Life Burn/Soul Scream~仮初めのヒト~   作:源十郎

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C2・皐月の明夜

 巖戸台分寮。

 浅い夜、夕暮れと言うには遅い時間。男女混合で入寮する一風変わったその寮だが――

 これまた珍しく、厨房より良い香りが漂っていた。

 この寮に住む者は、だいたいが料理をしない。出来るかどうかではなく、学生と言うには些か特殊な事情も手伝い、出来合いのモノを購入するのが常だからだ。

 個々に、部活動や生徒会、そういった用件により複数人分の調理を纏めてする事も稀。

 そんな稀な現象が、4月も終わろうという頃の土曜日、この時間に起きていた。

 主食は白米。それに煮魚、ほうれん草の和え物、豆腐と玉葱の味噌汁。窮めてオーソドックスな和食メニュー。特別に目立ったモノは無い。

 ――だが、どれ一つも“劣ったモノ“もない――

 ある種、完成されたソレがある。調和したソレは、総て一の“食“を体言する。個々に視るよりも圧倒的な存在感。

 「ぅおっ!? すっげ!!」

 ボリュームと言う面で見れば、こじんまりした印象の強い和食。だが、ボリュームだけが“食“の全てではない。

 「ちょっ! 順平

、ちょっとは落ち着きなよ!」

 無駄に興奮する男子生徒――伊織順平―と、それを窘める女子生徒――岳羽ゆかり――。窘めてはいるが、その実順平同様に驚き――同時に複雑な気持ちもあり――何とも言えない表情で、食卓に並ぶ料理を見ている。

 彼女自身、料理が出来ないワケではないが、この料理人には到底及ばない。このオーソドックスな和食すら、完璧に見えてはそれ以外すら勝てる幻想を画けない。

 「――ふむ。久しぶりに早く戻ったが、まさか既に料理が並んでいるとは思わなかった。岳羽、君か?」

 女性の声に振り向くゆかり。本人の言の通り、久しぶりにこの時間に帰っていた女性――桐条美鶴――。

 普段は生徒会の会長職や『桐条』としての仕事があるからか、もう少し遅く帰宅する。……本当に珍しい。

 「あ、桐条先輩――

 これは私じゃなくって――」

 「――衛宮先輩っスよ! スゲーっスよね!? いや、マジで」

 横合いから台詞を “興奮気味に“取られ、非常に迷惑そうな顔をするゆかり。

 そんなゆかりを見てもまた、

 「ほう、それは――

 では、御相伴に与ろう」

 いつも通りの美鶴がいるわけだが。

 そこへ、“料理長“が厨房から最後の一品の――

 「うっおーー…ッ! にっく、じゃがーーッ!!!」

 ――天に吠えるかの如く、伊織順平に叫ばれた名を「肉じゃが」。

 脇を締め、拳を握り感動に咽ぶような姿の順平。――そんな彼を見る辺りの者は冷ややかだが。

 「いきなり何だ? ……って、美鶴、お帰り」

 「あ、ああ。ただいま、士郎」

 順平の奇行に、原因である彼は困惑しながらも美鶴を迎え入れる。当の美鶴は何故か驚いたように吃りつつも返す。

 つづいて、同じように肉じゃがの器を持ち、厨房から現れる男女の生徒二人。真田明彦と――特別課外活動部の新入部員でリーダーの彼女――御子杜音緒。

 「お、美鶴。帰ったか。

 ……どうだ? 驚いたろう?」

 器を置きながら、目線と顎の動きで食卓の料理を指して言う明彦。確かに驚いてはいる美鶴だが――

 「――君が作った訳でもあるまいに。しかし、見事なモノだな、

これは」

 同意を示し、視線を料理に向ける。

 桐条と言う家庭で言えば、これ以上の職人達による、これ以上の食材を使った、これ以上の料理は食せるだろう。

 だがこの年齢(トシ)、学生の身分で買える食材で、これほどに出来た料理は感嘆に値する。まだ食してはいないが、視覚と嗅覚を十二分に満たしているのだ、きっと味覚も満たしてくれる――そんな期待を持たせる料理である事は間違いない。

 

 長くなったが――寮生達はこうして夕食を共にするのだった。

 

 

 

 美鶴は一人、作戦室で機材を弄っていた。

 なかなか成果が上がらないが、それは本来の適性とは違うからに外ならない。

 適性とはペルソナのこと。彼女のペルソナは元々は索敵向けではない。索敵も可能だが、 それに特化していない以上――限界は自ずと知れる。

 だがそれでも、彼女は諦めはしない。現状維持が精一杯だが、止めてしまえばそれは0を過ぎマイナスになる。そして、止めた状態を0にすれば――確実にプラスの行為なのだから。

 ――――ふぅ……――――

 短く小さな溜息を吐き、一度機材を弄る手を――いや、身体全てを休める。そろそろ影時間の終わり、そして「特別課外活動」の終わりでもある。

 息を吹き返すかのように、世界に生が満ちる。無機物、有機物を問わず一様に変質――又は停止か――していた識ることの出来ない世界(時間)の終わり。日常の再来。日常に不必要な力は要らない――

 緊張を解いた身体、正確にはその鼻腔が信号を脳に送る。反転した世界で忘れていたことを、回帰した世界で思い出して……

 “ソレ“が思い出したのは香り。そして熱、色――四角いトーストと、白い皃に躍る色彩。一人の職人が生んだ“ソレ“の出時の熱は下ってしまったが、その人肌を思い起こさせる暖かさが存在感をアピールしている。

