Over the lights・Under the moon(なのはと型月クロス・改訂版) 作:くおん(出張版)
「あの地獄のような鬼魔尽帝磨闘が終わってはや3日か……」
「本当に地獄だったな」
健康的な小麦色の肌の少女の隣りを歩く眼鏡っ娘は、ぼやくように言った。
「汝のテスト勉強のために、私たちがどれだけ苦労したことか……」
「おかげでなんとか乗りきれたけどな!」
サンキュー、氷室っち。
「鐘ちゃんも蒔ちゃんも、テストはどうにかできたんだねー」
その後ろからついて来ている少女が、何処か嬉しそうな顔をしている。
「は? 乗り切れたとは言ったが、どうにかできたとは言ってないぞ?」
「……汝は何を言っているのだ」
「相変わらず仲いいわね」
陸上部三人娘のコントみたいな会話を横目にしながら、遠坂凛は車椅子を押していく。
凛の同級生である彼女らは、この穂群原学園でもそれなりに知られている面々である。穂群原の黒豹と言われる陸上部の部長である蒔寺楓と、その参謀にして冬木市長の娘である眼鏡っ子・氷室鐘。そして二人との間でパランサー的に陸上部をマネージメントしていく三枝由紀香――卒業してからは音沙汰も聞かないが、きっと元気でやっていっているはずだ。
「――――?」
「どしたん?」
「……いえ」
なんでもないわ、と続けようとした凛であるが、上手くまとまらない思考を整理しようとして眉根を寄せ、首を振った。
「おかしいわね」
「ふーん?」
「なんだか、こうしているのは当たり前のはずなのに、当たり前じゃない、なんて気がしてくるんだけど……」
何か違和感がある。
だが、何が違和感を生んでいるのかというのが解らない。
当たり前の光景、当たり前の日常……これのどこがおかしいのだろうか。
凛は再び車椅子を押し始めるが、それは考えがまとまったからではなく、今はとりあえず考える必要はないことだと一応の結論を出したからにすぎない。まだ少しこれが続くようだったら、一人になった時に改めて考えればいい、ということにした。
「たいしたもんやね」
はやては椅子に座りながら微笑んでいた。
「ここまで極濃の絶対幸福空間に閉じ込められながら矛盾を感じていられるとか……精神の強度、というよりも、魂の在り方がそもそも魔導師とはまた違うもんなんやね」
「はやて?」
「――帰りに、商店街の方に寄ってこう」
「何か買うものがあるの?」
「たまには、寄り道したいっていう、そんな気分なんよ」
凛はその言葉に「そうね」と応え、足を早めた。
はやては彼女の大切な幼馴染だ。めったに自己主張しない彼女が何かを望むというのならば、それに応えてあげるべきだろうと思う。
(そうよね。私には昔から続いての友達なんていなかったし――――)
ふと、足が止まった。
「…………ねえ、はやて」
「なあに?」
「私、いつからあなたとの付き合いがあるんだっけ?」
「幼馴染にそれ聞く?」
「いや、だって――」
私には、あなたといつから付き合ってるのかの記憶が……と言いかけた凛に、はやては「仕方ないなあ」と困ったように微笑んでみせた。
「じゃあ今日は、それを確認しながら行く、ということにしよか」
21/虚構。
あれは、いつ頃した会話だったか………。
『霊子虚構世界――というものらしいね』
『霊子虚構世界――』
『本来のその魔法文明では別の用語があったんかもしれへんけど、私らの言葉であれを解説すると、それが一番的確やと思う』
『……霊子世界、あれがシミュレーションだとか幻術だとかではなくて、一つの世界であるということは私にも解る。夢、というのも違う。夢に近いけど、夢よりもなお現実的だった。架空の世界を作り上げたものだといわれたら、信じがたいけども、だけど実感としてそれを信じるしかないというのも解る。あれは確かに、ひとつの世界で、そしてそれは私の記憶を元にして創りだした世界だった』
