Over the lights・Under the moon(なのはと型月クロス・改訂版)   作:くおん(出張版)

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「いい景色だね」

 遙か彼方に霞む水平線を見ながら、偽りなくフェイト・テスタロッサ・ハロオウンはそう口にした。

 窓から見下ろせる景色は海岸線。その果てでは空の青と海の蒼がとけあっているかのようで、境界線が解らない。

「うん」

 フェイトに短くそう応えたのは、この別荘の現在使用している高町なのはである。

 椅子に座り、窓から外を見ているフェイトの背中を見つめていた。

「なのはがいる場所がこんなところだと知ってたら、もっと早くにくるんだった」

「無理しなくていいよ。フェイトちゃんは忙しいんだし」

「そうでもないよ。一日――は無理でも、五時間くらいならなんとでもなる」

 それだけあればミッドチルダから地球にいって、さらにここまできて、一時間ほど滞在することは可能ではある。勿論、それはかなりの強行軍にはなるのだが。

 なのはは、フェイトの言葉に目を伏せた。

「忙しい時にきてくれて、本当にありがとう」

「だから、そんなに気にしないで……」

 フェイトは窓から振り返り、そして窓縁に腰かけた。風が入り込み、彼女の髪を揺らした。

「今は、ティアナの助手、みたいな仕事だしね」

「そういえば、そういうこと言ってたね」

 なのはは微笑む。

「立場逆転だね。――こき使われている?」

「誰かさんと同じく、人使いが荒いよ」

 フェイトも微笑んだ。

 なのははそれを受けて、瞼を伏せる。

「わざわざ、フェイトちゃんに直接ここに行かせるくらいに、ね」

「まあ、当人が始末書を書かされているからというのもあるんだけど」 

「始末書! ティアナも結構、無茶するものね」

「きっと師匠譲りだね」

「そんなこと、」

「待機指示に逆らって、でたんだ」

「………なるほど」

 なのはは肩をすくめた。いつかのことを思い出していたのかもしれない。

「けど、ティアナが無茶をしたのも仕方ないよ。今回の事件は、本当に解らないことが多すぎる」

「ふーん……?」

 フェイトの言葉になのはは何かを感じたのものか、どこか訝しげな顔をしながら眼を細めた。 

 だが、やがて。

「担当の事件ではないから話は聞けないけど」

 そう言って、溜め息を吐く。

「あんまり無茶をするようだったら、前みたいな罰を与えた方がいいかも」

「……というと?」

 前、というので思い出すのはあの撃墜事件と。

「ほら、六課解散のちょっと前に」

「……あったね」

 あの時にしたのは、確か。

 

 

「首筋にキスマークつけて、魔法をかけてそれが消えないようにして一日過ごさせるって――」

 

 

 今思い返しても、ひどいペナルティだ。

 ティアナは一日中、真っ赤な顔をしていた。襟を立てたり、絆創膏を貼ったりして隠すのは禁止されていた。だいたいどういう理由でそういうものがついているのかはみんな知っているので「ああ、かわいそうに」という同情の眼であったが、それすらも彼女の羞恥をかきたてるものでしかなかった。あの日、事件が起きずに六課の外に出ることがなかったのは不幸中の幸いだったろう。

「あれは、はやてが考えたものだと思ってたけど」

 ――これってセクハラなんじゃないですか!?

 とかなんとか騒いでいるティアナの様子を思い返し、フェイトはなのはを見つめる。

「なのはが考えたの?」

「考えた、というよりも教導隊伝統のバツゲーム」

「伝統!?」

「考案したのは、リーゼ姉妹らしいけど」

「……なるほど」

 フェイトはなんだか色々と納得したようだった。何度も頷く。しかし、ふと何かに気づいたように顔を上げた。

「そういえば、あれってスバルがしたの?」

「何が?」

「だから、その――キス」

「ああ、それは……」

 

 

 ――ははは。雑魚がかかりおるわ!

 ――もう!何よそんな物量作戦

 

 

「……ヴィヴィオ?」

 海岸の方から聞こえてきた声に、フェイトは思わず反応してしまった。

 確かに、この声は彼女たちの愛娘であるところのヴィヴィオと、あと一人は誰か知らない男の人の声だ。

(いや、なんか聞き覚えはあるような……)

 気のせいかもしれない。

 しかしそれが錯覚であろうとそうでないにしても、ヴィヴィオが誰かと口論しているということだけは間違いない。

 ヴィヴィオがこちらにきているということはあらかじめ聞いていた。身重のなのはの身の回りの世話をするのだという名目だった。そのことは同じくなのはの同居人であるフェイトは知っている。こちらにきてまだ顔をあわせていないが、それは客人と釣りにいっているからだった。呼び戻すのも気が引けるし、なのはと話をする場にも立ち会ってほしくないというのがフェイトの本音だった。だからそのままにしていた。

 勿論、自分たち家族以外にもこの場所を知っている人間がいることについては気にはなっていたが――

「どうしたの?」

 返答を待たずに窓の外へと意識をやったフェイトを訝しげに眺めながら、なのはは尋ねた。彼女にも外の会話は聞こえてきているはずだったが、特に気になってはいないようだった。

「え。いや、なんかヴィヴィオが喧嘩しているみたいな」

 

 

 ――ふん。まだおまえはその程度か。聖王の写し身だとかいうが、笑わせてくれる

 ――それを、いうなぁああああああッ

 

 

(ヴィヴィオ………?)

 今まで生活していても、ほとんど聞いた覚えがないヴィヴィオの怒号?に、フェイトは慄然とした。

 一体、何が起きているというのだ。

 姿こそは見えないが、凶悪な魔力の昂ぶりを感じる。

 というか、この魔力は間違いなくヴィヴィオのそれだ。

「どうしたんだろう……こんなに激しくあの子が怒っているだなんて」

 あまり、聞いただけでは大したことは言われてないと思うのだが……いや、肝心なのは当人がどう思うかであって、どういうことを言われても、言われた人間によって反応は異なって然るべきだろう。にしても、普段はこの程度のことでヴィヴィオが怒り出すようなことはないと思う。親子喧嘩もたまにするけど、基本的にあの子はとてもいい子だ。

 なのに。

(仮に、相手がとてつもなく嫌な相手だろうと、こうも簡単に魔力を滾らせるような沸点の低さは――)

「仕方ないね」

 なのはは、何処か困ったような笑顔を浮かべていた。

「あの人がいうと、なんというか……魂に響いてくるから」

「たましい……」

「カリスマスキルっていうらしいよ。私にもよく解らないけど、魂からでた本気の言葉は、ふだんの生活では何気ないようなものであっても、より強く相手の魂に響くんだって」

「ああ……」

 フェイトも、そういう人や状況に心当たりがある。

「? フェイトちゃん?」

「いや、なんでもない」

 ついついなのはを凝視してしまったが、やがて思い出したように。 

「……どういう人なの?」

 と聞いた。

 最初は管理世界の人間ではないと思っていた。なのはの妊娠と休暇中の居場所については、どういうルートから情報が漏れるか解らないので関係者にも極力秘密にする――ということを決めたのは管理局上層部だが、フェイトにもそれは異論がない。身内を信用していないわけではないのだ。単純に機密保持はそれを知る者が少数であればあるほどいいというだけのことである。

