Over the lights・Under the moon(なのはと型月クロス・改訂版)   作:くおん(出張版)

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14/夜魔。

「――にわかには信じかねる事態だな」

 クロノ・ハラオウンはそう言って、医務室に収容されているフェイトの様子をモニターで眺めていた。

 白いシーツを被って静かな寝息を立てている彼の義妹の体調は、しかし表示されている数値を見る限りでは深刻なものではない。彼女の頑健さから考えたのなら、四時間も睡眠をとれば八割がたは回復するだろうと思われたが。

「戦闘データはバルディッシュのそれがありますよ」

「それはもう見た」

 シャーリーの言葉にクロノは答え、新たなモニターを表示する。

 モニターの中で、記録されている謎の魔導師が縦横無尽に戦っていた。その姿は彼らの知る高町なのはによく似ていた。印象は異なるが、顔の造作でいうのなら酷似していると言ってもいい。だが、その中で彼女が使っている魔法、戦技――そのどれもが高レベルで、そして彼らが知る高町なのはのそれとはかけ離れていた。

「獣王手――古代ベルカ式の伝説の拳技か。フェイトもいつの間に復元したんだ……そして、その上を行かれるとはな――」

 ぼやくように呟くが、それを聞きとがめたようにシャーリーが言った。

「フェイトさんは、仕事の合間でしたが地道に鍛錬してました。生中な使い手に遅れをとるとは思えません」

「まあ、それはそうだろう」

 クロノの声は、むしろ呆れるようだった。

「フェイトほど職務に対して忠実で使命感をもった執務官もそうそういない。そのフェイトが復元したというのなら、それこそ前線で使えるという確信があるからだ」

 そしてその上を行くということは、それは最早マスターレベルの使い手といって過言ではなかった。

(に、しても、ちょっと節操がなさすぎるな……この黒い『なのは』だけで中国武術と日本古流とベルカ式の3つまでも重ねて使用できるというのは……)

 画像は白い『なのは』になっていた。刀型のデバイスでティアナの捕縛を切っている。その太刀筋からしてやはり日本の剣術であるように思われた。

(変身一つで一つの技能というのならまだ解るんだがな……)

「バルディッシュの分析では、85%以上の確率でシンカゲ流だろうという話です」

 そう解説するシャーリーには、しかしその有名な日本古流剣術に対する知識はほとんどなかった。彼女はあくまでも魔導のスペシャリストであって、魔法に関係する戦闘スキルについての見識は人並み以上ではあっても、管理外世界のマイナーな術式や体術についてはさほど詳しくはない。

 クロノは「ふん」と鼻を鳴らして。

「……しかし、どうにも法則が解らない」

「法則?」

「変身による能力変化……は、まあ解る。そういうものは現在の技術でも、もっといえばモード変換の極端なものであると思えばいいわけだが――」

 二つの画像が並んだ。

 白い『なのは』と、黒い『なのは』だ。

「このモード変換は、両方共近接対応技術だ。別個にする意味があまり感じられない」

 黒い方も剣術を使うし、白い方も体術に通じている。

「武器の長さの違いがあるんじゃないですか?」

 シャーリーは自分でも信じてない口調で答えていた。

 クロノは首を振った。

「魔導抜きの純粋格闘戦、あるいは徒手と武器の違いならばともかくとして、刀と小太刀とでは魔導戦闘におけるスタイルの差異は誤差の範囲だ。小太刀術は体術に近いとは聞くが、魔導戦闘ではリーチの差は極端には意味をなさない。勿論、当人の向き不向きや相性の問題ではあるが……放出系の苦手なベルカ式の騎士にしても、だいたい中距離をカバーできる程度の技は持っているのが普通だしな」

「ははあ」

「黒い方は芸が多いが、白い方もまだ何か隠し持ってる可能性はある。もしかしたら、まだ見せてない何かの部分でモードを分けているのかもしれないが……」

 何かしっくりこない、という風であった。

「に、しても、これはやはりなのはさん――だと仮定して、当人がスキルを隠し持ってたというのではなくて、使用しているデバイスの効果ってことなんでしょうか?」

 それも信じ難いのですが、とシャーリーは言葉の裏で、眼差しで問いかけていた。クロノはモード変換の極端なものだろうと言っていたが、専門のデバイスマスターとしての彼女の知識では、モードを分けるだけでこれほどの多彩な変身を可能にすることはほとんど不可能に思えたのだ。

