模倣の決号作戦(改稿前)   作:帝都造営

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X-244Days②【改】

 昇降機の駆動音が響く。先程までいた部屋は電波の遮断も可能な場所である。すなわちそれほどに厳重に管理されている部屋なわけで、昇降機もデザインなんかより機能重視。打ちっぱなしのコンクリートにいくつかの安全機構を備えられただけの壁が、落下防止のために張られたフェンスのすぐ向こうに見える。

 

 この空間には七名の海軍士官が乗っているはずなのだが、異様に静かだ。そして眼だけが無駄に鋭く光っているように見える。暗がりのせいだろうか。

 

 いやに大きな音を立て、僅かに感じる浮遊感。あまりに急に止まったものだから、慣性が強く働いたのだ。ともかく、目的の上層階に到着した。

 

 

 もっとも、まあここも地上ではなく対爆豪の中。先ほどまで飯田がいた部屋が司令部ならば、ここはそれを各地に展開する部隊に伝える指揮所のようなところだろうか。二階分はある高い天井の広々とした空間。そのあちらこちらにモニターやコンソールが設置され、各要員がそれに張り付いている。

 

 この施設は、冷戦時代に作られたものであった。仮にここ東京が核の雨に晒されようと、各地に展開する軍に反撃命令を、そしてその後も軍を、政府を維持できるようにするための施設だった。

 

 これらの機器が役に立つ日は来るのだろうか。結局冷戦期は来なかった。まだ冷戦は続いているなどとのたまい核戦争シナリオを作ってしまう妄想家もいるにはいるが、この施設は今や万里の長城のようなもの。維持費だけが高い施設だ。

 

 

 そして、来るべき次の戦いでも投じただけの予算ほど役には立たないだろう。

 

 いやもしかすると、これまでの軍備が全て役に立たないかもしれないのだ。飯田がそう思ったとき、彼の上司がつぶやいた。

 

「……もうこんな時間か。遅いが昼食にしよう」

 

 腕時計に目をやると、既に二時を回ろうとしている。

 

 

 

 

 

 

 

 豪勢な人だな。とは前から思っていたので今更言うつもりもない。

 彼の目の前に置かれているのは脂たっぷりのステーキ、ナイフを走らせればそのこげ茶の装甲板に隠された柔らかな赤みが現れる。食材をすりつぶして作られたソースがその赤を染めていく様子を眺める彼は今にも鼻歌を歌いだしそうだ。やはり自分の上司は肝が座っている人間だ……飯田は口に出さずに呟く。ステーキとは関係ない? いや関係あるとも、いくら会議の前に情報を知っていても、彼こそが自身に『今回の作戦』の立案を命じた人間だとしても、やはりここまでどっしり構えていられる人間は少ない筈だ。

 

 そして彼は飯田に視線を投げる。

 

「今日は随分と小食だな。昼は食べないほうがいいと主張する奴もいるが、お前は食べないと体が持たないだろう」

 

 大迫(おおさこ)善光(よしみつ)――――艦橋で鍛えたと自慢する広い肩に海軍幕僚長のみが許された金地に碇と四つの桜星が輝く肩章をつけた――――彼はそう言った。

 事実、豪勢な昼食と言って差し支えない大迫と対照的に飯田の目の前にはコーヒーカップがひとつだけ。湯気だけで腹が膨れるわけがない。

 

「……」

 

 それでも、飯田はどうにも食べる気になれなかったのだ。コーヒーに手を伸ばすこともしない。

 

 と、大迫が口を開く。

 

「私が食べているこの肉、どこ産か知っているか」

 

「存じ上げません」

 

 その言葉に大迫はうむ、と大きく頷く。

 

「私にも分からん。恐らくは米国かオーストラリア、もしかすると日本産かもしれない」

 

 ところが彼はこう続けるのだ。

 

「メニューでは国内産のハズなのだがな」

 

「……」

 

「産地はそれが育った場所だ。だが、それらを育てる飼料はどこから来る?」

 

 牛肉を1kg用意するのにかかる飼料はだいたい11kg。加えて、美味しい肉には穀物飼料が不可欠だ。ここ数十年の世界情勢から自給自足の必要性も少なくなり、人口が増えても山ばかりで自給率が低下する一方のこの国。全ての飼料が生産できるはずもない。

 

「そう考えればまぁ、私が今食べているこれは外国産といって差し支えないだろう」

 

 大迫は皿の上に寝転がっている食材を一つ一つ食べてゆく。まるで、それぞれの産地を確認するように。

 

「米は自給率100%と言われているが、単に米の代わりがあるから100%を保っているだけだ、前々からパンの人気も上がってきているしな……小麦の自給率はいくつだったかな……思い出せないが、かなり低かったはずだ……」