 とはいえ、それは管理外世界の人間にまで及ぶかというとそうでもない。両親に身重であることは知らせても問題はないし、最低限、この場所さえ伏せていれば、親友のアリサやすずかたちには言ってもいいのではないかと思っている。犯罪者がなのはの行方を探そうとして彼女らをどうにかしようとしても、海鳴市周辺にはハラオウン家の者もいるし、何かの異常があればすぐに対処ができる。勿論、海鳴市から離れるとそれも難しくはなるが、それならそれでその潜伏場所の近所の人には適当な虚構の経歴をでっちあげてしまえばいい。何も全ての真実を語る必要など無い。

 だからフェイトは、自分より少し先にきてヴィヴィオと釣りに行っているという人を、この別荘を借りるにあたってお世話になった地元の人間……辺りだと見当をつけていた。しかし、今聞こえてきた声では聖王の写身だとかなんだとか、少なくともなのはの身内かそれに近い人間でなければこの世界では知らないことを知っているようだった。

 そうなると管理世界の誰かということになるのだが、それだと先述のように機密の問題がでてくる。

(――とすれば、なのはが私たちと同等に信用できる人で、機密を教えても問題がない範囲の人……教導隊の上司か同僚の誰か?)

 と改めて推測したのだが。

「昔、管理局に入る以前、ずっと幼い頃にお世話になった人だよ」

 なのはの答えは予想を尽く裏切っていた。

「何年か前に、フェイトちゃんもあったことあるよ」

「……ああ」

 それで聞き覚えがある声だったのか――とまで思ってから、フェイトはさらに眉をひそめた。

(声まで覚えていて、名前が思い出せない?)

 自慢ではないが、執務官という仕事柄、人の顔と声は忘れないようにしている。ましてやなのはが「お世話になった人」というからにはフェイト自身にとっても重要な人物であるはずだった。会って、忘れているというのは考えにくい事態であった。

 それをいうと、なのはは「ふーん」と首を傾げ。

「あまりにも嫌なことがあったら、人間は無意識に記憶を削除することがあるそうだけど……フェイトちゃんはどっちかというと、ずっと覚えてて乗り越えようとするタイプだものね。むしろ忘れられないからみんなよりもずっと苦しんでいく、みたいな」

「う」

 否定できない。

「記憶操作の宝具でも使ったのかな」

「え。」

 何それ。

 なんだか、とても聞き捨てならないようなことを聞いた気がするのだが。

 なのはは親友の疑問に対しては答えず。

「まあとにかく、この世界の人ではあるんだけど、信用はできるよ」

 より正しくは、絶対にここに私がいることを他人に教えたりはしない、ということなんだけど――

 と言い添えられたが、フェイトはそれでは納得がいかない。

「……この世界でどれだけ強かったとしても、次元犯罪者には対抗は難しいんじゃない?」

 彼女の知る限り、この世界の最高峰の剣士である高町家の人たちであっても、戦闘魔導師が一人くらいならばなんとか闘いようはあるだろうが、犯罪者が徒党を組んでくればどうしようもないと思える。

 今まで高町家他彼女たちの知己が次元犯罪に巻き込まれたりしなかったのは、ハラオウン家や駐留している管理局の人間がカバーをしているというのも要素としては無視できないはずだ。

 なのに。

「大丈夫だから」

 なのはは、迷いなく断言した。

「ふうん……」

 フェイトは黙った。もしかしたら、グレアム元提督のように管理局と接触して魔導師の能力を持った人なのかもしれない。97管理外世界の人間で管理世界に関係する人はたまにいる。ナカジマ家の先祖の人たちのように、管理世界にやってきた者までいるのだ。

(なのはがここまでいうんだから、とにかく腕はたつんだろうけど……)

 それでも、小さな子供と喧嘩してしまう大人というのはいただけない。

 それは確かに、あの子はこの世界の基準からいえばかなり強い部類には入るとは思うが。  

 そういえば、こんな魔力を放出してまでしているあの子をほっといていいのだろうか。なんだかなのはがあまりにも暢気にしているのでそれに巻き込まれてしまったが、冷静に考えなくてもゆゆしき事態ではないのだろうか。

 なのはは微笑み。

「あの人に対して、ヴィヴィオでは相手にならないから。適当にあしらってくれると思うよ」

「それは、そうだろうけど……」

 フェイトの脳裏で、習いだしたばかりのベルカ式格闘戦技の構えをとったヴィヴィオの姿が浮かんだ。ザフィーラより学んだという守護の拳。一瞬、黒い『なのは』の姿が重なったが、どうしてか解らない。

(ベルカの獣王手を再現してもらうのに手伝ってもらったせいかな)

 あの『なのは』も獣王手を使ったことからの連想だろうか。しかし、ザフィーラの拳技は獣王手の流れは汲みながらも、基本は別の体系にあるはずだ。技のイメージからザフィーラと『なのは』が繋がるのは論理としては無理があるように思えた。勿論、連想というものが論理的に繋がっていく訳でもないとフェイトは知っているのだが。

(もっとヴィヴィオは、こう……)

『なのは』のイメージを追い出して現れたのは、彼女の知るヴィヴィオでありながらも、もはや二度と現れるはずもない聖王の姿をしていた。

(だめだ。戦っているあの子というのが、上手く想像できない)

 愛娘が大人モードなる格闘形態をとれることを、フェイトはまだ、知らない。

 いずれにせよ、なのはが信用できるというほどの人ならば、ヴィヴィオがどれほどに魔力を暴走させたところで問題にはなるまい。

 それに、感情に任せて戦ってしまえば痛い目にあう、ということも知っておくべきかもしれない。フェイトは自分にそう言い聞かせる。ちょっと厳しいかもしれないけど、戦闘力を持つ魔導師という存在は少々挑発したくらいで暴発するようではいけない。本当に厳しいかもしれないけれど、大丈夫。問題ない。ない。本当に何度も自分に言い聞かせている。これで止めに入ったりしたら、また過保護だ甘やかしすぎだと言われてしまうかもしれないと。彼女だってそれは気にしているのだ。

 なのははフェイトの葛藤を知らずしてか。

「それこそ、ゆりかごくらい持ち出してこないとね。本気にもなってくれない」

 と言った。

「ゆりかごか……あんなの持ち出されたら、それこそ個人ではどうにならないよ」

 フェイトもようやく笑った。なのはが自分を安心させようと冗談を言っているのだと解したのだった。

 しかし。

「あ、だけど本気にさせてしまうより……むしろ今のままの方が勝ち目があるかもしれない……」

「なのは?」

「――あ、ごめんなさい。ちょっとね。職業病みたいなものだから」

 気にしないで、と告げられた。

 フェイトはなのはの様子を見ていたが。

(まあ、いいか)