 ただし、常に例外があるということも彼女は知っている。

「どうせ、たちの悪いロストロギアを使用しているんだろう」

 クロノはなげやりな言い方をした。

 そうなのだ。

 ロストロギア――滅びた魔法文明の遺産であれば、何があっても不思議ではないのだ。

 シャーリーも「ですかね」と頷き。

「高町三佐の当該時間での不在証明を求めて見ますか?」

 と言った。

 言われたクロノは。

「いや――」

 瞼を伏せる。

 現段階では、これ以上事態を深刻にすることはできない。

 それは人々を守る正義の味方ではなく、管理局の、体制側の一員としての判断であったが。

(あれが『なのは』であるのならば……)

 溜息を吐く。

「どうせ、軽々しく尻尾をつかませるようなことはしていないだろうし、地球で休養中だというのなら、どうとでも誤魔化せる」

 自分でも言い訳がましいと彼は思う。 

 それに、と内心で誰に言うでもなく言葉を続けた。

(『なのは』がやることなら、私利私欲ではなく、みんなの幸福のための選択のはずだ)

 いずれ現場で遭遇したのならば、見逃すことはできないが――

 それは、自分に言い聞かせている言葉である。

 そして体制側の人間としてではなく、正義の味方としての思考でもあった。

「それに今はもっと緊急にやるべきことがあるからな」

「行方不明事件捜査についての人員増強ですね」

 いくら地方都市でのこととはいえ、この短期間にあまりにも行方不明者が増化しすぎている。しかし何が起きているのかが解らなければどういう人材を派遣していいのかが定まらない。管理局は絶対的に人間が不足していた。執務官の中でもオールマイティーであらゆる戦闘環境で活動できるというフェイトがティアナのサポートとしてついたのは、状況を見極めようとする上層部の焦りがあったからである。

「そうも簡単にいかない」

 クロノは諦観にも似た眼差しを画面の中のフェイトに向けた。

「先日の冥王の件もまだ事後処理も完全には済んでないんだ。フェイトも他に何件も事件を抱えている状態で――つまり、それほどの無理をさせねばならない状態だってことだ」

「エリオやスバルたちは?」

「あの子たちには、この手の事件には向いてない」

「ですね」

 向き不向きというものがある。

 例えば高町なのはには接近戦が不向きなようなもので、スバルやエリオのようなタイプの魔導師や騎士には事件捜査はそんなに向いてない。勿論、今回のような協力な魔導師との対峙を考えるのならばスバルはガードとしてでも協力して欲しいというのが本音であるが。

(事件が解決に向かっているのならともかくとして、現段階ではどうしていいのかも解らないという状況ではな。それに、あまりに長期間元の職場から離しておくわけにも行かない……)

 せめて、ある程度の目処はつけておかねば。

 クロノがそんな算段をしている横でシャーリーはデータ整備していたが、何かに気づいたように「あの」と声をかけた。

「この増員候補のウルスラさんって、あのウルスラさんですよね?」

「そうだけど」

「やっぱり。けど、」

「けど?」

 新たな映像が浮かんだ。 

 重要参考人と考えられる男を相手に剣を振るう、黒い騎士の姿があった。

「元執務官で、現在は執務官補佐のウルスラ・ドラッケンリッター。古代ベルカ式の名門に生まれたSランクの騎士だな。今日は事後処理のために帰ってもらった。――面識があるのか?」

 シャーリーは「ええ」と頷く。

「ああほら、六課立ち上げの時に参加するかもっていうので一回クラナガンにきたことがあるんですよ。結局、断られたし六課の構想が変化したこともあってそれっきりになってしまいましたけど――えーと、彼女に渡すものがありまして」

「渡すもの?」

 画面の中で、赤毛の男が剣を創りだし。

 その時、幾つかの画面の中の一つで、フェイト・テスタロッサ・ハラオウンの目が開いた。

 

 

 

 14/夜魔。

 

 

 

 インディ・マサラティが第16管理世界に降り立ったのは、親族の一人が亡くなったためであるが。

 

 気がつくと、彼女は自分がバリアジャケットを展開して夜の路地に立っているということに気づいた。

(あ―――れ?)

