティアナの攻撃を受けるということであった。

 すでに最初の打撃から回復したであろう、ティアナの。

 

 ティアナ・ランスターの弾丸は、いかなる相手をも逃しはしない。 

 

 師たる高町なのはをして及ばずといわしめた魔力の弾頭の速度は、まさに魔弾というべきだ。

 あるいは、この近距離でさえも『なのは』ならば防御してのけるかもしれない。

 だが、すでに落下速度を加えつつ攻撃動作に入っているフェイトは、その防御の一瞬を見逃さないだろう。

 回避運動に入ろうと同じことだ。誘導弾は何処までもおいつめてくる。そしてそれは、BJだろうとも容易に打ち抜く硬度があるのだ。

(どうでる――?)

 すでに詰めたという状況でなお、ティアナは気を緩めていない。彼女は高町なのはの弟子であり、管理局屈指の執務官であった。

 その彼女に油断はない。

 相手が『なのは』ならばなおさらだった。

 そして。

『なのは』はいかにしたのか。

 両掌を前に突き出し、魔弾を受け止めた。

 そう。

 受けて、止めたのだ。

 まるで、魔法のように。

 そこからの『なのは』の動きはさらに信じ難いものだった。受け止めた魔弾を両掌に挟み込み、そのまま舞うようにその場で転身した。

「ティアナ!」

 フェイトが叫んだのは、『なのは』の手より放たれた魔弾が七つに分かたれ、自分とティアナにそれぞれ弧を描くかのような軌道で襲い掛かったからだ。左手の指をを壁に立ててスピードを殺しつつ、自分に向けられた四つのそれを執務官は右手の一振りで丸ごと消失させたが、それは彼女がその技を知っていたからだった。長年の経験で聞いたことがあり、見たことがあったからだった。故に、知らずに「返された」時、どれほどの動揺を生むのかもフェイトは知悉していた。

「くっ」

 果たしてティアナは先達の危惧したとおりに面食らいはしたが、冷静に対応した。クロスミラージュから魔力の刃を出し、自らに向かう弾丸を打ち消した。

 フェイトはその様子を見ながら、『なのは』を凝視する。

(今のは真正古代ベルカの一技――〝旋衝波〟の応用か)

「〝旋断撃〟」

〝旋衝波〟は打ち込まれた魔力弾を一旦受け、そのまま受け流して相手に返すという真正ベルカ古流の防御技として高名な技である。魔法による反射ではなく、魔力を篭めた手で「受け流す」ことは理論上には不可能ではないとされるが、よほどの使い手でも実戦で使用するのは困難であると言われる。

〝旋断撃〟とは〝旋衝波〟の応用で、弾殻を分断した上で返す技なのだろう。弾殻が壊されている以上は当てられても大したダメージにはならないが、増やされて返されるというのが現代の魔法ではありえない技である。仕掛けられた相手は混乱することが必至だ。

 現にフェイトすらも必殺の機を失ったかのようだった。

『なのは』は壁に指をたててブレーキをかけたフェイトに向いて、猛烈な速度で駆け出す。

 一気に密着して勝負を決めるつもりだというのが解った。

 そして、今のフェイトにはそれに対処がしようがないように思われた。

 いや。 

(ここまでは想定の範囲内―――)

 何らかの手段で、どうにかティアナの攻撃を切り抜け、自分に向かってくる……程度のことまでは考えていた。

 よもやそれが真正ベルカの絶技であるとは思っていなかったが。

 こちらに向かってくるというのなら、むしろ好都合だった。

 しかし、『なのは』の速さは尋常ではなかった。

 フェイトの表情が緊張で強張った。

 恐怖を感じているように見えた。

 事実、彼女は恐怖したのである。

 

『なのは』を殺してしまうことに―――。

 

 全身に変換された電流が蛇のようにのたうった次の瞬間、フェイトは右手を横に伸ばした。

 そこに、集まる。

「―――!?」

 驚愕が『なのは』の顔に浮かんだ。

 何がおきてるのか、完全に予想外だという風であった。

 光る蛇が執務官の右手に集約し、そして。

 

「雷光電撃―――Lightning Bolt!」 

 

 振りぬかれる。

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 魔力変換資質――というのは、そう珍しいものではない。

 要するに体内の魔力を術式を経過せずに物理エネルギーに変換してしまう体質のことであり、フェイトのような電気変換は同じ元機動六課のエリオも持っている。単属性ではなく、炎などと同時に持っている者もいる。重ねて言うが、決して珍しいものではない。

