本作品にはタグにもある通り艦娘が登場しません。
いわゆる『艦娘以前』を描く作品です。
その割に通常兵器は効いちゃうし、ん? と思えるような描写があるかもしれません。
さらに作者独自の世界観。設定などが登場してしまいます。
・・・もしそれでも良い、というのであれば、先へお進みください。
1/8 読みづらいルビの変更、敵寸法の変更(長さ7m、直径3m程→長さ5m、直径2m程)
1/12 まさかの日数計算間違い・・・各タイトル変更
照明が落とされる、ゆっくりと、しかし夕日が沈むような柔らかさは存在しない。それと同時に後ろの扉がロックされた。完全防音の上にここの施設は電波暗室だ。情報の漏洩は絶対にありえない。あってはならない。
「海軍幕僚長補佐官の飯田です。作戦の概要を解説します」
床を照らす最小限の灯りが飯田と名乗った軍人の輪郭を浮かび上がらせている。彼はゆっくりと息を吐き、自分に十分注意が向いていることを確認してから話し始める。
「まず、理解しておいて欲しいのは、只今から説明する作戦はあくまでも遅延作戦だということです。解決策ではありません」
彼の後ろ、この部屋に四面ある壁の一つがスクリーンになる。機材の更新が進んでない旧式プロジェクターが壁に投影するのは大きな日本周辺の地図だ。台湾から樺太まで全てが映し出される。
「今作戦は、先日発生した琉球諸島事変で回収されたデータを元に立案されました。まずこちらをご覧下さい」
壁に投影された日本地図の紀伊半島あたりに小さな(といっても壁全体に投影しているのでかなり大きいが)窓が開き、映像が流れ始める。
内地では見ることのできない空色の水平線、画面端には撮影地が沖縄であることを示す文字が添えられているがそれを気に止める者はいない。なにせ情報統制で一切公開されていない映像なのだ。大の大人、それも相当な高官たちが文字通り食い入るように画面を見つめる。
空色の海を隠すかのようにどす黒い色がにわかに広がり始める。知る者は船から漏れ出した黒い油が広がってゆく様子を思わせるものだが少し違う。海底を這うように広がっているのだ。
徐々に広がる速度が加速したと思ったのもつかの間、にわかに海面が沸き、白い飛沫を上げながら黒色のそれが飛び出した。
それとほぼ同時に、無機質な、しかし流石に戸惑いを隠せない無線が聞こえる。おそらく76式機動戦闘車搭載のカメラなのだろう。やや響くように聞こえるのは仕方ない。
『連隊長より各小隊長へ、発砲を許可する。統合射撃システムに従い、順次対象を無力化せよ』
僅かな間を置き、画像が揺れる。
『発砲―開始、てぇ!』
画面が揺れ、そして赤い塊が画面端から中心へと飛び出す。搭載されている105mmライフル砲からの射撃だ。それに続くように周りにも大量の赤い塊が飛んでゆく。
そして、その大半が外れることなく着弾。いや、もしかするとすべて着弾したかもしれない。しかしそれは決して装輪車である本車両の命中率をあげようと努力した技術陣を喜ばせる結果ではない。
「・・・」
水平線を覆い尽くすような、いや実際に覆い尽くされている。数が多すぎるのだ、外れる道理がない。
ここで画像が拡大される。観測手がカメラの倍率を上げたのだろう。
「なんだこれは・・・」
画面を見る者たちから声が漏れる。実際にこの映像を見ていた観測手も同じ感想を持っていたであろう。その画面に映ったのはまさに異形の行進であったからだ。
それにしても、本当によく報道規制ができたものだ。飯田は役職すらわからない人の顔を思い浮かべる。沖縄本島に何人民間人が住んでいるだろうか、今の時代は携帯電話なども普及している。どうやってシャットアウトしたのか本当に不思議であった。
しかしまあ、報道規制するということは沖縄からの情報が全く入らなくなってくるというわけで、既に国民の一部は何かがおかしいことに気づいているだろう。
いずれにせよ、今日明日には報道を行わねばならない。それも政府の公式談話付きで。そうひとりごちてから飯田は異形たちが105mmの砲弾で次々と倒れ、しかしそれ以上の物量で迫ってくる様子を凝視する高官たちを見た。自分も確かに高官のうちに入るだろう、しかも彼らはただの高官ではない。議会に各省庁に、財界に太い繋がりがある。彼らには守らねばならない利益と約束があり、この自分も決して例外ではない。