 ――ナプキンを掛け、御絞りで手を拭く。

 視る先は、黄金色に染めた肌。ドレスのように純白を纏い、アクセサリは紅色。

 素朴だが、愛らしさが在る。

 ――そっと、手に取り、近付ける。

 口許に近付く程に、鼻腔を刺激する僅かに甘い香り。先ずは“ソレ

“の香りを味わう。

 瞳(イロ)も鼻腔(カオリ)も満たした。なら、後は――

 そこまで考えて、数時間前の事を思い出し――

 「くすっ……

 ああ、これは――なかなか“癖になる“」

 ――頬が緩むのは仕方ないだろう。あの賑やかな夕食の時も、同じように食す前に満たされたではないか……

 ――噛り、口に含む。

 咀嚼する程に、口一杯に拡がる“至宝(ソレ)“。甘いのは、甘いと感じるのは……何も、味覚に訴える甘味料だけではないだろう。それは……

 ――「心に訴える幸福感」――

 今まで知り得なかった、その味わい。――コクッ……――

 首を縦に、一つ、また、一つ。

 味わい、満たされる度に、一つ、一つ。

 『本当に――癖になってしまうな』

 夕食の時も、頷くように頭(こうべ)を揺らしていた。気付かずにいた私は――士郎の笑みに顔を赤くしたものだ。

 私の姿に、満足気に笑みを作る士郎。「うん、良かった」――それだけを口にし、そこで私は自分の行動に気付くのだ。

 伊織や岳羽、明彦は賑やかに食事をしていたから、私達には気が付かなかったようだが……

 癖になりそうな“コレ“は、私が知る限り一般的ではないのだから――変に思われるのは、恥ずかしくもある。

 賎しく見えないだろうか? そう思うが、少なくとも士郎は呆れてはいないと思う。

 ――コン、コン――

 硬質的な乾いた音が二回、閉じた空気を震わせる。来訪者が自らの訪れを知らせる音。

 「――どうぞ」

 6割程度まで攻略されたトーストを食器に戻し、唯一の出入口であるドアに向かって声を掛ける。

 ドアノブ特有の金属の噛み合った音と、それに続く蝶番の軋む音。

 急ぐでもなく、丁寧に開けられたドアから覗く顔は、学園の理事長を勤める男――幾月修司――だった。

 「こんばんわ。今日も頑張るねぇ」

 砕けた口調と、独特のイントネーションが印象的な男だった。

 ……尤も、「最悪に印象的な」特徴もあるのだが。

 その幾月が見馴れた部屋に、あるハズもないモノを見付ける。

 

 「おや? 随分美味しそうな夜食だねぇ……

 と言うか、君がこっそりと夜食を食べるタイプとは思わなかったなぁ、僕は」

 「え? ああ、これは士郎が用意してくれたものです」

 「へぇ、彼かい? まだ会ってはいないけど、備品修理とかで良く名前を聞くよ。『ブラウニー』なんて呼ばれてるみたいだね。

 しかし、調理も出来るなんて、いやぁ、若いのにすごいねぇ」

 何故若いのにすごいのかは分からないが、『ブラウニー』との呼称には頷ける美鶴がいた。

 実は索敵に集中していて、いつの間にか夜食が用意されており――気付いた時には短い赤毛がドアの隙間から見えなくなる所だったのだから。

 寮内の設備も、いつの間にか直っていたりして、他に該当者が居ない為に聞いてみれば、

 「『ああ、俺だけど――もしかして、迷惑だったか?』」

 と言うのには、もう馴れてくる程だった。――伊織辺りは「本当にブラウニーって居るんだな……」などと、腕を組み、顔を傾げながら一人妙な納得の仕方をしていたが。

 「理事長も一ついかがですか?」

 「ん、いいのかい? “彼“が“君の為“に作ったモノだろう?」

 二切れの片方、手の付けてないトーストを勧める。

 が、妙に一部を誇張するような言葉の意図が掴めないのだが……

 「? ええ、私も元々夜食を摂るつもりは無かったので、もう一つを理事長が食していただければ助かります。

 残してしまうのも、やはり悪い気がしますし」

 せっかく作ってくれたモノだ、無駄にはしたくないし、理事長にも士郎を知ってもらうのに良いだろう。

 ……なのに、傾げて眉間に指を宛がう理事長。その様子は呆れに似た脱力感が見て取れる。

 「――まぁ、確かに無駄になるのは忍びないねぇ。

 分かった、御相伴に与ろう」

 「これは彼に謝らないとダメかなー」なんて漏らすのは如何なものか。士郎に御礼を言うなら未だしも、「謝る」とは?

 ……特に今見た限りでは理事長は何も謝る事をしてはいない気がする。……若しくは私、か?

  …………分からないな。

 また、幾分か冷めてしまったトーストを頬張る。まだほんのり

温かいミルクの入ったカップを手に取る。

 『温かい内にいただけば良かったな』

 ものすごく惜しい事をしたかもしれない――いや、間違いなく惜しい。

 「いやぁ、これは美味しいねぇ。

 簡単ながら、きめの細かいものだよ、これは。出来立てが食べれなかったのが実に残念だよ」

 理事長の言葉は、正に今の私の心情だ。シャドウが何時来るか分からず、気を張っていたから今まで食せず、来ないと分かっていたのならここまで残念がる必要性などないのだから。

 ――しかし、自分の心情を他人が的確に……

 しかも、こちらの気持ちを露知らずに語られるのが、ここまで“痛い“ものだとは――

 「ぅおっ!? 美鶴君、ちょっと、それ、怖いかな? うん」

 ……少し、苛々していた。顔に出ていたのか、理事長の反応を見るに――出ていたようだ。意味も無く、その意図も無いが、理事長に当たり散らしたようなものだ、以後気をつけねば。

 しかし、私の周りの環境が随分変わった。“仲間“も増え、最近はただ作業のような日々に、ほんの少し安らぎと楽しさ

を覚えている。

 だから、考えてしまう。彼等を利用し、“桐条“の咎を背負わせていることを。

 ――だが、それも呑み下すしかない――

 涙を飲んで、血を飲んで、苦悩と葛藤を飲んで、怒りと怨嗟も飲み込んで……

 それでも成し遂げる必要があり、それが咎人たる“桐条“の“義務(つとめ)“だ――

 

 

 美鶴は、時間も遅いとはいえ、士郎に礼を言おうと普段は通り過ぎるだけの分寮2F――男子寮生部屋――に来ていた。

 美鶴自身、不思議なものだが、何故“態々“この夜分に訪れたのか分かっていない。風紀的に考えてそれは“オカシイ“と理解出来るハズなのに、それを忘却した。

 先程の苛々か、端又疲れがそうさせたのか純粋な気持ちが勝ったのか。とれもがそうであり、どれもが違えているとも言える。答えを知らねばならぬ筈の自身が、その答えを欲している矛盾。つまりは「わからない」、と。

