Over the lights・Under the moon(なのはと型月クロス・改訂版) 作:くおん(出張版)
是故に其名は
旧約聖書創世記第十一章九節
「〝根源〟ってしってる?」
16/根源。
「知りません」
弓塚さつきの返答は、ごくあっさりしていた。
「そう」
聞いた方の遠坂凛も、さっぱりしたものである。返答に失望するでも落胆するでもなく、当たり前の答えを聞いたかのように頷き、テーブルの上におかれたお茶うけを入れた菓子入れの中から、クッキーをつまみ出して口元に運ぶ。
二人はあるマンションのダイニングにいた。
テーブルに差し向かいで座り、お茶うけのクッキーをつまみつつテレビ番組などを眺めていた。
勿論、テレビ――といってもそれは彼女らの認識にそった便宜上の呼び名で、この管理社会ではテレビジョンなど使用しない訳で、その略語のテレビなどという言葉もあるはずもない。
ちなみに二人の視線の先では人気番組『魔導少女プリティコギー』が始まってる。
架空の管理世界を舞台に、古代魔法の力で魔導少女プリティコギーとしての力を得た少女が復活した古代ベルカ世界の王とか管理外世界で崇拝されている異教の邪神らと戦いつつ恋をしたり友情したりの一大巨編であった。
すでに番組開始から十四年。第二十五部にまで至り、コギーも二十九歳の大人の女性になっているのだが、どういうわけかタイトルはいつまでたっても魔導少女のままだ。今や彼女は戦闘の第一線から離れ、彼女が育てた魔導少女たちとその仲間が秘匿魔導戦隊を率いて管理外世界のあちらこちらで縦横無尽の大活躍をしている……のだった。
今彼女らが見ているのは、第十九部。過去世界に飛ばされたコギーの弟子のファニーが、未来では自分の師匠であるコギーの少女時代と対立しつつとうに滅んだはずの魔導文明の流れを組む秘密結社と対決するという話――で、今度そのシーズンをベースにした劇場版が出るため、その宣伝ということでの再放送だ。
シリーズでも屈指の熱い展開と高密度のバトル描写は、ファンの間でも評価が高い。
『ファニーちゃん、……受けてみて』
黒衣のバトルモードに変身したコギーが、ミッド式の魔導杖を掲げて叫んでいる。
『これが私の全力全壊ッッ……!』
「あ、けど……なんかそれらしいことはシオンに聞いたことがあるかも」
さつきは画面から目を離さず、言う。
凛も顔を動かさなかった。
「ふーん」
「魔術師の求めているもの、くらいのことしか聞かなかったけど」
「ま、そんなもんでしょう」
そう言って、サクサクとクッキーを食べる。「あー、どういう材料使っているのかしらね。ここのクッキー。地球のそれとはまた違うっていうか……」
「材料表示はされているみたいだよ?」
「調味料の名前とかわっかんないのよねえ。地球に帰っても代用できるものがあるといいんだけど」
「帰れるといいんだけどねー……」
ため息混じりにいうさつきであったが、凛は「帰れるわよ」とあっさりと言ったものだった。
「時空漂流してこっちきちゃいました、と管理局に申し出たら、面倒な調査とかされるだろうけど無事に帰ることはできるでしょうね」
「それができれば苦労しないよう……」
恨みがましい目をしてしまうさつきであったが、すでにこの話題は以前にもしていたものであった。
二人がこの世界にきたのは、もう一年ほど前になる。
ある魔術師の城で彼女らは出会い、なりゆきでの共闘の結果、この世界に飛ばされてきたのだ。
状況の把握には三日ほどかかったが、なんとか彼女たちは自分たちがミッドチルダを第一世界とする管理世界の一つに来ているということを知ることができた。というか、最初の二日間は寝場所と食料の確保のために時間が費やされ、三日目に通りがかりの人間につい声をかけてしまい、それを誤魔化すために暗示をかけ、そこで思いついて情報を聴きだしたのであるが。
(遠坂さんは、うっかりした人だからなあ)
さつきはその時の光景をふと思いだした。この世界にいるはずもない人物と勘違いしてしまったのだというが……どうにかしてこの世界に居場所を確保できたのではある。
管理局のことなどもその時には知れたし、地球についてもこの世界から行けるということも家庭用の端末で調べて解った。二人共この時に真剣に自分たちの状況を話して帰還すべきか悩んだ。
結局それをしなかったのは、まずさつきの体質――正体、という方が適当だったかもしれない。――吸血鬼であるということを明かさねばならなかったからである。
死徒と化してまだ日が浅い彼女ではあるが、肉体がまともな人間のものとは違っていることは調べれば解る。元の世界の医療機器などならなんとでも誤魔化せるが、管理局の設備は魔導によるものであり、吸血鬼であるということは隠し通すのはまず不可能に思えた。
別に、それを明かしてしまってもいいのではないか、という意見は凛から出された。この世界を調べれば物騒な種族なり職業なりは普通にいる。吸血鬼というものはさすがに確認できなかったが、人の形と意志をしている者に対し、そう無理矢理な対応はしないのではないか……そう言いつつ、凛は自分の言葉を信じていないというのはさつきにも解った。あくまでも選択肢を無駄に狭めないための、思考実験、議論するために出された意見である。
対するさつきの言葉が。
『……やっぱり怖いから、無理』
『うーん………』
仕方のない結論だった。
仕方が無かったが、その結論そのものについてはさつきは後悔している。
もしも自分がそれではなく、別の結論――たとえば自分らの素性を隠すことなく管理局に出頭してここに至った経緯なども明かし、協力を求めていれば。
あるいは今のようなことにはなっていなかったのではないか……?
