Over the lights・Under the moon(なのはと型月クロス・改訂版)   作:くおん(出張版)

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6/宵闇。

 6/宵闇。

 

 

 

 

 ユーノ・スクライアは無限書庫の司書長をしている。

 この無限書庫については、知らない者は管理局の中にあるばかでっかい図書館、という程度の認識しかないが、実際は次元世界の各地から資料が毎日毎分のように運び込まれているという代物で、現在の管理局ではなくてはならない場所であるとされている。ここが十数年前に稼動しだすまでは、各部署が各々持っていた資料室にあたっていたという。そのために情報が共有されず、横の連携がとりにくくなっていた部分があった、らしい。そして情報の独占という状況も当然のことながら生まれる。それは容易にセクショナリズムにつながっていた。時空管理局は大別して海と陸に分かれていたが、その内部でさらに細かい派閥の対立があったのだ。それは組織の常であるとは言え、現在ではセクショナリズムの弊害を取り除くために、資料請求はまず無限書庫に、というのが管理局にとっての常識となっていた。

 そうすると、どうなるのか?

 無限書庫の司書は、恐ろしい激務と対峙することになるのである。

 何せ管理局の全部署からの注文なのだから、その内容を確認するだけでも人手間だ。

 特に若くして司書長として抜擢されたユーノ・スクライアのこなす仕事の多さときたら、内容を聞くだけでタフネスが売りの武装局員が青ざめるほどと言われていた。管理局の一部で囁かれている伝説では、ここの司書は最低でも総合AA以上の優秀な魔導師でなければ勤まらないと噂されている。勿論、実情はそこまでではないというか、司書長のユーノにしてからが総合Aなのだから、デマもいいところである。とにかくそんな噂が立つくらいの激務であるということには間違いなかった。

(それでも最近は、大分楽になったんだよなあ)

 ユーノは注文のあった資料をまとめ、注釈を添付した上で転送する。

 この程度のことでも、昔に比べればかなり違っていた。

 必要は発明の母であるというのは、この無限図書においてはこの上ない真実である。

 彼は眼鏡の位置を直し、適当に本棚に手を伸ばして本を取り出す。ここに勤めだした頃は、ちょっと息抜きに本を読むということすらもなかなかできなかった。息抜きのために仕事を増やして、時間を作る。そして休憩時間で横になってる間に眠くなって……の繰り返しだった。

 JS事件からこっち、業績が認められて司書も増えたし、検索魔法も二日ごとにバージョンアップされて往時とは比べ物にならないレベルになっている。

(そろそろ、私生活も充実させていい頃だよね……)

 首を左右に傾けてこきりと鳴らす。

「今度の論文をまとめたら、一度一族の集落に帰って……」

 ぼやくように呟き、開いている本に目を落とす。

『次元世界の神話たち』

 というタイトルの本だった。

 四十年ほど前のクラナガンの有名な大学の教授が書いた本ではあるが、その教授は神話学だの考古学だのが専門の人間ではない。専門は経済学という著者が、あちらこちらの次元世界を歩き回って採取した伝説だの神話だのの固有名詞と筋立ての共通性に注目し、でっちあげたという有名な本である。

 そう。

 まさにでっちあげた、というのにふさわしい代物だった。

 少なくとも考古学を専攻し、現在では書誌学とかそういうことにも通じてしまいそうなユーノの所感としては、そういう風に捉えられる代物だった。

 この本の主旨は一言でいうと「現在の次元世界の文明は、一つの場所から流出したものではないか」というものだった。

「まあ、いわゆるトンデモ本の類だよね」

 そんなことを呟きつつ、目を通す。

 実はこの本は当時でベストセラーになっていて、その後の〝謎のアルハザード文明〟ネタの大本になってる代物だった。

 古代ベルカにも関係したという、失われた魔法文明の都アルハザード――それ自体はそれこそベルカの時代から様々な伝承が残されていたが、この無限書庫をしてアルハザードに関係するといえる一次資料は皆無に等しい。その一次資料という分類に入ってるものにしても当時の神官がこう言ったとか、賢者がああ言ったとか、そのようなことを記録しているという程度のことで、アルハザードからきたとかアルハザードに到ったとか、そのような話ではまったくない。