『フェイトちゃんが見たものがどないなものやったんか、私には伺い知れんけども……だいたいどういうものかの想像はつく。私も夜天の書の魔法の全てを把握しているわけやないし、特にあの魔法はベルカ式とも言い難い、かなり特殊なもんみたいやってことも解ってる。ただ、それでも、私は夜天の主なんよ。使える魔法については、ある程度の詳細を知ることは可能なんよ』
『まあ、そうでなければ、王とも言えないか――』
『うん。それで幾つか解ったことといえば、霊子虚構世界を作るベースを何処に設定するかによって、その精度がかなり変わるってことがあるね』
『ベース?』
『フェイトちゃんが体験したものについていえば、あれはリインフォースの中にフェイトちゃんを取り込んで、フェイトちゃんの記憶を元にしてリインフォースの中をベースに作った世界やった。より正しくはリインフォースの中に作られた霊子虚構世界、ということなんやろうか。つまりあの時のフェイトちゃんは、二重に囚われてたってことやね』
『なるほど……』
『フェイトちゃんにとって幸いだったのは、この場合はフェイトちゃんの中に作った場合と較べて、精度がかなり落ちるってことなんよ』
『私の、中――?』
『そう。なにせ霊子虚構世界は、霊子というだけあって本当に僅かなスペースさえあれば作れるからね。わざわざリインフォースみたいに自分の中に霊子虚構世界を作って、さらにその中で……なんて二度手間をする必要は本来ない。リインがそうしたのは――まあ、フェイトちゃんの中に入って、というのがそもそも状況的にできなかったということなんやろうけど』
『そういうことだろうね』
『ある程度の時間の余裕があれば、フェイトちゃんの中に入って、フェイトちゃんの記憶と魂から読み取った情報を基にした、より高い精度の絶対幸福空間を創りだせたと思う』
『絶対幸福空間――あれは、確かに、そう言ってもいいものだった』
『そうや。人間、苦痛には耐えられる。悲劇も乗り越えられる。やけど、快楽に抗うのは難しい。幸福から抜け出そうなんてなかなか思えることちゃうわね。そこにある幸福より、なおも得難い、得たい幸せが別にあるのならば…………』
『…………もしもリインフォースがその気ならば、私はあれよりもなお深く幸せの世界に浸りきって、抜け出せなかったかもしれないのか』
『さあ。それは解らんね。フェイトちゃんならば、それさえも振り切ったかもしれへん』
『どうだろうね』
『……まあ、今となっては解らんけど』
『改めて試したい、という気にはならないな、私も』
『そうやろうね』
『ああ、けど――――』
『けど?』
『はやてにも、その魔法、霊子虚構世界を作り、相手を絶対幸福空間? それに取り込んでしまうということができるんだよね?』
『…………できるね』
『聞いた限りだと、その魔法、相手の魂の領域にまで干渉する術式みたいで――』
『うん』
『…………かなり、危険だと、思う』
『それは、まあ……』
『それでも、その……相手を取り込むことによって、その魂を丸裸にして、虜にしてしまえることによって……その……』
『何がいいたいん?』
『――――いや』
『フェイト、ちゃん……』
『はやて、その魔法はどれだけ捜査上、メリットがあるからって、リスクが大きすぎる。もしも万が一、術が破られることがあれば、リインフォースの時とは違う。はやては大魔導師だ。だけど、ただの大魔導師だ。リインフォースのような魔導の産物とは違う。あくまでも人間の延長線上の存在でしかない。その術が破られ、魂領域で反撃されるようなことがあればどんなことが起きるか、想像もできない』
『…………やけど、』
『友人である私たちと、家族であるヴォルケンリッターたち、そして君自身のために』
『もう二度と、その魔法を使ったりしないで』
…………ごめんなあ、フェイトちゃん。
◆ ◆ ◆
「お、嬢ちゃん、今日は二人連れかい」
商店街で最初に声をかけてきたのはランサーだった。
