Over the lights・Under the moon(なのはと型月クロス・改訂版)   作:くおん(出張版)

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回想/2

 吸血鬼とは……しばらくの間死んでおり、その後に蘇生して生者の血をすするようになった死体のことです。

 

 18世紀ヴァチカンによる吸血鬼の見解

 

 

 

   回想/2

 

 

 

「あ、私の名前は、弓塚さつきって言います」

 

 月下の魔術師の城で出会ったその少女は、ぺこりと一礼してそう名乗った。

 その仕草はお世辞にも洗練されているとはいえず、さりとて無礼というような類でもなく、本当にそこらにいる女子高生が緊張しながらも精一杯やってみた……という風だった。

 少なくとも、衛宮士郎にはそのようにしか見えなかったし、その隣に立つ彼の師である遠坂凛にとってもそうだったろう。

 とても、十数体の魔道の兵器を一人で片づけられるような存在には思えない。

 そう。

 まさに「片づけた」という言葉が似合うような少女の所行であった。とてもこれをさして戦闘だなんて呼ぶことはかなうまい。魔力、身体能力、反射速度……およそ生物が持ち得る戦闘力において、その全てで圧倒的なまでの性能差があったのだ。まったく相手にならなかった。赤子と大人を比べるようなものだった。

 その少女がぺこりと頭を下げた時、凛も士郎も思わずぴくりと体を震わせてしまったものであるが。

 ただの挨拶だったことで、しかし安堵ではなく二人は困惑してしまった。

「……どう思う?」

「どうって……あんたこそ、どうなのよ?」

 二人は顔を見合わせたかったが、この少女の脅威度を考えたのならば一瞬だって目を離せない。

「ただものじゃあ、ないよな……」

 慎重に言葉を選んでだしたのだが、「バカ?」と言われた。

「ここにいる時点でただものなはずがないでしょ」

 まして、あの戦闘能力。

「サーヴァント並……とまではいわないでも、それに準じるレベルね。正直、ここまでとなると何かの混血か、さもなくば、」

「あ、あの………」

 おずおずと、さつきと名乗った少女は口を挟んだ。

「何よ!?」

 思わず叫ぶ凛。

 士郎はとっさに物干し竿を構えようとしてしまったが、さつきの方もまた士郎たちのリアクションに怯えてのけぞっているを見て、なんだか自分たちがひどく間抜けなことをしている気がしてきた。

「………………………」 

「………………………」

「………………………」

 お互いにどういう反応をしていいのか解らなくなっている。

 対峙しているのは魔術師二人と強力な魔性を秘めた謎の少女。

 であるのに、ここに漂う空気というか緊張感は微妙なものだった。

 さつきはそれでも気を取り直し。

「あの、私、名乗りましたよね!?」

 思い切って、という感じで大きな声を出す。

「名乗ったわよ!?」

 凛も、なんだかよくわからないが声を張り上げて応じた。

「だから何!」

「えっと、その……名乗った訳ですから、そちらのお名前とかお聞かせ願えると、うれしいかなあって……」

 凛は息を吐き。

「あのね、あなた、そういうのは、そちらから――………名乗ってたわね」

(あの遠坂凛が、緊張している………)

 士郎はその様子を眺めていて、なんだかそんな場違いなことを考えてしまった。彼の師であり恋人でもある彼女、遠坂凛ともうあものが、明らかに自分のペースを取り戻せていない。理由は考えるまでもなかった。ついさっきにみせた圧倒的戦闘力と、このどうみたって一般人にしか見えない仕草のギャップが埋めきれないのだ。

