模倣の決号作戦(改稿前)   作:帝都造営

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X-238Days【改】

――――西暦2022年3月1日。沖縄諸島沖――――

 

 

『こちら第二一(にいいち)駆逐隊司令、只今艦隊司令部より攻撃許可が下りた。駆逐艦「雷」は対潜攻撃を行い、標的を無力化せよ』

 

「雷より返信『対潜攻撃は本艦のみで行うのか』以上です」

 

 通信担当の士官が報告する。「雷」と共に第ニ一駆逐隊を構成する駆逐艦の艦橋。

 その場にいる誰もが状況を正確に把握してはいない。

 

「なにがあるか分からん、「雷」のみで攻撃せよ」

 

 だがそれでも、第二一駆逐隊の司令とこの駆逐艦の艦長を兼任する佐官は、迷いのない声で指示を飛ばす。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 寒い。今は三月だというのに寒い。三月ともなれば春の到来を知らせる梅は既に東京で咲き誇っている訳で、しかし目の前に広がるのは雪景色である。

 

 ああ、そう言えばもう三月なのか……飯田は今更ながら月が変わっていたことを思い出す。三月といえばひな祭りである。一人娘がいる飯田にとってはこれ意外と重要なことで、お雛様を仕舞っておくように娘に言ってなかったことを思い出した。

 

「(望(のぞみ)の奴ものぐさだから命令しない限り絶対やんないぞ……)」

 

 お雛様をひな祭りの日に仕舞い忘れると、遅れた分だけお嫁に行くのが遅れるんだとか。迷信甚だしいが、でも娘には遅れて欲しくないのが父親としての心情である。もっとも今日は既に3月の7日。もう手遅れだ。

 

 そんな半端な父親の顔をする飯田に声がかけられる。

 

「少佐、まもなく目的地です」

 

 そう告げてくるのは前の職場から一緒だった小河原(おがわら)海軍中尉、四角い眼鏡をかけた十期下の後輩で、内地勤務が多く昇格は遅れている方だ。

 なぜ彼がここに居るかといえば、飯田が命じられた大命を遂行するために新設される予定の部署の人員として飯田が直々に指名したからである。どんな仕事でも慣れた部下がいればスムーズに進むというもの。きっと役に立ってくれることだろう。

 

「ああ、ありがとう」

 

 そう言いながら飯田は機内の引き出し式の机に広げられた資料をカバンに戻す。

 航空機が高度を下げるのとともに、飯田は娘のことを頭から追いやった。彼がこれから始めることに人間らしい感情はあってはならないのだ。少なくとも、そのぐらいの覚悟を持たなくてはならない。

 

 

 彼らが向かうのは日本国北海道紗那郡……最北端の海軍基地がある村である。

 

 

「単冠湾、まあ真珠湾に向かおうとする機動艦隊がここで待機していたのは有名な話ですよねぇ」

 

 雪がまだ残る択捉島。単冠湾は、択捉島中部に位置する湾。

 現代ではそこに、海軍の基地が設営されている。

 

 海軍単冠湾基地……昔は中継地点に過ぎなかったこの基地は千島列島ラインを守るため昭和24年から本格的な海軍泊地として使用されるようになった。まあ要は対ソビエト防衛の為に乱立された基地の一つということだ。

 その後海軍が近代化に伴う最適化(縮小)を遂げる中で周りの基地が解体されるなか、なんの偶然かここは残され、日本最北の海軍基地となっている。

 

「……もっとも、今では漁港と海上保安庁の拠点も兼ねる官民両用のスペースとなり、常備戦力も隼(はやぶさ)型ミサイル艇2隻と特別陸戦隊のみ……攻められたらひとたまりもないでしょうね」

 

 そういう風にこれから向かう基地の説明を締めた小河原。飯田はそれを聞きつつ航空機の数段しかないタラップを降りる。飯田たちが乗ってきた飛行機は小型であったが、彼らを迎える空港は広い。これは観光客を乗せたジェット機の着陸を想定しているためだ。

 

 択捉島。幕府軍と帝政ロシアが戦火を交えた地、日米開戦の出発点、日ソ戦の激戦地のひとつともなれば、歴史関係の史跡を見に訪れる人も少なくない。純粋な観光資源となる雄大な自然も観光客を引きつける。

