遊戯王GX 僕の相棒は盗賊王:re 作:たら子
「ほお…面白くなってきましたね」
眼鏡をかけた男性が面白そうに呟いた。傷の男と卑狐の変則代理決闘。序盤こそ傷の男の代理である高槻麟と、卑狐の代理である葛城想人の勝負に対する姿勢の差から勝負になるかすら危うかったものの、今スクリーンに映る麟の姿には当初の気弱さは微塵も感じられない。
「最初から、こうなることが分かっていたのですか?」
「いいえ。というか、顔を見たのもこれが初めてですよ」
返答は期待していなかった。これまでの会話から、傷の男には相手と会話をしようなどという意思はなく、ただ話したい時に話す空気を読まない男だということが分かっていたからだ。ゆえに、男が口を開いたことに眼鏡をかけた男、東雲秈次は意外そうに眉をあげた。
「それでは、何も知らない少年に1000億もの大金を賭けたのですか?」
東雲は、興味深げに視線を向ける。視線を向けられた男は気分が良いのか、口元を緩ませた。
「ええ、まあ。その方が面白いと思いましてね」
そんな、本気とも狂気とも言える言葉はこの男の本質を表しているのだろう、と東雲は思った。この男は純粋に〝勝負〟が好きなのだ。いや、寧ろ勝負の中でしか生きることができない。勝負の結果得られる利益もこの男にとっては単にさらなる勝負への賭け金でしかない。
東雲はふと、この部屋に集まった者たちを見回した。この部屋に集まった者たちは、皆それぞれの業界の大物だ。青沼はマスコミ業界、卑狐はあの容姿で信じられないがファッション業界の、軽薄そうなニヤニヤ笑いを浮かべている村雨茂は財界、そして自分こと東雲秈次は法曹界の。しかし、目の前で悠然と煙草を咥えているこの男は違う。特定の業界に秀でているわけではないが、数年前に突如として現れ、様々な分野で独自の新技術を生み出し独自のコネを持つ。そのコネはデュエルモンスターズの産みの親、ペガサスにも繋がっているとされ、現在のデュエルモンスターズを発展させたとされる謎の男。
…警戒はしておくか
東雲秈次は再びスクリーンへと視線を移した。
◇◆◇◆
高槻麟 LP350 手札2枚
場 悪夢の鉄檻 幻影霧剣 伏せカード1枚
葛城想人 LP4000 手札5枚
場 妖仙獣鎌壱太刀
「…そうか。なら、勝手にするといい。カードを1枚伏せてターンエンド」
想人は先ほどまでの怒気を鎮めてエンド宣言をする。いつの間にか、観客の罵声も止んでいた。
「僕のターン、ドロー!」
引いたカードを確認する。何とか攻撃を凌いだが、それも次のターンまでだ。ならばこのターンにダメージを与えておきたいところだが、それも自分が発動させた悪夢の鉄檻に阻まれている。
「僕はモンスターをセットして、ターンエンド」
悪夢の鉄檻しか防御カードがない現状で、『サイクロン』のようなカードを想人が引けば、その時点で敗北が決まってしまう。
「僕のターンドロー」
想人がカードを確認する。すると彼の表情が曇った。どうやら引けなかったようだ。士道の時といい今といい、僕は悪運だけは強いらしい。
「ッチ…ターンエンド。だがこの瞬間、悪夢の鉄檻の効果は切れる」
苛立つように舌打ちする想人。甘い顔に似合わない行為に違和感を覚えたが、それも悪夢の鉄檻の消滅と共に消えた。これで僕に残されたチャンスは後1ターンのみ。鎌弐太刀は、攻撃力を半分にして直接攻撃する能力を持っている。次のターンで流れを変えなければ、敗北は必至だ。
「僕のターン」
デッキトップに手を置く。しかし、手が動かない。
…僕に引けるのか。この状況を逆転できる一手を。本当に勝ちたい時にいつも勝てなかった僕が。
考え始めると止まらない。そしてそれは、震えとなって身体を蝕んでいった。
僕は、
『情けねぇなテメエ』
その声は、酷く懐かしかった。
『バクラ君⁉︎』
喉まで出かかった声を殺し、決別したはずの青年へと呼びかける。
『このターンで、ダンテを召喚して奴に攻撃を仕掛けろ』
『で、でも僕の幻影霧剣で攻撃することは出来ないし、何より想人君の場には罠カードが』
『ごちゃごちゃうるせぇ!』
僕の言い分など知ったこっちゃないとばかりに両断するバクラに思わずムッとしてしまう。
『いいか、俺様は優勝してぇ。テメエはこの勝負に勝ちてえ。利害は一致してんだろ?』
そう言うと彼は急に押し黙り、観念したかのように、言葉を吐き出す。
『あークソッ。一度しか言わねえぞ…俺様を信じやがれ!』
言い終えた途端にバクラの気配が消える。ふと右手を見ると、震えが止んでいた。
…そうだ。悩んでる暇なんてない。僕は、進むしかないんだ!