果たしてこれから飯田が提案しようとする作戦、承認を得られるかどうかすら怪しい。
『各隊、第一補給地点まで順次退避せよ』
号令がかかり、弾幕が少し薄くなる。やつらが沿岸に近づきすぎたか、もしくは機動戦闘車の弾薬が切れたか。いずれにせよ、この時点を持って水際防衛は放棄された。琉球諸島事変以前の事件、そこから得られた奴等に関する僅かなデータから考えれば、無理に水際で防ごうとせず内陸部に誘導して殲滅、という案は現実的であり効率的だっただろう。
さてここから先は長くなるのでカットされることが決まっている。砲塔が海岸に背を向け、海が見えなくなったところで飯田は映像を切った。
「このように奴らは一箇所に大量の戦力を投入し、防衛線の正面突破を挑んできます。残念ながら、琉球諸島事変で攻め込んできた個体の数ですら、陸軍の全火砲をもってしても支えきることは不可能でしょう」
陸軍関係者の間に少しざわめきが走る。もちろんこちらはやつらの沿岸での速さと陸軍の火力を吟味した上で言っているのだが、南印から満州まで幅広く展開し、三軍の中でも最大勢力を誇ると勝手に自負する陸軍としてはショックだろう。数を数え間違えたのではないか、という声も上がるに違いない。
「失礼、飯田海幕長補佐。君は今陸軍の全火砲といったが、それは南西方面軍の間違いではないかね」
やはり反論が出た、人が話している途中だというのに。ちなみに南西方面軍とは沖縄諸島から九州南部の防衛を司る陸軍部隊である。島嶼防衛が中心となるため、戦車の類は配備されず、近接戦闘では先ほどの機動戦闘車が主力となる。あれは歩兵直掩の兵器のはずなのだが・・・
一瞬だけ海軍幕僚長の顔を確認、問題なし。飯田は答える。
「申し訳ありません。沖縄諸島には面積比で言えば30倍、いやそれ以上の兵力が集結しているのにも関わらず敗北したのでどんな部隊を以てしても正面での勝利は見込めないだろうと考えてしまいました。確かに日本陸軍170万が全て沖縄本島に駐留していたなら勝利の見込みもあったかもしれません」
飯田はさも今思いついたかのように言う。あんな小さな島にどうやって170万の兵力を――――それの中には機甲師団なども含まれているのに――――駐留させるというのか。
相手が沈黙したのを確認してから、続けますと小さくしかしはっきりと宣言し、飯田は投影された日本地図を仰ぎ見た。その瞬間、地図の一部が拡大される。沖縄諸島だ。
「しかし、彼らの行動には非常に不可解な点がありました。ひとつ――――」
ここで琉球諸島事変という『事変』の解説をしておこう。
知っての通り沖縄・・・琉球は極東の軍事バランスに大きな意味を持つ、日本と中華民国を繋ぐ琉球孤島は両者を結ぶ糸であると同時に人民共和国の膨張を押さえ込む鎖でもある。海上に浮かぶその島は東シナの不沈空母となり、大陸からは遠すぎるため直接上陸されるリスクも少ない。さらにはその適度な広さが基地の拡張性を高め、重爆撃機の発進基地であるだけでなく日米中の他、
しかしまあ、それも今となっては過去の話、東西の融和により沖縄の軍事色は一段階だけとはいえど後退し、観光資源の開発も進んでいた。もちろん島の5分の1が軍事基地を占め、戦略爆撃機や『特殊弾頭』を収めた
それが2022年3月1日、唐突に『陥落』した。
「――――やつらはいざ上陸すれば目標めがけて走ってゆくというのに、上陸地点はわざわざ嘉手納周辺を選んだのか、ということです。確かに航空基地や誘導弾保管庫が集中している中部を先に押さえられたのはその後の行動に多少の影響は及ぼしたでしょう。ですが上陸を許した時点で既に航空機は整備中を除いて退避済み、大型弾道ミサイルや『特殊爆弾』も封印するまで十分な時間がありました。さらにやつらの上陸後の行動を考えるとやつらが行きたかったのは那覇市のはず。なぜ南部ではなく中部に、それも太平洋側ではなく東シナ海側から上陸したのでしょうか」
無論答える者はいない。
「二つ目の不可解な点は、彼らの陸上での活動時間の短さです。確かに那覇市街への侵入を許すまでに7時間も持ちこたえたのは現場の努力あってこそでしょう。ですが考えても見てください。長さ5mの巨体を持ちながら時速50km近くの高速で突撃してくるやつら相手にそもそも戦線の構築など可能でしょうか」