 と追求するのはやめることにした。

 ヴィヴィオやお世話になった人とやらのことはきにならなくもないが、今はより優先しなくてはならないことがある。

 フェイトは静かに息を整え。

「それで、」

「ああ、そうそう。さっきの話だけど、ティアナにしたの、私だから」

「――え?」

 なのはの言葉が何を意味するのか、それを理解するのに数秒かかった。そして理解してなお、

「え?」 

 もう一度言ってしまった。

「だから、さっき言ってたこと。バツゲームの。キス」

「え?」

 フェイトは重ねて言ってしまった。もうここまでくると、脳が認識を拒んでいるのかもしれない。

 なのはは根気強くフェイトにつきあっている。

「私が提案したんだから、やはり私がするべきかなって。あと私も教導隊でされたことあるけど、あれはする方も結構恥ずかしいみたいで、」

「――え」

「いや、だから」

「なのはも、されたことある……?」

 うん、となのはは頷いてから、唐突に顔に朱を浮かべた。もしかしたら、その時のことを思い出して羞恥が蘇ったのかもしれない。

 フェイトは目を大きく見開き。

「――誰に?」

 鋭く、言った。

「え、あ。――ヴィータちゃん、だけど?」

「ヴィータ」

 そう言うと、フェイトは固まった。表情も何もかもが凍り付いた。

「あのね、フェイトちゃん、その時は本局でフェイトちゃんもユーノくんもたまたま席外してて、はやてちゃんは地上本部の方で……とにかく、そういうの頼めそうな人はヴィータちゃんだけしかなくて、その――」

 なのはは言葉を積み重ねるが、フェイトは固まったままだ。

 もう少しだけ説明してから、なのははやがて溜息をはき。

「ねえ、今日はそれで、私に何を聞きにきたの?」 

 

 

 

 

   18/灰白。

 

 

 

 

『昨晩の通信――?』

 ミーティングルームのモニターの中で、高町なのはは少し首を傾げてから。

『それって、ティアナから繋がったアレかな』

 誰かの息をのむ音がした。

『他のはきてないから、それでないとしたら……うん。ユーノくんも一緒にいたよね』

 ざわり、と空気が動いた。

『うん。ティアナと一緒にいるから、多分、あのことについてだろうって、……そういえば、フェイトちゃんから教えてあげなかったの?』

 ――。

 会話は進む。

 

『ああ、フェイトちゃんは服務規程違反になるから、黙ってたんだ。まあ私も内緒にしているけど』 

 

『え? ユーノくんから聞いて、その確認のために通話してきたんじゃないの?』

 

『ああそうか。フェイトちゃんに確認すればよかったんだものね』 

 

『うん。確かにユーノくんだったよ。映像ログも残っている』

 

『ユーノくんがそこにいたのに、疑問を覚えなかったかって? うーん? 第十六管理世界からでしょ? あそこは昔、オフの時にユーノくんと何度か一緒にいってたから』

 

『まだ管理局の嘱託魔導師だった頃に。たまのオフに一緒に化石探したり、遺跡を見学したり。フェイトちゃんとも一緒だったじゃない。あ、第16管理世界はいってなかったかも』

 

『もうすぐ自由時間も減るからって言ってたしね。また昔みたいに旅行にいこうって……その下見にきて、局あたりでかちあったんじゃないかなって』

 

 

 ――どうした。貴様の力はその程度か。

 ――うるさいッ

 

 

『ねえなのは、今魔力波動が……?』

『ん――セイクリッドブレイザーかな?』

 

 

 ――うはははははははは。その程度でよくも王を名乗っていたものよ。

 ―― 一閃必中! ディバィィィィィィンバスタァァァァァァッ

 

 

『聞こえた……ッ 今確かにディバインって聞こえた! バスターって言った!』

『あれま』

 

 

 ――なんだそれは。埃をたたせる技か?

 ――くぅッ

 ――せめてこれくらいのことはしてみせろ

 

 

『?――今のは物理打撃の爆発音だよね?!』

『ランクCの宝具の単射――まだ、どうにかヴィヴィオにも対処できる程度だね』

『一体なにの……』

 

 

 ――口ほどにもない

 ――ま、まだ、まだだよ……

 ――ほう。

 

 

『こ、このプレッシャー……』

『大丈夫だよ』

『なのは……』

『まだ全然、本気じゃないから』

『そっち!? いやこれで!?』

『本気だしてAランク宝具の一斉射出とかされたら、さすがにゆりかごは大げさにしても、クラウディアあたりならなんとかしちゃいそうだったね』

『そんなノンキな!』

『フェイトちゃんは、ヴィヴィオを甘やかしすぎだよ』

『え!? 私、なのはが何言ってるのか本気で解んない……』

『やっぱりね、戦闘魔導師ならば挑発を受けてもそう簡単に魔力を暴走させ、感情に任せて攻撃を仕掛けるようなことはしちゃいけなと思うの。だからそういうことをしてしまったら痛い目にあうということもちゃんと学ばないと……』

『そうだけど! だけどそんなの、軍艦どうにかできちゃいそうな人にさせたらだめだ!』

『大丈夫。結構子供好きだから、あの人』

『嘘だ!?』

『子供の時、お膝にのっけてもらって撫で撫でしてもらってたんだ』

『そんな感じじゃないよ! なんか女の子の心臓抉りだしてぐははって笑ってそうな声だよ!?』

『具体的だね』

 

 

 ――さて、悪い子供は尻を叩かねばならぬという言葉がこの国にはあったな。

 ――や、やめて……

 ――仮にも王器を持つ者がこの体たらくでは、ベルカの聖王の名が泣くぞ

 ――あ、ああああ

 ――お仕置きだ。きついのをお見舞いしてやろう

 ――ママぁ

 

 

『ッッ――!』

『フェイトちゃん!?』

 

 

 ブツリ。

 

 

 映像が途切れた。

  

「……以上が、今日の午前中にテスタロッサ執務官によって地球の高町三佐より得られた証言映像だ。質問がある者は挙手するように」

 クロノ・ハラオウンが感情を殺した表情でそう告げると、ミーティングルームにいる関係者たちは一様に困惑の表情をしてみせた。

 正確に言えば一人だけが首筋に手を当てて真っ赤になって俯いているのだが、それ以外のクラウディアのスタッフで現在この事件に関わっている人間は「一体何がどうなったんだ」という眼でモニターの前に立つクロノと、モニターを挟む位置で座るフェイトを見た。

 

 抜け殻のようになっていた。

 

 シャーリーはこの時の彼女の様子を見て、昔機動六課で八神はやて私蔵のアニメーションを鑑賞した時のことを思い出した。

 なんという名前だったか、主人公のボクサーが最後にリングの上で椅子に座り「真っ白に、燃え尽きたぜ」とかなんとか言って終わってた。その後彼がどうなったのかは解らないが、フェイトはそのボクサーとほぼ同じポーズをとって座っていた。