 岳羽は既に部屋に居るだろうが、2Fの男子部屋前で立ち往生している様子を見れば――どう思うだろうか。

 ……暫くの逡巡の後、「夜半に女性が一人、男子部屋に向かう」と言うどうひいき目に見ても「学生の見本たるべき者の所業とは思えない」愚行と判断し、

 「……明日にでも言えば良いではないか」

 と結論。今思えば、何故この時間にここに来たのか甚だ疑問だ。――いや、その疑問は先程の――

 「…………ふぅ、本当にどうかしているな、私は」

 溜息と同じように搾り出す言葉で自分を矯正する。

 その時だった、誰かの苦悶の声を耳にしたのは――

 

 

 

 影時間の終わり、午前零時零零分――僅かに一秒。何事も無かったかのように動き出す時計の秒針が一つだけ動いたのは、誰も――それこそ秒針の動きを忘れた時計すら――知覚出来ない隠された時間。

 その影時間をつい最近知覚出来るようになった者が居る。

 ――衛宮士郎――

 それがその者の名前だった。

 彼は一人、男子寮生部屋の一室で胡座しており、瞑想するかのように瞳を綴じている。

 「同調、開始――」

 彼は、影時間を知覚出来るようになった夜に――自分の内面にある、もう一つの姿を見付けた。

 その日から、彼のこの日課、「魔術鍛練」に変化が起きた。

 イメージするのは撃鉄。あの召喚器――

 そうして自らの内面に埋没した時、今まで一から生成していた魔術回路が――眠りから醒めるように“起き上がる“。

 その数3。薄らと知覚出来る数なら27。一般的な魔術師を知らない士郎には、それが多いのか少ないのか分から

ない。解ることは、魔術回路とは“成る“モノではなく、“顕す“モノだと言うこと。

 ならば、以前に行っていた鍛練は間違いだったのか? いや、『前提が違う』のだろう。そもそも『最初の時点で』間違っていた。

 では、この数年間の鍛練は意味を成さなかったのか? と言うとそうでもないのだ。ただ、それを自覚し、恩恵を知るのは今では無いだけで……

 自らの内に、特異な力の流れを感じ、廻るのを確認すると、木刀を床から拾い上げる。これは今日の鍛練に必要だから予め用意したモノだ。

 「強化、開始――」

 文字や意味が違うが、先程と同じ韻を踏む。「トレース・オン」と。

 内に循環する力を使い、世界に張り巡らされた“基盤(システム)“に命令を送る。命令は「強化」。基から在る存在をより上位のモノへと強化する。

 木刀への強化は「硬度」。硬さの強化を求める。

 「……っつー」

 僅かに汗ばむ額を、右の袖で拭う。視線の先には、左手に持つ木刀。何も見た目には変わらないそれを眺め、満足気に頷く。

 そう、彼は成功したのだ。

今まで一桁だった成功率は、ここに来てほぼ100%にも及ぶ成功率に跳ね上がる。亡き養父の指針で、「強化」の鍛練をしてきた自分には、これで漸く魔術の鍛練が上手く行った実感が得られた。と言った満足感がある。

 だが……ここで、思うのだ。自分にとって最初に出来た魔術。養父より「効率が悪いから止めろ」と言われた魔術がある。士郎には未だ満足な出来が無いその魔術――投影――は、もしかしたら今の自分ならより高いステージに立てるかも知れない。

 「投影、開始――」

 三度、口にする韻は「トレース・オン」。そして、意味は「投影」の魔術を行使すると世界に伝える命令。

 イメージするのは目の前の木刀。それの型をイメージする。

 ――足りない、型だけじゃ、見た目だけじゃ今までと同じだ。

 違うだろう? 中身……中身だ。必要なのは“その存在に必要な設計図“だ――

 並べるのは、確固たる存在への基盤になる骨子。存在の定義に必要な構成材質。一つの物質へ昇華させる為の技術を模倣する。それがイメージとして、設計図として書き起こされる。

 だが――

 「うわ、なんだこれ?」

 ――一見、完璧ともとれるその複製の木刀。それは彼には全くの別物に見えるらしい。

 ……オカシイ。一体何が足りないのか……

 外見は全く同じ、その材質も、何度か打ち合った跡である傷も。

 そこで気付く。何故、打ち合って出来た傷なのか? そうだ、これは複製である筈。なら、その傷が出来た経験を投射しなければならないのでは?

 再び、複製を脇に置き、本物を視る。

 「同調、開始――」

 木刀の存在を識る為に、同調を開始する。

 

 ――基本となる骨子を想定し、

 ――構成された材質を複製し、

 ――製作に及ぶ技術を模倣し、

 

 ここまでは良い。この設計図に、さらに必要な情報を読み取る。それが、「完璧な複製」に成ると信じて。

 

 ――成長に至る経験を共感する――

 この木刀は、亡き養父との鍛練と言う遊びのような打ち合いを経験がある。それを木刀から読み込み、

 

 ――蓄積された年月を再現する――

 数年間。生まれてから、今日までにソレが宿し、世界に存在を認められた昼夜の数を、ソレを忘れず想い続けた歳月を読み込み、

 

  ――トレース・オン――

 

 再び、複製を開始する。

 だが、それは先程の複製――投影魔術――とは違う。

 これから起こす神秘は、ただ「中身の無い」複製とは違う。その全てを凌駕し尽くし、たった一つしかないオリジナルを、もうひとつ生み出す奇跡。

 たった一つしかない。なら、もうひとつは幻。一人の人間が想い起こした――幻想――それを魔術と魔力を以て結び、一振りの“木刀(けん)“と成す!