 白い長袖の上着の表面に、幾つもの魔導による打撃痕があった。自分が何者かと激しい戦いをしていたということは確かだった。だが、誰と? そして何のためにこんなところで戦っているというのだろうか。

「いや、これって……」

 彼女は銀色の目でまじまじと自分のバリアジャケットを観察する。

 紺色のレオタード型のインナーは自前のものだが、この白いコートはかつて所属する手前までいっていたある組織から支給されたものだった。長い研修に付きあわせてしまったお礼だという話で、元々はその組織の長が通っていたという管理外世界の学校の制服をモチーフにしていたものであるという。インディは純打撃戦の使い手なので、防御のためにコート状に丈が長く作られていた。動きやすく頑丈で、並大抵の誘導弾程度の魔法では通らないという話だ。

 そのジャケットの表面に浮かぶ打撃痕は。

 

「これは、一度貫かれて再構築した跡、みたいな……」

 

 間違いない。

 頑丈な魔導で編まれた魔力構築が、容赦のない魔力の弾圧で貫かれてたのだ。そしてその跡で一気に再構築されている。自分が。しかし、おかしい。そうしたのだという記憶がなかった。彼女の記憶はこの世界に降りて伯母の葬儀にでたあたりから曖昧になっていた。戦闘の後遺症だろうか、と思った。激しい打撃を受けて記憶が飛ぶという話はよく聞く。彼女自身にはそういう経験はないが、そういうことはあり得るものなのだという認識はあった。

(けど、私の魔力、減ってない……)

 そうだ。

 それがおかしいということだった。

 バリアジャケットの再構築した割には、自分の中の残存魔力が減っていない。おかしな話だった。

 それに、あと一つ気になることがある。

(この抜かれ方は、殺傷設定の物理破壊力を付与されたとしか……)

 純魔力攻撃との感触の差異は実際のところ厳密に判断できるものではないのだが、彼女にはそれができた。

 銀色の瞳が虹色の光彩を帯びた。

(魔力痕から推測される術式は――古代ベルカ改変ミッド式……? え? ミッド式をベルカ式にコンバートしているということ?)

 ありえない――とは言わないが、奇妙な話だ。

 ベルカ式をミッド式で再現するのが近代ベルカ式である。この近代ベルカ式の長所は、ミッド式の特徴でもある放射系の魔導も一部再現できるということである。元々がミッド式なので当たり前の話ではある。

 だが、古代ベルカ式は近代ベルカ式と違い、体系そのものがミッド式と異なる。

 魔法史としてはベルカ由来の魔法をミッド式に長い年月をかけて改良したものがミッド式であるが、その原理の一部には未だ理解が及んでいないとされる。それ故に多くのベルカ文明から生じた魔導器がロストロギアとして指定されているのだった。そこまでいかずとも、現在でも古代ベルカ式の騎士は存在するが、彼らの多くはミッド式を使わない。使えないという部分がある。古代ベルカ式とミッド式との間には未だその程度に距離があるのだ。

 だから、ミッドの魔導を使うというベルカの騎士というのは、ごく少数の特別な存在であるとも言えた。

 そのような存在はある種の畏怖を持ってこう呼ばれる。

 

 ――――魔導騎士。

 

 どくん、とインディの胸が鳴った。

 恐らく管理世界の全てを合わせて十人といない中の一人を、彼女は知っていた。

 管理局総合SSの魔導師である、その人の名は――

 

「……なに、ぼうっと突ったってるん?」

 

 声がかかった。

 はっと見上げたのは、声の位置が高かったからだ。

 ビルに遮られて狭い夜に、その人は立っていた。

 黒い翼を広げ、書物に似せたデバイスを手に持った、魔導師。

「あなたは……」

 インディは言葉を失った。

 そこにいた人を、彼女は知っていたからだ。

 何故、ここに?