「質問が二つあります」

 と手を挙げたのは、第16管理世界の支局で陸戦[限定]Sクラスのランクを持つ執務補佐官のウルスラ・ドラッケンリッターだ。

「なんだね、ドラッケンリッター執務補佐官」

 と促すクロノ。

「この後で、テスタロッサ執務官はどうなったのですか?」

「――見てのとおりだ」

「―――――」

 見ても解りません、という言葉を飲み込んだのはウルスラだけではなかったろう。

 クロノは微かに溜息を吐くと。

「皆のいわんとすることは解る――」

 と言って、殺しきれなくなった感情と表情を現した。つまり、苦虫を噛み潰したような……ひどく不機嫌なそれだ。

「ここでいえることは、フェイト・テスタロッサ・ハラオウン執務官は、管理外世界で許可なくインテリジェントデバイスを使用し、リミッターなしの全力戦闘を十五分三十二秒続け――細かいものを入れて七つの服務規程違反で、今日一日の謹慎と三十五枚の始末書を書かされることになった。現行の案件が急務なのでね。通常ならここまでやらかせば一ヶ月は謹慎なんだが、減給30%を半年ということでとりあえず代替しておいた、ということくらいだ」

「十五分」

 ウルスラはクロノの返答からそれだけを拾い上げ、眉をひそめる。

 Sランク魔導師の全力戦闘ともなれば、都市一つを壊滅させるほどの規模のものとなっても不思議ではない。それゆえに高ランク魔導師の運用には厳密に規定が設けられ、状況によってはリミッターで制限が課せられる。現実には高ランク魔導師、騎士の戦いであっても周囲に被害が及ぶことは少ないが、それは戦闘時の相性――噛み合わせや、環境保全のために結界を張ったりするからだ。

 フェイト・テスタロッサ・ハラオウン執務官が行った戦闘行為は、推測だが映像を見た限りでは海岸の開けた場所でのものであり、全力闘争を管理外世界でするからにはどんなに頭が血が上っていたとしても結界を張るくらいのことはするだろう……もしかしたら、あの剣幕ではそれも忘れてしまっていたかもしれないが……まあそれはいい。この場合での闘争条件としては、結界を張ってる張ってないはあまり関係ない。都市部の路地裏や建築物内部でのような限定空間でなく、開かれた場所での戦いであるということが重要だ、とウルスラはしかし首を捻った。

「名うての執務官、Sランクオーバーの空戦魔導師であるテスタロッサ執務官が、自分のステージであるオープンスペースで全力で十五分も戦わなければいけない相手……」

 なんだそれは。

 ウルスラの呟きというにはやや大きすぎる声を聞いた者たちは、一様にそう思った。

 戦闘が長引くということは、それは膠着していたということであり、つまりは彼女と拮抗している戦闘力を持っているということだ。

 彼女と、フェイト・テスタロッサ・ハラオウンとまともに戦える魔導師、騎士などというものは管理世界を探してもそうはいない。

 できるとしたら魔法戦技を極めたストライクアーティストたちか、管理局の戦技教導隊の上位レベルの者たちくらいだろう。それだって、彼女の速さに対応できるものなど少数だ。

「付け加えておけることとしては」

 クロノの声は冷たく響いた。

「彼女の服務規程違反の一つは、管理局法第二十二条――つまり、魔導師でもない管理外世界の民間人に対して一方的な闘争をしかけたことだ」

「民間人!?」

 しかも非魔導師。

「信じ難いが――まあ、あの高町なのはの故郷なんだから、そういうこともあるだろう」

 あー………。

 なんとなく、皆の間の空気が鎮まった。

 エース・オブ・エース高町なのはの故郷といわれたら、どれだけ強力な人間がいたとしてもなんとなく納得できる――気がしたのだろう。理屈には全然になっていないが、恐ろしく説得力がある。

 きっと手加減一発岩をも砕くとか、そんな感じの人外魔境なのだ。

 ウルスラは「ふむ」と呟いて。

「興味深い話ではありますが、どうにも……この高町三佐の知人というのは、声だけ聞いても虫唾が走るというか……ひどく悪寒がするというか――私には絶対相容れないナニモノかでしょうね。機会あれば私の手で叩き伏せたいですが、民間人というからにはそれは果たせないか――いや、そういえば」

 彼女はフェイトに眼を向けた。

「そもそも、貴女は勝ったのですか?」

 ――――。

 再びざわついた空気の中で。

 フェイト・テスタロッサ・ハロオウンは。

「答えは得た――」   

 と、いい笑顔をしてくれた。

「大丈夫だよなのは、私、これからも頑張っていくから」

 クロノもウルスラも、フェイトから目をそらした。

「……それが二つ目の質問かね」

「いえ。これは今気になったことで、それとは違います」

 ウルスラは瞼を伏せ。

「ですが、これについてはもう結構です」

「まあ、ごらんの有様だ。察してくれ」

 なんというか……色々と察するにあまりある光景であった。

「フェイトさんのバイタルスコアは、全然問題ないんですけどねー」

 シャーリーは数値をチェックしていた。

「あ。口を挟んですいません」

「いえ」

 ウルスラは鷹揚に頷いてから。

「あの様子で、問題はないのですか」

「肉体面では」

 空間にフェイトの健康状態の検査結果が表示される。

「むしろ昨日の疲労もすべて回復しています。四日前にチェックした時よりも好調なくらいです」

 クロノは首を振った。

「バルディッシュのログによると、戦闘中に心停止を二回しているんだがな」

 なんだかものすごいことを言う。

「幻術魔法で感覚支配されたんでしょうか」

「それだと回復の説明までつかないだろう」

 一体、何があったというのか。

 シャーリーは空間モニターを消してから。

「とにかく、今のこの状態は精神的なものですね。それだって神経疲労というのはまったくないです」

「今回の事件からして色々と起こっているからな。その上に馬鹿やらかしたので少し現実逃避しているんだろう。まあこれでもなんだかんだとフェイトは強い女だから、ほっとけば復活してくる……それにどっち道、今日一日は調査手順の問題から書類仕事に専念してもらって、回復に努めさせるつもりだった。謹慎ということで書類はこちらの方で処理しておくが、とにかく一日部屋に閉じ込めとくさ」

 そこで言葉を切ったクロノは、じろりとティアナの顔を見た。

 ティアナは赤くなっていた顔を見る間に青ざめさせる。

「そうでもしないと待機任務も守れないような、そんな不良執務官が最近は増えているらしい」

「……すみません」

 服務規定違反をして始末書を書くことになっていたのは、フェイトだけではなかったのだった。

「非常時だから二人共減給だけですませるが、やらかしすぎだ。執務官というものが管理局の中でもどれだけ特別な存在であるのかについては、君たちも解っているだろう。いずれこの案件が終わったら二人揃って審問されるだろうから、今の内に覚悟しておくように」

