模倣の決号作戦(改稿前)   作:帝都造営

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X-244days【改】

 ――――西暦2022年3月1日。沖縄本島――――

 

 

 

「よーし、止めろ」

 

 僅かなブレーキ音を響かせて八輪のタイヤが動きを止めた。残るのはエンジンのアイドリング音。

 

 

 青色の空。沖縄本島のシナ海側には波が緩やかとは言え確かに押し寄せ、海岸沿いの通りを離れればその自然にすぐ触れることが出来る。

 この日本という国においては南方に位置する県となる沖縄だが、流石にまだ三月の初頭。暖かいとは言えないものの、寒いと表現できないほどに春が訪れていた。

 

 ここは読谷村――――いや、嘉手納基地と言ったほうが分かりやすいだろうか。アジア最大の航空基地とも謳われる嘉手納基地。2003年に解除されるまでは陸空軍の要塞地帯であったこともあり、沖縄中部はもっとも軍事色の強い地域である。今では観光地としての利用も始まっている沖縄がここまでの要塞と知れば誰もが驚く……いや、沖縄といえばSEATO(東南アジア条約機構)の中で最も各国軍の交流が盛んな場所だ。むしろ観光地化が順調に進んでいることに驚く関係者の方が多いかも知れない。

 

 

「第二小隊、配置完了、送れ」

 

『了解、指示あるまで待機、終わり』

 

 インカムで報告を終えた小隊長は、愛用の双眼鏡を撫でながら息をついた。目の前に広がるのは海、海、ただ海。ここ沖縄はプレートの境目に出来た典型的な弧状列島だ、大陸からは数百キロ離れているわけで、何が悲しくて海を眺めなければいけないのか。

 

「小隊長」

 

 と、声が聞こえた。インカムからではない。

 

「どうしたぁ?」

 

 小隊長が声をかけるのは自分の部下であり、この車両の運転手を務める陸軍軍人。

 

「こんな湾岸にいたら、敵さんに撃てと言っているものじゃないですかね?」

 

 全くもってその通りだ。水際防衛とはよく言ったものだが、あれだって別に海岸で戦うという意味ではない。何にも隠れることなく部隊を展開させれば、まず巡航ミサイルやら航空攻撃で全滅してしまう。

 

「上の命令だ、仕方ないだろう!」

 

 

 

 数十分ほど前、沖縄の防衛を司る自衛陸軍の南西方面軍司令部に緊急通報があった。なんでも、海軍の駆逐艦がやられたとかなんとか。やられた海軍の駆逐艦はつい最近派遣された第二機動艦隊の所属艦らしい。

 確かに最近急増する貨客船への破壊行為――――破壊行為といっても、被害にあった船は全て沈んでしまっている――――を防ぐべく、第二機動艦隊が派遣されたというニュースは聞いていた。聞いていたが……まさか返り討ちにされるとは。

 

 

 

 駆逐艦の撃沈ポイントは沖縄から目と鼻の先。それを受けて南西方面軍は沖縄に展開する全部隊に緊急配備を命じたわけなのだが……。

 

「我々を浪費したいんですかね?」

 

「まさか、俺らはともかく、この車両は結構な値打ちだぞ?」

 

 正直こんな馬鹿げた配置を言い渡す司令部はどうかしている。この76式装輪装甲車は間違っても海岸線で遊ばせておくべき戦力ではない。装備する105mm滑空砲は120mmを備える70式戦車にも侵徹力でなら負けないし、道路整備が済んでいる沖縄であればこの八輪タイヤが叩き出す巡航100km/h超の快速を存分に生かすことができる。

 

 ……しかし、だ。よくよく考えたらなぜ陸軍が展開する必要があるのだ? 貨物船を破壊しているのはソビエトの潜水艦ではなかったのか? 満州里条約でウラジオストクへの潜水艦配備は禁じられているとは言っても、海軍が敵潜を取り逃がしているという疑惑もあったではないか。

 小隊長はそんなことを考えたが、その疑惑に答える者はいない。

 

 代わりに、新しい指示が入る。

『全車両へ、南西方面軍より発砲許可、初弾装填』

 