 彼らにしたって今まで様々な修羅場を乗り越えてきている。

 強大な敵、理不尽な敵、……対峙したものだって、そこらの魔術師が一生かかっても二度とは巡り会わないだろうようなおかしな相手が何人となくいた。

 しかし、それらのどれともこの少女はタイプが違う。

 むせかえるほどの血の匂いをさせながら、恐るべき魔性の力をふるいながら、この弓塚さつきという少女はあまりにも――普通だ。

 容姿でいえば結構かわいい。絶世の美少女だの傾世の美女だのとまではいかないが、クラスにいれば自然と目が吸い寄せられていくような、テレビで眺める最近のアイドルたちくらいには充分に綺麗といえる。雰囲気も、人を寄せ付けないような怜悧さ、華やぐような派手さはない。むしろ地味めだろう。しかし、あるいはだからこそ暖かみというべきか、親しみやすさが感じられるものだった。

 今まで彼らと出会った敵は、誰もが平凡を装いながらもどこか違っていた。善人として振る舞おうとして何かを隠しきれなかった。

 この弓塚さつきという少女は、それらとは本当にまったく違っている。

 むしろ真逆というべきなのだろうか。

 これほどに異常なのに、その能力も資質も、彼女の平凡さを隠し切れてない――

 精神のありかた、魂の位置が、あきれるほどに常識的で普通なのだろう。

 それはそれで異常といえなくもなかったが、だからといって何がどうでどう糺せばいいのかなど士郎には見当もつかない。

 だからこういう時は生物としての本能と魔術師としての感覚と、何よりも聡明である師の凛の判断に任せることにしている。

 時に凛の判断を超える事象もありえるが、今のところ彼の本能も感覚もそういう予兆はとらえていない。

 凛に任せて問題はないだろう。

 いや、それどころか。

「さつき――弓塚さつき――弓塚」

 口の中でさつきの名前を繰り返していた凛は、何かに気づいたように顔をあげた。

「弓塚さつきっていうと、もしかして三咲町の弓塚さつき――〝逆時計〟、〝乾いた五月〟、〝悪夢砕き〟、〝夜破り〟、〝獣殺し〟、〝路地裏の散歩者〟、〝姫君の孫娘〟――数多の異名を持ち、新参にしてすでに白翼公を警戒成さしめている、死徒二十七祖の十位……!」

 凛のその言葉に。

「ええええええぇぇぇぇっ!?」

 あろうことか、とうの弓塚さつきが驚きの声をあげた。

「い、いつの間にそんなにいっぱいあだ名が……」

 二十七祖入りという話は聞いてたけど、などとぶつくさと、半ば現実逃避するように呟く。

「二十七祖って、凛……」

 士郎は耳打ちする。

「ええ、そうよ。あの子はおそらく、この世界で上位27人に入る強力な吸血鬼の一人よ。しかも十位ってことは、ほとんど人間の太刀打ちできないレベルってことね」

「そんな怪物みたいに言われても……」

「怪物じゃあないの」

「うう………」

(だけど、いじめられっ子だな……)

 ナチュラルボーンいじめっ子の遠坂凛に突っ込み返されてしょぼーんとしているさつきを見て、士郎は思う。

 凛とさつき、この二人の戦闘能力の差は、恐らく頭二つはこの少女が上だ。

 しかしそれはそれとして、精神の部分で凛が上位に立っている。それは生物としてのスペックの差ではなく、人間としての相性のようなものだろう。勿論、そういうものがなくとも凛は容赦はしなかっただろうけど。

(どっちにしても、そんなに悪いやつには見えないが)

 三咲町という地名には覚えがある。

 ここからそんなに遠くはないところにある、遠野という混血の家が支配する霊地であるという。近年この街に多くの異能やら怪物やらが集まり、おかしな事件が頻発しているのだそうな。冬木の管理者である遠坂の一門に連なる魔術師として、その程度のことは士郎だって頭に入れていた。ここ数年は倫敦で生活をしていたが、いずれは冬木に帰って凛をサポートするのが彼の役目であるからだ。もっとも、凛は士郎よりもさらに日本の事情に詳しいらしい。定期的な報告が日本から倫敦にあるのだろうか。