 しかもそれだけではない。島内の電力供給を全て地熱発電で賄うこの島は地熱も含め地下資源が豊富、レアメタルの一種であるレニウムを産出する茂世路岳の他にも金鉱があるという指摘があり、鉱業なども含めて今後の開発が期待されているのだ。

 

 

 まあ今の飯田たちにそんな情報は関係ない。既に航空機の前には左官服に身を包んだ軍人と捧げ銃をしている下士官。出迎えである。海軍の自動車も待機している。

 

 

「単冠湾基地隊司令の大岡です。ようこそ、択捉島へ」

 

 

「まさか司令自らお越しいただけるとは……海軍幕僚部の飯田少佐です。よろしくお願いします。大岡大佐殿」

 

 飯田の敬礼に大岡が答礼し、自動車に乗るよう促す。もちろん国内なので税関をくぐる必要などなく、飯田たちを乗せた自動車はそのまま基地へと走ってゆく。

 

 流石は観光地というべきか、空港周辺や市街地には活気があり、人も多い。とはいえここが本土から離れた島嶼であることには変わりないわけで、少し離れると車内からの風景は小さな漁村のそれに戻っていった。もちろん観光客はあちこちに行くので誰もいない田舎の風景とはまた異なるのだが、ともかく人の数は減り、そしてついに誰も見かけなくなる。

 車中で思い出したように大岡司令は問いかけたのはそんな頃だった。

 

「今回は……随分と人数が少ないのですね」

 

 彼の指摘通りである。

 

 今回飯田たちに与えられている書類上の任務は琉球諸島事変で交戦――――正確には駆逐艦「雷」が撃沈される様子を観測――――し、生還した駆逐艦「時雨」を調べること。まさか数千トンの駆逐艦にたった二人の士官で挑む無謀な調査はしないことだろう。

 

「まあ、今回は特別ですからね」

 

 そう平然と告げる飯田に大岡はカッカと乾いた笑い声で車内を満たす。

 

「飯田少佐の仰るとおりだ、こんなろくな修理施設もない泊地に大型駆逐艦を引っ張ってくる時点で普通じゃない」

 

 それにね、と大岡は続ける。

 

「実は我々、まだ「時雨」の乗員と会ってすらいないんですよ。なんでも修理に使用するスペースと兵舎、食料だけ渡してくれればいいとか言われてね」

 

 そして、自動車は減速。

 

「……で、そう命じたのが今「時雨」と乗員たちを守っているあいつらですよ」

 

 こちらに気づき、『止まれ』と書かれたプラカードを振りながら近づいてくる数人の兵士。その先には閉じられたゲート。封鎖中であるらしい。

 

「お知り合いですか?」

 

「海軍の全職員は把握できませんよ」

 

 飯田がそう返せば、また大岡の笑う声。

 

「でしょうな……さて、自分の管轄はここまでです」

 

 そして飯田に降車するよう促す大岡。降ろされた飯田たちは身分確認を受け、わざわざ別の自動車に乗り込み、そしてゲートの先へ進む。

 

 ゲートを通り過ぎる際見えた兵士は、平然と銃を構えていた。

 

「うわぁ……基地司令に堂々と銃向けちゃってるよ……こりゃ隔離された沖縄陸軍部隊の生き残りも相当なVIP待遇でしょうね」

 

 海軍(われわれ)の管轄じゃないから分かりませんが、小河原の同意を求める声を聞き流しつつ、飯田は車外の景色を見た。

 流れていく雪景色。基地内ということもあり障害物となる草木などは退けられていて、湿った大地を雪の白が彩る。

 

 飯田は、北の大地が苦手だった。嫌いということではない、苦手なのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 琉球諸島事変の生き残り、駆逐艦「時雨」。

 村雨型の10番艦であり、平成14年に舞鶴にて――――ちょうど村雨型7番艦である駆逐艦「雷」の建造が行われたのと同じドックで――――起工した。

 就役後も「雷」との縁は深く、同じ第一機動艦隊に配属、新型空母の出雲型の就役により第二機動艦隊へ空母「日向」が移されたときも2隻は共に第二機動艦隊へ移り、二機艦直属の駆逐艦として「日向」を守り続けてきた。

 

 その「時雨」今は艦内に人影もいない。乗員は恐らく心身ともに疲弊しているだろうから大半は大岡司令が提供したと言っていた兵舎で休んでいるのだろうかとあたりを付けた飯田だったが、それにしてはおかしい。

