以前から書きたかった話になります。
変なところもありますが、どうぞ読んでいって下さい。
ぺちぺち
「んっんん」
何かに叩かれる感覚がする。
それを確認しようと目を開けようとするけれど、目蓋が重い。
ぺちぺち
「んー?」
頬を叩かれているのだと、意識が水面に浮上するように覚醒し始めてようやくわかる。
暗い闇の中から、僕の意識を呼び起こす人は誰だろう。
ぺちぺち
「ん、ふぁぁ」
意識が水面から飛び出し、太陽の日差しを浴びたように、目が光をとらえ始める。
重い目蓋を擦りながら、いつものように上半身を起こすと身体を起こすように伸びをする。
「ビィィ!?」
伸びをすると同時に、下から驚いたような、今まで聞いたこともないような声が聞こえる。
声、でいいのだろうか。
動物の鳴き声と言った方がいいのかな?
けれど、動物はこの病院は入れていけないはずである。
あぁ、昨日寝苦しくて窓を開けて寝てしまったから、そこから鳥さんが迷い込んじゃったかな。
そんなことを考えながら、いつも通りナースのお姉さんが起こしに来てくれたのかと思い、隣を向く。
「……え?」
起きて一番最初に出た言葉は、たった一文字。
え。
日本語のたった一文字である。
詳しく伝えるなら五十音図において第1行第4段目のえ。
普通ならそんな言葉を出す筈はなく、出す予定もなかったのだけれど。
生まれてこの方病院の敷地から出たことが無い人が。
起きて最初に目に映したものが、見渡す限り青々と緑生い茂る木々であれば、出す予定の無い言葉が出てきても仕方のないことだと思う。
今まで白一色に染まり切り、辛うじて人工植物の緑を視界に映す程度だった僕の目は、雄大で幻想的な自然に溺れるように染まっていった。
周囲を呆然と見渡していると、先程近くで声を上げていた動物がいたことを思い出す。
「おー……」
視線を下ろすと、どうやら寝ていたのは朽ちて倒れた巨木の上だったらしく、そんな声がつい口を割って出た。
そしてそのまま視線を動かし、先程の声の主を探そうと周囲を見ると、巨木の洞から突き出たピンクの三角形が見えた。
この緑一色の自然の中でピンクと言うのはとても目立ちそうなものだけれど、とそこまで考えて脳裏を一瞬、警告色と言う言葉が過ぎる。
ナースのお姉さんがかなりの読書家で、少し借りて読んでいた本の中にそんな文字があったのを思い出す。
自然の中で目立つ色のものには危険なものが多く、触らない方がいいのだとか。
けれど。
けれど、今まで病室の外に満足に出られなかった僕が最初に興味を持ったものがそれで。
もちろん、危険とは知っているけれど。
触ってしまって、もしかしたら最悪死んでしまうのかもしれないけれど。
どうしても触りたかった。
一度、触ってみたいと思ってからは、その思いを止める事なんてできなくて。
ピンク色の三角形が動かない事を確認した僕は、木の幹から落ちないように俯せになると、恐る恐る蛇みたいに木の幹を這って進む。
ピンク色の三角形が手に届くところまで進むと、触ってみたいという気持ちが抑えられなくて右手を伸ばす。
ぷに
「わぁ……」
ついそんな声が出ていた。
人差し指でつついたそれは、柔らかく気持ちのいい弾力で指を押し返す。
そして、温かい。
ぷにぷに
楽しくなってつい何度も突いてしまう。
そうして何度か突いているとそれが少し震動した気がした。
「ん?」
見間違えとも思ったけれど、どうしても気になって見ているとそれが身震いするように振るえる。
「わぁ!?」
暫く振るえていたそれはピタッと震えが止まると、次の瞬間、勢い良く木の洞から飛び出した。