 彼がそんなことを考えている間にも、少女吸血鬼と女魔術師は言葉を交わしていた。

「常識で考えなさいよね。あんたみたいなのは普通に化け物とか怪物とかいうのよ」

「だけど、怪物と人間の差は心のありようだってアウグスティヌスさんが……」

「そんなのおためごかしよ。あの連中は裏では異端狩とか怪物狩とか当たり前みたいにやってるし」

「リーズやシエル先輩はそういうことしてなくて……」

 ……なんだか、難しいこと話してる。

 いや、そんなに難しくはないのかもしれない。

 とにかくなんだかよく解らないのだが、さつきは自分がそんなに大仰に言われるような怪物ではない――ということをいいたいらしい。確かに、いわれるまでもなく、雰囲気やら態度やらは本当に普通の人間にしか見えない。これは何度だって重ねていえる。

 と。

「―――――」

「―――――」

「―――――」

 三人は同時に顔を上げ、ある一方へと眼を向けた。

 そこにはまだ何もない。

 濃密な闇があるだけだ。

「……三分、くらいか。だけどちょっと遊びすぎだったかしらね」

 凛の言葉は、さつきと遭遇してから話し始めての経過時間である。

「ペース争いは重要だからな。凛の判断は間違ってないぞ」

「ありがとう。救われた気分だわ……」

「え? え?」

 二人のやりとりに、さつきは思考がついていってないようだった。

 要するに、これから戦うかどうかも解らない相手ではあるが、どうなるか解らない相手なだけにとにかくこっちのペースに乗せてしまおうと……凛がそこまで戦略的に考えていたかどうかというとかなり怪しいというか、そもそもからして彼女はナチュラルにいじめっ子であり、たとえ英霊が相手だろうとも自分のペースを崩さず、相手をやり込めるように行動するわけであるが――倫敦での生活で、そのあたりを彼女は意識してするようになっていた。 

 しかし問題は、この領域の本当の支配者は別にいて、そいつを止めるまでに時間がさほど残っていないということだった。

(だけど、どうする? この娘を放置していくか?)

(そんなことできるわけないでしょ。強力な吸血鬼が目の前にいて、敵対するつもりはないにしても、このままほっとけるわけが――)

「あ、あの……」

 改めて、さつきが口を挟んだ。

「もう一度、聞いていいですか? あなたたちのお名前を、教えてください。できれば所属している組織とかそういうのも」

 二人はしばしだまりこんだが。

「冬木の管理人――魔術師、遠坂凛」

「その弟子の衛宮士郎だ」

 そう、名乗る。

 さつきは「とおさかさん、えみやさん……」と口の中で呟いていたが。

「改めて。私は、弓塚さつきです。路地裏同盟の吸血鬼です。ちょっと依頼を受けてここにやってきました。気軽に、さっちんと呼んで下さい」

 さっちん。

 本当にそう呼んでいいものか、二人はしばし悩んだ。

 悩んだ末に二人してその呼び名は使わないことに決めた。

(キャラじゃないし……)

(あんまり渾名で呼ぶの慣れてないしな……)

 二人の内心などしらないさつきは、ぺこりと頭を下げて。

「詳しい事情は後ほど話しますけど、とにかく今は急いでいますから。あ、悪いことしにきたんじゃないから、安心してくださいね」

 では――

 と言い残し、跳躍する。

「ちっ。――トレース、」

「やめときなさい」

 凛は士郎を止めた。

「無駄に魔術を使う必要はないわ。今はとにかく、追うわよ」

 勿論、士郎にいなやはなかった。

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

「なあ、路地裏同盟ってなんなんだ?」

 二人は再び城の中を駆け出したが、数分とたたずに士郎は併走する凛へと聞いた。

「そんな組織、聞いたことないが」

「……まだ、世界ではそんなに広まってないか」

 業界では一部有名なんだけど、と凛はぼやくように言う。

「あの弓塚さつきを盟主とした、はぐれの吸血鬼や異能たちの集まりよ。とはいっても、純粋に死徒は彼女一人だけって話だけど。かのワラキアの夜の残滓たちを集めたとも言われているけど、詳細は不明。ただ、どいつもこいつも並々ならぬ怪物ぞろいらしいわ」