 

「やはり避けられていますね、我々は」

 

 小河原が不満げに呟く。

 まあ「時雨」乗員にとってしてみれば、こちらは土足で乗り込んでくる内地のお偉方。悪い印象以外をもたれる方が不思議かも知れない。

 

「口に出すのは止めとけよ」

 

「そうでしたね……壁に耳あり、障子に眼あり」

 

 小河原がそう諺を読み上げるなか、二人は「艦長室」と書かれた部屋の前にたどり着く。

 

 ノック。所属と階級を告げ、入室許可を返される。

 

「失礼します」

 

 金属の擦れる音を立てて扉が開く。

 

「久しいな、飯田」

 

 入る飯田と小河原を迎えたのは屈託な笑みを浮かべた男だった。こんな季節だというのに半袖ワイシャツ。日々節電節電言っている人々に見られたら抗議が殺到しそうな姿で座っている。ワイシャツの肩章が示すのは海軍中佐。飯田の一個上の階級である。

 

「おう待て待て、お前に敬礼されたら俺も答礼しなくちゃいけなくなる」

 

 そう言って敬礼しようとする飯田を手で制した。

 

「西園中佐、お久しぶりです」

 

「うん、まあ座れ」

 

 そう西園中佐は普段執務に使っているのであろう椅子を示す。ちなみに彼はベッドに腰掛けていた。

 

「失礼します」

 

 飯田は座り、そして軍帽を取った。

 

「西園中佐、今回は……」

 

「待った」

 

 西園は飯田をまたしても手で制する。

 

「階級で呼ぶのはやめろ、研究会の時みたいに先輩後輩の関係でいこうじゃないか」

 

「分かりました、小河原」

 

「はっ」

 

 飯田が部下の名を呼べば、それだけで指示を察した海軍中尉が退出する。

 

 

 一旦訪れる静けさ。今この部屋には、書類上は海軍幕僚長補佐官と駆逐艦「時雨」艦長、実際には先輩と後輩の二人がいる。

 

 流れるのは静けさというよりか、沈黙。

 

「……」

 

 西園は両手を合わせてゆっくりと揉み出した。何か困っている時の彼の癖だ。

 そして、ゆっくりと口を開く。

 

「……すまない、雷の艦長は、お前の同期だったな」

 

 それに対する飯田の答えは異様に早かった。反射のように言葉が出る。

 

「仕方のないことです。彼も――――「そんな心にもない返事を聞いてるんじゃない!」

 

 

 瞬間、時が止まったようにも感じた。

 

 

「声を荒らげてしまってすまない……だが、君には純粋に一先輩、一人の知り合いとして私の謝罪を聞いて欲しかった」

 

「いえ……こちらも先輩の意向を汲み取れず、申し訳ありません」

 

 初めに彼が先輩後輩の関係と言った時に気づくべきだった……のだろうか?

 いやそうだったに違いない。飯田もこの件に衝撃を受けているが、それはまさか飯田だけに限った話ではない。加えて目の前にいる西園先輩は目の前で「雷」の喪失を目撃した人間だ。感情的にならないことがあろうか。

 

「……私の判断ミスだ」

 

 絞り出すような苦い言葉。

 慰めの言葉など不要なわけで、飯田は事実だけを述べる。

 

「生還できた時点で、先輩の判断は間違っていなかった……少なくとも、この国を守るという点においては」

 

 ――――何があったのか。話していただけますね。

 

 飯田のその一言に、報告書の焼き直しになるが……と西園は語り始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 第二機動艦隊が何のために沖縄諸島に展開していたかは知っているな……ああ、最近急増してきた貨物船の「沈没事故」を防ぐためだ。

 ……だが、上層部だってソビエトの仕業じゃないことぐらい分かっていたんだろ?