「僕のターン、ドローーー‼︎」
引いたカードは…よし!
「僕は手札から魔法カード、マジック・プランターを発動!幻影霧剣を墓地に送り2枚ドロー。さらに幻影騎士団ダスティローブを召喚して、クリッターを反転召喚」
巨大な手を持つ青白い炎を纏った騎士と、三つ目の毛玉のようなモンスターが現れる。想人の場の罠も発動する気配を見せない。
『あーー!とここで、高槻選手の場にレベル3のモンスターが2体並んだ!』
「僕はレベル3のモンスター2体でオーバーレイ!異界の旅人よ、影より来りて敵を討て!エクシーズ召喚、ランク3!彼岸の旅人ダンテ」
空間が裂け、その狭間から探検を携え、朱の衣を羽織った美丈夫が姿を見せる。
彼岸の旅人ダンテ ★3 ATK/DEF 1000/2500
「ダンテの効果発動。ORUを1つ取り除くことで、デッキトップからカードを3枚墓地に送って攻撃力を1500ポイントアップさせる」
彼岸の旅人ダンテ ATK1000→2500
落ちたカード
ダーク・ネクロフィア
聖なるバリアーミラー・フォース
ネクロ・ガードナー
正直、想人の伏せカードは怖い。だが、ここで攻撃しなければ勝利はない。なにより、僕はバクラ君を、初めてできた友達を信じたい!
「ダンテで妖仙獣鎌壱太刀を攻撃!彼岸の調べ!」
伏せカードは、どうだ?
「ぐっ…」
葛城想人 LP4000→3100
初めて想人のLPに亀裂が生じた。たった900ポイントだが、これで反逆の糸口がつかむことができた。
『おーーと、想人選手のLPが削られてしまったーー!それにしてもあの伏せカード何なの?』
そうだ、あの伏せカードは何なのだろう?
『チッ…まだ気付いてなかったのかよ!』
『バクラ君…⁉︎』
今度は声だけでなく、イメージとして右隣に現れるバクラ。当の本人は僕の驚きなどお構いなしに話を進めていく。
『てめぇの目は節穴か?あの優等生野郎の最初のターンを思い出してみろ!』
『最初のターン…』
確か、強欲で謙虚な壺を発動して…
『恐らく奴のデッキは妖仙獣の展開力と攻撃力で相手のLPを削りつつ、弱点の場持ちの悪さを罠カードでカバーするデッキ。強謙で引いたカードが全て罠だったのがその証拠だ。にも関わらず、奴はあの三枚のカードの中で一番発動し辛いはずの『ウェーブ・フォース』を選択した。その理由は…』
『…!そうか。既に手札に持っていたから』
『そういうこった。つまり、今奴の場に伏せてあるカードは』
『奈落の落とし穴』
…すごい。たったそれだけの情報で、相手の伏せカードを看破してしまった。だけど、何だこの違和感は。
『いいか。てめぇが勝ちてぇなら集中しろ。何一つ見逃さず、利用できるものは何でも利用し尽くせ。"勝つ"ための覚悟をしろ』
勝つための、覚悟…
『そうすりゃ、自然と道は見えてくる』
言いたいことは終わったとばかりにバクラのイメージが薄れていく。
『待って!』
『…何だ?』
『どうして、急に助けてくれる気になったの?』
そう質問するとバクラは視線を横にズラしながら言った。
『…別にてめぇを助けた訳じゃねぇ。ただ、オレ様はこの大会に優勝しなけりゃならねぇ。ただ、それだけだ』
…あの女に会うためにな。
『ありがとう』
バクラは顔を背けると、消えていった。
「ダンテは攻撃終了後に効果により守備表示となる。僕はカードを一枚伏せてターンエンド」
高槻麟 LP350 手札2枚
場 彼岸の旅人ダンテ 伏せカード2枚
葛城想人 LP3100 手札5枚
場 伏せカード1枚
「僕のターン!」
「伏せカードオープン!覇者の一括。相手のバトルフェイズをスキップする」