『次元世界の神話たち』では、そんな証言記録を一次二次問わずに集めまくった上で、自分流の解釈をしている。

 いわく、「アルハザードの末裔こそが各世界の魔法文明を生んだ」とのことである。

 アルハザードが滅びた後で、その末裔たちが各地に漂流……そして、あるところは魔法文明を退化させ、ある地域では魔法文明を保存できたのだという。

 そしてその中で、もっとも繁栄していたのが古代ベルカであるというのだ。

 その証拠として、次元航行技術が確立する以前より伝わるはずの伝承なのに、別々の世界で同様の物語があることなどがあげられている。

(まあ、でたらめなんだけどね)

 一般普及用の初級読書魔法でさっさと読み通したユーノは、溜め息混じりにそんなことを考える。

 古代ベルカ以前にもベルカ世界で魔法が存在し、そこからベルカ式が発達したということは魔法史では定説となっている。

 しかし、この本ではそのベルカ以前の魔法である、旧式魔法とも呼ぶべきものについては言及がされていない。多分、しらなかったんだろうなあとユーノは思った。魔法史の上でもこの旧式魔法については現在ではその存在については軽く触れられている程度で、今でもマイナーなのに、当時で知っている人間がいるとしたら、それは研究者かよほどのマニアかだ。

 だから、「古代ベルカ式魔法がアルハザードより伝えられるまでは魔法文明はなかった」などというのはでたらめもいいところだった。

 他の世界の失われた魔法文明にしても、その成立年代はばらばらで、一つの文明が滅んでその末裔たちが散らばって、というのは無理がある。

 だが、そんなことは研究者でなくては知らないことである上に、各世界に似たような伝承や固有名詞があるということは大衆の興味を大いに刺激した。

 まともな学者は様々な反論の本を書いたりしたが、こういうのは退屈な反論よりも過激な珍説の方が受けがいいものである。

『次元世界の神話たち』はその後、換骨奪胎をされながら「在野の学者たち」によって「補強」とか「解釈」をされつつ、現在まで残されることとなった。

 ユーノは『次元世界の神話たち』を棚に戻し、その四つ右となりの『古代文明アルハザードの謎』という、いかにもなタイトルの本を手に取る。

 こちらは『次元世界の神話たち』を下敷きにして、さらにアルハザードが魔法文明を時期をおいて断続的に各地に魔法を伝承させていたというものである。旧式魔法も彼らが伝えたが、それは魔法を人々になじませるためであり、時機を見て彼らの持つ高度な魔法を伝えていく予定だったという。

 こらちは一応の学説を踏まえている。書いたのはあんまり有名ではない大学で助教授だったという魔法史家であるから、専門家の書いたものであるには違いない。

 確かに記録で最初にアルハザードという言葉がでてくる前後に古代ベルカ式の成立とが重なること、そしてそれ以前の旧式魔法とも呼ぶべき体系からどうして突然にベルカ式が生まれたのかはっきりしないということもあり、何かしらアルハザード文明のようなものがあって古代ベルカ式に影響を与えた――というのなら、それはある程度の説得力はある。あるように思える。

 こちらは整合性がとれているだけあって反論も穏やかなものであった、というとそれは正確ではない。

『古代文明アルハザードの謎』が出版されたのは『次元世界の神話たち』の十五年ほど後であり、その頃には数限りなく類書が出回っていたため、もはやいちいち反論する学者などはいなくなっていたのである。

(まあ、こっちもこっちで、もう古いけどね)