 

 大迫がなぜこんな話をするのか、飯田には掴みきれずにいた。もちろん『全海路の封鎖』はシナリオに組み込まれている。だが大迫がしているのはどれもわかりきった話だ。海路は封鎖され、食糧、エネルギーは輸入されなくなる。

 

「ですが、統制を行いさえすれば賄うことは可能である。違いますか」

 

 一食分の牛肉を作るだけで何人分の空腹を満たせるのだろうか。毎年多くの餓死者が出ている発展途上国とて彼らの腹を満たすだけの食料生産が出来ない訳ではないのだ。同じ量・質の食料を作り出すには面積が足りないであろうこの国は何故か食料が豊富にあり、逆に減反政策などで生産量を抑えている。隣の国では吐いて捨てるほどの食事を振舞うことが最高のもてなしだという。足りないようで、余っている。

 馬鹿みたいな話だが、共産主義を以てしても克服できない、むしろ共産主義のおかげで克服ができないと証明された真実だ。

 

「……」

 しかし、大迫は咀嚼を止めてまで飯田を見据える。普段から口数が多い彼らしくない。飯田はそう感じた。

 

 

 

 

 

 

「何があるというのですか」

 

 これでは地上に昼食を取るためだけに上がったようなものだ。

 本庁に戻って先ほどの会議で何点か挙げられた問題の精査を行おうと思っていた飯田にとっては予想外の時間ロスとなる。先ほどとは違い昇降機に乗るのは飯田と大迫の二人だけ、つい数十分前に聞いたのと同じ駆動音が広い空間に響く。

 

「実際、エネルギーや食料は何とかなると私も考えている」

 

 飯田は沈黙を保つ。やはりあの場で彼がその話を続行させなかったのは、何か重要な伏せるべき事があったからだったのだ。

 

 ……となると一度地上に出たのもただ昼食が摂りたかったからではあるまい。まさか周りを誤魔化すために――――?

 

 飯田の疑問は喉から先へ出なかった。

 

 そして、大迫はそれだけ言って口を開かない。昇降機の音だけが響く。黙り込んだ海軍幕僚長の沈黙が答えの全てのような気もした。

 

 

 そして、昇降機は最下層に達した。再び戻ってきた地下司令部の照明がつけられる。

 

 彼の上司は何かを準備し始めた。コンピューターを起動させ、いくつかの海図、地図、書類を用意する。上司にだけ仕事をさせるのはいかがなものかと思った飯田は、口を開く。

 

「手伝いましょうか」

 

「いや、必要ない」

 

 そう言われてはどうしようもない。普段なら何も言わず手伝うところなのだが……今日の彼はまるで自分の、いや全てのことを拒絶するような雰囲気を出していた。

 これだけは自分の手でやってしまいたい。そんな意思も感じられた。

 

 仕方なく飯田はこの司令部の天井を見回す。光り輝く蛍光灯……そう言えば、蛍光灯は実は取り替える必要がなく、商売のためにわざと一定時間経つと使えなくなるようになっている、という都市伝説を聞いたことがある。本当なら軍事(このような)施設は電気が通じる限り永遠に輝き続けるということになるが……。

 

 そんなことを考えている間に彼の上司は準備を終えたようだ。大迫はゆっくりと飯田に向き直り、とりあえず座るように指示する。もちろんその指示に従い、手頃な椅子に腰掛けると、大迫がつけたコンピューターの画面に向き直った。辛うじて液晶への更新だけは済ませてあるコンピューター、いかにも冷戦時代の遺物といった感じである。

 

「この場で言うのもアレだが、作戦立案ご苦労だった。何とか会議の方も通せたしな」

 

 彼にしては珍しい直接的な賞賛だった。しかし何か引っかかる。そもそも謝辞だけならこんな地下室に来る必要はないはずだ。

 この人は何を言おうとしているのだろうか。

 

「何か、作戦に問題でもあったのでしょうか」

 

 何かあるとすれば会議絡みだろう。あの作戦は大迫の指示を受けて飯田が立案したものだ。そして作戦のチェックは大迫が既にしている。問題点があれば会議の前に指摘するのが筋というものだろう。大迫は柔らかい口調で告げる。彼らしくないまるで教師のような口調だった。

 

「ひとつだけな、飯田、お前の想定した「オリンピック」の『元ネタ』はどうなっていた?」

 

 

 流石に分かっていると思うが、東京オリンピックは2年前に終わった。

 

 

 オリンピック――――そう「オリンピック作戦」とは、第二次大戦中に米軍が立てた日本本土攻略戦作戦『ダウンフォール』の第一段階。日本中枢へと迫るための橋頭堡を得るための作戦である。

 

 

 