「クソッ…カードを1枚伏せてターンエンド」
目に見えてイラつき始めた想人。まず間違いなく伏せられたカードはウェーブ・フォース。だが、先ほどから感じるこの違和感は何だ。
「僕のターン!」
…!このカードは。
ーー君には、背負うべきものがありますか?
落ちたカード
カードを1枚伏せてターンエンド
迷惑なんだよ! クソッ…
利用できるものは何でも利用し尽くせ
"勝つ"ための覚悟をしろ
そうすりゃ、自然と道は見えてくる
……見えた、勝利への道が。そして分かったよ、"勝つ"ための覚悟の意味が。
正直この戦略はかなり運要素が強いし、上手く行く可能性は5割もないだろう。もし勝ったとしても周囲からの批判はさらに悪くなるに違いない。それでも、決めたよバクラ。僕は、コイツにだけは負けたくない。たとえ、何を犠牲にしたとしても。
「僕は幻影騎士団ダスティローブの効果発動。墓地のこのカードをゲームから除外することで、デッキから幻影死槍を手札に加える。さらにダンテのORUを一つ使って効果発動。デッキトップからカードを3枚墓地に送り、攻撃力を1500ポイントアップする」
落ちたカード
巨大化
エクトプラズマー
ハーピィーの羽箒
想人の目が、一瞬光ったような気がした。
「…僕はこれでターンエンド」
『あーー!これは痛い。ハーピィーの羽箒が落ちてしまった!この場面でコレは痛すぎる失敗です』
高槻麟 LP350 手札3枚
場 彼岸の旅人ダンテ 伏せカード1枚
葛城想人 LP2100 手札4枚
場 伏せカード2枚
「僕のターンドロー!僕は鎌弐太刀と鎌参太刀を召喚して、鎌弐太刀の効果で直接攻撃。旋風・弐の太刀」
抜刀した剣圧がカマイタチのように襲いかかる。
「墓地のネクロ・ガードナーの効果発動!墓地のこのカードを除外することで、一度だけその攻撃を無効にする」
影の戦士が盾となり、風の刃を受け切った。
「……ちっ、やはりか。けど、これで君に打つ手は無くなった。僕はカードを3枚伏せてターンエンド」
高槻麟 LP350 手札3枚
場 彼岸の旅人ダンテ 伏せカード1枚
葛城想人 LP3100 手札2枚
場 伏せカード5枚
『ななななーーんと、ここにきて想人選手、魔法・罠ゾーンを全て埋めてきたーー!ハーピィーの羽箒を失った今、高槻選手はこの5枚の罠を潜り抜けるしかありません!』
MCの女性が実況し、静まっていた観客も再び騒ぎ始める。伏せた想人も勝利を確信したのか綺麗な顔を醜く歪めていた。
「僕のターン!」
カードを見る。息を深く吸う。
…覚悟を、決めろ。
◇◆◇◆
「ねえ、想人君」
ゆっくりと、僕の対戦者である高槻麟はまるで友人に話しかけるような気楽な口調で僕、葛城想人に話しかけてきた。試合前の時とは人が変わったようで何だか不気味だ。
「君は言ったよねぇ…背負うものがあるから負けないって。でも、本当にそうかな?」
「何…?」
「いやいやいや…勘違いしないでね?僕だって君の言葉は正論だと思うよ?ゲームだって、漫画だってアニメだって…はたまた小説だって。登場人物は背負うものがあった方が強いのは事実だし、恐らくそれはこの現実世界でもそうだろう」
ククク、と1人可笑しそうに肩を竦めて嗤う高槻麟。その姿は試合前の臆病で自身無さげな姿からは想像もできない。
「だけどそれは"背負う者"、"背負うことのできる者"の話さ」
「何の話だ?」
「またまた、本当は分かってる癖に…OK、なら一つずつ解き明かしていこうか…君自身も気付いていない本当の君の素顔を、さ」
…本当の素顔?コイツ、本当に何を言ってるんだ?