 考古学だの歴史学だのというのは、何処から新しい資料が出てくるのか油断ができないもので、その後の研究で古代ベルカ魔法の創造についてはかなり時期などが特定できている。未だ誰がどのような経緯でというのは不明だが、少なくともアルハザードから突然に伝えられたというものではないと考えられていて、アルハザードは御伽噺とは言わないまでも、そのような名前の研究グループか何かではないかという風に解釈されていた。ユーノも多分、そのようなものだと思っている。

 いや、思っていた。

「ジェイル・スカリエッティか……本当に、そこらよくわかんないよなあ……」

 御伽噺の技術で生み出されたという天才科学者。

 その男が最高評議会の手によってアルハザードの技術を使って生み出された――というのは、一部では知られるところであり、その一部に彼もいた。

 しかし、果たしてどのような技術が使われたのかということはさっぱり解らない。

 評議会は自分らとスカリエッティの繋がりを隠すために、彼を生み出したという技術その他を完全に封印してしまっていた。

 消滅と言い換えてもいいくらいだ。

 いまだに続いている管理局の調査でも、僅かな痕跡すら見いだせない。

 ジェイル当人は面白がって、そこらのあたりについては黙秘を続けている状態である。

 ユーノは溜め息を吐いて、本を本棚に戻した。

 別にアルハザードについて、巷間に出版されている本で真相に迫れると思ったわけではない。

 これらを手に取ったのは、たまたまはやての言っていたことを思い出したからだ。

 

『なんでレヴァンティンいうんやろかねー』

 

 随分と昔の話である。 

 言わずと知れたヴォルケンリッターの烈火の将の愛剣の銘であるが、聞けば、その名前は地球における神話に登場する魔剣の名前なのだという。

 ユーノはその時にこの『次元世界の神話たち』のことを思い出していた。各世界での神話だのの固有名詞が共通するということは、この本にて広く認知されるようになったからである。

 トンデモ本だろうとなんだろうと、このことがきっかけにして学会が活発したのは確かだった。

 共通する物語があるということは確かなのだ。

 こちらについての研究も進んでいて、次元航行の術式が記録にあるのより早くに成立していたということと、伝承の成立時期について、実はわりと最近であった(それも古代ベルカ以降)ということが確認されている。この手の記録は実際よりも古くから伝わっていることにしたい人たちが多かったということである。そういう悪意のない捏造は伝承学や民俗学の分野ではよくあることであるが、この本がなければ広域での次元世界の調査というのはもっと後になったであろうことは間違いなく、結果からすれば学術の発展に大きく寄与したといえることだった。

 調べてみると地球の伝説や神話には、ミッドやベルカに伝えられているものと共通している部分があった。

(もしかしたら、地球でいう神々の類は、ベルカからきた騎士ということも、ありえるのか――)

 それはそれでありそうな気もするが、時期が少し合わないなあとぼやきながら、ユーノは「さてと」と私信を打ち始めた。

 空間に展開されたディスプレイに文章を書き込みながら、はやてとの会話を思い返す。

『ほんまに不思議やね。あたしがこないだ行った第16管理世界で会った子なんか、カリバーンなんて名前のデバイスつかっとったんよ』

『なにそれ』

『地球の伝説に伝わる宝剣なんよ』

 ……そんな話をしたのは、もう何年前だろうか。

(あれは機動六課を立ち上げる前だったか)

 ユーノはいったん手を止めて、んんっと大きくのびをした。

「しかし、なんでこんなこと知りたがるんだろうな」

 首をかしげながら、彼はその管理世界で遺物や骨董品を扱っている人物の名前を書き込んだ。

 少し前に送られたメールには、第16管理世界での遺物売買に関係する事柄を調べたいので、すぐに手に入る範囲でいいから情報を送ってほしいという旨のことが書かれていたのだった。

 遺物の販売ルートならばスクライア一族にとっては馴染み深いものであるが、末端の流通経路となるとそれほど詳しいわけではない。調べるのに少しばかり時間がかかってしまった。

(なんの事情があるのかな? 周りには極力知られないようにって……)