「九州南部に上陸し、次なる作戦を支援するための飛行場を建設する……ですが、やつらに三十分以上の陸上活動能力はないはずです」

 

「そこが間違っているところだ」

 

「……」

 

 信じたくないが、こんなところにまで呼んだのだ。そういうことなのだろう。

 

 侵入してきた奴らを追い返す能力を我々は保持していない。だが幸いにも、奴らは活動限界が来れば帰ってゆく。その前提の上で作戦は練られていた。

 そう、飯田の作戦立案に敵の半永久的な(・・・・・)地上への侵入――――すなわち、敵が地上部に基地を作り、そこを拠点として攻撃を続けるような事態――――は考慮されていない。

 

 それが、それこそが、飯田の『遅延作戦』が成功する理由だったのだ。

 

 

 一言も発しない飯田を尻目に大迫は重い一言を放つ。

「オリンピック作戦は、予定通り(・・・・)実施される。Xdayは……11月1日だ」

 

「お待ちください、閣下」

 

 飯田は納得できなさそうな声を上げる。実際、全く納得できない。

「なぜあなたは作戦開始日時を『知っている』のですか」

 

 基地を築かれるということは大問題だ。だが、予想の範囲内ではある。飯田だって自身の作戦立案能力に酔っているわけではない。長期間の上陸に関しては飯田も対策を立てる必要があると感じていたし、先ほどの会議でもそのような空気は生まれていた。

 

 だがなぜ敵の上陸時期が詳細にわかる?

 

 琉球諸島事変……沖縄上陸(アイスバーグ)作戦は実施こそされなかったが紙の上で日取りまで決まっていた。しかし本土上陸(ダウンフォール)作戦は構想こそできていたが具体的な日取りや部隊編成は決まっていなかったはずだ。

 

 なんせ、その時点では作戦に必要な沖縄を確保していないのだから。

 

 大迫は答える。

 

「知っているから知っている。としか答えられない」

 

「……そうですか」

 

 つまりまあ、そういうことだ。大迫の言い方からすると、恐らくはもっと上の話なのだ。海軍大臣や陸軍大臣、空軍長官。もしかすると彼らも知らないかもしれない。

 一佐官に過ぎない飯田が知る権利はない、ということである。

 

「だが、やつらから得られた情報を鑑みれば、やはりやつらは生命活動に相当な量の水を必要とするようだ」

 

 大迫ははっきりとした口調で言う。これは間違いない事実のようだ。

 

 生命維持に相当な量の水をする。

 この結論を得るためにはやつらから水を取り上げてみて死ぬかどうか試すのが一番手っ取り早く、そして唯一の方法だ。他の方法は本で読んだり本人に聞いてみたりネットで調べたり……など不確定かつ望めない方法ばかり。となると、

 

「……やはり、サンプルは確保できていたのですか……」

 

「ああ、奇跡的に生き残った部隊が回収してくれた」

 

 生き残った部隊とは、きっと陸軍のことに違いなかった。

 

「今更こだわるつもりもないが、やはりこの戦争は陸軍が主力となるだろう……」

 

 こだわるつもりはないという言葉とは裏腹に感傷を含ませた口調の大迫。そして、次に海軍幕僚長らしからぬ発言をつなぐ。

 

「……海軍がでしゃばれば、たちまち壊滅だ」

 

 実際、駆逐艦『雷』は一瞬にして沈んだ。

 

 なんでも海中から唐突に飛び出したやつ――――仮称「駆逐級」――――に艦のど真ん中に体当たりされたそうだ。そしてそこに搭載されていた誘導弾が誘爆。そのまま船体が真っ二つになり、海中に。

 

 文字通りの『轟沈』だった。

 

 我々が学び舎で、練習艦で、図面上で、艦上でやってきたことは一体なんだったのだろうか。何の役にも立ちはしない。それは沖縄を死守せんと奮戦した陸軍兵士たちも感じていたことであり、今後空軍も――――いや、まだ敵航空戦力は現れてはいない。やつらはまだ地上を這いずり回るようになったばかりだ。しかし空がやつらの手に落ちた時には――――味わうことになるだろう。

 

 そして大迫は話を続ける。感傷に浸る間など、ないと言うように。

 

「話を戻そう。オリンピック作戦は実施される。しかし敵は生命維持に大量の水を必要とする。規模にもよるが川の水では賄えないほどの量だ」

 

 コンピューターの画面に画像が浮かぶ。南九州や四国沿岸が着色されている。

 

「そのため、恐らく占領地域は沿岸部が中心となるだろう。もちろん、やつらがホースか何かで水を汲み上げ内陸部にまで引っ張ってくる可能性はあるが……その時はそのホースのみ破壊すればよい」

 

 問題は、これだ。

 