「高槻麟。先ほども警告したが、これ以上の遅延行為は失格とみなすぞ」
審判…確か磯野さんだったか、が高槻麟に注意する。しかし当の本人は気味の悪い笑みを浮かべて両手を上にあげた。
「まあまあ…これも決闘を盛り上げるための僕なりの観客の皆さんへのファンサービスですよ」
「し、しかし『よかろう。続けるがいい』
「社長…⁉︎仕方がない。高槻麟。続けろ」
「ありがとうございます…それでは、謎解きを始めようか。お楽しみは、これからさ」
高槻麟が言葉を切る。観客も何が起こるかと興味深げに静まり帰った。高槻麟は、まるで物語の探偵のように人差し指を突き立てた。
「まず一つ目。君のデッキは妖仙獣の場持ちの悪さを、多彩な罠カードでカバーするデッキだろう?」
「……」
「にも関わらず君は罠カードを1枚ずつしかセットしなかった。2枚目以降をセットしたのは第4ターンと第6、第10ターンだけだ。それっておかしくないかな?」
「…何がだ?」
「本来の君の闘い方じゃないってことだよ。でも、肝心なのはそこじゃあない。重要なのは、何故君がそんな闘い方をしたかってことさ」
ネットリとした口調で、蛇に絡み付かれるような錯覚を覚える。自然と身構えた
「2つ目…そんな君が、前ターンでいきなり温存していた罠を全て伏せた。それは、このカードが原因だろう?」
そう言って墓地のハーピィーの羽根箒を見せる高槻麟。
「君が警戒していたのは罠カードを全滅させられ、守りを失うこと…いや、それも本質からズレてるな。君は負けるのが怖かった。要するにビビってたんだ」
「それがどうした。そんなの当たり前だろ」
「ううん。実はこれは結構不思議なことなんだ。だって君は自信満々に言ってたじゃないか…『僕には背負うべき者があるから負けない』ってさ。」
「……」
「矛盾してるよねぇ…君は、自分は背負うべき者があるから負けないと言いつつ、その実内心では誰よりも自分の勝利を疑っている」
毒が、ゆっくりと体内に染み渡るようだった。これ以上奴の言葉を聞いてはいけないと心の中警戒音が鳴るが、奴の謎解きは終わらない。
「そして、これが最後にして最大の秘密。君は本当は、君に期待してくれている人たちを疎ましく思っている」
ピシリと、空気が割れた音が聞こえた気がした。
「何を言って「だってさ…"背負うべき者"だなんて、まるで重りみたいじゃないか」
体が、心が固まる。反論しようにも、口が動かない。そんな僕を見て、高槻麟は悪魔のように、嗤う。
「君は、期待という名の鎖に繋がれた奴隷だ。どれだけ上品に言葉を並べ、外見を取り繕っても、君の足にはいつも鎖が繋げられている。自由に歩くことはできないんだ。そんなの、死んでいるも同然だよ」
だからさ、と高槻麟は手札からカードを1枚取り出す。誰も、何も言わない。観客はおろか、MCのメリッサさえも魅入られたように高槻麟の一挙手一投足に注目していた。
「これから君をその期待という名の鎖から解放してあげるよ。魔法カード、魔法再生を発動。手札の幻影死槍と、闇の支配者との契約を墓地に送り、墓地のハーピィーの羽根箒を手札に加えて発動!相手の魔法・罠カード全てを破壊する」
「な…⁉︎」
ハーピィーの羽根箒が振り下ろされ、その突風により僕の全ての罠カードが破壊されてしまった。
「これで、君を守ってくれるカードは無くなった。ダンテを攻撃表示にして直接攻撃!彼岸の調べ!」
「ぐああああっ…‼︎」
葛城想人 LP3100→2100
「さあ、これで君を縛るものは何もない。君は自由だ。カードを1枚伏せてターンエンド」
高槻麟 LP350 手札0枚
場 彼岸の旅人ダンテ 伏せカード2枚
葛城想人 LP3100 手札2枚
場 伏せカード0枚
「僕のターン!!」
クソッ、クソッ、クソッ。何なんだアイツは。僕が家族を疎ましく思っているだと…?何も知らない癖に。殺す。殺してやる。