 だが、それでも。

 高濃度AMF下において、体表から発したばかりの分解される前の魔力を用い、一点に集めるというのを戦闘の最中に行うということは尋常ではありえなかった。

 派生効果をぶつけるというのは、対AMF戦闘での基本である。基本であるが、変換資質でのそれを細密に制御して使用するということはそうそうあることではない。彼女の場合は電気の誘導にサンダーアームの魔法も使用していたが、この状況において訓練でも人間相手に使ったことがない技を繰り出すということは、ほとんど賭けに等しかった。

 何故、人間相手に使えないのか――というのは、この手の派生効果をぶつける技では威力調整が難しいからである。魔力ダメージでさえも神経系の障害の危険があるといわれる中で、こんな物理攻撃を人間相手に使うというのは倫理に反するし、何よりも管理局の執務官としての理念に反する。

〝無傷で相手を制圧する〟というミッド式は、そのようなコンセプトがあって発展したという歴史を持つ。

 これを「覚悟が足りない」などと揶揄する意見もあるが、「殺さずに相手を制圧する」ということはただ殺すことよりも遥かに難しいことは論ぜずとも解ることである。ミッド式の使い手たちに言わせれば、簡単にだされる「殺せばいい」などという言葉には、覚悟云々以前に「己の能力の未熟を囀っているだけだ」となる。もっとも、ミッド初期の〝魔弾使い〟と称されたある魔導師は「一番強いのが殺す気のある馬鹿だなんて、ロマンがないでしょ」といっているのだが、案外とそれがミッド式の理念の原点かもしれない。

 とはいえ――

 常に魔力ダメージのみを使うこと、というのは現実には不可能である。状況によっては時に過酷な選択を管理局の魔導師は求められる。原則として人間相手に物理攻撃は使用しないということになっているが、それは「例外はある」ということでもあった。

 今のフェイトが、その選択した直後である。

 雷撃というのは人間相手にはBJを着用していたとしても気軽には使えない。物理作用のそれならなおさらである。電圧をどの程度まで絞ればいいのか、ということがまず解らない。BJによって大半のそれが遮断されたとしても、むしろ電流はそれほど強くない方が危険だという説すらあるのだ。高電圧の雷を受けても体表で弾かれて火傷を負うのがせいぜいであるが、そこそこの電流の方が心臓にまで伝わって止めてしまうことがあるともいう。相手のBJの程度によってはそうなる可能性は常にあった。そのあたりは経験によって判断するしかないのだが、万が一を考えると訓練で試せるものでもなく。

 しかし、瞬間的にこのAMF下で間合いを外しての攻撃となると、他に手はなかった。

 ティアナやファーンのように、高濃度AMF下を想定した射撃魔法というものを、フェイトはそれほどもっていないのである。近接の格闘戦でそれらを展開するのも無理があった。

 それゆえにとった手段が、この雷撃だ。

 そして、それは見事に図に当たった。

 

「―――――ッッッッ!」

 

 悲鳴を噛み潰して、しかし直撃を食らった『なのは』は足を踏み外して落下していく。

 フェイトの動きに不審を感じて回避行動に出ようとしたのは見えていた。しかし、雷撃の速度には及ばない。その上に、指向性をもたされて放たれたとはいえ、雷撃の軌道は不確かであり、もっといえば効果範囲内にいるのならば少々距離をとっても無駄であった。

 煙を上げている『なのは』を、再び指を壁にたててスピードを殺しながら目で追ていくフェイトは、

 

『なのは』の目を見た。

 

「――――――――――」

 

 フェイト・テスタロッサ・ハラオウンは、その目を知っている。

 かつて何度も見た眼差しだった。

 十年以上も前に、敵として立ちはだかった少女があんな目をしていた。

 倒しても退けても。

 どれほどのことをしても、少女はその目をして、何度も何度も何度も、前に出てきた。

 今も、思い出すたびに胸を焦がす。

 砂糖菓子のように甘く、恋のように苦く。

 地獄のように熱い――

 

 折れない。

 あの目をした者は、決して折れたりしない。

 いや、折れたとしてもまた立ち上がる。

 

 何処かの武人が言っていた。

 

 不屈とは決して折れない者のことではなく――

 

 

 折れてなお、立ち上がる者のことだと!