最初にこの世界で死者を見た時から、さつきはそのことを考えずに入られなかった。
勿論、ここでこうしていることも含めて二人で話し合った結果であり、さつきだけの責任ではなかったのだけれど。
遠坂凛……彼女もまたさつきと同じく管理局に出頭することについては否定的だった。それはさつきと同じく自分の正体が知れることを恐れていたということであるが、さつきにしてみれば魔法(この呼び方については凛は頑なに使いたがらないが)が当たり前にある世界で魔術師であるという素性を隠すことはあまり意味が無いように思えてならなかった。神秘の秘匿云々はシオンという彼女の元の世界の相棒にも散々いわれていたのだが、霊的な素養に優れてはいても魔術の分野には彼女は根本的に疎い。
『とにかく人に知られるとまずいんです』
というシオンの言葉にあまり考えずに従っていただけである。
しかし彼女にとってのこれらの異能や異形を秘匿していることについていえば、「皆におかしなものとして扱われる」ということが問題であって、この世界で凛が魔術師であることを隠すということには、前述したがやはり意味が感じられない。
(私のためなのかな?)
ともさつきは思う。
自分がこのことで責任を感じてしまうことを和らげるために、さつきの結論に凛も賛成したという可能性だ。こういう風に決めたのはあんただけではなく私も選択したことだから――と。
ちょっと考えただけで、あまりしっくりとこないのでその方向には考えないことにしたが。
「………うーん」
と悩みこむさつきを眺めていた凛は、ふと口元をやわらげて。
「どうにもね、この世界――管理世界は、私たちのいた世界と〝根源〟を同じくする平行世界っぽいのよね」
『その技は……!』
『これがコギーさんに学んだ、未来のコギーさんの必殺魔法……』
『必殺!?』
「根源――って、なんなんです?」
とりあえず、さつきは聞いてみた。あんまり難しいようだったら自分にはわかんないんだろうなあ……とかは思っていたが口にはしない。
「全ての源――アカシックレコードという風に説明されることもあるけど、古くはイデアとかも言われてた……まあ、一番簡単な説明をするのなら〝神〟でしょうね」
「神様!?」
「といっても、宗教のそれと違って人格なんてものはないわよ。ただの力の塊……材料の塊――というのが適当かもしれないわね。全ての源であり根本であるから……だから、〝根源〟」
「……よくわかんない……」
「安心しなさい。私にだってよくわかんないだから」
「えー……」
凛は悪戯っぽく笑った。猫のようだ、とさつきは思った。誰かを玩ぶことを楽しみにしているイキモノだ。
「世界の何もかもが生まれて還っていくところ……が〝根源〟よ。あるいは世界そのものもそこから産まれて還っていくのかもね。私たち魔術師はそこに至り、全てを知覚することを至上の命題として代を重ねてきたわ。全てを知ることができたのなら、それは全てを手に入れることができることと同義でしょ?」
「それは……ちょっと極端だなあと……」
さつきは「例えば」とテレビの方へと向き直り。
「この子たちみたいに時間を越えたりすることもできるの?」
知識を得ただけで。
「時間を越える方法を知ることが出来れば、可能でしょうね」
「そんな方法があるとは限らないのに?」
「あるわよ。何もかもがあるってことはそういうことだもの」
「無茶だあ……」
「無茶じゃあないわよ。それに、確かに時間を操作することは魔法の領域だけど、空間を支配することができるこの世界の魔導師たちにしてみればまったく不可能な領域のことではないわよ。時間と空間は同じだもの。一定の空間を支配する結界技術を持つのなら、それは原理的に一定の時間を支配できたのと同じことよ。私たち魔術師でも限定的な時間操作は可能だからね。ただ、魔導師にしてそうだけど、時間流は未来方向へと流れていくから、逆行させるためには強大な魔力が必要になるわ。未来方向へと進めるにしても、相当に難しいでしょうね。今の魔導師たちがすぐに用意できる程度のそれと魔導だと、一分の時間移動が限度かしらね」
「じゃあ、できないってことじゃないの?」
「〝根源〟に至れば、全てがあるのよ。当然、魔力の不足をカバーする方法も見つかるでしょうね。あるいはそんなものを必要とすることなく過去へいく方法もあるかもしれない。もしかしたら〝根源〟に至るということは、それらをも自由に好き勝手に操って、歴史――いえ、世界を作り直すことさえ可能かもしれない。そして多分、それは可能よ」
「……断言しちゃえるの?」
「全てがあるんだもの――勿論、私たちが想像し得ることは全て可能だって思った方がいいわ」
人の想像しえることは、全てが科学で可能になりえる……という言葉をさつきは思い出した。あれは誰がいったのだろうか。何か昔テレビか漫画で読んで知ったことではあるが。