暇な時は釣りをしているが、それ以外ではどこかの店でバイトをしているか教会でこきつかわれているというのがこの男のライフスタイルだ。アイルランドの大英雄がなにしてんだか、と思わなくもないのだが、今のご時世では自慢の槍捌きを見せる相手などほとんどいまい。それはそれで結構なことだと凛は思う。
「ええ。見ての通りよ。そちらは、今日はなんのバイトしているわけ?」
「こちらも見ての通りさ」
「今日は買い出しというところね」
「見たまんまやね」
そう。
ランサーは両手に買い物袋を下げていた。白い袋の中には日用品から生鮮食品などが入っているのがみてとれる。「うちの性悪マスターが、なんか宴会するってんで買い出しだよ」
「珍しいわね。いつもなら金ぴかが電話だかで最高級品とか届けさせているのに」
「ネットだぜ、嬢ちゃん」
「ネット。そうね。ネット」
「こないだ届けさせたのに不良品が混じっててな。金ぴかの面子が丸つぶれで、まあそれはいいんだが、マスターはそれで俺に直で目利きして見てこいとかなんとかいいやがってよ」
「金ぴかが注文したところに不良品?」
なんというか、それは随分とあり得なさそうなことが起きたのだと思う。
ほめたいわけではないが、あの金ぴかは当代――いや、神代から未来まで含めてなお随一と言うに足る目利きだ。黄金律などともいう羨ましすぎるスキルまで持っている。 それが選別した店で、なおあの男の幸運をまですり抜けて不良品が届けられるだなんて、それは到底あり得ないことのように思われた。
「あり得ない――だからこそあり得る、というのがこの世界の法則ったもんだぜ嬢ちゃん。ましてこの町ならばいくらでもそういうことは起こり得る」
「そう言われると、そうかもね……」
「まあアイツにとってはまた何か話が違うんだろうがな。届けられたものを見て、何かを察知したみたいだぜ」
「ははあ。あの金ぴかは本当に相変わらずね」
「まったくだ。遠からず、またなんか起きるぜ」
二人はそこで苦笑しあった。
この町には過去からやってきた英霊もいれば、未来から訪れた守護者もいる。
どんなことが起きたとしても何ら不思議ではないし、そしてどんなことが起ころうともどうにかなるだろう、そんな安心感があった。
それに、と凛は思う。
この時の事件は今まで起きた中ではそれほど大した問題ではなかった。
それこそ聖杯戦争の時や、あのゼルレッチ卿に命じられた死徒討伐の任務に比べれば、後で笑える程度のものだ――
「――!?」
「どうしたい、嬢ちゃん」
「凛ちゃん?」
二人の心配そうな声をかけられて、はっと凛は気づく。
(えっと……いま、なに考えてた私?)
なんだか妙なことを考えてしまっていたような気がする。
しかし、何が妙なのかというのがさっぱり思い出せない。
「なんでもない――と、思う」
そうは答えたものの、凛は屋上で覚えた違和感が自分の中で膨れ上がっていくのを感じていた。
おかしい、変だ、しっかりしなさい、早く気づきなさい、内面の、それこそ魂に近い領域から囁く声がある。だが、何がなんだか凛には解らない。何が起きてるのか凛には解らない。何をしていいのか凛には解らない。
「――凛ちゃん、もう帰ろうか?」
「はやて」
どうしてか、幼なじみの名前を呼ぶ自分の声が空々しく聞こえた。
まるで、自分が出しているようには全然思えなかった。
「そうだな。嬢ちゃん、ここは早くかえんな。携帯電話とかあんた持ってないだろうから、こっちから坊主かセイバーには連絡しといてやるよ」
無理なんかせずにゆっくり養生するといい――ケルトの大英雄らしからぬ言葉と声に、凛は思わず笑ってしまった。
「嬢ちゃん?」
「いえ、ありがとう、ランサー。そしてはやて。心配させたみたいね。だけど、もう大丈夫。なんだかよくわかんないけど、ちょっと立ちくらみしたみたいだから」
「そっか」
「魔術刻印があるから、体調はある程度、一定に保たれているはずなんだけどね。もしかしたら、夕べの魔術の実験のせいかも……」
そう答えながら、思う。
――こんなこと、幼なじみとはいっても、一般人であるはやての前でしていいのかしら?