不可能だろう。1体、2体ならともかく水平線を覆い尽くすような数だ。それ以前に長さ5m、直径2m程の塊が時速50kmで突っ込んでくるなんて、まるで砲撃の嵐を浴びるような気分だろう。しかもそれが黒光りしているとなれば、いよいよ砲弾の嵐、飯田の視点で見れば魚雷の群れだ。そんなもの相手に戦『線』を構築するなんて不可能である。
「事実、僅かな報告は戦線が突破されるまでは、浸透してきた相手を取り囲むようにして撃破することが可能であったとあります。しかしそれは敵が少数で突出してきた時の話であり、面で迫ってくる彼らを線で防ぐことは不可能」
そうして突破された防衛線は孤立した『点』となり、たちまち各個撃破されてしまうだろう。
「だが守備隊は八時間『も』持ちこたえた。それはやつらが各個撃破しなかったからです。こちらをご覧ください」
その言葉とともに壁の沖縄諸島に様々な線が描かれ始める。それには統一性こそなかったが、全てU字を描いているように見えた。
「この線は我が軍の偵察衛星『千里眼Ⅵ』によるやつらの主な侵攻ルートです。上陸したあとのルートはどれも人口密集地帯・・・つまり南部を目指していたようですが、どれも途中で引き返すかのような動きをとっています。そして最初の上陸、つまり沖縄県読谷村付近以外の箇所に上陸するときは、必ず我が方の部隊が壊滅した、つまりやつらが制圧した地域に上陸していました。信じられない話です。仮にこれらの群れが同時に島の四方から上陸していたら、陸軍はここまで長く持ちこたえることはできなかったでしょう」
今回の事変における最大の謎は、なぜ第一波以降は既に制圧された地域にしか上陸しなかったのか。ということである。奴らの力を持ってすれば強襲上陸は簡単であっただろうし、第一波がそうであったように場所を選ぶこともできたはずである。例えば那覇市街。ここに上陸されればいよいよ指揮系統は混乱したに違いないし、各部隊も『市民の保護』を行わねばならなくなる。こちらの都合ではあるが情報統制もここまで完全には行えなかっただろう。
なにより、那覇に上陸すればやつらの目的もより達しやすかったはずだ。
「やつらにとってはむしろ全方位からの攻撃が好ましかった。どの群れも、上陸してから30分以内に再び海に戻っているからです」
悲しきかな、これが今回の事変におけるこちらの戦果――――日本軍米軍、いやなにより100万を超える市民の屍を築かされ、掴まされた戦果――――だった。やつらはおおよそ30分以上陸に居続けることはできない。もちろん貴重な情報だ。彼らの大群がはるばる満州の奥地にまで来ることはないのだから。
・・・もちろんこの情報がブラフである可能性はある。どんな可能性も妄想の中では存在するのだ。やつらがこちらに『30分しか行動できない』と思い込ませたい?まさか。行き過ぎた想像は考えを鈍らせるだけだ。
そこまで一気に話した飯田は一度息を止め、それから吐いた。そして確認するようにゆっくり一言。
「ここから先は、全て仮定の話になります」
部屋の中が静かになった、くるくると回る換気扇と電子機器を冷却しようとするファンの音だけが響く。
飯田がこの場にたった時点で作戦は完成しているはずだ。仮想敵が共通したものになって以来
ではなぜ今になって仮定の話をするのか。誰かがそう思ったとき、飯田は口を開いた。
「
「二次大戦中、米軍が立てた沖縄上陸作戦だ」
セリフが決まっていたかのように口を開いたのは富岡陸軍少将、続けて
「結局
「彼らの作戦と完全にとは言えませんが一致します。中部に上陸、南部の主力を撃破後、北部の部隊を掃討する・・・」
飯田の話はそこで中断される。空軍の一人が待てと声を張り上げたからだ。
「確かに人口が集中しているは今も南部だが、戦力自体は北部の方が充実している。彼らは司令部の撃破ではなく『餌』を求めて南下しただけ、そんな過去の、しかも紙の上で終わった作戦は関係ない」
飛行士上がりの幕僚だ。現場が全ての彼はこの妄想話が正しくなろうとしているこの場に拒絶反応を起こしたのだろう。念のため言っておくがこの反応が正常だ。
「自分もあくまで仮定のこととしてしか考えていません。今与えられている状況を都合よく説明するならこれがちょうど良い。ですが、沖縄の守備隊が一日持たずに皆殺しというこの現状。戦略兵器など投入されていないのにも関わらず、です。私はこれが一番納得いかない」