 アトラス院の学長やら聖堂教会の騎士団の元団長、果ては退魔の殺し技を使うパンダ、強力な夢魔……まで、とにかく色々といるのだという。

「色々というか、色物って感じだが」

 士郎はそう感想をもらす。

「私も、正直そう思った」

 凛は苦笑しているようだった。

「だけど、その実力は本物よ。混血の統領たる遠野家も一目おき、教会の代行者ですらも手出しせず、真祖の姫がたまに一緒にティーパーティーを開くくらいだっていうわ」

「……最後のがよくわからないが、とにかくすごい連中が集まった組織だってことだな」

「凄いのよ」

 凛は頷く。

「もしかしたら、全員集まったらサーヴァントの一人や二人ともやりあえるかもしれないくらい」

「……………そういえば、あいつらは桁外れなんて言葉でも足りない連中だったんだよな……」

 しみじみと、士郎は言った。

「普段をみてたらすっかり忘れてしまいそうになるけどね」

「違いない――で、そのサーヴァントとすらもやりあえるかもしれない路地裏同盟の盟主ってことは、弓塚さつきは相当に強力な死徒なんだな」

 実際にこの目でみているからには並みではないのは解っているが、仮にも二十七祖に数え上げられる存在だ。先ほどのそれとても片鱗程度のものでしかないのかもしれない。

「やはり、みた目通りの年齢じゃないんだろうな」

「いえ、みた目通りのはずよ」

「………本当か!?」

 士郎が驚くのも無理のない話だ。

 いわゆる吸血鬼の中でも死徒になる方法は幾つかあるが、一番多いのはやはり血を吸われるということだ。それも吸う側がそうすることを選択した場合と、霊的資質が高かったせいで偶発的に、結果としてそうなったという場合の二つがある。さつきの場合は後者のようだった。

 そしていずれの場合にせよ、力を持つにはそれなりの期間を修行に費やさなければならない。吸血鬼になった段階で身体能力も魔力も格段に延びるが、それは人が本来潜在させている力を発揮させているにすぎない。それだけでも常人にとっては脅威ではあるが、吸血鬼の頂点たる二十七祖に成り代わるとなると、それだけではとても無理だ。それ相応の年月を閲していると考えるのが当然だった。

 しかも。

「彼女、たった一晩で死徒化したそうよ」

 通常は数十年はかかりかねない行程を一晩にまで圧縮してしまえる資質とは、一体どれほどのものか。

「そして親たる二十七祖番外位であるロアをその手にかけ、十位のネロ・カオスを殺し尽くし、十三位のワラキアの夜をも駆け抜けたというわ」

 さらに恐ろしいことに、それほどまでの力をこの弓塚さつきという少女は、たった一年にも満たない期間で身につけたということ。

 何かの人外の血筋にあるのでもなく。

 特別な魔導の修行を積んだのでもなく。

 ただただその身に眠っていた素質だけで、そこにまで至った怪物。

 たまたま彼女が死徒の牙を受けることがなければ、そのまま平凡に生涯を終えていただろうに。   

 士郎にはそう思えた。

「さあ、それはどうかしらね」

 凛には彼の内心が伝わっていたらしい。走りながら素っ気ない声でそう言った。

「あの子、みた感じも話した感じもとにかく平凡よ。だから、もって生まれた資質だけが異常であるように思うかもしれないけど、そもそもそんな資質を持っているからこそ、なんの努力もなく平凡でいられたのかもしれないわ」