 そして、何故、自分はこんなところにいるんです?

 それを問い正すことは彼女にはできなかった。その人が彼女にとっては尊敬すべき者であると同時に、その声、その存在感が―ーあるだけで大気を軋ませ、世界を震えさせる強大極まりない魔力が彼女の口をまわらなくさせていた。

「ふーん……?」

 インディの様子に何を感じ取ったか、その人はゆっくりと降り立ち、静かな足取りで二歩、三歩と歩み寄った。

 左手には本、右手にはいつの間にかベルカを象徴する剣十字の長い杖が顕現していた。

 その人は微かに目を細めると。

「―ーそうか、意識が戻ったんやね」

「あ、え? あ―ーはい」

 インディはその場で姿勢を正す。

「七日日前に伯母が亡くなったという報告を受けて、それで、葬儀に出席するためにすぐにこちらにやってきて――」

「七日前」

 どうしてか、その人は表情を曇らせた。

 何か聞くべきではないことを聞いたかのような、そんな顔をしていた。

「あの……どうなさったんです?」

 恐る恐る、と質問するインディだが。

 その人は、眼を閉じてから。

「――試験中やったんよ」

 と言った。

「試験?」

「今度新設する部隊の。前のとは違うコンセプトで、特殊な調査活動もする予定の。その選抜試験をしているところ。インディは一週間前に葬儀にでた時、私に会って、それで入りたい言うからこうやって特別に選抜試験をしているところだったんよ」

「そ――う、だったん、ですか……」

 その人の言っていることには何一つ覚えがなかったのだが、インディは頭を振って思い出そうとする。

(葬儀は出席した……そこまでは覚えている。けど、あれ? 元々身寄りがほとんどいない伯母で、私以外の出席者は近所の人も含めて十人くらいで……あれ? 葬儀の後でホテルに――)

 おかしい。

 会った、話した、という記憶がまったくない。

 それに、自分は新設の部隊とやらに入りたいと言ったのだろうか?

 言いそうでは、ある。

 この人のいう「前」というのがインディが研修を受けるまでしても結局入らなかった部隊なのである。

 特殊かつ奇妙な形態に構築されたその部隊は、一年間という運用期間で大きな成果を上げて管理世界に名を馳せた。彼女がその報告を受けて悔しいと思わなかったというと嘘である。

 自分以外にもあの部隊を編成するために何人もの魔導師、騎士が集められていたが、自分はその中でも抜きんでいたと思っている。自分ならあの部隊でより活躍できたはずだと思っている――その彼女の自負は、客観的に見ても正当なものではあった。

(もしも機会があれば、今度こそ、この人の部隊に入りたいと……)

 そう考えていたのも確かだった。

 そんな事情があるのだから、試験を受けて――いや、やはり変だ。

(記憶が繋がらない)

 戦闘の前後で衝撃を受けた記憶が混乱するということは普通にある。特に精神系の特殊攻撃を受けた後などはそうなる頻度も高い。このことはすでに述べた。だから、今の自分がこの人の強烈な魔導を食らったせいで記憶を失うということは十分にありえることだとは思う。 具体的にこの人が持つ戦闘能力はよくわからない。わからないのだが、世間に知られていない特殊な技術の一つや二つは隠し持っていても不思議ではない。それはこの人の渾名の一つからも窺い知れることだった。それは管理局内で彼女と対を成す異名だった。彼女自身、強く意識せざるを得ない称号だった。

 それでもなお思う。

(だけど……私がこんなダメージを受けるほどの、死ぬかもしれないほどの打撃を打ち込んでくるだなんて――)

 ありえない。

 訓練だとか試験で魔導師が死傷するということは、ある。稀にだがある。人の死なないように構築されたというミッド式の魔導であっても、不慮の事故というのは起こりえる。

 だが、知識だけの新米魔導師ならばともかく、幼い頃から十年にわたって管理局で働き、数多の実戦を経験してきたこの人が、そんなことを考慮せずに戦闘訓練を行うということなど――

 もっといえば、自分が対処しきれないほどの魔法とはいかなるものか?