「…………………はい」

「…………………」

 ティアナと、フェイトもさすがに逃避しきれない現実をクロノにつきつけられて項垂れた。

 そして。

「ごめん」

 と、ようやく意味のある言葉を出した。

「手間をかけさせちゃった。審問については、これが初めてじゃないから。問題ないよ」

 クロノは呆れたように溜め息を吐き。

「そういのの常連になっているというのは、上司としても義兄としてもあまり感心できることではないがな。冷静沈着な管理局随一の現役執務官――だろう。お前は」

「そうはいうけど……クロノだって、実際にヴィヴィオがパンツずらされてお尻むきだしにされているところみたら、冷静ではいられないよ」

「そのログは僕もみた。衝撃的な光景ではあるが、よくみればいわゆるお尻ペンペンのポーズだったというのは解るものだったぞ」

「だけど……」

「確かに、原始的だな。しかし躾としてそういう行為をする文化は各世界に残っている。いちがいに否定するのも問題だ」

「……地球はもうちょっと文化的なところだよ!?」

 なんだかもの凄い偏見に基づいた発言をされた気がして、ついフェイトは声を荒げた。

 なんだかんだと、あの世界は彼女にとっては第二の……いや、今となっては本当の故郷なのだった。

「まあ、そうだな。ただ辺境だと強力な力を持つ子供を追放したりなどを普通にやっているような部族もある。文化相対主義もいきすぎると問題だが、怪我させたり命にかかわるようなものでなければそう目を剥いて怒り散らすようなことでもない。それに地球基準だと、十歳以下の子供に仕事させている時空管理局も、児童虐待で訴えられる」

「……………」

「この件について、前後の事情から児童虐待と思って襲いかかってしまった――というストーリーで審問を弁護する方向でいるから、ちゃんとそれに合わせた言い訳を考えておけ」

「そのまんまだよ……」

 フェイトも溜め息を吐いてから、立ち上がった。

「ただ、児童虐待となるとなのはも罪に問われない? 聖王教会から保護者不適格とか言われたり……」

「問われない」

 クロノは目を閉じた。

「この場合の二人は同意で試合を開始したと認められる。立ち会いとしてデバイスとはいえ、レイジングハートがいたわけだしな。……気づいてなかったのか? あと、なのは自身もサーチャーを通じて監視していた、ようだ。監督不行き届きにもあたらない……いずれなのはについては、今回の件が片づくまでは保留としておきたい」

 額を押さえながら、そう言った。

 また頭の痛いことが増えてしまった、いうことらしかった。

 やりとりが途切れたとみると、ウルスラが「思わぬ災難でしたね」とフェイトに近寄る。

「まさか、高町三佐に証言を確認しにいっただけで、このような目に遭うとは……」

「まあ仕方ないよ。半分は自業自得だったわけだし。それに、世の中にはああいう人がいると解っただけでも収穫だったよ」

「さすがはテスタロッサ執務官……見上げた心構えです。にしても、この相手、改めて気に入りません」

「はは………」

「声だけでも偉そうで、うざい。非常にうざい。この手の男はどうせセックスもひとりよがりで雑なものに決まっています。そのくせ自分をテクニシャンと勘違いしていたり。寝た数だけで経験値を積んだなどと思っているうちはダメだということも解らない。うちのギルなどは最初から大したものでした。何よりも大切なのは、愛情と奉仕の精神です」

 またとんでもないことを言い出した……とティアナは顔を押さえた。

 この人は真面目な顔をして、どうしてかこういうことを平気で口にするのだ。

 クロノが目を剥いて黙り込んでいるのは、ウルスラを元腕利きの執務官で管理局全体を見渡しても五指に入る剣士であるという――そんな経歴でしかしらなかったのだろう。そして見た目にも謹厳実直そうになのに。そんな女性が仕事の最中にセックスがどうこうなどと言うのは、彼の常識と美意識からしてもとても許容できることではない。

 ティアナは彼の表情の変化からその程度のことを察した。察したのだが、黙っていた。

 苦笑しているのはシャーリーであったが、こちらも何も言わない。

 ただ、ウルスラと向かい合っているフェイトは。

「………どうしました?」

「いや――――」

「何か気に障ることを言ってしまいましたか?」

「そういうんじゃなくて……」

 フェイトは少しうつむいてから、やがて顔をあげた。

(あ、これはさすがに注意するつもりかしら)

 とティアナは思ったのだが。

「あのギルくんって、そんなに、凄いの?」

「フェイトさん!?」

「フェイト!」

 想定の斜め上の質問に、ティアナとクロノがほとんど同時に声をあげた。

 ウルスラもフェイトもそちらには注意を向けなかった。

「……私も経験値はそんなにある方ではありませんが」

 と声を潜め。

「指が」

「指?」

 フェイトも顔を寄せる。

「――神技です」

「それは、」

 何か言いたげに、しかし言葉を切ってそのままフェイトは押し黙った。

「その辺りの詳細は、非常に興味深いですよ!」 

 シャーリーが食いついてきた。

「君等は慎みというものがないのか!?」

 クロノがさすがに声を荒げる。

 フェイトはようやく彼を見たが。

「クロノは少し、女の子に幻想持ちすぎだよ」

「もってない!」

「エイミィが驚いてたよ。まさか挿れる場所もよくしらなかったなんてって」

「濡れ衣だ!」

「割と聞きますね。処女童貞同士で三年くらい別のところに挿れていたという話も」

「うわあ……何処だったんだろう……」

「私が思うに――」

「いい加減にしろ!」

 クロノがデバイスを顕在させたのを見て、さすがに全員黙った。

「女同士が普通にそういう話をするのはよく知ってる! だけどな、今は勤務時間内、そして会議中だ! せめてそういうのは後にしてくれ! あとウルスラ補佐官! 君は先日に元とはいえ、夫を失ったばかりだろう!」

「あ、はい。それが何か?」

「それが――」

 クロノが言葉を続けられなかったのは、ウルスラのあまりの言い草に頭に血が上りすぎたからである。

 ウルスラはクロノの視線を真っ向から受けると。

「ランスロットを私は愛してました。別れた後でも友情は感じていました。剣士としては尊敬すらしていました。ですが、それとこれとは別の話だ」

 と、堂々と言い放つ。

 ――つまり、エロいこと話すのに別に元旦那が死んだばかりだろうと関係ないといいたいのだ。この管理局屈指の剣士様は。

「――!…………!ッ――!」

 クロノ提督は何を言っているのか傍で聞いていてもさっぱり解らない声をあげた。多分、当人にも解らなかっただろう。無理もない話ではある。彼の今までの管理局の人生でも、ここまでなしが通じない人間などというものはそうはいなかったに違いない。それでもさすがに提督というべきか、そんな混乱状態も二分とかからずに呼吸を整え、通常へと回復しだした。

「――まあ、いい」

 やがて。

 落ち着いて、息を吐く。

「君たちの家のことは、以前にも聞き及んでいる。ベルカ古式を伝える者同士のあれこれは、自分らの想像の及ぶところではない。それに、さっきいってたギルというのはかの【真皇】の末裔の少年だな」

「………よくご存じですね」

「事件に際して関係者の公開プロフィールを暗記するのは、執務官の基本中の基本だ。【真皇】家と【剣王】家のそれぞれの末裔が恋仲というのは、神話を知る者としては驚きでもあり、喜ばしくもある」

「どうも」

(声のトーンが下がっている?)  