つい、それを言うと、凛は笑みの形を変えた。苦笑したようだった。
そして。
「〝人の想像しえることは、全てが実現可能な魔法事象である〟」
と言った。
「魔道元帥――私たち魔術師の頂点にいる爺……大師父の言葉よ。人が想像できる範囲のことは、全てが魔術によって実現できるってこと。科学でもそういう言葉があるのは、当然ね。科学と魔術は方向が異なるだけで、突き進む場所にあるのは同じ〝根源〟であるのには違いないから」
全てが産まれる場所であり、全てが至る場所である――
「ただ、科学はどこまでいけば〝根源〟に至るのか、もっといえば〝根源〟を認知していない科学では果たして至れるのかどうかも疑問ね……もっとも、〝根源〟に至る必要もなく、同様のことは可能になるのかもしれないけど……」
「それって、」
とさつきは首を傾げる。
「凛さんの言葉を借りるのなら、〝根源〟に至ったのと同じことができるのならば、それは〝根源〟に至ったってことと同じ――ということなんじゃないですか?」
「まあ、そうね」
皮肉ともとれる言葉をかけられ、しかし凛はあっさりと認めた。
「同じことが出来るのなら――少なくとも同じ結果が出せるのならば、神秘の技であるところの魔術なんか使う必要はないのよね。神秘……というと大仰だけど、要は物理法則では見つからない世界の隠された法則……のことだから。魔術を作り出した古い時代の人間にとっては、それに繋がることの方が物理法則どおりに文明を築き上げることよりも簡単だったんでしょうね」
なんとなく、二人は黙り込んだ。
画面の中では、必殺魔法を受けたはずのコギーが意識を失ったままにファニーの首に腕を巻き、さらに自らごとバインドして絞めあげていた。
魔導少女プリティコギーの四十八の必殺魔法に対を成す、五十二のサブミッション魔法の一つ――
〝プリティ・裸締め〟
コギーシリーズの中でも今までシリーズを通じて四回しか使われておらず、しかもそれは最初期の2シーズンだけだったという……あまりのえげつない絵面と効果に、さすがに管理局が『教育的指導』に入ったとすら噂された禁断の技だ。
ファニーは魔力変換資質で炎熱を発してコギーを離そうとするが、コギーは意識を失っているせいもあってかそれにまったく反応せずに逆に腕へと力を込めて、両足をファニーの胴に巻いた。
と、その瞬間にコギーの瞼が開き、腕が外れた。
しかし次の瞬間には改めてファニーの胴へと腕がまわされていた。
そこから。
『〝プリティ・
逆さになり、そのまま地上へと――。
…………。
「つい、みいちゃったわね」
「うん……」
二人ともが感情の抜けた顔を向け合っていた。
「子供向けっていうから正直舐めてたわ……こっちの世界の映像技術が半端ないってこともあるけど、脚本とかもよく練られている……」
「なんていうか、変にリアリティがあるっていうか……子どもの台詞じゃないとは思うんだけど、だけど、なんかこー、この子達ならばこういうこといってそう……って、変に納得しちゃうっていうか……」
キャラが立っている、というのかな。さつきは自分でそうつぶやいてから何度も頷き。
「それで、なんの話してましたっけ?」
「〝根源〟の話よ」
「ああ……」
さつきはお茶請けのクッキーに改めて手を伸ばす。
「なんか話が大分それてましたね」
「実は、そんなでもないんだけどね」
「え?」
「まあ、それで〝根源〟なんだけど、まったくの異世界でも同じ〝根源〟なのか――ということは、議論されていたのよね」
「……どういうことです?」
「解りにくい言い方したかしら。つまり、想像しえることはなんでもありえる――ということを突き詰めると、根源を同じくしない世界だってありえる……ということじゃない?」
「あー……」
さつきは漠然とした表情で頷く。
「そういうのも、ありなんですか?」
「ありでしょ。というか、まったくあり得ないことではないと思うわよ。可能性としては、たとえば〝根源〟かそれと同位の存在がいたとして、新たに世界を創世したとしたら……」
「そんなこと、」
「可能性ならなんでもありよ。もしもそういう世界が創世されたとしたら、大元はその作った人間の所属していた〝根源〟より派生したものではあるけど、そこは新たな〝根源〟からでてきた世界でもある……果たしてそこは〝根源〟が同じであると見なせるのか」
遠坂凛の表情は、大真面目だった。フザケているのではないということはさつきにも理解できた。だからといって、どういう風に返事をしていいものかというのはさっぱり解らなかったのだが。
「確かめる方法は――ありませんよね」
慎重に考えつつ選び出した言葉だが、そこで凛は「ふふ」と笑った。
「この思考実験も、そこで止まったわ。いえ、正確には試す方法そのものにはだいたいの結論はでたんだけど」