 発砲許可は珍しいことではない。21世紀に入っても満露国境は緊張感に満ち溢れているし、21世紀が宥和と世界平和だけの時代でないことはこの20年で証明済みだ。

 

 それでも、沖縄という後方支援基地での発砲許可は、まあ気持ちのいいものではなかった。

 

「榴弾装填します!」

 

 装填手がデバイスを操作、自動化された機構が榴弾を砲身へと送り込む。

 

 

「……」

 

 次の瞬間、小隊長は息を飲んだ。

 

 海を濁らせるかのようにどす黒い色がにわかに広がり始める。知る者は船から漏れ出した黒い油が広がってゆく様子を思わせるものだが少し違う。それは海底を這うように広がっていくのだ。

 

 

『各員へ……これは訓練ではない』

 

 インカムからの声も重々しい。小隊長は再び双眼鏡を持ち上げ、そして双眼鏡を支える自分の手が震えていることに気づいた。

 

『全力をもって、敵勢力の排除に努めよ』

 

 敵勢力? 何が来るというのだ。東側の新兵器ということか?

 

 

 刹那、にわかに海面が沸き、白い飛沫を上げながら黒色の『それ』が飛び出した。

 

 

「……」

 

『統合射撃システムに従い、順次対象を無力化する』

 

 それは一つではない、二つ三つ、数で数えられるものではない。姿は遠目に見てもおぞましい、そんな空気を纏っていた。

 

『発砲―開始、てぇ!』

 

「撃て!」

 

 車両が震える。飛び出す真っ赤に熱せられた塊が、この車両から、周囲から一斉に飛び出す。

 

 そして、その大半が外れることなく着弾。いや、もしかするとすべて着弾したかもしれない。しかしそれは決して装輪車であるこの車両の命中率をあげようと努力した技術陣を喜ばせる結果ではない。

 

 

「……なんだ、これは」

 

 着弾の炎が上がり、その後に残されたのは、波。そう波である。既に水平線を覆い尽くさんばかりの『それ』がこちらめがけて突っ込んでくるのである。

 

 続けて装填、発砲、着弾。『それ』の数は減るどころか増え、距離は余計に縮まった。人海戦術(human wave)という言葉があるが、『それ』はヒトでなく、またヒトが創造したものにも見えなかった。

 

 

『各隊、第一補給地点まで順次退避せよ』

 

 

 その無線を皮切りに、最悪の撤退戦が始まるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ここから先は長くなるのでカットされることが決まっている。車載カメラが取り付けられている砲塔が海岸に背を向け、海が見えなくなったところで映像は切られた。

 

 

 スクリーンとしての役目を果たしているのはこの部屋を囲っている四面の壁の一つ。映像を映し出していた窓が消えると、再び日本全土を網羅する地図が表示される。

 

 映像が終わってしまえば残されたのはその余韻だけ。電波すら遮断するこの部屋に入っているのは陸海空軍の高官ばかりであったはずだ。しかし沈黙が漂う。

 

 それほどに、これが異常な映像であったということだ。

 

 それを切り裂くように一人が口を開いた。床を照らす最小限の灯りで見る限り、この中ではかなり若いように思われる。といっても40ほどだろうか。

 

「このように……奴らは一箇所に大量の戦力を投入し、防衛線の正面突破を挑んできます。残念ながら、琉球諸島事変で攻め込んできた個体の数ですら、陸軍の全火砲をもってしても支えきることは不可能でしょう」

 

「失礼、飯田海幕長補佐」

 

 沈黙を破り、直ちに上がる反論。人が話している途中だというのにだ。

 

「君は今陸軍の全火砲といったが……それは南西方面軍の間違いではないかね」

 

 しかしそれはある意味当然。日本国自衛陸軍はその規模70万、南印から満州まで幅広く展開し、三軍の中でも最大勢力を誇ると勝手に自負する組織だ。それを海軍軍人に、しかも40代の若造に言われては堪らないことだろう。

 ちなみに南西方面軍とは沖縄諸島から九州にかけての防衛を司る方面軍。島嶼防衛が中心となるため、戦車の類は配備されていない。近接戦闘では先ほどの76式装輪装甲車が主力となる。