ゆっくりと、ただし力強く主張する飯田。今起きている事態はただ事ではなく、そう簡単に説明をつけられるものではない。通常の考え方にとらわれるなと訴える。ほんのわずか一瞬。しかし飛行機乗りなら生死を分けるぐらいには長い一瞬、二人は睨み合った後、
「君は琉球諸島事変の話をして何が言いたいのだ、飯田海幕長補佐官」
空軍が仕掛けてきた。彼は一歩前に出て周りにもしっかりと聞こえるよう声を張り上げる。自らの主張を訴える政治家のように。
「やつらと我らの間に圧倒的な戦力差があるのは明白。そして、陸軍はおろか海軍も十分な抵抗ができなかった。いちばん重要な事実はそこなのではないかね?」
こんなところで不毛な言い争いを展開しようとする空軍も空軍だが、彼らにしてみればまたしても海軍が指揮を取ろうとしているのが気に食わないのだろう。もともと成立の経緯から体質が違うのだ。ここの根回しが完璧でないあたり、時間が足りなかったのが伺える。
「海軍として行った戦闘は突発的であり、奇襲攻撃といっても差し支えないものでした。そして交戦戦力も駆逐艦のみ、水上での戦闘能力に関しては未だ未知数と言わざるを得ません」
「そうやって
「私は今回の件で陸軍をもっとも評価すべきと考えます。事実彼らの遅延作戦のおかげでわずか数万とはいえ市民の脱出が成功している」
さらりと陸軍を立てる飯田。それが間違いない事実。そしてどのみち、海軍が主役になれないことは分かっている。敵の本陣は海なのだから。それを確信するだけの情報が集まったのはひとえに沖縄守備隊の奮戦と駆逐艦雷、後ろ指を指されようとも逃げ帰り、貴重なやつらの水上活動映像、各種データを持ち帰った駆逐艦時雨。基地航空隊の哨戒機が退避せざるを得ない状況の中、素早い航空索敵でやつらの上陸タイミングと場所を直前とは言え正確に割り出すことに成功した第二機動艦隊の空母日向とその乗員たち。海軍としてはあの状況下で充分やっとと言える内容のはずだ・・・もちろんこれを海軍びいきと言われればそれまでなのだが。
「むしろ私は『展開すら叶わなかった』空軍の即応作戦能力に疑問符を付けざるを得ません」
返す言葉はない。空軍は稼働機を全て九州に避難させる作業に夢中で、展開していた早期警戒機まで引き上げさせてしまったのだ。しかも
「質問に答えます。私が琉球事変の話をしたのは先程も申し上げたとおり
「つまり海軍はつまらない妄想に囚われ、本土防衛の要がなくなった今、決戦地は本土にすべし、とでも言いたいのか?ふざけるのも大概にしてもらいたい」
非難の声に、無言の同意と圧力がかかる。三軍いづれかの軍や自国の権威がかかってるというわけではない。冷静な判断として、ありえない。信じられない。
「・・・こちらを見ていただければ、納得していただけると思います」
まるで見せたくないものを見せるかのような表情で指示を出す飯田。どうせ初めからこのタイミングで出すつもりだったんだろ、というような表情を一部の将官がするが、次の瞬間彼らは壁に投影された写真にのみ向けられることになる。
「・・・対処は・・・?」
「既に日向の航空隊がこれを爆撃しています。おそらくほかの国には察知されていないでしょうが・・・衛星がある以上なんとも」
広がっていった怒りとざわめきが次第に収まってゆく、人は何かの感情に囚われた状態では正常な判断が下せないものだし、なによりこれは高度な政治問題として扱われるべきだ。軍人の関われるようなことではない。そっち方面の処理は政治屋に任せよう、ということで落ち着いたのだ。
「・・・政府も徹底抗戦の構えなのだな」
待っていたかのように確認を取る統合幕僚長。飯田は強く肯定する。彼はもちろん情報を知らされていたが、ここで全体に確認をとったのだ。
「・・・飯田くん、話を続けたまえ」
再び、視線が一点に集まった。
一応用語解説
『ソビエト・ヨーロッパ』(赤欧)
・ソビエト連合を構成する一国。首都はパリ。公用語はなし。
『SEATO』(東南アジア条約機構)
・日米英を中心とした軍事・経済同盟。
『76式機動戦闘車』
・2016年制式採用の装輪装甲車。105mmライフル砲を装備。76式は神武暦での採用年である2676年より。
『特殊弾頭』
・それ以上でもそれ以下でもない。