 

 じっくり、その贋作を見詰める。

 溜息を一つ。

 だが、それは疲れを思わせたが、どちらかと言えば“達成感“を内包したモノ。大きな仕事を成し遂げた者の緊張を吐き出したソレだ。

 その出来栄えは、彼にとって満足とは言い難いが、かなり惜しい所まで来ていた。真作に迫る模倣、この木刀は今までと違い外見と、その内面に篭められた見えない部分――それこそ“中身“と言えるモノすら投影出来た。

 なら、今度は――

 近くにあった竹刀袋を見る。同じように魔術回路を励起し、その構成を――

 「――っ、」

 ――見ることは出来なかった。

 ただの麻袋のソレだ。木刀のように、その基本骨子や構成材質は理解出来、制作技術も解る。だが、その先――“中身“を理解できない。

 もう一度、木刀を見る。そちらは二回目ともなり、幾分スムーズに読み取ることが出来た。勿論、“中身 “も。

 「どういう、ことだ?」

 考える。木刀と麻袋。確かに、材質も型も違うが、共に歳月も経験も想いも同等だ。

 なら、何が違う?

 間違いなく違いがあるとしたら“型“だろう。木刀と類似するもの――

 残念ながら、木刀に近いものなど無い。より近いカテゴリーとしての分類なら――武器、刀剣、か。

 「剣――か」

 たまに夢、幻だが――朧げに思い出すのは装飾豊かな黄金の剣。勿論、そのようなモノを現実に見たことは無い。夢にもかかわらずうっすらと思い起こせるモノを、何処で見たか覚えていないとは……

 アレ程のモノを覚えていないのもまた変な話しだ。

 ……逆に、覚えていないのに“識っている“となれば、そのこと自体に意味が在るとしか思えない。

 そう、自分はもしかしたら“剣“のみを識ることの出来るニンゲンかもしれないのだ。

 「剣――か」

 もう一度、今度は幾分ゆっくりと、同じ言葉を吐き出す。

 思い当たったのは、彼自身のペルソナが持つ陰陽の双剣だ。あまり、あの時のことは覚えていないが、あの剣は相当な業物だと解る。だが――もしかしたら、自分の特性が“剣“ならば到れるかもしれない。

 ゆっくりと召喚器を自身に向け、引き金を引く――!

 

 再び、目にした双剣。見惚れる程のその剣を瞳に映す。

 ――トレース・オン――

 

 ――基本となる骨子を想定し、

 

             あ、

 

 ――構成された材質を複製し、

 

       あ、が。

 

 ――製作に及ぶ技術を模倣し、

 

 

   ぐ、    っ!

 

 ――成長に至る経験を共感し、

 

      ぎ、

 

 ――蓄積された年月を再現し、

 

              ぁ。

 

 ――全ての工程を凌駕し尽くし、

 

      …………ッ!? 

 

 ――ここに幻想を結び剣と成す!

 

 ‐

 ‐

 苦悶の声は、士郎の部屋からだった。

 美鶴は、逸る気持ちを抑えドアノブに手を掛け――

 「『ドサ……ッ』」

 ――何かが地べたに伏すような音が中から聞こえてきた。

 意を決してノブを捻り中に入ると、そこは異様な何かが在る。

 倒れ伏す士郎。三本の木刀。そして――

 「こ、れは……」

 あの時見た、白と黒の双剣。士郎のペルソナが持つ剣だった。

 「――それは、後回しだ。今は――」

 そこまで、独り言のように口に出した時、近付く足音に気が付いた。

 「どうした、何があった美鶴?」

 部屋に棒立ちしていた美鶴を、怪訝に思った明彦の声だ。ついで視線を部屋に移す頃、漸く美鶴が反応する。

 「明彦、士郎を安静な体勢にしたい。手を貸してくれないか?」

 ‐

 ‐

 それから2日経った日のことだ。作戦室に6人の姿がある。

 理事長、美鶴、明彦、伊織、岳羽、御子杜だ。

 「で、彼は?」

 「はい。まだ意識を取り戻しては……」

 短く理事長が問い、言葉を濁らせながら美鶴が答える。心なしか、場の空気が重たく感じられる。

 「ふむ。そして、これが彼の部屋に在ったモノ……ねぇ?」

 テーブルに並べられた“ソレ“らを見ながら、何とも表現し難いイントネーションで言葉を発する。

 ……何とも表現し難い理由も、皆一様に理解出来、また、「理解に苦しむ」ところが同じだから、だ。

 三本の木刀は皆同じで、白と黒の双剣は「在ってはならない」からだ。

 三本の木刀は、比喩でも何でもない“全く同じ“モノだった。

 傷の位置、重さ、材質――

 少なくとも彼等には“全く同じ“モノにしか見えない。贋作と言うには――あまりに真に迫っていた。

 「いやぁ、不思議っスね。オレっちにはみんな同じに見えるっスよ。」

 内一本を手に取り、振り回しながら伊織が言う。その言葉は、皆の代弁だった。

 「ちょっ、危なっ、振り回すな!」

 「え〜? だってよ〜ゆかりっち。木刀在ったらとりあえず振り回すべ?」

 岳羽の注意もどこ吹く風で、さらにはもうひとつの木刀を掴み、二振りを打ち鳴らしはじめる。

 皆が呆れたように見ている最中、それは起きた。

 ――パリン――

 あまりに呆気なく、軽く、高いガラスの割れたような音と、幻想的な光りの乱舞。

 伊織が持つ二振りの木刀の内、右手の一振りが“消えた“。

 「……あ。」

 間抜けな伊織の声すら耳に入らず、皆一様に“ソレ“を見ていた――

 

 

 「ちょ! やべぇよゆかりっち! 壊しちまったー!」

 木刀を破損させた伊織が喚き、それを諌める岳羽の構図を余所に、事態を冷静に推察する者達は――冷静とは言いつつ困惑していた。

 「落ち着け、伊織。

 ……良く思い出せ、木刀と言うのは『硝子が割れるような音』がしたり、『一瞬で霧のように消える』モノだったか?」

 美鶴の言葉に、一瞬理解が及ばなかったのか呆気面を暫く見せた伊織。岳羽も美鶴を見て硬直したが、伊織より早く復帰する。

 漸く伊織も理解したのか……今度は逆に複雑な思案顔をする。

 尤もそれは、伊織ほどではないがこの場全ての者達が思考すべき謎に直結する。

 「これは――まぁ、僕の仮説なんだけどね。

 木刀、一本減っちゃったけど、三本の内二本……もしかしたら三本全部かもしれないけど、それは『何か』で作った複製だね」

 理事長の言葉に、同じく到った美鶴は頷く。

 尤も、ここまではだれにでも到れるものだが。

 『何か』がわからない以上、『何か』でしかないが……本題はここじゃない。

 