 それ故に、陸軍としての『琉球諸島事変』は不完全燃焼に終わった……と言いたい訳だ。

 

 もちろん不完全燃焼であろうとなんであろうと、沖縄諸島が全滅したという事実は変わらない。しかし重要なのは終わった結果でない、これからだ。

 

 沖縄は『奴ら』に占拠された。その異常性、一から百まで謎に包まれた『奴ら』の存在。これまでの貨客船破壊から遂に地上へと進出してきたという紛れもない事実。

 それを考えれば、今後も戦いは続くのだろう。となれば、肝心なのは誰が主導権を握るか、である。

 

 今文句を付けてきた陸軍としては、ここで主導権が欲しいと考えてもいるのだろう。

 

 

 飯田海幕長補佐官はここで一瞬だけ海軍幕僚長の顔を確認、問題なし。

 

「申し訳ありません。沖縄諸島には面積比で言えば30倍、いやそれ以上の兵力が集結しているのにも関わらず敗北したので、どんな部隊を以てしても正面での勝利は見込めないだろうと考えてしまいました」

 

 矢継ぎ早に、かつ無遠慮に情報を並べて、飯田はそこで一度間をあけた。それから表情も、声色も変えることなく次の言葉を繰り出す。

 

「確かに……日本陸軍70万が全て沖縄本島に駐留していたなら、勝利の見込みもあったかもしれません」

 

 さも今思いついたかのような飯田の発言。あんな小さな島にどうやって70万の兵力を――――それの中には機甲師団なども含まれているのに――――駐留させるというのか。

 

 相手が沈黙したのを確認してから、続けますと小さくしかしはっきりと宣言し、飯田は投影された日本地図を仰ぎ見た。それに合わせ、地図の一部が拡大される。沖縄諸島だ。沖縄諸島は大小約100ほどの無有人島で構成され、知っての通り沖縄県に属する群島だ。

 

 また、沖縄が日本政府、というよりか西側諸国にとって沖縄は重要な場所である。日本と中華民国を繋ぐ琉球弧は単に両者を繋ぐ糸ではない。それは人民共和国の膨張を抑える鎖であり、東シナ海の不沈空母である。大陸から程よく離れているゆえに上陸を受ける危険性も少なく、沖縄本島の持つ適度な広さは基地を拡張するにもってこいの場所。

 

 故に、日本が所属する東南アジア条約機構(SEATO)はここを北アジア安定の要石(キーストーン)として整備を急いだ。当初は重爆撃機の配備拠点として整備が進んでいたはずの沖縄基地は気付けば自国民にすら移動制限がかかるほどの尋常でない警備体制が敷かれ、それは追い詰められた自由主義の象徴とも言われるほどであった。もちろんそれを言うのは東側諸国のプロパガンダだけだったが。

 

 

 しかしまあ、それも今となっては過去の話、東西の融和により沖縄の軍事色は一段階だけとはいえど後退し、観光資源の開発も進んでいる。もちろん島の5分の1が軍事基地を占め、戦略爆撃機や『特殊弾頭』を収めた大陸間弾道ミサイル(ICBM)が配備されている現状は変わらないが、ようやく平和な姿へと変貌していっていたのは確かだ。

 

 

 それが2022年3月1日、唐突に『陥落』した。

 

 

 陸軍は駐留していた同盟国軍と共に消滅。海軍は駆逐艦一隻を喪失。相手は国ですらないというのにこの損失である。

 

 そして何より、100万に上るとみられる民間人の行方不明者を出した。これは受け止めないわけにはいかない事実だ。

 

 その事実は重い。

 

 

「……話を戻します」

 

 確認するように飯田が言うと、再び空気が張り詰めた。

 

 

「確かに、沖縄を占拠した勢力の動きは早かった」

 

 それは間違いない。

 

「しかし、彼らの行動には非常に不可解な点がありました。ひとつやつらはいざ上陸すれば目標めがけて走ってゆくというのに、上陸地点はなぜわざわざ嘉手納周辺を選んだのか、ということです」

 

 嘉手納といえばアジア最大の航空基地。当然警備も硬い。もちろん、そんな嘉手納も落とすのが奴らなのだが……。

 