「……あるんですか?」
「魔術が使えるかどうか、試してみればいいのよ」
「――――」
魔術というのは、いくつかの例外はあるが基本的に魔術基盤というものがあり、そこに魔術刻印を通じてアクセスして魔術回路から送り出した魔力で現世にその効果を発現する――というものだ。
魔術基盤、というよりも魔術そのものが〝根源〟より流れ出たものである以上、〝根源〟が別のものでもないかぎり、どこの平行世界にいこうとも、仮にその魔術がまだ作られていない過去の世界に行こうとも、ちゃんとした手順を踏めば魔術は発動するはずだ。
「ま、理屈の話なんだけどね」
「ああ、それで……」
やっと最初の話に繋がった。
この世界でも彼女の魔術が使える以上は、この管理世界というのは彼女らのいた世界と平行世界の関係か、少なくとも〝根源〟を同じくしているということなのだ、ということになる。
「そうなるとね、いくつか困ったこととかできるのよね」
「困ったこと?」
「平行世界だということは、この世界の人間にも魔術は使えてしまう可能性が高い、ということよ」
「――困ることなんです?」
「困ることなのよ。まず魔術基盤の性質の問題があるのよね」
魔術基盤というのは、その世界から〝根源〟へと繋がるための通路であるともいえる。勿論それは比喩表現であるが、通路というのは恐らく実態としてもかなり近しいものだと魔術師たちは考えていた。というのも、彼らの使う魔術は使う人間が増えることによってその発動された場合の威力、効果……切れ味のようなものが異なるのが確認されているからだ。
これは一つの基盤にはなにがしかの処理できる限界があり、少なくとも即時的、同一世界においては、その魔術を使用する人間が多くなるほどに使いにくく……あるいは、どうしても威力が落ちていく、という風に考えられていた。
さつきはその説明を聞いて。
「ああ、アクセス過多になるとサイトを開くのが重くなるみたいな感じなんだ」
という納得の仕方をした。
今度は凛の方が怪訝な表情をしてみせた。
「たまにシオンと一緒にマンガ喫茶とかにいってネットしたりするんだけど、その時にそういう話を聞いたことがあるの。夏休みになると大規模投稿サイトとかをみるのが大変だって」
「……やけに斬新な比喩だけど、だいたいあってるのがムカつくわね」
まあいいわ、と凛はそこで気を取り直し。
「これが魔術を秘匿する理由。そしてこの世界でもこのことを隠している理由よ。『神秘は隠されているから神秘である』ってことね。衆目に晒されて公然の技術として広まってしまったのなら、神秘の技はあらゆる意味において力を失ってしまうのよ」
「秘すれば花――」
「秘さざれば花ならざるなり――風姿花伝ね。それは芸事における演出上の心得をさして述べたものであるから魔術師にとっての神秘とは意味が異なるけど、まあおなじようなものではあるわね。隠しているからこそ力になる、ということはあるのよ」
もしもこのことを別に異世界だからかまわないか、とばかりに晒して回ってたのならば、凛は元の世界に帰ることはできなかっただろう。元の世界の魔術師たちにとっては、隠していることによって力を得ているのだから、それを公開するということは彼らの存在そのものを否定することになる。
中世、近世から現代へと通じて魔術はただの迷信と貶められた。それは発展した科学が神秘を存在しえないものと暴き出したということもあるが、彼ら魔術師が魔術基盤の仕組みに気づき、自らの存在を隠すために行った情報操作という一面があった。
そこまでしてまで隠し通そうとしたことをばらしてしまったのならば――
凛は決して許されまい。
彼女だって、自分の命は惜しいのだ。
それにもしも、そこまでのことをしてしまったのならば、処罰の対象になるのは彼女だけではなく、累は家族や一族にまで及ぶ可能性があった。
それでも。
それでも、もしも万が一、目の前で誰かが命を失おうとしているのを目にした時、果たして……。
「うーん」と腕を組んで考えていたさつきであったが、ふと気づく。
「あ、それだとこの世界の魔法――魔導はなんなんですか?」
魔術をこの世界ではそう言い換えているのかと、さつちきはなんとなく思っていたのだが。
「あれも魔術基盤のようなものがあるのかもしれないけど、私のみた限りでいえば神代魔術に近い感じね。基盤を通じてではなく、術式を通じて世界に直接干渉しているわ」
「?」
「彼らの操る魔導の言語は、偽神言語にかなり近い……あるいは彼ら自身がより〝根源〟に近い存在なんだと思う」
さつきにはさっぱり解らなかった。
凛は「バベル」と言った。
「聖書にあるわね。天へと届く高い塔を建てようとした私たちの先祖は、神の怒りに触れて塔を崩され、互いに言葉を通じなさしめん――共通する言葉を奪われたのよ」