 「さっきまで在った物も含め、材質も形も全く一緒と僕は考えた。

 ……でもね、それじゃあなーんで壊れちゃったのかな?」

 「え? だってこう……俺が打ち鳴らして……」

 「あー、うん、ほら。同じ物質ならこんなに簡単に壊れないし、確かに片方が壊れるだけってこともあるけど……もう片方は『傷すらついてない』でしょ?」

 壊れるだけなら予想出来なくもない。材質が一緒なのは表面部分だけで中は空洞だったり、だ。

 だが、重量が同じだったり、破損するほどの衝撃があればもう片方もそれなりに損壊する筈だ。

 不可解な事はそれだけに留まらず、その破損――いや『消滅』のしかただ。

 「美鶴君、確か彼は初めての召喚の時、『同じ武器』をもう一組出したそうだね?」

 肯定の意を表す頷きに、満足したかのように頷き返される。

 こと、ここに至り理解出来た者も居るが――約一名、更に困惑を深める者も居る。

 「コホン……あー、で、だね。つまりこれは彼のペルソナ能力なんじゃないかな? と思うんだけど――」

 本来なら念を推すように繋げる予定だったであろう台詞は、一人出遅れた者を同じラインに立たせる為の言葉にすげ変わる。

 おー、などと理解したような反応だが、岳羽などは呆れた表情を隠さない。

 そもそも、まだ本題に辿り着いていないモノを理解した風なのが謎だ。

 「――で、結局そのペルソナ能力って何スか?」

 「『はぁ……』」

 幾人かの溜息が重なる。

 美鶴はそれよりも、自分の考えを整理していた為、追い付いていない者――伊織だが――に視線すらくれていない。

 話しが頓挫しているのを感じた美鶴は、理事長を促す。

 「ああ、すまない。

 さて、そのペルソナ能力こそこの『複製』なんじゃないかな? どれだけ複製出来るか分からないけど、これってすごい能力だよねぇ」

 確かに能力は素晴らしいかもしれないが、美鶴達基準で考えるとそうでもない。

 寧ろ物理的な攻撃手段に傾倒しているように見える為、非常に勝手が悪いだろう。

 例えば、美鶴なら氷や凍結を用いた攻撃が可能だし、明彦なら電撃だ。

 殊、この能力を客観的に評価するなら単一特化能力――つまり限定的な範囲での有効性しか見出だせない。

 武器を作り出すのは良いが、極論、作って投擲することで遠隔攻撃をするなら美鶴は”そのまま凍結”させる。氷を作り出してから投げるのは、物理的な重みが必要な時。そういうことだ。

 だが、その使い勝手の悪いように見える『複製』も、この双剣が否定する。何故なら幾月以外の能力者は双剣から異様な力を感じていた。

 それも一際強く、質は違うがペルソナ一体分ほどの力がある。

 それを複製出来るとなると、それはある意味御子杜並に強力なペルソナと言えた。

 御子杜の能力も貴重且つ強力だ。複数のペルソナを自由に付け替えが可能だからだ。

 それは状況に優劣を齎さず、常に自在な戦法を採れる。正にオールラウンダーであり、中心的な立場を強固にする要因だ。

 それに匹敵する可能性が士郎にはあり、その理由こそこの複製。

 御子杜とは違うが、単一で複数の相手を出来る可能性がある。

 ましてや、彼は弓と言う遠隔攻撃を得意とし、その能力すら異常。遠隔攻撃な他の者も炎や風等で可能だが、それは召喚する際に等価のリスクがある。

 影時間での活動ではスタミナもそうだが、何より精神力がモノを云う為、乱用は控えたいところだ。

 弓も矢の数に限りがあるが……本当に『複製』が可能ならそれは無いも同然で、彼の弓の技能なら外す事すら有り得ない。

 少なくとも長期戦に有利な能力だろう。彼自身のスタミナも高いので単一特化とは言え有用な能力だ。

 ……問題は、その『リスク』だが。ほんの数本で精神力が尽きるようでは局地的な場面でしか能力を活かせず――

 『――だが、私の見立てでは、彼自身は早々に精魂尽きるタイプではなさそうだが――』

 美鶴の予測が正しければ、彼のペルソナはかなり”燃費が悪い”と云うことになる。

 何せ、木刀2か3と双剣1で倒れたのだ。美鶴の知る士郎から見てどう考えてもペルソナの消費量が高いとしか思えない。

 「……ふむ。それは何とも……

 まあ、こうなったらやはり彼に直接聞くしかないねぇ」

 お開きとばかりな発言だが、どのみち進展は無いのだ、理事長の言う通り士郎の復帰次第だろう。

 陰陽の双剣は、その刀身の美しさを誇張するかのように、月光を映していた――――

 