だめだ。
頭がうまく働かない。
脳味噌の機能――いや、何か精神、あるいは魂そのものが不調になっている、気がする。
やっぱり、帰ろうかな……と思った時、「おう、ちょうどいいところにきた」とランサーが言った。
(――誰?)
凛が顔をあげると、そこには金髪の美少年がいた。
「どうしました、お姉さん?」
「あんた……金ぴか、ね」
「そうですよ」
白いパーカーを着こなす十歳程度の美少年。
だが、彼こそがこの町における最大戦力。最強のサーヴァント。
英雄王ギルガメッシュ。
その幼年体なのだ。
心配そうに凛の顔をのぞき込む少年英雄王は、「ふーん」と興味深そうに眉をひそめ、それからどうしてか、はやての方を見た。
「…………何か、」
「いや、なんでもないですよ」
問いかけようとしたはやての声を遮り、ギルガメッシュは微笑む。
「大丈夫そうですね。お姉さんの体は特に不調があるわけではないみたいですよ」
「おう。てめえが言うのなら、まず間違いないか」
ランサーはなにやら手に石を持っているが、僅かにそれに視線を注いでから、やがてズボンのポケットにしまいこんだ。恐らくは何かのルーンだったのだろう。
この大英雄は、武術のみならず魔術も極めたという男なのだ。
クー・フーリン。
そしてその男をして一目置き、ある種の敬意さえ抱いている風なのがこの少年英雄王なのである。
あくまで、この少年の、幼年体としての英雄王に対してであり、大人になった英雄王に対してはそういうものはない、まったくない、というのがランサーの言葉である。
大人の英雄王は大嫌いなセイバーですらも、この少年には士郎や凛に準ずる信頼を寄せている。
地上世界の謎と秘密のすべてを見とおしているという英雄王。
そんな彼が大丈夫、というからには、それは大丈夫なのだ。
まず、間違いない。
大人の方だと、その信頼性は果てしなく下がるのだが。
しかし彼は、所用で出かけていたのではあるまいか。
「問題は残ってますけど、だいたいの道筋はわかったので帰ってきました。あとはまあ、僕ではなくてみなさんでなんとかしてもらうとして……」
「あんたがやれば一番手っとり早いじゃないの」
「いやですよ。あれは地上の王である僕が手を下すべきことじゃあない」
それは、
どういう……
「まあそれはそれとして、お姉さん、改めて大した人ですね」
「……どういう意味?」
「そのまんまですよ。大人の僕が、マスターとして組むのならば時臣より娘の方がよかったと言ってたそうですが、その意見には僕も賛成です」
「そんなこと、大人金ぴかが話してたの?」
驚き、というわけではないが、なんだかそれは少し意外な気がした。
あの傲慢きわまりない男が、自分のマスターについて言及するだなんて。
マスターなんて別にいらない、邪魔にならなければそれでいいというくらいのものだと、なんとなく思っていたのだが。
「僕と彼が同じ意見になるのは珍しいことです。あなたは最強のマスターだ。まったく、贋作者のお兄さんたちが羨ましいですよ。あるいは、惜しいというべきかな。もしも自分と組んでたのならば、もっとおもしろいことになってただろうって――本当に思います」
凛は苦笑した。
「それは、ほめ言葉だと受け取っておくわ。――けど、サーヴァントのほぼ全員が居残ったままで聖杯戦争が集結、だなんて事態より面白いことなんて、どんなのよ、それ」
そうなのだ。
聖杯戦争は、召喚されたサーヴァントがまったく誰も倒されることなく現界し続けるという、イレギュラー極まりない事態で終結したのだ。
死んだ者は監督役の言峰綺礼ただ一人。その綺礼にしたところで、聖杯戦争がなくとも近いうちに死んでいただろうとのことだった。すでにその生命は十年前の第四次聖杯戦争の時には失われていて、残滓のようなものが動き続けていただけなのだ、とは大人金ぴかの言葉である。
この結末のあまりのイレギュラー具合には、管理者である凛も頭を抱えたものであるが、やがてまあいいかと開き直ることで乗り越えることにした。