「……どういう意味だ?」

「平凡に、人並みでいるためには、それなりの努力がいるということよ」

「ふむ……」

「あの子は多分、平凡であるということをもって生まれた資質によって、本能的に選択したのよ」

「――――」

「平凡で地味であるといことは、周囲に埋没していくということ。けどそれは、生き延びていくためには有効な手段よ。自然界では目立つと言うことは致命的なことになりかねない。出る杭は打たれるっていうでしょ。平凡であろうとすることは目立たずに平穏にいきていくための処世術なのよ。あんたも魔術師ならば解ることでしょ」

 士郎は無言で頷いた。

 凛が魔術師であるということを隠して生きていたというのは、士郎も知るところだった。もっとも、彼女が平凡で普通にいきようとしていたのかというとそれは絶対にないと断言できるのだが。

 凛は続ける。

「ナチュラルに能力を持っている者は、普段はおとなしかったり地味だったりすることが多いというけど、そのためにストレスがかかって精神がドコか変なチャンネルにつながったというよりも、私は多分、そういう人たちは本能のレベルで、自分の資質が目覚めない方が生きやすいということを知ってたんだと思う。そうあることが心地よいからそうしているの。うちの学校にいた三枝さんとか、あの子もその類よ」

「ああ……あの子は霊視持ちなんだっけ」

「そう。どうもあの子、霊体化したサーヴァントの気配も察知できるらしいんだけど……まあそれはいいとして、あの手の異能持ちは、そういうわけで無意識のレベルで周囲に合わせた『普通』を選択していくものなんだわ。ひょっとしたら、そのために異能を使っていることすらあるかもしれない」

「それは………」

「だけど、そういう人たちはいわば意識せずに普通でいられた人たちよ。どう努力したら、どうみんなに合わせたらいいのか、そういうことを考えずに平凡で普通で当たり前に生きられた人たち。もしも、もしも彼女たちが何かの事情があって価値観がズレたのなら――」

 異能の力を自覚した上で、認識が変化してしまったのならば。

 やはり、それまでと同様に当たり前のように普通に生きていこうとして――

 だけどどうすれば普通で当たり前なのかを本当の意味で認識していない彼女らは、とんでもないところにたどり着いてしまう可能性がある。

「たとえば、当たり前のように人を殺してしまえるようなものになったりね。人を殺すことに悦楽を覚えてしまったのなら、葛藤することもなくそうなってしまうことだってあるかもしれない。普通でありたいと思って普通になったのではなく、そこが居心地がいいから普通でいたのなら、より居心地のいい場所でそう振る舞ったとしても、なんの不思議もないわよ」

「…………」

 士郎は、どうして凛がこんなことを長々と話していたのか、ようやく悟った。

 とにかく平凡で普通に見えても、決して気を許すなといいたいのだ。

 狂っているのでもなく、異常な人格を持っているのでもなく。

 普通の精神と心をもったまま、異形の領域に至った者であるのかもしれないと。

 現に、あのさつきは何のためらいもなく魔導人形たちを倒していたではないか……。

「で、それはそれとして、だ」

 士郎の言葉に凛の返事がしばらくなかったのは、彼女はアゾット剣を振るって魔道の仕掛けを迎撃していたからであるが。

 彼もまた、魔術で強化した右腕でデザートイーグルを抜き、引き金を引いていた。

「――で、それとして、何?」

 一瞬立ち止まってから、二人はまた駆け出す。

「それであの弓塚さつきがとんでもない吸血鬼で、路地裏同盟というのが恐ろしい怪物たちの集まりだとして――」

「ええ」

「依頼ってのは、どういうことだと思う?」

「そうね……」

 凛は思案顔をして。

「考えられるのは、ここの主と敵対する者が私たちとは別にいるということ」

「可能性としては、退魔か混血かのどちらかか」

「どっちもありそうだけど、どっちでもなさそうね」

 退魔にしても混血にしても、手を下すのならば自分たちで直接にするだろう。相手が西洋魔術の使い手であれど、彼らがその気になったのならば二日ともつまい。退魔にしても混血にしても、それほどの力があるのだ。