 ティアナはウルスラの様子の変化を、怪訝そうに眺めていた。それも【真皇】という名前がでてからだが、彼女にはその意味が解らなかった。

 ベルカの王族関係の知識は彼女にもあるが、【真皇】だなんてほとんど聞いたことがない。確か最古にして最強の女王であり、最初にベルカの天地を平定したとされる……程度だ。あまりにも古すぎるので、伝説すらもろくに残っていない。実在していなかったのではないかとも言われている。もしもいたとして、その治世は【剣王】よりも遙か以前に遡るはずだ。この二つの家に何の因縁が生じるというのか。

 果たして、クロノ・ハラオウン提督はどのような神話を知っているのだろうか。

 ……押し黙らせて溜飲を下げたのか、クロノは「さて」と言った。

「それで、二つ目の質問というのはなんだ?」

「ああ……」

 ウルスラは、少し驚いた顔をした。

 まさか、ここで彼から改めて振られるだなんて想像もしてなかったのだろう。あるいは、それとも、単純に忘れてしまっていたのか。

「気になったことの一つですが」

 ウルスラ・ドラッケンリッター執務補佐官は言った。

 

 

「ティアナ・ランスター執務官には、誰がキスするのかです」

 

 

「え?」

 とクロノ。

「は?」

 とシャーリー。

 

「な、なんの話ですかぁぁぁぁぁぁ!?」

 

 ティアナは真っ赤になって立ち上がる。

「あ、ペナルティのあれね。それは――私が、責任もってやっておくよ」

 フェイト・テスタロッサ・ハラオウンは、なんでもないことのように答える。

「フェイトさん!?」

「そうですか。それは残念です」

「ウルスラさん!?」

「ああ、ウルスラはそっちもイケたんだっけ」

「誰でもというわけではないですが」

 真剣なんだか適当なのか解りにくい感じに二人は言い合っていると、シャーリーがさらに口を挟む。

「あ、ペナルティでいうのなら、フェイトさんも今回のことでそれをやらないといけないんじゃないですか?」

「シャーリー、それは……」

「おおっ」

「ウルスラさんにそういっていただけるのは、そのうれしいんですけど、だけど、だけど。そりゃあ、私だって、その……フェイトさんは嫌いじゃないですけど、だけど、そんなの、こんなのって……私、やっぱりなのはさんの今回のことが片づくまでは、やっぱり……やっぱり……スバルのことも、あるし……」

 女三人よれば姦しいとはいうが。

 四人もいれば、煩いどころではないようだった。

 クロノは今日何回目か、額を押さえて呟いた。

「君ら……いい加減に話を戻していいか?」 

  

 

 

  ◆ ◆ ◆

 

 

 

「ティアナの予測は、今回の高町三佐の証言によって裏づけられた」

 クロノは最初のようにモニターの前にたっている。

「念のため、なのはとティアナの会話ログもチェックしたが、向こう側からはティアナと一緒にいたのはユーノであるように見えていた――」

 それは、昨晩の『なのは』とのやりとりの際に彼女が推測していたことの一つだった。

 なのはが「そういうこと」や「説明しといて」などといって、それに応じて『なのは』が動いたことによってこちらが勘違いしてしまっただけで、なのはは別にこの目の前の『なのは』とは特に関係がないのではないかと。例えば、ウインドウ越しに見た場合に自分の姿をごまかすタイプの魔法を使っていた――

「これでなのはさんの容疑もはれましたよね」

 とシャーリーはいったが、フェイトとティアナの表情は晴れなかった。クロノも静かに首を振る。

「まだ、解らない」

「そうなんですか?」

 彼女の言葉とともに、空間に『なのは』と高町なのはの姿が浮かんだ。

 昨晩にティアナの前に現れ、消失寸前に変身したモードの『なのは』と、今朝にフェイトと話していた時のなのはだ。どちらも同じ人間のように見える。しかし、違う。それは昨晩にモニター越しに二人で話していたことでも解るし、今のなのはの証言とログで、『なのは』が魔導で姿をごまかしていたということもはっきりした。これ以上疑う必要はないように思われた。

「どうして、この『なのは』がこんなことをしたのかが、よくわからない」

 クロノの言葉は、鉄の重みをもっていた。

「自分が高町なのはではない、ということを示すだけならば、別にユーノ・スクライア司書長の姿を幻術で作る必要はないですしね」

 とティアナ。

「考えられることとしては、なのは当人の介入を避けたかった、とか?」

 とフェイト。

「確かに、あの場でなのはが『なのは』と対面した場合、彼女の性格を考えたのならば……」

 クロノは頷きながらも。

「だが、そんなことを言い出せば、そもそもからしてどうしてティアナに接触しようとした?」

 手っとり早く確認しようと考えるのならば、『なのは』の目の前で高町なのはに連絡をとるだろう――ということは、誰にでも想像できることである。

「ティアナにはどうしても伝えておきたかった、というのは――」

「それならばメールでいいだろう。ティアナのメールアドレスは、管理局を通じて簡単にしれることだ」

「直接会う必要があったから?」

「確かに、メールにかかれているというだけでは信用してもらえない可能性はあった、が。それだけでは理由としては弱い」

「こちらがどれだけのことを知っているのか、それを確認するため?」

「確認か。しかしそれは、捕まるリスクなども含めてもやらなければならないことなのか?」

「もしも――」

 ティアナは、わざと声を落とした。

 全員の視線を集める。

「もしも、メールだとしたら、私はあの人からもたらされた情報の信憑性を下げていたでしょう。そして、致命的に事態を遅らせていたかもしれないです」

「ふーむ……」

 押し黙る。

「失礼ですが、ランスター執務官」

 とウルスラが手を挙げた。

「事態の対処云々についていえば、すでにもうかなり致命的なものになっているのではないでしょうか」

「それは――」

「最初にあなたがあの高町なのは三佐によく似ている人物と接触したのは、確か先週でしたよね」

 報告書を読む限りでは、と断ってから、少し思案するように口を閉ざし。

 開く。

「仮に彼女とこのエミヤと言われる者の行動がその頃からであるにしても……この吸血鬼という存在の情報を見る限りは、一秒でも早い対処が必要となるケースでしょう。ならば、彼女らは行動する前に、あるいは行動してすぐにでも何らかの形で管理局にリークをするべきだった」

「それはそうだよね」

 フェイトも頷く。

「ただ、ログは見させてもらったけど、彼女らは秘密裏に対処しておくことが第一のようだった。それは相応の理由があったにしても――今になってそれを変えたのは、なんでなのか」

「状況が変わったということでしょうか?」

 ウルスラは目を細め、問う。

 フェイトはため息を吐いた。

「あまりにも、情報が少なすぎる……もしかしたら、私たちと接触したことによって、完全に秘密にするプランが無理になったから……という程度のことかもしれない。もしかしたら、彼女らもここに来て状況を確認するまでは楽観的に構えてたのかもしれない。いずれにせよ、彼女らの動機について考えるのは、今の段階では無理だし、無用だと思う。少なくとも、優先順位としては高くない」

「正体についても、か?」

 クロノが言った。

フェイトは瞼を閉じた。

「正体については、」

 

 