強力な英霊たちなど自分にはどうにもできない。魔術協会にだってどうしようもない。聖堂教会のだって手に余るだろう。
地元の退魔組織からも、非公式にだが不干渉の提案がされた。
八人の英霊たちに対抗できる者たちなど、それこそ世界中探したってほとんどいないのだ。
だから凛は、彼らにできるだけ勝手に出回らないでほしいとだけ頼んで、そういう状況であることを報告して管理者としての責務を果たした、ということにしていた。
勿論、その頼みをいちいち守ってくれている英霊たちではないが、一応、マスターの一人として顔をたててくれているらしい。できるだけ、こちらの言うことを守ってくれているのだった。凛としても等価交換として現実世界で住むための戸籍やらなにやら便宜をはかることで、彼らをなんとかこの地でおとなしくしてもらっている……のだった。
子供ギルガメッシュは困ったように頬をかいた。
「まあ、例えば……今のお姉さんが陥っているような状況にはならなかったと思いますけど」
「……何、それ」
「今からだと、どうしようもないですね。この世界のルールは、ここにいる僕たちではどうにもならない。お姉さん、あなた自身がどうにかするか、それとも……」
とびっきりのルール破りを呼び込むしかありません、とどうしてか、はやての方へと目をやった。
「この子、いったい……」
困惑した顔をするはやてであるが、にぱっとギルガメッシュに微笑みかけられる。
「魂を弄ぶ者は、魂を歪ませる。あなたは外道にあってなおまっすぐな心と魂を持つ、希有な存在だ。だけど、それだっていつまでもそうでいられるという保証はない。警告しておきますよ。今回のこれが破られたのならば、もう二度とこんなことはしてはいけない」
「…………………」
「その翼は夜のように世界を覆う――だけど、あなたの肩は世界を背負うには少し小さい。体以上に広がる翼は、しかしいつまでも羽ばたけるものじゃあないんだよ」
「…………肝に銘じとくわ」
「はやて?」
凛は名を呼ぶ。
二人は、一体なんの話をしているというのだ。
一体、何をはやてはしているというのだ。
いや。
そもそも。
はやてとは、誰のことなのだったか。
「――――?」
気づいた時、凛は帰り道を歩いていた。
車椅子に座るはやてが、何か自分に話しかけている。
どうやら、自分は、さっきまでこの子と話しながら歩いていたらしい。
「どしたん、凛ちゃん?」
「え、いや……なんでもないわ」
なんでもない。
なんでもない、はずだ。
自分は学校帰り、幼なじみの女の子である八神はやてと共にいる。
いつものことだ。
いつもこうだった。
いつも、いつも、いつも。
(いつも、そうだった、はず)
なんだろうか。
上手く言葉にできない。
上手く言葉にできないが、自分は何かとんでもない勘違いをしているような気がする。
それが何か解らないけれど。
「悩みごとがあるんなら、私に相談してほしいなあ」
「……そうね。そうすべきかもね。けど、今はまだいいわ。できるだけ、自分で解決できるか模索してみるから」
他人に迷惑をかけられない、と凛が呟くと、はやては寂しそうに微笑んだ。
「そんなこといわんと」
「ありがとう。だけど、」
「私ら、幼馴染で、恋人やない……?」
「恋、人――?」
はやての言葉に、凛は愕然とした。
なんだそれは。
全然覚えがない。
自分は女の子をそういう対象にしていたことなんてない。ない、はずだ。ない、ない、ない……多分、ない。
……どうしてだろうか。
考えれば考えるほど、自分の思考にも嗜好にも自信が持てなくなってくる。
女の子に対してそのようなことをしたいと思ったことはまったくない――とまでは言えなかった。
(そりゃ私も可愛い女の子とか好きだけど)
三枝さんやセイバーに対して抱いた感情はあくまでもLike的なものであって、Laveなものではない、はずだ。
いやいや、そうでもない?