 士郎の病室には、今美鶴が一人で来ていた。

 他の者は明彦が検査の為に来ており、御子杜・岳羽・伊織は自由にさせている。

 静かな病室で、パイプ椅子に腰掛けていた美鶴だが、変化の見られない現状から退室を考え初め――

 「……ッ、……」

 微かな息の乱れと、瞼の動きを見せる士郎に注意が行く。

 ゆっくりと、だがしっかりとした段階的な覚醒をする士郎に、肩の荷が下りたような溜息を吐く。

 「……あ、おはよう、美鶴」

 ――再び溜息。

 「ああ、おはよう、士郎。

 随分遅い起床だな」

 ――苦笑。何も無かったかのような、あまりに日常的な反応に苦笑いも仕方ない。そのまま、士郎の身に起こったことや、今日までの出来事などを話し――

 「そうか、悪いことしたな……」

 「まあ、士郎が無事ならかまわないさ。

 ……それより、何があった?」

 ――あの晩の事を聞く。

 少し考え込んだ後、話し始める。

 「あ、ああ、うん。それは――」

 ――それは、鍛練の一環だったと。

 亡き養父より教わった『魔術』と呼ばれる神秘を行使し、今までより高い場所へ到る為に、彼の『原初の魔術』であり『投影』を使った。

 美鶴には『魔術』も『投影』も分からないが、筋は理解出来た。

 「なら、あの晩の原因はその『投影』とか言う『魔術』の失敗で倒れ、『投影』とは『複製』のことで合っているか?」

 「あー、いや違う。『成功』して倒れたんだ。

 あれは会心の出来だったな」

 「成功したのに倒れたのか? ……それはなんとも――」

 そこで気付いた。あれほど異質な力を纏った『ペルソナの剣』を複製――投影と言ったか ――したのだ、寧ろ成功して倒れただけで済んで良かったのだろう。

 「――いや、そうだな……士郎、今回は倒れただけだが、もうやらないでくれないか。命を落としても私は助けられんぞ?」

 忠告の言葉を送るが、鍛練である限り辞めはしないだろう。

 それは――少し悲しいが諦めよう。せめて自分の命の危険性を知覚してくれれば良い。無茶だけはしないようになれば良いのだ。しかし、彼はその無茶すら必要なら確実にする。そんな妙な確信がある。

 

 

 

 士郎と美鶴の病棟でのやり取りから数日――

 夜の静けさと闇の深さが、午前零時と共に『影時間』へと堕ちる。

 作戦室にて日課になりつつあるタルタロス外部――つまり市街地――の索敵をしている美鶴がいた。

 このところ全く成果が無かったが、自身の能力を疑うような出来事に遭遇したのだ。

 ――シャドウの感知――

 それは良い。良い結果だ。

 問題は別、その反応の大きさだった。

 明らかに既知のシャドウとは一線を駕した存在感。先の寮を襲ったシャドウと同等か、それ以上の――

 「――くっ! 非常召集だ!」

 

 モノレールの発着駅の前、そこに6人は居た。

 この影時間で動ける人間に限りがあり、現状知りうる限りこの6人しか居ない。そう『特別課外活動部』のメンバーだ。

 「今回、シャドウを感知したのはこのモノレール駅から数百メートルほどの場所だ。

 今回の活動班は御子杜・岳羽・伊織の三名。残りはここで私のサポートだ」

 美鶴の指示に名前で呼ばれた三名は返事をするが、残りの男性二名はムスッとした不機嫌さを隠さない。

 「美鶴、俺はもう戦えるぞ!」

 「そうだ、俺だってもう怪我は治った!」

 士郎と明彦の反応は美鶴の予測通りだった。似たような発言だが、彼等のそれは真逆だ。

 明彦は単に『戦う』ことに対してだが、士郎は『御子杜達を助ける』と言う。

 どちらも『より強く、危険な相手』に向かった話しだが。美鶴としては彼等を引き止める為のシナリオも用意してある。

 『全く、世話が焼ける』

 「……いいか、君達は少なくとも病み上がりと怪我人だ。

 確かに大丈夫だろうが、彼等を信じろ。もう十分に実戦は経験している」

 実戦経験としてなら、タルタロス攻略の進度見ても十分であり、もしかしたら美鶴や明彦以上だろう。

 それに、まだ続きがある。

 「それに、私は索敵と通信で全く手が離せない。

 ……この場合、私はどうやって戦えば良いんだろうな?」

 明彦になら直接的な物言いでも良いが、士郎にはこれが一番だ。

 彼の在り方を少なからず知ってしまった自分にはそれが分かり――

 「ぐっ……」

 ――それを利用するような物言いに自分が嫌になりそうだった。

 だが、彼に対する撒き餌は根本からズレているから仕方がない。

 彼は『誰かを助ける』その事実こそが対価なのだから。

 「……分かった。俺が美鶴を護る」

 「頼りにしているぞ、士郎」

 力強い士郎の返事に、思わず笑みを零しながら言う。

 

 

 

 「『なあ、ゆかりっち。なーんかピンクっぽくね?』」

 突然隣の順平に小声で話しかけられ、一瞬ビクッと身体を震わすも、同じようなことを考えていたため不機嫌な顔も厭わなずに睨む。

 確かに、「俺が護る」だの「頼りにしてる」だの聞くものが聞けばゴシップネタに困らない。

 ちょっと乙女心を刺激されないこともないが、当の本人達が至ってナチュラルにマジメな反応で――それを目の前にしていると、オカシイのは自分ではないか? といった錯覚すら覚える。

 チラリ――と音緒を見ると、同じように困ったような苦笑をこちらに向けていた。

 あまりにあの二人が自然体過ぎて、余計に自分と音緒――と、ついでに順平――がオカシイのでは? と思ってくる。

 あのドラマもかくやと言うアツイ台詞も、実は一般の――

 『――いやいや、ないでしょ!? ……ってか、ないでしょ!?』

 内心激しく否定。言い聞かせるように二回念押しで。

 「もしもーし、ゆかりっちー。

 置いていくぞー」

 一人葛藤している中、先に行ってる順平が声を張り上げて呼んでいた。埋没した思考からか、理解に対して体は中々反応しない。

 そんな時に肩を軽く叩く手に振り向くと、優しげに励ますような微笑を向ける音緒が居た。

 「さ、私たちも行こ?」

 こんな時、やはり同じ年の同性が仲間で良かったと、ゆかりは強く思うのだった。

 

 

 こうして、満月に照らされながらシャドウ討伐が始まる――――

 

 

 

 御子杜 音緒。月光館学園高等学部2‐Fの生徒であり、4月に転入したばかりの女子生徒だ。

 あまり口数が多い方ではないが、静かに微笑む優しげな顔が可愛らしい。

 少し赤みがかった髪を後ろで結い上げ、結いきれない長さの髪をヘアピンで横に止めている。

 スタイルも悪くない。顔立ちも可愛らしい。磨けば光るだろうが、今はまだ原石だ。

 意外と思い切りも良く、順応性も高い。武術の経験も無いのに、薙刀を使っている。理由は「ちょっと小柄だし、武器は長い方が丁度良い」だ。堅実な選択だ、と思いきや、隙在らば飛び上がりつつ身を捻った十分に重さの乗った攻撃を仕掛けたりする。なるほど、そういう性質(たち)こそ彼女の本質なのだろう。――余談だが、岳羽は下着が見えそうなその攻撃に色々と複雑な想いらしい。