 大迫はそう言いながらファイルを飯田に放り投げる。それを受け止め広げると紙が数枚綴じられている。もう二十年以上前だがそのカルト教の名前を出せばすぐ出てくる薬品名、米国がインドシナ半島のどこかにばら撒きまくったとある除草剤……様々な薬品、というよりは化学兵器の名前と化学式、概要と効能などの資料だ。それぞれ一枚ずつだが、読まなくても知っているものから初めて目にするものまで様々だった。

 

「オリンピック作戦の最大目的は?」

 

 大迫の問いに飯田は言われるまま答える。もう答えは見えているが、口に出すことでより客観的にこの状況を見ることができるだろう。

 

「次なる作戦――――すなわち、関東制圧を目的としたコロネット作戦――――のための航空作戦や地上兵力を展開するための前進基地を得る……そのため占領は南九州にとどまり、そこに数十万規模の陸軍、恐らく千を超える航空機を収容する大規模な基地を設営する」

 

 

 流石は米国、我島をたちまち難攻不落の城に変えてしまった以上に恐ろしいことを計画するものだ。

 

 問題はそこから、その前進基地を利用し、米軍は日本を文字通り『滅亡(ダウンフォール)させる』。具体的には……

 

数にモノを言わせた艦砲射撃と絨毯爆撃。こんなの序の口だ。

 

 

都合のいい実験場(都市)では実験動物(イエローモンキー)に対する原爆実験。

 

 

地方には食糧生産が行えなくなるよう農地に薬品を散布。

 

 

そうして防空壕に隠れたところを化学兵器で一網打尽に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして米軍は意気揚々と東京入城を果たすのだろう。今の時代では本当に考えられない話だが、これが『鬼畜米英』のなせる技である。政府がどんなに共産主義の恐ろしさを訴えても、世論がなかなか米英との講和を認めなかったのも納得できる。

 米国が大幅譲渡しなければ(もっとも、この時点で中国の権益は共産の手に渡りかけていて、英国は亡命政府状態だったのだが)講話は成立しなかっただろう。

 

 

 

「まあ、実際には米軍内部の反対意見も多かったようですが……」

 

 そうまとめる飯田に大きく頷く大迫。だが、と続ける。

 

「今回は敵に世論があるのかどうかも分からぬ。なによりやつらと条約を結んだ覚えはない。なんのためらいもなく、化学兵器を使用してくるだろう」

 

 米国だって人が作る国。慈悲ぐらいはある。しかし今回は違う。何のためらいもなく沖縄の100万人の命を消し飛ばす連中だ。

 

 こんな奴らが、この(ダウンフォール)作戦を実行すればどうなるか。文字通り民族滅亡の危機である。なんの慈悲もなく、日本国民は皆殺しにされるのだ。

 いや、日本民族だけでなく世界人類が同じ危機に瀕していると言っても過言ではないかもしれない。

 

 だが大迫は、しかし……と付け加える。

 

「実際には化学兵器はおろか、普通の農薬すらやつらは使ったことがないだろう……だから、即座にその惨劇が起こるようなことはない」

 

 憶測だがな。大迫の言うことはもっともであったが、それは即座に、という話であって永久に約束された話ではない。市販の農薬だって大量に使えば毒になる。カルト教もそれに詳しい信者を集めないと作れなかったが、民間でも化学兵器は作れる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後も話は続いた。「ある筋」からの恐らく正確で詳しい情報をもとにした敵の上陸予想地点や上陸方法。しかし何を話しても二人は絶望的な展望しか見れずにいた。敵に政府のような機関が存在しているのかどうかすら分からないのだから講和に持ち込む公算なし、流石に核兵器は作れないだろうが化学兵器を全国で使用されれば国民を保護することはおろか部隊の被害を減らすことすらできないだろう。

 

 しかし、飯田は徐々に確信を得ていた。その確信は夢物語もいいところだった。だが、希望となる。

 

「……私が知っている情報は以上だ。もちろん全て資料にまとめてある……飯田少佐」

 

 そして、大迫はその役を自分に引き受けさせるためここへ呼んだ。ならば飯田の答えは決まっている。

 

 大迫が立ち上がる。それに従い飯田も立ち上がり、素早く姿勢を正す。直立不動。

 

 

「はい」

 

「君には幕僚長補佐官の任を、そしてこの海軍幕僚部(軍令部)を離れてもらう」

 

 

 そして――――

 

 

 

 

「――――日本滅亡(ダウンフォール)を食い止めよ」

 

 それはすなわち、そういうこと。

 

 密室の中、重く響いた声に、返す声は力強い。

 

 

「その大任、必ずや全うしてみせます」

 

 

 彼の眼はあるとも知れぬ希望で輝いているように見えた。

 ただの虚勢かどうかは、まだ分からない。

 

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