今日の秘書艦は不知火。
初めての秘書艦業務のためか、緊張している様子。
初めてだからなぁ…。
こればっかりは仕方ない。
「さて。不知火。秘書艦業務マニュアルは手元にあるな?」
「はい」
「よし。今日は不知火も初めてだし、わからないことが出てくることと思う。
その時に、マニュアルを見て、自分なりに一度考えてみてほしい。
もし説明があったり、記入に問題がなさそうなら良し。
そうでなかったら、どんなに些細なことでもいい。俺に聞け。
今お前が一番にやらなければならないことは、わからない部分を分かるようになることだ。
いいか?」
「はい」
「よし。では今日の分の出撃記録、演習内容、及びそれらの消費資材と、入渠の際にかかった資材量の記録。
また、それ以外の時間は過去の、つまり俺が着任する前。ああ、お前がこの鎮守府に居た頃のことだ。
その期間の、整理された資料から作成中の資材・経費のまとめてある冊子があるだろう。
その続きを進めてもらいたい。
一週間分を一まとめとして、消費資材量、必要経費をまとめてくれ。
何か質問はあるか?」
「いえ」
よし。
「では、業務開始だ。
分からなかったらすぐに言うように」
さて。
こっちもこっちでいろいろと問題が山積みだ。
なんとかしなければ。
まずは工廠。
相変わらず、天井には穴が空いている。
たしかに機能は生きてはいるが、かろうじて、といったところだ。
修理を本部に打診してはいるが、あまり色良い返事は返って来てはいない。
自分のような素人が出来ることもないので、ここは後回しになっている。
不思議なもので、設備はポンコツどころか廃棄寸前もいいとこな状態であるのだが、妖精さんの不思議パワーなのか、装備品の開発はちゃんと毎日規定回数出来ている。
規定回数というのは、海軍の設定した毎日の開発回数のことで、設定された回数、開発を行うと海軍からの資材定期便で搬送される資材量が、ある程度多くなる。
また、海軍としても優秀な装備はやはり万年不足しているのか、規定回数全てがスカ(開発失敗)でもない限り、高速修復材も報酬として受けとることが出来る。
高速修復材はなかなか手に入らない貴重品であるので、そういう意味でも開発は欠かせない。
規定回数は鎮守府によって差があるが、3回から4回であるらしい。
うちの鎮守府は3回が毎日の規定回数だが、おそらくこの回数設定には総資材量が関係しているんじゃないかと睨んでいる。
また、装備品の開発だけでなく、建造が出来る鎮守府もあるらしいが、そちらはうちの鎮守府では出来ないためよくわからん。
次は入渠ドックと艦娘たちの寮について。
とりあえず現在、傷んでいた箇所の修復や、ペンキ塗装の塗り直しは終わった。
寮の部屋数、部屋割り共に問題はないとのことだ。
まあ、これから睦月型や初春型が増えてくれば、また部屋割りを考えてないといけなくなるかもしれないが、今はまだ大丈夫だ。問題ない。
なぜか一瞬、そんな装備で大丈夫か?
という声が聞こえた気がしたが、気のせいだろう。
ていうかなんだ装備って。
艦娘たちの装備か。
そうそう、彼女らの現状の装備だが、実際かなりひどい状態だ。
装備品自体の状態は悪くないのだが、いかんせん装備の数、質共に足りていない。
一人当たりに12㎝単装砲に61cm三連装魚雷、なんてのはまだマシで、ひどい場合など一人に12.7㎝連装砲のみ、なんてこともあった。
早いとこ、61cm四連装魚雷に12.7cm連装砲を充実させたいものである。
そんなこともあり、現状装備の開発は急務であり、その場しのぎでしかないが、装備品はなるべく共有することとしている。
また、出撃範囲も鎮守府近海のみとしており、鎮守府を中心として、およそ1海里までの近海哨戒に徹底している。
主な理由として、上記の装備品の不足、不満足状態であることと、近海でも端のあたりから遠くになるほど、空母が現れることが挙げられる。
現在こちらの空母は鳳翔さんのみ。
しかも装備は九九艦爆こと救急棺桶、九七式艦攻、九六式艦戦のみ。
今はなんとか艦載機の熟練度で互角まで持ち込めているそうだが、鎮守府近海から離れると、それすら危ういという。
彼女達うちの艦娘を必要以上に危険な目に遭わせたくない俺としては、幻の装備と言われる烈風や流星とまではいかずとも、せめて52型艦上戦闘機や天山くらいは欲しいところである。
しかも鳳翔さんは元々、半ば引退した身であるらしく(艦のころの話)、性能的な強化はあまり期待出来ないということだ。
こちらとしては、無理をおして戦ってもらっているだけでも心苦しいが、そんなことを申し訳なさげに謝られるのだから、本当になんとかしたいところだ。
手元の資料、そして引き出しの中の鍵に意識を戻す。
あのあと整理した資料を見ていくうちに、いくつも不審な点が見つかった。
一つ目は消費した資材の量の記録だ。
そも、資材は定期便で送られてくるのに、毎日の消費資材量だけで報告書を作っているのは変だ。
また、毎日同じような内容の出撃、演習内容であるのに合わせて、少しずつ消費資材量を上下させているが、一週間の総量で見ると明らかに多い。
これは俺の推測だが、毎日の報告書を作ることで大本営の確認する作業量を多くし、不自然でない程度に消費資材量を嵩まししている。
しかも出撃記録もよく見るとおかしい。
鎮守府近海の哨戒で、長門、大和が中破。旗艦は低練度駆逐艦。
鎮守府近海の哨戒で長門型、大和型が中破だと?