 

 ともかく、通常編成より多めに対潜哨戒機を搭載した「日向」率いるニ機艦は2月12日に呉を出港した。

 

「沖縄までバカンスっすね~」

「ちゅらうみの美女が待ってるってか?」

 

「貴様らァ、職務に集中せんかぁ!」

 

「「先任伍長?!」」

 

「副長、あれを見ろ、盛り上がってるなぁ」

「申し訳ありません、最近規律が緩んできていまして・・・」

「なあに、戦意が高いのはいいことだ」

 

 そんな会話を交わすぐらいには士気も高い水兵たちを乗せたニ機艦は豊後水道を通過して太平洋を遊弋。哨戒機を飛ばしつつ、艦隊の防空演習を行った。

 

 

 

 

 

「ほら……新型の吾妻(あづま)型巡洋艦。あれがついに二機艦(うち)にも回ってきただろ。今回の航海は実質それの「ならし」のようなものだった」

 

 いや、ハズだった。が正しい表現だな。そう自嘲気味に言ってから西園はさらに続ける。

 

「そしてことが動いたのは2月28日、1342時(午後一時四十二分)のことだ」

 

 それは初めて「観測」された。

 

 もちろん襲われた商船などのカメラに記録されたことはあっただろう。しかし沈められて閲覧できないんじゃ、なんの意味もない。

 

 

 

 

 

 

 

「海鳥が『魚群』を発見?」

 

 知っての通り海鳥とは艦上哨戒機のQ14‐C「海鳥(うみどり)」のこと。しかしまあ、海鳥が魚群を発見なんて下手な冗談のような話だった。とはいえ海軍は漁業関係者じゃない、魚群なんて気にするような事でもないはずだが……司令部の考えは違った。

 

 動きのおかしい『魚群』発見の報を受けたニ機艦司令部は我々2隻に別行動をとるように命じた。もちろん駆逐艦に別行動をとらせること自体は珍しいことではない。確かに今の時代は駆逐艦も量産品ではない、しかし駆逐艦は駆逐艦だ。

 

 今思えば、あの時の対応はやけに早かった。

 

 ……ともかく、規定に沿って「時雨」と「雷」は第二一(ふたひと)駆逐隊を編成。お互いの艦長は俺が中佐でアイツが少佐だったから俺が駆逐隊司令を担当することとなった。

 

「潜水艦隊司令部へ問い合わせろ」

 

「了解、潜水艦隊司令部へ当海域の活動中潜水艦を問合わせます」

 

 対潜水艦戦闘の基本は同士打ちを避けることだ。味方の潜水艦を屠ったんじゃ何の意味もないどころか損益になる。潜水艦隊司令部に問い合わせればその海域に友軍潜水艦は存在せず。

 既に「時雨」、「雷」共に魚群の規模と進行方向は把握していた。丁度沖縄本島と中華民国台湾の真ん中を通過するようなルートだったが、うちのソナー士も耳を疑ってたよ。何かが大量に歩いてるってな、海中をだぞ?

 

 

 

 

 

 

 

「しかしまあ、ここまでなら世にも奇妙な物語って感じだ」

 

 そこで一旦西園は言葉を区切った。

 

「しかし本当におかしいのはここからだよ」

 

 飯田も頷く。

 

「……攻撃許可、ですよね」

 

 西園は、深く、ゆっくりと頷いた。

 

「あぁ、そうだ」

 

 

 ――――海底の魚群は沖縄周辺を航行中の全船舶の安全を害するものである。

 

 ――――全力(・・)を持って、これを排除せよ。

 

 

「……」

 

「生還という事実がある以上、司令も俺の判断を評価してはくれた。だが、「雷」のみでの攻撃はれっきとした命令違反だ」

 

 それは事実ではあるのだろう。

 西園はその事実を誤魔化すようにまくし立てる。

 

「しかし、軍艦がむやみに動くようなことは本来あってはならない。宣戦布告されたならば我々が存在するその目的を達するまで戦うのみだが、そう簡単に戦争はするもんじゃないし、仮にも我々は自衛海軍(Self Defense Navy)だ」

 

 宣戦布告を受けたわけでも、開戦の詔(みことのり)もないのにどうして戦端を開けよう?

 

 だが、命令は命令、そしてその異様な魚群を放置するわけにもいかなかった。

 

「だから私は雷にのみ攻撃命令を出した……そして、結果は知っての通りだ」

 

 西園はそこまで話すと飯田の横、つまり机の上に置いてあったペットボトルに手を伸ばし、喉を潤した。

 

「結果から言えば「時雨」が攻撃を行わなかったのは正しい判断だった」

 

 『魚群』発見の報から日が明けて3月1日の0730時。雷と時雨より対潜ヘリが発艦。

 

 その両者が2隻の両翼に展開し、雷はアスロック対潜ミサイルを一発発射した。海底に着く前に自爆させ、魚群を動揺させることを狙ったものだ。

 