「あ、なんか聞いたことがあるかも」
「この話が何処まで事実を反映したものかは解らないけど、遙か昔に何かの霊的な混乱があったのは確かみたいよ。世界各地の神話に残る大洪水や、世界が崩壊するという物語の源イメージはそれではないかって説もあるわね」
「ノアの洪水みたいな」
「あるいはラグナロクなどもね。でまあ、これで古代や神代では簡単にできていた大がかりな神秘がどうして今ではできないのか、ということについての説明もつくの。かつては星振の位置や龍脈などの世界のありようが違っていたのだと考えられていたけど、十何年か前に一人の天才が言葉そのものが神代と今とでは違うのだということを突き止めたわ。それがバベル以前に使用されていた言葉――ゴドーワードよ」
「……どんなことができるの? なんか聞いてるだけですごそうなんだけど」
「いわゆる言霊みたいなものよ。その言葉自体があらゆる言語の原型であり、より〝根源〟に近い言語であると考えられているわ。だからどんな言語圏の人間でも使える……いえ、使えるのではないはね。聞こえる、通じるっていった方がいいかしら。その言葉を使って話しかけたのならば、世界はそれに従うの。言葉そのものに力があるということはそういうことよ。勿論、その言葉が日常的に使われていた時代は、人間そのものが違っていたみたいだから、そうそう簡単に悪事に使用されることはなかったんでしょうけど」
さつきはその説明を聞いてふと疑問を覚える。
「人間そのものが?」
そういわれて、凛は苦笑した。
「ああ、少し話が横道にそれたわね。この世界の人間の話よね。ええと、話そうとしていたことは霊的混乱についてで、私たちのいた世界では、ゴドーワードのように古代では言葉そのものが〝根源〟に近かった――それならば、それらを当たり前に操る私たちの先祖たちもまた〝根源〟に近い存在だったというのが、最近での通説よ」
「はあ……」
さつきはなんだか感心したように息をもらす。
「昔の人はすごかったっていうのは、本当なんですねー」
「それはちょっと意味が違うと思うけど……」
まあ、それで。
と凛は気をとりなおし。
「なんで〝根源〟から遠ざかったのかはまだ正確な事情は解らないんだけど、とにかく起きたバベルによって、人々の血、霊的因子がごちゃごちゃに入り交じってしまったんでしょうね。あの金ぴかが今の人間たちを雑種って呼ぶのもそういう意味では正解ね。あいつの頃にすでにバベルが起きていたのかどうかは不明だけど、代が下れば混交はより進むもの。そうして私たちはより〝根源〟から遠ざかりながらも、なんとかそれに逆行するために研鑽を続けているって訳ね」
そのより〝根源〟に近かった頃の、原型とも呼べる時代への人間への回帰を求めて、ある魔術師は人間そのものを再現する術を作りだし、ある魔術師は魂の指向性そのものを探りだそうとした。あるいは――
それらの試みがまったくの無駄であった訳ではない。
幾つかの研究は封印指定を受けるほどの高度なものと認定されたという。
しかし。
それらの研究から人間の原型に至り、〝根源〟へと足を踏み込めた者は未だでていない。
「でまあ、ここからが私の推測。多分だけど、この世界、管理世界と言われるところでは、そのバベルが起きなかったか、起きたとしてもかなり小規模だったか……もしくは最近に起きたんじゃないかしらね」
「ああ……」
とさつきはやっと納得した。
「つまり、この世界の人たちは、わたしたちの世界よりずっとその〝根源〟に近い、スゴい人たちだってことなんだ」
「そういうことになるんだけど、なんかその言い方はムカつくわね」
そういいながらも、凛は大して怒ってはいない風ではあった。
「この世界にいう魔導の解析なんて私にはちょっと無理があるから、もうほとんど推測なんだけど、どうにもこの世界では魔力で世界に直接働きかけて物理現象を越えたことを起こす方法を総じて魔法、あるいは魔導といってるみたいね。機械的な補助はされているけど、世界に直接働きかける術式は、私たちのいた世界でも存在する。神代の魔術師であるキャスターが使っていたのをみたことがあるけど、感触としてはそれにかなり近い……と思う。ただ、使用に際しては魔術回路に相当するリンカーコアで魔力を作り出していることから考えて、私らの使う魔術と神代の魔術の中間くらい――みたいなものね」
「わたしはそのキャスターさんって人は知らないんですけど」
さつきは手をお茶請けに伸ばした。話が一段落したとみなしたらしい。