(それに、ここは一体……訓練なり試験なら、管理局の支局とか使うのが普通のはずだけど………)

 周囲が結界されているということは解る。

 だが、それはあくまでも個人の魔力によるものであり、ミッド式の魔導技術による閉鎖空間ではないということも解っていた。

 考えれば考えるほどに、今の現状はありえないことばかりで構築されているようだった。

 特別な選抜試験というからには、急遽行ったということだろうか。

 それ自体は有り得なくもないが――

 インディの目の前で、その人は軽く息を吐き。

「なんや……調子悪いみたいやしな。今日の試験はここまでにして――続きは明日にしようか」

 と、それこそありえないことを言った。

 この人は多忙のはずだ。選抜試験をこんなところで行ったということは、それで時間がないからだろうということでなんとか納得できなくもない。

 しかし、それをずらすということは。

(そんなことができるのならば、今ここで行うという意味がそもそもない……)

 勿論、万全の体調での試験をこの人が望んでいるのだとしたら筋が通らなくも――いや、今のこの状態になったということで不合格と判定するのが妥当ではないのか。

(なんだろう……本当、細かいことだけど……気に障る……嘘をつかれてる……多分、それが解るんだ)

 何か辻褄が合わない。

 その何かが彼女には解らないのだが。

 細かい違和感や筋の通らないことも、後からそれなりに説明されたら別にたいしたことではないように思える範囲のことだ。だが、彼女の奥底の、魂のレベルから「嘘だ」と囁く声がするのである。

 だから。

 彼女は口にしていた。

「いえ、大丈夫です。続けてください」

 数メートル離れたところに立つその人は、笑顔のままで「そうか」とだけ応えた。

 

 

  

   ◆ ◆ ◆

 

 

 

「………どう思う?」

 静かな、女の声がした。

「衝撃による破損から――おそらく驚異的な回復作用がもたらせたものだろう」

 落ち着いて男の声が返す。

「さすがはインディ・マサラティというところね……けど、一時的なものでしょう」

 何処か憐れむような女の声に。

「ああなっちまうと、もうダメなのか?」

 と、少女が沈むように問いかける。

 返答は――無言。

 それでも。

 やがて。

「今の段階で解ることでは、恐らく物質時間を遡行させるくらいしか――」

「実質、不可能ということか」

 重々しく、女が声を遮った。

「……ええ、そうね」

「あとは主に任せる他はあるまい」

「大丈夫なのか――大丈夫だよな」

「ああ」

「そうだな」

「問題ない」

 四種類の声がそれぞれ同意して、8つの目が一つの映像に注視される。

 

 そこでは、彼らの主が強敵と対峙していた。

 

 

  

   ◆ ◆ ◆

 

 

 

(しかし……どう攻める?)

 試験内容については聞いていないにも関わらず、インディはこれが目の前にいる人を打倒することが目的のミッションであるということを理解していた。何か仕掛けられているトラップや魔導機械の追跡から逃れるというものでないということは「観れ」ば解るのだ。この封鎖空間内での脅威はこの人だけ――

 距離は十メートル。

 近接戦が主体のベルカ式であろうと、放出系の攻撃に偏ってミッド式であろうと、どちらにしてもこの程度の距離はさほど問題にはならない。戦闘訓練を受けた者ならば一秒とかけずに仕掛けられる。もっといえば、彼女にとっては致命打を浴びせるには十分に過ぎた。

 だが。

(それは向こうも同じこと……)

 現代の魔導戦闘では、相手の防御をどう打ち崩すかが肝要となる。しかし戦乱の時代をくぐり抜けて開発された防御魔法とバリアジャケットは生半な手段では突破できない。AAAランク以上の砲撃魔法ならば別だが、一人前の戦闘魔導師の展開する防御をそれ以外の方法で撃ちぬくのは困難を極める。ゆえに魔導師の戦いでは相手の防御の削り合いとなる。勿論、一定以上の攻撃を与えることができたのならば防御を抜けてダメージを与えることも可能だが、ジャケットはすぐに再展開されてしまう。構築されている魔法ブログラミングはあまりにも強固であった。