 

 

『なのは』の足が再び壁についた。摩擦熱で煙を上げる。いかなる手段か、接地していくのが解る。

 まだ意識がある。

 

 その時、フェイト・テスタロッサ・ハラオウンは、執務官としての義務ではなく、母のためでもなく、友のためですらもなく。

 初めて、自分自身の脅威としてこの相手を打ち倒さねばならないと決意した。

 

「―――――ッ」

 

 叫ぶ。

 駆ける。

 

 落下速度に自分の加速もかけて、フェイトは右手を振り上げた。

 この時のフェイトの脳裏には、友のことも娘のことも家族のことも、何も残っていなかった。

 ただ、この『敵』を倒すためにどうすべきか、それだけのことしかなかった。

 

 力の位置を感じ取る。

 日本武道でいう臍下丹田――へその下の三センチのところにあるとされる仮想の器官から無限の力を引き出して上体を捻り、練りこむ。

 そして『なのは』にまで接近し。

 

 躊躇うことなく、胸の中央へとその掌を叩き込んだ。

 

 古代ベルカの各流派には、独特の打撃法が存在するという。例えば覇王流では足先より練りこんだ力を拳脚より打ち出す技術を総じて「断空」と称する。他にも体幹を振るわせるなどのさまざまな技法がある。

 獣王手では「螺穿」、あるいは「螺閃」といわれている。

 体の中央である腰、あるいは下腹部より力を引き出し、体内を螺旋させて打ち出す技だ。

 伝説に残る獣王は、その掌で竜巻の如き衝撃波を作り出すことができたとされる。

 フェイトが型として知る獣王手の中でも基本にして奥義。

 

 ―――獣王螺閃掌

 

 別名を。

 

 

「獣王壊神撃ッッ!」

 

 

 神に挑むために作り出されたと称するベルカ古流の、その中でも最大威力を誇る超絶の打撃技。

 使い手としては未熟ながら、執務官として優秀な魔導師であるフェイトが全霊を以って打ち込むそれはまさに渾身の一撃。

 この打を受けて無事でいられる存在など、おおよそ次元世界には存在しないようにすら思わせた。

 

『なのは』の体が打たれてから錐揉みしながら落ちてく。

 

 フェイトは、しかし。

 

(――――!?)

 

 ぞくり、と肌が粟立った。

 

(この感じは――)

 

 何がおきているのか、何がおきるのか、そんなことはまるで解らない。

 ただ、解る。

 

 ――まだ終わっていない。

 

『なのは』の足が、みたび壁に張り付いた。

 

 そこから伸ばした前蹴りを、咄嗟にフェイトは避けた。

 八卦掌とは違う蹴りに、しかし何故かフェイトは既視感を感じた。

 それが何かを思考する前に。

『なのは』の手が伸ばされているのが見えた。

 横に伸ばされた腕は左。

 なのはの利き腕だ。

 

 フェイトは見た。

 その左腕に力が集まっているのを。

 回転しつつ自分に打ち込まれて打撃エネルギーをいなし、フェイトと同じく体の中心から引き出した力も合わせて、捻り込んだそれは―― 

 

(――獣王手!?)

 

 螺旋を描き、捻り込まれた掌。

 

 フェイトは両手を重ねて防御する。

 しかし、それは気休め程度のものだと彼女にも解っている。

 

(これは―――ッ)

 

 耐えられたのは、一瞬だ。次の瞬間には猛烈極まりない威力が彼女を撥ね飛ばし、刹那の後に背中に「熱さ」を感じた。壁に激突したのだと気づいたのはそのコンマ2秒後。その間、意識がブラックアウトしていたのだ。魔導が仕込まれて強化されているはずの壁が砕けるのを背中の感触で知った。

 そして、フェイトは、

 

『なのは』の唇が紡ぎだした言葉を、確かに耳にした。

 

 

「獣王、通魂撃」

 

 

 相手の攻撃を受け、〝旋衝波〟の要領で「螺閃」と共に相手に打ち返す――獣王手の中でも高難易度の技だ。

 フェイトではまだ使えない。使えたとしても、それはもっと直線的でシンプルな攻撃に対してであろう。記録にある限りでは伝説の獣王以外では実戦で使用した例はほとんどない。

 それを、よもや最大威力を誇る螺閃掌を相手に仕掛けるとは――

 

 

 ……二人が着地したのは、ほとんど同時だった。

 撥ね飛ばされたフェイトの方が何十分の一秒か遅かったようでもあるが、ティアナにはそれほど大差は感じられなかった。着地した『なのは』はさすがにダメージの全てを返せなかったのか、そのまま片膝を落として蹲る。フェイトは力なく倒れている。

「………ッ」

 ティアナが逡巡したのは一秒となかった。 

『なのは』とフェイトの中間の位置から、上司を庇うように立ち、被疑者へと向かう。

 そのまま声をかける前に捕縛魔法で動きを封じ込めようとした、まさにその瞬間に。

 