そして、驚きのあまり後ろに身体を逸らした僕はバランスを失うと、初めての浮遊感を感じながら木の幹から落ちていった。
初めての浮遊感に怖さを感じながら、背中に感じるであろう衝撃を想像して目を瞑る。
もしかしたら死んでしまうかも。
そんな想像をしてしまい、更に怖くなり無意識に右手を空に伸ばしていた。
なにかを掴みたい。
なにかを掴んで落ちなければいい。
けれど、伸ばした先にはなにも無くて、先程まで自分がいた場所とピンク色の三角形があった木の洞が見える。
その瞬間、胸一杯に広がったのはただ、あの初めて見たものを知りたいと言う思い。
そして、もしあれが生き物であったなら、仲良くなりたい。
そんな思いだった。
「……あれ?」
不思議に思った僕は今まで力一杯に閉じていた目を開ける。
いつまでたっても想像していたような衝撃を背中に感じる事は無く。
それどころか身体全体になにかに支えられている、ような感覚があるのである。
そして、目に映るのは不思議な青色の膜に包まれた自分の身体と、ゆっくりと近づく地面であった。
「え、え……えええ!?」
驚くのあまり全く考えがまとまらない中、地面に両足が着いた瞬間にその不思議な青い膜は消えていった。
「ビィ!」
地面に足を着けてからからも驚いたまま身体を見ていた僕の上からそんな声がする。
その声の主を探して顔を上げた僕の目の前に、妖精さんが舞い降りた。
2枚の小さな羽で空を舞うピンク色の身体の小さな妖精さんは僕の前まで来ると、その大きな目でこちらを見つめてきた。
「君が……助けてくれたの?」
ふと、自然に聞いていた。
絵本に出てきた、まだ物心つかない頃に病室で母が読み聞かせてくれた絵本に出てくる妖精さんなら、きっとさっきの魔法みたいなこともできると思うから。
なんの疑いもなく、そう聞いていた。
「ビィィィ!!」
自慢気に胸を張り、その場でクルッと一回転したかと思うと頷く妖精さん。
「やっぱり!妖精さんありがとう!わあぁぁぁ!妖精さんって本当にいるんだ!」
つい妖精さんの小さな手を掴むとぶんぶんと振っていた。
絵本に出てきた妖精さんにあえた喜びと、助けてくれた嬉しさと、とにかくありがとうを伝えたくて仕方なかった。
「ビ、ビィィィイイイ!?」
「わあああぁぁぁ!?」
妖精さんの手を振り過ぎたのがいけなかったのか、それとも嬉しさのあまり妖精さんの身体が上下するほど力が強かったのがいけないのか。
妖精さんがふらふらしたと思うとその身体が力無く落ちる。
それに驚きながらも腕の中にキャッチすると、地面を這う木の根に躓いたのか勢いよく転んでしまう。
「わ!?……ぁう……」
咄嗟に背中から倒れることで妖精さんを下敷きにしてしまうことを避けながら、背中に感じる痛みに目を瞑った。
痛みが引いてきたのを感じて、目を開けるとそこには妖精さんの大きな顔があった。
「ははっ、あはははははははは!!」
「ビィ、ビィリリリリィィィイ!!」
ついどちらからともなく笑っていた。
楽しくて、嬉しくて、笑っていた。
病院の外で会えた初めての友達が嬉しくて抱きしめると、妖精さんもその手で抱きしめてくれる。
それが僕の初めての友達との出会いだった。
僕は物心つく前からずっと病室にいた。
最初の頃は全く動けなくて、ナースのお姉さんに助けてもらいながら過ごしていた。
お母さんとお父さんはそんな僕を心配して何度も会いに来てくれて、僕が病院を歩けるようになると凄く喜んでいたのを思い出す。
けれど、何故かは知らないけれど。
お母さんとお父さんは、突然、会いに来てくれなくなった。
なんで?ってナースのお姉さんに聞くけれど、ナースのお姉さんは顔を暗くして、いつも決まったように仕事が忙しくて来れないんだよ、って言ってくる。