 ユーノは不審に思いつつも、しかし続きを書き込んだ。

「その人は今は喫茶店を経営しているはずです、と――名前は確か」

 ベルカの言葉だったな、と改めて確認のために視界の隅に表示させた空間ディスプレイを見た。

 

「アーネンエルベ」

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

「……まだ気になりますか?」

 かつての自分の補佐官であるティアナに聞かれ、フェイトは「うん」と素直に頷く。頷いたが、すぐに息を吐きだす。

「大丈夫。仕事に集中するから」

「はい」

 ティアナはそう答えながら、前を向く。街灯の並ぶ夜道はそれなりに明るいが、やはり真昼のようにとはいかない。この辺りはただでさえ人の気配もまばらであった。女二人で出歩くには向いていない。自分らに危害を与えられるような犯罪者は稀ではあるが、いない訳ではない。ティアナは自分の神経がやや過敏になっていることを自覚していた。

 それと。

(フェイトさんに何かを出来る魔導師がいるし)

 ということもあった。

 喫茶店での一幕は、彼女たちに緊張を強いるのに充分であった。

(記憶とか認知に影響を与えられる魔法――ないでもないけど、フェイトさんに対して仕掛けられるだなんて、どんな反則)

 周りにいたお客さんやらウエイトレスなどに話を聞いて、フェイトが二人の女性と相席になったということは解った。解ったのだが、話の内容だのは誰も覚えてなかった。誰も聞き耳を立ててなかった。

(あるいは、それもその魔導師が何かやったのかしら? 周辺にいる人間の認知を操作する魔法なんて――)

 脳裏に、あの夜のことが浮かんだ。

 自分とすれちがった――という女性について、ティアナは上手く記憶できなかった。

(同じ人間か、同じ技術か)

 にしても、この街で偶然に自分たちが遭遇するだなんてことがあり得るとも思えなかったが。

「ティアナ?」

「あ、すいません。こっちもちょっと考え込んでました」

「うん――なんか、お互いに調子が狂っているよね」

 そういって、フェイトは笑った。

 無理に出した微笑のように見えたが、ティアナもまた笑った。

 お互いがお互いを慮っていた。

 やがて歩きながら話を続ける。

「喫茶店ではゆっくり話ができなかったけど、今回の事件、聞いた限りでも厄介そうだね」

「ええ」

 ティアナは頷き、フェイトは足を止めずに顔に手を当てて考えるポーズをとった。

「行方不明者の続出、そして関係していると思しき古い魔法の使い手」

「確定はしてませんけど」

「だけど、ティアナは関係があると見ているのよね」

「はい」

 歩く足音が、やけに強く響いた。

「私は、その古い魔法によって、死体が灰にされているんじゃないかって思うんです」

「なるほど――――」

 行方不明者がどういう状況に陥っているのかは判断が難しかったが、最初の証言などを聞く限りでは正気を奪われている状態らしい。相手から自由意志を奪う魔法はミッド式にもベルカ式にもあるが、それもやはりティアナは自分の知らない方法で行方不明者は操られているのではないかと思えた。

 フェイトは歩きながら相槌を打っていた。

「それがどういう意味があってというのは良くわからないけどね」

 そうだ。

 それは確かにそうなのだ。

「人間を操るのも、それを灰にしてしまうのにしても」

「まったく意味が解りません。灰にするというのは、証拠隠滅を画しているとも考えられますが」

「衣服を残して、体だけ灰にする――というのも、どういう魔法を使えばそんなことができるのか……ユーノかはやては何か言ってなかった?」

 ティアナは一度俯き、それから顔を上げた。

「いえ。該当する魔法については心当たりはないそうです」

「無限書庫にも、夜天の書にもない魔法か……」

 フェイトの呟きを耳にしながら、ティアナは「すいません」と内心で謝っていた。彼女は捜査の段階ではやてには相談しにいったことはフェイトに言っているが、無限書庫にはまだ問い合わせていないということは隠していた。

(もしもこれで、全てが私の杞憂だとしたら……事件の解決を遅らせて犠牲者が増えていたら、全て私の責任だ)