…引いたカードは命削りの宝札か。奴の場にはORUを使い切ったダンテと、2枚の伏せカード。手札は0だ。前のターンで奴の防御は底を尽きたし、2枚の伏せカードの内1枚は奴が最初のターンから伏せているものだが、1度も使われていないということは恐らくブラフの魔法カード。となると問題はもう1枚の伏せカード。だがこれも恐れることはない。僕の知る限りこの状況を1枚で逆転し、僕のライフを削り切る罠は存在しないし、少しでもライフが残れば、命削りの宝札で手札補充して再び場を整えることができる。僕の負けはない。ニヤリと笑みが零れる。僕の勝ちは揺るがない。
「僕は妖仙獣鎌弐太刀召喚。効果により手札の鎌参太刀を召喚」
旋風と共にイタチを模した獣人が現れる。父と母、そして妹が少ないお金を貯めて僕の誕生日に買ってくれた妖仙獣たち。今日着てきた服だって、僕を大会に推薦してくれた卑狐さんが用意してくれたものだ。自分の力で闘うと言ってカードの提供を断った僕に支援してくれる良い人だと思う。そして今日集まってくれたクラスメイトたち。僕はここまで来れたのは沢山の人の応援あってのものだ。僕は君のようにひとりぼっちで闘って、相手の心を揺さぶるような卑怯者には決して負けない。
「今度こそ終わりだ」
僕はバトルフェイズへ移行した。
◇◆◇◆
「お兄ちゃん…」
決着の予感に再び沸き立つ観客の声援の中、私は一人呟いた。私たちの家は貧乏だ。服はボロボロだし、誕生日プレゼントだってマトモなものを貰ったことは1度もない。そんな私たちの唯一の楽しみがお兄ちゃんの決闘大会だ。どんなに忙しくてもお父さんとお母さんは応援に行ってくれるし、お兄ちゃんはとても強いのでいつも優勝するのでその日はちょっとだけ食事が豪華になる。お兄ちゃんは頭も良い。いつも成績は上位だし、運動だって出来る。オマケに顔も中々だ。…ただ、少しだけ鈍感な気もするが。お兄ちゃんは高校の学費が払えず、進学できないと言われても笑顔だった。これで自分もみんなの役に立てるって。そんな時だった。この大会のことを知らされたのは。この大会に優勝すれば、特待生枠で入学できる。プロデュエリストになれば家族を養うに十分な大金を得ることができる。それを知ったお兄ちゃんは、その日から少し変わった。前はデュエルモンスターズをするだけで楽しくて仕方ないという感じだったのに、お兄ちゃんはデュエルモンスターズで笑わなくなった。
対戦者の人…高槻麟さんだったか。さっきはいきなり変わり過ぎて驚いたけど、彼が言っていたように私たちはお兄ちゃんの重りなのかな?だとしたら…
お願いします。お兄ちゃんを助けて。
◇◆◇◆
「これで終わりだ。鎌弐太刀の効果で直接攻撃!旋風・弐の太刀!」
無色のカマイタチが高槻麟を襲う。
「伏せカードオープン!罠カード、ナイトメア・デーモンズ!ダンテをリリースして、相手の場にナイトメア・デーモン・トークン3体を攻撃表示で特殊召喚する」
ナイトメア・デーモン・トークン
ATK/DEF 2000/2000
ナイトメア・デーモン・トークン
ATK/DEF 2000/2000
ナイトメア・デーモン・トークン
ATK/DEF 2000/2000
ダンテが炎に包まれ、その中から3匹の小悪魔が僕の場に召喚される。
「ダンテがリリースされたことで攻撃は巻き戻る」
これで僕の場にモンスターが満ちた。クスクスと僕を見て笑い転げる悪魔は確かに気味が悪い。だが、
「それがどうした…‼︎構わない。鎌弐太刀で直接攻げ」
き。そう言おうとした僕は手を振り下ろすことができなかった。否、僕は全力でそれを食い止めたのだ。
待て待て待て待て待て待て待て待て待て待て待て待て待て待て待て待て待て待て待て待て待て待て待て待て……!!!