 とはいえ、それもあくまでも一般論である。

 彼女らのレベルの超攻性能力を持つ者となれば、ちまちまと防御魔法を削ることなど考える必要はない。バリアジャケット越しに相手にダメージを通すことは容易ですらあった。

 お互いに。

 そう。

 インディにできることは、目の前の目標にも可能であるのだ。

 当然、それは同じ手段を使えるということではないが。

(戦闘の記憶がなくなったのが本当だとして………実際にわたしがあの人と戦っていたのだとして――それはつまり、わたしがあの人の防御を抜けきれずに、反撃を受けたということを意味している……)

 自分が先手を打たれたということはありえない。それだけは確信できる。もっといえば可能性はまったくない。仕掛けたのはこちらが先で、それをあの人はどうにかして防御し、こちらの記憶がなくなるほどの攻撃を打ち込んだ。これは疑いようがない事実であり、今考えねばならないことの大前提だ。

 インディは考える。

 相手はSSクラスの大魔導師。超絶の魔力の持ち主。しかしそれは戦闘力においても強者であるということを意味しない。一口で戦闘といっても、状況においては必要とされる魔力運用も戦技も戦術もまるで違う。近接戦闘に於いて重視されるのは、めまぐるしく変化する状況に対応する速度――常に幾種もの魔導を展開するマルチタスクだ。それが大魔力持ちとは相性が悪いのは周知の事実である。一定以上の魔力を持つ者は、戦闘時では自分のそれを制御することに多くのリソースを削がれる。大魔力の持ち主の戦闘においての役割は、戦技のレベルではなく戦術、戦略レベルとなる。そこまでに至って、ようやくその力が発揮されるというのが常識だ。目の前の人もそのはすだった。

(けど、それがそもそものフェイクという可能性だってある)

 あらゆる物事には例外がある。大魔力持ちであっても戦技に長けた者はいる。運用や適性によっては、大魔力を持ちながらも細密な制御を可能にできる。それらにこの人は含まれないということになっていたが、それ事態が虚偽申告であるかもしれないのだ。

 そうでなければ、この閉鎖環境で彼女の猛攻を凌げるはずもない――

(考えられるのは、超高密度の防御魔法の展開)

 一番単純な大魔導師の近接対応は、相手の攻撃を防いだ上でのフィールド攻撃。

 簡単に言えば、相手の攻めを受けきって反撃するというもの。

 インディは視る。

(物理防御を含めた常時展開の防御魔法が二層……一つだけの硬さでも、AAAクラスはある。仮に最強クラスの砲撃魔導師である高町三佐の砲撃でも、真正面からは到底撃ちぬくのは無理だ)

 ほとんど戦艦クラスの防御である。

 だが。

(けど、それだけの防御を、私が撃ち抜けなかった――?)

 自分なら。

 自分にならできる。

 できる、はずなのだ。

 それでできなかったということは、それは今見える範囲以外での防御魔法か迎撃魔法を使われたということだ。

(常時展開しているものと思っていたけど、高速詠唱魔法? それとも、もう使えるだけの余裕がないのか――)

 記憶が飛んでいるというのは、実に面倒なことだ、と思う。

 自分がさっきやったであろう攻撃が思い出せない以上、それとは別の方法で試すという選択肢ができないのだ。

 もしかしたら、今また試そうとする方法はさっきもそうしたことなのかもしれず、それは相手側にとっては二度目のことであり、容易く対処されてしまうのではないか。

(けど、このままではジリ貧――)

 ならば。

 インディの銀の瞳が、虹色に輝きはじめる。

(〈グラム・サイト〉発動――)

 

 

「はじまったか」

「ああ」

「あれが、あの子の希少能力――」

「〈グラム・サイト〉」

 

 