なんだそれは。
しかもこれが、深海棲艦の侵攻を受けていた、六ヶ月前から一ヶ月前くらいまでなら、まだ理解できる。
この資料は三年前以上前のものであり、その時点ですでにこのような虚偽申告は常態化していたようなのだ。
そしておそらく、叢雲の話と合わせると、この低練度駆逐艦は雷撃処分か、はたまた使い捨てか。
少なくとも、それに近い扱いを受けたであろうことは、想像に難くない。
というか容易に想像できる。
しかもこの、旗艦である駆逐艦は、鎮守府近海でよく保護される、いわゆるドロップ艦と言われる艦種ばかりである。
大和や長門、島風などの貴重な艦、雷巡となった大井や北上、木曾などは沈まない程度に酷使し、それ以外、特に睦月型や初春型、重巡では加古や古鷹などは平然と使い潰されている。
前任の司令官はクズだ、などと聞かされた時にはどういうことかと思ったが、なるほど。
これは、まさしくクズというか、鬼畜の所業そのものだ。
しかも帳簿を見ていると、明らかに不自然に食費と艦娘達の給与が一定の額となっている。
艦娘の総数に合わせて変化しているので分かりにくいが、艦種ごとによって給与体系は変わるため、どんなに艦種が入り乱れていても、総数に合わせて給与が一定額というのはありえない。
まだ見つけられてこそいないが、これは必ず裏帳簿があったはずだと思われる。
おそらく一ヶ月前のどさくさに紛れて、誰だかは知らないが裏で手を回していた人物の関係者か何かが回収したのではないだろうか。
つくづく前途は多難である。
しかも頭痛の種はこれだけではなく、机から見つかった鍵もそうだ。
鍵自体は普通のディンプルキーなのだが、それぞれ1、2、3と番号が振ってあり、鎮守府の施設ではどの鍵も合わないのである。
また、まだ確認は出来てないが、この鎮守府には中の見えないビニールハウスがある。
個数は未確認ながら、外から中の様子が見えない、しかもやたら丈夫というか頑丈で、入り口はガラスのスライドドアではなく防火シャッターであるという。
怪しい。
というか怪しさしかない。
怪しさ満点大爆発と言っても過言ではないこのビニールハウス、天井側の一部分以外ビニールではないのである。
おそらくこのビニールハウスの鍵が机から見つけてしまったディンプルキー。
そしてビニールハウスの中のものは、おそらく自給自足の家庭菜園などといった、生易しいものではないだろう。
資材のちょろまかし、しかもそれを横流しまでしていることが判明している前任の司令官だ。
それ以外にも艦娘達の給与の横領、食事の禁止、不知火達に対して行っていたであろう体罰。
これらの情報から推測するに、
「絶対、非合法だよなぁ…」
「どうかしましたか、司令」
声に出ていたのか、不知火が相変わらずの死んだ目でこちらに尋ねてくる。
ひえっ、ちょっとチビるかと思った。
明るいところだからいいけど、夜にこの光のない目で見られたら、一人で寝るのが怖くなりそう。
まあ、明るいので問題はない。
特段なんてことはないような顔で応対する。
「いや、なんでもない。
それで、資料の整理は進んだか」
「はい、一応一通り一週間分の出撃記録、損害及び補給にかかった消費資材量、またかかった経費等をまとめてみました。
こちらが元の資料、こちらが纏めた資料です」
「ああ」
思ってた以上に纏めてくれていたようだ。
先ほどからそんなに時間は経っていない。正直、出撃記録と消費資材量だけでもまとめてあればいいかな、と思っていたのだが。
どれどれ。
ホチキスでまとめられた元の資料と、纏めた資料の値をペラペラと確認していく。
元の資料の分かりにくい文字の羅列が、実にすっきりと分かりやすく纏められている。
また、少しでも引っかかる点にはそれぞれ注釈がついており、とても分かりやすい。
「予想以上だ。この調子で頼む」
「わかりました」
問題なかったことで少しは安心したのか、先ほどから見せていた緊張した様子は、いくばくか落ち着いていた。
その後もなんどか、不知火がわからない部分の報告を話し合い、今日の消費資材量の記入と、過去の資料の整理で時間が過ぎていく。
あと今日の作成する書類も残すところ数枚、というころには、すっかり夜。午後8時になる前、といったところになっていた。
あ、食事はちゃんと朝昼夜と取りました。
休憩時間も。
ホワイトな職場は上司が作らなきゃね!