何故奴はこのタイミングで、1ターン目から伏せていたナイトメア・デーモンズを使った?最後の悪足掻きにしては妙だ。考えろ!奴は何故こんな行動をした?……………………………………………………………………………………………ああ‼︎そうか!!!
ある!ナイトメア・デーモンズを使用して、この状況を逆転しうるカードが。
『聖なるバリアーミラー・フォース』
デュエルモンスターズ黎明期から存在し、その強力な破壊効果から、多くの決闘者から支持され、一時は制限カードにも指定されたカード。『サイクロン』が無制限の現在の環境では発動し難く、扱う決闘者も少なくなったが1枚で状況を覆すそのカードパワーは健在である。
…確かに奴のデッキには、『聖なるバリアーミラー・フォース』がある。だが、それは既に2枚も墓地に落ちている。仮に3枚目が存在したとしても、大会規定によりデッキは40枚と定められているから、奴のデッキは残り8枚。もし引いていたとしたら使わない手はないから引いたとすれば先のターン。となると9分の1の確率。…ギリギリ引けなくもない。いや引けるのか?そもそも奴が3枚目を入れているとは限らない。だが同様に『ウェーブ・フォース』のような他のバリアーを入れている可能性も低いが存在する。考えろ…!考えろ…!
葛城想人は決闘者としての腕前は元より、学業においても優秀である。だが、そのような者は往々にしてその優秀な頭脳ゆえに思考の沼に嵌まりやすい。勝負事において、一番重要なものは頭脳や運などではなく、自分の読みを信じる心の強さ。自分の読みに命を賭けてもよいと言える覚悟である。通常、勝負において背負うものこそ、その決断を支える覚悟となりうるのだが、皮肉にも彼にはソレが欠けていた。彼が背負っているのは、ハリボテ、ハリボテの覚悟。見た目には背負って見えても、中身はスカスカ。ハリボテでは、平時は無難にこなせても、生き死にを決める決断を支えることなど、出来はしない。葛城想人は持たなかった。否、捨てたのだ、ハリボテの中身を。そして高槻麟は覚悟を決めた。その差。たった一つの差はしかし、現在の状況を雄弁に物語っていた。
普通なら限りなくゼロに等しいこのこの伏せカードはしかし、この一時において葛城想人には『聖なるバリアーミラー・フォース』に思えてならない。幻想の罠は、確実に彼の思考を捕らえていた。どんどんマイナスになっていく思考。一度坂を下り落ちれば後は転がるよう。彼には、既に攻撃しようなどという意思はほぼ失われていた。ならば退けばいいのだがそれもできない。彼には、どの道を選んでも負ける。そのような考えが頭に取り憑いて離れないのだ。
…攻撃するか?いや、万が一の可能性もある。だが仮にここで引いたとして、有効なカードを引けるだろうか?さっきから流れは相手にある。もし引けずに次ターン、奴が攻撃してきたら…恐らく僕は、負ける。
…………イヤだ。イヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだ。
いっそこのまま、何も考えずに攻撃できれば、どれだけ楽なことか。だができない?何故なら、彼は彼の家族を愛していたから。家族からの期待は重く感じていても、それでも愛していた。故に、1%でも敗北の危険があれば踏み出せない。元々勝負事において、100%など有りはしないというのに。
「ハァ…ハァ……ハァ…」
負けられない。
僕は、負けるわけにはいかないんだ。
こんなところで。