 インディ・マサラティーの足元から、紫色の光が伸びて道となった。

 その魔法を知る者がいたのなら、その能力をこう呼んだはずだ。

 ウイングロード――

 現在はナカジマ家の姉妹しか使う者はいないとされる先天系魔法である。

 光の道は真上に伸び、そこからほとんど絶壁にも似た急角度で下に向かっていた。その上を魔力放射による高速移動法で彼女は駆け上がっていく。

 その道の途中で握りしめた右拳に銀色の輝きが宿った。

 登り切った光の道の頂上から、落下するに任せてインディはその右腕を頭上にかざした。

「〈クラウ・ソラス〉――」

「――――光の魔剣か」

 数秒にも見たない時間でインディの掲げた魔法を見切ったのか、その人は左手を伸ばした。

「アロンダイト」

「―――ッ!」

 インディは輝ける右腕をそれに向けた。

 白い――光だ。

 瞬時に展開された三角のベルカの魔方陣から迸った魔法である。詠唱が短いながらも強力な貫通力を持つ中距離射撃。アロンダイト。それを迎え撃ったのはインディの右腕に宿る光の剣であった。 

〈クラウ・ソラス〉。

 光の魔剣の異名を持つこの一撃は、遍く全ての存在を切り裂くとさえいわれた。

 全て――それは、魔法の結界も、魔導の砲撃さえも。

 彼女の手の輝きは一筋の魔光を二条と切り裂いた。

 アロンダイトは、なるほど強力な魔導だ。彼女のクラウ・ソラスと同じく魔剣の銘を持つ魔導であり、貫通力に特化した魔導であるが、収斂密度が絶対的に劣る。瞬間射撃魔導と近接斬撃魔導の差と言ってもいい。

 だが、しかし。

「―――ッ」

 砲光は一瞬でやんだ。インディの視界を奪った光は一秒とて存在してはいなかった。そして、それだけで、あの人には充分だったのだろう。ウイングロードを降り切る直前の彼女は、地面に広がる三角のベルカ式魔方陣の中心にいるはずの人がいないのを見た。

 同時にインディの周囲に二つの魔方陣が浮かび、彼女の右手と左足を固めた。ベルカ式の拘束魔法。動体に対してのそれはよほどの練度がない限りは難しいとされるが、これは設置型だ。あらかじめ、近接されることを予期していた――のではなく、ついさっき跳躍のついでにおいていったのだろう。最初からそうしているのなら、インディには「観え」ていたはずだった。いずれにせよ、恐るべき手際だ。

 そして。

 高速移動で遥か上空にて黒翼を広げた大魔導師がいた。

 

「ディアボリック・エミッ――」

 

「ブリューナク!」

 

 インディは一瞬で拘束魔法を引きちぎり、振り返りざまに右手をつきだした。そこから延びた光の槍が発動間近だった魔方陣に突き刺さり、砕いた。

 ブリューナク――先ほどに向けられたアロンダイトと同じく、ベルカ式から伝わる中・長距離での瞬間的な攻撃を可能になる射撃魔法だ。アロンダイトよりも収束率が高く、そして距離も貫通力も上である。ただし発動に際しての時間がアロンダイトよりもコンマ四秒ほどかかるためか、近接戦闘ではそう使われる部類の魔法ではない。彼女にはそのルールを乗り越えることができたという、ただそれだけのことであった。

 続いての攻撃がくるか、とインディは地上で構えたが、さらなる追撃をする気は向こうにはないらしい。

「はー、やるもんやね……」

 と、何処か呆れるような声をあげていた。笑っているようでもあった。

「話には聞いてたけど、反則やね。〈グラム・サイト〉っていうんは」

「そちらこそ」

 インディも言い返した。

「今の高速移動は、ミッド式ですね――さすがは魔導騎士と言われている人……」

「それもなあ、〝生きるレアスキル〟言われているインディ・マサラティに言われても自慢にならんわ」

〝生きるレアスキル〟――それはインディの異名だ。通称といった方がいいかもしれない。 

 一般にレアスキルと言われる希少技能は数あれば、彼女のもつ〈グラム・サイト〉はその中でも破格の存在である。何故ならば、多くのレアスキル保持者はそれ以外に魔導を専門に習得していることはあれど、レアスキルに関してはそれオンリーの単一能であることが当たり前なのに、〈グラム・サイト〉はその一つだけで複数のレアスキル、魔導を再現することが可能だからだ。