「推測に推測の重ねがけってもなんだけど、もう一度いうと、この世界ではバベルが起きてないか、起きてても小規模だったか、それともわりと最近で、まだ私たちほどごちゃごちゃ入り交じってない状態なのか……で、自分らの使う魔術式を、さらにある程度発達していた機械文明で解析して再現することが可能にできたんだと思う。ああ、だとしたらこの世界でバベルが起きたのは最近ってのがもっともらしいのかしらね。あるいは次元移動魔法とやらで機械文明の発達した世界から技術を導入することができたのか。いずれ私たちのいた世界より、遙かに発達した魔術――というよりも、これは魔力運用、あるいは活用……もっと簡単に利用、でいいのうかしら。そういう術を身につけているってことね。いうなれば、この世界では魔術と科学は未分化のままに発達している、ということね」
「なるほど」
といってから、さつきはクッキーを口にいれ、ぽりぽりと噛み砕く。
どうして今になって凛がこんな話をしたのかということはさっぱり解らないのだが、なんとなくいろんなことが解ったような気になれた。とりあえずの時間潰しの雑談としては、こんなものでもいいだろう。
では今度は、自分の方から何か話してみようか、とさつきは考える。
(けど私の知ってて遠坂さんの知らないことで、なおおもしとかためになることって何かあったかな)
だいたいのプライベートに関係するようなことは、出会ってから半年で折を見てだいたい話してしまったようにも思うのだが。
「で、ここからが本題なんだけど」
不意打ちを食らった。
気がした。
凛の表情は真剣になっていた。一体なにに対してどうというのはさっぱり見当はつかなかったが、真剣で本気で大まじめだった。
「今日あなたがいってたこと、覚えている?」
「今日?」
さつきは思い出す。
あのラブホテルで凛の濡れた肢体を見てから吸血衝動に襲われて湯船の中に押し倒してしまって……
「真っ赤にならないの! 私だって恥ずかしいって――いうか、それじゃない! それの前に話していたでしょ」
「? んんんんんんん」
――死体がでてこないですし
「ああ」
自分がいってたことを思い出す。
「ああ、遠坂さんのいってたことはそのことなんだ。この世界では死者のなり損ないの死体がでてこないのは、みんなその〝根源〟に近いから、なんだね」
なるほどなるほど、となんだか納得して頷くさつきであるが。
「私も検証しつつ、そういう風に考えて納得しようと思ったんだけど」
凛はTVへと目を向けた。
『次回のプリティコギーの活躍、楽しみに待っててね』
「――?どうしました?」
「なんというか、このアニメの舞台は、架空ではあっても管理世界ではあるのよね」
「え。ええ、そうなってるはず……」
「この作品でも、魔法を自由に使いこなせない人間はふつうにでてくる」
「……アニメと現実をごっちゃにするのも問題ありだけど、最低限のリアリティは確保されてはいると思うのよ。こういうのでも」
「あ、だけど、でも、魔法が使える使えないっていうのは、霊的な資質とかそういうのとは関係ないと思うんです……けど、」
「そうね。それはあるでしょう。私もこの世界の人間が私たちの世界の人間より〝根源〟に近いとしても、魔法に対する向き不向きとかはあるかもしれないって」
だけど。
「さっきも言ったけど、次元移動魔法で、いろんな世界への行き来が可能になってるのよね。管理世界って。ならば、魔法の資質がほとんどない世界からの人たちだってある程度はいるはずよね」
「…………」
「いくらなんでもね、一年間吸血鬼が、死徒が、それも二人もが暗躍しといて、それでもなおかつ死体がでてこないっていうのはさすがに不自然にすぎるわ」
「でてきたのを始末しているとかは?」
「あいつらが? 二人でこの都市全体をカバーしていたわけ? 一年間も?」
「…………」
さつきは答えられなかった。
死徒が血を吸い殺した人間は死者という使い魔になる。そして自我のないままに血を吸い、その力を主へと送るということになる。だが、血を吸われた相手が必ず死者になるかというとそうでもない。死徒の方にも選択権はあるし、死者になるにもある程度のポテンシャルが必要となるのだ。かつて三咲町でも、死者にならずに死体となって見つかった例が幾つもあった。ただ、そのことでさつきは特に疑問を覚えていなかった。この世界ではみんなではないが多くの人が魔法を使えるし、それならばある程度の霊的な資質を持っているということであり、死体になることもないのだろう……という風に考えていた。
しかし、確かに言われてみれば不自然ではある。
三咲町のような街ではなく、ここは管理世界では小なりとはいえ、管理局の支部もおかれた都市部である。
そこで広がり続ける死者たちの汚染の中からでてくる死体――を、全てどうにか始末してしまう――というのは、さすがに無理があるように思えた。
過去の二十七祖に匹敵するといわれたさつきであっても、それが自分に可能かと言われたら無理だと首を振るしかない。
いや。
「死徒の仲間をどんどん増やしているとかして」
それはそれで由々しき事態なのだが、さつきは言う。