 今からでも遅くはないのかもしれない。

 無限書庫に連絡を入れて、古魔法についての解るだけの資料を集めてもらうべきなのではないか。

「ティアナ?」

「いえ、ちょっと頭の中で話がまとまらなくて」

「うん。これは無理はないよね」

 苦悩の様子を察せられたらしい。補佐官時代のことを考えれば、旧六課の関係者で、ティアナの最も親しい人間はスバルたちを除けばフェイトであった。

「脈絡が掴めない。多人数をどうやって操っているのか、それを魔法で灰にしてどうするのか、そもそもどうして操っているのか……」

「ええ」

「もしかしたら、灰にしているのは魔法じゃないのかもしれないけど」

「――フェイトさん?」

 心当たりはあるんですか、と言おうとしてフェイトの顔を見ると、何処か懐かしそうに目を細めているのが解った。何かを思い出そうとしているようだった。

「いや、死んだら灰になるって、まるで吸血鬼のようだなーって」

「吸血鬼――ですか?」

 なんだそれは。

 御伽噺の怪物ではないのか。

 吸血鬼の伝承は次元世界にもないではない。だが、それはあくまでも昔話の類であり、もっと言えば迷信の部類と世間では思われていた。魔法が日常で使われているこの世界であっても、怪物の存在が全て肯定されている訳ではない。

 フェイトは唇に右手の拳を寄せていた。

「地球の方で見た吸血鬼の話ではね、吸血鬼は死んだら灰になってたんだ」

「灰に――」

 ティアナが聞いた地球の吸血鬼の話は、荒唐無稽もいいところだった。曰く、しばらくの間死んでおり……蘇った死体。夜な夜な人の血を求めて彷徨い、十字架を恐れ、大蒜を苦手とし、太陽の下では生存できない怪物。

 次元世界の吸血鬼の話もたいがい出鱈目だが、それに輪をかけていると思った。

 しかし、聞いていて気になる部分があるのも確かだった。

(蘇った死体)

「そう」

 ティアナの内心を見計らったように、フェイトは言う。

「蘇った死体を操る能力とか、そういうものに対する心当たりは、ティアナの方があったよね」

「マリアージュ……ですが」

「私は最初にマリアージュについて聞いたとき、吸血鬼を思い出したよ」

「確かに共通点がありますが……」

 そういえば、マリアージュも確かに倒せば黒い液体になっていた。

 素体が死体であるとは言っても、ああなっていては存在そのものを変換されてしまっていたのだろう。

 ティアナは首を傾げる。

「確かに似ていますが、それでも存在の痕跡は残していました。灰のようになるというのは、やはり違うと思います」

 とはいえ、共通点が多いというのも間違いない。

 事件に当たっていたティアナがマリアージュのことを連想しなかったわけではない。ただ、いくらなんでもそんなたびたびに、しかも短期間に同様の事件に当たることがあるとは思えないということと、やはり言葉にしたとおりに灰になってしまうということが心に引っかかっていたからだった。当事者だけあって、相違点の方に目が向きやすいのだ。

 それと古魔法なる未知の魔法体系へと関心が向けられていたということがある。

 未知の魔法なら未知の現象を引き起こしても不思議ではないのではないか――ということである。

「冥王とは違うにしても――あるいは、もっと古い時代の、冥王の原型になるような能力ということも考えられる」

 フェイトはそう言う。

「より古い時代のですか。それで、古魔法と……」

「納得できない?」

 ティアナは微かに逡巡したが「はい」と素直に肯いた。

「今の段階では、とても。材料が少なすぎます」

「だよね。……そうなると、無限書庫の答え待ちか」

 ずきり、とティアナの胸が痛んだ。

 胸が痛んでいるというのは錯覚で、実際は胃が痛んでいるだけなのだが。

(やっぱり、本当のことを話したほうが……)