 今回の事件も彼らに協力を求めていたが、別の案件があったということと、やはり縄張り意識などがあってうまく話しがまとまらなかったのだった。

 あと、彼らがすでに手を出していたというのなら、その旨は凛たちにだってしらされていたはずだ。

「――まあ、結構裏社会で変なことしてたみたいだしね。何処で恨みを買ったもんだか解ったもんじゃないわね」

 もしかしたら、ここの主の手にかかった誰かの身内が路地裏同盟と接触した……のかもしれない。

「けどそうなると、範囲が広すぎるわ。とても特定できない。あとは……話の出所が私たちと同じであるという可能性もあるかしらね。真祖の姫君と路地裏同盟は友好関係にあるらしいし、姫君は元帥とも懇意だっていうし」

「宝石翁が、別々に依頼を出したなんてことがありえるのか?」

 それは絶対とまではいかずとも、まずありえない、と士郎は思う。あの魔道元帥が持ち込んでくる仕事は、多くが試練と同義だったからだ。今回の事件を解決したのなら、また別の、より難しい案件をもってくるだろう。弟子たちを便利に使うということと鍛えるということの区別があまりない老人なのだ。

「まあ、ないでしょうね」

 凛もそこらは士郎と同じ意見だった。

「ただ、姫君は今は日本に滞在しているというし、私らが手間取っているということを知って、心配になって路地裏同盟に仕事をもちかけたのかもしれないわよ」

「かの姫君なら、直接出向いてくる方が速いとは思うが」

「そうね。だから、これも確実な話ではないわ」

「……やはり、考えるだけ無駄か」

「考えることは大切なことよ。敵の敵は味方、だなんて単純な構図になるなんてことはめったにないし」

「そうだな……」

 士郎はそういいながらも、さきほどのさつきの言葉を思い出していた。

『詳しい事情は後ほど話しますけど、とにかく今は急いでいますから。あ、悪いことしにきたんじゃないから、安心してくださいね』

 これだけを聞いた限りでは、こちらに対して敵意はないように思える。だが、凛も先ほどいっていたが、普通で平凡であるように見えるからといって異常でないわけでも安全であるわけでもない。一年ほどにーで二十七祖になりあがるような怪物なのだから、むしろ価値観が根本的にずれていると考える方が自然だろう。

 ただ。

(敵の敵が味方とは限らない、が……今のところは充分に役立ってくれているな)

 二人の魔術師が荒野を突き進むかの如く城の中の通路を駆けていけるのは、さつきの通った後の道を辿っているからであった。

 本来は魔術による認識阻害、悪霊、魔道兵器などの数々の罠が仕掛けられた工房にして異界であるこの城を、あの女子高生っぽい吸血鬼はまるで運動会の障害物競走を走っていくかのような気軽さで突破していったらしい。

 二人が暢気に会話なんぞしつつ駆けていけるのも、もはや魔導仕掛けの罠のほとんどが蹂躙され尽くし、機能していないからだった。

 凛も士郎も戦闘者として並々ならぬ使い手ではあるが、その二人であってもこれほどに鮮やかに、かつお手軽な感じでこの道を通過できるかというと、到底不可能としか言いようがない。

(ほとんどサーヴァント並だな)

 士郎も吸血鬼に遭遇することは初めてではないが、ここまでの力を持つ者が存在するとは夢にも思っていなかった。

 勿論、二十七祖と呼ばれるものたちは格別だとは聞いてはいたのだが――

「……どうやったんだろうな」

 何度目か門の前で立ち止まり、士郎は呟いた。

 より正しくは、門のあっただろう場所だ。

 今はなにもなかった。

(ぼろぼろ……というよりも、これは……)

 文字通りの粉々――というべきだったろう。

 しかしそれにしたって、ほとんどこれは砂粒のようなものだ。

 石垣に、ぱっくりと直径にして十メートルの大穴が空いている。その周辺に落ちていたのは破片でもなく、もっと細かい砂のようなものだった。どんな方法を使えばこんな風に分解されてしまうのか、まったく見当もつかない。