 ペルソナも特殊で、本来一人一つのところ、複数のペルソナを扱える。まぁ、流石に顕在出来るのは一体で、それを付け替えるだけだが。

 一方、複数の部活や良く分からない交流(老人夫婦や留学生や噂ではTVショッピングの社長など)もあり、謎が謎を呼ぶ噂の転入生だった。

 そして今、影時間と呼ばれる人知外の領域で、己に備わった力を使い、シャドウと呼ばれる人類の敵と戦う『特別課外活動部』のエース格として疾駆している。

 拳銃型召喚器を使い、ペルソナを切り替えながら仲間である順平を追っていた。

 「もう! 順平のヤツ!」

 突然の癇癪と共に駆け出した順平を追い、単独での戦闘――それに伴う過度の連続召喚に精神力が尽きかけた順平を発見する。

 まだ交友は浅いが、音緒はまだ土地に馴染めない自分に気さくに話し掛けた順平が嫌いではない。確かに、単独行動や指示無視もあるが、それはフォロー可能だ。

 『いま、助ける!』

 今にも敵に殺されてしまいそうな状況にゆかりは短く悲鳴を上げ、目を伏せてしまう。

 走っても間に合わない。後数十歩……いや、後ほんの数歩で良い、それでこの薙刀は届く!

 だが、絶望的とすら思える時間の差。それでも、順平を助けたいなら――

 「来てッ、『オルフェウス』!」

 

 

 美鶴は珍しく焦っていた。

 伊織の暴走、それに呼応するかのように加速するモノレール。

 状況は非常にマズイ。何より、この最悪を想定出来なかった自分が忌ま忌ましい。

 周りから見れば単に伊織が暴走した結果に過ぎず、美鶴に非はない……そういうだろう。だが、人選は美鶴であり、そもそも巻き込んだのは桐条の罪だ。それを逃れようとは思わないし、逃れてはいけない。

 「『桐条先輩! 順平確保しました!』」

 それは最悪の想定を文字通り加速した現状での吉報。岳羽の声に少しばかり安堵しても仕方がなかった。

 「よし! そのまま先頭車両に進め! そこに敵がいる!」

 状況は僅かに好転。後はシャドウを撃破するだけだ。

 通信機から聞こえる激しい戦闘の音がBGMになり、それはどんなおどろおどろしい音楽よりも不安感を煽る。

 仲間を呼ぶ声、悲鳴と肉が裂ける音、金属の打突と擦れる音……

 自分達が安全だからこそ、想像ばかり膨れ上がり見えないからこそ闇に畏れを抱くのと同じだ。

 そこへ通信機以外の音が雑じれば、ビクリと身体を震わす程に鼓動が大きくなっても仕方ない。

 「衛宮、どこに行く?」

 音の主である士郎と……それを呼び止める明彦の声。

 それを視界に収め、声を掛けようとして――止めた。

 真剣な顔でモノレールが有るだろう方向を見詰め、小さく言葉を吐く。

 「トレース・オン」

 そう聞こえた。

 「士郎……?」

 声を掛けるが、一切こっちを見ず――召喚器を取り出し、

――ガン……ッ!――

 これで私がソレを見るのは二度目だ。

 まるで鋼のように揺るがぬその赤い姿。

 しかし、前回と違うのは――

 「弓……?」

 ペルソナがその手に持つのは弓。

 黒く飾り気もなく、ただ射手の命を達するその為だけに造られたかのような無骨な弓。

 だが、肝心なモノが足りない――

 『矢が無い』

 その本来在るべき右手の矢を――

 「『なっ!?』」

 ――矢を見た時、美鶴と明彦は驚きを声にする――

 

 

 度重なる召喚による精神的な消耗――

 単独行動による連続戦闘が原因の肉体的疲労――

 二つのヒトを構築する要素の摩耗により、伊織順平は限界に来ていた。

 分かっている。全て己の責任だと分かっていた。

 だからこそ、その”ケジメ”ってヤツを示さなければ――

 『音緒……』

 ――順平と言う人間は、一生御子杜音緒に顔向け出来ないのかもしれない。

 自分勝手な行動で自滅すべきだった自分の為に、最後の最期なんじゃないか……そんな場面で助けられた。

 なら――

 「うおぉぉぉお……ッ!」

 ――皆の為に、この人類の敵に特大の一撃を入れてやるのが、伊織順平の”ケジメ”だ。

 岳羽が穿ち、御子杜が作り上げたチャンスに、ありったけの力で一撃を入れる。

 ――斬!――

 模造刀の一撃は、女性型のシャドウの右腕を”叩き斬る”。

 模造刀にそれほど切れ味は無い。だが、全身を使った会心の一撃は正に”叩き斬る”と呼べた。

 しかし、その代償は、

 ――パキン――

 呆気ない、重みも無い、鉄塊が二つに別れた音がするだけで……

 それは、先程まで”模造刀”であったモノが役目を終えた音だった。

 『へっ……”してやった”ぜ……ッ!』

 何か一つの”大切なコト”をやり遂げた男が浮かべる笑み。

 この時の順平は全てを振り切り、何よりも高い位置にいた。

 それは心でもいいし、魂でもいい。

 そういった”非科学的な精神論”での高みだ。

 何よりも清々しい気持ちと、全身を駆け巡る血の脈動に、今にも”逝ってしまいそう”な最高にハイテンション――

 そのまま転げるように前に倒れ込みながら、”クソヤロウ”に視線を向ける。右腕を無くしながらも、その身体を捻り左の腕を振り上げたところで――

 「『皆、伏せろッ!』」

 

 ――轟ッ!――

 

 ――美鶴の切羽詰まった声の直後に朝焼け色の閃光が”クソヤロウ”を吹き飛ばした。モノレールのドア硝子部を突き破り、シャドウの右肩から左脇腹を突き破り、そこで漸く殺された慣性は”黄金の剣を地面に突き刺す”ことで役目を終える。

 突然のことで唖然とする三人。一つだけ共通の理解事項があり、それはシャドウの消滅。

 