『マスター、時間ですよ♪』

 

 昨日も聞いた声だった。

「――――!?」

 咄嗟にクロスミラージュを構えたのは、この後に起きることを予感していたからかもしれない。

「……ルビー、アサシンモード解除……イバーに」

『なのは』の声がすると、彼女の体を包んでいたBJが輝き、それは全身を覆った。

 そこで反射的に打ち出された捕縛魔法だが、立ち上がりつつ抜刀した『なのは』の刀によって、切り裂かれた。

「…………その姿は」

 昨晩見た、白いBJに髪をおさげにした、刀を装備とする魔導師の姿だ。

 しかし、ティアナの目が見開かれたのは姿が変わったためではない。モード変換による容姿の変化は普通にあるものだ。

 彼女が恐怖とも驚愕ともつかぬ感情を覚えたのは、『なのは』の顔から疲労の跡がまったくなくなっていたからだった。

 いや、それと。

(……顔つきが、全然違う……)

 人は、人の顔を印象で記憶する。

 先ほどまでの黒い『なのは』とこの白い剣士の『なのは』とでは、まったく違っていた。昨晩の夜の中での記憶では自信がなかったが、今の明るさの中で、ついさきほどまでのそれと比較したら解る。変身魔法を使わずに、まったく別の人間に変化してしまったとしか、彼女には思えなかった。

「あなたは……一体……?」

 本当に、なのはか、そうでないのか。警告もだせないし攻撃も仕掛けられない。

 そのティアナの背中の向こうで。

 

「…………解除」

『――Yes sir』

 

 声がした。

 フェイトの声だ。

 ティアナは振り向くことなく確信できた。

 高町なのはが不屈というのならば、フェイト・テスタロッサ・ハラオウンもまた不屈だ。折れようが倒されようが、収束砲を食らおうが、それでもなお立ち上がり、戦場へと舞い戻る彼女をして不屈と呼ばねば、誰をそう呼ぶというのか。

 しかし、解除とはなんのことか。

(まさか、純魔力攻撃の設定を解除したなんてことは……)

 振り向けない。

『なのは』から目を離せないし、フェイトの方を見るのも怖い。

 ミッドの魔導師として、特殊な状況でもなく非殺傷設定を解除するということは、自らの理念を捨て去るということだ。怒りのあまりにそれをするなどということは、あってはいけないことだ。誇りを捨て去り、衝動のままに戦う魔性と化すということだ。

(ありえない)

 だが。

(―――だからこそ、ありえる!)

 こと『なのは』が敵としてたちはだかるという状況においては、何がおきるか解らない―――

 

「ザンバーモード」

 

 と声がティアナの真上からした。

 するり、と棒高跳びの背面跳びのように、ぎりぎりの高さでフェイトが跳躍していた。手に持つのはザンバーモードのバルディッシュ。先ほど直接AMFの塊を叩いた時とは違い、今の濃度でも展開そのものは可能だった。狭い場所で使わなかったのは、長柄が不利だと思ったからである。その手にあるのは、黄金のような光の刃だ。

 その刃が非殺傷設定で相手に打ち込まれたのなら、例えBJを展開していようとも真っ二つになることは避け得ない。

 ティアナは驚愕したままに自分の真上を通ったフェイトが、

 魚が水中で身をよじるように捻りをいれた時、

 顔が見えた。

 

 笑っていた。

 

 微かに、だが確かに笑っていたのだ。

 それはティアナを安心させるためにそうしたのだろう。

 魔力設定の解除は、ブラフだ。

 全身に残るダメージと魔力残量からして、これ以上の近接戦闘を『なのは』に挑むのは到底無理だとフェイトは考えた。相手のスキルは未だ未知であり、どれほどのものを残しているのか解らない。対する自分には、もう実戦で使えるレベルの、『なのは』に対抗できるような隠しスキルはない。こまごまとした技はまだいくつもあるが、所詮は小細工だ。

 ならば、もう自分にできるのは不意打ちしかない。

 上手い具合にティアナが自分の姿を隠してくれている。

 そして咄嗟に魔力設定の解除を指示し。

 長年の相棒であるバルディッシュは、フェイトの念話を受けて正確にマスターの意図を受けた返答を返した。

 ミッドの魔導師が感情に任せて腹いせに制限解除をするということは、ごく稀にだがある。

 そして今の状況は、それをして不自然ではないように思われた。

 自分が魔力設定を解除したと聞いたのなら、相手は一瞬だが緊張するだろう。上手くすればティアナのように困惑するかもしれない。そこまでは期待できないが、もし受けて死ぬかもしれないという攻撃が自分に打ち込まれるというのは、相手に緊張を強いる。逆に言えば、非殺傷設定は相手も死なないとわかっているので態度が悪くなるということでもある。そういう意見も事実あるのだ。