 そう思う。

 しかしためらわれた。

 高町なのはが非合法活動をしているという類推、そのために情報を収集しているということをも外部に漏らせないというジレンマ。

 フェイトに伝えるべきだろうか。聞くべきなのだろうか。

 貴女はなのはさんが今していることを知っていますかと。

 もしも非合法活動をしているとして、それを許容できますかと。

 フェイト・テスタロッサ・ハラオウンという人は、スバルともなのはとも違う、しかしある意味で二人よりもティアナにとっては特別な存在だった。

 執務官補佐としてフェイトの下にいた期間、彼女は多くのことを学んだ。危機を助けてもらった。またティアナの方がフェイトを助けたりもした。

 なのはは厳しい父のようで、スバルがほっとけない妹のようなものであるとするのなら、フェイトは優しい母であり、頼りになる姉のような存在となっている。

 自分でも信じたい。この人は裏切らないと。この人は自分と同じ方向に志を向けていると。

 だけど。

 フェイトにとって、恐らく高町なのはという人は、母とか娘とか姉とか妹とか――そんなことよりも何よりも何よりも大切な〝友達〟なんだと、ティアナは思っている。二人の馴れ初めを聞いて、戦いを見て、そう確信している。あるいは自分自身よりも大切な人なのだと。フェイトにとってのなのはは。きっと。

「ティアナ?」

「あのフェイトさん、」

 迷いを吹っ切れたわけではない。

 吹っ切れてはいないが、聞かなくてはいけないと思った。

「もしも、もしもですけど――もしも、なのはさんと闘うことがあれば、フェイトさんはどうするんですか?」

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

「ご飯ができたぞ」

 そういわれて、みんなが慌てて席に着く。

「今日の晩御飯は餡かけうどんだ」

 というと、食事係の赤い髪の青年はみんなの席に配膳された皿に生うどんを乗せ、その上に野菜と肉が何種類も入った粘性の高い餡をかける。入っている野菜は白菜、人参、筍などで、他に椎茸なども入っている。肉はきれっぱしのような豚肉と欠片のような鳥の挽肉ではあるが、それでもかき集めたのか結構な量が入っている。あとは小さな剥き海老などだ。

 それらの材料を胡麻油とオイスターソースで炒めたものに、乾し椎茸と顕粒のスープを加え、一度煮立ってから片栗粉でとろみを出す。

 意外とお手軽なメニューなので、青年はよくここで作っていた。勿論、味がよいというのもあるし、材料が安くて済むというのもある。野菜の種類を変えればバリエーションも豊富ではあるし。

 現に子供たちには好評だった。

「いっただきまーす」

 と元気な声があがり、みんな楽しそうに勢いよくうどんを口に運ぶ。もっとも、うどんと呼んでるのは作り手とその相棒の女性だけで、みんなはこれをパスタの一種だとみなしていた。フォークを使って同じ様に食べている。実際に小麦粉を練って作っているので大差はないと言えばそうなのだが、作り手の青年は「これはうどんなんだ」と拘っていた。

 とはいえ、みんなが美味い美味いといいながら食べてくれるのは嬉しいらしく、彼がみんなを眺めている様子は満足感がありありと浮かんでいるのだった。

「はーい、デザートだよ」

 そしてみんなが食べ終わる頃に、青年の相棒の栗色の長い髪の女性が大きなパイを運んでくる。

 すでに人数分に切り分けているらしく、群がる子供達の手に紙皿に手際よく配っていく。

「た――なのは、食事が終わったら、部屋でちょっと話があるから」

 全員に配り終えた相棒――なのはに、青年はそういう。

「解ったよ」

 なのははそう答える。

「皿洗いとか終わった後でだよね」

「当たり前だ」

「じゃあ、一緒に済ませちゃおう」

 青年が頷いた時、

「お二人とも」と孤児院の責任者のシスターが声をかけた。

「お二人でお話があるのなら、そちらを優先するべきです」

「いや、こちらとしては居候の身として、仕事はきちんとするべきだと」

「お二人がこられる前は、食事の片付けなどはみんなでしてました」

 そう言って、少女と言える歳の銀髪のシスターは子供たちへと顔を向ける。

「おー、なのはさんもシローも遠慮なんかしなくていいから」

「片づけくらい、わたしたちにもできるから」

「このようにこの子たちもいっております。たまに、夫婦二人で水入らずの時間を過ごすべきですよ」

 シスターの言葉に二人は顔を見合わせてから苦笑し合い、「わかりました」と言った。

「それでは、先に上がらせてもらいます」

 そう言って、二人は自室へと向かった。

 