「確かに航空基地や誘導弾保管庫が集中している中部を先に押さえられたのはその後の行動に多少の影響は及ぼしたでしょう。ですが上陸を許した時点で既に航空機は整備中を除いて退避済み、大型弾道ミサイルや『特殊爆弾』も封印するまで十分な時間がありました」

 

 一応の資料を表示するように航空機の退避状況や弾頭の封印など、嘉手納放棄までの行動が時系列順に表示される。駆逐艦の犠牲は痛手ではあったが、この犠牲がなければこういった嘉手納放棄への流れもここまでスムーズではなかったことだろう――――そういう意味では、必要な犠牲だったのかも……いや、こんな言い方はよくないか。

 

 しかし何より問題なのは嘉手納放棄後、即ち奴らに上陸を許した後の話なのだ。

 

「さらにやつらの上陸後の行動を考えるとやつらが行きたかったのは那覇市のはず……なぜ南部ではなく中部に、それも太平洋側ではなく東シナ海側から上陸したのでしょうか」

 

 無論答えるものはいない。なんせ相手はこれまでソビエトだの人民共和国だの言われてきた謎の存在。SEATOは特設掃海群という一応の潜水艦対策を打ち出してはいたが、犯人の尻尾も見ない状況が続いてきたのだ。

 

 

「二つ目の不可解な点は、彼らの陸上での活動時間の短さです」

 

 背後に別の画面が表示される。市町村別の避難命令の発令、そして戦線の後退を示したものだ。

 

「確かに……那覇市街への侵入を許すまでに7時間も持ちこたえたのは現場の努力あってこそでしょう。ですが考えても見てください。長さ5mの巨体を持ちながら時速50km近くの高速で突撃してくるやつら相手にそもそも戦線の構築など可能でしょうか」

 

 不可能だろう。1体、2体ならともかく水平線を覆い尽くすような数だ。

 

 それ以前に奴らの図体は馬鹿デカい。長さ5m、直径2m。

 

 そんなの塊が時速50kmで突っ込んでくるなんて、まるで砲撃の嵐を浴びるような気分だろう。しかもそれが黒光りしているとなれば、いよいよ砲弾の嵐。そんなもの相手に戦『線』を構築するなんて不可能である。

 

「事実として僅かな報告によれば、戦線が突破されるまでに単独で浸透してきた相手を取り囲み、そして撃破することは可能であったとあります」

 

 倒せはするのだ。倒すだけなら。

 

「しかしそれは敵が少数で突出してきた時の話であり、面で迫ってくる彼らを線で防ぐことは不可能」

 

 そうして突破された防衛線は孤立した『点』となり、たちまち各個撃破されてしまう。

 

「だが守備隊は八時間『も』持ちこたえた。それはやつらが此方を各個撃破しなかったからです。こちらをご覧ください」

 

 

 

 その言葉とともに壁の沖縄諸島に様々な線が描かれ始める。それには統一性こそなかったが、全てU字を描いているように見えた。

 

「この線は我々が共同運用している偵察衛星『千里眼Ⅵ』によるやつらの主な侵攻ルートです。上陸したあとのルートはどれも人口密集地帯……つまり南部を目指していたようですが、どれも途中で引き返すかのような動きをとっています。そして最初の上陸、つまり沖縄県読谷村付近以外の箇所に上陸するときは、必ず我が方の部隊が壊滅した、つまりやつらが制圧した地域に上陸していました。信じられない話です。仮にこれらの群れが同時に島の四方から上陸していたら、陸軍はここまで長く持ちこたえることはできなかったでしょう」

 

 今回の事変における最大の謎は、なぜ第一波以降は既に制圧された地域にしか上陸しなかったのか。ということである。奴らの力を持ってすれば強襲上陸は簡単であっただろうし、第一波がそうであったように場所を選ぶこともできたはずである。例えば那覇市街。ここに上陸されればいよいよ指揮系統は混乱したに違いないし、各部隊も『市民の保護』を最優先で行わねばならなくなる。こちらの都合ではあるが情報統制もここまで完全には行えなかっただろう。

 なにより、那覇に上陸すればやつらの目的もより達しやすかったはずだ。

 