「そういう死徒を別働隊にして、死体を見つけては始末させているとか……ありえない、かな?」
「その可能性も、あるわね。むしろそれが一番高いのかしらね――けど」
「けど?」
「……それだったら、私たち、すでにそいつらに接触してないとおかしくない?」
「―――――――」
もっともだ、という気はした。
しかし、例外というのは常にあり得る。
もしかしたら、あの二人……は、自分らを確実に追い詰めるために監視体制を敷いていて、死徒たちを数多と作りつつも接触させないようにしているのではないか……とまで考えて、それはありえないとさつきは首を振る。
(そんなことしているのなら、こうして休んでいる時とかでも襲ってきたらいいわけだし……それに、元魔術師の方はともかくとして、もうひとりのアレは――)
そんな小細工は考えまい。
眉をひそめるさつきであったが、ふと凛へと顔を向ける。
「とりあえず、遠坂さんには何かそれについて思いついたことがあるみたいですけど」
「ええ、私は管理局が、」
「――帰ってきたみたいですよ? 家主さん」
「あら、今日は随分と遅いのね」
ガチャリ、と機械式の錠が音を立て、扉が圧縮空気と共に開いていく。
「――誰だ」
誰何の声が、した。
どうやら玄関に入った時に異変を感じ取ったらしい。
「あら」
と凛は目を瞬かせた。
「暗示が解けてる?」
「ええと、確か言ってませんでした? 確かここの人は武装形態をとるごとに何か術式が無効化されるとかって……」
魔術の知識はないのだが、一応今の生活に直結することについては彼女だって記憶しているのだった。
「そういえばそうだったわね。もう訓練なんか随分としてないから忘れてたわ」
「もう……」
訓練というのはその暗示をかけている対象がしているか、ということであるが。
ダイニングに黒い風が飛び込んできたのはその時であった。
黒い喪服姿をきた女――ウルスラは、留守にしていた自室のダイニングでくつろいでいる二人の女性を見て、眼をいっぱいに広げた。
「貴方たちは……!」
「あ、おじゃましているわよ。セイバー、じゃなくてウルスラ」
「おじゃましてまーす」
のんきな挨拶をする二人。
ウルスラは一瞬あっけにとられたが、さすがにそのままではいなかった。手に剣型デバイスを顕現させようとして、それが今日の闘いで壊してしまったことを思い出し、それでも片手に魔力を集中して魔風を拳に纏わせて、
凛の前掃腿とさつきの内腕刀が繰り出されるのは、同時であった。
「…………!」
いかに彼女が室内での魔力展開を躊躇っていた、今日にあった闘いにより心身共に消耗していたとはいえ、二人の動きは鋭く、容赦なく、見事なまでに連携がとれていた。
気がつけば、ウルスラの両手は頭上に伸ばされてさつきによって床に押し付けられ、腰の上には凛が跨っている。
「貴様ら……ッ!」
「うーん……この世界の魔導師とか騎士って、この手の魔術に不慣れだから割りとすぐ効くんだけど、この子みたいな無効化体質の子がたまにいるのよね。さすがは平行世界のセイバーってところかしら」
「!? 一体、何を――」
顔を覗きこまれ、凛の目を直視して。
ウルスラの表情が凍った。
そして。
凛は、ウルスラに覆いかぶさるようにキスをした。
さつきは「うわー」と顔を赤くさせてから目を逸らしつつ、ちらちらとその様子を見ている。
……数分ほどの粘りつくようなやりとりの後、凛が上体を起こし。
「おかえりなさい、ウルスラ」
と言った。
「あ、はい……遅くなりました。リン」
ウルスラはそう答える。
さつきはそれで安心して両手を開放し、立ち上がる。
凛もまた立ち上がり、元のダイニングの席に座り直した。
「友達を呼んでいたのですか……まあ貴女には鍵を渡していますから、どういう風に扱ってくれてもいいですけど……急に襲いかかるというのはやめてください。私とて騎士たるものとして常に冷静に心がけるようにしていますが、こんなことをされてしまってはとっさにどんなことをしてしまうか。今日はたまたまデバイスが手元になかったからよかったものの……」
「こめんなさいね」
凛は艶っぽく笑ってみせた。
彼女がウルスラに出会ったのは、この世界にきてからそう間もない頃である。
なんとなく町を歩いてて、元の世界の友人と間違えて声をかけてしまったのがきっかけだった。なんで世界が違っているのが解っていながらもそんなことを凛がしてしまったのか。
それは彼女がうっかりしてしてたからであるが。