仕事が忙しいなら、しょうがないと思って、いつか今まで何もできなかった分、お母さんとお父さんの手伝いをしてあげるんだと言うけれど、それを聞いたナースの人はなんでかわからないけれど、とても悲しそうだった。
病院を歩けるようになってからは、お母さんとお父さんを驚かせようとナースの人に本を借りて少しずつ本当に少しずつ勉強を始めた。
いつか驚かせてあげるんだ、と知ることが楽しくて、読む事が楽しくて、本に夢中になっていった。
そして。
ぺちぺち
そして。
ぺちぺち
「ん……んん……」
ぺちぺち、ぺちん
「ふあぁぁぁ……んん」
「ビィィィイ」
目を擦りながら、大きく伸びをする。
起こしてくれたのは妖精さん。
「おはよう、ビィ」
どうやらあのとき、僕が突いていたのは妖精さんの頭の先の方だったらしく、突かれるとくすぐったいみたい。
伸びをして、僕を起こしてくれた妖精さんの頭を撫でる。
これが僕たちの一日の始まり。
木の根で自然にできた家から出て、近くの池で顔を洗う。
妖精さんは池に飛び込むと楽しそうに泳ぐ。
泳ぐ妖精さんを見ながら昨日取ってきた木の実を家から持ってくる。
「ビィ!」
「ビィィィイ!」
妖精さん池の近くまで持ってきて、妖精さんの名前を呼ぶと返事と共に妖精さんが飛んでくる。
妖精さんは嬉しそうに赤い木の実を両手で掴むとその口でパクリと食べていく。
一つ、また一つと妖精さんは夢中になって食べていく。
そんな嬉しそうな妖精さんを見ながら、僕も一つ大きなピンクの木の実を掴むと大きく口を開けて頬張った。
甘い。
柔らかく、甘い木の実の味が口にじゅわっと広がる。
その味に自然と笑顔になりながら食べていると、こちらをじーっと見ている妖精さんが。
食べたいのかな、とそう思って食べかけの木の実を妖精さんに渡すと、妖精さんが一齧り。
すると妖精さんも笑顔になって僕の手から木の実を受け取ると瞬く間に食べてしまった。
「もう一つあるよ。」
そう言って妖精さんに同じ木の実を差し出すと妖精さんは嬉しそうに食べ始める。
そういえば、妖精さんの名前がわからなかった僕は、妖精さんをどう呼んでいいのかわからなかった。
それでも名前は必要だから。
妖精さんがいつもビィ、と言っているものだから、名前を考えるよりも先にビィ、と妖精さんに言っていた。
それを聞いた妖精さんが喜んだから、妖精さんにビィと名前を付けることにしたんだ。
僕がここに来てから多分1年くらいが経ったと思う。
その間、たくさんのことを見ることができた、体験することができた。
病院の窓からしか見れなかった雪に触れることができたし、森の動物達と一緒に暖を取って寝ることもできた。
それからまた森が雪化粧から緑一色に変わるのをみることもできた。
森の動物たちと仲良くなることもできた。
色々知らなかったこと、本でしか見れなかったことを知ることができた。
たくさんのできたことがある。
けれど、どうしても一つだけ。
後、一つだけ。
どうしてもやりたいことがある。
それは、冒険。
本に出てくる人は、たくさんの場所を仲間と一緒に冒険する。
嬉しいこと、楽しいこと、いっぱいある。
もちろん、悲しいこと、辛いこともあると思う。
それでも、僕は冒険がしたい。
初めての友達のビィと一緒に。
「一緒に冒険したいね、ビィ」
「ビィ?ビィィィイ!」
つい、それは口に出てしまったけれど。
それを聞いたビィは嬉しそうに笑ってくれた。
作者、このポケモンが大好きです。
そして、このポケモンの映画で大号泣した記憶もあります。
あれは泣く。うん。
では、1話目。
読んで頂きありがとうございます。