「やつらにとってはむしろ全方位からの攻撃が好ましかった。どの群れも、上陸してから30分以内に再び海に戻っているからです」

 

 悲しきかな、これが今回の事変におけるこちらの戦果――――日本軍米軍、いやなにより100万を超える市民の屍を築かされ、掴まされた戦果――――だった。

 

 やつらはおおよそ30分以上陸に居続けることはできない。

 

もちろん貴重な情報だ。彼らの大群がはるばる満州の奥地にまで来ることはないのだから……もちろんこの情報がブラフである可能性はある。どんな可能性も妄想の中では存在するのだ。やつらがこちらに『30分しか行動できない』と思い込ませたい?まさか。行き過ぎた想像は考えを鈍らせるだけだ。

 

 なんせ、奴らは上陸箇所を限定することで遊んでいる連中。我々を下に見ているつもりか?

 しかし飯田は、いや正確には「飯田たち」は、そうは考えていなかった。

 

 

「ここから先は、全て仮定の話になります」

 

 

 部屋の中が静かになった、くるくると回る換気扇と電子機器を冷却しようとするファンの音だけが響く。

 飯田がこの場にたった時点で作戦は完成しているはずだ。仮想敵が共通したものになって以来陸海軍(両者)はそこまで対立していないし、三軍統合幕僚会議(ここ)も話し合いの場ではない。最終確認を行う場所だ。飯田は海軍の所属だが、ああ見えて陸軍とのつながりも強い。上の方だけなら話は全て通っているはずだ。

 

 ではなぜ今になって仮定の話をするのか。誰かがそう思ったとき、飯田は口を開いた。

 

「氷山(アイスバーグ)作戦をご存知ですか?」

 

「……二次大戦中、米軍が立てた沖縄上陸作戦だ」

 

 セリフが決まっていたかのように口を開いたのは富岡陸軍少将、続けて

「結局赤欧ソビエト・ヨーロッパの成立で中止された。確か作戦開始日が……3月1日」

 

 

 沈黙が重くなる。

 

 

 この事件……琉球諸島事変の発生も、同日。

 

 まさか。そう言わんとする顔の人間も多い。しかし飯田は話を続ける。

 

「彼らの作戦と完全にとは言えませんが一致します。中部に上陸、南部の主力を撃破後、北部の部隊を掃討する……」

「待て!」

 

 飯田の話はそこで中断される。空軍の一人が声を張り上げたからだ。

 

「確かに人口が集中しているは今も南部だが、戦力自体は北部の方が充実している。彼らは司令部の撃破ではなく『餌』を求めて南下しただけ、そんな過去の、しかも紙の上で終わった作戦は関係ないだろう!」

 

 飛行士上がりの幕僚だ。現場が全ての彼はこの妄想話が正しくなろうとしているこの場に拒絶反応を起こしたのだろう。念のため言っておくがこの反応が正常だ。

 

「自分もあくまで仮定のこととしてしか考えていません。今与えられている状況を都合よく説明するならこれがちょうど良い」

 

 ちょうど良い。しかし飯田は次の言葉により力を込める。

 

「ですが、沖縄の守備隊が一日持たずに皆殺しというこの現状。戦略兵器など投入されていないのにも関わらず、です。私はこれが一番納得いかない」

 

 

 ゆっくりと、ただし力強く主張する飯田。今起きている事態はただ事ではなく、そう簡単に説明をつけられるものではない。通常の考え方にとらわれるなと訴える。ほんのわずか一瞬。しかし飛行機乗りなら生死を分けるぐらいには長い一瞬、二人は視線を交わした後、

 

 

「君は琉球諸島事変の話をして何が言いたいのだ、飯田海幕長補佐官」

 空軍が仕掛けてきた。彼は一歩前に出て周りにもしっかりと聞こえるよう声を張り上げる。自らの主張を訴える政治家のように。

 

「やつらと我らの間に圧倒的な戦力差があるのは明白。そして、陸軍はおろか海軍も十分な抵抗ができなかった。いちばん重要な事実はそこなのではないかね?」

 

 こんなところで不毛な言い争いを展開しようとする空軍も空軍だが、彼らにしてみればまたしても海軍が指揮を取ろうとしているのが気に食わないのだろう。もともと成立の経緯から体質が違うのだ。陸の方と違って根回しが完璧でないあたり、時間が足りなかったのが伺える。