 しかし爆発しても反応は無し、何ら意に介することないように進み続ける『魚群』。そこで雷は残りアスロックを一斉射しようとする。

 

「ソナー士から急速に浮上する物体があると報告を受けたのはその次の瞬間だった」

 

 初めの報告は巡航ミサイル浮上、だったよ。と西園は振り返る。

 

「ハッチが空いた音も、それ以前に潜水艦のスクリュー音も聞こえてないんだからおかしな話だが……ともかくその報告を聞いた次の瞬間には『やつら』が海上に飛び出ていた」

 

 ありゃまるで……トビウオのようだった。いや、イルカかな。

 

「……とにかく、「雷」はその一撃で沈んだ。腹を食い破られたんだ」

 

 報告書によれば中部甲板に搭載されている誘導弾に誘爆したのが撃沈の主要因とされているが、西園は「食い破られた」のだと説明した。飯田も初めて「雷」の撃沈を知ったときは食い破られたと聞いていたし、その意見に違和感を覚えることはないのだが、

 

「それはつまり、やつらには駆逐艦の船体を食い破るほどの力があると?」

 

「信じたくはないがそういうことだろう。雷が襲われた瞬間に俺は転舵を命じた。あんなのと殺りあって勝てるわけがない。そう瞬時に感じたよ」

 

 回頭が終わる頃には「雷」はほぼ沈んでいた。救助命令すら出せなかった。そう西園は言い、最後に付け加える。

 

「今回時雨が生き残ったのは幸運なんかじゃない……艦長が逃げたからだ」

 

 『先代』に申し訳が立たないな。自虐気味に言い放つ。

 

 

 先代の「時雨」といえば、

 

 

「幸運の駆逐艦「時雨」ですか……」

 

 目の前にいる飯田の先輩は、駆逐艦時雨の名誉を汚したと悔やんでもいるのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 「時雨」から飯田たちが降りる頃には既に夕日も落ち始めていた。択捉(こちら)へ来たのが昼過ぎなのだから当然のことだ、西園に夕食に誘われるがそれを断り外へと向かう。

 

 ……やはり艦内で西園以外の乗員と出くわすことはなく、桟橋のタラップまで見送りに来たのも西園だけだった。

 

「「時雨」には別命あるまで待機という命令が下りている。恐らくは、ほとぼりが冷めた頃に復帰させるのだろう」

 

 どこかの主要基地に行った瞬間に記者の質問攻めにされたら困るからな。外に出るために冬服をきちんと着込んだ西園はそう言う。

 

 北の冷えた大気に白い息を吹く西園。今回の目的である観測データを飯田に渡してきた西園は……いつもどおりの西園先輩だった、そう飯田は思いたかった。

 

「では西園中佐、ご武運をお祈りします」

 

 タラップを踏む前に飯田は振り返り素早く敬礼。それに小河原もならう。

 

「貴様らこそ、頼んだぞ。少佐」

 

 答礼。

 

 

 

 

 

 

 飯田の乗った自動車が去ってゆく。それを見届けた西園艦長はオイルライターを取り出した。残されたのはここ「時雨」へと続く桟橋と兵舎のみ。

 

「乗員も無事、船も無事……」

 

 

 失ったのは、世界最強を信じた日本駆逐艦の誇りだけ。

 

 

 そして、それは何よりも大きいものだろう。

 敵に対して何ら有効な手立てがないなんて……それこそ士気に関わる話だ。上層部が俺らのことを隔離するのも頷ける。

 

 それにしても……西園艦長はもう片方の手に小さな箱を取り出し、慣れた様子で一本の煙草を口に咥える。

 

「かつての「時雨」乗員は……今の俺をどう見るかな」

 

 西園は誰に問うわけでもなく呟き、そして紫煙が単冠湾に舞う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ホテルは予約済みだ。市街地に入るとそのままそこへ向かう。

 

「……少佐、結局何が聞けたんですか?」

 

 等間隔に並んだ街灯に照らされて車内の影は形を留めることなく変化し続ける。

 

「ん、ああ……残念ながら報告書以上のことは何も」

 

 そういう飯田は影とは対照的に顔色ひとつ変えず、彼の顔の凹凸によって生じる影だけがせわしなく、そして繰り返し動いていた。

 

 そんな飯田に対し、小河原は僅かに余裕を持った笑みを浮かべる。

 

「ですが……報告書以上のことが得られないだろうというのは、初めから分かっていたことではありませんか?」

 