頭が混乱している。
(だめだ。なんか全然頭が働かない……)
「大丈夫、凛ちゃん?」
「え、ええ……大丈夫……大丈夫だから……」
何やってんだか、と思う。
自分は魔術師だっていうのに、一般人の少女の、しかも車椅子に座っているような子に恋人に心配させるだなんて。
(恋人――やっぱり、恋人でいいのかしら?)
わからない。
ワカラナイ。
なんでだろうか。
自分の恋人はもっと違う誰かだった気がする。こんなかわいらしい女の子ではなくて、何処か気が利かない癖に変に鋭くて、無骨で無愛想なのに器用なあいつ。あいつは、あいつの名前は、名前は――
はやては、小首を傾げてから。
「ねえ、キスしようか?」
――凄まじい爆弾を、投下してきた。
「きすっ!? キスってそれはあの接吻でベーゼで口づけでキスの、キス!?」
さすがに狼狽を露わにしてしまう凛であるが、はやては困ったように微笑んだ。
「全部同じ意味やって。あとキス二回言うた」
「それ、は――解ってるわよ。いや、解ってるけど、解ってるから、だけど、それは――」
キス。
きす。
この子と。
自分が。
凛は上手く機能しない脳味噌を回転させる。
(何よ。何が起きているのよ。いったいどうなってるのよ!?)
なんで自分が、いくら恋人とは言っても、こんな会って間もない娘とキスしなくてはいけないのだ!
(だいたい私には、しろ――)
ふと。
「……あれ?」
今。
何を考えていた、私。
私の恋人はこのはやてで、キスなんか当然のように何処ででもしてしまうようなバカップル呼ばわりされてて――
「ねえ、いつものように」
凛ちゃんから、して。
はやての言葉が耳に届いた瞬間に、彼女の頭の中に靄がかかった。このまま、この子にキスをするのが当然だと思った。そうだ。この子は自分にもっとも親しい幼なじみで、自分ももっとも愛する恋人だったのだ。ここが帰り道の、人通りのないとは言っても町中であるなどということは、はやてから求められるキスを拒む理由にはならない。自分は彼女のためには何でもしなければならない。
だから。
だから。
「きて」
とはやては車椅子に腰掛けたままで両手を広げた。
どうしてか、それは大きな鳥が翼を広げたように思えた。
その翼の中にかき抱かれたのならば、その庇護の元になったのならば、二度とそこから抜け出ることはなど考えなくなるだろう。
遠坂凛の中の、本能にもっとも近い部分が囁く。
だめ。
こたえたら、すべてがおわる。
あなたのすきなのは、――
――――凛!
声がした。
反射的に振り向いた彼女が見たのは、自分と同じく穂群原学園の制服を着た、見覚えがある……
「岸波、さん?」
確か、生徒会庶務で、一成の後ろをよくついて回ってた……そんなことを思い出す。
クラスの中で三番目くらいには容姿の整った女の子だった。優秀で、時期生徒会長、あるいは副会長と目されていた、はず。
だけど突然の病気で休学して、そのまま。
卒業式にもこれなくて。
「…………何を、」
「落ち着け。雑種。それはお前の知るあの娘ではないぞ」
その声は。
この声も、知っている。
さっきも会ったばかりだ。
会ったばかりの、はずだ。
なのに。
その男は、赤い眼差しを細めた。
「ふん――いつぞやムーンセルの戯れで時空の果てより呼び出された、赤い娘と同じ姿の者がいたが、それはアレに近い者だ。察するに、ここもまたあの時と同じくいずことも知れぬ時空からの……いや、あの者の夢の中のようだな」
その男は、世界の果てまでをも見通しているかのようにそう言った。
黄金の甲冑を着た、大英雄。
「金ぴか――!?」
つづく。