可能性は二択。ミラー・フォースか、そうでないか。奴は前のターンにいきなり挑発を始めた。それはこの状況を作りだすため。考えてみれば、本当にあれがミラー・フォースなら奴が挑発してくる必要はない。あの"期待の奴隷"云々はそこまで重要ではなく、僕を混乱させて正常な判断力を奪い、ここで退かせるための罠に違いない。
僕はナイトメア・デーモン・トークンを見つめた。キヒヒ、と気味悪気に嗤う悪魔。チャリン、と不意に乾いた金属が擦れる音が足元に響いた。
「えっ……」
それは鎖。いつの間にか両足首に絡みついた鎖が僕を縛っていた。幻覚?いや、何らかのソリッドビジョン?もしかして、奴の罠⁉︎
慌てて高槻麟の伏せカードを確認するが発動はされておらず伏せられたままだ。
ならば何だ、と足首を確認しようとした時、目の前で嗤っていたはずの3体の悪魔が姿を変えていく。1体は中肉中背の男性に。1体は中年の女性に。そして最後の1体は小学生の女の子に。
そんな…まさか…⁉︎
それは僕の家族だった。彼らは鎖に繋がれた僕を見てにこやかに嗤っていた。
やめろ…やめてくれぇーー‼︎
「うおぉぉぉ!!!僕は妖仙獣鎌弐太刀で直接攻げ『ピーーーーーーーーーーー‼︎』」
会場中に、長い長い笛の音が鳴り響いた。
「…………へっ…………………?」
葛城想人は、この場にそぐわない間の抜けた声を漏らした。
「この試合、葛城想人の1分間を超える遅延行為により、失格‼︎よって1回戦第4試合勝者、高槻麟‼︎」
無情にも審判の手が、勝者である高槻麟を示す。あまりに意外な決着に、会場中の誰もが唖然とした表情だ。その中から誰よりも早く復活したのは、やはりメリッサだった。
『なっ…なっ…なんという決着!私も長いこと決闘の状況やってますがこんな決着見たことがありません。ジャッジキルです。1回戦第4試合はジャッジキルにより高槻選手が勝利しました‼︎』
まるで観客に言い聞かせるように実況するメリッサ。葛城想人は呆然としたようにその場にへたり込んでいた。その想人に近づきカードを一枚抜き取ると、高槻麟は黙って出口へと向かう。
「ざけんなてめーー!!」
「卑怯だと思わねーのかぁ⁉︎」
「正々堂々と闘ええ!!」
両者の間に、どのような心理戦があったかまでは分からないまでも直感的に麟の仕業だと理解したのだろう。観客たちが、高槻麟に向けて思い出したようにヤジを飛ばし始める。が、高槻麟は一度も振り返ることなく、出口へと歩んでいった。
◇◆◇◆
「……まさか負けるとはね。ほんと見せかけだけの坊やザマしたわ。だから私が出資するといったのに。つまらないプライドにこだわって勝利を逃すだなんてまったく、無様ザマすね」
卑狐の静かな罵倒が狭い空間に響いた。勝負前の熱狂ぶりなど嘘のような手の平返しに、卑狐以外の男性陣は内心呆れていた。そんな男性陣を尻目に手元のパネルを操作する卑狐。大方、傷の男への賭けの精算を部下に指示しているのだろう。前回の青沼のように取り乱さないのは、女一つで業界の頂点に君臨した女帝のなせるワザか。勝った側の男も、賭けの結果に一言の感想もない。勝負は終わったと、その顔が告げていた。
「しかし本当に勝ってしまうとは。彼はこの大会で唯一我々の代理ではなく、何の支援も受けていない決闘者と聞いていたんですが、勝負の駆け引きといい、それを成し遂げる度胸といい、これは本当にダークホースですねぇ」
村雨の言葉にも取り合うことなく、マイペースに煙草を蒸す男。一周回って感心するほどのスルースキルである。