 少佐は「現場の声」を聴きに行ったのでしょう? その言葉に飯田も笑みをこぼす。それは自信に満ち溢れたものだった。

 

「ああ、西園中佐はあんな言い方をしたが、時雨の士気は相当高い……それはもう、隔離されていることが全く納得できないぐらいにね」

 

 士気が低ければ艦内の様子は荒れているはずだ。だがそんな様子は全くなかった。

 

「西園中佐は自分が臆病だと言いたがっているように見えた。臆病なのは西園中佐の欠点なのかもしれないが、あの人はそれを自覚しているし、慎重さにもつながっている」

 

 事実「時雨」はあの状況で最も正しい選択をした。

 

「「時雨」はまだまだ戦えるよ」

 

 それはすなわち、あの状況で「時雨」の乗員たちは絶望しなかったということ。直感で『勝てるかもしれない』と思った……いや違う『勝ってみせる』と意気込んでいること。奇襲攻撃を受けたのだから負けるのは当然なのだ。今度こそは勝つ。そんな気概すら漂っていたのではないだろうか。そう直感したのだ。

 

 ならば飯田はその直感を信じる。人類とやつらは、渡り合えるはずだ。ならば自分は、その予感を確信に変えるのみ。そう飯田は考えているようだった。

 

 

 そして自動車が止まる。運転手にご苦労様と声を掛けつつ降りると、目の前にそびえ立つのは大建築物であった。

 

 

「ホテル・サナリゾートに到着です。2017年開業……あの帝急リゾートの建物なんですよ、ここ」

 

 いやはや、日本に冠たる帝都急行電鉄株式会社恐るべし。そんな風に小河原は小馬鹿にした様子で見上げる択捉島最大のホテル。建物を照らすライトが光の化粧を纏わらせ、遥か遠くからでも目立つようになっている。このホテルほど大きな建物が周囲に存在しなければランドマークか何かのように見え、実際、それに似つかわしい美しさを備えてもいた。

 

 暗闇を照らす文明の光。今の飯田には、人類の繁栄を象徴するようにも見えた。

 

 軍用車を降りてからチェックイン、部屋の鍵をもらうまで僅か数十秒。流石特権階級とちょっと浮かれ気味に言う小河原を尻目にやはり軍服に寄せられる信頼と責任は重いのだと改めて感じる飯田。

 

「では小河原、1830時にロビー集合」

 

「了解です」

 

 それだけ言って二人は別れる。小河原はそのまま部屋へ、そして飯田はロビーに残った。

 

「さて……」

 

 飯田はある方向へと足を向ける。向かう先は電話ボックス。定時連絡……ではない。

 

 10円硬貨を二三枚入れて番号を押す飯田。あまり面白そうな顔はしていない。

 

 まあ当然だ。今からやる仕事は、面白くもなんともないのだから。

 

 

 ……海軍幕僚長補佐官という要職にある自分が駆逐艦「時雨」に接触した事実。

 これは琉球諸島事変に対する日本海軍の動きを追っている人間なら簡単に気づくことができるはずだ。

 

 そして駆逐艦「時雨」に接触した佐官が公衆電話に取り付けばどう思うだろうか?

 

 もし飯田をこの瞬間も見張っている人間が居れば、彼が携帯電話の盗聴――――実際、電波を用いる携帯電話の盗聴は有線電話より楽にできる――――を恐れて固定電話を使う、すなわち、これから重要な事柄を東京に連絡しているのだろうと勘繰ることだろう。

 

 それを、誘い出す。

 

 ……回りくどい話であるが、これは盗聴を、すなわち飯田の動向を見張っている人間がいないかどうかの確認である。忘れてはならない事実として、既に100万の民間人が沖縄で犠牲となった。襲い来るのは異形。

 興味を持つのは民衆やオカルト好きだけではない。当然他国も興味を持ち、そして積極的に情報を得ようと迫って来ることだろう。

 

 

 だから、連絡するような素振りを見せることで、誰が情報を求めているのか探るのである。

 

 腕時計を最後にチェックする飯田。この時間なら、既に味方の組織は防諜戦の準備を整えているはずだ。受話器を持ち上げる。

 

 

 コール音。

 

『もしもし、飯田です』

 

 出たのは若い声だった。

 

「おう望、元気にやってるかぁ?」

 