 

 この孤児院は、しかし正式な許可を得ての経営はされていない。

 聖王教会の慈善事業の一つとして広く各管理世界で行われている孤児院などの施設運営は、教会の中枢を為していると言っても過言ではない。施設で育った少年少女は幼くして聖王教会の教えを受けて育ち、やがては教会を通じて管理局などにも勤める人材となる。ただ、その仕組み自体は古くから批判の的となっていた。教会と管理局の癒着構造の元凶であるというのだ。

 勿論、現実には管理局と聖王教会との関係は他にも様々な現実的な理由があっての関わりであるが、孤児院からの管理局入りというのは解りやすく、そしてほどほどに同情を誘いやすい構図であった。

 そんなこんなの声があって、聖王教会は孤児院の数を表向き増やすことはなくなっていた。作っても宗教色を抜いた施設として、経営者か従業員も教会とは直接関係ない者を雇うことにしている。

 だが、現実にはそういうことがおいつかない場所というのもある。

 このモーゲンの第六分教会などがそうであった。

 ここは孤児院としての機能を持ちながらも、聖王教会がそれと認めているわけではないし、管理局などの組織から正式な運営許可をもらっているわけでもない。

 前述の理由で聖王教会は孤児院を新規に作ることはしていなかったが、この町のこの教会では、現実的な理由で孤児院の存在が必要とされていた。他にそのような施設がないのである。いや、あることはあるのだが、定員一杯というところが多かった。次元難民の流入などが関わっているのだが、そのあたりの詳細は省く。

 そんなこんなの事情で、聖王教会が「一時預かり施設」という名目で、実質孤児院を運営するという事態が生じたのであった。

 この第六分教会の場合は、ベルカ式を収めるシスターが一人で切り盛りしている。本来ならはシスターが一人ということはありえないのだが、彼女の父でこの教会の本来の主が行方不明となっていたため、一人だけなのである。

 さすがに一人ではどうにも運営できないということで困っていたのだが、ふと迷い込むようにやってきた二人の夫婦ものを、当面の住み場所を提供するという名目で雇うことが出来て一息つけたのだった。

 シスターは習慣となっている聖王への祈りを終わらせてから、ふと灯りがついたままの二人の部屋を見た。

「あの二人は、やはり……」

 呟き、目を伏せた。

 

 

「……思ったより、状況はひどいね」

「ああ」

 十畳ほどの広さにベッドが両端に並べられているというだけの簡素な部屋で、二人は互いのベッドに腰掛けながらそれぞれが手に持つ資料を見せ合う。

「管理局が情報管制を敷いているようではあるけどな。だけどいい加減、情報は必ず洩れる」

「この規模の町で、あれだけ消えてたらね……私たちだけで何人処分したっけ。私は覚えているだけで二十五人」

「俺は五十三人」

 そして、沈黙が一分近く続き。

「遠坂さん」

 となのはは言った。

「あの人も多分、同じことをしているんだよね」

「多分な。あいつなら、しかし――」

「しかし?」

「あいつは戦闘向きの性格はしているけど、魔術はそうじゃないからな。どうしても率は落ちる」

「ああ、なるほど……」

 士郎は両手を組んで拳をつくり、その上に額を置くようにして顔を伏せる。

 彼の本来の相棒である、遠坂凛という女性を案じているのだと知れた。

 なのはは一度目を伏せてから開き、

「死徒は、二人、いや、三人……遠坂さんが一人倒しているとして、彼女が倒したのは、その三人の誰なのか特定できる?」

「解らないな。そもそも、俺は死徒たちの情報をよく知らないんだ」

「それ聞くたびに思うけど、事前情報も知らずに作戦活動とかってしゃれにならないよ?」

「本来は、死徒がいるという事件じゃなかったからな……凛と系譜を同じくする魔術師が外道に堕ちたというだけで。何が起きてこうなったのかということもよく解らなかった。こっちに来る前に話をした死徒は、弓塚さつき一人だけで――」