…これで、残す決闘者は4人。内3人が代理人か。当初の予想とはややズレているものの想定の範囲内。が、この2人。
Rin Takatsuki M 15
Kanae Takatsuki F 15
この2人について調べる必要があるな。東雲秈次は眼鏡の奥の瞳を輝かせた。
◇◆◇◆
『てめぇにしてはよくやったじゃねぇか』
僕の脳裏にバクラの声が響く。
「…大したことじゃないよ」
『いや、さすがに今回は褒めておいてやるぜ。優等生野郎を精神的に追い込むために見せたプロファイリングとか演技とかよ。てめぇおとなしい顔して中々にえげつねえ戦法使いやがるな。あの野郎の最後のターンの面は見ものだったぜ』
よほど機嫌が良いのか珍しく饒舌だ。だけどよ、とバクラの声のトーンが変わる。
『あの野郎、何で罠カードをもっと伏せなかったんだ?負けたくなけりゃそっちの方が勝率高えのによ』
「…多分、負けたかったんじゃないかな?」
『どういうことだ?』
「彼は、意識の上では勝とうとしたのかもしれないけど、無意識の中では負けたかったと思うんだ。彼は、応援してくれる人たちからの期待に応えすぎようとして、結果的に辛くなって、早く楽になりたいと心のどこかで考えていたと思うんだよ」
『……てことは、てめぇはそれを知りながら奴と奴の家族が最も傷付かない方法で勝ったってことかよ。』
「そう、なるかな」
『…甘ぇな。いつかその
「分かってるさ…優しさなんて、何の価値もない」
吐き捨てるように言う麟に、珍しくバクラが沈黙する。
「待って下さい‼︎」
1人の少女が、歩く麟を呼び止める。よほど急いで来たのか呼吸が荒い。それを何度か深呼吸して落ち着かせると、改めて麟と向かいあった。
「高槻、麟さん…ですよね?」
「う、うん」
バクラや不良以外の人間、特に女子への免疫が少ない麟は内心目の前の少女に緊張していた。
「私、葛城萌。葛城想人の妹です」
「っ………⁉︎」
いきなり現れた対戦相手の妹に、心の中の警戒音がガンガン鳴り響く。だが萌の口から出た言葉は意外なものだった。
「あの、ありがとうございます。お兄、葛城想人を助けてくれて」
「えっ……」
「私たち、近くにいたのにお兄ちゃんの苦しみに全然気づいてあげられなくて。お兄ちゃんも今回のことはショックだったと思うけど、どこかホッとしてて…上手く言えないけど、本当にありがとうございました」
そう言って来た道を大急ぎで戻る葛城萌。数年振りの感謝の言葉に、萌の来た道を一瞬眩しそうに見つめた麟は、振り切るように仄暗い道を歩き出した。
ーー1回戦全試合終了
読書の皆様の中にはこの決闘の内容に不満を抱く方もおられると思いますが、作者の趣味です。申し訳ありません。批判している訳ではありませんが、他のssやアニメを見ていると、心理戦描写が少ないような気がしていたので書いてみました。実際書いてみるとかなり難しいですwですが楽しいので心理戦は今後もできるだけ取り入れたいと思います。(ちゃんと心理戦が書けてるか不安ですが。)というか主人公は決闘の才能に恵まれていないというか、引き運が良くないので、その差を心理戦で埋めていくという形を取っていきたいと思います。特殊な形式の決闘とかも考えています。読者の皆様には主人公の麟君はウジウジしているように思えるかもしれませんが、私は主人公を悪役にしたいと考えています。そこに至る道はしっかりと考えさせていきたいので、成長はゆっくりになるかもしれませんが、この作品を今後も読み続けて頂ければ幸いです。長文失礼しました。ここまで読んで頂きありがとうございました。