 飯田望(のぞみ)、今択捉にいる彼、飯田孝介(こうすけ)少佐の一人娘である。

 女子高生といえば華の季節だろうに、特にお洒落に気を使っている様子もなし、一体何をしたいのかと普段から飯田孝介を心配させている一人娘。

 

『まあね~、それにしても珍しいねぇ。公衆電話からかけてくるなんて』

 

 もちろん電話の向こうはこちらの本当の目的を知るわけがなく、海軍少佐もいるかもしれない盗聴相手に悟られぬよう父親の話し方を保つ。

 

「まあな、お前に言っておかなきゃいけないことがあってな」

 

『ふうん、なにさ』

 

「雛人形、仕舞ったか?」

 

『もぉ、今日何日だと思ってんのさ』

 

 7日だよ? なーのーか。そう笑う電話相手。

 

「ほお……仕舞ったのか」

 

『ううん、仕舞ってない』

 

 即答。いつも以上にいつも通りの会話。

 探知にはもう少し時間がかかるだろうから、海軍少佐は世間話でもう少し間を伸ばす。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それにしても、おかしな話だ。飯田は誰に向けるとでもなく呟いた。

 

 先程も言ったが、『この件』に興味を持っている国や組織は多い。

 だがそれでも、ここまでサクサク進まれると動揺が隠せないというもの。

 

 飯田と小河原は何故か今日降り立ったばかりの紗那国際空港に戻ってきていた。エプロンの上で何かを待つかのように車両を止め、その車内で待つこと数分。

 

 待ちかねたのか、小河原が控えめに聞いてきた。

 

「まさかとは思うんですが、応援の人を待ってる、なんてことはないですよね……?」

 

「半分正解だな」

 

 飯田はさも面倒臭そうに答える。

 

「では、まさか……」

 

「お、来たようだな」

 

 

 飯田が指差すのは滑走路へと滑り込む一機のプライベート・ジェット。

 

「あれが応援? 馬鹿なことを言うな。あれはどう見ても……」

 

 小河原も一瞬目を疑ったことだろう。彼は言葉を失ってから憤りを隠せない様子で呟く。

 その視線はプライベート・ジェットの尾翼へと注がれていた。

 

「……上層部から訳の分からない命令が来ることはありえないことではない」

 

 それはむしろよくある事で、そしてその事情は様々だ。

 

 省庁の縄張り争い。単なるポストを狙った権力闘争。権力の私的利用。ありえないような話でも、権力があればなんでもできるようになる……誰も「暴走」しないのは、必ずなんらかのチェック機構に引っかかって自らの身を滅ぼすことになるからという単純な理由からだ。

 

「だが、その中にはとてつもなく高度な政治事情が絡んでいることもある……出るぞ小河原」

 

 まだ冬将軍の力を宿した冷たい風が外套越しに飯田の肌を撫でる。同じ感想を抱いたのであろう小河原が体を震わせる。

 プライベート・ジェットは滑走路から外れてこちらに近づいてきた。さっきは出迎えられる立場だったが、今はその逆だ。

 

「さて、出迎えてやるか……共産主義者どもを」

 

 プライベート・ジェットの尾翼に輝くのは赤い星。

 もちろん温かく迎えてやるつもりなどない。

 

 大迫閣下……私は日本代表になったつもりはないんですがねぇ・・・飯田は頭の中に思い描いた上司に文句を言う、もちろん彼の管轄ではないのだろう。文句を言うべきは介入を許した外交屋だ。

 しかしそんな飯田の現実逃避を気にすることなく、プライベート・ジェットは彼らの目の前に止まる。空港という色とりどりの光点が散りばめられた暗闇の中でひときわ白い機体の一部が割れ、開く。

 

 こんな豪華な飛行機を用意するなんてね……流石は革命家の国、何か起きた時の初動の早いこと早いこと。

 

 そう思いつつ、飯田は相手を出迎える。

 

「ようこそ、日本国へ」

 

 

 

 日本滅亡(ダウンフォール)を食い止めるというのは、単に異形を倒せばいいというわけではない。

 なんせ我々が戦うべき祖国の敵は、普段から隣にいるのである。人類が東西陣営に分裂しているこの世界で、怪物だけに集中することは許されない。

 

 

 

「自分は日本国自衛海軍、飯田と申します。階級は少佐です」

 

 今夜の風はひときわ強く吹いている。

 

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