「あら、提督?」
「やあ鳳翔さん」
今日の仕事も終わり、明日は半日お休みということで。鳳翔さんの居酒屋にお邪魔することにした。
「あれ?」
今日のお昼はカレーだった。つまり今日は金曜日だったはず。だいたいいつも金曜日の夜ともなれば、のんびりと呑んでいる他の艦娘達がいるのだが…。今日は誰もいない。どうしたんだろう。鳳翔さんもいつもと違って髪を下ろしているし。
それにしても、髪を下ろした鳳翔さんもいい…!普段は見えているうなじを隠すように、肩甲骨あたりまで艶やかな黒髪がゆったりと下ろされている。正直ぐっとくる。
鳳翔さんがカウンターの向こうから優しく聞いてきた。
「もうだいぶ遅い時間ですけれど、呑んでいかれますか?」
「え?嘘?」
そんなに遅い時間?さっき業務が終わったばかりだぞ?
そう思ってキョロキョロと周りを見渡す。見やすいようにと壁に掛けられていた時計は、そろそろ日にちが変わろうかという時刻を示していた。
「あー…。もしかして、店仕舞いするところだったかな」
「ふふっ。心配されなくても大丈夫ですよ。提督がたまにこうやってゆっくりしていかれるのは、私も楽しみですから」
そう言って優しく微笑んでくれる鳳翔さん。やだ、鳳翔さんってば超おしとやか。結婚しよ。
「いつもすまないねぇ」
本当に。鳳翔さんにはさりげなく助けてもらったり支えてもらってばかりな気がする。今度何かお返ししないとなぁ…。鳳翔さんに喜んでもらえそうなもの、また考えてみよう。何がいいかなぁ…。
「提督こそ、遅くまでお疲れ様です」
にこにこと何でもないように言ってくれる。でも俺は知っている。こんな風に言ってくれる人は、本当になかなかいないのだと。甘え過ぎないようにしないとな。鳳翔さんが優しくしてくれるからと言って、それに甘えるのは違うと思うから。
お互いに信頼していられる、とかさ。そばに居られるだけで落ち着くような。そんな距離感が理想かなぁ…。
「ありがとう。
鳳翔さん、髪を下ろすのも綺麗で良いね」
そう言うと、鳳翔さんは頬をわずかに桜色に染めながら笑った。
「ありがとうございます。でも、普段はやっぱりまとめていないと動きにくいんですよ?」
口を上品に手で隠しながらころころと笑う鳳翔さんは、それはもう言葉には言い表せないほどかわいらしかった。あぁ~…。心が癒される…。
「提督、何かお召し上がりになりますか?」
ん、そう言われてみると確かに少しお腹は空いてるかな。まあ既に深夜12時近くだしね。そりゃ小腹も空くか。
「じゃあ、何か簡単なものを頼めるかい」
「はい。少しだけ、待っていて下さいね」
そう言うと、鳳翔さんは後ろを向いてトントンと料理の手を進めていく。あ、いや、鳳翔さん。本当に簡単なもので良いの。なんだったら余りものとかお通しの余りとかそんなんで良いのよ。…これは本格的にガチ泣きさせるレベルでのプレゼントを考えよう。それも普段から遠慮がちな鳳翔さんにぴったりなものを…!
そうして俺がうんうん唸っている間に、鳳翔さんは料理を終えていた。そして俺の前に出されるいくつかの小鉢たち。
カボチャの煮物、お味噌汁、卵焼き、漬物、牛肉の時雨煮。そしてきれいに握られたおむすびが二つ。おむすびに至っては、もはや芸術的ですらある。
「おお…!」
どれも美味しそう。そう思っていると、右隣に鳳翔さんが熱燗とおちょこを持ってやって来た。おや鳳翔さん、一献やりますか?良いですねえ。
「頂きます」
「どうぞお召しになって下さい」
俺が料理に手をつけてしばらく。
鳳翔さんは目を閉じるようにしておちょこに徳利から熱燗を注いで、ゆっくりと呑んでいる。
いやー、美味い。温かいお味噌汁が俺の身体を温めてくれる。つい無心で食べ進めてしまった。
「ふう…。ご馳走様でした」
「お粗末様でした」
さすがに呑んでいる鳳翔さんに洗い物をさせる訳にはいかないので、小鉢を重ねて調理場へ。カチャカチャと洗い物を水で流したりキッチンペーパーで拭いてから洗剤で洗う。もはや俺が料理したり洗い物をする事なんて普段ないからね。超最初の頃はともかく人手が足りなかったから、料理も洗濯も掃除も皆で力を合わせてやっていたものだが…。いやはや懐かしい。
「とりあえず、洗うだけ洗っておいたよ」
悪いけど鳳翔さん、後はよろしく頼んだ。
「置いたままにして下されば、私がやりますよっていつも申し上げているじゃないですか…」
そういう鳳翔さん。その言葉とは裏腹に、嬉しそうというか穏やかな笑顔を浮かべている。だからこそ俺も自分から洗い物くらいはやろうと思う訳だが。
「提督もいかがですか?」
そう言って差し出されたのは、もう一つのおちょこと徳利。…全く、用意が良すぎでしょう鳳翔さん。
その後は二人でしばらくゆったりと飲み交わした。
鳳翔さん、俺は貴女と共に過ごすことが出来て、とても幸せですよ。
鳳翔さんいいよね。あの距離感を上手く表現できたやろうか…