 

 しかし根回しが出来ていないのは分かっていたこと。飯田は落ち着いて返答する。

 

「海軍として行った戦闘は突発的であり、奇襲攻撃といっても差し支えないものでした。そして交戦戦力も駆逐艦のみ、水上での彼らの戦闘能力に関しては未知数と言わざるを得ません」

 

「そうやって海軍(自分)のところだけは棚にあげるつもりかね?」

 

「私は今回の件で陸軍をもっとも評価すべきと考えます。事実彼らの遅延作戦のおかげでわずか数万とはいえ市民の脱出が成功している」

 

 さらりと陸軍を立てる飯田。それが間違いない事実。そしてどのみち、海軍が主役になれないことは分かっている。敵の本陣は海なのだから。それを確信するだけの情報が集まったのはひとえに沖縄守備隊の奮戦と駆逐艦「雷」の犠牲。後ろ指を指されようとも逃げ帰り、貴重なやつらの水上活動映像、各種データを持ち帰った駆逐艦「時雨」によるものである。

 そして基地航空隊の哨戒機が退避せざるを得ない状況の中、素早い航空索敵でやつらの上陸タイミングと場所を直前とは言え正確に割り出すことに成功し、その後も最後まで航空支援を続けた第二機動艦隊の空母「日向」とその艦載機たち。海軍としてはあの状況下で充分やれたと言える内容のはずだ……もちろんこれを海軍びいきと言われればそれまでなのだが。

 

「むしろ私は『展開すら叶わなかった』空軍の即応作戦能力に疑問符を付けざるを得ません」

 

 返す言葉はない。空軍は稼働機を全て九州に避難させる作業に夢中で、展開していた早期警戒機まで引き上げさせてしまったのだ。しかも基地警備隊(地上戦力)すらもご丁寧に輸送機に乗せて撤退させる始末。逃げる時も『勇猛果敢』な空軍にこの場で強く出られる道理はない。

 

 牽制は終わった。

 

「質問に戻ります。私が琉球事変の話をしたのは先程も申し上げたとおり氷山(アイスバーグ)作戦と今回の件があまりに似ているからです。似ている、というよりは模倣でしょうか」

 

「つまり海軍はつまらない妄想に囚われ『本土防衛の要がなくなった今、決戦地は本土にすべし』とでも言いたいのか?ふざけるのも大概にしてもらいたい」

 

 この場を代弁した非難の声に、一部から無言の同意と圧力がかかる。別に三軍いづれかの軍や自国の権威がかかってるというわけではない。冷静な判断として、ありえない。信じられない。

 

「……こちらを見ていただければ、納得していただけると思います」

 

 まるで見せたくないものを見せるかのような表情で表示するように指示を出す飯田。どうせ初めからこのタイミングで出すつもりだったんだろ、というような表情を空軍幕僚がするが、次の瞬間彼らの視線は壁に投影された写真にのみ向けられることになる。

 

 

 それは、あまりに信じられない光景であった。

 

 

「……対処は?」

 

「既に日向の航空隊がこれを爆撃しています。おそらくほかの国には察知されていないでしょうが……衛星がある以上なんとも」

 

 広がっていった怒りとざわめきが次第に収まってゆく、人は何かの感情に囚われた状態では正常な判断が下せないものだし、なによりこれは高度な政治問題として扱われるべきことだ。軍人の関われるようなことではない。そっち方面の処理は政治屋に任せよう、ということで落ち着いた、落ち着くしかなかったのだ。

 

 

「……政府も徹底抗戦の構えなのだな」

 

 待っていたかのように確認を取る統合幕僚長。分かりきったことだが、だからこそ飯田は強く肯定する。もちろん情報を知らされていたが、幕僚長はここで全体に確認をとったのだ。

 

「……飯田くん、話を続けたまえ」

 

 再び、視線が一点に集まった。

 

 

「それでは、海軍より提案する作戦の概要を説明します」

 

 

 ――――まず、理解しておいて欲しいのは、只今から説明する作戦はあくまでも遅延作戦だということです。解決策ではありません。

 

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