「〝乾いた五月〟、か……噂だと、あの子もそうだって話だけど、信憑性は高そうね……」」 

 凛の呟きが耳に入ったが、どういう意味なのかを問い直す前に。

「そういえば、今思い出したことだけど、路地裏同盟の目的はワラキアの夜の完全な排除だって」  

「なんだそれ?」

 とうの昔にその吸血鬼は打倒されたのではなかったのか。

 凛は肩をすくめてみせた。

「さあ? 私も意味はよく解らない。ただ、彼女らはその残滓にかなり関わりが深いともいわれているわ。そしてその完全排除のためならば、かなり無茶な仕事でも受けているとか」

「今回も、そういうものだと?」

「可能性の話だけどね」

 二人は話しながら、しかし油断なく門の跡をゆっくりと歩いて通過して。

「――――」  

「――――」

 また、空気が変わったことに気づいた。

 先ほどまでの異端の世界の空気と違い、今度は馴染みのある……血の、匂いだ。

(これは)

 弓塚さつきに感じたそれとは、桁が違っていた。

 何の、と問われても上手く答えられる言葉は士郎にはなかったが、あえというのならば濃度というべきだろうか。

「まるでこれは、ライダーの鮮血神殿みたいだ」

 そうだ。

 これほどまでの異界は、それこそ士郎の知る限りではあの騎兵の英霊の持つ鮮血神殿くらいしかない。

 キャスターの結界並みの防壁は、まだ外周でしかなかったということか。

「一体、これほどまでの物を作り上げるのに、何万人を贄に捧げたというのよ……」

 凛の声にもさすがに戦慄が入り交じっていたが。

「凛、あそこだ」

 それを遮るように、士郎はいった。

 指さした方向には、あの弓塚さつきが立って――

 

 吹き飛ばされた。

 

 二十七祖の一人である彼女の姿が、血の如き夜気の中で遙か空高くに舞い上がっていく。

 目測にして二十メートルはあろうか。

 仮に彼女の体重を50kg程度だとしても、それだけの質量をそこまで飛ばすのは相当の力が必要だ。

 それこそサーヴァントにも比肩する何かでなければ。

 そして、飛ばされた側も並みではなかった。

 そのまま落下することもなく、空中で膝を抱え込むようにして体を丸め、回転しつつ態勢を整え、ふうわりと足から着地する。

 これが人間ならばそのまま大地に叩きつけられ――る前に、吹き飛ばされた時点で意識を失っていたか、そもそも弾き飛ばされたのだとしたら命もなくなっていたに違いない。

 そして。

 二人の魔術師は見た。

 さつきと対峙していただろう相手を。

 士郎も、凛も、その相手のことをよく知っていた。

 そして、ここにいるはずもないことも知っていた。

 この異端の異界の中でさえ、なおも際立つ異常。

 二十七祖中の上位者ですらも一撃で吹き飛ばす強大な力。 

「なんてこと……」

 凛の声は、はっきりと怯えを含ませていた。

「…………トレース、オン」

 士郎は彼女の声に応えるように聖剣を投影していた。あれを相手に手持ちの武装などはなんの役にもたたないということは解りきっている。本物がここにいるはずもないのだが、しかしだからと言ってあれが本物以下であるという保証はない。そう。偽物が本物に勝てないという道理はないのだ。むしろこの異状を考えるのならば、本物以上に警戒してしかるべきだろう。 

「なぜここにいる………!」

 まるで、暴力という概念を具現化させたかのようなその威容は――

 

 

「■■■■■■■■■■■■■■■ッッッッッ!!!!」

 

「バーサーカー………!」

 

 

 狂戦士の英霊――かつて冬木の聖杯戦争において猛威をふるったギリシャ最大の英雄ヘラクレスが、そこにいたのだった。

 

 

 

 つづく。

 

 

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