 『かっけー……』

 順平は一人、呆気面でその剣を見ていた。

 それはまるで正義の味方が颯爽と現れたかのようだ。

 『――かっけぇ!』

 倒れたまま、子供のように剣に手を伸ばそうとする。

 そんな時だ、通信機が受信した言葉を伝えようとする。

 「『皆、無事かっ!?』」

 再び聞こえた美鶴の声に、皆が顔を向け合い――

 「って、ちょっ! まだ止まってない!?」

 ――未だに停止する気配の無いモノレールに気が付く。

 『あ、俺死ぬのか?』

 岳羽の悲鳴と、列車の空を裂くような甲高い音を聞きながらそんな事を考えていた。

 

 

 先程までの耳を摘裂く様な、通信機越しに聞こえる悲鳴と、金属が激しく擦れ合う音が止んだ。

 そこで真っ白になっていた思考を、頭を振ることで無理矢理正常に戻そうとする美鶴。

 一息、もう一息。

 「生きているか?」

 聡明な彼女は、いくら離れているとはいえモノレールの重量で、加速され続け何かに衝突すればどうなるか知っている。

 故に、分かりきっていることを聞いているが、

 「『……死ぬかと思いました』」

 岳羽の声に安堵の笑みを浮かべて「そうか」と短く応える。

 「ご苦労様だ。みんな、良くやった」

 これは心からの礼讚。短くとも美鶴の気持ちを全て載せたモノ。

 視線を高い所に移す。駅の上から標的を睨んでいただろう士郎の姿を見る。

 最初は憂すら寒いモノを感じたが、今はその後ろ姿が雄々しく見える。

 彼も――そして、そのペルソナも。

 ペルソナの召喚を止め、こちらに振り返り――

 「……あー、どうやって降りよう?」

 ――頬を掻きながらそんな事を宣う士郎に、思わず吹き出してしまった。

 

 

 作戦成功から一日。夕日を遮るように後ろ手で寮の玄関を閉める岳羽。

 「よう、おせーぞゆかりっち」

 遅いと言われキツイ視線を順平に向けながら、皆が集まる所へ脚を運ぶ。

 「いやー、みんなご苦労様。大変だったみたいだねぇ」

 皆が揃ったのを確認してから労いの言葉を掛ける理事長。それに皆苦笑ともとれる笑い声を上げた。

 それだけ大変だった。今でも――いや、冷静になった今だからこそ思い出すと足が竦み上がりそうになる。

 それを見て、理事長も詳しく問うようなことは止めた。

 モノレールの件は、影時間と世界による『補正』が働き、モノレールの点検と車掌のミスということで納まったらしい。何とも気の毒だが、命には換えられないと諦めて貰おう。

 他愛もない話しでリラックスしてくると、昨日の出来事も笑い話のように、過去の事と割り切れるようになる。

 ――あの日、本当に危険な目に遭って死にかけた――

 そう言って笑いながら語れるようになるだろう。

 「あ、そういや、衛宮センパイ。”コレ”どーすんスか?」

 そう言って順平が取り出したモノは抜き身の剣だった。

 「ちょっ! 危なっ! ちゃんと何かに入れなさいよ!」

 「しゃーねーだろ! 鞘なんて無いんだからよ」

 ゆかりと順平のコントじみたやり取りを余所に、唖然とその剣を見るのは3人。理事長と美鶴と明彦だ。

 黄金に輝く美しい剣。見惚れるほどの輝きに理事長は感嘆の息を吐くが、その剣を二度目にした二人――美鶴と明彦は違った驚きを見せた。

 「おい、お前、それは――」

 「――ああ、これっスか? モノレールに突き刺さったのを引っこ抜いて持って来たっス」

 それはあの夜に見せた奇跡の狙撃に使われた剣。

 奇跡は三つ。

 弓で剣を射る人知を超えた武技――

 人の目で捉える事の出来ない距離での弓を使った狙撃――

 たった一撃で、シャドウを塵に還したその力――

 その時の剣なのだ、驚きは当然で、

 「――で、センパイ。これって何時消えるんスか?」

 その順平の疑問こそ美鶴達の驚きの正体だ。

 理事長もどうやら事を察したらしく、普段より難い視線を士郎に送る。

 「ん? いや、壊れないと消えないぞ? 多分」

 唖然。あれだけの力を発揮した剣。それを作り上げたペルソナは消えたと言うのに――

 「士郎君。君はその剣が長時間残る事を知っているのかい?」

 「はぁ。まあ、そうですけど……」

 ――つまり、彼はその剣やペルソナの事を知っている。

 何も無い虚空から剣を取り出し、弓で穿ち、その剣はペルソナの有無を無視した存在として在り続ける。

 それは異常だ。

 能力の知るか知らないかではない。その能力そのものが、だ。

 その異常を”既知のモノとして認識している”と士郎は言った。口には明確にしていないが、そう言ったのだ。全てを完全に知ってるワケではなさそうだが、少なからず根幹は肯定していた。

 「……でも、それ酷い出来だしなぁ」

 は? 今何を言った?

 皆聞いてはならないモノを聞いた。

 「何かボロだらけで、そんなに持ちそうにないぞ? これ」

 皆の様子に気が付かないのか、難しい顔をしながら剣の評価をする士郎。

 巫山戯た話しだ。周りからすれば最高傑作を「ボロだらけ」と言っているのだから。

 だが、これで確定だ。彼のペルソナ能力は『複製』。

 剣をして「ボロボロ」ではなく「ボロだらけ」と言ったのだ。つまり、「見てくれをごまかした(ボロが出た)」と言う意味。

 「ああ、いいかな? つまり、これは”出来損ないだからすぐに壊れる”って意味でいいのかな?」

 理事長は引き攣る顔のまま問う。

 肯定の意味は謎を解くが――皆思うだろう、否定こそ安穏と。

 「――はい。本来ならこう――」

 上手く説明出来ない士郎が、必死に想定が甘いだの構成がどうのと言うが、誰一人聞いていなかった。

 謎は解けたが、士郎の異様さを浮き彫りにしていたのだから……

 




順平は主人公属性持ってるで! 絶対!
あ、P3P主人公の彼女は割と適当に名前つけてるんで気にしない方向で。
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