「念の為に聞くが、もしかしてフェイトは、彼女らが平行世界の高町なのはではないか――と、考えているのか?」

 

 

「……可能性はあると思う」

 彼女は目を開けて、顔をあげる。

「クロノの言いたいことは解ってるつもりだよ」

「そうか。だけど、言うぞ。その推論については、願望が入り込んでいる」

「……………………解ってる」

(フェイトさん………』

 ティアナは昨晩の『なのは』との対峙を思い出していた。

 幾通りの可能性について語っていた。

 大魔導師になっていた高町なのは。

 剣士になっていた高町なのは。

 復讐者になっていた高町なのは。

 ……それらは全て可能性――ここではない、何処かの世界であったかもしれない高町なのはたちだ。

 きっと、そういうのは自分にもあるのだろう、とティアナは思う。

 兄が生きていたのならば、自分は執務官になっていただろうか。なっていたかもしれない。ならなかったかもしれない。いずれにせよ、憧れだった人なのだ。生きて執務官になった兄を助けるために、勉強して補佐官になっていた自分もいるのだろう、と彼女は思う。

 その場合に自分が辿り着いていたところは、今のこの場所ではあるまい。

 あの『なのは』は、そのようなありえたかもしれない可能性を呼び出せるのだ――多分。

 勿論、それらは『なのは』の言葉を受けての彼女の推測にしか過ぎないのだが。

 フェイトとクロノにそれを話した時、二人はそれぞれが対照的な顔をしたのをティアナは覚えている。

 

 フェイトは一瞬だが確かに喜色を浮かべ。

 クロノは明白に疑念に眉を寄せたのだ。

 

「別の可能性を呼び出す、別の時間の流れの世界から別の自分がやってくる――ということについては、否定しない。それらについては、そもそもが魔法というのが量子的に世界の確率を操作するものだからだ。別の世界の存在は魔導学としては肯定されているし、その世界から人がやってくる可能性もあり得る。そうと思しき事例も過去に報告されている。それでも」

 それでも。

 クロノは、あえてその言葉を重ねた。

 

「それでも、平行世界の可能性を呼び出せるロストロギアがあるとして、それと、それを使う人間までもが平行世界の人間であるという必然性はない」

  

 その通りだった。

 平行世界と関係するのと、平行世界の住人であることは、イコールでは結ばれない。

 むしろ。

「そうと錯覚させるために、この『なのは』はティアナを呼び出したのかもしれない」

 だとしても、やはりユーノとしてなのはに見せたのは不明であるが……いや、そもそもが『なのは』が高町なのはと同一人物であるとするのなら……。

「例えば、この『なのは』の言ってた通りに、大魔導師になったなのはが、通常の転送魔法ではあり得ない位置関係の管理外世界と管理世界を魔導で簡単に生身で行き来したいたのかもしれない。簡単には解析できないレベルの変身魔法ができる使い魔を使役している可能性、自分のコピーを作ってしまってることもあり得る。

 もっといえば、仮にあの『なのは』が平行世界の高町なのはだとして、そのロストロギアでこちらの世界の高町なのはが呼び出したのかもしれないんだぞ?」

 そうなれば、主犯は高町なのはということなる。

 いずれ今の段階では確認のしようがない。

「魔法での次元移動した可能性についてですが、昨晩の、その大魔導師のスタイルの時に行った転移魔法が――観測されてないんです」

 シャーリーは報告した。

「最近の魔導索敵技術の向上から考えたら、範囲を絞った上でなお観測できないなんてことはまずありえないんですけどね」

「大魔力と超一流の魔導構築能力があれば、それは不可能ではないだろう。例えば、母さん――リンディ・ハラオウン元提督や、はやてクラスの大魔導師になら不可能ではない。彼女らなら、管理局の観測範囲内で結界を展開して大規模戦闘を行おうと、完璧に隠蔽してみせるだろう。そして、この『なのは』も。もしも彼女が高町三佐と同一人物で、地球とこことを移動していたとしても、こちらの方向ではチェックは不可能ということだ。使い魔かコピーであるのかの検査についてだが――」

「人権的にも、健康的にも難しい」

 フェイトが言葉を継いだ。

「そうだ」

「なのはの妊娠は確かだよ」

「それは報告を受けている……偽装の可能性なども考慮すると、魔導の検査にしてもかなり乱暴な――負荷をかけるものにならざるをえないだろう。勿論、彼女ほどの魔導師ならばどうとでもないが、妊婦であることを考えると、リスクが高すぎる。もう少し安定してからでないと検査はできない」

 お手上げだ。

 クロノは首を振った。

「たまたまなのか、意図したものなのか……ここまでこちらが動けない条件が揃うと、何もかもが怪しくも感じてくる」

「とりあえず今のところ、なのはは白、ということでいいと思う」

「限りなく灰色に近い白だがね」

 そうして二人のハラオウン家の魔導師は、意味有りげに視線を交わし合い。

 やがて、どちらともなく外した。

 そして、フェイトは空間に『なのは』の姿を浮かべて。 

「いずれにせよ、リソースは有限だ。さっきもいったけど、優先すべきことは別にある。これは、私の願望でも私情でもない」

「そうだな……」

 そうだ。

 対処を急がなくてはいけないのは、『なのは』についてではない。彼女らのいうところの『吸血鬼』についてだ。

 クロノは渋い顔をした。

「問題は、その情報の真贋だがな」

「結局、何も解ってないのも同然だね」

「この情報だけだと、管理局としても動けないぞ。少なくとも、専従のチームを作って対策をとるというのは無理だ。執務官特権でごり押しするにも、な」

「そのあたりは、サンプルがあればどうにかできると思う」

 聞いてから、フェイトはウルスラへと向き直る。

「……ウルスラには、この『なのは』がいうところの『死者』か『死徒』の確保を頼みたいんだ」

「私がですか?」

「現在の管理局でこれが頼めそうなのは、あなたしかいない。特殊な任務だというのもあるけど、任務の途中であのエミヤか『なのは』に出くわす可能性も大いにある。あの二人については未だにどういうスキルを隠し持っているか解らない。管理局の武装局員に任せるのには不安が残るんだ」

「もっとも頼りになる執務官二人が、そろって謹慎になるしな」

 とクロノはいい添える。

 ウルスラは、即答しなかった。

 否、できなかった。

 フェイト・テスタロッサ・ハラオウン執務官の言い分は解る。

 管理局全体を見渡しても、自分以上の戦力を持つ者はそうはいない。陸戦に限定するのならば自分を打ち負かせる者など皆無といってよいだろう。仮に、あのエミヤと高町三佐のそっくりさんか同一人物か平行世界の当人かは不明な『なのは』が相手であっても、自分が全力全開で挑めばなんとかできる、という自信はある。