 フェイトは現場を幾つも経巡り、それらのシチュエーションをあまねく経験していた。

 つい先刻にも、あのエミヤという青年も同様の手を使った。

 相手の精神を緩ませる、あるいは緊張させて攻撃する。

 人間としてあの手段は許せなかったが、執務官としてはその手段を是としていた。

 他にもう手がないということもあるが――

 

 フェイトの光の大剣の一閃は。

 

『なのは』は刀を消した。

 

 フェイトの体が震えた。

 

(―――――ッ)

 

 咄嗟に武器を消すことによって、こちらの動揺を誘うつもりか――

 その時のフェイトは、そう思った。

 自分と同じ手を使うのか。

 違っていた。

 

『なのは』は両手を軽く左右に伸ばした。

 真横というほどの高さでもなく。およそ45度ほどの角度に。

 指をぴんと伸ばして。

 

 フェイトは躊躇わなかった。

 

 大剣は――振り下ろされ、

 

 

 次の瞬間には、彼女の体が再び壁に激突する。

 

 

「フェイトさん!?」

 

 ティアナが叫び、駆け寄ろうとした時、目の前で『なのは』はフェイトから奪ったバルディッシュをぽいと投げ捨てた。

 あわてて受け止めたティアナだが、顔を上げたときには、もう『なのは』の姿は消えていた。

 

 

 五分と十八秒。

 後にバルディッシュが告げた、『なのは』の登場から消失までの、それがこの戦いにかかった時間である。

 

 

 

 

 

 転章

 

 

 

 

 

「あれは――無刀取りか」

 つい数秒前まで戦場だった地上を見下ろし、二人の影の一人が口にした。

 褐色の肌をしていた。

「だな」

 もう一人、小さな赤い影が言う。

「柳生流のだ。石舟斎がしてみせたってやつ。演武ではしゃがんでっけど、あれは立ってるな」

「空戦を前提としているのだろう。そうなれば、自然と目付けも変わる。あの高町は剣術に空戦もできると見える」

「……そうなるか」

 二人はそれから少しの間沈黙していたが、

 やがて。

「――どう見る?」

 と赤い影から聞いた。

 褐色の男は腕を組み。

「……恐らく、モード変換によってスキルまで変えることができるロストロギアか、その類のものを使用しているな。あらかじめ登録されているモードがあって、それを入れ替えることによって変幻自在の対応が可能になるというような。その際に体力回復というおまけまであるようだが」

 スキルというのは技術であり、技術というのは経験であり、経験というのは記憶である。

 記憶付与の魔導はプロジェクトFの名前を出すまでもない。他にも多く、それこそ古代から研究されていた。彼ら自身が魔導の生命体としてどれほどに倒されようとも、連続した記憶を保って何度も現出されている。モード変換によって別の技術を獲得、使用するということは決して荒唐無稽なことではなかった。

 ただ。

「しかし、新陰流に、先ほどのは御神流に八卦掌か。ロストロギアにしては地球のものが多いのが気にかかるな。新陰流ならまだ古くからあるが、八卦はたかだか百数十年……ロストロギアに登録するには近年に過ぎる」

「……まーな」

 赤い影は褐色の肌の男に向き直る。

 男は赤い影が何かを言いかけているのを察していたが、わざとそれは無視して、「あの男は」と言った。

「シャマルが追っているのか?」

「ああ」

「リインもか。索敵ならば、あの二人に任せればよいだろう」

「まーな」

 投げやりにそう答えてから、しかし赤い影は大きく息を吐き、

「なあ、おめーもわかってんだろ?」

「……なんのことだ?」

「あのなのはモドキが黒い時に使った技、八卦以外にもあっただろ!?」

「ああ、獣王手だな。ベルカ式と八卦と御神流と組み合わせは節操がなさ過ぎるが、八卦はコンセプトとしての色合いが強い。他門派と組み合わせるのはよくあると聞く―――」

「そうじゃねーだろ!」

 赤い影は叫んだ。

「あいつ、ベルカ式をただ使ったってだけじゃねーぞ! あの獣王手の前の、あの蹴り、あと、他にも幾つか見えた――」

 

 

「あれは、お前の拳筋じゃねーか!?」

 

 

 男は答えなかった。

 沈黙のままに、結界の外から剣撃で壊される音がして、同時に二人の姿は消えた。

 

 

 

 

 つづく。

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