とりあえずその時にごまかそうとして暗示をかけてしまい、思いの外かかりがよかったことから凛はこの世界の魔導師がこの手の精神系の魔術に不慣れであると知ったのだった。そしてウルスラがバイセクシャルであると知って恋人として上がり込み、寝物語にこの世界の事情を聞き出したのである。概念武装の確保のためにギル・エレクという恐らく金ぴかの平行世界の同一存在らしい少年も紹介してもらえた。そんな感じで、ほとんど結果オーライみたいにこの世界に彼女は足場を築いたのであった。ちなみにこの少年についてはさすがに小型金ぴかだけあって油断がなく、暗示をかけて売値を安くしようとしたが無理だった――というどうでもいいエピソードがあるのだが、それこそどうでもいい。
さらに凛は念のためにと他に何人かの「パトロン」を確保し、何日かごとに渡り歩いているが、ほとんどジゴロみたい――とは、彼女自身が思っていることである。
「今日はお葬式だったんでしょ。ちゃんとお別れの言葉は言えた?」
凛はウルスラの帰りに合わせて用意していた料理をテーブルに広げながら、本当に何事もなかったかのように世間話のつもりそう聞いた。
さつきはその様子を感心しながら眺めている。
つい先程にあんなことをしといて、なお平然としていられるという凛の精神力……というよりも、肝の太さ、あるいは図太さには賛嘆を禁じ得ない。
ウルスラは喪服から普段の部屋着に着替えてから、椅子につく。
「ええ。とは言っても、遺体はございませんでしたが」
「? ――どういうと?」
「それは……」
彼女らは互いに知らない。
昨晩にこの二人が、死徒になりたててほとんど理性のない状態だった騎士を滅ぼしたことと。
そしてその騎士が、このウルスラの元夫であったことを。
まだ、知らない。
転章
(静かだ)
ティアナは目を閉じていた。
余計な情報を耳にいれないためだ。
かつて六課で学んだこと、執務官として得たこと、それぞれ重要なことは幾らでもあるが、つきつめれば集中と選択――何にリソースを振り分けるか、そしてその判断をどういう風にするのかということとなる。一人の人間にできることは限りがあり、そしてできること以上にやらねばならないこと、またはやるべきことが厳然とその瞬間瞬間に存在する。ティアナが六課で学んだことはその理念と修練の方法であり、執務官として得たことはそれらの判断のための経験値であった。
今、彼女はかつてなく集中しようとしている。
夕刻に激しい戦闘をしたばかりだ。
いや。
正しくは、彼女自身はその戦闘に際してほとんど関わっていない。
あのエミヤという男に幾つかの魔法を仕掛けた。
あのなのはさんモドキに攻撃を仕掛けようとした。
それらのいずれもが不発に終わり、腹部に得体の知れない打撃を受けた。外傷を与えずに内蔵に衝撃を叩きこまれた。フェイトさんに効いた話では、恐らく八卦掌なる地球の武術に伝わる浸透勁だろうという話だ。勁という概念はフェイトにも説明は難しいようだったが、ティアナはそれを地球におけるストライクアーツ的な魔力打撃法の一種だという風に理解した。それ以外にもそれ以上にも考える必要はないように思えたし、実際にスバルに以前にそのような打撃があるというようなことを効いたことがある。原理が異なっていようとも現象が同様のものであるのならば、とりあえずはそのように判断をすればいいだろうと、彼女は執務官として培った経験から思う。とにかく触られなけれけばいい……というのは対症療法的なものであるが、いずれ打撃に対する根本的な処方でもある。そしてミッドの魔法医療はストライクアーツに対してはそれなりの蓄積があった。
今は特に違和感はない。
それでも、今日の残務はクラウディアの面子が片付けるから、現場で戦った者は休むようにという通達を受けた。
クロノ・ハラオウン提督の判断は妥当だとティアナは思う。
妥当だとは思うが、そのまま従う訳には彼女はいかなかった。
本来ならばクラウディアで昏睡中のフェイトの隣のベッドで、自分も横になって調整を受けてなければいけないはずだった。
なのに。
彼女はここにいる。
休養をとるのも職務である。だから、ここにこうしているのは明らかに職務に反することであった。
特に見咎められることなクラウディアを抜けだして地上に降りることができたのは、ティアナのダメージが軽微であると看做されているということと、地上の宿舎に忘れ物をしたという言い訳が通じたからであるにすぎない。
そう長くここにいることもできないだろう。
あまり遅くなると、心配される。
それは、今はあまりありがたいことではない――。
瞼を閉じたまま、呼吸を整えていく。
外部の情報を遮断し、集中を高め、皮膚感覚を鋭敏にしようと彼女はつとめていた。
一瞬とても油断はできない。
ティアナは、今の自分が敵地にいる前提に精神をおいていた。
何故ならば。
こつり
音がした。
ティアナは振り向かなかった。
しかし。
「遅かったですね」
感情を押し殺した、声。
返ったのは。
「ごめんね」
何処か親しみの混じった言葉。
「遅くなっちゃった」
モドキでも。
思念通話の先にでもなく。
――高町なのはが、そこにいた。
つづく。