「よし、本日の業務はここまでとしよう。不知火、掲示板のところにある秘書艦の札を替えてきてくれ」
「わかりました。明日は那珂さんでよろしかったでしょうか」
「ああ」
「では、お先に失礼します」
そう言って、不知火は執務室から出ていった。
さて、残りの書類だけ片付けるか…。
執務室から出た私は、今日のことを思い返していた。
司令から声をかけられたのは、業務開始前とご飯の時だけだったが、司令官は考え事をしながらも、私が尋ねた時にはすぐに対応してくれた。
業務自体にはマニュアルの分かりやすさもあって、すぐに慣れることが出来たし、罵声を浴びることも、頭を踏みにじられることも、口を切るほど殴られることもなく、信じられないほどあっけなく、時間は過ぎていた。
そう言えばあのマニュアルは、司令の手作りだと聞いた気がする。
…司令は有能ですね。
私は穏やかな気分にひたりながら、掲示板まで来た。
この鎮守府には廊下に掲示板があり、その左側には司令官お手製の名札かけがある。
名札は木の板にそれぞれの艦娘の名前が、これまた司令官お手製の文字で書かれている。
縦に力強く「不知火」と書かれた札の上側には穴が空いていて、掲示板の「本日の秘書艦」と書かれた紙の下にある引っ掛け部分に通されている。
私は不知火と書かれた木の板を手に取り、左側にある名札かけにそっとかける。
この名札かけは、駆逐艦の子でも手の届くように、と低い位置に、また、背の高い艦娘でも使いやすいように、と高めの位置にそれぞれ作られていて、誰でも交換できるように近くには脚立が立て掛けられている。
この脚立も司令官が時間を見つけてはせっせと作っていたらしいが、木曾さんや駆逐艦の子たちに見つかり、何人かで協力して作ったんだと、響さんから聞いた覚えがある。
なんでも作りますね、司令。
そのうち工廠の天井とか、穴が空いてたから作った。とか言うのでしょうか。
それはないか、と思いながら、思わずふふっと笑ってしまう。
まさか私がまた笑える日がくるとは。
司令には感謝しなければいけませんね。
「あれ?不知火ちゃん?」
振り返ると、お風呂上がりなのか、髪をアップにした那珂さんが。
「ね、秘書艦の仕事ってどうだった?やっぱり難しいの?うー、那珂ちゃん心配だよー」
「大丈夫ですよ那珂ちゃんさん」
「あー、またさん付けしてるー!もー、那珂ちゃんで良いよ、って言ってるのにー」
そうでした。那珂さんは、いつも私に那珂ちゃんと呼ぶように言ってきます。
今までなら、いつも通り那珂さんとお呼びするのですが。
今日なら、ほんの少しだけ、那珂さんと仲良くなれる気がします。
「わかりました、那珂ちゃん」
そう言うと、那珂ちゃんは顔を輝かせて、
やっと那珂ちゃんって呼んでくれたー!
といって喜んでいます。
私は、「本日の秘書艦」と書かれた紙ね下に那珂ちゃんの木の名札をかけ、那珂ちゃんとお別れします。
じゃあねー!という明るい声を背中に受け、さて、お風呂に入りましょうか。
司令。
不知火は、このままでは、貴方を信じてしまいますよ。
どうか…。