 本来、〈グラム・サイト〉とは『見えないものを見る』ということができる能力の総称であったが、いつの頃からか魔力の流れや不可視領域の魔導プログラミングを「観る」ことができる者を指すようになっていたという。そしてそれができるということは、本来は希少能力者にしか成し得ない魔導事象を再現することも可能であるということだった。現在のミッドの魔導工学においてさえ機械での完全再現は不可能であるそれらを、〈グラム・サイト〉の使い手はまるで『ちょっと変わった体操』をする程度の難度でやってのける。あまりに希少な能力であったが、その存在はベルカ時代の初期より知られていた。聖王家はその能力を取り入れるようとしていたとさえ言われている。

 インディは現在において、ただ一人の〈グラム・サイト〉の使い手なのだった。

「にしても、ウイングロードに、今のバインドを破ったのはアンチェインナックルかー……」

 その人は、何かを確かめるようにそう言う。

「アンチェインナックルはまだしも、ウイングロードみたいな先天系の資質まで再現可能なんやね。まあ、レアスキルをも一瞥で再現できるいうんなら、これくらいはむしろできて当たり前か――元々近接戦闘の資質が高く評価されていたっていうから、この組み合わせも納得できへんでもないが……それともやっぱり、まだこだわっとんるん? 自分が採用されんかったのを」

「………………」

 インディはすぐには応えられなかった。

 拘ってなどいない――そう返事したかったが、それは嘘の言葉であったからだ。

 今目の前の人が言った技は、彼女が何年か前に所属していたかもしれない部隊でのストライカーが所有する技能だった。何度となく映像で見たし、目視でもその活躍を見たことがある。なんで自分はあそこに所属していなかったのだろう、とそう歯噛みしたのは確かだった。自分ならばそのストライカーと同じように、そしてより以上の成果をあげることができたと確信できている。仮に先天資質で長じられていたとしても、自分にはそれをもコピーして使いこなせるレアスキルがある。自分なら、あの管理局のトップエースたちと共により活躍できていたと信じていた。

 勿論、インディにだって解っているのだ。

 部隊の方針が新人の教導をかねたものになったことで、高ランクの魔導師はお呼びでなくなったということ。そして彼女のランクが当時で陸戦Sマイナーで、部隊のランク規定ではどうしても外さなくてはならなくなったこと。

 自分が劣っていたから部隊に選ばれなかった訳ではないということ。

 だが、そんなことで割り切れるものではない。

 眼の前の魔導騎士の存在も含めて、あの部隊はまさに夢の部隊だった。彼女の憧れや目標足りえる騎士や魔導師が揃い、一つの家族のようにして戦う格別で特別な部隊だった。 

 一瞬でも、自分がそこで共に戦えると思えたことは、まさに甘美な夢のようなものだった。

 醒めた時の自分があまりにも惨めに思えるほどの、夢だったのだ。

「すまんなあ……」

 と、その人は、インディの表情の変化を見て何を思ったのか、瞼を伏せてそう言った。

 それが何を意味しているかは知らず。

 インディはかっときた。

「何をッ」

 叫ぶ。

 ここで同情される謂れはない、と続けて言おうとした時。

 あの人の瞼が。

 瞳が。

 

 

「やはり――手加減なんて、無理――」

 

 

 変わっていた。

 水色は、さっきまでと同じくユニゾンしていたことを示す色だ。

 だが、違っている。

 先程までのこの人とは、決定的に何かが違っている。

 彼女の〈グラム・サイト〉ですらも容易に見通せない変化――――。

 

 

「――偽典放棄。外典起動――」

 

 

『了解致しました。マイスター。偽装術式《闇》モード放棄――外典起動準備――起動コードを求む』

 

 

「微睡みに 見ゆる空は暁か あるいは黄昏とも知れず逢魔の刻――」

 

 

『起動コード、承認。発動――外典術式《紫天》――モード〝闇統べる王〟』 

 

 

 ――――夜が来る。

 

 

 

 

 つづく

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