「弓塚さつき、か。私はそちらの事情は良く知らないんだけど、相当に強力な吸血鬼なんだよね」

「ああ、凛からの受け売りだけど、最近できたハグレの死徒たちの組織【路地裏同盟】の盟主だって聞いてる」

「路地裏同盟」

「なんでも、路地裏同盟は弓塚さつきとその相棒であるアトラスの錬金術師シオン・エルトナム・アトラシアによって結成され、日本の霊地に拠点を置いているが、その地元を治める〝混血〟の長にして日本有数の名家の遠野家に繋がりを持ち、また逆に退魔の末裔も組織に入れているって話だ。それだけならまだしも、死徒二十七祖の一人であるタタリの力を取り込んだ夢魔、何年も行方不明だった聖堂教会の騎士なんかも仲間にしている」

「なんだか凄い布陣だね」

「話半分にしてもな」

 夢魔は魔法使いの使い魔であるとも、真祖の姫の使い魔であるとも噂されているが、正確なところは解らないのだと、士郎は言った。

 とにかく新興の組織にして急速な勢力の拡大ぶりには死徒たちのみならず魔術協会や聖堂教会も警戒を強めているのだと、さつきに出会った直後に凛は士郎に説明してくれていた。彼はそれを思い出していたのだった。

「そもそも、あの弓塚さつきは、一体、どういうつもりであそこにいたのかがよく解らないんだが」

「そこらも含めて、お話する余裕があればいいんだけどね……」

 士郎は「そうだな」と答えつつ、資料を読み返す。

 途中で何かに気づいたのか眉を寄せたが、自分の気づいたことが何を意味するのかがよく解らないのか、そのまま首を傾げる。

「どうしたの?」

 となのはは聞く。

 ここ一年ほどの付き合いだが、士郎の表情の変化くらいは読み取れるようにはなっている。

「いや、行方不明者を調べていて気になっていたんだが……」

「何を?」

「どうして死体は見つからないんだ?」

「――それってどういう意味?」

 士郎は軽く説明したが、なのはもその意味を掴みかねている様子だった。

 やがて、かちりとアナログ時計がある時刻を刺した。

 二人は頷きあい、立ち上がる。

 

 二人にとっての夜は、今から始まる。

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

「久しぶりやね、この世界も」

 建物から出て、まず最初に口にしたのがその言葉だった。

「はいです」

 彼女のデバイスである少女は、彼女の肩に乗ってそう相槌を打った。

 彼女の前を進んでいた赤毛の家族は、途中で振り返る。

「シグナムとシャマルはアギトと合流して三時間後の便でくるって話だけど、ここで待っとく? それとも、先に行っておく?」

 どっちにしても構わないぜ、と言った。

「そうやね……事態を早めに把握しとくためには――といいたいところやけど、まずここでホテルとっとこ。事件のあった街にいくのは、全員が揃ってからでええわ」

「解ったよ、はやて。ホテルに部屋とってきとく。あとレールウェイの時間とか調べとくよ」

「頼むよ」

 彼女は目の前から勢いよく駆け出していく家族の背中を眺めていたが、やがて夜空を見上げて目を細める。 

「はやてちゃん?」

 デバイスの少女――リインフォースに声をかけられても、しばらく彼女は反応はなかったが、やがて彼女は微笑み、「なんでもないよ」とリインの頭を撫でた。

 

 

 その日、宵闇の中、夜天の王は静かに第16管理世界に降り立った。

 

 

 

 つづく

 

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