 ウルスラは、そう思っていた。

 実際に補佐官としてフェイトとティアナにつくようには任命されてはいるが――

「難しいですね」

 と苦渋に顔を滲ませた声で、ウルスラは答えた。

「任務とあれば是非はありませんが、私は愛剣を失いました」

 そうだった。

 彼女は先日の戦い、ティアナとフェイトを助けるために結界にかけつけ。

 愛剣を犠牲にして、それを破ったのである。

 ストレージデバイスではあるが、改造に改造を重ねて彼女の専用のものに作り上げた特注品だ。

 かつて家伝されていた宝剣を失った後、ギルより贈られた思い出の品だった。

 勿論、騎士たる者が得物がないから戦えないなどとは区口が裂けてもいえない。

 代わりになる剣も入手することは可能だろう。

 しかし、彼女の魔力に合わせて調節して万全のものとするには時間がかかる。そしてその万全でない時にもしも『なのは』と出くわしたりすれば……。

「そのことに関しまして」

 シャーリーが、言った。

「ウルスラさん、かつて機動六課に来たときのことを覚えています?」

「あ、はい。あれは……」

 自慢ではないが、記憶力はいい。日付から言おうとしたが、さすがに止められた。

「あの時にウルスラさんが入ることを断りに来て、それであの剣をうちに預けたまま、忘れて帰ったでしょう」

「忘れたというのではなく、」

 ウルスラは反射的にそう答えかけて。

 目を見開いた。

 まじまじとシャーリーをみる。

「まさか」

「あ、はい。あの時にお預かりしたあの剣、修理終わってますから」

「まさか」

 ウルスラは、もう一度言った。

 彼女の脳裏に浮かんだのは、あの時に無理な負荷と自分の不注意によって家伝のデバイスが折れた瞬間と。

 先日にエミヤというあの男が作り出し、放り投げたあれが爆発する寸前に見えた剣の姿。

 思わず、口にしていた。

 

 

「カリバーン――――」

 

 

 

 

 転章

 

 

(本当に、遠坂さんはどうしたんだろう)

 弓塚さつきはそんなことを思いながら、黄昏時の町を歩いていた。

 吸血鬼――死徒である彼女にとって、太陽の光はあまり好ましいものではない。それが元の世界であれ、遠い次元の壁をへだってたところにあるこの第16管理世界においてでも。

 光の持つ紫外線は、彼女の細胞を壊すのである。

 それは死徒でるがゆえの概念の効果であるのかもしれないし、もっと単純に死徒であるということは人間よりはかなくも脆いということを意味しているのか。もっとも、彼女だからこそ「好ましくない」ですんでいるのであって、これが普通に屍食鬼や死者、成り立ての死徒であるのなら、陽光とは毒と同義であったろう。

 気だるげに歩くさつきの姿は、それだけで彼女がどれほどに強力な存在であるのかを示している。

 いつもならば彼女はこの世界にきてからの相棒である遠坂凛と待ち合わせして、夜をどういうコースで巡回していくのかを計画してから、日が沈むのを待って出歩くことになっていた。しかし、先日にいつも待ち合わせしていた店の一つで管理局の人間と出会ってしまった。記憶を消したがどうなったのかはわからない。とりあえずは別の店にするか、それともしはらくは一緒に行動しようかという話になって、先晩は凛がこの世界にもっているパトロンの一人であるウルスラの元に押し掛けた訳だが。

(ウルスラさんも管理局の人だものなあ)

 管理局内部の捜査状況を把握できるというのもあって、二人はしばらくウルスラの元でいることに決めた。

 それが今朝までの話である。

 昼前には、その計画は白紙に戻された。

 ウルスラの前に恋人というのがやってきたからだ。

 ギネヴィア――ネヴィとウルスラは呼んでいたが、彼女がウルスラの前の夫が死んだという話を聞きつけて、ウルスラの元に駆けつけたのである。

 ランスロットにギネヴィア、そしてウルスラ、ね。

 遠坂凛がこの時に意味ありげに呟いたのだが、さつきは聞き流した。

 とりあえず部屋にいた二人にネヴィは鋭く詰問しようとして……凛が面倒がって眠らせてしまった。

 聞けば、以前にも彼女とは面識があるのだとはいうが。

「適当な記憶操作して帰しましょう」

 その時にも、やはり面倒な相手だとは思ったのだそうだ。

 そして帰らせてから、「やっぱり面倒ね」と凛は言い出した。どういう意味なのかはさつきにも察しがついた。

 ウルスラの元夫の死で、彼女の友人たちが随分と心配しているらしいということである。

 普段は平然というか冷静というか超然とした風であるウルスラであるが、さすがに友人であり元とはいえど夫が死んでしまったのならば、それなりに堪えているだろう――とはみなが思うものらしい。

 実際にどうであるのかは、さつきには解らない。

 ただ、寝室に連れ込まれた時の彼女の顔は、恐ろしかった。

 危うくそれに恐怖しながら、初めてのエッチを女の子相手にしてしまうところであったが。

 そこらも凛がうまくごまかしておいてくれた。

 凛は適当にウルスラあての伝言を書き残し。

「やっぱり、今日もいつもどおりに昼間のうちに巡回ルートを決めて、夜に一緒にいきましょう」

 と提案してきた。

 さつきも承知した。

 ただ、昨日のこともある。あの執務官のフェイトさんとであったアーネンエルベは使えない。

 ほかの店で落ち合うことにして、二人はウルスラの家を出た。

 そして――

(待ち合わせの時間になっても、こないし)

 何かあったのだろうか、と思う。

 決めてあった時間から三十分ほど待って、それでも連絡がない。

 さつきは店の人間に伝言を残して、でる。

 何処かにあてがあったわけではない。

 まだ、店で待ち続けてた方がよかったのではないかとも思う。

 しかし、彼女は街にでることにした。

 なんともいえない不安感に、胸を焦がされていた。

「……といっても、やはり何処探していいのかっていうあてもないんだよね……」

 日中の自分ならともかくとして、昼間の遠坂凛をどうにかできる人がいるのだろうか、とさつきは思う。

 魔導師というのがどれほど強力な存在であるのかはさつきは知っているが、それにもまして遠坂凛という女性は恐ろしく手ごわい相手だということも知悉している。豊富な人外との戦闘経験と、自分の魔術の特性を魔導師たちが知らないことをアドバンテージとし、かなりの高ランクの魔導師にも対処してしまえるだろう。 

(かといって、あの人に襲われてというのも考えにくいしなあ)

 元魔術師の、事件の元凶ともいえる死徒は、すでに凛の手によって始末された。

 あと一人の、あの人については――

(どうなんだろう?)

 凛は人の流れの中をぼんやりと歩きながら考える。

「元になったあの人と、同じような感じになるのかなあ……?」

 関わって何年もたつけど、タタリは本当によくわかんない。

 そうぼやいていたが。

 顔を上げた。

 道行く人たちも立ち止まり、ざわめいた。

(何、これ……)

 何事か、と見回した時、轟音が響いた。

 悲鳴と爆発音。

 騒ぎ出す人たち、逃げ出す人たち。

 さつきは見た。

「アレは………」

 巨大な、石塊のヒトガタ――

 

「ゴーレム」

 

 聞き覚えのある声に、顔を向ける。

 昨晩、彼女が泊まった家の主、ウルスラ・ドラッケンリッターの美しい横顔がそこにあった。

 

 

 

 

 

 つづく  

 

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